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【一気読み】 鳥には夢を、虎には白い花束を

  1. 名前: 歯車の都香 2018/12/28(金) 21:51:20
    一気読み用です
    お覚悟を


    ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
    序章【それは白い夜に】

                      無慈悲であり、残虐にして非道。
                   そして、極めて人道的な殺人事件である。

                                      ――モーニングスター新聞より抜粋
    ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

    凍えるような白い風が吹き荒れるその日、ジャーゲンの街は朝から記録的な大雪に見舞われていた。

    朝から続く吹雪は街をすっかり白に染め上げ、立ち並ぶ世界屈指の高層ビル群の明かりもまるで見えず、白い夜が訪れていた。
    二十センチを超える積雪量は過去五十年で初めての事で、それに慣れていない人間や企業は大慌てだった。
    地下鉄を除く交通機関は軒並み麻痺し、街は静かに降り積もる雪に喧騒さえも支配されていた。
    この光景に声を上げて喜ぶのは子供たちばかりで、大人たちは皆声を出す代わりに白い息と共に不満を吐き出した。

    ( ^ω^)「わーい! 雪だおー!」

    ξ*゚⊿゚)ξ「すごーい! しろーい!」

    ミセ#゚-゚)リ =3 「はあ゛ぁ……」

    ビルの眼下に広がる絶望的な光景を見て、会社勤めの人間はサービス残業せざるを得なくなった。
    そういう意味では、会社側としては金を払わずして仕事をしてもらえるのだから、嬉しい展開と言えた。
    電車もバスも動きを止めた街で、仕事を終えて帰宅する人々は雪をかき分けるようにして歩き、これ以上雪が積もる前に家路を急いだ。
    小さな街灯が月の代わりに空中を漂う雪の姿を幻想的に照らし出していたが、その光景は下を向いて歩く人々の目には映らなかった。

    この豪雪の中で歩く人間にとっては、風情などまるで関係のないものでしかない。

    ――雪が音を立てて降り積もる。

    悪天候の影響でジャーゲンの街にあるほぼ全ての店はシャッターを下ろしていたが、一部の店はその扉を解放して一人でも多くの客を中に招き入れようとしていた。
    寒さと雪から逃げるようにして飲食店にやってくる客は当初の見込みよりも少なく、店員たちは刻一刻と積もっていく雪を見ては己の不運を嘆いた。
    これで、ほぼ確実に彼らは予定の時間を過ぎたところで家路につくことが出来ないし、交代の人間と入れ替わることも出来ない。
    ミイラ取りがミイラになるとはこの事だ。

    しかもこういった日に来る客は大体が雪の影響で帰宅困難となった人間であり、店に金を落としていくというよりも、暖房の効いた店で時間を潰す迷惑なホームレスと大差はなくなってしまう。
    コーヒー一杯で既に三時間以上も居座り、店内に流れるラジオに耳を傾けている振りをしつつ眠る人間もいた。
    そう言った客を無碍に追い出すことも出来ない客入り具合であるため、店員たちは早く時間が過ぎて雪が落ち着くことを切に願った。

    ( ´∀`)「……流石に冷えますモナね」

    (,, Д )「……」

    (;´∀`)「……」

    中には風変わりな客もいた。

    カフェとバーを時間帯で切り替えて営業するその店には、昼間から居座る客が一人いた。
    雪しか見えない窓際の席に座り、一時間おきにスコッチをストレートのダブルで注文するので、
    バーテンダーの男はボトルとグラス、そしてチェイサーに使用しているミネラルウォーターとグラスを机の上に置くことにした。
    すでにボトルは三本目に突入していたが、男は顔色一つ変えずに窓の外を眺め、チェイサーにはほとんど手を付けずにいた。

    大皿に盛られたドライレーズンを一掴みして口に運んではスコッチを飲み、またレーズンに手を伸ばす。
    そうして、すでに七時間以上が経過していた。
    レーズンの袋は店からなくなり、次に注文が入った際には売れ残って賞味期限が近くなっているオリーブを瓶で出すしかないと、バーテンダーは考えていた。
    雪を眺めるその客は、まだ若さの残る男だった。

    (,, Д )

    ( ´∀`)「……」

    男は見事なブロンドの短髪を逆立て、少し草臥れたベージュ色のトレンチコートをしっかりと着込んでいる。
    活発なそう風体でありながらも沈黙を守る姿を含めて、彼は奇妙な客だった。
    酒を飲み続けているのに、その黒い瞳が放つ鋭い眼光はまるで鈍る様子が無く、研ぎ澄まされた刃を彷彿とさせ続けている。
    普通、アルコールに溺れる人間は目の輝きを失い、虚ろな表情で酒を飲むものと相場が決まっている。

    車が燃料を欲するように、人間もアルコールを欲するようになる。
    数多のアルコール依存症の人間を相手にしてきたバーテンダーは経験に基づいて、この男はアルコール依存症でも自棄を起こしているのでもなく、ただただ酒を作業的に飲んでいるのだと考えた。
    言ってしまえば、義務に等しいルーチンワーク。
    そこに楽しみもなく、悲しみもない。

    あるのはただ、そうしなければならないという使命感にも似た行動原理だけ。
    そうでなければ、アルコール度数四十度以上のスコッチをこうも連続で飲めるはずがない。
    アルコールとは人体にとって毒だ。
    毒を摂取し続ければ、人間の体には何かしらの異常が必ず現れる。

    例え無心で酒を飲んでいようとも、しばらくすれば言動に異常が出るはずだ。
    しかしながら、その男はその傾向がまるで見られない。
    酒豪を豪語する人間でさえ、ここまで無表情を貫けるものではない。
    目的を持ち、意識を手放さないという気持ちが残っているに違いない。

    内心で驚愕するバーテンダーの視線の先で男はグラスを傾け、琥珀色の液体を一気に飲み干した。
    男は自分で酒をグラスにたっぷりと注ぎ、静かに飲み続けた。
    バーテンダーは新たなボトルを準備することにした。

    ( ´∀`)(面倒そうな客モナね……)

    ――時計の針が進み、雪が積もっていく。
    時間と共に積もるのは雪だけではない。
    例えば、人の想いや感情もまた時間と共に深く積もっていくのであった。

    遂に三つ目のオリーブの瓶が男の前に置かれた。
    男がそれを無言で食べ、酒を飲み続ける。
    何が男をここまで駆り立てているのか、バーテンダーには皆目見当もつかない。
    ただ、言えることがある。

    この男は酒を全く楽しんでいない。
    酒だけではなく、視線の先にある物にすら興味を持っていない。
    今、この男は別の何かに意識の全てを捧げている。
    後にバーテンダーはその男の様子を、燃え尽きた様に気力を感じられなかった、と表現した。

    ――雪がようやく弱まってきたのは、日付が変わる一時間前だった。

    それまでホワイトアウトによって完全に視界を奪われていた街は白い化粧を施した姿を露わにし、道路がしばらくの間機能を失うことは、誰の目にも明らかだった。
    路肩に駐車されているSUVでさえその半分ほどが雪に埋もれ、身動きが取れない状態だった。
    こうなると家路につこうと歩く人間は一人としておらず、皆、どこかの店に居座って一夜を明かすことに決め込んでいた。
    もっとも、店から出ようにも、店の扉は雪で閉ざされており、出ていけないのだが。

    店側も今後の評判を気にしてか、一夜限りではあるが店を臨時の避難所として客に開放することにした。
    どうせ居座られるのならば、善意を見せることで評価につながるのであれば、そうするべきだからだ。
    奇妙な客が居座るその店も、他店と同様に店を避難所として使用することを決め、店内にいる客たちにその旨を伝えた。
    暖房費はカンパで集めることにし、店の赤字を少しでも減らそうとした。

    客たちは積極的にカンパをし、店の気遣いに感謝したが、むしろ、暖房を入れることで客の喉が渇き、酒の注文が増えていることには気づいていなかった。
    軽い宴会気分で酒を飲み、明日の仕事のことを忘れて人々はその一時を楽しんだ。
    しかし、奇妙な男は代金を机に置いて店から姿を消していた。

    (;´∀`)「あれ?」

    ――バーテンダーがそのことに気づいた時、日付はすでに変わった後だった。

    (,,゚Д゚)「……」

    男は白い息を吐きながら、降り積もった雪を蹴散らすようにして歩いていた。
    視界の全てが白く、街の姿がまるで見分けのつかないものに成り果てていたが、男の歩みはまるで迷いがなかった。
    行くべき場所の方向が精確に体で理解できているかのようだった。
    しかしながら、目印になるようなものがなくてもそれは可能なのだろうか。

    答えは是である。
    己の位置を俯瞰して地図と重ねて見ることが出来れば、方角が分からなくとも進むべき方向、選ぶべき道を理解することが出来る。
    男は目的地を精確に理解していた。
    例え目隠しをした状態であっても、目的地に難なく到着できたことだろう。

    高く積もった雪に描かれた男の軌跡が、それを雄弁に物語っていた。
    誰にも見られることなく、男はとある高級マンションの前にやってきた。
    地上二十階建てのそのマンションは、街の中でも限られた人間だけが暮らすことのできる、ひと際目立つ高級な建物だった。
    夜闇に浮かぶその姿は幻想的ではあるが、どこか不気味さを感じさせる威圧感があった。

    豪雪の影響を鑑みてその日ばかりは専任の守衛も入り口ではなく、安全な室内で暖を取っていた。
    不審者の訪問を見咎める人間は誰もおらず、男が玄関の電子ロックをショートさせて建物に入り込むことは容易極まりなかった。


    記録的な雪から一夜が明け、そのマンションの一室から一人の男の死体が発見された。
    死体の顔は原形がほとんど残っておらず、徹底した破壊がされていた。
    現場に最初に駆けつけた警官は新人だったが、それが明らかに恨みによる犯行であると断言できるだけの物だったという。
    特に下半身と顔に対して執拗に暴行が加えられたことが、司法解剖の結果と通報者兼実行犯の証言で確実なものとなった。

    それは、二月の白い夜に起きた殺人事件だった。


    序章 了


    ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
    第一章【金の羊事件】 前篇

         臆病さは命を救うが、時として、救いがたい愚か者を生み出すことにもなる。
                         金の羊事件がいい例だ。

                              ――服役囚:ブギーポップ・“レモナ”・アークライト
    ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

    ――かつて、大きな戦争があった。

    世界を終わらせたその戦争は第三次世界大戦と呼ばれ、時代の大きな節目として人類史に刻まれることとなった。
    戦争終結後、人類は文字通りゼロから途方もなく長い時間をかけて文明の復興を成功させたが、栄華を極めた時代と比べれば失われた物が多く残る時代が訪れたのであった。
    叡智の結晶とも言える多くのテクノロジーと共にインターネットを含む技術や設備、知識が失われたのは言うまでもないが、最大の喪失は国という概念だった。
    かつて存在した国境など、地形が変わる程の破壊と時間の流れには無意味であり、領地の拡大に躍起になっていた過去は今や無くなっていた。

    国だったものは跡形もなく消滅し、独立した秩序と発展を果たした街や村に変わっていた。
    人が生み出した通貨も進化の波には抗えなかった。
    価値の違いを生み出す紙幣は当然の如くこの世界から消滅し、貨幣だけが生き延びた。
    化石燃料は採掘場を作るだけでも大量の資金と資材が必要になるため、純金のような価値を持つようになり、プラスチックなど化石燃料を主とする製品は高級品として取り扱われた。

    だが勿論、失われた物ばかりではなかった。
    貨幣価値や言語は世界共通のものに統一され、貨幣や言葉の違いで揉めることはなくなった。
    皮肉なことに、世界の構造そのものが一度失われたからこそ実現した、かつての夢想家たちの理想の一部が実現した姿であった。
    そして、世界は共通したルールに従って歩みを続けることになった。

    力が全てを変えるという、たったそれだけのシンプルなルールの基に。
    これは、力が世界を変える時代の物語。
    ――そして、虎と呼ばれた男の物語である。


    七月十日。
    創業二七十周年を迎えたオプティマス銀行にとって、その日が創業以来最悪の日となったことは誰の目にも明らかだった。
    古い鉄筋コンクリートで作られた地上一階、地下一階の建物は創業からほぼ変化のない、
    老朽化の激しい銀行ではあったが、一時的にどこの銀行よりも有名になることになった。

    周囲を乾燥した赤銅色の大地に囲まれたミニマルの町に唯一存在するその銀行は、
    店長が変わった今年に入っただけで既に三回も強盗に襲われており、創業記念日である今日の一件を合わせて四回となった。
    一度目は素人の集まりだったために警備員がそれを未然に阻止し、被害は店の入り口の薄いガラス戸だけで済んだ。
    二度目はプロが襲ってきたため、抵抗することもできずに金を渡すこととなった。

    三日後、犯人一味は無事に逮捕され、奪われた金は犯人達の臓器によって取り戻すことが出来た。
    楽観主義で守銭奴の店長は流石にもう強盗が来ることはないだろうと考え、警備に金を回すことを渋った。
    そうして、三度目の強盗が発生した。
    金庫の中身は勿論、客の持つ貴金属類に至るまで全て奪われ、金が戻ってくることはなかった。

    幸いなことに、契約していた保険会社のおかげで幾らかは補償金で取り戻すことが出来たが、銀行側の支出と赤字は避けられなかった。
    貨幣価値の統一、そして紙幣の撤廃によって銀行の在り方は昔と比べて大きく変わっていた。
    預け入れた金に対して利息が生じることはなく、客は金を預けるのと共に毎年利用料を支払い、預けた金を安全に管理してもらう契約形態になっている。
    支払いが滞れば預けた金は全て銀行の物になり、利用者の手は戻らない。

    例えそれが利用者の死亡が原因だとしても、遺族が必要な手続きを生前にしていなければ例外ではない。
    ほぼ世界的に共通して言える事ではあるが銀行を利用する際、客は複数の契約形態を提示される。
    大きさによって値段の異なる小さな金庫を選び、それを大金庫に保管するのだが、その後、事件や事故が起こった際に保証される額が大きく異なる保険への加入を選ぶことになる。
    金額が高ければ高いほど、その保証額は大きくなるが、最低プランでも預け入れた金の七割が保証されるのが一般的だ。

    金庫内に管理されている個人の預金は本人と銀行側で管理している帳簿、そして金庫内にあるもう一つの帳簿に記載され、合計三つの書類を用いて額の違いのないように管理されている。
    現代の銀行は巨大な貸金庫屋と言った方がいいだろう。
    当然の危惧として考えられるのが、銀行員と客がグルとなって帳簿の額を変更するという事態だ。
    それを防ぐため、その記入は全て電子制御されている。

    だが、地方や発展途上の街にある超小規模な銀行ならば電子制御ではなく、手作業で記入されるというのだから世界の広さは侮れない。
    これだけ銀行強盗に襲われていながらも、町の人間たちはオプティマス銀行を利用し続けた。
    町唯一の銀行が持つ大金庫は、住民達にとっては少なくとも自宅の持ち運びが可能な金庫よりは安全だと判断したのだ。
    彼らには選択肢が他になかっただけなのである。

    そして、起きるべくして四回目の銀行強盗が発生した。
    しかしながら、今度ばかりはこれまでとは事情が違った。
    店長は金庫に通じる空間全体の補強を行い、警備員も一人から二人に増やした。
    堅牢な金庫は地下室に置き、厳重なセキュリティシステムを導入した。

    安全な金庫の噂はたちまち町中に広まり、これまでの汚名は返上され、住民達は皆、金を銀行に預けた。
    そして月日が流れ、金庫の容量が限界に近づいた頃に招かれざる客人たちは現れたのであった。
    外に立っているだけで汗が流れ出る気温の中、正午過ぎに店の扉を押し開いたのは、季節外れのニット帽を目深に被り、マスクをした男だった。
    店内には銀行の従業員四名、警備員二名、そして客十名を合わせ、十六人の人間がいた。

    (::(・)::(・):)「さて、と」

    男はごく自然な動作で肩にかけていたボストンバッグを床に置いて、そこから通帳を取り出すような気軽さでイングラムサブマシンガンを取り出した。
    一度銃爪を引けば銃腔の先にある物を細切れにするほどの連射力を誇るその短機関銃は安価で市場に出回り、
    誰でも容易に手に入れることが出来る上に、軽量であるが故に年齢や性別に関係なく取り扱う事が出来る利点を持つ。
    それを使って金を降ろす手段は一つだけだ。

    (::(・)::(・):)「全員動くな!」

    銃を見た警備員二人が条件反射的にホルスターから拳銃を引き抜こうとしたが、
    すでに店内に客として潜んでいた強盗の仲間達がショットガンをその後頭部に突きつけ、抵抗するタイミングを同時に奪い取った。
    そしてカウンターの従業員に警報装置を作動させないよう、客に扮していたもう一人の男がイングラムを構えた。
    一瞬にして四人の強盗が店内に現れたことを理解し、女性店員が悲鳴を上げた。

    从´_ゝ从「きゃああああああああ!!」

    悲鳴が女性客たちに伝播し、恐慌状態に陥る。
    だがこの日はこれで終わりではなった。

    ( 0"ゞ0)「全員動くんじゃ!」

    悲鳴とほぼ同時に銀行の前に大型のワゴン車が停まり、そこから怪物の仮面をした武装強盗が五人降りて店内になだれ込んできたのだ。
    そして当然の流れとして、すでに店内を制圧していた強盗達と睨み合うこととなる。
    人数はそこまで違わないが、二組目の強盗達の持つ武器はコルトM4カービンアサルトライフルなどの威力の高いもので、防弾着などの装備も揃えていた。
    一般市民の目から見ても、一目で彼らがこの日のために準備をしてきたプロなのだと分かった。

    ( 0"ゞ0)「ねぇっ?!」

    この日が最悪の日として記憶されたのは、次に現れた三組目の強盗達の出現が何よりも大きな決め手となった。
    銀行の裏口からボディバッグを背負い、拳銃と防弾着、そして目出し帽で武装した七人の男達が静かに店内に現れた時、客と従業員は全員例外なく、己の死を予感した。
    一組の強盗ならば分かる。
    二組の強盗も、運が悪いと諦められる。

    (::0::0::)「全員動く……な……?」

    だが三組同時に強盗が現れるなどと誰が予想し、納得できるだろうか。
    ここに現れた強盗達でさえ、この状況は予想できたはずがない。
    店内の銃はすでに客だけでなく、強盗同士でも向けられており、いつ何がきっかけで銃爪が引かれるかまるで分からない。
    混沌を極める状況が発生し、その根本にある目的が金であれば、必ずや争いが起こる。

    ここで撃ち合いが始まり、そして、生き残った強盗達は死体から金品を奪い取るに違いない。
    待ち構えている運命は死だけであり、最早、生き延びられないのだと客の誰もが諦めた。
    きっと新聞の片隅に名が載って、その内珍しい強盗事件の不運な被害者の一人として忘れられるのだ。

    (::(・)::(・):)「……話し合いが必要だな」

    無言の膠着状態を打開すべくそう言ったのは、最初に現れた強盗の人間だった。
    打開策を口にしながらも、受付の人間に向けた銃は逸らさず、決して隙を見せないのは流石だった。
    一瞬の隙を突いて店員が非常ボタンを押すことが出来れば、武装した警官達がこの銀行目掛けて殺到することになる。
    だがそれは強盗が最も注意を払っている事であり、間違ってもそのボタンを押させるような事はしない。

    状況がどうあれ、己のやるべきことを心得ている人間の動きだった。
    もっとも、この状況下でそのような策を講じることのできる従業員は受付に座っていなかった。
    そして、それに続いて掠れた声で指示を出したのは三組目の強盗を率いる男。

    (::0::0::)「予定通り出入り口を閉じろ」

    ( 0"ゞ0)「……俺達も、予定通りに動くぞ」

    多少の不満の色が声に現れていたが、二組目の強盗の主格も指示を出す。
    指示を受けた男達は素早く散り、カウンター内にあるボタンを操作して店の出入り口を厳重に封鎖した。
    分厚いシャッターが下ろされ、店内の様子の一切が外部に漏れない状態が作られた。
    これで誰かに異常事態を見てもらうという事が不可能となり、人質達が持つ数少ない希望が断たれた。

    外部からの助けが期待できない以上、抵抗する術を持たない彼らはただ、強盗達が金だけでなく彼らの命を奪わない事を願うばかりである。

    (::(・)::(・):)「全員うつ伏せになって両手を背中に回せ」

    客達は言われた通りに動き、結束バンドで手首と足首を縛りあげられた。
    更に、銀色のダクトテープで口を封じ、客同士の会話や無駄な叫び声の一切を遮断した。
    手際よく進められた作業により、十三人の人質は瞬く間に無力化された。

    (::(・)::(・):)「クリアです、ボス」

    強盗発生から十分後。
    人質たちは男女に分けてトイレに押し込められ、中と外に一人ずつ見張りが立つことになった。
    勿論、武装した見張りの男は人質たちの私語を一切禁じ、余計な動きをしようものなら性別年齢に関係なく銃床で殴りつけた。
    警備員は真っ先に抵抗する気力を失い、怯えて動く事さえ出来なかった。

    人質たちが人生で最も憂鬱かつ陰鬱な気持ちで時間が過ぎるのを待つ中、三組の強盗を束ねる男達は店長の部屋を使って建設的な話し合いをしていた。

    ( 0"ゞ0)「つまり、目的は一緒というわけだ」

    それは二組目の強盗を指揮する男、ジョンリーダーが発したまとめの言葉だった。
    勿論彼の名前が偽名なのは疑いようのないものであったが、その場の人間達は皆、同じようにその場しのぎの偽名を名乗っていた。
    名前など、あくまでも互いを認識できる最低限のレベルでいい。
    自分達のグループに名前を付け、指揮者はリーダーをその名前の後に、他の人間はジョンエーなどと名乗る始末だった。

    金庫の中身について言及した一組目の強盗は、自分達をチョコレートと名乗っていた。

    (::(・)::(・):)「分け前はどうする?」

    欲を出せばたちまち殺し合いになる事は目に見えている。
    この中で最も力を持っている三組目のゴルディに発言権があるのは明らかだ。
    彼はこの銀行が抱えていた秘密を知る唯一の存在だった。
    彼らの力なしではそもそも金庫の中身に到達することが出来ない。

    単純な武力もそうだが、知識的な物も含めた力関係は明らかであり、己の力を知るゴルディリーダーは手短に分配について発言した。

    (::0::0::)「俺達が六で、残りはそっちで話し合えばいい」

    彼の分配方法は理に適っていた。
    最も大きな利益を自分達が選び、残りは彼らの意志に委ねることによって自らは利益争いから身を引き、安全な位置を確保する。
    そのための六割。
    そして、残りの四割なのだ。

    (::(・)::(・):)「……じゃあ、二ずつでどうだ?」

    ( 0"ゞ0)「あぁ」

    チョコレートリーダーの提案に、ジョンリーダーは頷いて同意した。
    ただでさえ混迷を極めかねない状況下であるため、余計な争いの種はまきたくない。
    金が得られるだけでもよしとしなければならない。
    欲を張る人間は、必ず最後に泣きを見る。

    彼らの仕事はより多くの金を得る事であるが、それを確実に手に入れなければ何の意味もないのだ。
    命を失ってしまえば、金を使う事は出来ない。
    丁度割り切れる数であったこともあり、不満は出なかった。
    取り分を決めた後、強盗達はすぐに金庫を開ける作業に移ることにした。

    重大な問題が起きていたのは、三組の強盗が邂逅する一か月前の事だった。
    店長は度重なる強盗に苛立ち、遂に大きな決断を下した。
    最新鋭の金庫を導入し、最高のセキュリティで金庫を守ることにしたのだ。
    こうすれば強盗が来たとしても、金庫内にある金品に一切手を付けることはできない。

    そして、金庫破りを開始して三分後には異常を検知した装置が最寄りの警察に緊急信号を発信し、
    通報装置が破壊されていたとしても、十分以内には警官が到着することになっている。
    三十分が経つ頃には、警察本署から選りすぐりの対強盗専門の警官隊が派遣され、銀行が包囲される。

    長らく出し渋っていた資金を出すことを決心させたのは、彼の心が良心を取り戻したからではなく、
    顧客が預け入れた金を毎日少しずつ懐に入れることで手に入れた莫大な資産が噂となり、
    こつこつと貯めた金を奪いに来る暴漢を恐れたためだというのがほぼ紛れもない事実として、強盗達のもとに流れ込んできた。
    そして店長はその噂が流れていることを知り、周囲の全てを疑い始めた。

    裏切り者がどこかにいて、金を狙う者がどこかにいる。
    家族も、友人も信じられない。
    疑心暗鬼となり、自宅にいつ強盗が来るか分からない恐怖が、彼の決断を促し、彼のためとも言える高いセキュリティ能力を持つ金庫が導入されることになったのだ。
    従業員が聞かされていた金庫の構造やシステムとはまるで異なる物が取り付けられ、それは、
    本格的な機材を用意しても知識と策が無ければ決して生きて中を見ることは出来ない仕組みだった。

    そればかりは強盗達の耳にも届かず、情報として手に入れることが出来なかった問題だった。
    金庫を守る要は、生体認証システムにあった。
    特定の人間を鍵とするそのシステムは、ただ、生きた人間をその場に連れてくればいいだけでなく、人間の精神状態に反応するように作られた極めて高性能な物だった。
    例えば店長が命の危険にさらされている時、金庫の鍵は決して開くことはない。

    同様に不安や焦り、怒りなどの感情でも過敏に反応するシステムは、店長が心から安心している時でなければ開かないように設定されていた。
    ジョンとチョコレートの二組は武器を揃えたものの、金庫を開くための道具をバーナーとドリルしか用意していなかった。
    バーナーで金庫を開こうとすれば警報が鳴り響き、ドリルを使えば扉が開くことは二度となくなる。
    どちらの道具も、全く無意味な物だった。

    もしもその件で彼らが言い訳をする余地があるとしたら、聞かされていた事前の情報とはまるで違うという事だけだった。
    更新された金庫の情報を持っているゴルディたちは、今、この店の中で店長を除いた金庫を開け得る唯一の存在だった。
    ゴルディに逆らえば金を手に入れる代わりに刑務所、もしくは墓穴行きになってしまう。
    二組の強盗を従える男達は己の立場を理解し、余計なことを考えて撃ち合いになる事を回避することにした。

    賢明な考えであることは誰の目にも明らかだ。
    だが、彼らには金庫の問題以上に大きな誤算が一つあった。

    ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

    監禁されてから二十分が経過した時、人質の中に動きがあった。
    男子トイレに監禁されている五人の男の内、一人がゆっくりと立ち上がり、見張りの人間に何かを訴えかけたのである。
    だが口のダクトテープのせいで何を話そうとしているのかは分からない。
    もごもごと声にならない声を出す様は、あまり気分のいいものではない。

    目出し帽を被った強盗は苛立ちながら、男の傍に近寄る。

    ( 0"ゞ0)「何だ?」

    男は相変わらずもごもごと何かを言おうとするが、何を言おうとしているのか全く理解が出来ない。
    男はブロンドの短髪をライオンの鬣のように逆立たせ、黒いジャケットを着ていた。
    金持ちには見えない。
    どちらかというと、場末のチンピラの類だ。

    ( 0"ゞ0)「くそっ、だから何だ!」

    依然として男はもごもごと何かを言うだけで、別の手段で伝えようとする誠意も見られない。
    もしもこの時、強盗が男の瞳を注視していれば、この後に起こった全ての事態を回避できたかもしれない。
    しかしながら、それは仮定の話にすぎず、決して実現しなかった夢物語でしかない。
    反抗的で、決して絶望などしていない獣の瞳を見逃した時点で、強盗の命運は決まっていたのだから。

    哀れな末路を辿る事を知らない強盗はダクトテープを乱暴に剥がし、男に発言を許す。

    (,,゚Д゚)「糞をしたいんだが」

    そう言って、男は個室のトイレを顎で指した。
    態度の大きさが気に入らないが、ここで粗相をされて他の人質が恐怖とは別のパニックに陥られても困る。

    ( 0"ゞ0)「さっさと済ませろよ」

    だが男は数歩進んで、扉の前で立ち止まった。

    (,,゚Д゚)「扉を開けてくれないラギか?」

    ( 0"ゞ0)「……糞野郎が」

    渋々扉を開き、男を中に入れる。
    しかし、扉が閉まってすぐに開いた。

    (,,゚Д゚)「これじゃあズボンも降ろせないし、ケツも拭けないラギ。
        代わりにやってくれるラギ?」

    ( 0"ゞ0)「ちっ、余計なことするんじゃねぇぞ」

    結束バンドを切り、男の両手を解放する。
    これぐらいしても仕方がないと自分に言い聞かせる。
    銃を前にすれば腕自慢であろうとも、無駄な抵抗をするはずがない。
    銃は肉体を制する。

    肉体を制すれば、後は、心を制することが出来る。
    十分な筋力を持たない人間でも、銃爪さえ引ければ大男やグリズリーを殺せる。
    男が個室に籠り、内側から鍵をかける。

    「ふんぬっ!! うおおおぉぉぉ!!
    ぬっふううう!!」

    少しして、男が呻く声が響いた。
    それも、思わず耳を塞ぎたくなるような不愉快な声を、大音量で。

    ( 0"ゞ0)「おい、うるさいぞ!」

    だが男は一向に呻き声を止めようとしない。
    これでは最悪だ。
    音だけで人を不快な気分にさせ、今にも銃爪を引きそうになる。
    ここで銃爪を引いて人質を殺せば、金庫を開ける事が出来なくなると聞かされていたため、強盗は怒鳴る事しかできなかった。

    ( 0"ゞ0)「静かにしろ!」

    「おい、どうした?」

    トイレの外を見張っている別の仲間が扉越しに声をかけてきた。
    流石に、突然声を荒げれば心配もするだろう。
    扉に近づいていき、小声で報告をする。

    ( 0"ゞ0)「あ、あぁ、何でもない。
          一人トイレで気張ってうるさいだけだ」

    「あああ゛っ!!」

    それを肯定するかのように、再び男の苦しげな声が個室から聞こえてきた。
    極めて不愉快な声だった。

    「分かった」

    同情するような声がかけられ、男は突如として怒りを覚えた。
    どうして文字通りの糞野郎のせいで同情されなければならないのか。
    この狭い空間で何が悲しくて男の呻き声を聞かされ続けなければならないのか。
    今にも悪臭が漂ってきそうな気配に、男の堪忍袋の緒が切れた。

    跫音荒く踵を返し、個室の扉を開こうとするも、鍵がかかっているために開けない。
    銃で鍵を打ち壊そうとも思ったが、銃声の問題を考えるとそう楽観的な行動も出来ない。
    仕方なく扉をこじ開けようとして、そこで男は己の愚に気付くことが出来なかった。
    突如として扉が開かれ、中から出てきた男の拳が正確無比に強盗の喉仏を潰した。

    (,,゚Д゚)「……あばよ」

    声を奪われた強盗は、最早、自分の身に何が起きたのかを理解することも出来ず、掠れた声で喘ぐだけだった。
    何が起きたのか。
    何が、どうして、こうなっているのか。
    激痛と苦痛のせいで頭が混乱し、思考がまともに出来ない。

    個室に引き込まれた強盗はそのまま首の骨を折られ、命を絶たれた。
    彼が生涯最後に上げた小さな悲鳴は外の仲間にも聞こえていたが、それは、トイレの中で気張る男の唸り声だと思われて気にもかけられなかった。

    ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

    その日を最悪の日として認識しなかったのは、恐らく、店の中でただ一人だけだっただろう。

    仕事でその場に居合わせた一人の刑事にとっては、最高の日だった。
    その日、その刑事は日頃の素行問題のために本部から事件とは無縁の田舎町に転勤を命ぜられてから一ヵ月目を迎えていた。
    事件が無いのは何よりだが、刑事にとって事件の無い日常はあまりにも刺激が不足しているだけでなく、自分が仕事をしているという実感を得られない不満が募る時間でしかなかった。
    彼は平和を満喫するために警官になったのではない。

    世界から少しでも悪人が減る事を心から願い、そのための手段を選ばないために誤解されているだけの善良な警官なのだ。
    事実、彼が解決した事件の数は提出した始末書の枚数よりも遥かに多い。
    しかし、彼が本部に支払わせた弾薬の費用はそれを合算した物を上回っていた。
    トラギコ・マウンテンライトにとって、粗暴な言動のために誤解をされるのは日常茶飯事だった。

    (’e’)「トラギコ、お前この紙は何だ」

    (,,゚Д゚)「請求書ラギ。見て分からないってことは、老眼鏡を買った方がいいラギよ」

    (’e’)「そうじゃねぇよ。請求額の話だよ。
       七千ドル、ってなんだ。豪邸でも建てる気か?」

    (,,゚Д゚)「先月カジノを潰した時のやつラギ。
        安心するラギ。今月はまだ千五百ドルラギよ」

    (’e’)「……あのな」

    その日々が十年も続けば、流石に慣れてくる。
    そして嫌味な言葉と共に転勤を申し渡されることについても慣れており、辺境の地に飛ばされてはそこでの仕事を十分にこなし、本部であるジュスティアにまた舞い戻ってくるのであった。
    世界には多くの街があるが、ジュスティアはその中でも五指に入る程の巨大な都市であり、力を持つ街だ。
    正義の都、として世界に知れ渡るその名が示す通り、ジュスティアは世界中に秩序をもたらすことこそを最大の目的とし、世界で活躍する警察組織の本拠地としてその名を轟かせている。

    現存する警察という組織は、大昔の組織と存在目的を知る人間からしたらかなり様変わりしていた。
    警察は派遣組織となり、街毎に定められたルールを守るための抑止力となった。
    派遣型の警官は街が税金を用いて素人を訓練して雇うよりもよほど効率が良く、また、地元の人間以外が担当することで汚職などの腐敗に対しても極めて強い効果があった。
    問題を起こした警官はすぐに別の警官と交換することも出来るとあって、世界中の街には秩序を守るためのジュスティア警察の支署があった。

    無論、警察を必要としない街は独自の警備体制を敷いており、その影響下にない事もあるが、ジュスティア警察の治安維持力の高さが過小評価されることはなかった。
    そして、ミニマルにも警察は派遣されていたが、この町は極めて小さく、税収が期待できない事と町長の希望もあって、警官は僅か一名しか派遣されていなかった。
    それも、引退間近の老齢の警官で、強盗に対して武力で対抗できるような状態ではなかった。
    しかしこの町は狭いが故に何か悪さをすればたちまち近所の噂話となり、一時間も経過すれば悪事を知らぬ者はいなくなるという、
    人間同士が作り出したネットワークが防犯装置の役割を果たしている幸運があった。

    警察がいなくても自警団がすでに町の中には存在しており、警官がわざわざ動く必要もなかった。
    それでも税金が治安維持の名目で警察の契約費として使われているのは、万が一、自警団に対応が出来ないような事が発生した場合を想定してのことだった。
    町民の中には不要の税、と不満を口にする者もいたが、それが過ちだったことはこの日の事件が証明することになる。
    第三者機関の目が無い治安維持には大きな欠点がある。

    それは、昔から知っている人間同士であるため、悪事を働いたり考えたりする人間はいないと考える、この時代にそぐわない極めて楽観的な前提があるのだ。
    町長はそれを理解しており、何度反対意見を言われても頑なにジュスティア警察との契約を更新し続けた。
    実際問題として、この町にはよからぬ考えを持つ人間がいた。
    その人間が銀行強盗達に情報を売ることで強盗が発生し、町の秩序は定期的に乱れることになった。

    情報がならず者に売られているということは疑いようのない事実であり、すでに派遣されていた警官の無能さ――本人と本部の両方――が重要な状況証拠を無視していたことになる。
    そして、前任者の引退時期と、トラギコの始末書の枚数が百枚を突破したことが重なり、こうして派遣されたのだろう。
    つまるところ、トラギコの転勤は尻拭いも兼ねていたというわけなのだ。
    この町に赴任してからトラギコは三件連続で発生した銀行強盗について調べ、銀行内部の人間が情報を流しているのだと確信していた。

    ほとんどの場合が客の少なく、金庫に金が残っているタイミングを狙われている。
    これは紛れもなくそれを知らせる者がいる証拠であり、強盗達がその情報を基に動いている事を裏付けるものだった。
    問題は、誰が情報を流しているのかを突き止める事だった。
    何度も内部の人間の情報を要求したが、店長は頑なにそれを拒否した。

    (,,゚Д゚)「何で情報を出さねぇラギ? 俺をなめてるラギ?」

    彡(゚)(゚)「従業員を預かる身として、刑事さんの要求は拒否するで」

    曰く、プライバシーを守るのは店長として当然の義務だとの事だったが、正論であるが故にそれ以上踏み込むことは出来なかった。
    最初の強盗から今に至るまで勤務を続けている人間の身辺調査を行うも、やはり、答えに辿り着けるような情報は得られなかった。
    該当者は全員、前科持ちだったのである。

    だが、前科者を調査する彼がまるで不審者であるかのような噂が町で流れかける始末であり、この町で協力的な人間を見つけ出すことは絶望的だと判断した。
    そこで今日はその調査として従業員の言動を観察しようと、朝から意味もなく店内で文庫本を読んでいたのだが、本に栞を挟む間もなく四件目の銀行強盗が発生してしまった。
    僥倖と言えば僥倖だが、巻き込まれるのはやはり気に入らなかった。
    確かに、店内で怪しげな人間は目星をつけていたが、まさか、その全員が強盗だとは思いもしなかった。

    事件発生直後から見続けているが、犯人たちの人質の扱い方から察するに、内通者は強盗達と顔合わせや声のやり取りを一切していないのだと推測が出来た。
    もしも顔や声が相手に分かっているのであれば、他の人質と比べて扱いが異なってくるはずだからだ。
    その兆候も仕草もない事からそう判断し、内通者が容易に見つけられないと内心で嘆息した。
    だが嘆く事ばかりではなかった。

    強盗達の落ち度であり、トラギコにとっての幸運であったのは、銃火器類を没収されたのは警備員だけで、居合わせた客達については持ち物を調べる事さえしなかった事だ。
    三組の強盗が鉢合わせれば、彼らがそれを失念するのも無理のない話だ。
    だとしても、一つの疑問が湧き出てくる。
    どうして強盗達に、警官であるトラギコが店内にいると知られなかったのか。

    警官の人相や特徴などを伝えることが成功していなかった、と考えるのが自然だ。
    それはつまり、強盗達と接触した従業員はトラギコが配属されるよりも前に強盗達と最後のやり取りを終えていることを意味していた。
    道理で情報漏えいの尻尾が掴めないはずだ。
    彼が掴もうとしていた足取りはすでに消え去り、後は事件が起きるだけとなっていたのだ。

    しかし、赴任してきて一か月で事件が起こるとは、流石に本部の人間は勿論だが町の人間にとっても予想できなかっただろう。
    運の良し悪しで言えば、トラギコは極めて運がいいのだと考えることにした。
    この町に昔から残る強盗の問題を解決すれば、早々に本部に戻る事が出来る。
    本部に戻れば、労せずにやりがいのある仕事――即ち、誰にでも解決できるような生易しい事件ではなく、実力と経験を生かして己の能力を最大毛発揮できる――が転がり込んでくる。

    そのためにもこの事件を一刻も早く終わらせ、本部に戻ることに意識を向けるべきだ。
    彼の懐で静かに沈黙を保つのは、十年前に警官になって受け取り、数々の事件を共に過ごしたベレッタM8000。
    ロータリーバレルと呼ばれる独自の機構を持つ自動拳銃であり、その癖のない使い勝手の良さと小ぶりな拳銃はこれまでに幾度となく彼の命を救い、人の命を奪ってきた。
    彼にとって唯一、今日まで文句一つ言わずに共に仕事をしてくれる寡黙な相棒でもあった。

    今回もこの銃を使わなければこの状況は打破できないだろう。
    むしろ、銃を使わずにこの事件を解決できる人間がいるのであれば、この世界は今とは別の形で進歩したことに違いない。
    トラギコは殺したばかりの男から仮面や服を奪い、カービンライフルを手に入れた。
    これだけあればどうにか自分一人が逃げるには十分だが、目の前の事件に背を向ければ警察官ではなくなってしまう。

    目の前にある事件を解決してこその警官なのだ。
    では解決とは何か。
    強盗を一人残らず殲滅することだろうか。
    否。

    強盗達に情報を売り渡している人間を見つけ出し、その人間と共に強盗達を一網打尽にする事こそが、本当の意味での事件解決になる。
    そうしなければ、間違いなく五度目の強盗が起きる事だろう。
    強盗達は三つのグループに分かれており、各グループの見分け方は服装、もしくは武器だけが基準となる。
    それはトラギコに限らず、強盗達にとってもそうだ。

    彼らは直接顔を見る事の出来ない状態で対面しているため、服装と武器がほぼ唯一の判断材料なのだ。
    声については、同じグループの人間でない限りは分からないだろう。
    つまり、余計な言葉を口にしない限りはこうして服を奪うだけでもかなりの偽装効果が期待できるというわけだ。
    服装が異なるグループに対しては、まず間違いなくこちらの身分を隠し通せる。

    男から奪った服と装備から判断すると、二組目のグループだろうか。
    トラギコが確認した限り、カービンライフルを装備していたのは二組目の強盗達で、化物の仮面を被っていたのも彼等だけだった。
    ある程度の装備は判断できたが、最後に出てきた三組目の強盗達の装備はまだ判断が出来ずにいた。
    彼らの恰好は極めて軽装で、銃は信頼性の高いコルト自動拳銃だけを手にしていた。

    後は、防弾着とボディバッグを背負っていたぐらいだろうか。
    本来は出入りが出来ないようになっている裏口方面から出現をしたことから、店内のどこかに制圧力の高い銃器を隠してある可能性は大いに考えられた。
    故に、特に警戒するべきは三組目の強盗だ。
    戦力が不明であるという事は、相手の事が分かっていないという事。

    制圧すべき順番は最後か最初になるだろう。
    識別しやすくするため、トラギコは一組目の強盗をアルファ、二組目をブラボー、三組目をチャーリーと考えることにした。
    そして今殺したのはブラボーの組は比較的装備が充実している強盗だったおかげで、ライフルを得られたのは極めて幸先がいい。
    正しく使えばライフル一挺で十人を相手に戦う事も出来る。

    正しく、そして正確に使う事が出来れば、一見して不可能な状況をも逆転し得るのが、力の象徴でもあるライフルなのだ。
    身ぐるみを剥いだ死体を便座のわきに退けて、トラギコは個室から姿を現した。
    それを見た人質たちがもごもごと喚くので、トラギコは更に声を荒げさせるために奪い取った自動小銃の銃腔をわざと彼らに向けた。
    より大きな声が生まれ、それが中々収まらないことに何かを感じたのか、外に立っていた男が中に入ってきた。

    トラギコは内心でほくそえんだ。
    獲物が網にかかった。

    ( 0"ゞ0)「今度は何だ?」

    半ばあきれた様な声で尋ねた男に対し、トラギコは声を出して返事をする愚を犯さなかった。
    先ほどこの二人は声を交わしていたし、何よりその男の服装はブラボーの物だった。
    ここでトラギコが声を発すれば、味方ではないことが露呈する。
    代わりにトラギコは顎でトイレの個室を指し、まるでそこに悲鳴の正体があるかのような、意味深な仕草だった。

    事実、そこを見れば悲鳴を上げたくもなるだろうが、同時に、事態が急変していることに気付くだろう。

    ( 0"ゞ0)「あ?」

    訝しげな声を上げつつ、男は個室へと近づく。
    そこが死への入り口だとも気付かず、無防備な背中をトラギコに晒したまま、個室の扉に手を伸ばす。
    そして、男の死が確定した。
    背後に立っていたトラギコは死体から奪ったベルトで男の首を締めあげて声と酸素の供給を奪い、便器の中に色の変わり始めた顔を押し込んだ。

    汚水に溺れて死ぬというのは、最悪の気分だろう。
    本当に最悪の気分に違いない。
    必死に逃れようともがく男の手が便座のレバーを引き、水を流した。
    だがそれは、男が苦しむ時間をいたずらに長引かせ、死に水が綺麗な物に変えただけだった。

    数分で男の手足は動かなくなり、そして、心臓の鼓動も止まった。
    トラギコは念のために首をきつく締めあげたままで死体を放置し、死体からライフルの弾倉を奪った。
    ライフルにとって弾は命だ。
    弾の無い銃の使い道は打突ぐらいしかない。

    銃で武装する強盗達を相手に銃なしで挑んで生還出来るのはフィクションの世界だけだ。
    トラギコはそんな非現実的な考えを思いつくほど耄碌はしていないし、自分の力を過信してもいない。
    銃を使う人間には銃を使い、ナイフを使う人間にも銃を使う慎重な男だ。
    爆薬があれば一番いいのだが、それを使うと周囲への被害が拡大する恐れがあるので、機関銃が最も好ましい。

    大口径の機関銃であればコンクリート壁を突き破って撃ち殺せる。
    車を楯にされても、その向こう側にまで銃弾の雨を降らせることが出来るのだ。
    瞬く間に死体を二つ作り上げたトラギコに命の危険を感じた客達が喚き、立ち上がり、逃げようとする。
    それをトラギコは非情にも蹴り飛ばして制止させた。

    ここで彼らが逃げれば必然、異常を察知した強盗達が口封じに動き出してしまう。
    それだけでなく、人質の中にいる内通者までも殺されかねない。
    それでは駄目なのだ。
    罪には罰を。

    行いには相応の報いが与えられなければならない。

    ( 0"ゞ0)「駄目だ、ここにいろ」

    有無を言わさない口調で、物理的に反論さえできない客達に対し、トラギコは淡々と共に銃腔を突きつけた。
    この場を離れれば逃げ出す客も出てくるだろうから、ドアを外側から封鎖するしかなさそうだ。
    トイレの外に出て、掃除用具入れからビニール製のホースを取り出し、戸が開かないように外側からきつく固定した。
    女トイレを少し覗き込んだが、見張りはすでにいなかった。

    恐らくではあるが、女たちに見張りを割くのを止め、入り口を見張る人間に兼任させたのだろう。
    トイレに割り当てられた監視役は扉の前にいた見張りも合わせて二人だけのようだった。
    一見すれば僥倖とも言える布陣だが、冷静に考えればそうではないことぐらい分かる。
    地下から人が動く音や指示を出す声が聞こえてきており、多くの強盗が一か所に集まっていることが容易に想像できる。

    それはつまり、金庫破りに手間取っているのもそうだが、相手が絶対安全な場所に籠城している事を意味していた。
    この銀行の金庫は地下にあり、少なくとも出入り口は一か所だけだ。
    そうなると、どれだけ重武装の警官隊が突入してきても、警戒するべき場所は一か所だけであり、そこにだけ意識を向けていれば奇襲をかけられる心配はないのだ。
    店長を人質に取れば人質交渉も可能だ。

    戦力を集中されたことにより、突破は難しくなるだろう。
    ライフルを持っているのは相手も同じであり、トラギコ一人で無計画に行ったところで人質として捕まる姿が目に見えている。
    しかし解せない。
    金庫を突破することに対し、何故苦戦するのか。

    下調べをしていないはずがないし、事前の情報があるにもかかわらず、どうしてここまで手間がかかっているのだろうか。
    思考を巡らせる中、彼の靴底が僅かに振動を感じ取った。

    ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

    最大の誤算は、金庫その物にあった。

    ゴルディ――三組目の強盗――を統率する男が入手した情報では、金庫の側面は比較的壁が薄く、高出力のバーナーなどで焼き切れるという話だった。
    ところが二日前、隣の空き家を借りて地下を掘り進め、いざ金庫の壁を破ろうとした時、問題が起きた。
    それは、バーナーの火では壁に焦げ目一つ付けられないという現実だった。
    第二の計画として考えていた正面からの突破に踏み切って初めて、その原因が分かった。

    従業員にも知らされていない改修が密かに行われ、金庫の強度は情報の数倍にも強化され、工具で突破するのは不可能だった。
    例えその場に戦車を持ってきたとしても、まるで役に立たないだろう。
    そうなると、鍵を開け得るのは唯一店長しかいない。
    小心者でありながらも守銭奴の店長を如何にして緊張から解きほぐし、金庫の鍵を開けさせるかが問題だった。

    更に考えなければならないのは、金庫に別途仕掛けられている警報装置だった。
    最寄りの警察署はこの町にあるが、一人だけだからまず問題ではない。
    問題なのは次の段階で出てくる存在だ。
    ミニマルはジュスティアから西に五十キロほどの場所に在り、重装備の警官隊が本部から派遣されたとしたら、三十分ほどで到着するだろう。

    そうなれば、彼らは正義の名の元に犯人を全員殺すだろう。
    金庫がある場所は一方通行で確かに防衛には向いているが、同時に逃げ場がなくなるという問題があり、ガスを流し込まれれば一網打尽にされる可能性がある。
    金庫を突破するのにかけられる時間は、一時間が限度だろう。
    それ以上時間がかかれば、流石に事態に気付いた周辺住民から警察に連絡がいく。

    その時間の中で店長にはいつもと同じ冷静さを取り戻してもらわなければならない。
    扉の破壊が不可能ならば、正攻法で攻めるしかないのだ。
    だが、蚤の心臓を持つ店長が一時間以内に平穏を感じられるかと言えば、恐らく答えはノーだ。
    この男、頭は悪いが切れ者ではある。

    己の特性である臆病を生かしたセキュリティを用い、万が一の際にはそれが矛盾なく機能するようにしていたのだ。
    感心はするが、歓迎は出来ない。
    三つの強盗が一堂に会していながら、誰一人としてこの状況を打破できる物を持っていない。
    そして尚悪しきことに、この現場を統率する立場にあるのはゴルディの頭である彼であり、
    もしもこの状況を打開できる一手が無いと知られてしまえば、取り分のリセットはもとより、こうして肩を並べている事さえなくなりかねない。

    考えなければならない。
    不可能とも思える状況を変えるには、そもそもの前提を変えなければならない。
    では、それをどう変えるのか。
    前提とは何か。

    ゴルディリーダーは頭を働かせ、最善の答えを導き出すべく時間を稼がなければならなかった。
    無論、時間をかけたところで答えが出せる訳でもないが、無いよりはましである。

    目の前に立ちはだかる金庫は高さ三メートルを誇り、全面を特殊合金で覆った威圧的な物で、唯一の出入り口は見るからに堅牢そうな丸型の扉で塞がれている。
    扉の中心には極めてシンプルなコンソールが埋め込まれており、数字と指紋、そして音声の確認で開閉する仕組みだった。
    これをどうにかしなければ、目の前で彼らを待っている金は一セントだって手に入らない。
    その扉を開ける唯一の鍵は、扉の前でうずくまって仔犬のように震えてまるで役に立たない。

    一度試しに開けさせようとしたが、当然、エラーが出て扉は開かなかった。
    ここまで怯えている人間が生体錠として役に立つはずもなく、システムの性能の高さを痛感させられるだけに終わった。
    あと一度しくじれば、すぐさま警察に通報が行くという。
    これは極めて好ましくない状況であり、どうにか打破しなければならない状況だった。

    時間。
    そう、時間がいつだって問題なのだ。
    何事にもリミットがあるように、彼らの仕事にも制限時間がある。
    この場合、警察と遭遇する前に金を取らずに逃げるか、それとも金を手に入れて逃げるか、はたまた、何も得ずに捕まるか。

    捕まれば重罰は逃れられないだろう。
    店長に対する脅しが効かないのに、一体どうすればいいのかと考えが頭の中を巡り続けた。
    そして、一つの結論に至った。

    (::0::0::)「薬を使うしかないな」

    全ての作戦は万が一を考え、不要とも言えるような備えをして初めて策となる。
    彼が備えていたのは、逮捕されることが確定した段階、つまり、金庫の中身を手に入れようと入れまいと、警官隊に包囲された時に自分達の量刑が軽くなるようにすることだった。
    犯罪行為が原因で逮捕された場合、この町で適応されるのは一般的な法律だ。
    判決は逮捕された時の精神状態を考慮して下されるため、薬物などで正常な判断状況にない場合は軽めの刑に処せられる。

    短期的ではあるが、確かな効果を発揮する薬物を用意していたのは、そんな万が一に備えての為だった。

    (::0::0::)「店長、悪いがあんたにはもう少し素直になってもらうぞ」

    彡(゚)(゚) 「い、いやや……」

    そう言って、胸のポケットからピルケースを取り出して、白い錠剤を一つ手に取った。
    これが一錠あれば、どれだけ鍛え上げた人間でも半日は極限のリラックス状態に陥り、正常な思考力が奪われる。
    この薬の素晴らしいところは依存性が低く、一錠以内であれば後遺症もなく済む点にある。
    流石に二錠飲めば後遺症は勿論だが依存症になる可能性が極めて高くなる。

    (::0::0::)「無理やり飲まされるのがいいならそうするが、自分で飲んだ方が楽だぞ。
         それに、周囲への言い訳も薬のせいに出来るからな」

    甘い毒を吐いて協力させようとする様は、まるで聖書に書かれている禁断の果実を食べるように唆した蛇の気分だったが、実際、その通りだった。
    ここで店長がそうしなければ互いに進展はなく、最良の結果を導き出せない。
    店長は相変わらず顔面蒼白ではあったが、辛うじて頷いているのだと分かるだけのリアクションを見せる事は出来た。
    錠剤を手渡し、それを水で飲み下させる。

    効果はすぐに表れ始めた。
    まず、店長の体の震えが止まり、全身に入っていた力が緩んだ。
    そして次第に顔に血の気が戻り、乾いた笑いが口から洩れるようになった。
    良い兆候だった。

    酒で全身が弛緩したかのように力を失いつつある店長を扉の前に運ばせ、扉を開くコードを入力させる。
    そして、強盗開始から三十分後。
    固く閉ざされていた金庫の扉がゆっくりと開いた。
    鍵は機能を果たしたのだ。

    (::0::0::)「ハレルヤ、ってな!」

    ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

    地下に続く階段を慎重に下りながら、トラギコは内心で毒づいていた。
    先ほど足元で感じた振動は、やはり金庫の扉が開いた際に生じた物で、強盗達は嬉々として金庫の中に入って歓声を上げている。
    階段は金庫に通じる唯一の道であるため、姿を隠したまま金庫へと近づくことは出来ない。
    扉の影に隠れて中を見るのが精いっぱいだ。

    だが、今のトラギコは彼らの仲間と同じ格好をしているため、口を開かない限りは騙し通すことが出来るかもしれない。
    ここで金庫の中身を強盗達に奪わせ、出入り口を封鎖するという手もあるが、算段もないままにそれを実行するのは極めて危険な手段であることは間違いない。
    問題となるのはチャーリーの強盗達だった。
    彼らが持つ装備の規模がまだ不明である以上、この金庫に通じる階段にある二か所の扉の耐久度が十分であるかは不明だ。

    見た限りでは、その厚みはショットガンの一撃で蝶番を破壊されかねない物だった。
    扉が頼りない以上、閉じ込めることは計算に入れない方がいい。
    何よりも恐ろしいのは扉を破壊した後、強盗達がどのように動くのかが分からない事だ。
    怒り狂って近所の民家に立て籠もり、死傷者が出ないとも限らない。

    そうなれば、事前に人質を逃がしたところでさほど意味はない。
    不特定多数の死傷者の発生を考えれば、上限の決まった中で完結させた方がいいだろう。
    そのためには策が必要だ。
    上に戻り、密かに警官隊の派遣を要請するのが無難な一手だが、事件解決には程遠いものになる。

    呼べば正義の味方を声高に叫ぶ人間が来るが、到着までには約三十分かかる。
    それまでの間に金庫の中身は空っぽになり、強盗達は大手を振って町から逃げおおせてしまう確率は、極めて高い。
    タイミングが極めて難しいのと同時に、高いリスクが付きまとう一手でもある。
    それに、トラギコは是が非でも内通者を探し出さなければ気が済まなかった。

    人質にはもう少しの間、人質でいてもらわなければならない。
    客として訪れていた人間の中に、私用で来ていた銀行の関係者がいないとも限らないためだ。
    この状況下おいて彼にとって人質は事件の被害者ではなく、容疑者としてしか目に映っていなかった。
    この考え方が彼の短所であり、長所でもあった。

    事件に対して見せる執着心は、獲物を前にした肉食獣と同じになる。
    他の犠牲については棚に上げ、己の欲を優先する。
    その為であれば障害となる物全てを破壊し、食いちぎり、踏み躙る。
    今回は人質となった人間全員が彼にとっての容疑者である以上、逃がすわけにはいかない。

    例えその中の一人だけが対象だとしても、そんなものは些細な問題でしかないのだ。
    この暴力的かつ粗暴な性格と事件への取り組み方を見て一部の同僚達は皮肉と敬意を込めて、犯罪者たちは恐怖の意を込めて彼を〝虎〟と呼ぶのも無理からぬ話である。
    策を練っている彼の脳裏に、悪魔的発想の妙案と事件の全容が一瞬の内に浮かんだ。
    下りかけていた階段を戻り、人のいない、静まり返った店内にある非常用の通報装置を作動させた。

    これは静音式で、スイッチが押された音さえ発生しない優れものだ。
    これでジュスティアに連絡が行き、最短で三十分後には重武装の警官隊が到着することになる。
    続いて、人質たちのいるトイレへと向かった。
    まずは女子トイレに行き、そこで怯えたままの女たちをコルトカービンライフルの銃腔で脅して立ち上がらせる。

    彼女達はトラギコの正体に気付いていないため、何の疑問もなくその指示に従った。
    続いて、男子トイレの人質たちも同様にして立ち上がらせ、女たちと合流させる。
    合計十一人の人質たちは羊飼いに誘導されるようにして地下金庫室への扉の前に集められ、そして、トラギコは無言のまま彼らの足元に向けて三発の銃弾を放った。
    地面が爆ぜ、小さな破片が人質たちの脚にぶつかり、恐怖が広がった。

    我先にと唯一の道である地下へと殺到し、押合い、転がりながら階段を下って行く。
    その背中に銃腔を向け、トラギコは二発撃つ。
    今度は天井と壁に銃痕を残し、人質たちが諦めずに地下へと向かい続けるように誘導した。

    (::(・)::(・):)「な、何だ?!」

    銃声と共に階段から人質たちが必死の形相で降りて来たのを見た強盗の一人――恰好から見て、アルファの一味――が動揺を露わにし、銃を構える。
    金庫前で見張りをするのはその男だけだった。
    成程、トラギコの見立てた通り彼らは少しでも早く金を持ち出せるようにと見張りを最小限にし、作業する人間を最大限にしたのだ。
    良い判断だ。

    トラギコは勝算の高い賭けに出た。

    ( 0"ゞ0)「警察だ!! こいつらを早く金庫に入れるんだ、早く!!」

    これはトラギコの声を知らないはずという憶測と、突然の状況変化による混乱を利用した彼の迫真の演技であり、それ見込んだ通りの効果を生んだ。
    誰も降りてくることなどない階段にライフルの銃腔を向けながら叫ぶトラギコに気圧され、アルファの男は言われるがまま、人質たちを金庫内へと誘導した。
    全員が金庫に入り、トラギコは見張りをしていた男の肩を叩いて強い口調で告げた。

    ( 0"ゞ0)「俺が扉を閉める。
          籠城すれば交渉の余地があるはずだ、急げ!」

    芝居がかった台詞に、言っていて笑い出さないか自分でも不安だったが、男は何度も頷いて、金庫に入って扉を閉めた。
    分厚い扉が閉まり切る直前、チャーリー・リーダーの動揺した声が聞こえてきたが、その時にはもう扉は完全に締め切られた後だった。
    金庫の電子錠に出鱈目な数字を入れ、わざとロックをかけさせる。
    これで、金庫内に容疑者と強盗を閉じ込めることに成功した。

    金は一セントも奪われていない。
    文字通り、一網打尽である。
    だがこれで解決することにはならない。
    事件を二度と起こさないためにも、全ての銃爪となる人物との決着をつけなければならない。

    仮面を脱ぎ捨て、警察の身分証を店長に見せた。

    (,,゚Д゚)「俺はジュスティア警察、派遣警官トラギコだ。
        ……店長さんよ、あんたが内通者の黒幕ラギね?」

    彡(^)(^)「はい?」

    明らかに薬で正常な判断力を奪われ、地面に座り込んでいる店長にトラギコはそう告げた。
    一瞬、店長の目に鋭い光が浮かんだが、薬の力のせいでそれは霧散した。
    これまでの強盗被害による大きな損害は、実際のところ、銀行を経営する店長にはあまりなかった。
    常識的に銀行の金庫には常に保険が掛けられており、その保険を最大限に活用するためには自分が被害者であるという事を周知しなければならない。

    実際に彼が失った金はなく、奪われたのは客の金でしかない。
    その結果、彼は数度の強盗被害を受けることによって保険金を手に入れ、最新式の金庫を導入する際の資金源とした。
    それは当然、客が預けた金も用いることで実現した目的であり、噂として流布されていた彼の汚れた金の保管所を最も安く手に入れるための計画だったと、トラギコは推理した。
    しかし、自分で情報を流しては足がつく上に裏切られた際に自らの首を締める事になる。

    そこで彼は、自分の代わりに強盗達に情報を流してくれる人間を作り出すことにした。
    意図的に前科のある人間を雇い入れ、情報が流れ出す仕組みを作り出した。
    それを知られたくないがために、トラギコによる内偵を拒否したのだろう。
    警察を騙そうとするという事は、当然ながら保険屋も騙したはずだ。

    保険屋はその本業である処理能力は勿論だが、優れた調査員として真偽を見定める能力も求められる。
    その保険屋を騙すためには、一筋縄ではいかない。
    彼は銀行の資金を己の金庫利用のために私的に使うため、このような大芝居をすることを考えたのだろう。

    彡(^)(^)「証拠がおありなのですか?」

    気だるげな目をトラギコに向け、店長は緊張感の欠片もない声で問いを投げかけた。

    (,,゚Д゚)「証拠? あぁ、それならそこの金庫の中にさっきしまったラギ」

    トラギコが用意したのは証人だった。
    店長が誰か一人にだけ情報を流すことは考えうる限り最も不自然な形であり、保険屋が気付かないはずがない。
    そこで彼は、従業員全員に金庫の話をしたはずなのだ。
    金庫の構造、そして金が溜まるタイミングを。

    良識ある従業員であればそれを黙っているが、小金欲しさにその情報を売り渡す人間が混じっていれば、その人間だけが情報を売ってくれる。
    店長が指示をしなくても、その人間の性格がそうさせるのである。
    つまり、店長の言い分としては信頼して話したところ、従業員に裏切られた、というシナリオが出来上がる。
    情報を売った人間も、まさか自分がそうして踊らされていたとは考えもつかなかっただろう。

    そんな愚かだからこそ、騙されるのだ。
    それを保険屋が調べれば、間違いなく強盗との繋がり、そして店長による情報漏えいが発覚するだろう。
    そしてもう一つ、トラギコはある確信があった。

    (,,゚Д゚)「あの金庫にある客の金と、あんたの金。
        どうしてかどっちも額が合わないはずラギ。
        例えば、贋金が混じっていたり、誰かの家にそれと同じ金額の金が隠してあったりすれば、嫌でも分かるラギ」

    電子制御された帳簿ではあるが、実際問題、金を毎日数える人間はいない。
    特に、金貨や銀貨の一部が偽物にすり替わっていたとしても、全額を一度に使わない限りそれに気付くことは出来ない。
    それが出来るのは唯一、この銀行を自由にすることのできる店長だけなのだ。
    強盗によって金が奪われたとしても、彼らが持ち出すのは贋金であり、本物の金は店長の懐で安全に保管されている。

    贋金は保険金によって本物へと変わり、それをまた贋金に変え、強盗に奪わせる。

    彡(^)(^)「そんなんは全て憶測やろ。
        憶測では警察は捜査も逮捕も出来ないと記憶しておりますで」

    (,,゚Д゚)「あぁ、だから俺は金庫の中身を調べないラギ。俺は、な」

    警察が来ていると言われ、大金庫に閉じ込められた強盗達が次にとるべき行動は決まりきっている。
    壁中に詰まった全ての金庫を取り出し、預金を奪いつくすことだ。
    そうなれば、どの金が誰の金か分からなくなってしまう。
    それでいい。

    彼らにはとにかく、金庫の金を全て取り出して混ぜてもらう必要があるのだ。
    そうすることで警察は事件終息の際、貨幣の枚数を全て数えた上で必要な金額を顧客たちに返していくことになる。
    その途中経過で避けられないのが、真贋の判定だ。
    警察官によって入念に調べ上げられ、そして贋金が見つかれば、そこから指紋が採取されることになる。

    強盗ではなく、銀行員たちの指紋が付いた贋金が。
    そうすれば、贋金は強盗が持ち込んだものではなく、銀行員の手によって金庫に納められたことが証明される。
    店長程の人間であれば、自らの手を汚さずに他の人間にその作業を行わせるはずだ。
    その入念さが仇となり、店長が事件に関与している証拠を警察に見つけられる切掛けを作ることになる。

    彡(^)(^)「詭弁やね。
        それに、貴方が行った行動は警官としてかなり不味いやろ?
        私が訴え出れば、咎められるのは貴方やで」

    (,,゚Д゚)「やれるならやってみるラギ。
        俺は精々始末書を書くだけだが、あんたは破滅ラギ」

    彡(^)(^)「……ふぅ」

    観念した風に、店長が溜息を吐く。

    彡(^)(^)「なんぼですか?」

    (,,゚Д゚)「何?」

    彡(^)(^))「お金ですよ、いくら欲しいんや?」

    (,,゚Д゚)「買収するってのか、この俺を?」

    店長の目は薬の影響で緩和し切っている。
    その奥にある真意を見ようにも、精神状態が安定していない事には分からないが、その発言は間違いなくトラギコを買収する意図を示すものだった。

    彡(^)(^)「背に腹は代えられんからな」

    腐った警官ならいざ知らず、トラギコに対してその交渉はまるで無意味だ。
    金に興味があるのならば、彼は今頃警官ではなくマフィアの道へと進み、勇んで無抵抗な人間達から金品を巻き上げていた事だろう。
    だが彼は違う。
    金よりも、名誉よりも欲しいものがあるのだ。

    (,,゚Д゚)「金はいらねぇ。
        俺が欲しいのは、あんたと強盗に情報を売っていた馬鹿の首だけラギ」

    彡(^)(^)「そうですか……残念や」

    項垂れ、店長は肩を落とす。
    結束バンドで店長の腕を背中で縛り上げ、その場に置き捨てる。
    詳しい動機や手口については裁判の場でこの男が喋るはずだ。
    小さな町に強盗を呼び寄せたという罪は重く処されることだろう。

    今回の場合は訴える人間が町長になる事が想定される。
    そうなれば、この銀行の運営権は町長に譲渡され、町が経営することとなる。
    血税で賄われるのだから、恐らくはこれまでと違ってまともに運営されるはずだ。
    問題はまだ終わっていない。

    金庫内に閉じ込めた人質と犯人。
    警察本隊が到着するまでの間に、中で殺し合いが行われない事をただ、無責任に願うばかりだ。

    ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

    ――大金庫内は金の匂いで満ちていた。

    閉じ込められたと分かってはいたが、強盗達は冷静に全ての金庫から金品を取り出し、それを分配することにした。
    中には貴金属などの装飾品があったが、書類なども紛れており、仕分けは思いのほか時間がかかりそうだった。
    強盗達はパニックに陥ることなく、それぞれの仕事を続行することにしていた。
    それは全て、ゴルディリーダーの指示だった。

    扉が閉められた以上、開けられるのは外部だけになる。
    ならば内側で揉めているよりも、時間を有意義に使った方がいいというシンプルな提案だった。
    その言葉は彼の仲間だけでなく、居合わせたジョンとチョコレートの二組も同様に安心させた。
    人間は緊急時、何かをしていればそれだけで落ち着く事が出来る生き物だ。

    一時の夢だとしても大金を扱う愉悦に浸ることぐらい、当然の権利として行使するべきなのだ。
    金の分配を手下にやらせている間、ゴルディリーダーはこの金庫から生きて脱出し、金を手に入れる方法を模索していた。
    方法は限られている。
    警察本隊が呼ばれていると仮定して、後三十分ほどでその策を実行に移せなければ彼らは終わりだ。

    刑務所で作業に従事するのであればいいが、臓器や歯を抜かれて男色相手の性奴隷として売られたら死ぬに死ねない。

    (::0::0::)「テープはあるか?」

    (::0::0::)「はい、あります。ボス」

    部下が差し出したダクトテープを受け取る。
    量は十分にあった。
    後は、実行に移すだけだ。

    (::0::0::)「ジョンリーダー、チョコレートリーダー。
         手を貸してくれ」

    二人のリーダーを呼び寄せ、これからの手順を説明する。

    (::0::0::)「これで人質の目を塞ぐ。
         後は人間の楯にして、この金庫から出るぞ」

    その発言は意図的な物だった。
    この発言を聞けば、人質は必ず震え上がるはずだからだ。
    そうすれば、人間の楯はより一層強い効果を発揮する。
    相手が正義の都の番人である警察であれば、尚の事その姿に衝撃を受けて交渉する可能性が増してくる。

    例え非人道的な選択肢だとしても、こちらが生きるためには仕方のない方法なのだ。
    彼の狙い通り、人質たちは封じられたテープの下で悲鳴を上げた。
    逃げようとする者もいたし、失禁する者もいた。
    これから彼らには、その哀れな姿を利用した楯になってもらう。

    運が良ければ生きられるし、運が悪ければ正義の名の元に彼らは尊い犠牲者として葬られることだろう。
    金の分配をある程度のところで切り上げた部下達がダクトテープを手に、容赦なく人質たちの目を塞いだ。
    目を塞げば余計な情報が入ってこなくなる。
    聴覚情報だけに頼ることで、より一層彼らは恐怖心をあおられていい悲鳴を上げてくれる。

    女たちが上げた悲鳴に、ゴルディリーダーは嗜虐心をくすぐられ、性的な興奮を覚えた。
    部下達が楯を作っている間、三人のリーダーは声を潜めて話し合いを続けることにした。

    (::0::0::)「さっき俺達をここに閉じ込めた男、何者だか分かるか?」

    ( 0"ゞ0)「さぁ、知らねぇな」

    と、ジョンリーダー。

    (::(・)::(・):)「……ひょっとして、警官かもな」

    チョコレートリーダーの発言に、ゴルディリーダーは強い関心を抱いた。
    確かに、警官であればあの場に居合わせていても反抗的な行動を起こしただろう。
    この町に配属される警官は警戒に値しないと考えていたゴルディリーダーの失態だ。
    田舎町に気骨のある警官が配備されるという万に一つの可能性が実現することを学び、彼は反省した。

    (::0::0::)「だとしたら、あいつのやった事にも説明がつくが……あんな警官、普通じゃねぇ」

    大胆な行動はまぁいいだろう。
    だが解せないのは、本当に良識のある警官がこのような行動をするかと言う事だ。
    人質と犯人を同じ空間に閉じ込めれば、当然、暴行や強姦が起きてもおかしくない。
    それが分からないはずがない。

    では何者なのだろうか。
    こんな、警官とは到底思えない非常識的な行動を起こす人間など、本当に警官なのか。
    それとも、正義漢ぶった狂人なのか。
    思考が目まぐるしく動くが、今はただ、この状況をどうにかして打破することに専念しなければならない。

    本隊が来る前に、全ての手を打たなければ。

    (::0::0::)「とにかく、交渉のカードを揃えるぞ」

    人質の楯だけでは心もとない。
    何か、別のカードが必要になる。
    特に考えておきたいのは、万が一に備えて誰をどう切り捨てるか、だ。
    ゴルディリーダーは己の部下を切り捨てることに良心の呵責を抱くことはないが、問題となるのは他のグループだ。

    誰だって、自分は切り捨てられたくない。
    そうなれば、争いの火種となりかねない。
    楯を持っていたとしても、内部での争いがもとで内部分裂を起こせば結局、刑務所か墓場行きになる。
    予め決めておけばそれも防げる。

    グループを指揮する三人が集まっている今、このタイミングでそれとなく話を出してみるのがいいだろう。

    (::0::0::)「……殿はどうする?」

    殿とはつまり、捨て駒の事。
    言葉は違うが、意味合いとしては結局のところ、大勢を助けるための駒でしかない。
    軍隊ならまだしも、彼らは銀行強盗。
    消えてくれれば自分達の取り分が増える上に、死ぬことで他者に利益を生み出す殿の命を気に掛ける人間はいない。

    むしろ死んで初めて役に立つと言ってもいいかもしれない。
    ゴルディリーダーの言葉に対し、発言の意図を理解したジョンリーダーは小声で答えた。

    ( 0"ゞ0)「うちからは二人」

    (::(・)::(・):)「なら、こっちは一人だ。
          その代わり、ゴルディからも人数を出してくれ」

    率いる部下の数を考えれば、妥当なところだろう。
    チョコレートは四人、ジョンは五人、そしてゴルディは合計七人で構成されている。
    ならば、ゴルディが出すべき人数は他に合わせるべきだろう。

    (::0::0::)「四人、出そう」

    これで数は揃う。
    そして、取り分について揉めることもないだろう。
    運が良ければ殿は役割を見事に果たし、彼らが逃げる時間を稼いでくれる。

    (::(・)::(・):)「指示はその時になったらしよう」

    チョコレートリーダーは短く言い、ライフルのセレクターをフルオートに切り替えた。

    (::(・)::(・):)「ところで、そっちはコルトだけなのか?」

    (::0::0::)「いいや、用意してある」

    この強盗をする上で考えたのは、必要な火力だった。
    警備員や市民が刃向ってきた際、短機関銃では威力に欠け、ライフルでは取り回しに問題が生じる。
    そこで選んだのは、個人防衛火器のKACだった。
    短機関銃並に小型でありながらも、防弾着を貫通する威力を持つそれは特殊な弾を使うために高級品ではあるが、今回得られる儲けを考慮して購入した物だった。

    ゴルディのチームは全員、ボディバッグの中に銃床を取り外したそれをしまっている。
    後は、その時が来たら取り出すだけだ。
    人質全員の目を塞ぎ、手足の自由を奪った後に部下達は女の衣服を剥ぎ取り始めた。
    悲壮感漂う姿の方が同情を誘いやすい。

    正義の味方など、所詮は人間。
    正義感が強いというだけで己が誰よりも強いと信じている、愚かな存在。
    せいぜい悔しがってもらおうではないか。
    せいぜい、何も出来ない己の無力さに歯噛みしてもらおうではないか。

    その怒りが判断を鈍らせ、彼らの勝利へとつながるのだ。
    大型のキャリーケースに金貨と貴金属類を詰め込み、取り決めた量をそれぞれの運搬係りが自分の傍に置く。
    金庫内には散乱した書類や、銅貨などの価値が低い硬貨が散乱していた。
    早く金庫の扉が開かないか、その中にいる誰もが切に願っていた。

    これ以上事態が悪化することなど、誰も考えていなかった。

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    第一章【金の羊事件】 前篇
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    第一章【金の羊事件】 後篇
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    トラギコは店長を連れて、地上の店内に戻っていた。
    人質たちは死と隣り合わせの状況にあるが、それについては少し同情の余地があった。
    だが、大勢の犯罪者を逮捕することと今後の被害を食い止めるためと思えば安いものだ。
    ランダ条約、と呼ばれる警察共通の犯罪者に与えられる権利を読み上げた後、コーヒーマシンで砂糖をたっぷりと入れたエスプレッソを用意して、トラギコは一息つくことにした。

    銃撃戦にならなくてほっとする反面、この後の動きについて考えなければならなかった。
    強硬策に出た責任は始末書か、それとも転勤か。
    始末書であれば喜んで書くが、恐らく、大勢の一般人を巻き込んだという事で転勤を命じられるだろう。
    大を生かすために小を切り捨てる。

    トラギコはただそれを忠実に実行しただけに過ぎない。
    本部にいた時は市民からの投書でトラギコの暴力性が指摘される一方で、彼の行為に感謝を示す投書が多く寄せられていた。
    後者の投書は被害者家族や友人からによるもので、彼の行いは糾弾されるべきものではないと書かれていた。
    どちらが正しいのか、それはトラギコの判断するところではない。

    彼はあくまでも義務を果たし、罪に対する罰を与えているだけなのだ。
    ただ、それでも断言できることがある。
    彼の行為には、必ず犠牲者がつきものということだ。
    彼の神経が何かを感知したのは、警報装置を押してから二十分後の事だった。

    (,,゚Д゚)「……ん?」

    何か明確な気配があったわけでも、その兆候があったわけでもない。
    彼は何かを察知し、呼吸をするように自然にM8000を手に取っていた。
    カービンライフルではなく、使い慣れた愛銃を選んだのはやはり彼にとってその銃がいかに頼りになるかを如実に示していた。
    銃を握る手に力が込められたとき、ようやく本人がその理由に気付いた。

    何かがこれから起こる。
    それも、極めて危険性の高い何かが。
    これまでに積み上げてきた経験は、彼の細胞に微細な空気の変化を察知させ、行動を起こさせるに至った。
    相変わらず気の抜けた店長の口を押え、カウンターの奥へと連れて行く。

    そして数分後、変化が訪れた。
    店の前に車が停まる音がしたと思った次の瞬間、シャッターを破って覆面と防弾着、そして銃で完全武装した男達が五人現れたのである。
    その姿はジュスティア警察の警官隊だった。
    制服も装備も、確かにジュスティア警察のそれだが、トラギコの目にはそれが不自然に映っていた。

    どれだけ早くても三十分かかるはずの部隊が、ここまで迅速に到着できるのだろうか。
    時計を見れば、警報装置を作動させてから二十五分。
    その五分が、トラギコの猜疑心を動かしていた。
    それに、随伴するはずのパトカーもサイレンの音もなかった。

    サイレンは犯人と人質に対するジュスティアの宣言にも等しい。
    正義が到着したと知らしめる、いわば儀式的な物だ。
    決して欠かすことの無いサイレンが聞こえないのは有り得ない。
    同時に本部を出発し、最低でも警官隊車輌の前後に一台ずつ随伴しているはずのパトカーがいないまま、重装備の警官隊だけが先に到着することはどうしても有り得ないのだ。

    息を殺し、物陰からその様子を観察する。
    相手の装備はシルバーメタリックのベレッタM92F、そしてドットサイトとフォアグリップを取り付けたコルトM4カービンライフル。
    装備は間違いなく対強盗専門の警官隊のそれだ。
    だが、動きに繊細さが無い。

    (::゚,J,゚::)

    警察が誇り、最高を自負する動きの繊細さがまるでなく、五人の動きは殆ど素人のそれだ。
    死角はカバーせず、後続の二人は銃を構えることもしていない。
    彼らはまっすぐに金庫に通じる通路へと歩み、トイレに行くこともしなかった。
    人質がいる可能性はまるで考えず、そこにだけ意識が向いていた。

    人命優先のジュスティア警察には考えられない行動だった。
    トラギコの脳裏に、一つの可能性が浮上する。
    もしも内通者が情報を意図的に細分化し、本命のために強盗達に露払いをさせ、手間を省くことが目的だとしたら、どうだろうか。
    時間の経過と共に自然と現れる存在について、誰も疑念を抱かないのではないだろうか。

    強盗発生後に絶対正義を掲げる人間達が現れれば、疑う人間はいない。
    警報装置に細工をし、それがジュスティアだけではなく別の存在に対する通知にもなっていれば、繋がる人間全員が、強盗が金庫を破るために店に侵入したのだと伝える役割を果たすことになる。
    そして、通報を受けた警察が店に入り、証拠品を押収する名目で金品を預かったとしても、不思議に思う人間はいない。
    偶然その場に居合わせた警察官以外は。

    事前に情報が流されていたのと同じように、ここの警報システムは細工された後だったのだ。
    つまりこれは、四組目の強盗達が堂々と現れた瞬間だと認識するのが自然な展開だった。
    トラギコは彼らが地下に向かうのを確認してから、店長を連れて地下に向かうことにした。
    彼らが第四組目の強盗だとしたら、その動きは極めて暴力的になるはずだ。

    わざわざ警官隊を装ったのも、明確な意図がある。
    金庫の中にいれば一先ず人質の命は保証されているような物だが、それを脅かす存在であり、尚且つ人命について特に考えていない連中が登場するとなればこれは受け入れがたい展開だった。
    店長を前に階段を降り、その途中でトラギコは彼の背中を叩いた。

    (,,゚Д゚)「警官隊に助けを求めるラギ、さぁ」

    店長は階段を駆け下り、警官隊たちに向かって仔犬のように駆け寄る。

    彡(^)(^)「助けに来てくれたんやな! サンガツや!」

    店長の登場に、一瞬だけ警官達が驚いた様子を浮かべる。
    だがすぐにそれを隠し、如何にも警官らしい自信を持った態度に切り替わった。

    (::゚,J,゚::)「はい、我々が来たからには安心してください。
         強盗達はどこに?」

    彡(^)(^)「金庫の中に人質と一緒に入っとるで」

    あまりにも緊張感のない店長の口調と態度に、警官隊の声色が明らかに変わる。
    注目が全て店長に向いた隙を逃さず、トラギコは素早く扉の影に隠れることに成功した。
    これで、蝶番の隙間から中の様子がうかがえる。

    (::゚,J,゚::)「薬を打たれたんですか?」

    彡(^)(^)「そうなんや。
         でも、意識はあるで」

    あっけらかんと言う店長の肩を、警官隊の服装をした男が優しく叩く。

    (::゚,J,゚::)「それは良かった。
         金庫を開けられますか?」

    彡(^)(^)「えぇ、ですが強盗達が出てこないんか?
         中には人質も一緒なんや」

    (::゚,J,゚::)「その時のための我々ですよ」

    もう間もなく、全てのピースが邂逅することになる。
    そうなった時、この四組目の強盗達がどのような行動を起こし、それ以外の強盗達がどう動くのか、ぎりぎりまで見届けた上で決断する必要がある。
    トラギコは彼らの動きについて、ある程度の予測を立てることができた。
    金庫内の強盗達は警官隊の到着に合わせ、人質を楯として逃亡を要求するだろう。

    ジュスティア警察を相手に人質を掲げることほど愚かしいことはないが、考えの浅い強盗であれば間違いなくそうする。
    次に起こるのは、警官隊を装っている強盗達が投降を促し、名目はどうあれ、強盗を全員始末するつもりだろう。
    逮捕するところまで演じる事が出来るのであれば、その演技力と準備の徹底ぶりに拍手の一つでも送るところだが、面倒や手間を考えてそうはならないはずだ。
    体よく強盗達を殺した後、彼らは堂々と金品を持ち出し、この場から引き上げる。

    そして、遅れて到着した本物の警察を見て、ようやく強盗の思惑に気付くことになる。
    そういうシナリオなのだろう。
    ならば、介入するべきタイミングは明確だ。
    金を持ち出さられる前、強盗達が銃を向け合っている中で介入するしかない。

    そこを逃せば人質は生きるよりも死ぬ確率の方が高くなる。
    四組目の強盗よりも金庫内の強盗の数の方が勝っている点と、人質救出の訓練を受けていない事が決め手だ。
    カービンライフルの弾倉を外して、中身を確認する。
    弾は込められている。

    薬室にも装填されていた。
    後は、銃爪を引くだけでいい。
    M8000も同様に確認を済ませ、短く息を吐く。
    店長は不正操作によってロックされた金庫の扉を開くための作業を行うため、コンソールと格闘している。

    そうなると、中の強盗達はもう間もなく扉が開かれるという事を察知できるだろう。
    今頃は人質を楯にするために、それぞれ工夫をしているに違いない。
    未だ開かない扉の前で動きがあった。
    四組目の強盗達がガスマスクを装着し、機械仕掛けのゴーグルを被り始めた。

    胸のポケットから取り出した筒状の物体を見て、次に起こる行動と彼らの狙いがよく分かった。
    同時に、トラギコは一つの疑問を抱いた。
    彼らはあの装備をどうやって揃えたのだろうか、と。
    あれは全て、ジュスティア警察の部隊が実際に採用している物で、市場に出回っている価格は一般人がそう気軽に手を出せるものではない。

    銀行強盗による稼ぎを考えてもリスクが高い。
    彼の予想通り、彼らは開いた金庫の僅かな隙間にガスグレネードを放り込み、扉を閉じた。
    非殺傷性のガス弾は少なくともまともに浴びれば一時間は涙と咳、鼻水と目の猛烈な痒みに苦しめられるはずだ。
    それを警告も一切せずに人質もろとも浴びせかけるとは、ジュスティア警察のすることではない。

    だが使うタイミングは間違えていない。
    ガスによる鎮圧行動を行って、十数分が経過した。
    再び扉が開かれ、今度は別の筒を投げ入れ、そして閉じられた。
    扉の向こうから耳を聾する強烈な大音が響き、今度はスタングレネードを使用したのだと理解した。

    閃光と爆音によって抵抗する力を奪い取る道具までも使ったことで、トラギコはある確信を得た。
    彼らの中に、元ジュスティア警察の人間か、現役のジュスティア警察の人間がいる可能性が極めて高い。
    介入するタイミングが失われてしまったが、焦る必要はない。
    もしも今焦れば、金庫内で発砲があるかもしれない。

    今しばらくタイミングを窺わなければならないことに、そろそろ彼の堪忍袋も我慢の限界が近付いている。
    三度扉が開かれ、人質を用いて抵抗する間もなく強盗達は制圧され、金庫から引きずり出された。
    捕えられた強盗達は皆手足を拘束され、うつ伏せにして並べられる。
    背中を丸めてせき込み、数人は呼吸困難の症状が出ていた。

    次に人質が連れ出され、犯人とは離れた場所に避難させられる。

    (::゚,J,゚::)「金庫内制圧完了です。
         ただ、中身が全て荒らされているため、一度全ての金品の確認を行わなければ……」

    (::゚,J,゚::)「なら、本部に持ち帰ってからだ。
         ひょっとしたら盗品があるかもしれないからな。
         店長、いいですね?」

    彡(゚)(゚)「……お任せしますわ」

    圧倒的な武力を見せつけられた店長に、先ほどトラギコに買収を持ちかける余裕はなかった。
    反抗する気力を失った店長に出来るのは、頷くだけだった。

    (::゚,J,゚::)「っ! こいつら!」

    そして、如何にもわざとらしく一人の男が犯人たちに向けて発砲した。
    全員が頭部を撃ち抜かれ、即死した。
    射殺までの間隔が短すぎる。
    どう見ても、殺すことを前提に行動していた人間のそれである。

    (::゚,J,゚::)「何をしている!?」

    (::゚,J,゚::)「こいつら、人質を楯にしようとしていたんです!
         そんな外道、殺さないと駄目です!しかも……女性に対して!」

    若い人間が感情に任せて殺した、というシナリオはあまりにも陳腐だが、特に人質にされていた女性の心理としては共感するところがあるだろう。
    生きて逮捕できる犯人の数が減ったが、まだ大丈夫だ。
    銀行内に潜んでいる情報提供者の容疑者は全員生きている。
    それならば問題はない。

    そろそろ上に戻り、待ち伏せをした方がいいだろうかと膝を上げた、その時である。

    (::゚,J,゚::)「隊長、こちらの女性を救急に連れて行かないと」

    人質たちに声をかけていた一人が、蹲ったまま動かない女性を指さした。
    この位置から女性の顔は見えないが、下着姿の女性は弱々しく震えているようにも見えた。
    逃走用に一人人質にするつもりだろうか。
    だが今は動かない方がいい。

    人質の生殺与奪件は未だ強盗達にある。
    一度動きを止めたトラギコはすぐに動き、再び店内へと隠れることにした。
    静まりかえった店内で息を殺して強盗達が来るのを待つ。
    大股で階段を上る跫音が聞こえてくる。

    人質の位置を把握することは、まだ無理だ。
    警官であることをアピールして人質だけを回収し、彼らを見逃すか。
    否、それは出来ない。
    彼は極めてわがままであり、欲張りだ。

    強盗達に情報を流した人間も、強盗達も一網打尽にしなければ気が済まない。
    馬鹿げた覆面を剥ぎ取り、静かに相手の動きを待つ。

    (::゚,J,゚::)「……うまくいったか?」

    (::゚,J,゚::)「しっ! 黙れ、まだ店を出てないぞ。
         街から離れてからだ」

    声を潜めた男達が、トラギコが身を隠しているカウンターの前を通り過ぎる。
    跫音と気配は六人分。
    全員が出てきたことになる。
    このままでは人質と共に逃げられてしまう。

    細かな画策は後で考え、今はとにかく動くしかない。
    カービンライフルの安全装置を外して、トラギコは六人目が通り過ぎたのを確認してから身を乗り出した。

    (,,゚Д゚)「警察だ、動くな! 銃を捨てろ!」

    そして彼はこの事件最後のからくりを目撃することとなる。
    人質であるはずの女は最後尾を歩いていた。
    手枷も、銃も突きつけられることもなく。
    自由な姿で歩いていたのだ。

    从;´_ゝ从「げっ」

    つまり、この女こそが情報を強盗達に流していたのだ。
    仕掛けは単純でありながら、狡猾なまでに考えられていた。
    複数の強盗に偽の情報を売り、まずは情報料を得る。
    次に本命の強盗達と会い、自分の顔を認識させる。

    彼女は金庫が容易に開けられない事を知っており、店長が何かしらの防衛手段を用意していることを分かっていた。
    そこで考え出したのが、誰にも疑われることなく堂々と金を持ち出せる存在だった。
    本命以外の強盗が金庫破りに成功した場合はそれを横取りすればいいし、仮に金庫が開けられなかったとしても、警官隊に偽装した人間が念のために金庫内を確認させてほしいと言えばいい。
    この騒ぎに乗じて全て贋金に変えられていないとも限らず、そう言った事例を挙げればすぐに納得するはずだ。

    どちらにしても金庫の金を持った警官隊は、次に、情報提供者を連れて銀行を後にする。
    連れ出す理由はなんとでもなる。
    店長たちが金を目の前で持ち出されたと気付いた時には、全てが終わった後だ。

    (::゚,J,゚::)「驚いたな、警官がここにいるとは。
         だが落ち着け、俺達はジュスティア警察の警官隊だ」

    そう言って、先頭の男が身分証を掲げる。
    トラギコの持つそれとは若干異なり、本物の警官隊が使用している身分証と同じものだった。
    金色の楯と剣をあしらったエンブレムの上に銀色の数字が輝いている。

    (,,゚Д゚)「いいから銃を捨てろ、今すぐゆっくりラギ」

    銃を構えているトラギコの方が有利な位置にある。
    男達は互いに顔を見合わせてから、銃を降ろした。
    だが手放すことはしなかった。
    銃腔が下を向いただけでも僥倖だ。

    相手に演者根性があったおかげで助かった。

    (,,゚Д゚)「名前は?」

    (::゚,J,゚::)「それは規則で言えないことになっている。
         知っているだろう?」

    確かに、警官隊が覆面をしているのは、己の素性を知られないためだ。
    顔を隠せば人は大抵の悪行に対して抵抗感を抱かなくなる。
    自分が誰なのか相手に分からなければ、何をしてもいいのだという心理的な物もあるが、
    それだけで人間の暴力的な残忍性を引き出せるだけでなく、自分とその周囲を同時に復讐から守れるのだから、隊員たちは喜んでそうするだろう。

    それを知っているという事は、やはり、先頭の男はジュスティア警察に関係していたと考えるべきだろう。
    ここで納得して進ませてはならない。
    掲げられた身分証をよく見ながら、トラギコは一つ質問をすることにした。

    (,,゚Д゚)「現役の人間なら、俺の顔と名前も知ってるだろう?」

    (::゚,J,゚::)「さぁ、知らないな。
         現場が忙しくて、いちいち名前は覚えてられない。
         だが、あんたの顔は見たかもしれないな」

    (,,゚Д゚)「へぇ……」

    生かすべき人間は決めた。
    殺すべき人間も決めた。
    後は、やるだけだ。
    構えていたカービンライフルの銃爪が静かに、そしてゆっくりと引き絞られた。

    銃弾は最後尾にいた女の肩を掠め、肉の一部を削り取った。

    从;´_ゝ从「ああっ!?」

    悲鳴を上げ、うずくまる女。
    銃声に反応し、動き出す強盗達。
    頭上にライフルを構えながら屈むトラギコ。
    そして、乱れ響く銃声。

    静寂は失われ、薬莢が床を叩く涼しげな音は銃声の爆音によって掻き消え、怒号が飛び交う。
    楯にしていたデスクが瞬く間に砕け散り、トラギコの頭上に木片が降り注ぐ。
    その中で弾倉を交換し、逃げようとしている強盗に対して牽制射撃を加え続ける。
    数の不利をこの狭い空間で補うのは難しいと判断し、早急に外に逃げ出してもらいたいところだった。

    車で逃げてくれれば、それを転倒させることで打撃を与えることが出来る。

    (::゚,J,゚::)「引き上げるぞ!急げ!」

    キャスターが悲鳴のように軋む音を上げ、人の駆ける慌ただしい音が聞こえ、そして嵐のような援護射撃が襲い掛かる。
    流石にトラギコは射撃を中断してその場に伏せ、銃弾から身を守るしかなかった。
    撤退に伴う援護射撃から一分も経たずに全員が店から出て行き、最後に白煙を吐き出すグレネードが投げ込まれた。

    (,,゚Д゚)「くそっ……!」

    服の袖で口を覆い、グレネードを金庫に続く階段に放った。
    外から車が急発進する音が聞こえると、トラギコはライフルを捨てて店を出た。
    砂煙が舞う中、白いバンは町の出口に向けて猛スピードで走っているのが見えた。
    町から出て別の町に逃げ込めば、指名手配されない限り法律は適用されない。

    指名手配をするためには追加料金が発生する為、この町の町長が決断しない限り三日で期限が切れる。
    雲隠れでもされたら、まず間違いなく逃げ得だ。
    強盗達が乗る車が逃げる方角を見定めてから、トラギコは停めてあった別のバンに乗り込み、後を追った。
    強盗達が揃って車を用意してくれたおかげで、こうして後を追うための手段に困らなかったのは僥倖だ。

    更に僥倖だったのは、今乗っているバンのエンジンに手が加えられて速度がかなり出る事だった。
    車での逃走をより確実なものにするための改造だったのだろう。
    逃げるための改造が、追うために使われるのは少し皮肉が効いている。
    砂塵を追い、開けた荒野に差し掛かる。

    舗装されているのかいないのか分からない道の先に、トラギコの追うバンがいた。
    アクセルを強く踏み込み、更に加速させる。
    左手でハンドルを操作しながら、右手でベレッタの安全装置を外す。
    生け捕りに出来ない人間が多少出てもいいが、せめて二人は捕えたい。

    銀行にいた内通者と実行犯の一人。
    彼等さえ捕えてしまえば、全貌が明らかになるだろう。
    徐々に距離が縮まり、目測で三百メートルほどになった時に動きがあった。
    前を走るバンのスライドドアが開き、そこからライフルを持った手が出てきた。

    だが、それは遅すぎる判断だった。
    トラギコはすでに撃鉄を起こしたベレッタを構えており、狙いはつけられていたのだ。
    ライフルが姿を見せるのと同時に連続して放ったのは三発。
    そして、ライフルに命中したのは一発。

    続けてトラギコは車の右タイヤを狙って五発撃った。
    タイヤが爆ぜ、車がバランスを崩す。
    慌ててハンドルを切るが、金の重みと相まって車は遂に横転した。
    倒れた車目掛け、トラギコはバンを突っ込ませた。

    衝撃でフロントガラスが割れ、ボンネットが開いて視界が失われる。
    それを意に介することなく、トラギコは運転席側の窓から銃を出し、相手の車に向けて適当に数発撃った。
    弾倉を交換し、両側の扉を開いてから後部座席に移動する。
    バックドアを開いてそこから降り、銃を構えて慎重に近づく。

    聞こえてくるのは唸り声に似た風の音と人のうめき声。
    そして、遠くから響くサイレンの音。
    本物の警察がようやく合流できた。

    (,,゚Д゚)「さぁ、武器を捨てて全員出てくるんだ」

    そう言いつつ、トラギコは横転したバンの底部を撃つ。
    シャフトが砕け、ケーブルが切れて電気系統がショートする。
    右手で牽制するようにして銃弾を放ちながら、左手は最後の弾倉を上着から取り出している。
    弾倉を器用に小指の間に挟み、両手で銃を構えなおす。

    (,,゚Д゚)「次はバッテリーに当てる。
        月まで吹き飛びたいか?」

    水を燃料として稼働する車に搭載されているバッテリーは、よほどの事が無い限り破損はしない。
    僅かな資源から大量の力を引き出すためのバッテリーは高性能爆薬にも等しく、運転中に爆発するような事があっては断じてならないため、
    各メーカーはそこに最高の技術を注いで堅牢な物に仕上げるように努力をしている。
    銃弾を撃ち込まれることまでは想定していないのは、決して彼らの職務怠慢ではなく、そもそも想定に含めない緊急事態であるからだ。

    トラギコがここでバッテリーを撃てば、脅しではなく、本当に強盗達は全員爆散する。
    問題は、相手が抵抗の意志を見せるか否かだ。
    転倒させた際の衝撃はあっても、相手にはライフルがある。
    拳銃でいつまで持ちこたえられるだろうか。

    ここで制圧しておかなければ、次の動きに支障がでる。
    ゆっくりと、跫音を殺して前部に回り込む。
    後部座席に隠れていたとしても、今はバンが潰している。
    ならば逃げ出すための道は前方にしかない。

    銃声と横転した車を見つけたのか、サイレンが近付いてくる。

    (::゚,J,゚::)「この……糞……野郎が……!」

    助手席の男が毒づく。
    主犯の男の声ではなかった。
    僅かに中が見えるぐらいの位置に立ち、フロントガラスの向こうを見ようとするが、蜘蛛の巣状の細かいひびが入ったその向こう側を見ることは出来なかった。
    銃腔をフロントガラスに向け、銃爪を引く。

    割れたガラスの向こうから複数の悲鳴が聞こえてきた。

    (,,゚Д゚)「両手を挙げてさっさと出てこい。
        次は当てるぞ」

    ゆっくりと、まずは運転席から一人這い出てきた。
    ガラスの破片にまみれた男は両手を挙げながら、ようやくといった様子で車外に姿を見せた。
    すぐに背中で両手を縛り上げる。
    続けて助手席から一人、奥から三人が出てきた。

    全員抵抗する様子もなく、難なく無力化に成功した。
    トラギコが一般的な警官の様に威嚇射撃などをせず、殺す勢いで撃ってくる人間だと理解したのだろう。
    全員跪かせ、フロントガラスの前に背中を向けて並ばせる。
    これで、残りは一人。

    内通者の女だけだ。
    強盗達から距離を開け、銃腔を油断なく全員の胸の位置で行き来させる。

    (,,゚Д゚)「女、早く出てこい。
        俺は気が短いんだ」

    返答はない。
    中で何か抵抗の準備でもしているのだろうか。
    だが無策に撃ってくれば、強盗達が楯となってトラギコを守ることになる。
    無駄な殺人は罪を重くするだけだ。

    (,,゚Д゚)「おい、中の女の名前は?」

    (::゚,J,゚::)「知らねぇよ」

    答えたのは助手席にいた男だった。
    悪態を吐いたのを見るに、もう警官として偽ることが不可能であると諦めているようだ。
    潔くて助かる。

    (,,゚Д゚)「ってことは、偽名しか知らないってことラギか?」

    (::゚,J,゚::)「ジェーン・ドゥ(名無しの女)なんて偽名しか考えられねぇだろ」

    (,,゚Д゚)「……なるほどな」

    流石に本名を名乗る程馬鹿ではなかったようだ。
    膠着状態が続き、ついに、サイレンを鳴らすパトカーが数台トラギコの背後に停車した。
    顔はそちらに向けず、銃腔と共にまっすぐ前を睨みつけている。
    複数の跫音が近付き、背後で止まる。

    撃鉄が起こされる金属音が小さく鳴った。

    「全員動くな!」

    遅れて到着した警察官の怒鳴り声に、だがしかし、トラギコはまるで怯む様子もなく言い返した。

    (,,゚Д゚)「ミニマル担当のトラギコだ。
        銃を向けるんなら、車の中にしろ」

    「トラギコ……? あのトラギコか」

    これが正しいジュスティア警察人の反応である。
    彼の悪評はどの部署にも伝わり、本部にいた時は廊下ですれ違うたびに陰口を叩かれていたものだ。
    ある事ない事、誇張された逸話などが多く噂され、気が付けば彼は実態以上に凶悪かつ善人に仕立て上げられていた。

    (,,゚Д゚)「俺が分かるんだったら話が早いラギ。
        さっさと車の中に銃を向けておけ。
        中に銀行側の内通者がいるラギ」

    「強盗事件の内通者、という意味か?」

    (,,゚Д゚)「そうだ。
        それと、銀行に一組向かわせるラギ。
        人質もそうだが、店長に逃げられるラギ」

    細かな話をしている余裕はないと判断したのか、パトカーが一台現場から走り去った。
    恐らくは町に向かっているパトカーと合流し、店長に事情を聴く運びとなるだろう。

    (,,゚Д゚)「さぁ、もう逃げ場はないぞ、女」

    トラギコはゆっくりと後退り、到着した警察官と並んだ。
    正に、その時。
    車内から物音が聞こえたかと思うと、巨大な銃声が一つ鳴り響いた。

    砕けていたフロントガラスの穴の向こうから発砲された銃弾は、強盗の肩の肉を吹き飛ばした。
    その威力と銃声の種類は間違いなくショットガンのそれ。
    皮一枚で肩がつながった状態の男は絶叫し、その場でのたうった。
    他の男達は一目散にパトカーの方に走り出し、逮捕と保護を求めた。

    警官たちもバンから離れ、パトカーの裏に回った。
    ただ一人。
    トラギコだけが、その場に立っていた。
    怒りの形相を浮かべ、彼は吠えた。

    (;,,゚Д゚)「この糞女が……!」

    まず、トラギコは撃たれた男を掴んで立ち上がらせた。
    それは別に、彼を助けようと思っての行動ではなかった。
    彼女の選んだ武器がショットガンであれば、貫通力に乏しいはずだ。
    防弾着を着ているこの男を楯にすれば銃弾が貫通してくることはない。

    すかさず銃声と衝撃が訪れるが、男の防弾着がそれを止めた。

    (,,゚Д゚)「何ぼさっと見てるラギ! スタンを寄越せ!」

    我に返った警官が言われるままに、トラギコにスタングレネードを投げた。
    受け取り、ピンを抜き、数秒数えてからバンの中に放り入れた。
    そして、閃光、爆音。
    光は楯にしている男を使って防げたが、聴覚は限界を突破した音によって失われてしまった。

    耳鳴りが酷い。
    それでも、五感の内一つが使えないだけだ。
    素人に毛が生えた程度の女一人を逮捕するのには問題はない。
    スタングレネードの直撃を浴びた人間はしばらくの間動きが完全に止まるか、とりあえず意味もなく暴れるしかない。

    銃声は聞こえないが、楯になっている男の体を通じて衝撃を感じていることから、ショットガンをやみくもに撃っているようだ。
    目と耳を奪えているのであれば、攻める方向は正面ではなく上から。
    つまり、横転した車の後部にあるスライドドアからの侵入と制圧だ。

    (,,゚Д゚)「――――!」

    トラギコは自らの言葉さえ聞こえない状況だったが、警官達に犯人を確保するように大声で怒鳴った。
    安全な方向に移動し、虫の息となっている男をそこに投げ捨てる。
    素早く車に登り、スライドドアを開いて銃を構えた。
    ランダ条約を読み上げることもなく、ただ、犯人を無力化するために彼の体は機械のような正確さで動いていた。

    ショットガンを構えようとしていた女の頭上に光が差し込んだ次の瞬間には、ワークブーツを履いたトラギコの足がその顔に襲い掛かっていた。
    女の前歯が折れ、手からショットガンが落ちる。
    仰向けに倒れた女の顔に、トラギコの掌底が容赦なく放たれた。
    そして、女は抵抗らしい抵抗も出来ないまま、警官達に車外に連れ出された。

    トラギコは耳の調子が少しずつ回復してきたのを確認するように、耳に指を出し入れしつつ、女がパトカーに乗せられるのを見ていた。
    楯にした男も生きているらしく、手当てを受けていた。
    この銀行強盗事件もようやく終わりだと、彼はゆっくりと溜息を吐いた。

    「――ぶ。
    トラギコ警部、聞こえますか?」

    その声が後ろからかけられていることに気づき、振り向く。
    そこには最初にトラギコに銃を向けた警官が立っていた。

    (,,゚Д゚)「万全ってわけじゃないけどな。
        で、何だ?」

    「今回の事件を報告していただきたいのですが、よろしいですか」

    (,,゚Д゚)「報告書か?」

    あまり好きではないが、報告書は作らなければならない。
    内部的な処理の問題と、対外的な問題。
    つまり、契約者に対する報告に使うために必要になるのだ。

    「いえ、直接報告を聞きたいと……」

    いささか急すぎることに、トラギコは疑問を覚えた。
    本部にこの事件の事が通達されるまでには、もう少し時間があって然るべきなのだが、速すぎる。
    先ほど来たばかりの警官達が本部に連絡をしたとしても、もう三十分はかかるはずだ。
    彼らが到着する前に連絡がされたとしか思えない。

    では、誰がいつ連絡をしたのか。
    それが出来たのは、恐らく、店長だ。
    店で放心状態になっていると思っていたが、腐った根は薬の力でも誤魔化せなかったのだろうか。
    だが本部に連絡をしてどうしてトラギコが呼び出されなければならないのだろうか。

    (,,゚Д゚)「直接? 書類じゃなくてか」

    「はい。
    確実に伝え、確実に報告に来るようにとセントジョーンズ局長からの連絡です」

    (,,゚Д゚)「おやっさんか……」

    ラブラドール・セントジョーンズはジュスティア警察本署に務めるベテランの男だ。
    署内で唯一局長の身分を持ち、その仕事は正確無比で有名だ。
    トラギコより二回り年上の彼が行う仕事は、刑事課の面々が担当する事件の管理とその処理、そして支援が主となる。
    事件の解決には経費が掛かるだけでなく、多くの関係者の協力を得なければならない時がある。

    現場で働く人間達にとってそれらの処理は極めて面倒なものであり、出来る事であれば誰かに肩代わりしてもらいたいものだ。
    そこで局長は若かりし頃に積み上げてきた人脈やノウハウを生かし、現場のサポート全般を行うのだ。
    無論、彼が現場に出ることもある。
    そのような事態が起こった事件は、例外なく難事件と呼ばれる類の物でそうなった場合は刑事課の中でも腕が確かな面々が呼び出され、チームを組んで事件の早期解決にあたることになる。

    (,,゚Д゚)「なら、本部まで送ってもらえるか?」

    「それは勿論」

    にこりともせずに警官はそう返事をし、先導する。
    トラギコは大げさに溜息を吐いて見せ、パトカーへと一歩を踏み出した。
    そして、遠方から響き大地を震わせる爆発音にその足を止めた。
    爆発音は背後からだった。

    「な?!」

    爆発音のした方向に黒煙が上がっている。
    煙は遠方に小さく見えるミニマルの町から上がっていた。
    ただの爆発ではないことは、黒々とした煙の勢いが如実に物語っている。

    (,,゚Д゚)「銀行に向かうぞ!」

    トラギコの怒鳴り声で、警官達は一斉に動き出した。
    犯人たちを乗せたパトカーも、サイレンを鳴らして町へと向かう。
    運転手は何度も無線を使い、現場にいる同僚に連絡を試みるが、向こうから聞こえてくるのは耳障りな空電の音だけだ。
    町に着くと、すぐに爆発の元が銀行であることが分かった。

    地上にあった建物は消え失せ、地下から濛々とオレンジ色の炎をちらつかせる黒煙が立ち上り、警官達はすでに消火活動を諦めて近隣住民の避難を行っていた。

    (,,゚Д゚)「ミニマル担当のトラギコだ。
        何があったのか説明できる奴はいるか?」

    住民が現場に近づかないように声をかけていた警官の一人が駆け寄ってきた。
    顔の煤が彼の行動を物語っている。

    「地下から人質を外に移動させている時に、地下で爆発が起きて……気が付けばこうなっていました」

    (,,゚Д゚)「店長はどこだ」

    「それが……自分は最後に行くと言って……」

    彼らを責める気はまるで起きなかった。
    彼らは事件の黒幕が店長であることを知らず、仕事をこなしただけなのだ。
    彼を拘束していたが、それが誰によるものか分からなければ、状況判断として強盗達にやられたのだと考えても仕方がない。
    というよりも、それが自然な解釈の仕方である。

    そして店長が最後に残ると言った言葉も、正義感溢れる人間の発言だと考えれば何一つおかしくはないのだ。
    何もかもがもう一歩早ければ店長を犯人として逮捕できたが、こればかりはどうしようもない。
    仮定の話をしたところで進展はないと気持ちを切り替え、トラギコは状況の確認を行うことにした。

    (,,゚Д゚)「奴は金庫室にいたのか?」

    「はい、そのはずです」

    となると、金庫室に仕掛けがあり、それを作動させてこの騒ぎを起こしたと考えるのが自然だ。
    だが不自然なのは、何故爆破を選んだのか、である。
    今回の件は保険金詐欺として処理され、刑罰はあまり重くはない。
    この町で二度と商売が出来なくなるとしても、それが死を意味することにはならない。

    ならばなぜ、という疑問が彼の頭の中で渦巻いた。
    薬によって精神状態は冷静だったはず。
    冷静な人間が自決を選ぶとは思えない。
    選ぶとしたら、事件の真相を知らない警官が彼を一人にする、千載一遇のチャンスを利用する事。

    つまり、逃亡するための時間稼ぎが狙いに違いない。

    (,,゚Д゚)「防火服はあるか?」

    「消防団が使用しているものであればありますが……まさか、中に行くつもりですか?!」

    コンクリート製の建物は崩れ落ち、黒煙と炎が瓦礫の間から勢いよく噴出しており、その先に進もうと考える事は動物的な本能が拒絶する。
    事実、トラギコも出来る事であれば瓦礫の下にある金庫室に向かわずに店長を探し出したいと思っているが、今は時間的な猶予がない事もあり、選択肢は限られていた。

    (,,゚Д゚)「手の込んだ保険金詐欺を考えるような奴が、自棄になって自爆なんてするとは思えねぇラギ」

    警官は目を丸くして驚きを顔に出した。

    「この爆発は囮だと?」

    (,,゚Д゚)「だろうな。
       死ぬつもりなら別にここまで壊す必要はねぇ。
       意図的に入り口を塞いだと考えるべきラギ」

    そしてトラギコは銀色の防火服とヘルメット、マスクと酸素ボンベを受け取り、炎の上がる銀行へと向かった。
    警官達が人質と共にここに出てくることが出来たという事は、少なくとも地下に通じる道は完全に封鎖されていない可能性があるという事だった。
    瓦礫を踏み越え、炎の向こう側に地下への階段を見つけた。
    大きなコンクリート片が階段を塞いでおり、撤去しなければ地下に下りることはできない。

    何よりも炎が邪魔だった。

    (,,゚Д゚)「誰か手を貸してくれラギ!」

    叫び声に応じて現れたのは、トラギコと同じ格好をした男だった。
    マスク越しに見える顔はまだ若く、二十代前半の青年といったところだ。
    そして僅かにジュスティア警察の制服が見えた。
    だがこの際、年齢や所属よりも力があるかが問題だった。

    「自分でよければ」

    (,,゚Д゚)「そこの瓦礫をどかして地下に行きたいラギ。
        手を貸してくれるか?」

    指さした先を見て、青年はトラギコの顔をまじまじと見た。
    まるで、正気を疑っているようだ。

    「ですが、地下は爆発が起こった場所ですよ。
    誰か生存者がいるとは思えません……」

    (,,゚Д゚)「これっぽっちの爆発で地下金庫が吹き飛ぶとは思えねぇ。
        なら、店長が生きている可能性は十分にあるってことラギ」

    もしも地下金庫ごと吹き飛ばすのならば、地図が変わるぐらいの規模の爆発が起きて然るべきだが、周囲の建物への被害は皆無に等しい。
    建物がほぼ崩落するぐらいの大規模な爆発が地下で起きたのならば、今頃建物は地下に沈んでいる事だろう。
    そうではない現実が物語るのは、爆発のほとんどが地上で起こった物であるという事だ。

    (,,゚Д゚)「分かったなら手を貸せ」

    「は、はい!」

    どうにも返事に覇気が感じられない。
    精神論者ではないが、こういう状況下では精神力がなければ意識を保つことは難しい。
    特に、経験が浅い人間は知識などが欠如している分、精神面で補わなければならないことが往々にしてある。
    今がまさにその時だ。

    声を上げてコンクリート片を二人で持ち上げ、一気に移動させる。
    瓦礫の下から現れた階段の向こうから風音が不気味に響き、思わず息を呑んだ。
    それは恐怖によるものではなく、興奮によるものだった。
    これから先、きっと彼を楽しませてくれる出来事が待っているはずだ。

    平凡な事件はない何かが待っていると考えるだけで、彼の胸は高鳴った。
    躊躇なく階段を下り、その先へと向かった彼を待っていたのは、やはり、想像していた通りの光景だった。

    (,,゚Д゚)「やっぱりそうか……」

    地下に通じる階段はほとんど損傷がなく、金庫室は無傷そのものだった。
    そして僅かに開いた金庫室の扉の向こうから、風が吹いてきている。
    つまり、その向こうが地上に通じている可能性があることを示唆している。
    彼の仮説は今や最も有力な説となり、彼自身、自分の考えが間違っているとは思っていなかった。

    店長は大金庫内に脱出路を用意していたのだ。
    目的は災害時の避難などが主だったかもしれないが、今は主犯が逃亡するための安全な逃げ道として利用したに相違ない。
    重々しい金庫の前で立ち止まり、トラギコはわずらわしげにマスクなどを脱ぎ捨てた。
    M8000を取り出し、弾倉を交換してから僅かに開いた金庫の扉の向こうを見る。

    金庫の奥に小さな扉があり、そこから風が吹き込んでいるようだった。

    (,,゚Д゚)「来るか?」

    後ろで装備を脱ぎ捨てていた青年に、トラギコはそう声をかけた。

    (;><)「はい、ついていきます」

    迷いのない返事が返ってきたのと同時に、彼の着ている真新しい制服に名札が付いていないことに気が付いた。

    (,,゚Д゚)「いい返事だ。名前は?」

    ( ><)「ビロード・フラナガンです」

    年齢的に考えて、ジュスティアで警官として採用されたばかりなのだろう。
    あまり無茶はさせられないが、ある程度の無茶を覚えてもらわないと後で困る。
    甘やかされた警官は甘い価値観を持って仕事に務め、他人に迷惑をかけるのがオチだからだ。

    (,,゚Д゚)「俺はトラギコだ。
        ビロード、銃を出しておけよ」

    ビロードは腰のホルスターからコルト1911を取り出し、遊底を引いた。
    勇ましいことだが、肝心な時に銃爪が引けるかどうかは別問題だ。
    トラギコを先頭に二人は金庫へと入り、その奥の扉の向こうへと向かった。
    扉の向こうは等間隔に置かれた緑色の非常灯が薄暗い通路を照らし、その先は闇に包まれている。

    待ち伏せされていれば不利なのは言うまでもない。
    トラギコは銃をまっすぐに構えたまま、走り出した。
    その後ろからビロードが走り、二人の跫音が狭い通路内に残響する。
    地下に作られた通路と言う事もあって、外と違ってひんやりとした空気が流れている。

    ただ、僅かに外から来る熱気を帯びた風が彼らの頬を撫でた。
    奥で彼らを待っていたのは、地上に向けてまっすぐに伸びる一本の梯子だった。
    これを上った先に地上があるのは間違いないが、その先に銃を構えた人間や、或いは爆発物が仕掛けられている可能性があった。
    もしも追跡者を予期していれば、何らかの罠を仕掛けていると考えるのが自然だ。

    それでも、頭上に輝く青空は間違いなくそこに存在している。
    その先に、彼を楽しませる存在がいるのだ。

    (,,゚Д゚)「俺が先に行くが、お前はここで待ってろ」

    ( ><)「ど、どうしてですか?」

    (,,゚Д゚)「罠があって俺が死んでも、お前が行けるだろ?
        共倒れなんてのは、俺の趣味じゃねぇラギ」

    銃を構えたまま梯子を上り、地上へと身を乗り出した。
    砂埃が風に舞い、彼の顔を容赦なく汚す。
    目を細めつつ周囲に銃腔を向けるが、人影一つ見えない。
    見えるのは岩と乾いた地面、そして干からびた草だけだ。

    ゆっくりと這い出して、周囲の安全を確認する。

    (,,゚Д゚)「上がってきていいぞ!」

    それだけ言って、トラギコは先に地面をよく観察した。
    人が通った形跡を探しているのだ。
    店長がどこに逃げたのか、それが分からなければこの荒野で彼を見つけることは不可能に近い。
    景色を見て分かったが、この場所は町から僅かに離れた南に位置し、人が近寄らない一帯だった。

    足跡はすでに風が消し去っており、痕跡を探すのは無理だった。
    だが、可能性はゼロではない。
    町から逃げるのに、わざわざ町に向かって逃げる馬鹿はいない。
    理で動く人間であれば、なおさらだ。

    だが四方位で考えれば、二つに可能性は絞られるのだ。
    東に逃げればジュスティアが控えており、北に逃げればこの町に戻ることになる。
    ならば、西か南しか可能性はない。
    最短距離で逃げることを考えるのであれば、間違いなく南だ。

    西に逃げたとしてもあるのは広々とした荒涼とした大地だけで、最寄りの町に辿り着くのにも車が必要不可欠とある。
    いつ必要となるかも分からない事態に備えて車を近くに配置しておくとは考えられず、店長が徒歩で移動したと考えるべきだ。
    ならば、残された選択肢は一つ。
    南である。

    南に進めば海があり、海を使えば後は自由の身となる。
    彼がどこかの町に身を寄せる前に捕まえなければ、罪に問うのが難しくなる。
    臆病者である店長が理を追及して選ぶのならば、間違いなく南だ。
    彼が臆病者である限り、安全確実な道を選ぶのは確実だ。

    消去法で答えが導き出せた後にすることは、行動だけである。
    トラギコは迷わずに南に向かって走りだした。
    店長は用意周到であり、臆病者であることは間違いないが、その行動理念にある根底は極めて想像しやすいものであることに間違いはない。
    彼は常に最善を尽くそうと行動しており、それを理解すれば先んじて行動することは誰にでもできる。

    特に今は彼が薬による影響で落ち着きすぎているという事もあり、その考えを逆手に取るのは容易なことだった。
    問題は間に合うか否か、それだけだ。
    結論から言えば、決め手となったのは両者の体力の差だった。
    日々デスクワークで肥え太った男と、日々現場を駆けまわる男とでは根本の体力が違った。

    トラギコが店長に追いつくのに要した時間は、ほんの五分だけだった。
    彼は海沿いにある町に通じる道路を歩き、車がすれ違わないかを待ち望んでいる様子だった。
    グレーのスリーピースをしっかりと着込んだ姿は、正に銀行の店長らしくしっかりして見える。

    (,,゚Д゚)「動くな!」

    銃を向けつつそう叫び、トラギコは大股で彼に近寄る。
    乾燥した風が二人の間を吹き抜ける。

    彡(^)(^)「はは……見つかってしもうたな」

    歩みを止めて振り返り、店長は両手を挙げて降伏の意志を示す。
    砂埃で汚れたその顔は穏やかで、悪戯を見つけられた子供のようなあどけなさがあった。
    強盗を意図的に招き入れ、銀行を爆破した大人のする顔ではない。

    彡(゚)(゚)「さぁ、逮捕してください」

    その一言は、犯人確保に躍起になる人間にとっては理想的な降伏の言葉だったが、使う相手が悪かった。
    それは今のトラギコの逆鱗に触れる一言となり、彼は静かに激怒した。
    果たして、この男がどれだけの人間に害をなしたのか。
    そして、どれだけの恨みを買ったのかを自覚しているのだろうか。

    銃を構えたまま彼の前に歩み寄り、トラギコはぞっとするほど優しい声をかけた。

    (,,゚Д゚)「言われなくてもそうするラギ。
        だけどその前にな」

    店長の肩に手を乗せ、トラギコは微笑んだ。
    多くの動物がそうであるように、彼の微笑みは肉食獣が浮かべる残忍極まりない敵意の表れだった。

    彡(゚)(゚)「はい?」

    (,,゚Д゚)「手数料だ」

    何事にも定石というものがある。
    定められた通りに動けば、予定通りの結果が得られるというものである。
    それは喧嘩においても言えることであり、この場合、最初の一手は相手の動きを封じることにある。
    そうすれば後は、相手の弱点、即ち人体の弱点を容赦なく痛めつければ相手を無力化できるというものだ。

    今回トラギコが選んだ初手は、腹部への容赦のない膝蹴りだった。

    彡( )( )「ふぁっ……?!」

    臓器がパニックを起こし、彼の思考が一瞬止まる。
    頭が落ちるのを見逃さず、肩に乗せていた手を素早く彼の高等部に添えて膝を鼻面に叩き付けた。
    骨の折れる音と、豚の鳴き声のような悲鳴が僅かに上がった。

    (,,゚Д゚)「さて、お望み通り逮捕してやりたいんだが……まずはランダ条約の読み上げだ。
        お前が一度逃げたせいで、もう一回読み直しラギ。
        俺は優しいからな、ゆっくり読んでやるラギよ」

    銃床を使って後頭部に殴りかかろうとしたその手が、背後から掴まれた。
    振りほどけない程の力強さはないが、並の膂力ではない。
    訓練を受けた人間のそれだ。

    (,,゚Д゚)「……何だ?」

    (;><)「何だ、じゃないですよ。
         貴方こそ何をしているんですか!」

    振り返らずとも、その声と腕がビロードのものであることは確実だった。

    (,,゚Д゚)「見りゃ分かるだろ、逮捕前にランダ条約を読み上げてやるんだよ。
        罪状がさっきと変わるからな」

    (;><)「無抵抗の犯人に対して一方的な暴力は警官として最低の行為です!」

    若い考えだ。
    まっすぐで、本当に正義感溢れる見事な考え方である。
    だが模範解答で警官はやっていけない。
    この世界にある正義というものを守らせるためには、ある程度の見せしめが必要なのだ。

    そして、善人が味わった痛みの万分の一でも犯人たちに返さなければ、善人たちはただいたずらに傷つけられたことになる。
    法律に従って処分されても、喜ぶのは裁判官たちだけであり、被害者達は何も得る物が無いのだ。
    ならば、彼にせめてできるのは、犯人が同じ過ちを二度と繰り返さないよう、痛めつける事。
    そしてその痛めつけられた姿を刑務所に晒し、周囲への警告とするのだ。

    事実、トラギコの名前は彼が携わっていない事件の犯人、犯罪組織にも広く知れ渡っている。
    トラギコという男は怒らせない方がいい、まるで虎のような人間である、と。

    (,,゚Д゚)「最低、だからどうした。
        それより、手錠を用意しておけ。
        そうでなけりゃ、またこいつは逃げるラギ」

    だがビロードは手を離そうとしない。
    力を弱めるどころか、強めているようにも感じる。
    若い正義感がそうさせていることはよく分かる。
    だからこそ、トラギコは彼の行いを非難することはせず、淡々と対処することにした。

    感情的な人間に感情的な対応をしても、得られるのは不毛な結果だけなのだ。

    (,,゚Д゚)「おいおい、捕まえる相手を間違えてるラギ」

    (;><)「間違ったことを正すのが自分達の仕事です!」

    (,,゚Д゚)「違うラギ。
        間違いを起こさせないようにするのが仕事だ。
        間違いが起きてから対応してたら、俺達の意味がないだろ。
        間違いを正すのは法律の仕事ラギ」

    掴んだ腕を振りほどき、トラギコは店長を地面に叩き付けた。
    それからようやく振り返り、ビロードの目を見た。
    鋭い眼光に気圧されたのか、僅かにその目が逸れる。

    (,,゚Д゚)「理想を持つのも結構だが、それじゃあ何も変わらねぇよ」

    店長の着ていたジャケットを剥ぎ取ると、彼の背中に金貨が輝いていた。
    ベストの裏に縫い付けられた小さなポケットに百ドル金貨が一枚一枚入れられ、その数は約三十枚。
    三千ドル近い金になる。
    百ドルを上手にやりくりすれば、一か月は過ごせる。

    つまりそれだけの金額があれば、出所時に労せず新たな町での生活が再開できる。
    逮捕時に所有していた私物は出所後に全て返却するというのが警察の基本ルールであり、この町が採用しているルールもそれに違わず同じだ。
    このスーツが私物であると判断されれば、この男は出所後に新たな生活を送ることができるのだ。
    結局、トラギコは自分で用意していた結束バンドを使って店長の手を背中で縛った。

    (,,゚Д゚)「ビロード、お前が連行しろ」

    (;><)「じ、自分が……ですか?」

    (,,゚Д゚)「そうだ。お前が、だ。
        俺は本部に呼ばれてるんでな」

    そう言いながら、トラギコは町の方を指さした。
    距離にして五百メートルも離れていない。
    警官であれば、男一人を引き摺って連れて行けるだろう。

    (,,゚Д゚)「何か不満でもあるのか?」

    (;><)「いえ……ありません」

    犯人を連行すれば、少なからず上層部はその人間を評価する。
    犯人確保と連行はセットであり、連行は犯人の確保を意味するからだ。
    この場合、ビロードが犯人を確保したと見なされる。
    いわば手柄を譲るような物だ。

    新人の警官にとって手柄の獲得は今後の昇進にかなり大きな意味を持つ。
    彼は本部内でもそれなりに評価されることだろう。

    (,,゚Д゚)「じゃあな」

    もとより、トラギコは手柄のために仕事をしているわけではない。
    先ほどビロードに言った通り、トラギコはただ事件を終わらせ、今後同じ過ちを繰り返させないようにすることが目的である。
    逮捕による加点と評価は彼の興味にはない。

    町に向かい、トラギコは大股で歩きだした。
    内心で彼はビロードに対して憤っていた。
    彼の言動は昔の自分を思い出させ、自分の未熟さを思い起こさせる。

    (,,゚Д゚)「……面白くねぇな」

    彼のつぶやいた言葉は風に掻き消え、誰の耳にも届かない。
    物が焦げる匂いが風に漂い、彼の鼻に届く。
    ひと騒動が終わり、これから事後処理が山のように待っている。
    しかし、その前に本部での報告が待っている。

    セントジョーンズはおそらく理解してくれるだろうが、その上にいる人間が理解するかは別だ。
    特に、市長や警察長官は理解してくれるとは思えない。
    減給と配属転換は避けられないだろう。
    だが配置が変わるのならばそれはいいことだと考えることにし、町に急ぐことにしたのであった。

    ――この事件は後に金の羊事件と呼ばれることとなり、銀行に対する人々の認識と業界の認識を改めさせることになる。
    そして警察は、有事の際に行動できる特殊部隊をどんな町にも素早く派遣可能にするため、中継駐屯地を町と町の間に設置する計画を発表した。
    ジュスティアの影響力が拡大したことにより治安が僅かだが回復したことは言うまでもないが、全国の銀行の経営状況が一時的に上昇する現象が発生した。
    金の羊事件をきっかけに銀行は新たに優良追加オプションとして人質保険を導入し、その加入を強く推奨することにし、成功したのだ。

    この事後の対応を見れば分かる通り、法律的・契約的に見て彼の行動は違反に値するものではなかった。
    警官が最優先するのは契約先で起こった事件の対応であり、人質についての項目は契約の中には含まれていないのである。
    人質救出は専門のチームと機材を用意するのに金がかかるため、契約時にそれを削るのが普通なのだ。
    ともあれ、トラギコの行動によって世界が僅かに変化したことは間違いのない事実である。

    何故なら、この時代は――


    第一章 了


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    ┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻
    前回の夢鳥花虎……
    ①強盗事件発生
    ②暴れん坊刑事(=゚д゚)が暴れる
    ③爆発とか起きたけど一先ず事件解決
    ┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳
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    第二章【砂金の城事件】Part1

          その街は夜になると光で溢れ、訪れた者に黄金の夢を見せてくれる。
                  翌朝、道端には絶望が転がっている。

                                    ――モーニングスター新聞より抜粋
    ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

    金の羊事件から一夜が明けた七月十一日。
    朝早くからジュスティア警察本部にある局長室には、険しい顔をした二人の男がいた。
    ブラインドの向こう、眼下に見えるのは灰色の空と街。
    灰色に染まった正義の都を背にする男が一人。

    白髪の混じった黒髪を短く刈りそろえ、顔に深い皺を刻んだやや肌の黒い男は、深々と椅子に腰かけて何度も溜息を吐いては手にした書類に目を落としていた。
    警察で唯一、局長という肩書を与えられているラブラドール・セントジョーンズは目の前のパイプ椅子に座るトラギコ・マウンテンライトを見て、もう一度深い溜息を吐いた。

    (’e’)「はぁ……なぁ、トラギコ。
        お前はどうしていつもこうなんだ」

    (,,゚Д゚)「建物を吹き飛ばして、保険屋に大損害を与えたのは俺じゃないラギ。
        あの馬鹿店長に言うラギ」

    ついでに言うなら、回収に成功した金庫の中身を検査する手間を与えたのも同一人物であるが、それは言わずにおいた方がいいだろうとトラギコは判断した。

    (’e’)「そうじゃない。 爆発の前だ。
       店長から警察に直接電話があって、お前が随分と無茶をやったと言ってきた。
       オブラートに包まずに言うが、人質と犯人を金庫に一緒に入れたと聞いている。
       お前、正気か?」

    やはり責められるのはそこだと、トラギコは自覚していた。
    結果として上手くいったからいいものの、もし作戦が失敗して人質が殺されていたら、ジュスティア警察の歴史に汚名を残す大事件となった事だろう。

    (,,゚Д゚)「あの時はそれ以外方法がなかったんですよ」

    (’e’)「正直に話せよ、トラギコ。
        状況的に見れば、あの時は人質を逃がすのが最善の手だし、それが当たり前だ。
        犯人と一緒にしたのは、その中に内通者がいると思ったからだろ?」

    (,,゚Д゚)「……えぇ、そうです」

    それに、とは言葉に出さなかったが、彼は規約に反したことはしていない。
    全て契約の中にある規定通りに動いており、抗議の言葉を並べてくる人間達はその辺りを完全に無視している。

    (’e’)「だがな、かもしれない、で命を危険にさらされた人間はたまったもんじゃない。
        これは反省どころじゃすまない問題だ」

    (,,゚Д゚)「懲戒免職ですか?」

    (’e’)「いいや、それは俺がさせない。
        だが代わりに、警部から刑事に降格するのと同時にお前を別の場所に派遣することになった。
        どこだと思う?」

    降格についてはもう慣れたのでどうでもいいが、少なくとも派遣先でバカンスをさせてもらえることはないだろう。
    欲張りを言える立場でもないが、ミニマル以外の場所で、出来ればやりがいのある街がいい。
    平和な街に警官はいらない。
    警官が必要なのは秩序が失われている場所なのだ。

    (’e’)「ヴェガに行ってもらう」

    ジュスティアから北西に行った荒野に幻の様に存在する賭博の街、ヴェガ。
    世界中の賭博師がその街を目指し、最後はそこを墓場とすると言われる街だ。
    賭博で栄えている街である以上、治安維持は必要不可欠であり、治安を乱す人間が世界中から押し寄せるのは必然だ。
    大勢の警官が派遣されているがスリ、詐欺、路上強盗や違法売春などの根絶が未だに出来ない現状がある。

    ヴェガの法律は極めて厳格だが、殺人以外で死刑になることはない。
    一度捕まえた罪人が釈放され、数年後にはまたヴェガにやってくる。
    逮捕される人間の多くがこの街で大金を掴もうとした客であり、それに失敗した人間である。
    一度で懲りる人間であれば賭博の街に来るはずもなく、釈放後にやってくる人間は経験を生かして賢く金を稼ごうとし、また失敗するのが常だ。

    しかしそれは意図的なものがあり、ヴェガは客を決して離すようなことはしない。
    元罪人でも金さえあれば歓迎し、その金を奪い尽くすのである。
     _,
    (,,゚Д゚)

    (’e’)「何だ、その顔は。口の中にカナブンでも入ったか?」

    (,,゚Д゚)「いえ、意外だったんで。
        でもあそこは人手不足じゃないはずラギ」

    (’e’)「派遣警官は、な。
       今回お前には別の仕事を任せるように上から達しがあってな。
       違法カジノの一掃だ」

    一気に納得がいった。
    ヴェガの市長を悩ませる最大の要因は強盗でもなければ脱税でもない。
    彼らが許可をしていない、つまり、商売のルールから逸脱したカジノの存在だ。
    賭博を取り仕切る上で必要なのは、全体が調和していくことである。

    そのため、賭けの最低金額と最高金額、そして一日でカジノが設ける金額の設定など、事細かに決められている。
    週に一度の代表者会合を設けるなど、市長は街の賭博が衰退するのを防ぐために奮闘していた。
    だが、違法カジノはそれらの取り決めを全て無視し、客から搾り取るだけ搾り取るという、賭博をするうえで最低の行為に及んでいるのだ。
    タチが悪いのは、違法カジノはその存在が嗅ぎ付けられる前に姿を消し、また別の場所で経営を開始する点にある。

    そこで最近署内で噂されていたのが、違法カジノ摘発チームの編成だった。
    迅速にして強力。
    少数にして精鋭。
    〝カジノ・ロワイヤル〟と呼ばれる部隊の噂はトラギコの耳にも届いており、いよいよ現実味を帯びた話だと思っていたところだった。

    夏用のジャケットを着ているのにもかかわらず、トラギコは体の内側が熱くなるのを感じた。

    (,,゚Д゚)「カジノ・ロワイヤルに入るってことラギ?」

    (’e’)「あの部隊に要求されているスキルは現場での経験が五年以上、戦闘経験豊富、そして計画的な無鉄砲。
       お前にぴったりだろ」

    セントジョーンズはそう言いながら、机の引き出しから分厚い封筒を取り出した。

    (’e’)「これが必要な書類一式だ。
       どうする?」

    それに手を伸ばし、念のために質問をした。

    (,,゚Д゚)「何か隠している条件とかあるわけじゃないラギね?」

    (’e’)「この書類に全部書いてある通りだ。
       今回は市長も一枚噛んでいる事を覚えておけよ」

    (,,゚Д゚)「市長が?」

    堅物で知られるジュスティアの市長が警察に対して口出しをするのはよくある事だが、その中身にまで深く入り込んでくることは珍しい。
    この一件はかなり本腰を入れるつもりなのか、それとも別の思惑があるのかは分からないが、失敗することは面白くない結果になるだろう。

    (’e’)「何だ、ビビってるのか」

    (,,゚Д゚)「まさか」

    封筒を受け取り、トラギコは肩をすくめておどけて見せる。
    今さら何に怯えなければならないのか。
    怯えなければならないのは、いざとなった時に何も出来ないその瞬間だけだ。

    (,,゚Д゚)「いつからチームは動き出すんですか?」

    (’e’)「メンバーが揃ってからだ。
       つまり、今この時からだよ」

    示し合わせたように扉が開かれ、そこから三人の男が入ってきた。
    手回しがいいことだ。

    (’e’)「一応紹介しておこう」

    そう言って、セントジョーンズが立ち上がる。
    それに合わせてトラギコも立ち、入ってきた三人と向かい合った。
    スーツに身を包んだ見知った顔が三つあった。

    ( ´W`)::゚-゚〉><)

    (’e’)「チームリーダーのシラヒゲ・チャーチル。
       世話になった事があるだろ?」

    小柄で髪が薄くなり始めた六十代の男は、その温厚そうな見かけによらず攻撃的な性格をしており、警察隊の訓練担当を任されるほどの力量を持っている。
    黒縁眼鏡の下にある瞳は何を考えているのかを悟らせないが、この上なく雄弁に彼の感情を物語る。
    恐らく、現役の警官隊でシラヒゲの名前を知らずに育った人間はいないはずだ。
    今の警官隊のマニュアルを作成する際に尽力し、訓練の内容にもかなり口を出してきた人間である。

    トラギコでさえ、彼に教えられた人間の一人なのだ。
    銃の使い方や格闘術について、彼はトラギコの基礎を作った人間と言っても過言ではない。

    (’e’)「そして、補佐役のイシ・シンクレアとビロード・フラナガンだ」

    丸い眼鏡をかけ、坊主頭にしたその男は署内ではイシという名前よりも、〝鍵屋〟の名前の方が知られているだろう。
    ピッキングのエキスパートであり、電子機器にも精通した男で、彼に開けない鍵はないとさえ言われている。
    現場で発見された金庫を開けることは勿論、犯人の隠れ家に通じる幾重ものセキュリティを一人で突破できるだけの知識と経験がある。
    立てこもり事件が起きた際は必ず彼と連絡を取れる状態にしておくように、とまで言われるほどだ。

    無論、鍵を開けられるという事は鍵を潰せるという事でもあり、犯人の逃走経路を予め潰しておくことで多くの犯罪者に手錠をかけていることを忘れてはならない。
    ビロードは昨日ぶりの再会となるが、詳しい人物像については書類を見ていないために分からない。
    分かることはこの男は正義感に溢れた若者であり、まだまだ現場経験が浅いということぐらいだ。
    ベテランに混じってこの場にいるということは、昨日の手柄が評価されたのかもしれない。

    (,,゚Д゚)「全員知っているラギよ」

    (’e’)「ビロードもか?」

    (,,゚Д゚)「昨日会いましたからね」

    (’e’)「なるほどな。
       だが少しだけ紹介をさせてもらおう。
       彼は昨日の事件で犯人の確保をした功績が上に見込まれて、今回このチームにどうしても入れるように、とお達しがあってな。
       警察学校での成績も悪くはない」

    予想した通り、昨日の事件が評価されたのだ。
    それは別に何の問題もないが、このチームに配属されることに一抹の不安を覚えざるを得なかった。

    (’e’)「不満か?」

    (,,゚Д゚)「不安なだけラギ。
        現場経験は浅いんでしょう?」

    隠すことなく、トラギコは自分の胸の内を言葉にした。
    ここで胸に秘めていても後の不満が大きくなるだけでなく、チームワークにも問題が出てきかねない。

    (,,゚Д゚)「訓練で優秀でも、実戦が素人じゃ不安になるのも当然ラギ」

    トラギコの言葉にビロードは表情一つ変えることはなかったが、真一文に結んだ口元は不満を抑え込んでいることを如実に物語っている。
    自分の未熟さを理解しているからなのか、それともトラギコの言葉を否定したいのか。
    ここで口答えをするようでは先が思いやられるため、彼の反応はトラギコをある意味で満足させた。

    ( ´W`)「お前も最初は素人だっただろ?」

    助け舟を出したのは、やはりシラヒゲだった。
    部下を束ねるリーダーが不和の兆候を見逃すはずもなく、また、シラヒゲほどの男がここで黙っているはずがない。

    (,,゚Д゚)「勿論そうですよ。
        俺は自分の意見を言っただけで、別にこいつを追い出そうなんて考えていません」

    ( ´W`)「だが言葉は選べ、トラギコ。
        意図せず相手を傷つけるのは本意ではないだろう」

    (,,゚Д゚)「傷つけるつもりもありませんが、この程度で傷ついているようじゃ現場は務まらないラギ」

    シラヒゲがそっとトラギコの肩に手を乗せる。

    ( ´W`)「威勢がいいな、トラギコ。
        俺にお願いをさせたいのか」

    (,,゚Д゚)「……先生がそう言うんなら、それに従うラギ」

    彼は笑顔を浮かべていたが、眼鏡の下の瞳は笑っていなかった。
    彼を怒らせると大変なことになるのは、訓練生時代に身に染みて教え込まれている。
    歳の差はあるが、彼の体は無駄なく鍛え上げられた機械のようなものだ。
    引退間近のシラヒゲに、現役のトラギコが勝てるかどうかは分からない。

    降参の意志として両手を挙げ、トラギコは半歩下がった。
    シラヒゲも手を離し、視線をビロードに向ける。
    その目は優しげではあったが、本心までは分からない。
    経験上、今の状態は可もなく不可もなく。

    目の前に転がってきた石を蹴り飛ばすように、面倒事を解決したに過ぎない。

    ( ´W`)「ビロ、何か言いたいことはあるか?」

    ( ><)「いえ、ありません」

    ( ´W`)「それでいい。
        セントジョーンズ局長、もう出発してもいいですか?」

    セントジョーンズはシラヒゲよりも年下だが、肩書上はセントジョーンズの方が上と言うことになっている。
    局長と言う例外的な存在は彼一人しかおらず、その地位は極めて特殊な物であるため、ほとんどの人間が彼に対して敬語を使わざるを得なくなる。
    中には彼の立場をあまり面白く思っていない人間もいる。
    それというのも、現場職ではなく管理職であるため、安全な場所から命令を下すということに対していささか反感を持つ者がいるからだ。

    (’e’)「あぁ、頼む」

    それを理解しているからこそ、セントジョーンズは年齢に関係なく当たり障りのない言葉遣いを心掛けていた。
    本当は現場に出たいという気持ちを、以前に聞いたことがある。
    彼は管理職としてではなく、第一線で犯罪者たちを捕まえる立場で在りたいと常々思っているのだ。
    所長室を出て行くシラヒゲに倣い、他の二人も部屋を出て行った。

    トラギコだけが部屋に残り、セントジョーンズを見た。

    (,,゚Д゚)「上は本当にあの若造が昨日の事件をどうにかしたと思ってるラギか?」

    (’e’)「そうでなければならないからな。
       事件を解決したのが暴力警官じゃ、体裁が悪いだろ。
       若くて正義感に溢れる人間が果敢に事件解決に尽力した、の方が世間体もいいしな。
       あの若者がいなければ、お前は処分されていただろうさ。

       感謝しておけよ」

    (,,゚Д゚)「なるほどね。
        あの時あいつに手柄を譲って正解でだったラギよ。
        ところで、携帯電話は支給されないラギ?」

    (’e’)「だめだ。
        お前がポケットマネーで十万ドル出すんならいいぞ」

    固定電話はまだ普及しているが、高価な携帯電話の普及率はあまり高くはない。
    ただし、内藤財団――世界最大の企業――が大量の資金を投じ、簡易的な物を開発しているという話は聞いている。

    (,,゚Д゚)「軽い冗談ラギよ」

    そう言い残してトラギコも部屋を出た。
    同僚達の視線を感じながらオフィスを通り過ぎ、エレベーターに乗って警察本部ビルの外へと向かう。
    誰も来ない空間の中、トラギコは深い溜息を吐いた。
    メンバーに問題はない。

    実際、ビロードはよくやってくれるだろう。
    あの若者はトラギコのようにひねくれてはいないし、まだ純粋さが残っている。
    ならば、上手に乗せてやれば市民にとって良い警官になる。
    違法カジノの摘発に際して彼を登用したのは、恐らく、世間的な目を気にしての事だろう。

    新聞に載る際にトラギコたちのような人間が映るよりも、彼のような若者が映った方が受けがいい。
    彼は光で、トラギコは陰。
    そのようにして役割を分担すれば、互いにとっていい結果が待っているはずだ。
    トラギコも昔はそうだった。

    正義を一途に信じ、まっすぐに、正面から悪に立ち向かおうとした。
    だが、駄目だった。
    それで排除できる悪は限られていたし、何よりも逮捕するまでの過程に時間がかかりすぎた。
    そのままでは何も変わらない。

    世の中は何一つ変化しないのだと考え、トラギコはある先輩がそうしていたように、汚れ仕事を自ら手掛けるようになった。
    誰かに頼まれたわけではなく、自分の意志でそうすることにした。
    誰かが汚れなければ、その汚れは無辜な市民に降りかかることになる。
    真面目に生きている人間が馬鹿を見ることがあってはならない。

    それがトラギコの考え方であり、警察官を志した理由でもあった。
    エレベーターが地上に到着し、扉が開く。
    外から差し込む光は暗く、雨音が聞こえてきていた。
    一階にあるロビーで先ほどの三人がトラギコを待っていた。

    (,,゚Д゚)「待たせたラギか?」

    〈::゚-゚〉「今来たところだよ」

    そう陽気に言ったのはイシだ。
    彼はまだ冗談が通じそうだった。

    ( ´W`)「話は終わったな。
        二人一組で今から行動を開始する。
        トラギコ、お前はビロと行け」

    シラヒゲの意図は分かる。
    先ほどの一件で明らかになった溝をどうにか埋めろ、ということだ。
    だがそう簡単に埋まるとは思えない。
    こればかりは価値観の問題であり、生き方の問題なのだ。

    可能な限り努力はするが、期待はしないでもらいたいのが本音だ。

    (,,゚Д゚)「分かりました。
       車で行けばいいラギか?」

    ( ´W`)「俺達はそうだ。
        お前達はバイクで直接行け。
        鉄道は使うな」

    (,,゚Д゚)「は?」

    ここからヴェガまでは直線で百キロ近く離れている。
    だがそれは直線距離の話であって、実際の距離とは異なる。
    ミニマルまでは悪路ではあるが平坦な道で、時間はあまりかからない。
    だが、ヴェガは険しい山や渓谷を越えなければならず、舗装もされていない悪路に加えて強い日差しと無味乾燥とした大地が広がっているため、過酷な道と言わざるを得ない。

    途中にめぼしい町もなく、極めて過酷な道のりと言わざるをえない。
    車であればエアコンや屋根があるが、バイクの場合は砂埃も日差しも防ぎようがない。
    普通であれば鉄道を使って移動するところだが、それが禁止されると極めて面倒なことになる。

    ( ´W`)「俺達は鉄道と車を使って先に街のホテルに待機している。
        お前達はその後に到着しろ」

    チームで動く以上、周囲にその存在を悟られないようにしなければならない。
    その警戒する気持ちは分かるが、出発の時期をずらせばいいはずだが、そうしなかった意図を察したトラギコは内心で舌打ちをした。
    必要のない苦労はしたくないが、命令である以上、従わなければならない。
    トラギコはこの若者の本質を見出し、試すことが求められているのだろう。

    そのついでに信頼関係を構築しろ、ということだろうか。

    (,,゚Д゚)「分かったラギ。
        費用は経費で落ちるラギね」

    ( ´W`)「常識の範囲内でな。
        それと、今この時から互いに階級は無しだ」

    (,,゚Д゚)「さん付で呼べばいいラギか?」

    ( ´W`)「そうだ。
        ホテルは常識の範囲内で好きに選べ。
        そこにチェックインして、二日後の七月十三日の夜にラグジュアリーカジノで合流だ」

    バイクの鍵が渡され、シラヒゲは意味深に頷いた。
    そして二人が先に進み、残された二人は顔を見合わせた。

    (,,゚Д゚)「よう、元気だったラギか」

    ( ><)「おかげさまで」

    会話はそこで止まった。
    不愛想になるのも仕方がないと諦め、セントジョーンズから受け取った封筒を開いた。
    いくつかの書類と金貨の詰まった筒がそこに入っていた。
    細長い筒はちょうど千ドル分の金貨を詰められる物であり、それが五本。

    合計五千ドルあった。

    (,,゚Д゚)「一本持っておけ」

    その筒を一本取り出し、ビロードに手渡す。

    ( ><)「どうして僕が?」

    (,,゚Д゚)「片方だけが持つ必要が無いからラギ。
        二人で分けて持っておけば、片方が掏られても平気だろ」

    ヴェガには多くの詐欺師・軽犯罪者がいる。
    クラブの特別チケットを安く売る、という者やぼったくりバーの客引き、置き引きやひったくりなどの強盗もその一つに分類される。
    二人一組で行動し、片方がトラブルを起こして標的の注意を惹きつけ、その間にもう一人が荷物を奪い取るという算段だ。
    ホテルの従業員ですら客の荷物に手を付ける事件が後を絶たない事を見れば分かる通り、金は分散して持っているのが賢いのである。

    これが一人の場合、靴やベルト、その他備品に分散させておくのが鉄則だ。

    (,,゚Д゚)「その金はお前が判断して使うラギ。
        まずは準備だ」

    ( ><)「というと」

    (,,゚Д゚)「備品庫に行って道具を貰ってくるラギ」

    バイクであれば最低でも二日はかかる。
    太陽が沈んでいる間に出来る限り移動し、途中の街で一度休憩を取り、そしてヴェガに到着するのが無難な道のりだ。
    それでも最短の道を選んでの時間であり、もしも途中で道路事情が変わった場合はさらに時間がかかることになる。
    あの辺りの山は巨大な岩と言ってもいいぐらい無味乾燥としており、緑が限りなく存在しない赤銅色の大地がひたすら続いているだけなのだ。

    どのような種類のバイクかにもよるが、パニアにテントと食料品ぐらいは詰め込んでおいた方がいい。
    備品庫を管理している人間とトラギコは仲が良く、貸出備品に関してかなり融通を利かせてもらえる。
    今回必要となる備品も、恐らく全て出してもらえるだろう。

    (,,゚Д゚)「警官になって三か月だろ? だったらまだ備品庫のオヤジに会ってないだろ」

    ( ><)「場所は知っているんですが、使う機会が無くて」

    (,,゚Д゚)「これから多くなるラギ。
        覚えておけ」

    署の地下三階。
    そこに備品庫はあった。
    むき出しのコンクリートで覆われ、庫に通じる唯一の出入り口は幾重にも重ねられた複合装甲板で封じられ、その扉を開く人間は一人しかいない。
    扉の前にある小さな部屋に座り、ペーパーバックを読む白髪の老人。

    その人間こそ、備品庫を管理するマックス・ベンダーなのであった。
    几帳面に櫛を通した白髪を前から後ろに流して固め、鉤鼻の上に乗った小さな丸眼鏡は彼のトレードマークだった。
    服も黒いスラックスにベストというもので、おしゃれに気を使う小粋な老人というのが彼の事をよく知らない人間が最初に抱く印象だ。
    彼が現役時代の話を知れば、少なくとも、小粋な老人という考えはすぐに霧散することだろう。

    尋問のプロであり、開拓者であり、精神と肉体における人間の弱点に精通した男なのだ。

    (,,゚Д゚)「よぅ、オヤジさん」

    イ´^っ^`カ「……何だ、お前か」

    老犬のような動きで視線だけをトラギコに向けたマックスの声は興味なさげだったが、読んでいたペーパーバックに栞を挟んで閉じたことから、彼に意識を向けていることが伝わった。
    そして、値踏みするような視線をトラギコの後ろに立つビロードに向ける。

    イ´^っ^`カ「新入りか?」

    (,,゚Д゚)「まぁな」

    ( ><)「ビロード・フラナガンです」

    イ´^っ^`カ「青いな。
          人を撃ったことがない顔だ」

    やはり分かる人間には一目で分かるのだ。
    ビロードが新入りであり、尚且つ、現場に慣れていない若者であることは。
    特に、人を撃ったことがあるか否かの問題はチームを組む上でも重要なことになる。
    必要な時に銃爪を引ける人間でなければ、現場は務まらない。

    彼の場合、段階的に経験する前に最前線に送られたという事が大きなネックになってくる。
    先日のように仕事のやり方に噛み付かれていては、解決できるものも解決出来なくなる。

    イ´^っ^`カ「お前が相棒を連れて来たと思ったら、こんな青い奴とはな……お前も歳か」

    (,,゚Д゚)「相棒はいらねぇラギ。
        知ってるだろ」

    彼と好んで組む人間はいない。
    ベテランの人間でさえ長く持たず、すぐにトラギコとのコンビを解消してしまう。
    だがトラギコはそれを望んでいた。
    一人で仕事をした方が効率がいい上に、何より邪魔をされないのだ。

    彼には彼のやり方がある。
    そのやり方を理解できない人間と仕事など出来るはずがない。

    イ´^っ^`カ「冗談だ。
          それで、何を取りに来た?」

    (,,゚Д゚)「ヴェガにバイクで行くことになって、アウトドアに必要な道具を貰いに来たラギ」

    イ´^っ^`カ「ほぅ、随分変わった出張だな。
          まぁいい、非常用の備品がある。
          それを使え」

    (,,゚Д゚)「恩に着るラギ」

    重々しい音と共に扉がゆっくり降り、地面に収納された。
    その先に並ぶのは大量の棚だ。
    大小様々なコンテナにラベルが貼って並べられ、湿気が品を駄目にしないように換気が効いていた。
    天井と床に設置された白いライトが部屋全体を隅まで照らし、どこか不気味な雰囲気が漂っている。

    イ´^っ^`カ「アウトドアに使えそうなのはOの棚だ。
          好きなのを持って行け」

    (,,゚Д゚)「分かったラギ。
        この礼はまた今度だ」

    イ´^っ^`カ「期待しないで待ってるさ」

    台車を手に、トラギコは倉庫の中へと迷わず進んでいった。
    数歩後ろからビロードが恐る恐るといった様子で付いてくる。

    (,,゚Д゚)「警官の装備について知っていることはあるラギか?」

    振り返らず、トラギコがビロードに問いを投げかけた。

    ( ><)「常にいいものを、としか」

    (,,゚Д゚)「そうだ。
        装備が毎年見直されるのはそういう理由ラギ。
        そうすると、大量に型落ちの物が出てくるラギ」

    ジュスティアに勤務している全ての警官は毎年装備の見直しが行われ、必要があると判断された場合には装備が変更されることになっている。
    そうして変更された装備は別の地域にいる警官のところに回され、世界中の警官の装備が徐々に入れ替わっていくことになる。
    そして最後には使用されることなく余った装備が本部へと送られ、こうして備品庫に蓄えられる。
    そしてそれを警備会社などに安く売ることで、補てんに際して要した費用の穴埋めを行うのである。

    (,,゚Д゚)「つまり、ここにあるのは何年か前には最新の装備だったものってことラギ」

    ( ><)「でもそれを持ち出していいんですか?管理者に確認を取らないと……」

    (,,゚Д゚)「いいんだよ。
        オヤジが許可したらな。
        最終的にはあの人が持ち出しの許可を出すことになってるラギ」

    マックスは年齢的にはもう引退している身だが、彼の優秀さを何かに活かせると考えた上層部が彼を再雇用し、この地下に新たな職場を用意したということになっている。
    だが実際は、彼が行ってきたあまり公に出来ないような仕事の話をよそにされるのではないかと恐れ、こうして幽閉するような形でここに雇い入れているというのがもっぱらの噂である。
    重要な施設という意味で言えば、この更に地下に存在する押収品保管庫の方がよっぽど重要だ。
    強盗やマフィアから押収した物の中には、軍隊が使うような武器や兵器が含まれていて、それを奪われるとかなりの損害になる。

    (,,゚Д゚)「手間を省いた方が仕事ははやく終わるからな。
        寝袋とテントを二つずつ探しておけラギ」

    コンテナの背に書かれた名前から品物を探し、小型のガスカートリッジとコッヘルを見つけ出した。
    これがあれば調理が出来る。
    最悪の場合に備えてこれらを持ち出しておけば、水を煮沸消毒して飲むことも出来るし、肉に火を通すことも出来る。
    ついでに折り畳みのローテーブルも持って行くことにした。

    ヴェガに行くまでに通る道のりは極めて険しく、バイクの車種によっては遠回りをしなければならない。
    二日以上かかることや何らかの理由で街に入れない場合を想定して、トラギコは更にナイフも用意することにした。
    軍でも採用されている携行食の缶詰と、バイクの燃料にも使える水を大量に持ち出す。

    (,,゚Д゚)「どうだ?」

    ( ><)「揃いました」

    少し離れた棚にコンテナを戻しているビロードに声をかけると、彼は短く返答した。
    トラギコは台車の上にテントが二つと、寝袋が二つ乗っているのを見て、頷く。
    準備はこれでいい。
    後は、バイクに乗って出かけるだけだ。

    台車を押して出口へと向かう。

    (,,゚Д゚)「オヤジ、ありがとな」

    イ´^っ^`カ「気にするな。
          それと、例の修復作業だが、もう少し時間がかかる」

    (,,゚Д゚)「いいさ、気長に待つラギ。
        じゃあ、元気でな」

    イ´^っ^`カ「お前もな」

    台車をエレベーターに乗せ、駐車場のある地下一階へと上がる。
    静かに上昇するエレベーターの中で、ビロードが口を開いた。

    ( ><)「例の修復作業って、何なんですか?」

    (,,゚Д゚)「仕事道具の話ラギ。
        ま、お前みたいに真面目な奴は使わない道具だから気にするな」

    無言の間が流れるかに思われたが、再びビロードが言葉を発する。

    ( ><)「昨日の件は……すみませんでした……」

    (,,゚Д゚)「あ?何で謝るんだ。
        礼なら分かるが、謝られるようなことはなかったはずラギ」

    ( ><)「いえ、生意気なことを言ってしまって……」

    (,,゚Д゚)「お前が正しいと思ったからそうしたんだろ。
        なら、謝る必要はねぇ。
        俺も俺が正しいと思った事をしただけだ」

    目的の階に到着し、会話はそこで終わった。
    しかし内心で、トラギコはビロードについての見方を少しだけ変えることにした。
    この男、まだどのような警官に成長するのかは未知数だ。
    もし昨日の事件に関しての発言が本心であれば、その発言の真意が知りたい。

    本当に申し訳ないと思ったのか、それとも、今後の出世のためにトラギコの手法を盗みたいから言っただけなのか。
    正義の在り方についての葛藤がどのような方向に転び、形になるのかでこの男の今後は大きく変わってくる。
    理想だけで正義は成り立たない。
    そのことに目を瞑り続ける限り、成長はある一定のところで止まるだろう。

    薄暗い駐車場を進むと、渡された鍵に書かれたナンバープレートを持つバイクを見つけた。
    車種は大型のアドベンチャータイプの物だった。
    パニアとリアボックスが装着され、ナックルガードと高いスクリーンを持ち、嘴のような特徴的なパーツがライトの下にあった。
    鋭い独眼のライトと嘴状のカウルによって、まるで怪鳥のような印象を与えた。

    エンジンとタンク部分を覆うように装着された金属のバーが堅牢さを物語り、黒く塗装されたそのバイクは威圧感がありながらも、どこか品を感じさせるものがあった。
    フルフェイスのヘルメットと、プロテクターの入ったジャケット、そしてグローブがシートの上に置かれていた。
    台車から荷物を積み終え、封筒の中から地図を取り出してそれをタンクの上に設けられたケースに入れた。
    これで運転をしながら地図を見ることが出来る。

    バイクの準備を終え、最後は自分達の準備に取り掛かった。
    懐に入れていたベレッタを腰に移し、運転中でも使えるようにしておく。
    ジャケットの上にライディングジャケットを着て、グローブをつける。
    どちらも良い品だと、すぐに分かった。

    恐らく、シラヒゲが便宜を図ってくれたのだろう。

    (,,゚Д゚)「よし、行くぞ」

    ヘルメットを被り、バイクに跨ってエンジンを始動させる。
    二台のバイクから発せられた心臓を震わせる重低音が、静かな駐車場に響き渡る。
    重々しい音は嘶きの様であり、唸り声の様でもあった。

    ギアを一速に入れ、トラギコが先頭を走り出す。
    続いて、ビロードのバイクが走り出した。
    緩やかな坂を上り、やがて、外からの光と風が二人を出迎えた。
    駐車場の出口前には警備が二人いて、トラギコ達が通り過ぎる際に小さく敬礼をした。

    風は夏の暑さを含んでいたが、それでも、汗がにじむほどの物ではなかった。
    二人は舗装された道路を進み、ジュスティアの街から外に出て行くため、スリーピースと呼ばれる街を覆う三重の検問所を通過した。
    彼らには特権として与えられた書類があり、それが時間を節約してくれた。
    もしも電車を使っていれば、今頃は優雅な旅が始まっていた事だろう。

    鉄道都市エライジャクレイグが世界に展開している列車ならば、今晩にでも到着することだろう。
    しかし、バイクでしか得られない解放感を味わえるのであれば、この形も悪くはない。
    ジュスティアを離れて三十分ほど走り続けると、次第に、周囲の風景が変わってくる。
    人工物が極端に減り、大きな岩や木々が目立つようになってくる。

    この辺りは街が無く、誰も手入れをする人はいない。
    舗装された道路は大昔の物がそのまま残っている場合がほとんどで、ひび割れていたり欠けていたりしても、誰も気にしない。
    逆に、道路を整えるのはその近くに大きな街がある証拠でもある。
    やがて、山に続く坂道が目の前に現れた。

    ここからが本番だ。
    アスファルトは道の途中で途絶え――粉々に砕け――ており、スピードを出して進もうものなら転倒することは避けられない。
    特に、カーブにある砂利が最も恐ろしい存在だ。
    ギアをそのままに、坂道を登り始める。

    舗装路が終わると、途端に振動がトラギコ達を襲った。
    サスペンションがあるとは言っても、拳大のアスファルト片や落差の激しい溝があれば、それを緩和し切ることは無理だ。
    道幅が狭くなり、アスファルトの裂け目から伸びる雑草の背が高くなってゆく。
    そして、アスファルトが草で覆われ、地面が見えなくなったのは出発から一時間後のことだった。

    辛うじて残る道としての名残を進み、二人は林道へと分け入る。
    道だと分かるのはそこに木が生えていないだけであって、木の根が地面を隆起させているような場所を走ることになっていた。
    流石に座っての運転が難しいと判断し、立ち上がってギアを下げ、小刻みにアクセルとクラッチを操作して走破していく。
    余裕がある時にミラーを見てビロードが付いてきている事を確認しつつも、基本的に視線は前に固定していた。

    ようやく峠に辿り着き、一度そこでバイクを停めた。
    数分後、ビロードが合流した。

    (,,゚Д゚)「平気か?」

    ( ><)「はい」

    ならばいい。
    まずは山を越えることに成功した。
    後に待ち構えるのは荒野と渓谷。
    賭博の聖地に通じる、乾燥した赤茶色の大地だ。

    地図とバイクに備わっている電子コンパスを見比べ、進むべき場所と位置を確認する。
    計器に表示されている時間はもう間もなく正午になる事を示していたが、空には未だ分厚い雲が浮かんでいる。
    森の香りがむっと漂い、夏であることを思い出させた。

    (,,゚Д゚)「後は下り道ラギ。
       エンジンブレーキを使っていくぞ」

    ギアを三速に入れ、山道を下り始める。
    ジュスティア側の道とは違い、草の背はかなり高くなっていて、足場の確認が全く出来ない状態だった。
    どこかが崩落していたらと思うとゾッとする。
    曲がり道においては特に細心の注意を払い、外に出過ぎないよう、車体を傾け過ぎないように速度を落とした。

    タイヤが滑ってバイクが転倒すれば、最悪は山道を転がり落ちることになる。
    ここからヴェガまで徒歩で行くなど、御免こうむる話だ。
    登りの倍の時間をかけ、ようやく赤茶色の大地が見える場所にまで降りてきた時、嫌な音がどこからか聞こえてきた。
    それは獣の咆哮だった。

    エンジンの鼓動よりも低く響くその声は、熊の類である可能性があった。
    下か、それとも上か。
    どこにいるにしても、逃げられるようにしておかなければならない。
    トラギコの持つ拳銃では口径が小さく、大型の獣を殺すのは極めて難しい。

    ミラーに目をやると、離れた場所にビロードがいた。
    そして、その後ろに巨大な黒影が現れた。
    二百キロを超えるバイクを凌駕する体躯を持つ、巨大なグリズリーだ。

    (;,,゚Д゚)「ビロード、後ろだ!!」

    叫び声が届かない事を承知で叫び、クラクションを鳴らして彼に警告をする。
    もっと速度を出さなければグリズリーに追いつかれる。
    だがビロードはトラギコがクラクションを鳴らしたのは、もう間もなく森を抜けることを伝えているのだと勘違いし、笑顔で手を振ってきた。

    (・(エ)・)        (*><)ノシ

    (#゚Д゚)「あの馬鹿!!」

    再びクラクションを鳴らし、ジェスチャーを交えて後ろを見るように伝える。
    それがようやく伝わった時には、もう、グリズリーは彼のバイクを殴り飛ばしていた。
    背後から殴られたバイクは呆気なくバランスを崩し、林の中に消えて行った。
    急制動をかけ、前輪を軸に方向転換をする。

    グリズリー目掛けてクラクションを鳴らしながら突き進み、ビロードが逃げる時間を稼ごうと試みる。
    一瞬だけグリズリーは動きを止め、迫ってくるバイクに向けて吠えた。
    このまま突っ込んでも、グリズリーを怯ませるのが精いっぱいだろう。
    そして足を失ったトラギコ達は逃げることも出来ず、手負いのグリズリーに食い殺されるだけだ。

    そんなことは分かっている。
    わざとバイクを横滑りさせ、トラギコはすぐにバイクから飛び降りた。
    グリズリーとの距離は僅か数メートル。
    獣の動きは鋼鉄のバイクが一瞬だけ止め、致命的な隙を生ませた。

    着地と同時に腰のホルスターから抜いたベレッタは一瞬で安全装置が解除され、狙いは両手で構えた瞬間に定められていた。
    連続して十二発の発砲音が響き、決着がついた。
    狙ったのは頭部。
    そして、開かれた口腔と目だった。

    どのような動物であっても、口の中と眼球は鍛えられない。
    脳を破壊することが出来ればどんな獣であっても必ず殺せる。
    遠距離からの射撃で当てる事が難しいと判断したトラギコの選んだ手段は可能な限り近づき、確実に脳を破壊することだった。
    茶色の巨体がゆっくりと地に伏し、その骸にバイクがぶつかって止まった。

    念のため、弾倉の中身をグリズリーの頭に向けて全て撃って完全に息の根を止めておいた。

    (;,,゚Д゚)「ビロード!生きてるか!」

    弾倉を交換しながら林に向かって声をかけると、うめき声が返ってきた。
    声のしたところに駆け寄ると、そこにビロードが倒れていた。
    目立った外傷はないが、衝撃で動けないようだ。
    手足を押して骨折している個所がないかを確かめるが、地面が柔らかい土だったこととジャケットを着ていたことが幸いし、問題はなさそうだった。

    しかし、すぐ近くに転がっているバイクには問題があった。

    (;><)「だ、大丈夫です」

    (,,゚Д゚)「ならいいが、悪い知らせが一つある」

    (;><)「何ですか?」

    (,,゚Д゚)「お前のバイクはもう駄目ラギ。
        後輪が完全にイカレてる」

    もしもグリズリーの一撃がビロードに当たっていたら、今頃彼の下半身は別の場所に転がっていた事だろう。
    それだけの衝撃が加えられた後輪はそれを支えるフレームごと半分に折れ曲がり、タイヤは千切れて無残な姿になっていた。
    命があるだけでも幸運だった。

    (,,゚Д゚)「起き上がれるようになったら言え」

    ビロードのバイクから備品を取り出して、それを自分のバイクへと積みに戻る。
    グリズリーと共に横たわるバイクを引き起こし、問題がない事を確認する。
    パニアに寝袋とテントを詰めようとするが、どうしてもテントが入らなかったため、それは捨て置くことにした。
    転倒の際に自動で停止したエンジンをかけると、何一つ問題のない始動音が響いた。

    ここから先はタンデムだ。

    (,,゚Д゚)「どうだ?」

    木を支えに立ちあがり、ビロードは首を縦に振った。

    (,,゚Д゚)「後ろに乗れラギ。
        日が暮れる前にどこかのホテルなりモーテルに行くラギ」

    この状態で野営は出来れば避けたい。
    地図を見ると、最も近い町はよりにもよってオリノシだった。
    ヴェガまで七十キロの場所に在る、この辺りではよく知られた町である。
    今の位置からは十キロほどで、寄らない手はない。

    この際、背に腹は代えられない。
    よろよろと近づき、ビロードが後ろに乗る。

    (,,゚Д゚)「無理はするなよ」

    (;><)「は、はい……」

    まだ恐怖でぎこちないが、その内落ち着くだろう。
    ビロードの両手がトラギコの肩ではなく、腰に回されたのは何かに縋りたいという、人間の本能によるものだ。
    それを振りほどくほど彼は非情ではないし、理解がない訳ではない。
    彼は死ぬにはまだ若いし、怯えても仕方がない。

    この経験を次に活かしさえすればそれでいい。
    そして、それを次の世代に繋ぎさえすればいいのである。
    トラギコは残りわずかとなった林道を走り、無事に荒野へと辿り着いた。
    先ほどまでとは違い、漂う空気は乾燥していて、すぐに口の中が渇きを覚え始めた。

    ギアを六速に切り替え、一気に加速する。
    ひび割れたアスファルトが砂の下から顔を覗かせ、行く手を風に舞う砂塵が赤茶に染める。
    ここは荒野。
    見渡す限りの不毛な大地だけが広がる。

    旧時代の名残である道路も風が無ければ姿さえ見せない。
    こうして何もない場所にいると、昔に何があったのか思いを馳せることがある。
    現代に残るほぼ全ての技術は太古のものであり、新しい技術は何一つとして生まれていないとさえ言われている。
    つまり、まだ再現できていない技術が山の様にあるという事だ。

    昔は何が出来たのか。
    何故それだけの文明を持ちながら滅びたのか。
    興味が絶えない。
    無論、文献で見知った事はある。

    それでも、実際に見てみたいと願うのは人間の持つ想像力による欲望なのだろう。
    古びた看板が視線の先に立っているのを見て、トラギコは安堵した。
    そこにはオリノシへの距離が残り一キロであることを示す文字があった。
    その看板を目撃してから一分も経たずに、町の入り口が二人を乗せたバイクを迎えた。

    錆びだらけのアーチにはオリノシの文字があり、小さなモーテルが入り口のすぐそばにあった。
    駐車場には一台も車が停まっていなかったが、トラギコはそれが当然のことだと分かっていた。
    ここは立ち寄った人間の財布で潤う町。
    小さな詐欺を積み重ねる町なのだ。

    今この町に来ているカモはトラギコ達だけ、ということになる。

    (,,゚Д゚)「着いたぞ。
        喜べ、今夜は屋根のある場所で寝られるラギ」

    時刻は午後三時。
    この段階でヴェガへの到着が明後日以降になることが確定した。
    この場合は仕方がない。
    一日も早くビロードが回復することが先決である。

    バイクから降りたビロードはまだふらついているようだったので、トラギコは肩を貸してモーテルへと急いだ。

    (,,゚Д゚)><)「ったく」

    受付カウンターにいたのは白髪の老女で、暑さからか、ノースリーブの服を着ていた。
    面倒くさそうにトラギコ達を見て、宿泊名簿と鍵を取り出してカウンターの上に置いた。
    話も聞かずに準備をするところが気に入らない。

    (,,゚Д゚)「二人だ。
       一番いい部屋を」

    J( 'ー`)し「一番いい部屋って言っても、ウチは全部一緒だよ」

    百ドル金貨を一枚カウンターの上に置いた。
    その時、老女の目つきが露骨に変化した。

    (,,゚Д゚)「一番いい部屋を思い出したか?」

    J( 'ー`)し「そう言えば、二階の角部屋は色々変えたばかりだったかねぇ。
         何泊するんだい」

    (,,゚Д゚)「決めてねぇが、この金で泊まれるのはいつまでだ?」

    少し考え、にちゃりと音を立てて意地悪そうに口を開く。

    J( 'ー`)し「二日だねぇ。
         ここは物価が高くて」

    (,,゚Д゚)「じゃあよそに行くラギ。あばよ」

    J( 'ー`)し「冗談だ、一週間だよ」

    それだけあれば十分だろう。
    モーテルには朝食のサービスなどはない。
    あくまでも宿泊場所の提供がモーテルの主たる営業目的だ。
    食事などは外で適当に買ってくればいい。

    今、ビロードに必要なのは気持ちを落ち着ける事だ。
    今日はとにかく休ませ、明日にでも出発できればいい。

    (,,゚Д゚)「じゃあそれでいい」

    J( 'ー`)し「ごゆっくり」

    言い終わるよりも早く老婆は金を奪うように取り、代わりに新たな鍵を差し出した。
    それを受け取って、トラギコはさっさとビロードを連れて部屋に向かった。

    (;><)「すみません、情けなくて」

    (,,゚Д゚)「情けないのは認めるが、謝る必要はねぇよ。
        グリズリーに殴り飛ばされて生きてるだけでも儲けものラギ」

    二階の最も奥まった場所にある部屋の扉を開けると、外気とは明らかに異なる涼しい世界が広がっていた。
    空調が最新のものになっている証だった。
    床のフローリングも真新しく、壁紙も汚れがない。
    ベッドにビロードを寝かせ、トラギコは部屋のカーテンを閉めた。

    (,,゚Д゚)「次に俺が帰ってくるときは扉を一回叩く。
        その次は二回。
        最大で五回、そこからは一回に戻ってまた五回。
        それ以外のノックは全部無視しろラギ」

    ( ><)「ここはそんなに治安が悪いんですか?」

    (,,゚Д゚)「知らないんなら覚えておけ。
        ここの連中は外の人間を栄養にして生きてるラギ。
        ヴェガに行く人間、ヴェガから帰ってくる人間。
        そういう人間から少しずつ、取れるだけ取るんだ。

        例えばここのモーテルのババアが来たとしても、馬鹿高いルームサービスを勝手に持って来るラギ。
        もしくは、娼婦を手配してやるとか言ってくる。
        少しずつ金を搾り取っていくラギ」

    (;><)「そんな……どうして放っておかれているんですか」

    (,,゚Д゚)「ここはジュスティアと契約していないからだ。
        俺達には関係のない町なんだよ、ここは」

    警察と言っても、結局は契約関係にある街を守ることが仕事に過ぎない。
    このように貧しい町は契約していない事が多く、その町独自の法律と治安維持の方法が存在している。
    そこに介入するとしたら、営業マンが今その町が契約している会社よりもいい条件を提示して、治安維持の権利をジュスティアに委ねるぐらいしかない。
    ジュスティアはその規模と品質上、契約料は決して安くはないので、まずもってこのような町で契約を勝ち取る事は不可能だ。

    この町でトラギコ達はただの観光客に過ぎないのである。

    (,,゚Д゚)「分かったら、大人しくラジオでも聞いて茶でも飲んでろラギ。
        俺は飯の買い出しに行ってくるが、すぐに戻る。
        それと、俺が出て行ったらすぐに鍵を閉めてチェーンをかけておけよ」

    昼食を食べ損ねた上に、夕食も手に入れなければならない。
    怪我人がいる以上は外食に行くことは出来ないため、この男の食事を確保するために動かなければならなかった。
    買い物には拳銃と金が必要になるため、その準備を手早く終えて部屋を出て行く。
    数秒後、鍵とチェーンがかけられたことを確認してから町へと向かった。

    町にある建物のほとんどが木造で、出歩く人間は殆どいない。
    荒野の町。
    辺境の町。
    回転草が風に流されてどこかに向かう道中にある、寂れた町はトラギコにとって極めて心地のいい空気が流れていた。

    ピリピリとした空気。
    獲物を前に涎を垂らし、野生を忘れて襲い掛かろうとする愚かな肉食動物の吐息が漂っている。
    この感覚だ。
    この感覚こそが、トラギコにとって何よりもたまらない空気なのだ。

    彼を楽しませてくれる馬鹿どもが、自分が獲物だという事も知らずに彼に牙を剥こうとしているのだ。
    寂れたコンビニエンスストアに入り、薄い瓶に詰められた水とビールのパック、そしてサンドイッチや缶詰、乾麺を大量にかごに入れてレジに向かう。
    何日ここにいるか分からない以上、今の内に食料を確保しておいた方がいい。

    (・父・)「いらっしゃい。
        ……四十ドル七セントだ」

    レジにいた中年の男は髪が薄くなっていることを隠そうともせず、鳥の巣のように散らかっていた。
    顔にはニキビが浮かび、脂ぎった顔には油で汚れた眼鏡がかかっている。
    見ていて不愉快な人間の類だが、商品を買えさえすればいい。

    (,,゚Д゚)「ぼったくるつもりラギか? 値札と違うだろ」

    (・父・)「サービス料ってのがウチはかかるんだ」

    モーテルで金貨を使ったことがすでにここに伝わっているとは考えにくい。
    十中八九、観光客から金を巻き上げようとする行為の一環だろう。
    トラギコが金を持っていることを知らないのであれば、まだ手は打てる。

    (,,゚Д゚)「そうか」

    静かに腰に手を伸ばし、ジャケットをずらしてホルスターに潜むM8000の銃床を見せた。

    (,,゚Д゚)「鉛でもサービス料は払えるんだよな」

    その言葉と銃が意味するものを理解した男は、顔色を変えて商品を紙袋に詰めて、それをトラギコに差し出した。

    (・父・)「冗談だ、五ドルでいい。
        細かいのはサービスだ」

    (,,゚Д゚)「そうこなくっちゃな」

    十ドル硬貨をカウンターに置いて、トラギコは釣りと商品を受け取った。
    やはり平和的な話し合いが一番だ。
    この町はただの通過点であり、銃弾を使うほどの場所ではない。
    ここはセフトートのような強盗の町ではなく、あくまでも旅行者を騙すことだけを生業にする田舎者が集まる詐欺の町なのだ。

    店を出て行ったトラギコの背中にショットガンが向けられるようなこともなく、彼は何事もなかったかのようにモーテルに戻った。
    しかし、これでトラギコの存在が街中に知れ渡る時間が縮まったのは間違いない。
    金を持っているかどうかはさておいて、トラギコは銃を携帯し、それをちらつかせるような人間であると知られれば、金を持っていると邪推されても仕方がない。
    ヴェガに向かう途中でマフィアが身ぐるみを剥がされ干乾びた状態で見つかるのは、主にこうした示威行動のせいだとも言われている。

    金を持つ人間ほど威嚇しやすくなるという性質を知る者は、武器を持ち出してその金を奪い取ろうとする。
    この小さな町で詐欺をして小金を稼ぐよりも、一度に大金を得た方がいいと考えているのだ。
    年に一度のボーナスが町にやって来た、と考える輩が出てくるだろう。
    扉を一度だけノックし、応答を待つ。

    まずは鍵が開けられる音が小さく鳴った。
    扉が僅かに開いてそこからビロードがトラギコの姿を確認し、チェーンが解除された。
    いい心がけだ。
    トラギコの背後に賊がいても、今の確認があれば侵入を防げる。

    (,,゚Д゚)「飯だ」

    (;><)「え?もうですか?」

    紙袋をビロードに押し付けるように渡し、扉を閉め、鍵とチェーンをかけた。

    (,,゚Д゚)「お前はさっさと寝て、今日の深夜に動けるようにしておけ。
        具合はどうラギ」

    ( ><)「少し落ち着きました。
         明日には動けます、間違いなく」

    良い知らせだ。
    ここでこの男が怯え竦むことで滞在時間が長引くことはなくなった。
    このモーテルに支払った金が惜しいが、トラギコの金ではないため、胸はまるで痛まない。

    (,,゚Д゚)「なら飯を食って風呂に入って、さっさと寝るラギ。
        明日は日の出前に出るラギよ」

    ビロードは頷き、紙袋を丸テーブルの上に広げた。
    味気のない食事になるが、何もない荒野で缶詰を食べるよりはよっぽどいい。
    パックされたビールを一缶取り、プルタブを開いた。

    (,,゚Д゚)「とりあえずビールでも飲んで喉を潤して、それから休めばいいさ」

    さっさとビールを喉に流し込んで、トラギコは満足そうに溜息を吐いた。
    喉を通過する炭酸。
    意識を明確にさせる苦みと、仄かに香る甘み。
    塩気が欲しくなり、コンビーフの缶詰をくるくると開け、そのまま齧り付いた。

    舌を撫でる柔らかい筋状の肉と油、そして求めていた塩気が口中に広がる。
    牛肉以外にも混ぜられている肉の風味が、得も言われえぬ味わいを作り出す。
    焼いてマヨネーズと七味をかければもっと美味くなるが、なくても十分に酒の肴になる。
    数回咀嚼してからビールで一気に飲み下した。

    やはり、溜息が出てくる。

    (,,>Д<)「くぁっ……!」

    そんなトラギコの様子を見て、ビロードはどうしたものだろうかと動きを止めていた。
    勤務中の飲酒を気にしているのであれば、それは考えすぎだ。
    今は勤務中ではあるが、通常の勤務ではない。
    ヴェガを訪れる観光客で酒を飲まない人間はまずいない。

    今から酒を飲む練習をしておかなければ、不審な人間として目立ってしまう。

    (,,゚Д゚)「気にせず飲めばいい。
        少しは気分が落ち着くラギ」

    ( ><)「は、はい」

    彼も缶を一つ取ってプルタブを開き、溢れ出した泡を遠慮がちに啜り、それからようやく一口目を飲んだ。

    ( ><)「ふぅ」

    (,,゚Д゚)「ほら、飯も食え。
        今の内に腹に入れてさっさと寝て、さっさと行くラギ」

    ( ><)「はい!」

    少しは元気が出て来たのか、ビロードはサンドイッチに手を伸ばし、それを貪るように食べ始めた。
    昼食を食べないまま、気が付けばもう午後四時だ。
    早めの夕食と捉えてもいいぐらいである。
    片手に持ったコンビーフを三口で平らげ、ビールで胃袋に流し込んだトラギコは新たな缶詰に手を伸ばす。

    今度はオイルサーディンだった。
    紙袋の中に紙製の使い捨てフォークがあったのを思い出し、それを使って一匹だけ口に運ぶ。
    しっかりとオイルの染みた鰊が口の中であっという間に崩れ、何とも言えぬ塩気が広がる。
    胡椒とレモンで味付けされたシンプルな逸品だが、そのシンプルさがいい。

    すかさずビールでそれを飲み込み、二匹同時に突き刺して口にした。
    小指程度の小さな魚が瞬く間にトラギコの胃袋に消え、缶の中身も底を尽きた。
    紙袋で梱包されたチーズハムのサンドイッチに手を伸ばし、乱暴に包みを破いて一口で半分を食べた。
    安っぽい味だが、悪くはない。

    二本目のビールを開け、喉を潤す。

    ( ><)「森ではありがとうございました」

    急にしおらしくそんな事を口にしてきたので、トラギコは肩を竦めてそれを断った。

    (,,゚Д゚)「終わった事だ、もう何も言うな。
        それより、俺はお前に訊きたいことが一つだけあるラギ。
        まずは、今回の作戦に呼ばれた経緯ラギ。
        昨日の事件の手柄があったとしても、いきなり今日声をかけられるってことは前に何か別の事をして目立ってたはずラギ。

        違うか?」

    ( ><)「……はい。
         これまでに新人警官で入ってきた中で、成績がかなり良かったとの事で目をかけてもらっています。
         きっと、それが大きな原因なんじゃないかなと……」

    (,,゚Д゚)「なるほどな」

    上層部の意図が分かった。
    要は、英雄を作りたいのだ。
    最初から最後まで綺麗な背景を持ち、実力で多くの事件を解決する若い英雄の誕生は、いつの時代でも望まれている存在だ。
    労せず英雄となり、もてはやされる存在に憧れる人間が増えれば、それだけ警察官志望の人間が増えることになる。

    若い警官達は恐れを知らず、理想で動くことが多い。
    それを手玉に取れば、世界中の治安維持をするための人材が容易に育成できるのだ。
    中には失敗し、トラギコのような人間も出てくることだろうが、行動力のない警官よりはましだろう。
    子供たちのヒーローは漫画の中から出てくることはないが、現実に作り上げることはできる。

    (,,゚Д゚)「誰かに指図されたからやる、じゃなくてお前がやりたいと思ったことをやるようにしな。
        そうじゃなきゃ、お前は人形になるラギ」

    ビールを一口飲んで、反応を待つ。

    ( ><)「僕は……まだ何もよく分かっていません。
         誰に従うべきかも、どうするべきかも、今はまだ勉強中です。
         だから、この返答を今は出来ません」

    (,,゚Д゚)「それでいい。
        即答しないだけお前はまだ伸びしろがあるラギ」

    そして酒を飲み、肴を口に運ぶ。
    頭はそこまで固くない。
    むしろ、自ら口にした通り、彼には伸びしろがある。
    多くを受け入れ、その上で変化を選ぶという気持ちがあるのであれば、成長することが出来る。

    警官として恐ろしい事の一つに、思考の停止がある。
    誰かの掲げる正義だけを盲信していては、警官は成り立たない。
    それだけであれば、別に人間である必要はないのだ。
    時計の針が進み、気が付けば六時を過ぎていた。

    陽はまだ沈んでいないが、起床時間を考えれば今の内に寝ておいた方がいいだろう。

    (,,゚Д゚)「先に風呂に入れ。
        残った方が見張りだ」

    ( ><)「分かりました。
         すぐに済ませます」

    (,,゚Д゚)「そうしてくれ」

    そして三十分で二人は風呂を何事もなく済ませ、ベッドに寝転がり、瞼を降ろした。
    部屋には小さな寝息だけが唯一の物音として流れ、時計の針が静かに進んでいった。

    ‥…━━  ━━…‥

    陽が沈み、星と月の明かりだけがオリノシの町を照らしている。
    建物の明かりはどこもなく、日中の太陽光で発電した電気は各家屋にあるバッテリーへと貯蓄され、無駄に使用されることはなかった。
    荒野で生きるためには、無駄に電気を使わず、有事に備えているのが最も賢い選択なのだ。

    (,,'゚ω'゚)

    ルイス・タカヒロは町でも札付きの悪として、旅行客の財布からいくらかの寄付を貰う事を生業としていた。
    稼いだ金のほとんどは彼の愛車の改造につぎ込まれ、彼自慢のバイクは常に新品同様の整備が施されているのであった。
    彼にとって特に注力する獲物は、バイクに乗っている旅行者だった。
    同じバイク乗りとして彼が抱くのは、己のバイクが如何に優れているのかを示す自己顕示欲と、彼のバイクに劣る物を操る人間が彼に敬意を払わないという理不尽極まりない怒りだった。

    バイクの世界に於いて言えば、己が優位だと示す基準は二つある。
    一つは排気量。
    そしてもう一つは馬力である。
    この二つが他者よりも高い値である場合、そのバイクの所有者は優越感を抱き、逆に低ければ劣等感を抱くものである、というのがタカヒロの持論だった。

    実際、彼と同じ価値観を持つバイク乗りはこの世界に大勢いる。
    そして彼は、自分よりも排気量と馬力のあるバイクに乗る人間を許せない性分だった。
    モーテルの前に現れた彼の目的は、そんなバイクを我が物にする、もしくは分解して部品を売ることにあった。
    運よくバイクを手に入れられれば、今乗っているバイクとエンジンを交換して売り捌けば金になるし、そうでなくても金になる。

    スパナとドライバー、そしてボルトカッターだけを用意したのは、彼がそれなりに盗難に慣れているという事であり、これが初めてではないという事を意味していた。

    モーテルの駐車場に停まっているそのバイクは、大型のアドベンチャーバイクだった。
    バイクに乗る人間であれば誰もが見たことのある、特徴的な嘴じみたカウルと独眼のライトの組み合わせ。
    取引価格は百ドルを下らないだろう。
    多少の汚れはあるが、それでも売れればかなりの金になる。

    早速仕事に取り掛かるべく、マイナスドライバーをキー挿入口に押し込もうとして、背後から聞こえてきた嫌な金属音に反射的に両手を挙げていた。

    (,,'゚ω'゚)「ひっ」

    「いい子だ」

    聞こえてきたのは撃鉄が起こされる音。
    それはつまり、明確な殺意を示す音であった。
    男の声からも、明らかな殺意が感じ取れる。
    今、彼の命は指先一つで蝋燭の火のように消えてしまう。

    反抗は無意味だ。

    「ゆっくり振り返るんだ。
    妙な真似をすれば殺す」

    言われた通り、タカヒロは大人しく振り返った。
    銃を構える男は月を背にしており、逆光のために顔がよく見えない。
    鈍い輝きを放つ拳銃はしっかりと彼の顔に向けられているだけでなく、五歩ほど離れた位置に立っているため、隙を突いて銃を奪おうとしても余裕を持って撃ち殺される。
    明らかにプロだった。

    こんな人間、町にはいない。
    つまり、今日到着したばかりの旅行客。

    (,,゚Д゚)「俺のバイクに何か用ラギか?」

    (,,'゚ω'゚)「ち、ちがっ」

    (,,゚Д゚)「鍵穴にドライバー突っ込もうとして、何が違うんだ?」

    (,,'゚ω'゚)「わ、悪かった!ほんの出来心で、つい魔が刺したんだ!もう二度としない、神に誓うよ!」

    (,,゚Д゚)「お前の持ってる道具。
        それは出来心で揃えられるもんでもないし、おまけに動きも迷いがなかったラギ。
        手慣れた奴の動きだよ、それは」

    この男、ただの旅行客ではない。
    極めて危険な相手のバイクに手を出してしまったのだ。
    今となってはもう手遅れかもしれないが、すぐに殺されないことからまだチャンスは残されている。

    (,,'゚ω'゚)「どうしたら許してくれる?」

    (,,゚Д゚)「許されたいのか、お前は」

    (,,'゚ω'゚)「頼む、殺さないでくれ……母ちゃんが、病気の母ちゃんがいるんだ……」

    (,,゚Д゚)「そうか。
       それがどうした?俺には関係ない」

    (,,'゚ω'゚)「そんな……!」

    だがそれでも銃を撃たない。
    何か理由があるはずだ。
    それが何なのかが分かれば、タカヒロはこの場から生還することが出来る。
    命でないのなら、一体何を望んでいるのだ。

    (,,゚Д゚)「質問だ。
        これまでに何件、こんなことをした? 言っておくが、嘘を吐けばお前の股間を撃つラギ。
        運が良ければ竿がなくなるラギ」

    (,,'゚ω'゚)「に、二十回……ぐらいは……」

    嘘である。
    本当はその倍近くの件数を行っている。
    だが分かるはずがない。
    大きな数字ではなく、現実的な数字を出すことで最悪の状況から少しは逃げられるはずだ。

    (,,゚Д゚)「なるほど、五十回ぐらいか」

    (,,'゚ω'゚)「えっ!?」

    (,,゚Д゚)「嘘がな、下手なんだ……よっ!」

    一瞬の出来事に、彼の神経はまず何から処理をするべきかを考え、取り急ぎ痛覚の処置から行った。
    彼の股間を襲った激痛は意識を失わせ、そこで思考は完全に停止した。
    拳銃にばかり意識を取られるあまり、男が接近して攻撃してくることなど、まるで考えていなかったのだ。

    ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
          ヽ、__,.ノ          o   , ´  `ヽ
       ○      O  o ゜     O    !     !
        o                    ヽ、__,.ノ
            。 o   O  ゜。   O ゜
          ゚      ○          _ _
                        , ´  `ヽ ゜  O  。
        o   ゚ ○ 。  O   !     !  o
    ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

    暗転した視界と意識から目を覚ました時、彼は勾留所の鉄格子の中にいた。
    顔見知りの保安官が腰に手を当てて彼を見下ろし、溜息を吐いた。
    彼が悪さをするたび、こうして勾留所に入れられ、保釈金を受け取って釈放するだけの仕事を数十年も続けている筋金入りのベテランだ。
    保安官も多分に漏れず旅行客を相手に小遣い稼ぎをする人間であり、時折タカヒロたちはその小遣い稼ぎに協力させられていた。

    股間に走った鈍痛で、自分に起きたことを思い出し、とりあえず命があるだけましだと安堵した。
    格子窓の外から差し込む淡い光が、すでに夜が明けていることを物語っている。
    一体、何時間気を失っていたのだろうか。
    そして、両手の激痛が彼の意識を更に覚醒させることになった。

    彼の五指全てが包帯に包まれ、その付け根が紫色にうっ血していた。
    目視した瞬間、思い出したように激痛が再び両手を襲う。
    この染みるような痛みは、骨が折れている何よりの証拠だった。

    「お前さんがガキの頃から見てきたが……」

    保安官が口を開き、再び溜息を吐く。
    その目には憐れみ感情が浮かんでいた。

    「相手が悪すぎたな」

    彼が相手にした男の正体を聞いた時には、すでにその旅行客は町からいなくなっていた。
    タカヒロは己の命があることに心から感謝し、二度と旅行客相手の窃盗はしないと密かに誓いを立てたのであった。

    ‥…━━ Part1 End ━━…‥

    ‥…━━ Part2 ━━…‥

    トラギコ達を乗せたバイクはすでに荒野へと進出し、砂煙を巻き上げながらヴェガに向けて着実に進んでいた。
    オリノシはすでに遥か後方の地平線に消えていて、振り返っても前を向いても、どこを向いても土と青い空しかなかった。
    時刻は午前九時。
    荒野を走り続けて、すでに五時間以上が経過していたが、その間両者に会話はなかった。

    口を開けばバンダナで塞いでいる口と鼻に砂が入り込むだけでなく、貴重な体内の水分が奪われることを危惧しての事だった。
    通り過ぎる景色は荒廃的だが、悪い物でもない。
    都市部での生活が長くなればこういう景色を懐かしむのと同時に、恋しくも思うものだ。
    空を漂う雲を見るのも良いし、空の青さを堪能するのもいい。

    エンジンの鼓動に耳を傾け、タイヤが砂利を踏みしめる感触を味わうのもいい。
    早目に町を経つことが出来たことで、道中何もなければ今晩にでもヴェガに到着できるだろう。
    陽が頭上に輝き始め、顔に吹き付ける風が冷たさを完全に失っていた。
    陽を遮るものが何もない場所なだけに、風は熱を帯び、息をするだけでも汗が噴き出してくるほどの熱気が彼等を襲う。

    バイクは天候の影響を常に受け続ける乗り物だ。
    このまま走り続けることも可能だが、空腹を覚え始めてきたこともあり、適当な日陰で休憩を取ることに決めた。
    折しも、二人の眼前に巨大な岩山が見えてきた時の事だった。
    この大地に点在する岩山は最終的には巨大な渓谷へと通じる目印となる。

    大地を両断するようにひび割れた裂け目のほぼ中心には、渓谷を象徴する特徴的な岩がある。
    大地が隆起し、まるで睡蓮のように変形した岩の姿から、グレートロータス渓谷と呼ばれている。
    グレートロータスにある道は自然が作り出したものであり、人の手が加えられている場所はほとんどない。
    この場所に町を作ろうとする人間もいないままこうして風雨にさらされ、常に形を変え続ける天然の迷路。

    道の両脇に聳える岩は地面から生えたような形をしており、日陰には困らないが、いつ崩れ落ちてきてもおかしくない不安定な形状をしているのが問題だ。
    安全に腰を落ち着けて食事を摂る事の出来る場所を探しつつ、トラギコはギアを落としてゆっくりと渓谷を走り始めた。
    巨大な門のように聳える岩の間にある道は緩やかな上り坂で、その先は白くかすんでいて見えない。
    渓谷に踏み入ると、途端に日影がトラギコ達を覆った。

    複雑に入り組んだ狭い道が幸いし、強い風が正面から通り抜けて行く。
    日陰で温度の下がった温い風だが、無いよりはいい。

    (,,゚Д゚)「そろそろ飯にするラギ」

    ( ><)「このまま行かないんですか?」

    (,,゚Д゚)「合流予定は明日の夜ラギ。
        まだ余裕があるから焦らずに行くラギ」

    こういう時、焦って動けば余計に時間を喰う事になりかねない。
    焦りは禁物であり、今は不要なのだ。
    距離と道のり的に考えて、ここで休んだとしても今夜にはヴェガには着ける計算である。
    適当に開けた場所を見つけ、そこにバイクを停める。

    先にビロードを降ろし、パニアから缶詰と水、そしてオリノシで買っておいた適当なサンドイッチを取り出させ、ローテーブルに並べさせる。

    (,,゚Д゚)「缶詰は汁も少し飲んでおけよ。
       塩分の補給になるラギ」

    ビロードが並べ終えるのと同時にトラギコは紙パックの水に手を伸ばし、貪るようにして食事を始めた。
    それに従ってビロードも食事を始める。
    余計なことを話すこともなく、谷を風がすり抜けて行く音に耳を傾け、静かな食事が続く。
    喉を鳴らして水を飲み、しなびたサンドイッチを胃袋に落としていく。

    朝食を兼ねた昼食で最も美味いのは缶詰でもサンドイッチでもなく、水だった。
    直射日光によって肌から蒸発していった水分が体の中に取り込まれていく感覚は勿論、喉が潤う瞬間は何とも言えない充実感を覚えられる。
    黙々と食事を続けていると、風音の中にエンジン音が徐々に紛れていくのに気が付いた。

    (,,゚Д゚)「……嫌な予感がするラギ」

    ( ><)「思い当たる節でもあるので?」

    (,,゚Д゚)「このバイクを盗もうとした奴の指を全部折っておいたんだが、多分その絡みかもしれねぇラギ」

    (;><)「指を?!」

    (,,゚Д゚)「あぁ。
        前からあの町でバイクを分解されたり売られたり、って話を聞いてはいたんだが、あそこは町ぐるみで盗みや詐欺をするから犯人が捕まる事はねぇんだ。
        だから、指を折っておいたラギ。
        いい見せしめになるだろ」

    腰のM8000の弾倉を確認して、安全装置を解除しておく。
    報復に来た人間やギャングだった場合、必ず銃が必要になる。
    先手が打てるようにしておけば、戦闘を有利に進めることができるだろう。
    トラギコの経験的に言えばこれは仲間の報復に来た人間ではなく、モーターサイクルギャングである可能性の方が高かった。

    町から追いかけてきたのであれば時間が短すぎる上に、あまりにも愚かすぎる行動だからだ。
    となると、この渓谷に入り込んだ人間を獲物にしている人間と考えるのが自然である。

    (,,゚Д゚)「お前も銃を用意しておけよ。
        撃たれる前に撃たないと、こっちが死ぬラギ」

    (;><)「わ、分かりました」

    ビロードもコルトを取り出して、撃鉄を起こした。
    装弾数は少ないが、威力が高い。
    相手がライフルで武装をしていない限りは、この場所でも十分に戦える。
    遮蔽物が無く、それでいて狭い立地は得物の有利不利を無意味にしてくれる。

    食事を早々に終わらせ、片付けをビロードに任せてトラギコはエンジン音が近付いてくる方向に意識を集中させた。
    音の感覚的に、接近してくるのはバイクのようだ。
    やがて姿を現したのはオフロードタイプのバイクに跨る、五人の厳めしい男達だった。
    黒いバンダナを頭に巻き、タンクトップの上に黒い皮のベストを身につけ、背中にショットガンをぶら下げた彼らは全員黒いサングラスをかけていた。

    バイクとベストには同じエンブレムがあった。
    髑髏の頭を持った鹿のエンブレムは、彼等が間違いなくモーターサイクルギャングの人間であることを意味していた。
    そのまま通り過ぎるはずもなく、五台のバイクは荒々しくトラギコ達の前で停車した。
    後輪から舞い上がった土煙が風に流され、両者の間に流れる。

    (,,゚Д゚)「何か用ラギか?」

    (・´ω`・)

    男達はニヤニヤしながらトラギコを見るだけで、返答をしない。
    後ろでパニアに荷物を詰めていたビロードが手を止めて、彼らを見る。

    (,,゚Д゚)「気にせず手を止めるな」

    トラギコの言葉の途中で、一人が思い切りエンジンを吹かした。
    耳をつんざくほどの大音量だったが、トラギコは眉を僅かに顰めただけでそれを冷ややかな目で見つめている。

    (,,゚Д゚)「用があるなら口を使え」

    (・´ω`・)

    返答はない。
    代わりに、五人がそれぞれエンジンを吹かして下品な笑みを浮かべながらトラギコを見つめている。
    獲物を狩る前の余裕、前戯的な行為だ。

    (,,゚Д゚)「バイクの趣味も最悪だが、そのエンブレムもまるで十二のガキが描いたみたいラギ」

    (;・`ω´・)

    ニヤニヤ笑いが消え、エンジンを吹かす行為も止んだ。
    今度はトラギコが笑む番だった。
    モーターサイクルギャングにとって我慢できない事の一つに、己のバイクを貶されることがある。
    そしてもう一つ。

    彼等にとって、エンブレムは決して汚してはならない信仰対象のような意味がある。
    それを貶した人間には死だけが待っており、両方に唾を吐き捨てるような行為を及んだ人間は、楽には死ねない。

    (,,゚Д゚)「悪い、嘘が言えねぇんだ」

    最後の一言を皮肉そうに放った瞬間、男達の手が背中のショットガンに伸びる。
    だが、彼らはトラギコを殺すには遅すぎ、そして弾から逃げるには近づきすぎていた。

    (,,゚Д゚)「ビロード!」

    トラギコの声はベレッタを素早く抜き放つのと同時に発せられ、銃爪はその直後に引き絞られた。
    最も近くにいた男の眉間に小さな穴が開き、すぐさま二人目の胸に当てた。
    背後からビロードの射撃が行われ、それは別の男の足を穿ち、バイクのヘッドライトを砕いた。
    四人目、そして五人目はトラギコが容赦なく撃ち殺した。

    膝を撃たれた男はバイクから転げ落ち、膝を押さえて悲鳴を押し殺している。
    せめてもの強がりなのだろう。
    そんな彼の頭に銃腔を向け、トラギコは無慈悲にも銃爪を引いた。
    横転したバイクからは虚しいアイドリング音が聞こえていたが、やがて、安全装置が作動してそれも聞こえなくなった。

    (,,゚Д゚)「お前、もう少し射撃の練習をしておけラギ」

    (;><)「済みません……」

    (,,゚Д゚)「警察のない場所じゃ、殺るか殺られるかなんだ。
        躊躇ってたら誰かが死ぬだけラギ」

    ビロードは射撃が下手なわけではない。
    彼はまだ人を撃つことに慣れていないだけで、その気になれば二人は殺せていたのだ。
    一発目が膝に当たったのは、無意識の内に狙いを下に向けていたからであり、それさえなければコルトの銃弾は上半身に当たっていたはずなのだ。
    警官になってから日が浅い人間にとって、人を撃ち殺すのはまだ抵抗があるだろうが、それに慣れなければ、現場で殺されるのは自分か仲間だ。

    早い段階でそれを学んでもらいたいと思う反面、トラギコのように躊躇いなく人を殺すような精神性は持ち合わせてもらいたくはなかった。
    理由はどうあれ、人を殺すことはいつだって心に傷をつける。
    今もトラギコはギャングを撃ち殺したが、何一つ気に病んではいない。
    最善の結果のために銃爪を引くことが出来なければ警官は務まらないが、倫理観を失ってしまえばただの殺人者に成り下がってしまう。

    以前、本で読んだことがある。
    軍人と殺人者の違いは任務か、それ以外かであると。
    とどのつまり、両者の間にあるのは他者の命令による行動か、それとも己の行動かということだ。
    もしもここでこのギャング達を生かしておけば、無害な旅人が殺されるかもしれない。

    それらを防ぐためには、こうして殺すのが最善の行動であるとトラギコは考えていた。
    彼らに警察の影響が及ばないのであれば、罪に問う必要はない。
    そう。
    必要はないのだ。

    警察はあくまでも契約関係にある街々の秩序を守ることが仕事であり、その他の事件は一切無関係なのだ。
    いわば、他人の家で起きた身内揉めのようなものであり、介入はただのお節介なのである。
    逆を言えば、契約関係のない場所における警官殺傷はただの傷害事件でしかなく、その判決はそこを管理する町の司法に一任されるのだ。
    硝煙の香りが風に掻き消され、渓谷にあった一瞬の喧騒はその姿を消す。

    安全装置をかけて銃をホルスターに戻し、バイクに跨る。

    (,,゚Д゚)「行くぞ」

    ( ><)「はい」

    後ろにビロードが乗り、車体が僅かに沈む。
    そして、トラギコはバイクをヴェガに向けてまっすぐに走らせた。
    バックミラーに映る死体はやがて遠くに消え、二人は渓谷を後にした。
    背中に感じるビロードの体重は軽く、子供のようにも思えた。

    渓谷を抜けると頭上に青空が戻り、夏の日差しが照らし出す開けた大地が見えてきた。
    赤銅色の大地が再び見えてきたが、最大の違いは次に進むべき道は眼下にある螺旋状の下り坂であることだ。
    すり鉢状の下り坂は自然の悪戯が作り出した天然の道と言われており、その果てにあるのはグレートロータスの底。
    その道には川が流れ、多くの野生動物達にとっての楽園となっている。

    猛毒を持つ蛇や獰猛な肉食獣も多く生息しているため、グレートロータスの底は速やかに通り過ぎることが推奨されている。
    ギアを落としてエンジンブレーキを利用し、下り坂を進む。
    時折小さな石が頭上から落ち、ヘルメットに当たる音が聞こえてくる。
    隆起した岩の中には極めて不安定な物もあるため、この場所はいつどこが崩落しても不思議ではない。

    足場が崩れるか、それとも頭上の岩が崩れ落ちるか。
    全ては運次第である。
    こうして走っているバイクの重みで足場がひび割れ、崩れないとも限らない。
    可能な限り急ぎつつも、砂という二輪にとっては忌々しい存在を認識しながら、トラギコは断続的にアクセルを捻った。

    その甲斐あってか、底に到着するまでに足場が崩れ落ちることも転倒することもなかった。
    グレートロータスの底は涼しい風が吹き、頭上を見ると四方を囲む岩によって空の高さを思い知らされる場所だった。
    まっすぐ前を向いたとしても、空の果てに白んで見える岩山が己の存在の小ささを認識させる。
    蒼い空に浮かぶ白い雲が流れて行く先にあるのは、目的地である賭博の街、ヴェガである。

    過去、ヴェガに行ったことは何度もあるが、あの街の印象は決して悪くはない。
    どのような街であるかを理解しないで観光だけを目当てで行くのであれば、印象は最悪になる。
    人通りの多い場所に並ぶ飲食店も全てが善良な店とは限らず、テーブルチャージの名目でぼったくりを行う店が平然と軒を連ねている。
    同様にホテルも高額な請求が滞在後に行われたり、部屋中の鏡がマジックミラーになっていて、変態たちに鑑賞されている場合もあるのだ。

    被害を訴え出る人間が多くいるが、それらの大半はヴェガにおける違法な行いにはならない。
    ヴェガの法律は基本的なものではあるが、特徴的な一文が加えられている。
    本人が同意した契約は絶対である、というものだ。
    飲食店もホテルも、全ては契約に基づいて営業をしている。

    メニューの裏や店の奥に小さく、そして密かに掲げられている契約文。
    誰もが見落とすその契約文に、彼らの行いが契約通りであることを示す一文が書かれているのである。
    そういった店が長続きするかと言えば、現実問題としてそうではなく、一年と持たずに閉店するのが常だ。
    ただ、潰れても再び立ち上がるのがヴェガに生きる人間達の逞しいところである。

    無論、それらはヴェガの悪い部分だけである。
    あの街は賭博で栄え、賭博と共に成長をする街だ。
    一夜にして億万長者になる者もいれば、家を失う者もいる。
    それがヴェガなのである。

    ルールを理解して適度に楽しむことを意識すれば、あの街は決して悪い街ではない。
    市長は街全体が利益を出せるように動き、街もそれに追従する。
    そうして街は日々発展と進歩を続けているのである。
    二人を乗せたバイクはやがて、グレートロータスの底から抜け出すための道に差し掛かった。

    そして、二人は同時に視線の先にある物を見て、落胆せざるを得なかった。
    彼らを待っているはずの道を落石が塞いでいたのである。
    周囲の状況を見ると花弁のような岩が数日前に落下したのだろうと推測できるが、その岩の大きさは二階建ての建物に匹敵するほどの高さがあった。
    登るのは不可能だ。

    そばをバイクで通り過ぎようにも、砕けた岩が絶妙な角度で塞いでいてバイクでの通過は無理だった。
    人間であれば、腰を屈めて通過することが出来るだろう。
    岩から少し離れた場所にバイクを停め、エンジンを切る。

    (,,゚Д゚)「バイクを捨てて歩くしかねぇな、こりゃ」

    陽はまだ落ちていないが、日陰の多く水場の近いこの場所は夕方になればかなり冷える。
    キャンプ道具を持って来ていて助かったと、トラギコは心底安堵した。
    夜通し歩いても体力を消費するだけだ。
    今日は早めにキャンプを始め、夜明けとともに移動すればいい。

    (,,゚Д゚)「どうしたって到着は明日になるラギ。
        とりあえずテントを張って、夜明けに出発だ」

    ( ><)「分かりました」

    それから二人はバイクから荷物を降ろしてテントを張り、空が群青色に染まる頃には食事の準備を始めていた。
    購入した缶詰と乾麺を使って簡素な料理を仕上げる。
    トラギコは近くに自生していた野草を川の水で洗い、湯で、塩で味付けをしたものを副菜として作ったが、ビロードは気味悪がって食べなかった。
    確かに野生のえぐみが効いた味で、万人受けするものではなかったが、成分は分からないが栄養はあるしとりあえず腹は膨れる。

    出来上がったスープパスタを咀嚼し、缶詰の汁を少し足して味の調節を測る。
    あまり美味くはなかったが、不味くもない微妙な味だった。
    時が過ぎ、辺りがすっかりと夜の闇に覆われ、周囲を照らし出すのは水を沸かすガスの炎と頭上を埋め尽くす星の光だけとなった。
    星明かりだけでも周囲の影の濃淡が分かるぐらいには明るい。

    月明りはここには届かないが、不便はしなかった。

    ( ><)「どうして、刑事は警官を目指したんですか?」

    沸かした湯でインスタントコーヒーを作っていたトラギコはそんな質問を受け、わずかに目線をビロードに向けた。
    炎で揺らめく彼の瞳には、真剣さが窺えた。

    (,,゚Д゚)「真面目に生きている奴が馬鹿を見る世の中にはしたくなかった、それだけラギ」

    ( ><)「意外ですね」

    (,,゚Д゚)「何でだよ」

    ( ><)「自分が聞いていた刑事の噂は、真逆でしたから……」

    確かに、合法的に暴れられるからこの仕事を選んだのだろうと言われたことがあるが、それは大きな誤解だ。
    暴れたいだけであれば、軍隊に入ればいい。
    そうすればもっと合法的に暴れられる。

    (,,゚Д゚)「そういうお前は、どうしてだよ」

    ( ><)「子供の頃からずっと言われてきたんです、お前は警官になれって。
         うち、両親が警官で二人とも上の階級の人だったから、きっとそうさせたかったんでしょうね」

    ジュスティアでは一般的な親の言葉だ。
    正義感の強い家庭で産まれ、正義感の強い社会で生きていけば自ずとそうなる。
    街全体が正義を信仰するジュスティアならではの教育方針だが、トラギコの家庭はそう言う意味で少し異端だった。

    (,,゚Д゚)「お前は何がしたかったんだ?」

    自分で飲む予定だったコーヒーをビロードに質問と共に差し出す。
    彼の動きが一瞬止まった。

    ( ><)「え?」

    (,,゚Д゚)「お前の夢だよ。
        両親がキャリアだがなんだか知らねぇが、お前の夢はなんだったんだよ」

    ( ><)「さぁ、考えたこともなかったです」

    哀れな男はコーヒーを受け取り、一口飲んだ。
    だが、今トラギコにその話をしてきたという事は、何か思う所があるのだろう。

    (,,゚Д゚)「じゃあ何を悩んでるんだ?」

    ( ><)「悩んでるって、分かりますか?」

    まさか、ここまで分かり易い人間だとは思わなかった。
    話を聞いてもらいたい人間特有の話しかけ方を自覚していないという事は、この男は友人が少ない可能性が高かった。
    それ自体は悪いことではないが、警官として、人との接し方を知らないのは間違いなく悪い事だ。
    コミュニケーション能力の無い人間が潜入捜査まがいの事をするなど、恐らく前代未聞の事態だ。

    (,,゚Д゚)「……お前、友達少ないだろ」

    (;><)「そ、そんなことありませんよ!」

    (,,゚Д゚)「その割にはコミュニケーションスキルに難ありラギね。
        まぁいいけどな。
        で、何の悩みだ? 恋愛相談なら自己責任でどうにかしろ」

    ( ><)「今こうして警官を続けていていいのかな、って思うんです。
         僕は自分の夢なんて考える時間がなかったから、警官になるしかなかっただけで、正義を守るとかあまり真剣に考えたことが無かったんです。
         それなのに……正義の執行人としてこうして仕事をしているのが不誠実な気がして」

    (,,゚Д゚)「逆に聞くけどよ、誠実じゃなきゃ警官はできねぇのか?」

    ( ><)「法律を守らせる以上、誠実さは必要だと思います」

    (,,゚Д゚)「俺の知る限り、不誠実さのない警官なんて一人もいねぇラギよ。
        誠実なだけじゃ生きていけない世の中だからな」

    この世界は力が支配する世界。
    例え法律に反する人間がいたとしても、それを覆す力があれば何一つ不自由なく生きていられる。
    正道が通じない相手に対して警官が力を行使する際には、不誠実な方法を取らざるを得なくなる。
    少なくともそれをしなければならない人間が警官の中には出てくることを考えれば、誠実で在り続けられる人間は警官には向いていないのだ。

    (,,゚Д゚)「ま、モラトリアム真っただ中なのは分かったラギ。
        後は自分で考えろ。
        自分で見て、自分で経験して、そっから答えを出せばいいだろ。
        転職するのはその後だって遅くはねぇラギよ」

    (;><)「モラトリアムじゃないですって!」

    (,,゚Д゚)「似たようなもんだろ。
        ようやく自分の事を考える機会を得られたんだ、精々悩むんだな」

    ジュスティアに多くいる教育熱心な家庭で育った警官の中には、一か月もせずに退職し、全く別の仕事に就く者がいる。
    トラギコの同期にもカフェの経営者になった人間がいたが、あまり裕福な生活でなくともジュスティアで楽しげに毎日働いている。
    ジュスティアに帰った際、情報を収集するには最適な店として今も重宝している。

    (,,゚Д゚)「とりあえず、このヤマを終わらせてからだな。
        それから考えても遅くはねぇラギ」

    ( ><)「そう言えば、カジノ・ロワイヤルの詳細を聞かされていないのですが、どんな内容なのかご存知ですか?」

    (,,゚Д゚)「書類にあった限りじゃ、潜入捜査と実力行使だ。
        違法カジノを見つけてその胴元を捕まえる。
        問題はその違法カジノへの潜入方法ラギ。
        まぁ何か考えがあるんだろうが、気を付けねぇと翌朝には砂漠で干されちまう。

        お前、ヴェガに行ったことはあるラギか?」

    ( ><)「いえ、ありません。
         教えてもらえると助かります」

    (,,゚Д゚)「賭博があの街の名物なのは知ってるだろ。
        賭博って言うのは、それを取り仕切る人間が儲かるように出来てる前提があるラギ。
        その前提がある以上、賭博が名物になると必然的に客の奪い合いになる。
        で、賭博以外の方法で金を稼ごうとする輩が少なからずいるんだよ、あの街には」

    ( ><)「というと?」

    (,,゚Д゚)「売春、ドラッグ、誘拐、詐欺。
        ま、そういったところだ」

    ( ><)「確か、ヴェガの法律では……」

    無論、それら全ては違法の商売だ。
    だが、違法も法である。
    表向きは法律を守り、裏側では利益の一部を流すことでそれに目を瞑るという暗黙の法律があるのだ。
    これは法律書にも、ましてやガイドブックにも載ってはいない。

    載せることなど出来るはずがない。
    しかし、これでいいのである。
    飴と鞭、その使い分けこそがじゅうようなのだ。

    (,,゚Д゚)「全部違法だよ。
        だが、あくまでも法律の話だ。
        あの街のルールでは認められてるラギ。
        それを覚えておけば少なくとも干物にならずに済むラギ」

    要求されていたカジノ・ロワイヤルへの参加条件に戦闘経験があったことから、すでに違法カジノを経営している組織は見当がついているのだろう。
    そしてその組織は極めて暴力的な組織であり、尚且つ、街の中でも重要な役割を担っている表の顔があると予測が出来る。

    (,,゚Д゚)「あくまでも今回摘発するのは違法カジノだけだ。
        それ以外のことについては一切目を瞑れ。
        ヤクの売人だろうが売春婦だろうが、下手に刺激するとろくでもないことになるラギ」

    (;><)「街の警官達は今も違法行為に目を瞑っている、と言う事なんですか?」

    (,,゚Д゚)「極論だな。
        いいか、表向きの法律は守るが、街が望んでいる違法行為は手を出さないのが鉄則なんだよ。
        あくまでも雇い主が望む形を保つのが俺達の仕事だ。
        契約先のルール次第ではどうにでもなるのさ」

    ( ><)「難しい街ですね、ヴェガは」

    (,,゚Д゚)「正直、難しいな。
       塩梅ってやつを学んだ後ならそうでもないが、今のお前は現場での経験が浅いからな。
       逆を言えば、お前は余計なことに影響を受けていないからある意味では頼もしい存在になるかもしれないラギ」

    無鉄砲さは往々にして面倒をもたらすが、状況がどうしようもなくなっている時には固定概念を持たないため、想像以上の何かをする可能性がある。
    この新人警官はまだ、どういう人間として犯罪と向き合っていくのかが分かっていない。
    彼なりの立ち位置で動く時が来れば分かるが、その時が緊急事態の時でないことを切に願うばかりだ。

    ( ><)「刑事は、何か悩んだことはないんですか?」

    (,,゚Д゚)「悩むだけ無駄な事は悩まない主義ラギ。
       特に、仕事に関しては悩むだけ無駄だからな。
       さて、そろそろ寝るぞ」

    火を消し、二人を包む世界は青白い物へと変わった。
    川のせせらぎと虫の鳴き声が聞こえてくる、涼しげな夜だ。
    ランタンがいるかと思ったが、星空の明かりで十分に周囲を見る事が出来る。
    荒野の夜。

    岩の作り出す濃い影と淡い光の幻想的な風景。
    後で長距離を歩くことを考えれば帳尻が合わないが、この景色は決して嫌いではない。
    シュラフを枕にトラギコはすぐに瞼を降ろし、眠りにつくことにした。
    外にいるビロードは何かを考えているのか、中に入ってこない。

    風邪を引いたり毒虫に刺されなければいいと思いながら、トラギコはゆっくりと眠りの世界へと落ちて行った。

    ――懐かしい夢を見た。

    子供の頃の夢だった。
    正義に焦がれ、悪を信じた頃の夢だった。
    きっとこれが、初心と呼ばれるものなのかもしれないと、トラギコはぼんやりと思った。
    警官になって多くの犯罪者と被害者を見てきた。

    銃を手に、犯人たちと撃ち合いを繰り広げ、その手を血で汚した夢だった。
    〝汚れ人〟と呼ばれる先輩警官がいた。
    彼は暴力的かつ超法規的な手段を用いて犯罪者を殺し、暴力を振るい続けていた。
    それは必要悪として組織内でも黙認され、警察の考えとは真逆の存在である彼が必要不可欠な存在として署内で有名人となっていた。

    彼はトラギコにいくつかのアドバイスをくれた。
    拳銃を使う時の覚悟、そしてその必要性。
    そしてトラギコは抑止力となるべく、暴力を従えることにした。
    警官の身分証と暴力、そして銃がトラギコの装備となって事件を解決し、犯罪者たちにその名前を刻むことに成功した。

    法を恐れない犯罪者たちはトラギコの存在を恐れ、その噂は世界中に伝播した。
    ジュスティアの中にいる虎についての噂は独りでに膨れ上がり、事実と虚構が入り混じった化物になった。
    目的が果たせたから良しとするが、署内での肩身は狭くなり続けた。
    新聞社と争う事もあった。

    被害者への執拗な取材と警察の仕事を妨害するほどの熱心さに業を煮やし、カメラと共に記者の顔を殴りつけ、病院送りにすることは一年に十回以上はある。
    特に、被害者があまりにも哀れであればあるだけ、記者たちはそれを喜んだ。
    他人の哀れな姿は人によってはこの上なく幸福な光景になり、そして、その姿は購買意欲を促進させる。
    ラジオ社は録音した声を電波に乗せて世界に広め、新聞社は悲痛な写真を紙面に乗せて人々の視覚に訴えかけた。

    自分の担当した事件の被害者に対してそれがされた際、トラギコは会社に乗り込んで実行者の鼻を折ったが、首にならずにこうして仕事を続けられている。
    それは結局、彼の先輩がそうであったように、彼のように法律に縛られない存在が求められているからであった。
    ゆっくりと目を開け、腕時計を見る。

    (,,-Д-)

    七月十三日、午前二時。
    肌寒さすら感じられる時間だった。
    静かに起き上がり、闇に慣れた目を擦り、ビロードの姿を探す。
    彼はトラギコの横で静かに寝息を立てていた。

    (,,゚Д゚)「起きろ、時間ラギ」

    肩を揺さぶり、彼を起こす。

    ( ><)「ん……」

    (,,゚Д゚)「ほら、さっさとしろ」

    一足先にテントから出て行き、テントを畳み始める。
    ペグを外してフライシートを片づけ、ポールを外し、本体を倒す。
    ゆっくりと布が崩れ落ちてテントの中でようやく身を起こしたビロードの体を覆った。

    (;><)「ちょっ!?」

    (,,゚Д゚)「起きろって言っただろ」

    悪戯っぽくそう言って、持ち運べそうな装備だけを選んでパニアに詰め込む。
    優先したのは食料品だった。
    特に水は昨日の内に川の水をろ過した上で煮沸消毒して容器に入れてある。
    万が一方向を見失っても、少しの間は生き延びられるためだ。

    食料が無くても人間はある程度生きていられるが、水が無ければすぐに死に至ってしまう。
    特にこの地域のような乾燥した場所であれば、水分の補給は困難を極める。
    テントからビロードがぶつぶつと文句を言いながら這い出て、テントを乱暴に畳みだした。

    (,,゚Д゚)「朝飯は水とパンラギ。
        飲んだらすぐに行くぞ。
        夜までには向こうに着いておきたいからな。
        それと、テントはバイクに被せてペグで固定しておけ。

        その方が親切ラギ」

    ( ><)「分かりました」

    塩を一つまみ入れた水を飲み、溜息を吐く。
    寝起きの体に沁み渡る水が心地いい。
    片付けも食事も済ませ、二人は一つずつパニアを持って歩き始めた。
    まだ真夜中の暗さだったが、二人の目にはしっかりと周囲の景色が見えていた。

    淡く照らされた闇の中、岩の間をくぐってその先に続く道を行く。
    二人は無口のまま歩いた。
    口を開く必要はなく、相手が何を求めているのかは動きを見れば大体分かったからだ。
    大した会話をしていないのにもかかわらず、二人は相手の事を少しずつ理解し合っていた。

    二時間をかけてグレートロータスを抜け、二人は荒野へと舞い戻った。
    トラギコは水を一口飲み、容器をビロードに渡して水分を補給させた。
    ここから後は数十キロの徒歩になる。
    日差しを遮るもののない、地獄の釜の中での行進だ。

    地平線の果てが柔らかな炎の色に輝き始めている。
    夜明けが近い。
    午前四時過ぎ。
    日の出はもう間もなくだ。

    砂の下に隠れているアスファルトを道標にして、一歩を大きく踏み出し、二人の行進は続く。
    次第に世界を包む光が力を増し、夜の名残が風に流れてどこかへと消え去る。
    群青色、瑠璃色、そして黄金色。
    空がグラデーションで彩られ、夏の熱を持った風が荒野に流れ込む。

    生物の息吹が声となって周囲から響き、暗い空の下で生命の合唱が始まる。
    その合唱に合わせるようにして、ほんの一瞬だけ強い風が吹き、世界が夏色に染まる。
    荒野の夜明けだった。
    血と暴力の世界に生きる粗暴な男でさえ息を呑むほどの美しく幻想的な光景は、その名残を欠片も残すことなく消え去った。

    そして、夏の日差しと夏の気温が二人の意識を現実へと引き戻した。
    日光を遮るもののない荒野で過酷なのは、照り返しだ。
    頭上だけでなく足元からも容赦なく熱が上昇し、二人の体内にある水分は恐ろしいほどの速度で失われていく。
    二人は何も喋らなかった。

    代わりに、腰に巻いていたジャケットを頭に被った。
    日差しから逃れる日陰を見つけるまで、休憩は一切なかった。
    休憩は五分以内と定め、水分は少量ずつ口に含み、無駄なく時間を使った。
    彼らの目的地まではまだ長い道が残っている。

    路上強盗に襲われても応戦できるよう、二人は油断なく足を動かし続けた。
    肌を焼く様な熱風が吹き付け、汗が体の奥から溢れてくる。
    額から出た汗が頬を伝い、顎から地面に落ちて砂に吸収される。
    じりじりと体力が削られていくのが痛感できる。

    (;,,゚Д゚)

    (;><)

    足が重い。
    水の入ったパニアが重い。
    目的地はまるで見えず、見える景色はまるで変化がない。
    真っ青な空と白い雲。

    地平線の向こうに見える入道雲。
    砂と岩。
    そしてサボテンと乾燥した草。
    ひび割れ、朽ち果て、変わり果てたアスファルトの道路を頼りにひたすらに進む。

    この道を進むことがヴェガへの近道であり、迷わないための確実な手段だった。
    このアスファルトが敷かれたのは遥か昔の事であり、その後、補修工事などは一切受けていないと聞いている。
    どこかで途絶えている場合も大いに考えられるが、ヴェガの近くにまでくれば街の賑やかさや轍が目印になる。
    無駄な言葉を交わすこともなく、二人は歩き続けた。

    陽が頭上に差し掛かる頃、トラギコの視線の先に小さな影が現れた。
    陽炎のように揺らめく影は間違いなく街の遠景。
    足の下にあるアスファルトを隠していた砂も薄くなり、真っ直ぐに影へと続いている。
    あれがヴェガ。

    荒野に佇む幻惑の街。
    一夜の夢幻を売り買いする賭博の聖地にして、金の亡者が巣食う幻想の街。
    そして、トラギコ達の仕事場だ。

    (;><)「ぁぅ……」

    斜め後ろを歩いていたビロードが奇妙な言葉を発し、倒れたのは正にその時だった。

    (,,゚Д゚)「おい、聞こえるラギか?」

    (;><)「きゅう……」

    乾いた砂の上に倒れたビロードの傍に駆け寄り、頬を叩く。
    反応が無い。
    体が僅かに痙攣をしており、熱中症の疑いがあった。

    (,,゚Д゚)「マジか……」

    ヴェガまでは目視で五キロ。
    辺りに日陰はない。
    取り急ぎ水分を補給させ、体を冷やさなければならない。
    上着をはだけさせ、風通しを良くする。

    パニアから水の入った袋を取り出して、ビロードの頭から体にそれをかけてやる。
    少しでも冷やすためには、こうして水を使わなければ間に合わないと判断したのだ。
    次に、塩を一つまみ入れた水を彼の口元に運び、どうにか飲ませる。
    喉が動き、水を飲んでいることが分かった。

    状況はまだ最悪ではない。
    たっぷりと飲ませた後、トラギコも水分を補給する。
    そしてすぐにビロードを背負い、ジャケットを使って彼が落ちないように自分の体と結び付けた。
    必要最低限の道具を一つのパニアにまとめて右手で持ち、左手でビロードを支える。

    (,,゚Д゚)「少し我慢しろよ。
        すぐに病院に連れて行ってやるラギ」

    短く息を吐いて、トラギコは駆け出した。
    大人の男を一人背負いながらも、その足取りはしっかりとしていた。
    ビロードが肥満体でなくて心底よかった。
    背負った感じ、彼の体重は七十キロ未満。

    これならば運べるギリギリの重量だった。
    暑さは刻一刻と増すばかりだったが、トラギコの走る速さは変わらなかった。
    汗が額から流れ落ち、喉が渇いて口の中は砂で余計に水分を失っていた。

    (;,,゚Д゚)「ったくよ……」

    ――四十分。
    それが、ビロードが倒れてからヴェガに到着するまでに要した時間だった。
    街の入り口に到着したトラギコはそのまま急いで最寄りの病院へと駆け込み、ビロードを医者に診せた。
    命に別条はなく、点滴を打ちながら一時間ほど休ませれば問題ないとの診断を聞いて、トラギコは待合室のソファの上で安堵した。

    全身汗で濡れ、服が肌に張り付いていて気持ちが悪い。
    早くシャワーを浴びて服を着替えたかった。

    从´_ゝ从「しかし、あんたすごいね」

    白衣に身を包んだ医者は、汗と土と砂で汚れたトラギコを見てそんな感想を漏らした。
    ソファを汗で汚していることについては特に何も言われなかったことに、トラギコは少し安心した。
    ソファのクリーニング代を請求されでもしたら、後で本部の経理担当者からどんな嫌味を言われるか分かった物ではない。

    从´_ゝ从「彼を背負って荒野を走って、何ともないなんてね。
         脱水症状もないし、熱中症にもかかっていない。
         鉄人だ」

    (,,゚Д゚)「何ともなくはないラギ。
        服から汗が滴ってるラギ」

    医者が嬉しそうに笑みを浮かべて水の入ったコップを渡してきたので、トラギコはありがたくそれを受け取り、一口で全て飲み干した。
    冷たい水が体の内側に沁み渡り、失われた水分が僅かに補われたことが分かった。

    从´_ゝ从「ははっ、それだけ元気ならあんたは水だけでよさそうだな。
         ここには観光で来たのか?」

    (,,゚Д゚)「ま、そんなところラギ。
       男だからな、賭けが好きなんだ」

    从´_ゝ从「まぁ遊ぶ程度にしておいた方がいい。
         あんたをリスペクトしているから言うが、これはアドバイスだ」

    随分と人のいい医者だ。
    賭けを勧める人間と言うのは、必ず賭けに関わっている人間と言うことになる。
    医者が賭けをするようになれば、患者の命も賭けの対象になっていたとしてもおかしくはない。
    そして賭けで勝つために患者の命を操作することも考えられる。

    正気を失った医者は何をしでかすか分からないのだ。

    (,,゚Д゚)「そうしておくよ。
        ところで、この辺りで安全なホテルを知らないラギか?」

    从´_ゝ从「予算は?」

    (,,゚Д゚)「出来るだけ安く済ませたい」

    从´_ゝ从「なら、ビルボホテルがいい。
         設備が綺麗だし、何より客の荷物に手を出す奴がいない」

    清掃係が小遣い稼ぎとして客の荷物に手を出すことはよくある話だ。
    特に多くの荷物を持たないトラギコ達であるが、仕事に関係する書類に手を付けられでもしたら大事になる。

    (,,゚Д゚)「ビルボホテルだな。
        ありがとうよ、ドクター」

    从´_ゝ从「あんたの友人はどうする?」

    (,,゚Д゚)「ガキじゃねぇんだ、場所だけ教えておいてやってくれラギ。
        俺は先にホテルでシャワーラギ。
        で、いくらだ?」

    从´_ゝ从「三ドルだ」

    (,,゚Д゚)「随分と安いな」

    从´_ゝ从「儲かっているからな。
         夜になれば分かるさ」

    確かに、怪我人が次から次へと運ばれて来れば金には困らない。
    値段が安いと次に運ばれる時もここを選び、結果的に病院が儲かる仕組みを成立させている。
    流石は賭博の街だ。
    賭博で唯一の必勝法は、負ける賭けは絶対にしないこと。

    それを商売に置き換えて考えると、無意味な低価格などなく、最後に儲かるように作っているのである。

    (,,゚Д゚)「なるほどな。
        それじゃ、世話になったな」

    ソファから立ち上がって、トラギコは振り返ることなく病院を出て行った。
    ヴェガの街は周囲の荒野からは想像が出来ないぐらいに緑と水、そして人工物の豊かな都会だった。
    奇抜な形のビルやオブジェがアスファルトの道路沿いに並び、街路樹と共にソーラーパネルが太陽の光を浴び、ビルの間に設置された送風機を動かして人工的な風で街を冷やしている。
    走る車はどれも高級車ばかりで、タクシーさえ高級仕様のものだった。

    観光客向けに設置された街の地図が描かれた看板を見て、ビルボホテルの位置を確認した。
    道路を挟んですぐの場所にあり、しかも大きな道路に面しているという好立地だった。
    大きな道路があるという事は、人目につきやすく、防犯面で役に立つという事だ。
    このホテルを選ばない理由は今のところなさそうだ。

    曇りガラスの扉を押し開け、エントランスの受付係が恭しく一礼した。

    川_ゝ川「いらっしゃいませ。
        ご予約はありますか?」

    (,,゚Д゚)「いいや。
        だが、隣の病院のドクターからここを推薦されてね。
        二人だが、泊まれるか?」

    川_ゝ川「期間によってですが、どうされますか?」

    (,,゚Д゚)「一か月。
       料金は勿論前払いラギ」

    受付係は表情を変えないまま、声色だけで喜びを表現した。

    川_ゝ川「一か月であれば、ご利用いただけます。
        食事なしで六百ドルになりますが、よろしいですか?」

    一泊二十ドルの計算になる。
    決して安い料金ではないが、良心的な価格設定だと言える。

    (,,゚Д゚)「飯ありだと?」

    川_ゝ川「千五百ドルになります」

    ホテルの食事はたかが知れている。
    それに、戻ってきて食べるような動きはしばらく出来ないだろう。
    あくまでも観光客を装うのであれば、食事は全て外で済ませた方がいい。
    金を持った旅行者であることがアピールできれば、カジノからの受けもいい。

    千六百ドルを渡して、トラギコは注文をした。

    (,,゚Д゚)「なら飯なしでいいラギ。
        トライダガーとビロスの二人だ。
        ビロスは遅れてくる。
        それと、着替えが欲しいラギ。

        ジーンズとポロシャツでいいから届けられるか?下着と靴下もだ」

    川_ゝ川「かしこまりました。
        ではこちらが鍵です」

    ハードケースに入れられたカードキーを受け取り――キーには三〇二と書いてある――、エントランスの横にある階段を上って三階へと向かった。
    毛足の短い絨毯の敷かれた階段は大人四人が歩けるほどの幅があり、避難経路としても使えそうだ。
    カードキーをかざして開いた部屋は思いのほか広く、ベランダに通じる窓からは下の大通りが一望できる。
    シーリングファンが回転する部屋は空調が程よく効いており、外の気温と比べると天国のように涼しかった。

    パニアを開いて中に入れていた水を一気に飲み干し、一息つく。
    それから入口へと向かい、部屋の安全性を確認する。
    施錠の手間が省けるオートロックなのはありがたかった。
    チェーンロックをかけてから汗で濡れた衣類を脱ぎ捨て、浴室へと入った。

    広い浴室の半分を大きく深い浴槽が占め、もう半分が洗い場だった。
    熱いシャワーを頭から浴びて、汗を一気に流し落とす。

    (,,゚Д゚)「ふぅ……」

    疲れた体を熱い湯がじっくりと癒す。
    流石に大人の男を背負ってのマラソンは堪える。
    ともあれ、ビロードが無事で何よりだった。
    新人警官が早速熱中症で死んだとなれば、笑うに笑えない話として語り継がれるだろう。

    それに何より、未来のある若者が死なずに済んだのが幸いだ。
    まずはそこを安堵すべきだが、同時に、ビロードについて不安を抱かずにはいられなかった。
    体力が彼の意地とまるで合っていない。
    戦闘にはまるで向かないタイプの傾向だった。

    責任感が強いのはよく分かったが、自分が倒れることで周囲に与える影響を考えられていないのが彼の若さを物語っている。
    今後の動き次第では、カジノ・ロワイヤルから外した方がいいことになるかもしれないが、それを決めるのはトラギコではなくシラヒゲだ。
    上層部の目論見通りトラギコはビロードとの連携力を確認する問題に直面し、欠点などを見る事が出来た。
    風呂から出て、トラギコはバスローブに身を包んだ。

    備え付けの冷蔵庫から水を取り出して飲み、火照った体を冷やす。
    汗が滴る程濡れた衣類はコインランドリーで洗うとして、後で着替えを適当に買いに行かなければならないだろう。
    カジノにラフな格好で入るのは田舎者の貧乏人がすることだ。
    金を持っている事をアピールするには、ジャケットを着て身なりに気を配らなければならない。

    部屋の扉がノックされ、外から声がした。

    |゚レ_゚*州「トライダガー様、衣服をお持ちいたしました」

    (,,゚Д゚)「おう」

    念のためにのぞき穴から外を確認し、それから扉を開く。
    制服に身を包んだ若い女が紙袋をトラギコに差し出す。
    笑顔がまるで仮面のように顔に張り付いていて、その奥にある感情がまるで読めない。
    人によっては愛想がいいと言うかもしれないが、これがホテルで働く人間の標準的な態度であることを考えれば、別に特別愛想がいいわけではない。

    サービス業において重要なのは、言動と仕事の結果が連動しているか否かなのである。

    |゚レ_゚*州「こちらになります」

    (,,゚Д゚)「ありがとよ」

    何か物欲しげな目をしていたが、トラギコはそれを無視した。
    チップで生計を立てている従業員は大勢いるが、それはあくまでも文化的な物であり、必ずしも払わなければならないものではない。
    トラギコはすでに服の金を渡しているため、追加で料金を支払う義理はない。

    (,,゚Д゚)「洗濯とか頼めるラギか?」

    |゚レ_゚*州「はい、もちろんでございます。
         ただ、五ドルかかりますが」

    (,,゚Д゚)「分かった。
        ちょっと待ってろ」

    そう言って部屋に戻り、紙袋から着替えを取り出してベッドの上に放り投げ、代わりに先ほど脱いだ汗で濡れた服を袋に詰めた。
    そして再び従業員のところへと行き、それを差し出す。

    (,,゚Д゚)「これを頼むラギ。
       ……ほらよ」

    そう言って、トラギコは十ドルを渡した。

    (,,゚Д゚)「釣りはチップだが、その代わりに後で俺の連れが来た時に気を配ってやってくれラギ。
        お前、名前は?」

    |゚レ_゚*州「ありがとうございます、トライダガー様。
         私はエイミーです」

    (,,゚Д゚)「よし、エイミーだな。
        この街でスーツを買いたいんだが、いい店を知らないか?今夜カジノで着たいんだ」

    エイミーは少し考える仕草をして、それから口を開いた。

    |゚レ_゚*州「サップはご存知ですか?」

    (,,゚Д゚)「あぁ、知ってるが使ったことはねぇラギ」

    世界的に展開している服の販売店であるサップは、その品質の高さと良心的な価格設定によって世界中の街に展開し、成功を収めている服屋の一つだ。
    特にフィリカなどの熱帯地域では熱心な購買者が根付いており、広い世代や人種に受け入れられていることで有名だ。
    ただ、服に対してあまり執着しない人間にとっては割高な店であり、品質よりも実用性を求める人間にとっては無縁の店でもある。

    |゚レ_゚*州「正直、他の店は高いので観光であればこの店が一番いいかと」

    (,,゚Д゚)「なるほどな。
        ありがとよ、エイミー」

    扉を閉め、服を着替える。
    ダークグレーの半袖のオックスフォードシャツと、黒いスキニージーンズだった。
    彼女にチップを払ったのは、同情や下心からではない。
    現地の情報をよく知る人間を確保し、定期的に安全な情報を提供する存在を手に入れたかったのだ。

    特に、情報を入手するのであれば異性の方がいい。
    同性とは違う着眼点から情報を見ている事が多く、その気付きによって新たな情報へとつながるものがある可能性が高いのだ。
    スーツ代を差し引いて残る金は二千ドルほど。
    ホテル代が思わぬ出費となったが、種銭はまだある。

    これを使って何倍にもすれば、まだまだ活動は出来る。
    増やすのであれは今夜、シラヒゲ達と合流してからだ。
    ベッドの上でM8000を軽く分解し、状態を確認する。
    本体に付着した細かな砂埃をふき取り、弾倉の弾を一旦全て取り出して拭いてから込め、組み立てを完了させた。

    撃鉄の動き、安全装置の動き、遊底の動き、銃爪の動きを確認してからそれを腰のホルスターに収める。
    そして完全にリラックスした状態から銃を右手で抜き、構えた。
    その速度は瞬きよりも早く、ホルスターから銃が出る時には安全装置も解除され、撃鉄も起きた状態になっていた。
    後は銃爪を引けば銃弾が放たれるだけであり、即ち、いつでも人を殺せる状態にあった。

    ホテルから外に出ると、涼しげな風が彼の前身を吹き撫でた。
    風力、そして太陽光発電による人工的な風は街中を駆け巡る水と相まって、蒸し暑い熱気を彼方へと吹き飛ばしていた。
    濡れた髪が渇くのも時間の問題だろう。
    日差しの強さはまるで変わらないが、これならば日中歩き回ったとしても熱中症にならずに済むだろう。

    トラギコはビロードのいる病院へと急ぎ足で向かうことにした。
    本当は彼に直接ホテルに来てもらうのがいいのだが、その前にやるべきことがある。
    受付を無視して病室へと行き、ベッドの上で呆然と天井を眺めているビロードを見つけた。
    点滴を打っている姿はまるで末期の癌患者だ。

    何を絶望視しているのかは知らないが、今はそんな目で仕事をしてもらいたくはない。
    トラギコは彼の枕元に立ち、肩を揺さぶった。

    (,,゚Д゚)「おいこら」

    (;><)「あ、と、トラギコさん」

    (,,゚Д゚)「ホテルを取っておいたラギ。
       俺はトライダガー、お前はビロスって名前だ。
       三〇二号室だ、覚えたか?」

    (;><)「は、はい。 す、すみま」

    謝罪の言葉を無理やり遮り、彼の胸の上にカードキーを放ってここに来た用件を伝える。

    (,,゚Д゚)「俺はこれからスーツを買いに行くラギ。
        お前は後で自分の金を使ってスーツを買え。
        汗臭いままカジノには行けないからな」

    何かを言おうとするビロードを無視し、トラギコは病院を後にしてエイミーに教えられたサップへと急いだ。
    スーツを作るのには時間がかかる。
    生地を決め、採寸をし、好みに合わせて形を決めて行く工程で三十分。
    ボタンやらなにやらの指定で最終的には一時間近くかかってしまう。

    受け取り時間は選んだ生地などによって左右されるため、それらの時間をいかに省くのかが時間短縮の決め手となる。
    サップはやや奥まった路地の一角にあった。
    歴史を感じさせる佇まいは大通りにあるカジノとは真逆のデザインで、実に大人し目の店構えをしている。
    ショウウィンドウに並ぶスーツは無難な型ではあるが、目を引く様な鮮やかなライムグリーンをしている。

    どの展示品もそれぞれ主張していることは違うが、使われている色は三色以内に収められていた。
    店の扉を開き、中に入ると落ち着いた音楽が流れ、ここだけ外から完全に隔離された別の空間の様に感じられた。
    陳列されているセットアップスーツを無視して、トラギコは真っ先に店員へと向かった。

    (,,゚Д゚)「なぁ、オーダーメイドスーツを作りたいラギ。
        カジノで着られるようなちゃんとしたやつだ」

    ( ''づ)「はい、承ることができます。
        お好みは?」

    上下黒のスーツとベストを着た中年の男は、トラギコの注文に対して即答した。

    (,,゚Д゚)「あんたのセンスに任せるラギ。
        ただ、急いでるんだ。
        今晩には使いたいラギ」

    ( ''づ)「かしこまりました。
        夕方にはご用意できます」

    エイミーの情報の正確さが証明された。
    恐らく、ドレスコードの存在を聞いた旅行客がスーツを急いで購入するという傾向を素早く商売へと取り込み、迅速な販売を可能にしているのだろう。
    これが個人経営の店とチェーン展開している店の大きな違いだ。
    現場で何よりも大切なのは売る事であり、意地を通すことではない。

    企業が経営している店は如何に商品を売るのか、そこに重点を置いているのだ。

    (,,゚Д゚)「よろしく頼むラギ。
        いくらラギ?」

    ( ''づ)「二百ドルになります」

    値段も良心的であり、この店を選ばない理由はなかった。
    百ドル金貨を二枚渡し、店の奥にある採寸部屋へと案内された。
    小さな試着室がいくつも並ぶ広い空間にはトラギコの他に数人の客と店員がおり、それぞれの服の好みについて話を進めていた。

    ( ''づ)「しばしお待ちください」

    そう言うと男は小さな電子端末を取り出して、トラギコの前に立った。
    細長い棒状の端末はレンズが付いていたが、カメラとは思えない形状をしており、さながらボールペンのようだった。
    そして男は端末を構えてレンズをトラギコに向けたまま、彼の周りを一周し、再び正面に戻ってきた。

    ( ''づ)「採寸が終わりましたので、後は夕方の受け渡しになります」

    (,,゚Д゚)「今ので採寸が終わったのか?」

    ( ''づ)「そうなんです。
        実は最近本社が導入したばかりのもので、一店舗に一台しかない採寸器なんです」

    時間がかなり短縮できたのは嬉しい話だ。
    空いた時間は食事に当て、ホテルでゆっくりとくつろげる。

    ( ''づ)「生地にこだわりはありますか?」

    (,,゚Д゚)「ないが、派手なのは勘弁してくれラギ」

    流石に蛍光色のスーツを着て行くわけにはいかない。
    それは悪い意味で目立ち、目的達成を阻害する。
    法の抜け目に存在するカジノが目立つ人間を招き入れるなどあり得ない話で、どちらかと言えば、秘密を守れる人間が歓迎される。

    ( ''づ)「かしこまりました。
        こちら、引換券になります」

    番号の書かれた紙を受け取り、それを胸ポケットにしまう。

    (,,゚Д゚)「夕方にまた来るラギ」

    ( ''づ)「ご来店をお待ちしております。
        失礼ですが、お名前は?」

    (,,゚Д゚)「トライダガーだ」

    出口まで見送られ、トラギコは店を出て一息ついた。
    今夜、ようやく仕事に取り掛かることが出来る。
    合流予定の場所で、この作戦の詳細が語られることは間違いない。
    恐らくトラギコ達が最初にやらなければならないのは、違法カジノに通じる人間を見つけ出し、信頼を勝ち取る事だ。

    果たしてビロードにそれが出来るかは疑問だが、出来るようにしなければならないのが仕事だ。
    再びホテルへと戻る前に、近くのパブへと足を運ぶことにした。
    サップから五分ほどの場所にパブの看板を見つけ、開店中の目印を見てから木製の扉を押して中に入る。
    ジャズと冷えた空気がトラギコを歓迎した。

    狭い店内には客が男三人だけしかいなかったが、その三人は一つのテーブルを囲んで飲んでいた。
    つまり、客はトラギコを合わせて二組だけと言う事になる。
    奇妙だった。
    この時間は安酒を飲まない主義の人間だらけなのか、それとも、この店に客が寄り付かない理由があるかの二択だ。

    注文口と支払口を兼ねたカウンターへと行き、メニューを見る。
    価格は平均的なものだった。
    特にぼったくりというわけではなさそうだった。
    薄手のタンクトップを着た女の店員がトラギコに気付き、レジのところまでやって来てカウンター越しに微笑んだ。

    それを黙殺し、トラギコは注文を短く告げた。

    (,,゚Д゚)「ビールを大ジョッキで。
        後はピクルスを」

    川д川「二ドル五十セントです」

    言われた金額を丁度女に渡し、席に座って注文の品が届くのを待つ。
    数分後、女がビールとピクルスを乗せた盆を持ってきた。
    受け取ってすぐにビールを一口飲み、喉の渇きを癒す。
    炭酸とアルコールが体に沁み渡り、深い溜息混じりの声が出た。

    (,,>Д<)「くぅっー!」

    ミニ胡瓜のピクルスを食べ、その独特の酸味に唸る。
    この味がいいのだ。
    幼い頃はこの酸味が苦手だったが、大人になってからはこの酸味が癖になって体によく馴染む。
    あまり深みを感じられず、安定したこの味は恐らく、ただの瓶詰のピクルスだろう。

    だがそれでも疲れた体には良く合う。
    いつだったか、先輩に連れられてバーに行き、そこで食べた自家製のピクルスに感激した記憶がある。
    何度も同じ注文を繰り返すので、その店の店主がトラギコにだけ特別に持ち帰り用のピクルスを売ってくれるようになった。
    店主が路上強盗に殺されるまで、トラギコはそのピクルスを毎日のように買って帰ったものだ。

    よく冷えたビールとピクルスは瞬く間にトラギコの胃袋へと消えて行った。

    (*゚ー゚)「ねぇ、旦那」

    猫なで声が正面から聞こえてきたが、トラギコはそれを無視した。
    この手の声は目的が決まっている。

    (*゚ー゚)「ねぇってば」

    (,,゚Д゚)「うるせぇよ。
        ビールをもう一杯くれ」

    カウンターの女にそう言って、トラギコは席の上に置かれていた新聞を広げた。
    紙面には別の街で起きている様々な事件が載せられ、特に話題性の高い物から順に並んでいる。
    トップを飾るのは別の街で起きた連続強姦殺人事件についてだった。
    被害者は皆子供で、詳しくは書いていないが、相当残忍な殺され方をしたと聞いている。

    胸糞の悪くなる話だが、いずれその街にいる警官が解決するだろう。
    別のページではサッカーの話題が載っていたが、あまり興味が無いので別の記事に目を移した。

    (*゚ー゚)「あたしにもビール頂戴」

    (,,゚Д゚)「手前の分は手前で払えよ」

    未だにトラギコは女の顔を見ようとはしなかった。
    見なくても大体想像がつく。
    この店の中にいたはずの三人組は全員男だったし、店員はこの声ではない。
    となると、自ずとこの女の正体が分かってくる。

    店の奥に隠れていた、もしくはトラギコが店に入るのを見ていた人間だ。
    狙いはただ酒ではないだろう。

    (*゚ー゚)「そんなこと言わずに、一杯だけでいいから」

    (,,゚Д゚)「嫌ラギ。
       俺はお前みたいに化粧の濃い女は嫌いラギ。
       失せろ」

    (*゚ー゚)「そんなぁ。
        ね、一杯だけでいいからさぁ」

    (,,゚Д゚)「それと、性格が不細工な奴に驕るぐらいなら俺はその金でオセロでもやる方がいいラギ」

    紙面を捲り、新たな記事に目を通す。
    どうやら内藤財団――世界最大の企業――が福祉事業の拡大を図るらしかった。
    内藤財団はその成長力がまるで留まる事を知らず、日に日に成長して次から次へと新しい事業を展開し、新たな製品を発表している。
    急成長をしているのであれば癒着や黒い産業への着手が疑われるが、内藤財団はかなり昔から存在する由緒ある企業で、
    下手に評価を下げるような商売には手を出していない事が複数の潜入捜査官の調べで分かっている。

    川д川「ビールお待たせしました」

    先ほどの女店員がやって来て、机の上にジョッキを置いた音が聞こえた。
    ただ、音は二つだった。

    (,,゚Д゚)「いくらだ」

    川д川「そんな野暮なこと言わずに、まずは乾杯してやりなよ」

    店員のそんな無責任な言葉を一切無視し、トラギコは淡々とした声で言った。

    (,,゚Д゚)「俺は俺の分だけ払うラギ。
       確か一ドル五十セントだったよな、メニューにあるビールの値段は」

    空になったジョッキに自分のビール代を丁度入れ、それを奥にやる。
    新聞を畳んで、ようやく正面に来ていた女を見た。
    ただし、その時にトラギコの目には剣呑な雰囲気が宿り、敵意を明確に表出していた。
    女の顔は厚い化粧で覆われ、元の顔の判別は出来ないが、ひび割れた唇が決して若くない事を物語っている。

    (,,゚Д゚)「いいな、俺は俺の分だけ払うラギ。
        この厚化粧女の分は知らん」

    川д川「お客さん、男らしさってのを見せた方がいいよ」

    (,,゚Д゚)「うるせえな、口出しするんじゃねぇよ」

    (-゚ぺ-)「……さっきから聞いてれば、おっさん、女々しすぎるんじゃねぇか」

    奥の席で酒を飲んでいたはずの男の一人が立ち上がり、そんな言葉と共に近づいてきた。
    露骨に筋肉を強調する黒いタンクトップと黒い肌、そしてトサカのように逆立てた金髪。
    見た目の年齢はトラギコよりも若く、荒々しさを上手に表現した言動は見事な物だ。

    なるほど、とトラギコは納得した。
    ここはぼったくりパブだ。
    突然現れたこの女の注文した酒に法外な値段を設定し、女に目がくらんだ男が金を巻き上げられる寸法になっているのだろう。
    いざとなった時、すでに店に待機している仲間が逃げないようにあれやこれの手を出してくるのは間違いない。

    サップでいい買い物が出来たと内心で喜んでいたが、やはり、どうにも最近店に恵まれないようだ。

    (-゚ぺ-)「一杯ぐらいおごってやれよ」

    (,,゚Д゚)「何だってんだ、この酒場は。
       ローストチキンの出来損ないが喋るのかよ」

    もうすっかりトラギコは酒を飲む気分ではなくなっていた。
    いつの間にか女と店員は先ほどまでの場所から離れ、入り口の扉を閉め、カウンターの裏に逃げている。
    狩りの時間と言いたいのだろうが、それはこちらの台詞である。

    (-゚ぺ-)「おい、それは俺に向かって言ってんのかよ」

    (,,゚Д゚)「なぁ、悪いことは言わねぇからオーブンの中に戻っておけ。
       中途半端な焼き加減だと誰にも食ってもらえねぇラギ」

    (-゚ぺ-)「このっ!!」

    胸倉を掴まれたトラギコは溜息を吐く代わりに、男の右目に指を突きたてた。
    男は悲鳴を上げてトラギコを離し、その場で膝を突いた。
    眼球を潰しまではしていないが、相当な痛みのはずだ。

    (,,゚Д゚)「俺からぼったくろうなんて百年早いんだよ、馬鹿が」

    その言葉を送ってから、勢いをつけて男の頭を蹴り飛ばした。
    蹴られた勢いで男はテーブルを幾つか巻き添えに転がり、頭を押さえたまま大人しくなった。

    (,,゚,_ア゚)「手前!!」

    奥の席の二人が机を叩いて立ち上がる。
    これ以上ここで無駄な時間は過ごしたくない。
    冷えた酒が飲めたのはいいが、今やこの場所には何の価値も見いだせない。
    情報収集をする場所として利用できればと思ったが、ここで得られるのはろくでなしの情報だけになるだろう。

    (,,゚Д゚)「もうここには来ねえよ」

    (,,゚,_ア゚)「来なくて結構だが、金は置いて行ってもらうぞ!!」

    女達もナイフや棍棒を持ち出し、カウンターの裏から出てきて分かり易い威嚇の姿勢を取る。
    殺すつもりはないのだろうが、痛めつけて金品を奪うつもりなのがよく分かる。
    殺しが分かれば警察の厄介になり、以後獲物を得られなくなることから銃を持ち出さなかったのが彼等の失敗だ。

    (,,゚Д゚)「俺は女だろうが何だろうか、一切容赦しねぇラギ。
        整形外科の予約を忘れるなよ」

    今のトラギコは警官として立ち振る舞わずに、乱暴者の客として立ち振る舞わなければならない。
    ここでの立ち振る舞いは風の噂となって街に流れ、やがてはトラギコの目的達成を後押しすることになる。
    行儀のいい人間ではなく、ルールに縛られない生き方をしている方が裏の人間から好かれやすい。
    それに、こういう輩を叩きのめすのは個人的にも好きだ。

    椅子を蹴り倒し、脚を一本折る。
    頼りないが、場末の馬鹿相手にはこれで十分だ。

    (,,゚Д゚)「さぁて、酔い覚ましの運動ラギ」

    最初にトラギコが狙ったのは、声をかけてきた女客だった。
    二歩で間合いを詰め、相手が反応するよりも先にトラギコが攻撃を加える。
    細い折り畳み式のナイフを持っていた女の手首を容赦なく叩いて砕き、武器を手放させる。
    手を押さえながら悲鳴を上げる女の腹に蹴りを放ち、女は体をくの字に折って嘔吐した。

    その顔に向けて強烈な前蹴りを食らわせ、勢いよく吹き飛んだ女は背中をカウンターに強かに打ち付けて気を失った。
    そして、次に狙いを付けたのも勿論、女店員だ。
    女相手にまるで手加減をしない姿を見て怖気づいたのか、獲物を構える事さえ出来てなかった。
    そんなことに構うことなく接近し、椅子の足で女の頭頂部を強打し、崩れかかったところにすかさず追撃を加える。

    (*;-;)「あびっ?!」

    フルスイングの一撃は女の鼻と心を折り、戦意を完全に喪失させ、そして意識を失わせた。
    獣の眼光を放つ眼が残り二人の姿を捉え、雄弁に彼の凶暴性を物語る。
    一瞬の内に群れの中で最も弱い二人を無力化した彼の決断力の速さと、容赦のなさは今まで彼らが相手にしてきた獲物たちにはなかった物だろう。

    (,,゚Д゚)「何だ、来ないのか?」

    不敵な笑みを浮かべ、トラギコは残った二人を挑発する。
    まずは頭数を減らしさえすれば問題ではない。
    彼らの強みは数。
    その強みを一瞬で失った以上、彼らに勝機はない。

    (,,゚,_ア゚)「……くっ!!」

    それでも二対一という状況は、無知な人間にとってはこの上なく有利な状況に見える事だろう。
    所詮女を倒しただけの余所者。
    恐れる必要はないと判断し、同時に襲い掛かってきた。
    二人の獲物はバタフライナイフとナックルダスター。

    使い方次第で人を殺せるが、果たして、彼らにそれが出来るだろうか。
    人を殺すのには経験がいる。
    物のはずみで殺すこともあるが、意識して相手を殺すにはやはり覚悟をする必要があり、それは容易ではない。
    最初からそれを使ってトラギコを殺そうとすればよかったのに、そうしなかったのは経験が不足しているからに他ならない。

    ナイフを持った男はそれを振りかぶり、攻撃を加えてきた。
    小ぶりなナイフを振りかぶる愚は、最早見るに堪えないレベルの問題だった。
    トラギコは難なく椅子の脚で男の手首を叩き、ナイフを手放させた。
    攻撃手段を奪われた男は一瞬ひるみ、そしてトラギコの掌底が顎を下から突き上げて男の体を僅かだが宙に浮かせる。

    意識が遠のきかけている男の頭を打ち上げるようにして放たれた回し蹴りが襲い、意識と共に男の体はカウンターの上に飛んで行った。
    最後の一人が銀色の輝きを放つ拳を繰り出してきたのを寸前で回避し、カウンターを腹部に見舞う。
    だが、それを予期していたのか男の腹筋は力を入れて固められていた。
    トラギコの拳を受けた男は不敵な笑みを浮かべる。

    それを見て、トラギコは男の股間を蹴り上げた。
    男は白目をむいて倒れた。

    (,,゚Д゚)「ったく、せっかくシャワーしたってのによ」

    店を出る際、入り口にかかっていた看板を準備中に変えてからホテルへと足を向けた。
    そろそろビロードが帰ってきている頃だろう。
    ホテルに入ると先ほどの係員がにこりと笑みを浮かべ、ビロードが来た旨を伝えた。

    川_ゝ川「お連れ様ですが、少しお疲れの様でした」

    (,,゚Д゚)「だろうな」

    階段を上がって部屋の扉をノックし、声をかける。

    (,,゚Д゚)「おい、俺だ」

    扉がすぐに開かれ、ビロードが顔を出した。
    顔色が大分よくなっており、少しだけ安心した。
    ほのかに香る石鹸の匂いが、シャワーを浴びた後だという事を物語っている。
    服も黒いポロシャツと黒いジョガーパンツに着替えており、恐らくエイミーを経由して購入したのだろうと推測できた。

    まだ仕事は出来そうだが、今日はあまり無理をさせられない。
    夜の打ち合わせを終えたら、ビロードだけホテルに帰してトラギコは事前に仕込みをしに行くべきだろう。
    中に入ると、ビロードがまず頭を下げた。

    ( ><)「迷惑をかけ――」

    (,,゚Д゚)「――気にするな、仕方ねぇラギ。
       ただ、次からは無理をするな」

    謝るようなことではない。
    強いて謝ることがあるとしたら、ぎりぎりまでそれを言い出せなかった事だけだ。
    それに気付けなかったトラギコにも責任はある。
    故に、次からはビロードの行動に目を配る必要が出てきた、それだけの話だ。

    生きていれば次に反省を生かせるのだから、それでいい。

    (,,゚Д゚)「飯は食えるラギか?」

    ( ><)「正直、お腹がすきました」

    恥ずかしげにそう言ったビロードの頭の上に、トラギコは無意識の内に手を乗せていた。
    まだこの男は子供の部分が残っている。
    警官になったばかりと言う事は、つい最近までは学生だったのだ。
    この世界に順応できていなくても無理はないが、これから徐々に慣れて行かなければならない事を学ぶだろう。

    (,,゚Д゚)「なら、たらふく食うぞ」

    ( ><)「はい!」

    (,,゚Д゚)「その前に、お前もスーツを作りに行くか。
       汗で酷いことになってるだろ、俺達のは」

    ( ><)「あ……はい、そうです。
          絞ったら汗が出てくるぐらいだったので、ホテルにクリーニングと着替えを頼みました」

    恐らく、エイミーが約束通り気を利かせてくれたのだろう。
    どうやら優秀な従業員を引き当てたようだ。

    (,,゚Д゚)「サップって店が近くにあったから、そこで作れば夜には間に合うラギ。
        問題はないな?」

    ( ><)「勿論です」

    それから二人はサップに向かい、ビロードのスーツを新たに購入した。
    適当な飲食店を探して歩いていると、先ほどトラギコとひと悶着のあったパブの前に救急車が停まり、ちょっとした人だかりが出来ていた。
    すぐに店の中から担架に乗せられた男達が運び出され、救急車に乗せられていった。
    その様子を横目で見ながら通り過ぎた後、ビロードが疑問を口にした。

    ( ><)「喧嘩ですかね?」

    (,,゚Д゚)「酔っぱらったんだろ。
        よくある話ラギ」

    適当なレストランを見つけ、そこで改めて酒と食事を摂ることになった。
    二日に渡る軽いアウトドアの旅を強いられた二人は、奇遇にもステーキと赤ワインを注文し、それを味わうようにしてゆっくりと胃に収めて行った。
    レアの焼き加減で出された牛肉は柔らかく、そして肉汁溢れるものだった。
    噛めば噛むほど味が染み出すようで、甘さまで感じるほどだった。

    それを赤ワインと共に味わう内に、気が付けばボトルは三本空になり、ステーキは二人で五枚を平らげていた。
    一時間ほど経つと、ビロードの瞼がほとんど閉じかけ、今にも眠りそうな様子になった。
    酒の効果もあり、緊張の糸が一気に緩んだのだろう。
    ようやく目的地に到着して無事に食事を済ませたのだから、それも仕方がないだろう。

    (,,゚Д゚)「寝るならホテルで寝ろよ」

    ( ><)「ふぁい……」

    (,,゚Д゚)「ったく、手間のかかる奴ラギね」

    会計を済ませ、ビロードを担いでホテルへと戻った。

    ‥…━━ Part2 End ━━…‥

    ‥…━━ Part3 ━━…‥

    ラグジュアリーカジノの歴史は古く、一世紀以上も前にはすでにヴェガに存在しており、この街を賭博の街にする上で決して欠かすことのできないカジノである。
    五階建ての建物は全てのフロアに賭博用のスペース以外にレストラン、バー、ダンスショーを見るスペースなどが確保されており、
    賭けに参加しないで雰囲気だけを楽しむ客がいるほどの徹底した雰囲気作りがされている。
    全てのフロア、賭けの席には監視役の屈強な男が立ち、不正が行われないか常に目を光らせている。

    天井は高く、開放感のある作りをしている。
    控えめに流れるフリージャズの上に、客達が口にする喜びと悲しみの声が重ねられる。
    明るすぎず暗すぎず、を追求した照明が店の中を常に黄昏時の色合いに染め上げていた。

    ここのカジノで扱われている賭博の種類は五種類。
    一階から順にポーカー、スロット、ルーレット、ブラックジャック、そしてラシャン・ルーレットのフロアが設定されている。
    世界的に見てもラシャン・ルーレットを種目に加えたのはこのカジノが初めてであり、唯一の存在だった。
    一挺のリボルバー式拳銃を用意し、模擬弾五発、実弾一発を込めて全員がシリンダーを回し、己の米神に銃腔を向けて銃爪を引くというシンプルかつ危険なルールの賭けだ。

    無論、このカジノでは死人を出さないために実弾の代わりにゴム弾を入れて勝負をすることになる。
    勝負をするのは最大五人の客とディーラーが一人。
    敗者はゴム弾を引き当てた人間。

    一周目は六分の一の確率で勝負をし、弾を増やして最後の一人になるまで続ける。
    最終的にゴム弾は五発になり、勝者が賭け金の十倍を得るゲームである。

    七月十三日、夜八時。
    その日一番の番狂わせとも言える賭けがラシャン・ルーレットのフロアで起きた。

    ラシャン・ルーレットを担当するディーラー、ベット・フェルナンドはこの道二十年のベテランで、どんな勝負の際にも決して表情を崩さない初老の男だった。
    だが、目の前に座る客の眼光も然ることながら、その豪運に怯えの感情を抱いてしまっていた。
    すでに勝負は最終局面、ゴム弾が五発装填された状態の銃がフェルナンドの手にあった。
    シリンダーを回したのは目の前の男で、弾を込めたのはフェルナンドだ。

    自分が負ける構図は思い描けなかった。
    間違いなく彼が勝つように出来ている。
    彼の順番に模擬弾が来るように仕組んである。
    だから負けることはない。

    なのに、目の前に座る男に勝てる構図が思い描けない。
    剣呑な雰囲気を漂わせ、妙に膨らんだ懐が拳銃の存在を匂わせていることが問題なのではない。
    男の眼が、問題なのだ。
    今までに大勢の客を見てきたが、この男と同じ眼は今までに一度だけしか見たことが無い。

    稀代の賭博王、エスポワール・ジイカがこのカジノで行ったポーカーの世界大会で最後に見せた眼だ。
    彼はその大会で伝説を残し、世界最高金額の賞金を手にしている。
    誰の眼にも不利な状況にも関わらず、ジイカは逆転をして見せた。
    子供の頃に見て、強烈に網膜に焼き付いている光景だ。

    (,,゚Д゚)「どうした、早く引くラギ」

    銃爪を引けば決着がつく。
    この勝負はそういうものだ。
    模擬弾ならばディーラーの勝ち。
    それ以外なら客の勝ちだ。

    賭けられた金は千五百ドル。
    大した金額ではない。
    負けたとしてもカジノ側が失う金額は極めて少ない。
    恐れる必要はない。

    銃爪を引きさえすれば終わるのだ。

    (,,゚Д゚)「時間稼ぎか?感心しないラギね」

    (ΞιΞ)「いえ、すぐに引きますので」

    撃鉄を起こして、銃爪に指をかける。
    勝てる。
    勝てるのだ。
    数十人のギャラリーが彼等を取り囲む中、ジイカは完全に男の事だけを見ていた。

    それ以外の些事は目に入らず、耳にも入らなかった。
    ゆっくりと絞るようにして銃爪を引き、衝撃が彼の頭を揺らし銃声が耳を聾した。

    頭に巡るのは痛みの認識と、圧倒的な疑問。
    何故、弾が出たのかという当然の疑問だ。
    シリンダーに施された細工で、彼は勝負に勝つようになっているのだ。
    それが、どうして。

    (,,゚Д゚)「悪いが、俺の勝ちラギ」

    * * *

    カジノ内で使われる賭金はヴェガ公認のカジノで使う事の出来るチップを使用し、金貨を運ぶ手間と手早いチップ計算、そして偽造防止機能を両立させている。
    客は賭けに参加する前に特殊な加工が施されたチップを購入し、好きな賭博へと参加する。
    チップは最終的にカジノ内の換金所で現金に換えるか預けるか、それを持ち帰るかを選ぶことが出来る。
    持ち帰ったチップは別のカジノで使用することも出来るが、公認のカジノでなければ使う事は出来ない。
    無論、ヴェガ以外の街に持って行ったところであまり役には立たない。

    一万五千ドル。
    それが一度の博打でトラギコが稼いだ金額だった。
    ジュスティアがトラギコ達に渡した予算の三倍だ。

    ( ><)「トライダガーさん、すごいですね!」

    オーダーメイドのスーツに身を包んだ二人は堂々とした歩みで、カジノのフロアを闊歩していた。
    天井に煌びやかな光を放つシャンデリア、人を高揚状態にさせる音楽、甘い香水の匂い、そして人々の笑い声と叫び声。
    喜怒哀楽、様々な感情が一つの空間で混ざり合うカジノ独特の雰囲気にビロードはすっかり魅了されているようだった。
    仮眠を取った事もあり、どうやら眼は冴えているようだ。

    (,,゚Д゚)「あの賭博はディーラーが勝つ方法があるラギ、それを逆に利用すればこっちが勝つラギよ」

    ( ><)「勝つ方法?」

    (,,゚Д゚)「お前が一人で一万ドル勝ったら教えてやるラギ」

    一度の賭けで最初の資金から三倍に膨れ上がり、ヴェガでの軍資金を補充することに成功した。
    この調子で金を稼いでいき、違法カジノの関係者に顔を覚えさせられれば、声をかけられるのは時間の問題だ。

    (,,゚Д゚)「晩飯でも食うか。
        奢ってやるラギ」

    カジノ最上階にあるバーで高級なスコッチとチョコレート、山盛りのバッファローウィングとハギスを頼み、支払いをチップで済ませる。
    稼いだチップの量を見て、店員がソファ席に案内した。
    まるで沈むような柔らかさのソファに、思わず驚きの声が出る。

    (,,゚Д゚)「すげぇな。
        このソファ、マシュマロみてぇラギ」

    ( ><)「あの、晩飯って……」

    (,,゚Д゚)「あ?これが今夜の晩飯だよ」

    ( ><)「健康に悪いメニューにしか見えませんけど……」

    (,,゚Д゚)「いいか、いつ弾が飛んできて死ぬかは誰にも分からねぇだろ。
        だったら、健康なんて気を遣うだけ時間の無駄ラギ。
        好きな時に好きな物を食べて飲む、これが一番ラギよ」

    ビロードは少し考え、意見を口にする。

    ( ><)「でも結局、早死にしては仕方がないんじゃないでしょうか」

    (,,゚Д゚)「早死にしたら、その時はその時ラギ。
        自分の好きなように生きて死ぬんだったら、それでいいラギ。
        じいさんになってから好きに生きなきゃならねぇなんて、それこそ時間の無駄ラギ」

    ( ><)「長生きすることで得られる幸せもあると思うんです」

    (,,゚Д゚)「ま、考え方は人それぞれラギ。
        無理強いはしねぇよ。
        何か他に喰いたいもんがあるんなら、自分で頼めばいい。
        俺は美味いスコッチが飲みてぇラギ」

    深緑色のボトルを手に取り、トラギコはそれをグラスに並々と注いだ。

    (,,゚Д゚)「そういや忘れてたが、お前は何を飲むラギ?」

    ( ><)「同じのを飲みます。
         じゃあ、ダブルで」

    ビロードの注文通りの量を注ぎ、手渡した。
    彼のグラスと己のグラスをぶつけて先に乾杯の合図を済ませる。
    手に持ったグラスの中にある琥珀色の液体が、店の証明を反射してキラキラと輝いている。
    口元に運ぶと、独特の煙の香りがトラギコの鼻腔に届く。

    芳醇な香りがただならぬ美味さを予感させる。
    一口、ほんの少しだけ口に含んでゆっくりと飲む。
    鼻から息を吐いて、改めて、突き抜ける煙の香りに恍惚とした。
    同じく一口飲んだビロードは、その香りにむせていた。

    (,,゚Д゚)「いい酒ラギ」

    (;><)「よっ、よくこれ飲めますね……祖父の薬の匂いがします……」

    (,,゚Д゚)「まぁそう言う奴もいるラギ。
       ブランデーでも飲むか?」

    ( ><)「あまり度数の強いのは苦手で……」

    (#゚Д゚)「手前、そういう大事なことは先に言うラギよ!
        何も言わねぇから飲めるかと思っただろ。
        ったく、ほら、新しいの頼め。
        それは俺が飲むラギ」

    (;><)「い、いいですよ」

    (,,゚Д゚)「うるせえ、寄越せ」

    メニューを強引に押し付け、ビロードの手からグラスを奪う。
    無理に飲んでも意味がない。
    酒は楽しんで飲むことにこそ意味があるのだ。

    (,,゚Д゚)「酒っていうのは、楽しむために飲むもんなんだよ。
        覚えておくラギ」

    机に置かれていたベルを鳴らし店員を呼ぶ。
    店員はメニューを抱え、すぐに表れた。

    (,,゚Д゚)「好きなのを頼め。
       いいか、遠慮するなよ」

    ( ><)「じ、じゃあ……サケを冷で。
         炙ったあたりめに七味とマヨネーズを添えて下さい」

    店員は少しだけ驚いた表情を見せたが、すぐに笑顔を浮かべて注文を繰り返した。

    Ie゚U゚eI「サケの冷とあたりめですね。
         御猪口はいくつお持ちいたしますか?」

    (,,゚Д゚)「二つだ。
       サケは二合で頼むラギ。
       後、俺に水をくれ」

    そう答えたのはトラギコだった。
    ビロードが注文をするよりも早く彼のグラスは空になっていた。
    トラギコはビロードについての認識を更新することにした。
    彼は、酒の楽しみ方を知っている。

    ただ、それを表に出さないだけなのだ。
    何ともまどろっこしい男だが、少しだけ気に入った。

    サケは米を原料とした酒で、極めて特殊な種類の物だ。
    まず、この酒だけは量を数える時に特殊な単位を用い、特殊な容器――徳利と御猪口――を用いて飲むのが作法とされている。
    ほとんどの種類が無色透明ではあるが、その飲みやすさは比類なきものがあり、上等なサケともなるとまるで水のように飲むことが出来る。
    このサケは驚くほど野菜と魚との組み合わせの相性がよく、気が付けば一瓶を飲み干していることがよくある。

    難点を一つ上げるとするならば、質が悪い物を飲むと悪酔いすることと驚くほど高価で製造に手間がかかること事ぐらいだ。

    (,,゚Д゚)「サケが好きなのか」

    ( ><)「はい、父の影響で。
         すみませ」

    (,,゚Д゚)「謝るな。
        いいか、俺が好きなのを遠慮なく頼めって言ったんだ、謝る必要はねぇラギ。
        だが、いい趣味をしてるんだな、お前の親父は」

    ( ><)「そ、そうですかね」

    少しだけ恥ずかしげにそう答えたビロードは、上目遣いにトラギコを見た。
    まるで子供のようなその仕草に、トラギコは深い溜息を心の中で吐いた。
    この男の家庭環境が容易に想像でき、そして不憫に思えてしまったのだ。

    (,,゚Д゚)「あぁ、いい趣味ラギ」

    だから、こうして彼が望む答えを口にしてしまったのだと、トラギコは自分に言い聞かせることにした。
    まるで歳の離れた弟のような男だ。

    Ie゚U゚eI「お待たせいたしました」

    ほんの数分で店員がサケと肴、そして水を持ってやって来た。
    徳利と呼ばれる小さな容器はサケで満たされ、御猪口と呼ばれる小さなグラスが二人の前に置かれる。
    徳利をビロードよりも早く手に取り、彼の御猪口に適量を注ぐ。
    徳利を置くと、次はビロードがトラギコの御猪口に適量を注いだ。

    これがサケの作法だ。
    以前、書籍で読んだことがある。
    サケと酒は作法が異なり、また、その価値観も大きく異なると。
    酒は自分が楽しむために飲むのであって、サケは相手が楽しむために飲むのである、と。

    水を飲んで口の中にあるウィスキーを全て洗い流し、胃袋へと落とし込む。
    サケは繊細な味と香りが主役であるため、より強い香りと味を持つウィスキーの存在が口の中に残っているのは問題外なのだ。

    (,,゚Д゚)「じゃあ、改めて乾杯ラギ」

    ( ><)「は、はい!」

    小さな御猪口を軽くぶつけ、同時に口にサケを含む。
    甘い香りが口中に広がるが、口当たりはまるで水だ。

    (,,゚Д゚)「ほう」

    ( ><)「あぁ、これはいいサケですね」

    二人で改めて酒を堪能していると、跫音が二人の前で止まった。
    二人分の跫音の正体は確認するまでもない。

    〈::゚-゚〉「お楽しみのところ失礼するよ。
        さっきの賭け、あれは見事だったな」

    サングラスとブーニーハットを被り、シャツとカーゴパンツを履いたイシ・シンクレア。
    砂漠観光客そのものの恰好に、思わず吹き出しそうになってしまう。
    見事な溶け込み具合だ。

    ( ´W`)「是非話を訊きたいんだが、いいかな?」

    グレーのスーツを着崩し、ビールジョッキを持つのはシラヒゲ・チャーチルだ。
    こちらもカジノを楽しむ人間といった風貌で、この場に溶け込んでいる。

    (,,゚Д゚)「ああ、勿論いいさ」

    L字型のソファ席に二人が腰かけ、盃をぶつけ合う。

    ( ´W`)「砂漠の旅はどうだった?」

    意地が悪そうに口元を吊り上げながら、シラヒゲがトラギコの目を見て言った。
    答えは分かり切っているのに、あえてそれをトラギコの口から出させようというのだ。
    趣味の悪い話である。

    (,,゚Д゚)「途中で道が塞がっていて、バイクを捨てるところまでは順調だったラギ」

    ( ´W`)「道が?グレートロータスのか?」

    これはシラヒゲも知らない情報だったようで、素直に驚きの感情を表に出していた。
    流石にそこまで手回しはしていなかったことに安心したが、最盛期のシラヒゲならばやりかねない事でもあった。
    彼が嘘を吐いている可能性も無きにしも非ず、という事で心にとどめておくことにした。

    (,,゚Д゚)「あぁ、残念だが事実ラギ。
       そっちは?」

    ( ´W`)「全て順調だ」

    シラヒゲは喉を鳴らしてビールを飲み、ジョッキを瞬く間に空にした。
    そして、トラギコとビロードの目を交互に見て、前屈みの姿勢になってから頷いた。
    これから本題に入るようだ。

    ( ´W`)「あの賭けのおかげで、お前のファンが出来ているみたいだ。
        この調子で有名人になるつもりはあるか?」

    (,,゚Д゚)「最初からそのつもりラギ。
       正直、ここで賭けをしていてもあまり儲からなさそうだからな。
       その内声がかかるのを待つが、長くなりそうなら方法を変えるラギ。
       そっちは?」

    ( ´W`)「こっちはカジノ以外の商売を楽しむつもりだ」

    違法カジノに手を出している組織があるとしたら、カジノ以外の方法にも手を染めていると考えるべきだ。
    売春や薬物の売買、他にも非合法的な事に手を伸ばしていれば、そこをきっかけにカジノの存在に辿り着ける。
    どちらがより近道なのかは、今の段階では分からない。
    しかし、手広く一つひとつの可能性を試してみるしかない。

    (,,゚Д゚)「パーティーは、相手を見つけてからか?」

    ( ´W`)「ある程度目星をつけてからだ。
        イシ、あれを渡してやれ」

    〈::゚-゚〉「ほら、これをやるよ。
        俺は使わないからな」

    静かにグラスを傾けていたイシが懐から小さなカードを取り出し、さりげなくトラギコに渡した。
    薄いが、金属で作られているのは分かる。
    ただ、銀色に輝くカードの表面には幾何学模様が刻印されているだけで、文字などは一切書かれていない。

    〈::゚-゚〉「予算不足になった時に使うと良い」

    (,,゚Д゚)「これは?」

    〈::゚-゚〉「ヴェガのVIPPERカードだ。
        大切にしろよ」

    VIPPERカードはヴェガでのみ使用することのできる信用証明書のようなもので、発行するためには市長の直接的な許可が必要になる。
    つまり、このカードを所有する人間は市長からの信頼を得るに足る人間であり、財力を有していることを意味するのである。
    ヴェガが認めている全てのカジノでこのカードを使用し、現金を持っていなくてもチップを借り入れられることが出来る。
    万が一その日の内に借り入れたチップ分の金が返せなくても、このカードがあればカジノへの支払いはヴェガが立て替えることになっているのだ。

    無論、最終的にはヴェガにその金を返さなければならないが、そもそもそのような事をする人間にこのカードは発行されない。
    話には聞いていたが、実物をこうして手にするのは初めての事だった。

    (,,゚Д゚)「どうやってこれを手に入れたんだ?」

    〈::゚-゚〉「俺達は友好的な人間だから、市長とは仲良しなのさ。
        ってのは冗談として、市長から捜査の役に立ててくれって長官がもらったらしい。
        俺達は使わなそうだからな」

    (,,゚Д゚)「ありがとよ。
       俺はこれからもう少し賭けをしていくが、そっちは?」

    二人は肩を竦め、ニヒルな笑みを浮かべてイシが答えた。

    〈::゚-゚〉「とりあえずは、娼館だな」

    娼婦たちは街の裏側についてよく知る優秀な情報源だ。
    表立っての売春は許可されていないが、黙認されている彼女達を取り扱うのは当然、裏社会の人間達になる。
    そして彼女達は雇い主と客の両方から情報を得て、驚くほど緻密な繋がりを用いて共有をしていく。
    彼女達も商売人であるため、その情報を悪戯に流布することはない。

    しかし、金を掴ませれば口の軽い女は簡単に情報を口にする。
    一見の客に情報を流すことはしないが、裏を返すなどして信頼を勝ち取る事が出来れば、後は時間の問題だ。

    (,,゚Д゚)「性病に気を付けろよ」

    ジュスティアにも娼館はあるが、非合法であるために発見され次第すぐに閉店に追い込まれている。
    無論、全ての店を消し去るようにと指示を出しているのは市長で、警察内の対策部署は意図的に数軒見逃し、住民が欲望を発散する場所の確保と女たちの収入減を守っている。
    これは署内の中でも一部の人間だけが知っている話で、ビロードは確実に知らない話だ。
    むしろ、彼は女を買ったこともないだろう。

    〈::゚-゚〉「あぁ、駄目になった時は慰めてくれるよな?」

    (,,゚Д゚)「冗談じゃねぇラギ。
        自分の右手に頼めよ」

    ジョークを言い合い、今後の動きについての確認が取れた。
    後は、どれぐらいの頻度で連絡を取るか、だ。

    (,,゚Д゚)「また会えるラギか?」

    〈::゚-゚〉「あぁ、二日後にまたここにこの時間、でどうだ?」

    イシが差し出して見せてきた腕時計の針は、夜の九時半を示していた。
    二日後の九時半、時間で言えば、四十八時間の中でどれだけ違法カジノの尻尾を掴めるかが試される。
    のんびりできる余裕はない。

    (,,゚Д゚)「二日後だな。
       分かった。
       今日は良い時間を過ごせたよ」

    〈::゚-゚〉「それじゃあ、邪魔をしたな」

    何事もなかったかのように二人は席を立ち、客の中に消えて行った。

    ( ><)「僕の事は言わなくて良かったんですか?」

    (,,゚Д゚)「あ?言う必要ないだろ。
       それとも何か、心配してもらいたいのか?かまってちゃんの餓鬼が、手前は」

    (;><)「そ、そういうわけじゃ」

    (,,゚Д゚)「なら、いいんだよ。
        手前は何もしくじってない、それでいいじゃねぇか。
        後は結果で示せばいいラギ」

    サケを注いで、一口で飲む。
    甘い中にも舌に感じる刺激が面白い酒だが、どうにもトラギコはこちらよりもウィスキーの方が性に合っているようだ。
    バッファローウィングを素手で掴んで黙々と食べ、ウィスキーを飲む。
    味の濃い肴がよく合う。

    骨に着いた僅かな肉と軟骨を丁寧にしゃぶり取り、再び酒を飲む。
    次々とバッファローウィングを胃袋に収め、最後は指に大量に付いているソースを舐め取った。

    (,,゚Д゚)「ふぅ、悪くねぇな」

    この肴は日本酒には絶対に合わない。
    繊細な味を香辛料と調味料で完全に殺すだけでなく、あの甘みと喧嘩することは間違いない。

    ( ><)「綺麗に食べるんですね、トライダガーさんって」

    (,,゚Д゚)「鳥の骨に残った肉と軟骨が美味いラギよ」

    他愛ない話をしながらも、トラギコの視線は店内に向けられていた。
    先ほど、シラヒゲが言っていたファンを探しているのだ。
    ファン、とは勿論文字通りのファンではない。
    トラギコの持っているチップを目当てにしている追剥のような、賭博に負けて虫の居所が悪い馬鹿か、裏のカジノに勧誘するに足るかを観察している手合いか、だ。

    それを見極める最も簡単な方法は、彼らがどこで何をしているか、である。
    レストランに入らずに待ち伏せをしているようであれば前者であり、レストランで食事をしているのであれば後者だ。
    とは言え、いるかも分からない人間に気を遣い続けるのも馬鹿馬鹿しいので、トラギコは食事を続けた。
    ハギスにスコッチをたっぷりとかけて、それを頬張る。

    この独特の風味と味が、スコッチにはよく合うのだ。

    十時半。
    空腹を満たした二人はカジノ内を腹ごなしがてら歩いていた。
    酒が回っているのか、ビロードの足取りは若干危ういところがあった。
    二人は今、三階のルーレットコーナーにいた。

    ルーレットのルールはシンプルだが、ディーラーが玉を操作できるという問題があるため、ここでは勝負をするべきではないのは明らかだった。
    事実、トラギコ達が見ている前で堂々と操作が行われていた。
    熟練のディーラーともなれば、高速で回転するルーレットの任意のポケットに玉を入れるのは当然持っている技術の一つなのだ。

    (,,゚Д゚)「……稼ぐなら、後はポーカーラギね」

    階段を使って一階に降り、ポーカーのゲームを観戦する。
    手前のテーブルで丁度ゲームが始まったところだった。
    慣れた手つきでホールカードが二枚ずつ配られ、皆がチップを指で弄び始めた。
    ディーラーは不正行為防止のために残されたカードを鮮やかな手つきでシャッフルし、一番上のカードを周囲に見えないよう机の下にあるシュレッダーに入れて処分した。

    席を囲む六人の中で、最も外見の若い男が開始の合図を口にした。

    ('A`)「十ドルにしておくよ」

    まずはスモールブラインド――最初に強制的にチップを賭ける人間――の役を担う男がチップを積む。
    続いて、ビックブラインド――二番目に強制的にチップを賭ける人間――の役を担う男が二十ドルチップを積んだ。
    よくある流れに、一瞬だけ平凡な試合展開を予想したが、トラギコのうなじが逆立ってそれを否定した。
    何かが起こる、そんな試合を予感させた。

    川 ゚ 々゚)「コール――直前の人間と同額を賭ける――するわ」

    アンダー・ザ・ガン――三番目に賭ける人間――の女が十ドルチップを二枚置く。
    結局、続く人間は二十ドルでコールをすることになり、スモールブラインドの男の順番となった。
    通常であれば、ここは他と同額にするために十ドルを払ってプリフロップ――最初の賭け――を終わらせるのが定石だ。
    だが、そんな空気を一気に切り替えたのは、スモールブラインドの男だった。

    ('A`)「じゃあ僕はレイズ――賭け金の上乗せ――しようかな。
       五百だ」

    そこで、観戦していた人間達が一気にざわめいた。
    男はここで最小の賭け金を五百ドルに設定し、雑魚、もしくは金のない人間を排除する行動に出たのである。
    これは己の手札がこの段階で強いことをアピールする手段であるが、同時に、自分の手札が弱いことを悟られないためのブラフの効果も持ち合わせている。

    (;゚д゚ )「くそっ、フォールド――賭けから降りる――だ」

    (;´_ゝ`)「ちっ、降りる」

    初手から五百ドルにレイズする行為は、無謀とも言えるし、それだけ勝算があるからとも捉えられる。
    これは面白い試合になりそうだった。
    一瞬にして場には二人だけとなり、試合が幕を開けた。
    ポット――蓄積された賭け金――は千百ドル。

    コミュニティカード――場に公開されるカード――が三枚、テーブルの中央に出される。
    スペードのキング、スペードの9、そしてハートの3だった。
    この段階ではまだ役に立ちそうもない組み合わせだった。
    だが場に残った二人の男――もう一人は勝負に乗った壮年の男――は表情を崩さず、ボードに置かれたカードを冷静に見つめている。
    手札との組み合わせではブタにしかならなそうだが、彼らは間違ってもそれを悟られないように表情を殺している。

    (,,゚Д゚)「ビロード、試合を見る余裕はあるラギか?」

    (;><)「あ、あります……大丈夫……です」

    (,,゚Д゚)「コーヒーでも飲んでそこで座って見てろ。
       面白くなるぞ、この試合」

    若い男は傍らに置かれたチップの山を無作為に摘まんでは戻し、相手の集中力を削ぐ音を鳴らす。
    青年と言ってもいいほどの外見だが、その冷静さは見た目以上の年齢を思わせた。
    そして青年は相手の出方を窺うための言葉を、微塵の動揺も感じさせない静かな声で告げた。

    ('A`)「チェック――賭けをせず、相手の出方を窺う――しようかな」
     _、_
    ( ,_ノ` )y━・~「ベット――賭け金を出す――だ」

    受けて立った男は、百ドルチップを二枚場に置いた。
    極めて堅実な張りだ。

    ('A`)「レイズ」

    青年はそれを見て再び賭け金を五百ドルに吊り上げ、壮年の男はコールをした。
    これでポットの金額は二千百ドル。
    まだ二巡目が終わったところでそこまで凄まじい賭けという状況ではないが、まだ何かが起きそうな予感は一向に薄れなかった。
    小さな炎はやがて大火へと変わるのだ。

    ターン――三巡目――が訪れ、四枚目のカードが開示される。
    スペードのジャックだった。
    青年は満面の笑みを浮かべ、指先で弄んでいたチップの一山を目の前に差し出した。

    ('A`)「ベットしよう。
      五千ドル」

    場が動いた。
    五千ドルと言えばかなりの大金になる。
    それをこのタイミングで出すという事は、彼の手札にあると予想されるカードの組み合わせはストレート、もしくはストレートフラッシュである可能性が高かった。
    無論、はったりであることの方が多い世界であるため、相手をこの試合から降ろすことが目的の金額かも知れない。

    しかし、男はテーブルの端を指でリズミカルに叩いて、チップを出した。
     _、_
    ( ,_ノ` )y━・~「レイズ。
           七千ドルだ」

    ('A`)「なら、僕はコール」

    合計一万六千百ドルのポットとなり、一気に緊張感と熱がトラギコの頬を撫でた。
    面白い。
    実に面白い試合だった。
    ビロードも酔いが醒めたのか、息を飲んで展開を見守っている。

    リバー――最終四巡目――のカードは、ダイヤの2だった。
    そこで初めて、青年が押し黙って手札とボードのカードとを見比べ、溜息を吐いた。

    ('A`)「……降りるなら今の内だけど?」

    その挑戦的な一言を浴びた壮年の男は、だがしかし、くすりともせずにその提案を無視した。
     _、_
    ( ,_ノ` )y━・~「それはこっちの台詞だ、ボウズ」

    ('A`)「いいの?勝負をするなら、本気でいくよ?」
     _、_
    ( ,_ノ` )y━・~「ははっ、やってみろよ」

    ('A`)「なら、勝負しようか。
       オールイン――所持しているチップを全て賭ける――三万ドルだ」
     _、_
    (;,_ノ` )「なっ!?」

    三万ドル。
    それは、容易に失う事の出来ない大金だ。
    ポットにある金も大金だが、ここで降りれば悪戯に金を失うだけになる。
    しかし、勝負に乗れば更に大きな額を失いかねない。

    男は沈黙し、深く呼吸をした。
    彼の傍らに積まれたチップはギリギリ三万ドルを出せるだけありそうだが、後は、度胸がいる。
     _、_
    (;,_ノ` )「コ……コール!!」

    男は絞り出すような声で叫び、チップを出した。
    ディーラーは双方を見て、静かに己の仕事を実行した。

    「ショーダウンです」

    二人の手札が開かれ、歓声と悲鳴が上がった。

    壮年の男の手札はスペードの7と6のフラッシュ。
    青年の手札はスペードの10とクィーン。
    即ち、ストレートフラッシュ。
    勝敗は一瞬で決し、一人は夢を得て一人は夢を奪われた。

    ('A`)「だから言ったのに」

    チップを全て手元に集めて、青年はそう言った。
    負けた男は頭を抱えて悶絶しているが、近くにいた観客たちはその度胸と潔さに拍手と励ましの言葉を送った。
    客の中には男の健闘を現金で称える者までいた。
    これがヴェガの誇るエンタテインメントであり、恐ろしさでもある。

    一夜の内に全てを得るか、それとも失うか。
    ほんの一回の判断ミスでこの有様だ。

    (,,゚Д゚)「……ビロード、何か気付いたことはあるラギか?」

    (;><)「え?あ、ポーカーって面白そうだなって……」

    (,,゚Д゚)「そうか」

    ――どうやら、気付いた人間はトラギコだけの様だ。
    あの勝負で、イカサマがあったことに気付いたのは。

    ホテルに戻った時には日付が変わり、ビロードはすぐにベッドで爆睡した。
    トラギコはポーカーで行われたイカサマ行為について、素直に感心していた。
    あれは組織的なイカサマで、かなり慣れた手つきだった。
    よほど警戒して監査していなければ見過ごしてしまうほど、その動きは洗練されていた。

    イカサマを仕掛けたのは青年とディーラーだった。
    仕掛けは極めて単純だが、あの熱がそれを巧みに誤魔化したのである。
    青年はチップを指で弄んでいるように見せかけ、その音と仕草でディーラーに合図を送っていたのである。
    それを受けてディーラーはカードを操作し、ストレートフラッシュを完成させたのだ。

    恐らく、最初に二枚のカードが配られた時点で手札を知らせ、ディーラーが理想の展開を作り上げたのだろう。
    あの二人がグルだとしても、トラギコはそれをカジノに報告するつもりはなかった。
    むしろ、好機と捉えた。
    カジノ内に仲間を作るためにはかなりの人脈、そして力が必要になる。

    あの青年が仕掛け人だとすれば、なかなか見どころがある。
    いい悪党になるだろう。
    特に、この賭博の街においては英雄に近い悪党になる。
    そんな男ならば、違法カジノについて何かしらの情報を持っているはずだ。

    あれだけの大勝をしたのだからラグジュアリーカジノにはしばらく出現しないと考えると、他のカジノにいる可能性が高かった。
    今回はカジノが賭けの最小金額をかなり細かく設定していたため、あまり大きな勝負にはならず、イカサマをしてまで勝とうとする人間は少数だ。
    合法カジノの中で最も賭け金の高いエクスペカジノであれば、あの何倍もの勝負になるだろう。
    そうすると、自然とイカサマを駆使して勝とうとする人間が生まれてくるのだ。

    ならば、そこに一枚噛ませてもらおう。
    そうすれば、トラギコの目的が早期に達成される見込みが高まる。

    水をグラスに注いで二杯飲み、溜息を吐く。
    しばらくは頭を使う仕事が続くが、ある程度巣が分かれば力仕事になる。
    まずはビロードが仕事の役に立つように訓練をしなければならないのが、当面の課題となる。
    この男が得意とする賭博が何なのか、それを見定めることが出来れば課題を攻略するのは容易だが、そうそう上手くいくものとは思えない。

    明日の朝から適当なカジノに向かわせ、適性を自分で判断させるのがいいだろう。
    三杯目の水を飲んで、トラギコはベッドの上に横になった。
    瞼はすぐに落ち、深い眠りが訪れた。

    * * *

    夜が明け、トラギコの姿はチェーン店のバーガーショップにあった。
    遅めの朝食はハンバーガーとコーラ、そしてコールスローのモーニングセットだった。
    味は平凡、価格は安価。
    一応、衛生面などは大手の店と言う事もあって安心は出来た。

    安い薄い合いびき肉が安いバンズに挟まれ、何とも安い味をしている。
    ヴェガにまで来て食べるような食事ではないが、提供されるまでの時間が短い事と、とにかく安く腹を満たせることからこの店を選んだのであった。
    そして、この店はモーニングセットを頼むと朝刊が読めるという特典も選んだ理由の一つだった。
    今朝、トラギコは五千ドルをビロードに渡し、夕方に一度ホテルで合流することだけを取り決めてそれぞれ別行動をとることにしていた。

    別れて行動すればそれだけ情報が手に入りやすいことと、ビロードが自分の力で適性を見出す事を狙っての選択である。
    軍資金五千ドルをどう使い、どう増やすのかが見ものだ。
    食事をしつつ、新聞に目を向ける。
    相変わらず世界で起こる凶悪事件に対して、マスコミは勝手な予想と私見を織り交ぜた記事を書いていた。

    小説やラジオドラマのように簡単に犯人が捕まえられれば誰も苦労はしないし、毎年殉職する警官も出てこないのだ。
    犯人の予想や捜査で得ている情報を嗅ぎ付け、それを記事にする姿勢もまるで変わる様子が無い。
    彼らのせいで犯人の警戒心が強まり、捜査が難航することが多々ある。
    秘密裏にマークしていた容疑者をマスコミが嗅ぎ付けた時には、しばらくの間その記者をジュスティアの留置所に送り込んだこともある。

    新聞を畳み、机の端に放る。
    紙ナプキンで口元を拭い、カップの底に残ったコーラを飲み干してから席を立った。
    店の外を吹き抜ける風は涼しかったが、日差しは相変わらずきつい。
    シャツの袖を捲り、ジャケットを肩にかけて歩き出した。

    朝十時の空は突き抜けるような青さで、白い入道雲がいくつも空に浮かび、地平線にもその姿が見られた。
    夏の空模様だった。
    まず、トラギコは預けていた昨夜の儲けを受け取るためにラグジュアリーカジノに向かった。

    「いらっしゃいませ」

    受付に立つ男は笑顔でトラギコを迎え入れた。
    例え昨夜、トラギコがディーラーの仕組んだイカサマを逆手に取ってイカサマをした人間だと分かっていても、証拠がない限り彼らは笑顔でトラギコを迎えるしかないのだ。

    (,,゚Д゚)「昨日預けた金を返してもらいたんだ。
        トライダガー、って名義ラギ」

    「こちらのカジノでご利用ですか?」

    (,,゚Д゚)「いや、エクスペカジノに行くラギ」

    「かしこまりました」

    恭しく頷いた男はカウンターの下で何かを操作し、すぐに笑顔を浮かべて半透明のチップを手渡した。

    「こちらがお客様のチップになります。
    向こうのカウンターにお渡しいただければ、お客様がお預けになったチップが渡されます」

    (,,゚Д゚)「分かった。
        ありがとよ」

    立ち去ろうとしたトラギコを、男の声が止めた。

    「それと、お客様」

    (,,゚Д゚)「あん?」

    男は相変わらずの笑顔を浮かべたまま一言だけ口にした。

    「お客様に限り、ラシャン・ルーレットのレートを一千倍にするとオーナーからの伝言です」

    (,,゚Д゚)「ははっ、気が向いたらな」

    やはりあの勝負が原因で、トラギコはカジノの中でマークされたようだ。
    良きにしろ悪きにしろ、目立ったのであれば目的が達成されたことが分かる。
    賭博に関する噂はすぐに広まり、そしてすぐに誇張される。
    後はそれがどこまで浸透するのかが楽しみだった。

    エクスペカジノは大通りを隔ててラグジュアリーカジノの斜向かいに佇む、二階建ての巨大な白い建物だった。
    ここがヴェガで最も賭け金の最低金額が高く、配当の率も高いカジノだ。
    ここで大勝すれば間違いなく街中のカジノに名が知れ渡る。
    となると、絶対に勝つことができる賭博を選ばなければならない。

    まずは店に入り、チップを交換する。
    すぐに一万五千ドル分のチップは専用のケースに入れて渡され、フロントに置かれたフロアマップを見た。
    ここはラグジュアリーカジノよりも低い二階建てだが、フロア自体の広さは決して引けを取らず、賭けの種類も豊富だ。
    天井の高さで言えば、こちらの方が倍近い高さがある。

    しかし朝という事もあって、客はまばらで賑わいに欠けていた。
    賭け金の上限が最も高いのはやはり、ポーカーだった。
    だがポーカーは人数が集まらなければ得られる金が少なくなってしまう。
    客が増えるまでの間は様子見をするべきだろう。

    近くにあったカウンターバーに立ち寄り、ウィスキーのソーダ割りを注文した。
    来店して一杯目は無料との事を聞き、次にこの店に来る時には高級な酒を頼もうと決めた。
    ポーカー以外の賭博で目を引いたのは、丁半と呼ばれるものだった。
    サイコロを二つツボと呼ばれる小さな筒に入れ、出た目の数が偶数か奇数かを当てる賭博だ。

    偶数を丁、奇数を半と呼ぶのがこの賭博独自のルールである。
    レートは一対一が原則であり、賭けをする人間の人数が揃っていたとしても、丁半共に賭ける人間がいなければ成立しないという、少し変わった面もある。
    賭けた分だけ手元に来るのは儲けが少なそうに見えるが、ポーカーと違って勝者は一人とは限らず、手堅く賭けていけば確実に金を増やせる賭博だ。
    サイコロと筒があればどこでも出来る賭博であるため、場末の賭博場でよく開かれており、こうした高級なカジノではなかなかお目にかかれない種目だった。

    この店独自のルールにも目を通し、トラギコはこの賭けに興味を持った。
    酒を片手に、丁半賭博のテーブルへと向かった。

    「さぁ、張った張った!」

    威勢のいい声が聞こえてきた。
    静かなジャズの流れる店内には不似合いな野太い声は、丁半賭博のテーブルから響いていた。
    その熱気あふれる声の主は、上半身裸の男だった。
    客達よりも一段高い席に座り、ツボを手で押さえて彼の前に座る客達を睨みつけるようにして見回し、声を出して賭けを募る。
    賭けに参加しているのは十人の男女だった。

    「丁半駒揃いました!では、勝負!」

    ツボが取り除かれ、サイコロの目が開帳される。
    四と三、半だ。

    「シソウの半!」

    チップが移動し、溜息や歓声が上がる。
    その熱気を見て、金を増やす程度に参加することを決めた。
    あの熱気の中であれば、多少勝ち続けたとしても、問題はないだろう。

    (,,゚Д゚)「俺もいいラギか?」

    「勿論。
    ささ、お座りくだせぇ」

    席に着くと、ツボ振りと呼ばれるディーラーがすぐに賭けを始める。
    ツボの中に何もないことを見せつつ、サイコロが正常であること、そして彼の手の中にサイコロが二つだけある事を見せつける。

    「よござんすね?」

    全員が頷く。
    そしてツボ振りがサイコロをツボに投げ入れ、中で上手く回転させてから客の前に置いた。
    サイコロの姿はツボで隠されていてまるで見えない。

    「さぁ、張った張った!」

    丁半を募る。
    ここからがこの店独自のルールになる。
    普通であれば丁半の数が大体同数になるように調整が入るのだが、ここでは丁半がいさえすれば、人数は関係なく勝負が始まるのである。
    そして、負けた人間は賭けた金の二倍を支払うことになる。
    支払えない場合は、店が非常に良心的なレートで金を貸し出してくれることになっていた。

    テーブルに描かれた丁半を示す位置にチップを置いて、己の意志を表す。

    「丁半駒揃いました!」

    トラギコは丁に五百ドル賭けていた。
    この賭け金は下限の金額であり、上限は一万ドルとなっていた。
    まずはツボ振りの腕を見るための張り。
    見極めるのは次の一戦からだ。

    丁に賭けているのはトラギコを含め、四人。
    残りの七人は皆半に賭けている。

    「勝負!」

    ツボが退けられ、サイコロが姿を現す。

    「グサンの丁!」

    賭けられた金額に応じ、各々がチップを受け取り、奪われた。
    参加者の増減がない事を確かめてから、ツボ振りは素早く次の賭けを始める。

    「よござんすね?」

    ツボとサイコロの確認を済ませ、再びツボが振られた。

    「さぁ、張った!」

    賭場の熱に当てられた者達が丁半を口にしつつ、チップを積んでいく。
    覚悟を決めた様子で五千ドルを積んだ男の目は血走り、興奮状態にあった。
    男が賭けているのは半だった。
    それに感化されたのか、他の客達もチップを上乗せして大勝を夢想した。

    トラギコはその熱に流されることなく、再び五百ドルを丁に賭ける。
    丁は六人、半は五人だった。

    「勝負!」

    緊張の一瞬。
    ツボ振りはゆっくりとツボを退け、結果を見せつける。

    「ピンゾロの丁!」

    方法はまだ分からないが、このツボ振りが細工をしているのは間違いなかった。
    大張りはタイミングを見計らってやるしかない。
    更に熱気が増し、参加者たちの賭け金が一気に高騰していく。
    手堅く賭けて行くと思われたスーツの男が、上限である一万ドルを賭けた。

    男が賭けたのは丁。
    その賭けに呼応してか、更に六人が丁に賭ける。
    腰に短刀を携えた監視役に悟られないよう、トラギコは覚悟を決める。

    続く第三戦。
    トラギコは一千ドルを半に賭けた。

    「サブロクの半!」

    一気に多額のチップが動く。
    読み通りだ。
    ツボ振りの仕事は詰まる所、カジノを儲けさせることにある。
    ここの独自ルールでは賭け金の具合によってはカジノ側が赤字になってしまう。

    だがそれは正々堂々とした賭けをしていた場合に限る話だ。
    絶妙なところで調整が入り、カジノが黒字になるように仕組まれていれば長続きする。
    その最良の方法は、厚く張った側から搾り取る事だ。
    賭け金を見てカジノ側が最終的に得る金を計算し、不自然さのないように駆け引きをしていくのだ。

    そのタイミングを見極める事が出来れば、トラギコは漁夫の利を得ることが出来る。
    だがそれでは意味がない。
    相手の予想を裏切る勝利を得てこそ、意味があるのだ。

    元金は五百ドルだったが、今は二千ドルに増えた。
    これで勝負を挑むには、今、この場はあまりにも熱くなりすぎている。
    仕方がないと諦め、トラギコは四戦目に参加することにした。

    「よござんすね!」

    その一瞬、ツボ振りの目がトラギコの目を確かに見た。
    マークされた、と直感でトラギコは悟った。
    次に大張りをした場合、トラギコは負ける。
    この男はそれが出来る。

    「さぁ、張った張った!」

    厚く張りたいところだが、目を付けられたらそうもいかない。
    負けると分かっている勝負に乗るのは愚の骨頂だ。
    だが、必要があればその勝負に乗るべきだ。
    周囲が千ドル以上の張りを続ける中、トラギコもその流れに合わせて二千ドルを半に賭けることにした。

    「勝負っ!ロクゾロの丁!」

    そして出た答えは、トラギコの予想通りだった。
    再びトラギコは二千ドルを獲得する。
    今の勝負でツボ振りのところに流れて行った金は一万五千ドル。
    ツボ振りの傍に積まれたチップの数を計算すると、少なく見積もっても十万ドル以上はある。

    つまり、それがそっくりそのままカジノ側の儲けとなるわけだ。
    客とカジノ、最終的に勝つのはいつだってカジノなのだ。

    (,,゚Д゚)「なぁ、そろそろ漢を見せないラギか?」

    トラギコは先ほど大張りをした男達を見て、そう言った。

    (,,゚Д゚)「あんたらが漢を見せるなら、俺は次に一万ドルを賭けるラギ。
       どうだ?」

    「……いいだろう、面白い」

    「ははっ、いいねぇ」

    そして場の熱は他の博徒にも伝染し、灼熱の賭場へと変貌させる。

    「私も乗るわ、女だけどね」

    「こういうノリ、嫌いじゃないねぇ」

    明らかにツボ振りの顔が青ざめ、動揺の色が浮かぶ。
    それもそうだ。
    参加した人間が全員一万ドルを賭けた大勝負に出ると宣言したのだから。
    十一万ドルが動く大勝負。

    不正行為が発覚した時のリスクなどを考え、ここでは運否天賦の博打をしなければならなくなる。
    イカサマ抑制の大勝負に対して、このツボ振りは監視役に目で指示を求めたが、監視役は無表情に徹してそれを黙殺した。
    後はツボ振り次第だと分かり、トラギコは視線を彼に集中させた。
    他の博徒達もツボ振りへと視線を向け、大勝負の開始が宣言されるのを待つ。

    「よ、よござんすね!」

    「よし来い!」

    体を震わせるほどの熱気。
    勢い。
    ツボ振りはそれに気圧されるような形でサイコロをツボに入れ、投じた。
    ツボの下にあるサイコロはすでに答えを出し、解放の時を待っている。

    後は、その数字が奇数か偶数かを当てればいい。
    確率は二分の一。
    得られる金額は一万ドル。
    失う金額は二万ドル。

    周囲の博徒たちはやはりというか、当たり前のように他の人間の出方を窺っている。
    そう易々と二万ドルを失うわけにはいかないという、当たり前の思考がそうさせるのだ。

    (,,゚Д゚)「言い出したからには、張らせてもらうラギ」

    そして、トラギコは一万ドル分のチップを丁に賭けた。
    残り十人。

    「では、私もいこう。
    丁だ」

    「なら俺は半……いや、丁にしておこう」

    そして続々とチップが置かれ、気が付けば、丁に九人。
    半にはわずか二人だけとなった。
    これが通常のルールであれば人数の偏りから均等になるように仕切るのだが、ここにはそれがない。
    ツボ振りはこの状況で勝負をしなければならない。

    半を出してカジノ側が勝てば十六万ドルの儲けになるが、負ければ七万ドルの損失になる。
    さて、どう動くか。

    「勝負!」

    丁半賭博には〝九半十二丁″という言葉がある。
    サイコロの組み合わせによる丁半の数を表すものだが、それは転じて、確率の問題へとつながる。
    つまり、丁に賭けたほうが当たる確率は高いのだ。
    手堅く狙い、確実に利益を得る。

    それが賭けを長く楽しむための秘訣だ。
    事実、トラギコが参加した賭けでは、丁の割合の方が高かった。
    ツボが開き、サイコロの目が露わになる。
    目は五と三、合計は偶数の八。

    つまり、丁。

    「グサンの丁……!」

    その瞬間、喝采が起きた。
    大勝を得た客たちは皆悲鳴とも歓声ともいえぬ声を上げ、喜びをあらわにする。
    大勝負に勝ったのだから、無理からぬ話だ。
    ツボ振りはポーカーフェイスを貫いているが、内心は相当動揺しているだろう。

    彼が後で処分を受ける可能性は大いにあった。

    (,,゚Д゚)「ありがとよ」

    チップを受け取り、賭場を後にしようとする。

    「お客さん、お帰りになる前に最後に私ともう一勝負しませんか?」

    それは思いがけない誘いだった。
    監視役の男がいつの間にかトラギコの傍に立っており、肩にそっと手を置いてそう言ってきたのだ。
    拒否権はあるかもしれないが、ここで拒否するよりも乗った方が面白くなりそうだった。
    他の客達もトラギコの返答を待ち、期待に目を輝かせている。

    (,,゚Д゚)「いいラギよ。
        だが、条件を付けてもいいラギか?」

    「条件次第ですが、どのようなもので?」

    (,,゚Д゚)「俺とあんたでサイコロを一つずつ振って勝負する。
        それなら不正もない、正真正銘のギャンブルになるラギ」

    変則的なルールに従うカジノはほとんどないが、今回のように相手から声をかけてきた場合は別だ。
    それはカジノ側がトラギコを厄介な客として見なし、ここで目を潰しておこうと考えている証であり、こちら側にも提案する権利がある。

    「いいでしょう」

    (,,゚Д゚)「そうこなくっちゃな。
       おい、ツボ振りさんよ。
       新品のサイコロとツボを貸してもらおうか」

    「は、はい」

    台の下からケースに入ったサイコロとツボが取り出され、トラギコと監視役がそれぞれ手にする。
    サイコロとツボを検め、仕込みが無いことを確認する。
    それぞれがサイコロを一つだけ振ることで、少なくともイカサマによる結果の操作はなくなるだろう。

    (,,゚Д゚)「じゃあ、勝負ラギ」

    「こちらからも一つ提案をしてもいいですか?」

    (,,゚Д゚)「内容によるラギ」

    「他のお客様方が見ているだけというのは、やはりカジノらしくありません。
    私とお客様、どちらが勝つのか賭けていただくというのはいかがでしょう?」

    (,,゚Д゚)「俺はかまわねぇラギよ。
        その方が面白いラギ。
        俺達の賭けが不成立の場合はサイコロの振り直し、でいいな」

    「はい、勿論です。
    ……ツボ振り、募りな」

    「へい。
    皆さま、極めて異例の丁半賭博ではごぜぇますが、二度とない貴重なこの一戦、なにとぞご参加のほどよろしくお願ぇいたしやす。
    当店の者が丁、対するお客様が半。
    よござんすね!」

    喉の渇きを覚え、手元に置いてあった酒を一気に飲み干す。
    この緊張感がたまらない。
    得るか、それとも失うか。

    二人は目を見合わせ、サイコロをツボに入れて回し、同時に台の上に置いた。

    「俺は半だ」

    「では、私は丁にします」

    二人は一万ドルをそれぞれの場所に置く。
    幸いなことに一度で丁半が別れ、無駄な時間を使わずに済んだ。
    後は、他の客達の賭けに移行する。

    「さぁ、張った張った!」

    「半だ!」

    「私は丁」

    ギャラリーとして集まっていた他の客達も賭けに参加し、二十人近くの博徒が集結していた。
    賭けの分布は丁が多く、半は二桁もいなかった。
    カジノ側が有利だと考えるのは当然だ。

    しかしここにあるのは真剣勝負そのものだった。
    片方のサイコロだけを操作したとしても、丁半を確定させることは出来ない。
    それぞれの思惑、そして勘だけを頼りに行う生粋の賭博がここにはあった。
    二分の一の確立を当てる博打、頼れるのは勘だけ。

    博徒としての勘だけが、勝敗を決するのだ。
    不安を抱いたとしても、それを顔に出したとしても、結果には何一つ影響はない。
    すでに賽は投げられ、答えは出ているのだから。

    『勝負!!』

    二人、同時に叫び、ツボを取り除く。

    結果は――

    「グイチの丁!」

    拍手と喝采に囲まれ、トラギコと監視役の男は握手を交わした。

    (,,゚Д゚)「最後にいい勝負が出来たラギよ」

    「私も、久しぶりに胸が高鳴りました。
    ありがとうございました」

    負けはしたが、トラギコの失った金額は六千ドル。
    また別の博打で取り戻せばいい。
    熱気の残る席を離れ、カウンターバーへと向かった。

    (,,゚Д゚)「アードベックのストレートをダブルでくれ」

    「かしこまりました。
    この一杯は、私のおごりにさせていただきます」

    (,,゚Д゚)「いいのかよ」

    「えぇ、久しぶりにいい勝負が見られたお礼です」

    バーテンはグラスに琥珀色の液体を注ぎ、それをトラギコにそっと渡した。

    「どうぞ」

    (,,゚Д゚)「どうも。
        やっぱりこの時間はまだ客が少ねぇんだな」

    「そうですね。
    やはり、ヴェガは夜が本番ですので」

    (,,゚Д゚)「確かにな。
        なぁ、何かお勧めの賭博はないか?
        さっき六千ドル負けてな、補てんしなきゃならねぇラギ」

    「金額と確実性で言えば、スロットですね」

    (,,゚Д゚)「なるほどな」

    ディーラーとの勝負でなければ、トラギコは自らの顔を売る事が出来ない。
    それでは意味がないのは分かっているが、元手が無ければ勝負も出来ない。

    (,,゚Д゚)「じゃあ、スロットに挑戦してくるラギよ」

    一口でウィスキーを飲み干してから、トラギコはしっかりとした足取りで同じ階にあるスロットエリアへと向かった。
    百台以上がずらりと並ぶスロットの前には数人の客が座り、回転する数字と絵柄に一喜一憂している。
    スロットの中に一台だけ、抜きんでて光り輝く物があった。
    それは間違いなく、スロットマシーンの親玉。

    高難易度、高排出の一台だった。
    メガバックスと呼ばれるタイプの物で、最低三ドルからの参加が可能だが、当たれば一億ドル以上を手にすることも夢ではない。
    事実、数年に一度、人生最後の運をここで試して勝った人間が一人は出てくるのだ。
    台の上に表示されている賞金額は七千万ドル。

    前回の大当たりから今日にいたるまで蓄え続け、次の排出を待っているのだ。

    (,,゚Д゚)「どれ、一つやってみるかな」

    このメガバックスは六列の軸に描かれた絵柄と数字を特定の形で一致させることで、それに該当する賞金が支払われることになっている。
    ただし、賭けた金額に応じてその形の種類が増減する。
    最低金額の三ドルであれば、指定される形は一種類だけになる。

    トラギコはとりあえず三ドル入れ、どれだけの速度で軸が回転するのかを観察することにした。

    スロットが回転を始め、手元のスイッチが色とりどりに点滅する。
    回転速度に目を慣らしつつ、一番目立つ色の柄がどう配置されているのかを把握する為、一列ずつ観察した。
    赤い色が一つの軸に二つ、もしくは一つ。
    形状は数字、恐らくは七だろう。

    三ドルの場合、要求されているのは数字の七を四つ以上横一列に並べることだ。
    速度とパターンをある程度覚え、それを確かめるために感覚でスイッチを押す。

    (,,゚Д゚)「……あ?」

    派手な音と光がスロットから発せられ、トラギコは思わず間の抜けた声を出してしまった。
    この日、トラギコは朝一番幸運な男としてエクスペカジノに名を残すことになった。


    ‥…━━ Part3 End ━━…‥

    ‥…━━ Part4 ━━…‥

    理外の大金を得たトラギコは、だがしかし、カジノを去ろうとはしなかった。
    カジノにはまだ用が有り、しばらくは賭けを続けることにしていた。
    当然、彼のおこぼれにあずかろうとするハイエナたちがいたが、トラギコはその一切を無視した。
    中には体で彼を誘惑しようとする女もいたが、やはり彼は首を縦には振らなかった。

    彼はカジノ中の賭博に参加したが、特に熱心に参加したのはポーカーだった。
    昼食のサンドイッチを食べながら賭けに参加し、三時には紅茶を飲みながら参加した。
    勝率は振るわなかったが、ディーラーの癖や全体の傾向を掴んでからは負ける額よりも勝つ額の方が大きくなっていった。
    そしてビロードと約束をしている夕方になるまでポーカーに興じた結果、トラギコの所持金は七千五百万ドルにまで膨れ上がっていた。

    正直、今この瞬間に警官を引退しても十分に生きていけるだけの金だったが、彼は辞める気はさらさらなかった。
    チップの大部分を預け、カジノを後にした。
    まっすぐにホテルに向かわず、トラギコは得た金を使って携帯電話や銃の弾を購入して回った。
    欲しかったものをある程度購入し、大通りの半ばで立ち止まって振り返った。

    (,,゚Д゚)「用が有るんなら早目に言いな、俺は暇じゃねぇラギ」

    トラギコが大儲けをした時から、ずっと視線を感じていた。
    その視線の主は、カジノを出てからも彼の背中にずっと目を向けていた。
    振り返ったトラギコが見たのは、意外にも、昨夜ポーカーで大勝を掴んだ青年だった。

    ('A`)「ははっ、流石に鋭いですね。
       ねぇ、おじさん。
       結構儲けましたね」

    (,,゚Д゚)「金は多くて困ることはねぇからな。
       それを言いたいだけラギか?」

    ('A`)「いえ、もっと儲けられる話がありまして。
       どうです?一緒に組みません?」

    (,,゚Д゚)「ここのカジノ相手にイカサマやろうってんなら、俺は断るラギ」

    ここで素直に受け入れてはいけない。
    この時を待っていたと相手に悟られないよう、ただの博徒であることを相手に思わせなければならないのだ。

    ('A`)「大丈夫。
       そういうのに縛られないカジノで勝負をするんです。
       僕となら絶対に上手くいく」

    (,,゚Д゚)「……詳しい話は後で聞こうか。
       今夜九時、エクスペカジノの前で会おう」

    ('∀`)「そうこなくっちゃ。
       じゃあ、また後で」

    遂に、手がかりを掴むことが出来た。
    その喜びは決して表に出さず、そして気を抜くことなくホテルへの道を急いだ。
    道中、尾行されていない事を確認するためにわざと大回りをしたり、適当な店に入ったりとしたが、先ほどの青年のような人間は見当たらなかった。
    ホテルの部屋に着くと、すでにビロードはベッドに腰かけてラジオを聴きながらコーヒーを飲んでくつろいでいた。

    その表情はどことなく、一皮むけて成長した様に見える。

    (,,゚Д゚)「どうだった?」

    トラギコの質問に、ビロードは嬉しそうに笑みを浮かべて立ち上がる。

    ( ><)「七十万ドル、勝ちました!」

    (,,゚Д゚)「何?お前が、か」

    ( ><)「はい!アイテイカジノってところにチェスの賭博があったんです!」

    育ちがよさそうな事は分かっていたが、チェス賭博が彼の得意分野だとは考えていなかった。
    しかもそれを賭けに活かせるとは想定外だ。
    だがチェスであればイカサマのしようがないため、実力だけでどこまでも勝ち上がれる賭博とも言える。

    ( ><)「皆弱くて、気付いたら大儲けですよ!」

    (,,゚Д゚)「そいつは良かったラギね」

    気恥かしげに笑い、ビロードはもじもじとする。
    本当に子供のような奴だった。
    少し間を開けて、ビロードはトラギコの眼を見る。

    ( ><)「これで、昨夜の秘密を教えてくれるんですよね!」

    (,,゚Д゚)「あぁ、そうだな。
        ラシャン・ルーレットもそうだが、ディーラーってのは微細な変化に敏感なんだ。
        例えば重量の変化、速度の変化なんかにな。
        で、あのリボルバーには細工がされてた」

    ( ><)「どんな細工なんですか?」

    (,,゚Д゚)「模擬弾とゴム弾では重さが違うだろ?
        それを利用して、ゴム弾が任意の場所に来るようにコントロールできるラギ。
        だからそれを逆手に取った」

    最後の一戦、トラギコはシリンダーを回転させる際、意図的に回転を狂わせ、弾が発砲される位置で止めた。
    本当なら模擬弾の場所で止まるように細工されているのであれば、止まる場所から一つ動かすだけでいい。
    重さで弾の有無を確認するなど、現場で飽きる程弾と銃を触っているトラギコにとっては訓練する必要もない技だった。

    ( ><)「トラギコさんはどうでした?」

    (,,゚Д゚)「丁半賭博でちょいと負けちまってな」

    ( ><)「あら……でもまぁ、あれは確率の勝負ですからね、仕方ないですよ」

    (,,゚Д゚)「あぁ、大人しく丁に賭け続けておけばよかったラギ」

    その言葉を聞いたビロードは首を傾げた。

    ( ><)「え? 何でですか?」

    (,,゚Д゚)「九半十二丁って言葉があるだろ。丁の方が当たる確率は高いってやつだ」

    ( ><)「それはあくまでも呼称の話で、実際に丁半の確立は半分ですよ」

    背中に嫌な汗が浮かぶ。
    彼が嘘を吐いている様子も、ましてや、からかっている様子も見られない。

    (;,,゚Д゚)「……本当か?」

    (;><)「そ、そうです……よ?」

    トラギコは少しの間沈黙し、ビロードの肩に手を置いた。
    言葉を選び、慎重に口から絞り出す。

    (;,,゚Д゚)「つまり俺は、あれか、馬鹿ってやつラギか?」

    (;><)「よ、よくある勘違いですよ! 気にしなくて大丈夫です!
         そ、それより最終的な収支はどうだったんですか?」

    (,,゚Д゚)「あぁ、七千五百万の勝ちだ」

    (;><)「え?」

    (,,゚Д゚)「七千五百万ドルだ。
        まぁそれよりも、違法カジノへの足掛かりを手に入れたラギ」

    ( ><)「ほ、本当ですか!?」

    これが今日一日で最も得たものと言ってもいいだろう。
    今回彼らがこの街に来ている理由そのものであり、これが発見できなければいつまでも状況が変わらない。
    正に値千金の情報だ。

    (,,゚Д゚)「だが今夜俺一人だけしか行けねぇラギ。
        だからお前とは別行動ラギ」

    ( ><)「……分かりました。
         お気をつけて」

    (,,゚Д゚)「何しょげてんだよ、おい」

    自然と手がビロードの頭に伸びていた。
    ぐしゃりと髪を乱暴に撫で、トラギコは溜息を吐く。
    この男は褒められることに慣れていないと同時に、それをどう求めればいいのかを分かっていない子供のような部分があった。
    子供じみた大人の部分がこの男にはあった。

    (,,゚Д゚)「百万ドルは稼いでおけよ、全部終わった後の飲み代に使うんだからな」

    ( ><)「は、はいっ!」

    単純な男だったが、それもこの男の長所なのかもしれない。

    (,,゚Д゚)「とりあえず飯でも食うラギか。
       俺のおごりラギ。
       喰いたいもんはあるか?」

    ( ><)「ぴ、ピザとか食べたいです」

    (,,゚Д゚)「よし、分かった」

    フロントに内線をかけ、ダイス・ピザに出前をするよう依頼した。
    十分後、驚くほどの速さでピザが到着したとの連絡が内線でかかってきた。
    ピザをエイミーに持って来てもらうよう伝え、受話器を置いた。

    |゚レ_゚*州「トライダガー様、ピザをお持ちしました」

    扉がノックされ、エイミーの声が聞こえてくる。
    一応のぞき穴から確認し、彼女を中に入れた。

    (,,゚Д゚)「悪いな」

    |゚レ_゚*州「いえ、お気になさらないでください」

    ピザを受け取り、料金分の金と彼女へのチップとして十ドルを渡す。

    |゚レ_゚*州「ありがとうございます」

    (,,゚Д゚)「何かあったらまたあんたに頼むよ。
        その時はよろしくな」

    勿論、と言ってエイミーは頭を下げて部屋を出て行った。
    ローテーブルの上に置かれたピザの箱を開いて、注文通り厚めの生地の上に濃厚なトマトソースと鮮やかなフレッシュバジル、そしてモッツァレラチーズがたっぷりと乗っていた。
    マルゲリータピザはトラギコの好物の一つで、手軽で安く、腹持ちがいいのが気に入っている。

    まだ冷めていないピザを一切れ掴んで、一気に齧り付く。
    トロトロに溶けたチーズが口中に広がり、溶岩のようなソースが舌の上に垂れてくる。
    熱い。
    熱いが、美味い。

    熱気を鼻から吐き出すと、バジルの苦みと香りが鼻腔を突き抜ける。
    口の端から垂れ落ちそうになるチーズを指で摘まんで上に乗せ、黙々と口の中にピザを収めて行く。
    一切れ全てを口に入れて咀嚼し、一気に飲みこむ。

    (,,゚Д゚)「何見てんだよ。
        ほら、さっさと食えよ」

    ( ><)「熱く、無いんですか?」

    (,,゚Д゚)「熱いに決まってるだろ。
        熱いのも味の一つなんだから、冷めない内に食うのが一番ラギ」

    冷めたピザは美味くない。
    特に、チーズが冷めて固まったピザは最悪と言ってもいい。
    そんなピザを食べるぐらいなら、小麦粉を練った何かをケチャップにつけて食べた方がまだいい。
    備え付けの冷蔵庫からビロードが炭酸水の瓶を取り出し、栓を抜いてトラギコに手渡した。

    (,,゚Д゚)「気がきくようになったラギね」

    ( ><)「いつ二日酔いになってもいいように買っておいたんです」

    (,,゚Д゚)「やるじゃねぇか。
        とりあえず、冷めないうちにお前も食えよ」

    ( ><)「はい」

    酒はなかったが、それでも食事は楽しいものとなった。
    五切れ食べてからトラギコは口元と指を拭って、炭酸水を一気に飲んだ。

    (,,゚Д゚)「じゃあ、おれは仕事に行ってくるラギ。
        そっちもしくじるなよ」

    ( ><)「任せてください。
         この辺りの連中、チェスはアマチュアレベルですから」

    (,,゚Д゚)「言うじゃねぇか。
        お前はプロなのか?」

    ( ><)「ああ、はい、そうなんです、実は」

    (,,゚Д゚)「マジかよ。
       なら、期待できそうだな。
       じゃあ後は頼んだラギ」

    片手を挙げてそう言い残し、部屋を出る。
    時計は八時半を指していた。

    真っ直ぐエクスペカジノに寄り、百万ドルを現金化する。
    流石にこれだけの大金を裸で持ち運ぶわけにはいかず、カジノからアタッシェケースを百ドルで買うことにした。
    ずっしりとした銀色のアタッシェケースを片手にカジノを出ると、そこにはあの青年が立っていた。

    ('A`)「早いですね」

    (,,゚Д゚)「時間は重要だからな。
        ところで、あんたの名前は?」

    ('A`)「僕はドクオ・バッジェスです。
       そういう貴方は?」

    ドクオと名乗った青年が握手を求め、手を差し出す。
    その手を握り返し、トラギコも名を告げる。

    (,,゚Д゚)「トライダガーだ」

    ('A`)「よろしく、トライダガーさん」

    ドクオに先導され、煌びやかな明かりで溢れる街を歩く。

    (,,゚Д゚)「ところで、どんなところに案内してくれるんだ?」

    ('A`)「高レート、高リターンの店ですよ。
       トライダガーさん、そういうのお好きでしょう?」

    (,,゚Д゚)「へぇ、何でそう思うラギ?」

    ('A`)「昨日、僕のポーカーを見ていて面白くなる、って言っていましたよね。
       だからですよ」

    (,,゚Д゚)「よく覚えてるラギね。
       まぁ昨日の手口は見事だったが、取り分はどうなってるんラギ?」

    ('A`)「……やっぱり気付いていましたか。
       僕が四、相手が六です。
       ま、ここじゃ小遣い稼ぎみたいなものですけどね」

    大通りから離れ、二人は人通りが疎らな道へ。

    ('A`)「僕は勝つのが好きなんです。
       相手を出し抜いて大勝する、そんな賭けが好きなんですよ」

    (,,゚Д゚)「博徒の夢だな」

    ('A`)「えぇ、何もしなければ夢です。
       でも、夢を掴むためには努力が必要なんです」

    (,,゚Д゚)「その努力が通じるかは別だが、その姿勢は気に入ったラギ。
        ただ、高レート、高リターンには高リスクが付き物だろ」

    ('A`)「これから行く店のギャンブル自体がリスキーですから、そこはある意味で安心してください」

    そしてある雑居ビルの前へと辿り着き、ドクオは錆びた扉の横にあるインターフォンを三度鳴らした。
    重々しい音を響かせ、扉が奥に開かれる。
    夏にも拘らず黒い服と黒いサングラスをかけた男が二人をじっと見つめ、奥へと案内した。
    内装はコンクリートがむき出しで、まるで飾り気がない。

    廊下の突き当りを左に曲がると、そこに別の黒服が立っていた。
    肩にサブマシンガンを提げ、銃把を握って人形のように微動だにしない。
    男の傍らにあるテーブルには金属のトレイが置かれ、番号札がいくつも並べられている。

    「ボディチェックを」

    案内してきた男が金属探知機を使ってドクオの体を調べる。
    何事もなく、ドクオは更に奥へと通された。
    トラギコも同じようにして金属探知機によるボディチェックを受け、案の定、腰に提げている拳銃でそれが反応した。

    「確認しても?」

    (,,゚Д゚)「あぁ、勿論。
        気を付けろ、そいつは俺みたいに冗談が通じねぇラギ」

    トラギコの腰からM8000を慎重に取り出した男は、それをトレイに乗せた。

    「ケースの中も確認させてもらいます」

    (,,゚Д゚)「ほらよ」

    男はケースを受け取るとそこに入っている百万ドル分の金貨を確認し、トラギコに返却した。

    「では、どうぞお進みください」

    再びドクオの誘導で、建物を奥へと進んでいく。
    弱々しい明かりを放つ蛍光灯が部屋番号の書かれた扉を照らす廊下は薄暗く、空気は異様なまでに冷えていた。
    そしてドクオは蛍光灯が明滅する扉の前で立ち止まり、扉を一定のリズムでノックした。
    すると、扉の向こう側からもノックが返され、それに応じてドクオのノックが行われる。

    扉が開くと、また、武装した黒服が立っていた。
    黒服の背後には地下に通じる階段があり、その先にある扉から光が漏れ出ていた。
    光につられるようにして二人は階段を下り、その先にある空間へと足を踏み入れた。

    (,,゚Д゚)「ほう」

    そこは、地下の賭博場にしてはあまりにも質素な作りをしていたが、立ち込める独特の空気は紛れもなく賭博場そのものだった。
    籠った空気の漂う部屋の中央には円形のリングがあり、それを取り囲むようにして鉄柵が設けられ、リングを上から見下ろす形でトラギコ達のいる犬走りがあった。
    よく見れば、鉄柵の下には席があり、そこに恰幅のいい男や派手なドレスを着た女が座って雑談を交わしている。

    (,,゚Д゚)「コロシアムか?」

    ('A`)「ふふ、近いですが違いますね。
       とりあえず今日は観戦をしましょう、そうすれば勝つ法則が見えてくる」

    数分後、ブザーの音が部屋に鳴り響き、照明が全て落とされた。
    それまで聞こえていた話し声が止み、静寂が訪れる。
    リングの中心にスポットライトが当てられる。
    そこに、一人の男が立っていた。

    怪しげな骸骨の仮面をつけ、タキシードを身につけた男は金色に輝くマイクを手にしている。

    『紳士淑女の皆様、お待たせいたしました。
    これより、十三人のガンマンによる荒野の決闘を行います』

    聞いたことのない賭博の名前にトラギコが眉を潜めていると、ドクオが耳打ちをした。

    ('A`)「変形ラシャン・ルーレットです」

    (,,゚Д゚)「変形?」

    ('A`)「見てれば分かります。
       ……おっ、始まりますよ」

    ライトの幅が広がり、リングを囲む位置に立つ十三人を照らす。
    男も女もいたが、中には子供もいた。
    皆数字の書かれた上下白の服を着て、両手足には枷を嵌めている。
    足枷は地面に鎖で繋がれ、そしてその手にはリボルバーが握られていた。

    あまりにも異様な光景だった。

    『それでは第一試合、使用する弾は一発!』

    黒服の男達が現れ、参加者たちに銀色に輝く弾丸を手渡した。

    『弾を込めろ』

    言われた通り、輪胴弾倉にその弾を込める。
    指が震え、何度も失敗する者もいた。

    『頭の上に掲げ、回転させろ』

    震える手で銃を上に向け、弾倉を回転させていく。

    『もっとだ!!』

    更に回転させる音がまるでラジオのノイズのように響く。
    仮面の男はそう言いながら、リングから離れ、影の中に消えていた。

    『撃鉄を起こし、構えろ』

    そして、その号令と共に十三人が銃を構えて撃鉄を起こした。
    銃腔の先には人がいる。
    誰もが誰かを狙い、そして狙われている奇妙な構図。
    一度に二人に狙われる者もいれば、狙われていない者もいた。

    彼らの眼は怯え、恐怖に体が震えている。

    『ライトが消えたら撃て』

    静寂。
    痛いほどの沈黙の中、離れた位置にいるトラギコの耳には参加者の乱れた呼吸が聞こえてくる。
    光が消える時を死ぬほど恐れているように見える。
    そして、明かりが消えた。

    フラッシュのように銃声と発砲炎が暗闇を切り裂き、静寂を吹き飛ばした。
    耳をつんざく悲鳴が上がる。
    トラギコの耳に間違いが無ければ、銃声は四つ聞こえた。
    再び明かりが空間を照らし、答えを発表した。

    凄惨な答えを。

    『四番、五番、七番はリタイア!』

    司会者が倒れている男女の服に書かれた数字を読み上げ、囲んでいる客達からは歓声と落胆の声が同時に上がっている。
    七番の服を着た女は左肩を撃ち抜かれ、血の海の上でもがいていた。
    すると、黒服が歩み寄ってきて彼女の頭に銃弾を撃ち込んだ。

    (,,゚Д゚)「……なるほど、変形だな」

    これは殺しだ。
    人の生死で賭博をする、間違いなく違法なカジノだった。
    ラシャン・ルーレットのように模擬弾ではなく、実弾を使っての殺し合い。
    運よく生き延びても、弾が当たれば命を奪われる。

    それがルールなのだろう。
    弾が当たれば死亡したと見なされ、すぐに死体にされる。

    ('A`)「最低金額で賭けても、当たれば十万ドルは下らない。
       参加者だともっともらえる」

    (,,゚Д゚)「参加者の基準はなんだ?」

    ('A`)「ここはヴェガですよ。
       金のために何でもする連中は、毎晩必ず出てくる」

    一獲千金の夢を見て賭博に参加し、夢破れた者達が流れ着くのはやはり、賭博。
    己の命を賭けの道具として使われ、運が良ければ生き延び、悪ければ死ぬ。
    あまりにも割に合わない賭博だ。

    (,,゚Д゚)「これに必勝法も糞もあるのかよ。
        おまけに、動くかどうかの制限もないんだろ」

    ('A`)「少なくとも、ただ賭ける人間に必勝方はないです。
       それに、参加者は相手が動くことを考慮して、胴体を狙うのがセオリーです。
       相手を狙う以上、動くことはまずしませんけどね」

    (,,゚Д゚)「……ほう。
       それで、俺を呼んだのは何故ラギ」

    眼下では死体の上に黒い布が被せられ、参加者たちの手からリボルバーが回収される。

    ('A`)「……この賭けは単純な賭けです。
       最後まで生き残れば勝ち。
       つまり、死ななければ勝ちなんです。
       逆に言えば、自分以外の全員が死ねば金は手に入る」

    (,,゚Д゚)「で?」

    ('A`)「下の撃ち合いに参加すれば、勝つ確率は跳ね上がる。
       それこそ、必勝のレベルにまで」

    『弾を込めろ。
    今度は二発だ』

    第二戦、生き残った十人が再び殺し合いに身を投じる。

    (,,゚Д゚)「やることやらなきゃ、それは無理ラギ」

    『頭の上に掲げ、回転させろ!』

    ('A`)「そう。
       だからやるんです、やるべきことを」

    『撃鉄を起こせ。
    構えろ』

    ('A`)「そうすれば勝てる。
       大金を手に入れられるんです」

    (,,゚Д゚)「仮にお前の言うやるべきことが分かったとして、誰が実行するかが問題になるラギ。
        あの場所に立つとなれば――」

    ('A`)「分かっているんです、やるべきことは。
       十三番の男を見てほしいんです」

    『ライトが消えたら撃て』

    言われた通り、十三番の男を見る。
    黒と白が混じった髪は肩まで伸び、猫背のままで銃を構えている姿はまるで浮浪者だ。
    だが、その目は獣のそれだ。
    自分に向けられている銃腔に目を向け、銃を持つ己の腕はまるで微動だにしない。

    あれは銃撃戦を知っている者の動きだ。
    しかも男の片目は閉じられている。
    それが意味するものは明らかだった。
    暗闇に目を慣らすためである。

    光が消え、閃光と銃声。
    悲鳴はなかった。
    ゆっくりとライトが灯ると、立っているのは五人だけになっていた。
    勿論、十三番の男は健在だ。

    ('A`)「分かりましたか?」

    (,,゚Д゚)「野郎、屈みながら撃ったのか」

    男の髪が見た時と変わっていることに気付いたのと同時に、彼の手元のリボルバーから硝煙が漂っていること見て、状況を察した。

    ('A`)「明かりが点くまでの間、動くことは禁止されていないんです。
       それに、銃爪を引く回数も」

    (,,゚Д゚)「そんなガバガバなのか、このルールは」

    ('A`)「銃に細工がされていて一度だけしか引けないようにはなっていますが、リボルバーの構造を理解していれば何度でも引けるんです。
       つまり、意図的に作られた穴のようなルールなんです」

    胴体を狙っている相手に対して屈んだところで、弾が全て避けられるわけではない。
    そして律儀に一回だけ銃爪を引かずに弾が出るまで引けば、狙っている人間を屠る事が出来る。
    ライトが消えてから点くまでの間は五秒程。
    最低でも二度は銃爪を引ける。

    (,,゚Д゚)「狙いさえ外さなければ、後は避けることにだけ注意すればいいってことか」

    ('A`)「えぇ。だから一度この賭博で撃ち合った人間は、もう二度と参加することはないんです。
       つまり、この攻略法はまずもって共有されない。
       一試合につき一人だけの生還者。
       それに、生還したとしてもその後は恨みを持つ人間に消されるのがほとんど。

       攻略法を知るのはこの賭けの参加者、もしくは観戦している人間だけになります」

    (,,゚Д゚)「対策がありそうなもんだがな」

    ('A`)「そこが問題なんです。
       残り五人以下になった時には……ほら、ああいう風になります」

    視線の先で参加者たちの足枷が外され、中央に集められる。
    そして円を描いて並び立つ。
    一度外された足枷は前の人間の足枷と繋がれ、手枷も同様に鎖で繋がれた。

    『これより早撃ち対決へと移行する。
    弾は三発!』

    仮に最初の勝負で体を屈めて銃弾を回避したとしても、それ以降の勝負でこのような状況になれば、たちまち不利になる。
    それまで有効であると信じて疑わなかった手段が封じられれば、後は、怯えるだけ。
    覚悟が無ければただただ、怯えるしかできないのだ。

    『撃鉄を起こし、構えろ!』

    十三番の男は銃をどうにか構えるが、その手は震えている。
    演技だとしたら大したものだが、恐らくあれは、素の反応だ。
    彼の銃腔は前の男に。
    彼の後頭部には後ろにいる子供の銃が向けられている。

    先ほどのように銃爪を複数回引くことは難しいだろう。

    ('A`)「そして、今度はライトが消えません。
      でもこの局面を打破できるような人間であれば、この賭けは勝てるんです」

    (,,゚Д゚)「それこそ理想論ラギ。
        今まさに殺されるかもしれないってのに、勝つための手段を画策できる人間なんて用意できるわけないラギ」

    ('A`)「だからこそのトライダガーさんなんですよ。
       僕と組んで、この賭博を」

    (,,゚Д゚)「今は返事が出来ねぇラギ。
       特に、お前が俺を賭けに出そうって考えている内は無理ラギ」

    なるほど、確かにこのドクオの言っている事には理がある。
    最後のこの局面さえ乗り切れば、賭けには勝てる。
    だがそれは極論であり、荒唐無稽な理想論である。
    そんなものに命をかけられるほど、トラギコは馬鹿ではない。

    この男がギャンブル好きなのは分かる。
    しかしそれは、己の命が危険にさらされていない段階で楽しむスリルでしかなく、実際に命がかかるとなると、踏みとどまるだろう。
    正直なところ、今はこのカジノの場所が分かっただけでトラギコの仕事は一部終わったと言っても過言ではないのだ。

    ('A`)「どうしてそう思うんですか?」

    (,,゚Д゚)「お前が好きなのは勝つことで、死んだり殺したりすることじゃねぇんだろ。
        だったら、俺を呼んだのはこの高リスクな賭けの仕組みを理解して協力してくれる人間になり得ると思ったから、って考えるのが自然ラギ」

    ('A`)「そこまで分かっているのなら話は早い。
       どうです?」

    (,,゚Д゚)「言っただろ、今は返事が出来ねぇ。
       俺はお前を信用していないラギ。
       ひょっとしたら俺に保険金をかけてそれを手に入れようとしているかもしれないからな。
       だが面白い物が見れたことについては感謝しておくラギ」

    下では狂宴が続けられている。
    最後の一人になるまで、とは言っていたが最悪の場合は全員死ぬことになる。
    これ以上この現場にい続けるのは、彼の性分に合わない。
    ここはすぐにでも摘発すべき場所だが、他の違法カジノの位置も把握しておかなければここで潰しても意味がない。

    一度でより多くのカジノを潰すためには、今は耐えなければならない。

    (,,゚Д゚)「他にこういう店はないのか?」

    ('A`)「くくく……ありますよ、後一店だけね」

    (,,゚Д゚)「一店だけ?もっとあるだろ」

    ('A`)「いえ、あると言えばありますが、そこはただのチンピラの集まる場所です。
       賭博と言うよりも、仲間内だけで行う無意味な場。
       儲けるには程遠い屑の集まりですよ」

    (,,゚Д゚)「なるほど。
       表はあれだけあるのに、裏は二店だけとは寂しいラギね」

    ('A`)「最近摘発が厳しくて、店を畳んで真っ当にやった方が儲かると思ってるんですよ。
       でも観光客の中には、こういう裏の賭けの方が好きな人間が大勢いるのも事実。
       結局残っているのはここともう一店だけなんですよ」

    銃声が響き、歓声が上がる。

    (,,゚Д゚)「もう一店もこんな感じなのか?」

    ('A`)「いえ、もう一店は素手の殴り合いです」

    唯一の生存者が発表され、会場は再び歓声に包まれた。
    生き残ったのは十三番の男だった。
    何という豪運だろうか。

    (,,゚Д゚)「そっちの方が確実そうに聞こえるな、これを見た後だと」

    ('A`)「闘技者を一人用意して、後は乱戦するんですが、相手が元プロとかなので勝ち目は薄いです。
       それに、反則技が無いので基本的にやりたい放題ですよ。
       女が出た時なんか、最早見世物になっていましたから」

    (,,゚Д゚)「……なら、俺はそっちがいいラギ」

    ('A`)「女にあまり興味がなさそうだと思いましたが」

    (,,゚Д゚)「女を嬲る趣味はねぇ。
       元プロだかなんだが知らねぇが、力だけで解決するんならそのほうが手っ取り早いだろ」

    どこにでも腕自慢の馬鹿はいる。
    そして、その馬鹿を信じる大馬鹿者もいる。
    ラシャン・ルーレットは運の要素が死に直結するため、避けた方がいい。
    であれば、殴り合いで制することで金を得られる賭博の方がいくらか健全だ。

    ('A`)「じゃあ、一応見に行きますか」

    (,,゚Д゚)「見に行くだけじゃなぇ、参加するんだ」

    ('A`)「え?」

    (,,゚Д゚)「俺がやるラギ。
        金はお前が賭けろ」

    ('A`)「グローブすらない殴り合いですよ?下手すれば死にますし、骨折や後遺症だって」

    (,,゚Д゚)「やられなきゃいいんだろ、要するに」

    ('A`)「それに、無銘の人間が参加するにはそれなりの証明書が必要になります」

    (,,゚Д゚)「VIPPERカードを使うラギ。
       これが一番手っ取り早い証明書だろ、この街じゃ」

    ('A`)「まぁ、そうですが……」

    ドクオよりも先にその空間を出て行き、建物に入ってからの道のりを確認する。
    恐らく、目印になるのは明滅している蛍光灯だ。
    建物の位置と賭博会場への道さえ分かれば、後は突入に際して気を付ける警備の装備に目を向けるだけだ。
    身体検査をされた場所には、先ほどと同じ男が立っていた。

    「お帰りですか?」

    (,,゚Д゚)「あぁ、血が苦手なんだ」

    冗談を言ってその場で銃を返してもらう。
    すぐその場で銃の状態を検め、ホルスターに戻した。
    持ち物を回収しはするが、流石に手は出さないらしい。

    建物を出ると、夏の夜独特の涼しい風が通り抜けた。
    もう夜中の十時半だった。

    (,,゚Д゚)「で、次の店はどこにあるんだ?」

    * * *

    クックル・サラムはヴェガのリングで拳を振るい、へヴィ級ボクサーのチャンピオンとしてその名を轟かせた大柄な男で、
    鋼のように鍛えた体とコーヒー色の肌は彼のリングネームである〝アイアンクックル〟の由来にもなっている。
    現役引退後、彼の姿は非合法の闘技場にあった。
    実のところ、彼が現役引退を決意したのは、同じ階級で彼を苦戦させる人間がいなくなり、退屈を覚え始めたからだった。

    戦いを求め、彼は裏の世界へと足を踏み入れた。
    そこは刺激に満ち、彼を満足させ続けてくれた。
    今夜の試合は四人組による乱戦。
    ムエタイ、プロレス、ボクシング、そして飛び入り参戦した素人。

    クックルは脳味噌まで筋肉で作られているような馬鹿ではなく、冷静に状況を判断して的確な答えを導き出せる計算高さを持っている。

    ( ゚∋゚)(さて、あの筋肉ダルマをどうするかな)

    素人の男は無視するとして、残った二人の内最も警戒すべきなのはレスラーだ。
    彼らの打たれ強さは正直なところ、ボクサー以上である。
    彼らは攻撃を受け切り、その上で攻撃を繰り出す。
    エンタテインナーとしての側面だけ見れば彼らはシナリオ通りの動きをしていて、真剣勝負には向いていないように見えてしまう。

    だがクックルは知っている。
    彼らの拳の硬さと底なしの体力を。
    今彼と同じリングに立つあのレスラーは、名を馳せてはいないが、それなりのキャリアを積んできていることは見て分かる。
    しかし、ムエタイの男も侮れない。

    全てはムエタイの男の動き次第だ。
    彼の視線はレスラーに注がれ、レスラーはクックルを見ている。
    ならば、狙うべきはレスラーだ。
    素人の男は欠伸をしていた。

    (,,゚Д゚)「ふぁっ……あぁっ……」

    コンクリート製の四角いリングの隅に立つ四人はそれぞれ視線と相手の動きに目を向け、ゴングが鳴ると同時に最善の動きを取ることになる。

    そして、ゴングが鳴り響いた。

    三方向が同時に動く。
    事前の予想通り、ムエタイの男はレスラーの男に向かって走りだしている。
    ムエタイが誇る蹴り技は無防備なまま受けるには、かなり威力が高い。
    しかも助走付となると、その一撃がもたらす深刻なダメージは計り知れない。

    クックルは間違っても自分が蹴りを喰らわないよう、腕を眼前に掲げながら接近する。
    レスラーの男はムエタイの男が放った飛び蹴りを受け、そして、その足を容赦なく折った。
    骨の折れる音と悲鳴、そして歓声が一気に押し寄せる。
    彼には同情するが、このチャンスを逃す手はない。

    大げさにアピールをするレスラーに接近し、無防備になっている顎に左ジャブを放つ。

    ( ゚∋゚)「はっ!」

    @@@
    @#_、_@
     (  ノ`)「ぐっ?!」

    だが彼はそれを予期していたかのように、ジャブを額で受け止めた。
    額は人体の中でもかなり堅牢な部分であり、そこを素手で殴るという事は、素手でレンガを殴るのに等しい愚行である。

    @@@
    @#_、_@
     (  ノ`)「見えてんだよ!」

    レスラーは掴んでいたムエタイの男を武器のように振り回し、クックルの頭上から振り下ろしてきた。
    辛うじてそれをバックステップで避け、直前まで彼の脚があった場所に男の頭が激突した。
    目と鼻から血が吹き出し、一瞬で男は白目をむいた。
    恐らく、今の一撃で頭部に重大な損傷を負ったことだろう。

    @@@
    @#_、_@
     (  ノ`)「らぁっ!!」

    横凪の一閃を回避しようとしたが、途中で男の足を手放して投擲してきたため、防御に成功するも威力を殺しきれずにその場に倒れてしまう。

    @@@
    @#_、_@
     (  ノ`)「もらった!!」

    レスラーの戦い方は二面的な物ではなく、三次元的なものになる。
    上と下からの攻撃と言う、ボクサーにはない発想。
    倒れた相手に対する追撃は、ルールに縛られない彼等ならではの進歩を遂げ、洗練されてきた。
    痙攣する男を退けた時、レスラーの体は空中にあった。

    ダイビング・ボディ・プレスだ。
    これを受ければ、次に待っているのは関節技。
    そして、死だ。

    (;゚∋゚)「させるか!!」

    転がってその攻撃を回避し、着地した男の左膝に右ストレートを見舞った。
    レスラーは足を狙う方が賢い。
    彼らの体格の良さを利用するのだ。

    @@@
    @#。、。@
     (  ノ`)「あ……が……」

    突如レスラーが呻き、その場に倒れた。

    (,,゚Д゚)「恨むなよ。
       運が良ければ一つは残る」

    素人の男はクックルとほぼ同時のタイミングでレスラーに金的を与えており、その一撃でダウンを奪っていた。
    気絶したレスラーは折り重なるようにムエタイの男の上に倒れ、泡を吹いている。

    (#゚∋゚)「お前っ……!!」

    (,,゚Д゚)「おう、後は手前だけだな」

    態勢を整え、クックルは本気で拳を固めた。
    慈悲深くも最後まで生かしておいてやったというのに、何だ、この態度は。
    まるで狩人か何かを気取っている。
    腹立たしい。

    闘技者として、このような男は相応しくない。
    路上の喧嘩自慢程度の素人が、このような卑怯な真似をして図に乗っているのが気に入らない。

    ( ゚∋゚)「しっ!!」

    電光石火のコンビネーションブロー。
    これで終わる。
    これで、クックルの勝ちになる。
    そのはずだった。

    だが男は余裕を持って後退して拳を躱し、口の端を吊り上げてほくそ笑んだ。
    風に乗って、彼の呟きが耳に届く。

    (,,゚Д゚)「これで元プロかよ」

    (#゚∋゚)「殺しっ――」

    クックルが必殺の右ストレートを繰り出すべく踏み出したのに合わせて、男も前に身を乗り出してきた。
    素人風情がこのタイミングで踏み込むとは思わず、クックルの反応が僅かに遅れる。
    勢いが乗り切らないまま攻撃を放っても、反撃の隙を与えてしまうという判断が、彼の動きを止め、男の攻撃が先に放たれることになった。
    互いに接近した勢いを利用し、肋骨を狙った掌底による一撃。

    鍛えようのない骨を攻撃され、流石に苦悶に顔が歪む。
    抱き合うほどの近距離は、ボクサーにとって死角の一つだ。
    手出しをする技として彼が身につけているのは引き剥がすか、ヘッドバットだけ。
    次の手を考えているクックルの顔に男の両手が添えられ、小さな声が聞こえた。

    (,,゚Д゚)「目玉を潰されたくなけりゃ、ギブアップするラギ」

    眼球の下に親指が差し込まれ、徐々に力が入っていく。
    男の眼は本気だった。
    失明してからの人生を想像すると、クックルは身震いを押さえきれなかった。
    だが脅しかもしれない。

    人間が人間の体を破壊するのには、勇気が――

    (,,゚Д゚)「そうか、いらねぇんだな」

    親指が第一関節まで眼窩に一気に挿入された。
    激痛と恐怖が思考を白く塗りつぶし、恥と言う概念を忘れさせた。
    体裁を取り繕う事も出来ぬまま、声帯を振るわせて彼は敗北を宣言した。

    (;゚∋゚)「ギブアップ、ギバーップ!!俺の負けだ、止めてくれ!!」

    * * *

    二千万ドル。
    それが、トラギコが一試合で稼いだ金だった。
    選手控室でビールを飲んでくつろぐトラギコは黒服からファイトマネーの三百万ドルを受け取り、ドクオからは賭けに勝った金を受け取った。
    この番狂わせによって会場はまだ興奮状態にあり、次の試合が始められないでいた。

    ('A`)「本当に勝つなんて……」

    (,,゚Д゚)「ビギナーズラックってやつラギ」

    相手が油断してトラギコを雑魚と見なして勝手に潰し合ってくれたおかげだ。
    レスラーは相手にしたくなかったが、それは他の人間も同じだったようで、容易に急所を攻める時間を稼いでもらう事が出来た。
    顔を覚えられたことで、次に参戦したら最優先で潰されるだろう。
    つまり、二度目はない。

    一度だけの勝利だったのだ。
    金貨の束を持参したアタッシェケースに詰めていくが、ファイトマネーである三百万ドル分をドクオに渡した。

    (,,゚Д゚)「お前の取り分ラギ。
       案内ご苦労だったな」

    これで二か所のカジノの場所、そしてその実態を把握することが出来た。
    手数料としては十分だろう。

    ('A`)「……もう一儲けしませんか?次を最後の山にしてもいいぐらいの話なんです」

    (,,゚Д゚)「悪いが、金はもういらねぇよ」

    今日一日で九千五百万ドルの儲けだ。
    ヴェガに来る誰もが夢見る大勝利を果たし、富豪の仲間入りを果たしたことになる。
    この金の使い道の大半はトラギコが生み出した出費の補填と、ジュスティアのインフラ整備に使われるだろう。
    後で幾らか抜いておかなければ、働き損というものだ。

    ('A`)「そう言わずに、頼みますよ」

    (,,゚Д゚)「同じことを言わせるなよ、俺は気が短いんだ」

    ('A`)「スリルが味わいたいんなら、とっておきのネタがあるんです。
       ヴェガの秘密について」

    一旦手を止め、ドクオを見る。
    彼の眼は嘘を言っているようには見えない。
    むしろ、共犯者を作ろうとしている目をしている。

    (,,゚Д゚)「どういうことだ?」

    ('A`)「その前にまずは、手を組むかどうかを教えてもらいたいですね。
       それなりのリスクがありますから」

    (,,゚Д゚)「……いいだろう、話してみろ」

    ('A`)「ここじゃ話せません。
       とりあえず、ここを出ましょう」

    一般のホテルに偽装した賭場から出て行き、ドクオの案内で古いアパートの一室へと場所を移した。
    大通りの絢爛とした場所から離れ、荒野にほど近いヴェガの吹き溜まりのような場所に彼の家はあった。
    家具は最低限のものだけで、裕福な暮らしをしているとは言い難い。
    ローテーブルと古いソファ。

    そして、小さな冷蔵庫だけがひっそりと置かれている。
    ソファに腰かけ、缶ビールを飲みながらトラギコは話を聞くことにした。

    ('A`)「ヴェガにある違法カジノ、その胴元の話です」

    (,,゚Д゚)「その言い方だと、胴元が同じなのか?あの二軒」

    ('A`)「まず間違いない。
       僕はこの街で十年以上、賭博をして生活しています。
       裏の事なんて、嫌でも分かる。
       ただ、これは僕の直観によるところが大きいんですが」

    (,,゚Д゚)「あのな、直感は情報とは言わねぇんだよ」

    ('A`)「違法カジノは常に同じ数が動いているんだ。
       最大で二軒。
       時々摘発されるけど、その後にはまた二軒だけ復活するんだ」

    (,,゚Д゚)「その数だけじゃ意味がないラギ。
       それこそ、こじつけラギ」

    数字は数字でしかない。
    法則性のある数字だとしても、その数字が何を意味しているのかは別の証拠が無ければ導き出せない。
    考える側が都合よく解釈すれば、誰かがくしゃみをする時間にさえ意味が生まれるのだ。

    ('A`)「それでも違法カジノは絶対になくならないことが、一番の不信点なんだ。
       ここの市長は随分徹底しているけど、その行動の裏をついて違法カジノが出てくる。
       まるで、捜査や警戒の穴を知っているようにね。
       それに、逮捕された運営者が翌週には別の違法カジノにいるのを見てきた。

       秘密裏に釈放されているとしか思えない」

    (,,゚Д゚)「……市長が違法カジノを経営、もしくは認知しているって言いたいラギか?」

    ('A`)「察しが良くて助かります。
       更に言えば、警察も関係していると僕は思っています」

    (,,゚Д゚)「あくまでも想像の域は出ないけどな」

    陰謀論を唱える人間は皆、具体的な証拠ではなく偶然などをそれらしく繋げて真実らしいものを作り出す。
    しかし、カジノ経営者が同一人物であった、という証言が気になる。
    どうやらヴェガの刑務所を見る必要があるかもしれない。
    収監されてから秘密裏に開放し、再び経営を指せている可能性が高い。

    (,,゚Д゚)「それでも仮に、お前の言う通りヴェガの市長が関係していたらどうするつもりラギ?警察に訴え出るラギか?」

    ('A`)「そんな事をしても僕の儲けはありません。
       口止めを材料に、一枚噛ませてもらうんです。
       そうすれば、金に困ることは絶対にない」

    (,,゚Д゚)「だとしたら、確実な証拠を手に入れなきゃ意味がねぇぞ。
       言い逃れされないような証拠をな」

    市長が違法カジノの経営を行い、金を得ている場合、警察は市長を逮捕することが出来る。
    そうすれば当初の目的は達成され、違法カジノを潰すことが出来る。
    しかし賭博狂いの男の言葉だ。
    真面目に聞いていると馬鹿を見る可能性がある。

    これは持ち帰り、こちらで対抗手段を用意した方がいいだろう。
    この男に任せれば事態はトラギコの思惑とは真逆の方向に動いてしまいかねない。

    (,,゚Д゚)「……ところで、俺がここでこの話を断るとしたらどうするラギ?」

    ('∀`)「はははっ、それを言わせると思いますか?」

    その言葉を合図に、部屋の扉が開いて筋骨隆々とした禿頭の黒人が現れた。
    白いシャツとジーンズという出で立ちでありながら威圧感を放つのは、シャツを下から押し上げる発達した筋肉の存在だ。

    (;;・∀・;;)「ふしゅ……ふしゅる……」

    ('∀`)「まずは情報料としてそのケースをもらいます。
       それから、そうですね、適当な砂漠でハイキングでもしてもらいましょうか」

    (,,゚Д゚)「金に目がくらんだのか、お前は」

    溜息と共に席を立ち、トラギコは男と睨みあう。
    背丈はトラギコの方が頭一つ分小さいが、問題はない。
    体格の差で勝敗は決しない。
    勝敗を左右するのはいつだって人間の本質、そして身につけた技量なのだ。

    ('∀`)「労せず二千百万ドルもらえるならそうします。
       それに、エクスペカジノに預けてある七千万四百万ドルも手に入れば、変にリスクを冒す必要はないですからね」

    (,,゚Д゚)「あの話は嘘だったのか」

    ('∀`)「いえ、本当ですよ。
       嘘を言ったら貴方は話を聞こうともしなかったでしょう」

    (,,゚Д゚)「そういう所は馬鹿じゃねぇんだな。
       俺に手を出そうって言うんなら、俺もそれなりに応戦するラギ」

    (;;・∀・;;)「ボス、こいつ黙らせる?」

    指の骨を鳴らし、男が近付いてくる。

    ('A`)「そうだな、とりあえず腕の一本でも折れば言う事を聞くだろう」

    (,,゚Д゚)「そうかい」

    黒い腕がトラギコに伸びる。
    それがトラギコに触れるより先に彼は半歩後ろに後退し、腰のM8000を抜いて男に向けた。
    安全装置は外され、撃鉄は起きている。
    すでに薬室に一発送り込んでおり、後は銃爪を引くだけで男の脳漿は壁の模様の一部になる。

    (,,゚Д゚)「そら、これならどうするラギ?」

    ('A`)「撃てるはずがない。
       あなたはあの時目を抉れたのにそうしなかった。
       つまり、理性のブレーキが――」

    トラギコは微笑と共に銃腔を下げ銃爪を引いた。
    膝を撃ち抜かれた男は転倒し、更に無事な方の膝に二発目の銃弾を浴びて泣き叫んだ。

    (;;;∀;;;)「ひっ、ひぎぃ……!!」

    (,,゚Д゚)「悪いな。
       理性のブレーキなんてのは、もっとまともな奴に期待してくれ」

    (;゚A゚)「あ、あな、なんてことを!!」

    (,,゚Д゚)「どうしたい?俺を止めてみるか?こいよ、男の子だろ」

    (;゚A゚)「ああ、あわ……」

    (,,゚Д゚)「ったく、よっ!」

    (゚A゚)「あぼっ?!」

    落胆し、トラギコは後ろ回し蹴りをドクオの顔に食らわせた。
    衝撃で鼻の骨が折れ、前歯が二本床に落ちる。
    怯える彼の首を掴んで、トラギコは優しく声をかけた。

    (,,゚Д゚)「これに懲りて、俺に手を出そうなんて二度と考えない事ラギね」

    青ざめた顔でドクオは何度も首を縦に振る。
    病院代は事前に渡してある三百万ドルがある。
    これで賭博から足を洗えば、多少はまともな生活を歩むだろう。
    金を稼いでいると言っていた割にこの生活具合である点を見ると、彼は金の使い方を分かっていない。

    賭博の熱に溺れている哀れな中毒者だ。
    これだけの刺激を味わえば、しばらくは賭博に関わろうとは思わないだろう。
    賭け狂いの男には丁度いい薬になったはずだ。

    (,,゚Д゚)「じゃあな」

    アパートを出ると、乾いた冷たい風が吹いていた。
    空に浮かぶ黒い雲はどこかへと流れ、月のおぼろげな明かりが周囲を優しく照らしている。
    少し離れた場所は星屑を撒き散らしたかのように輝き、賑わいがここまで聞こえてくるが、この場所はあまりにも寂しすぎた。
    街灯の明かりがどうにか道を照らしているが、そこに浮かび上がる道路はひび割れ、砂で覆われている。

    大通りでは道端に身形の整ったカジノの客引きが立ち、ここでは娼婦が紫煙をくゆらせながら節くれだった指で客を手招きする。
    ここは吹き溜まり。
    ヴェガの暗部。
    銃声が聞こえていたはずなのに、誰も騒ぎもしない。

    つまりは、皆、それに慣れているという事だ。

    (,,゚Д゚)「さて、ようやく仕事が出来そうだな」

    違法カジノの実態がどうなっているのか、それはカジノを潰した後で存分に探ればいい。
    市長とカジノの繋がりを見つけて事件を公にするためには、少しだけ準備と根回しをしておく必要があった。
    ビルボホテルに向かい、部屋に戻る。
    日付はすでに代わり、七月十五日になっていた。

    七月十五日、深夜十二時三十分。
    ビロードはすでにベッドの上で眠りにつき、規則正しい寝息を立てている。
    トラギコが帰ってきたことに気づいた様子はない。
    鈍感なのか、それとも大物なのか、まるで分からない男だった。

    金の入ったアタッシェケースを置いて、手早くシャワーを浴びる。
    頭はまだすっきりとしない。
    むしろ、精神的な部分ですっきりとしなかった。
    理由は分かっている。

    違法カジノで行われていたラシャン・ルーレットだ。
    あれは見過ごすわけにはいかない。
    見過ごしてしまえば、トラギコは警官として大切な物を捨てることになる。
    シャワーを終え、スーツに身を包んでトラギコはケースを手に再び外へと出て行った。

    冷たい風がシャワーで火照った体を容赦なく冷やすが、内側に宿る熱は一向に冷めなかった。
    カジノ自体は明日潰すとして、それを運営している人間達に対して何かしらの報復処置が必要だ。
    彼が持ち歩いている拳銃はそのためにあるのだ。
    先ほどのビル前には、黒塗りの車が数台停まっていた。

    そして黒服の男達が銃を手に周囲を警戒し、出入り口の前を固めている。
    それを気にせず、中に入ろうとしたトラギコを男達が止める。

    「おい、ここは駄目だ」

    (,,゚Д゚)「まぁそう言うなよ。
       ここのボスと話があるんだ。
       とりあえず、中にいるボスにこれを渡してくれればいいラギ」

    そう言って、アタッシェケースを開いてそこにある二千万ドル分の金貨を見せる。
    この時点で、男達の訓練度合いが低いことがよく分かる。
    ケースを無防備に開かせるなど、あり得ない話だ。

    「……分かった」

    金を受け取った男がビルへと入っていく。
    その間、トラギコは男達に囲まれて待つことにした。
    練度の低い警護を雇っているという事は、あまり儲かっているわけではなさそうだ。
    ドクオの言う通り、市長が絡んでいるとしたら、上納金的な物があるのかもしれない。

    ほどなくして、先ほどの男が戻ってきた。

    「車に乗れ」

    (,,゚Д゚)「あ?」

    「会長がお前と会いたいそうだ」

    (,,゚Д゚)「へぇ、そりゃ嬉しいラギね。
       ドライブでもするのか?」

    「いいからさっさと乗れ」

    (,,゚Д゚)「強引な奴だな、女に嫌われるラギよ」

    渋々を装って車に乗りこむ。
    少しすると車が動き出し、トラギコを乗せた車は大通に向かう道を進み始めた。
    前後に同じ黒いセダンが続き、一行はやがて最高級ホテル、ヘヴンスゲートホテルへと到着した。
    贅沢の粋を極めたホテルの入り口には当然、警備を担当する男達が並び立ち、専属契約を結んでいる警官も立っている。

    五十階建てという驚異的な高さは街のシンボルの一つとして知られ、そこから眺め降ろす夜景は一万ドルの夜景とさえ呼ばれている。
    事実、このホテルに一泊するのに必要な金額は一万ドル。
    そう簡単に小市民が宿泊や滞在が出来るような場所ではないのだ。
    車のドアが外から開かれ、トラギコは車外に足を踏み出した。

    「これを持って行け」

    先ほどトラギコと話した男が、カードキーを渡してきた。

    (,,゚Д゚)「どういうことラギ?」

    「ボスがお前に会うと言っているんだ。
    ただし、一人で行け」

    (,,゚Д゚)「迷子にならないよう努力するラギ」

    キーを受け取って、ホテルに入る。
    ビルボホテルとは空気がまるで異なり、靴の下に感じる絨毯の柔らかさも別物だ。
    適度な空調、照明。
    そして従業員の質。

    開かれた自動ドアからトラギコが入り、受付に歩み寄る間に静かに黒服が近付いて絶妙なタイミングで抜かす。
    黒髪の毛を短く揃えた女の黒服はトラギコに深々とお辞儀をし、エレベーターの方にさりげなく誘導した。

    「お待ちしておりました、トライダガー様」

    (,,゚Д゚)「待たせたな、お嬢さん」

    到着していたエレベーターの最上階のボタンが押され、そのままトラギコは一人で乗り込む。
    静かにガラス張りの昇降機が上昇し、外に見える景色が変わりゆく。
    あのカジノのボスはあの場にいなかったのだろうか。
    ではなぜ、トラギコがここに呼ばれたのだろうか。

    二千万ドルを持ってきた事で信頼を得たのであれば、随分と間抜けな経営者だと言わざるを得ない。
    わざわざ毒の要素を体に招き入れるような真似をする人間は間抜けか、それとも入念な準備をした上で相手を罠にはめるタイプの人間だ。
    ホテルの人間がトラギコの偽名を事前に知っていた事を考えると、後者である可能性も捨てきれない。
    最上階に辿り着き、扉が開く。

    最上階にある部屋は全部で四部屋だけ。
    その内の一室の前に、やはり、黒服の警護が二人立っていた。
    肩からアサルトライフルを提げ、銃把を掴んでいる。
    サングラスのせいで目がどこを向いているのか分からないが、トラギコがエレベーターから降りて来た時、彼らの肩が僅かに強張ったのを見逃さなかった。

    (,,゚Д゚)「招待されたトライダガーだ」

    「お待ちしておりました」

    カードキーを男に手渡し、中に入る。
    扉が閉まると、部屋の中にいた一人の男がゆっくりと振り返った。

    (<・>L<・>)「久しぶりですね、トラギコさん」

    (,,゚Д゚)「……手前、誰だ?」

    グレーのスラックスとベストを着た男は、白い仮面を被っていた。
    表情も何もない、眼の穴が開いただけの白い仮面。
    くぐもった声と体型が男であることを物語っているが、指や髪からは年齢を判断することはできない。

    (<・>L<・>)「私の事は気にしないでください。
           それよりも、私に何の用ですか?」

    ベレッタをゆっくりとホルスターから抜いて、静かに構える。

    (,,゚Д゚)「俺の名前を何で知ってるラギ」

    (<・>L<・>)「それは勿論、有名人ですからね。
          〝虎〟と関わり合いになりたくない人は大勢います」

    安全装置を外し、撃鉄を起こす。
    狙いは男の胴体に合わせ、指は銃爪にそっと添えられた。

    (,,゚Д゚)「答えろ。
        手前は誰ラギ」

    (<・>L<・>)「仮に名前を言って、顔を見せたところで分かりませんよ。
           貴方はそういう人ですから」

    (,,゚Д゚)「久しぶり、って言っただろ。
        ってことは一度会ったことがあるのか?」

    (<・>L<・>)「ふふ、まぁそれに近いということにしておきましょう」

    (,,゚Д゚)「撃たれてから話すのはつらいぞ」

    (<・>L<・>)「私と貴方のなれそめは、別に今知りたいことではないのでしょう。
           ……あのカジノについて訊きに来たのではないのですか?」

    (,,゚Д゚)「あぁ、そうラギ。
       手前が経営者か」

    (<・>L<・>)「いいえ、私は経営者でも運営者でもありません。
           私はただ、あの場所を任されているだけです」

    (,,゚Д゚)「言葉遊びをしようってんじゃねぇんだよ。
        変形ラシャン・ルーレット、あれを管理しているのは手前かどうかって訊いてるラギ」

    右手で銃を構えながら、左手で結束バンドを取り出す。

    (<・>L<・>)「あの場所は狂気に満ちています。
           耐えがたいほどの狂気、あんな空間はあるべきではないのです」

    (,,゚Д゚)「分かった、続きは刑務所で隣のゴリラ相手に呟いてろ」

    (<・>L<・>)「ドクオと会って話を聞いたのでしょう。
           そのことについて、貴方に話しておきたいことがあるのです」

    ドクオと行動しているところを見られたのだろう。
    そして、彼の名前まで把握しているという事は、トラギコの目的も筒抜けである可能性が高かった。
    どこかに内通者がいるのか。
    だが、カジノ・ロワイヤルに参加しているメンバーの中でヴェガに滞在しているのは四人だけ。

    その誰かから情報が漏れるとは考えにくかった。
    となると、警察署内、もしくはヴェガの市長から情報が漏えいしている可能性が考えられる。
    特に状況と情報管理の意識が低そうな人間を考えると、市長の可能性が濃厚だ。
    何故漏えいしたのか、それが問題だった。

    (,,゚Д゚)「……何だよ」

    (<・>L<・>)「信じる信じないは任せます。
           私が逮捕されたとしても、また違法カジノは形を変えて復活します」

    (,,゚Д゚)「らしいな。
       ドクオから聞いてるラギ。
       市長が関係しているのか?」

    (<・>L<・>)「それすらも、私には分かりません。
           私は案山子のような物で、あの場所で金を集めていただけなんです。
           発案や運営は別の人間が担当しています。
           そして、私にはこれ以上の情報がないのです」

    よくあるリスク管理の経営方法の一つだ。
    それぞれの担当を独立させ、単独では役に立たないが、それをまとめた時に一つの絵になる分散方法。
    複数の組織を使うことによって細分化し、万が一の際のリスクを封じるやり方だ。
    情報が無ければそれらを一つに統合することは不可能であり、追跡も出来ないという厄介な方法。

    やはり、一筋縄ではいかなそうだった。

    (,,゚Д゚)「それだけのためにここに呼んだのか?手紙でも伝言でもよかったじゃねぇか」

    (<・>L<・>)「いえ、それはおまけです。
           本当のことを言うと、貴方がヴェガに来ていると分かって、私は貴方に直接お礼が言いたかったんです。
           大した話をすることはできませんが、せっかく私に会いたがっているのだから、と思って利用させてもらいました。
           その内言えなくなってしまいますから」

    (,,゚Д゚)「何の礼ラギ?
        俺は手前の事なんか知らねぇラギ」

    仮面をつけた金持ちの知り合いはいない。
    この男が何を言いたいのか、いまいち分からない。
    気のせいか、仮面の下で男が悲しそうな顔を浮かべた様に思えた。
    そして、男は仮面を脱ぎ捨てた。

    気弱そうな男の顔がそこにあった。

    (´・_ゝ・`)「……デミタス・キーマン、という名前はご存知ですか?」

    (,,゚Д゚)「知らねぇな」

    (´・_ゝ・`)「七年前、ヴェガの路地裏で殺されそうになっていた男を助けたことなんて覚えていないでしょう」

    (,,゚Д゚)「助けた奴の名前なんて、いちいち覚えちゃいねぇよ」

    (´・_ゝ・`)「ははっ、そうでしょうね。
         貴方はそういう人だ。
         ……でも、ちゃんと自分の口で直接お礼を言いたかったのは事実です。
         あの時、貴方のおかげで私は今日まで生きて、妻と娘も得る事が出来ました。

         あの時は本当にありがとうございました、トラギコ・マウンテンライトさん」

    (,,゚Д゚)「さぁな、だが、その言葉はとりあえず受け取っておくラギよ。
        デミタス・キーマン」

    撃鉄を戻し、安全装置をかけた銃をホルスターに戻す。
    この男は敵ではなさそうだ。
    有益な情報を聞き出すことは出来なかったが、カジノ摘発に際して何かしらの裏があることは間違いないことが分かった。
    それだけでも良しとしよう。

    (´・_ゝ・`)「お預かりした金は、宿泊先に届けさせていただきました。
         それと、身勝手な願いを一つよろしいでしょうか?」

    (,,゚Д゚)「聞くだけ聞いてやるラギ」

    デミタスは目を少年のように輝かせ、大人のようにかしこまり、言葉を紡いだ。

    (´・_ゝ・`)「一緒に酒を飲みませんか?」

    * * *

    七月十六日。
    星明かりが眩く煌く夜八時。
    覆面をし、武装した男達がヴェガの闇夜に紛れて移動していた。
    彼らの手にはUMP45があり、サプレッサーとダットサイト、緑色の光を放つレーザーサイトが装着されていた。

    男達の服装は黒で統一され、鉄板を入れた防弾ベストのファスナーでさえ黒だった。
    だが、彼らが被る仮面は違った。
    合金で作られた仮面は笑みを浮かべた骸骨を模し、銀色で塗装されている。

    (<>L<>)「……」

    異様な姿をした男達の姿は街の二か所にあった。
    どちらも白い配送用バンの後部座席に七人が乗り、装備の最終点検を行っていた。
    運転席にいるのは人の良さそうな顔をした男で、有名な配送業者の制服を着ている。
    だが彼らの懐に潜む物と眼光の鋭さは配送業者のそれではなく、狩人にこそ相応しいものがあった。

    街の大通りから離れ、薄暗い路地にバンが停車し、エンジンが切られた。
    後部座席の男達は腕時計の放つ蓄光塗料の明かりを見て、腰を上げた。
    無言のまま秒針が動くのを見つめ、八時十分丁度になった瞬間、彼らは車から素早く降りた。

    バンから降りた一行は、古い雑居ビルに接近した。
    一人の男が錆の浮かぶ扉の前に立ち、インターフォンを三度鳴らす。
    鉄の扉がゆっくりと開き、男はそれを思い切り押し開いた。
    後続の男達がその隙に一気に内部に入り、スーツを着た男に銃口を向けて床に伏せるよう無言で命令をした。

    男は咄嗟の事に唖然としていたが、仮面の男の一人が黒服を押し倒し、白い結束バンドを使って両手を背中で縛り上げた。
    両脚も同じようにして縛り、レッグバッグからスタンガンを取り出して男の首筋に当て、一気に電流を流し、気絶させた。
    先を行く三人とは別に、四人はそれぞれ別の場所に向かって散っていく。

    廊下を進んでいく三人の男達は、突き当りにいた男をテーザー銃で沈黙させ、縛り上げた。
    先頭を歩く男は明滅する蛍光灯の扉を選び、一定のリズムでノックをする。
    ノックが返され、再びノックで返答する。
    扉がじわりと開いた瞬間、扉を蹴り開く。

    すぐそこに立っていた黒服の男はテーザー銃で意識を奪われ、後頭部から地面に倒れた。

    (<>L<>)「警察だ、全員動くな!!」

    銃を構え、その先にいる男女達に警告する。
    その警告を冗談か何かだと思ったのか、人相の悪いパンチパーマの男が歩み寄ってくる。

    「何だ、手前ェ!!ブッこ――」

    瞬間、男の爪先が吹き飛んだ。
    男は倒れ、脚を押さえて子供のように泣き喚いた。
    男の頭を踏みつけ、仮面の男が大声で命令する。

    (<>L<>)「抵抗するなら容赦なく撃つ!全員両手を頭の後ろで組んで這いつくばれ!」

    吼えるような男の声に、ほとんどの人間がそれに従った。
    しかし中には逃げようとする者達がいた。
    闘技場を囲む位置に座っている人間達だ。
    今ならば逃げ遂せられると思ったのだろう、愚かなことだ。

    (<>L<>)「スタン!」

    男の短い指示を受け、次々と下のフロアにスタングレネードが投げ入れられる。
    至近距離に雷が落ちたかのような閃光と爆裂音が狭い空間に響き渡り、仮面を付けていない全ての人間の動きを止めた。
    先ほど別れた四人が下に現れ、体を丸めて悶える人間達を次々と捕縛していく。
    今回用意した結束バンドはジュスティア警察が正式に採用しているもので、絶妙な柔軟性によって人間の力ではまずもって破る事は出来ないものだった。

    手早く拘束され、手早く中央のリングに集められる。
    溢れた人間はそれを囲むようにうつ伏せにさせ、抵抗の素振りを見せる者にはテーザー銃が使用された。
    誰も動かなくなるのを確認してから男は腕時計の針を見て、満足そうに鼻を鳴らした。

    (<>L<>)「上出来じゃねぇか」

    ――違法カジノの摘発、そして関係者全員を逮捕するのに〝カジノ・ロワイヤル〟と現地警察が要した時間は十五分だった。
    定刻通りにそれぞれのカジノ前に護送車と応援部隊が到着し、捕えた経営者たちを次々と乗せ、街から離れた荒野に建設された刑務所へと連れて行く。
    後は裁判で市長が刑を言い渡し、裁きを受けるだけである。
    本当であれば、だ。

    どこからか事件の匂いを嗅ぎつけたマスコミたちが集まり、男達はあっという間に取り囲まれて写真を撮られた。
    男達はインタビューには一切応じず、ヴェガ警察の報道担当官が場所を変えて代わりに返答することになった。
    マスコミたちが消えるのを見送ってから、違法ラシャン・ルーレットのカジノを摘発したトラギコは仮面を取った。

    (,,゚Д゚)「死者はなし、ばっちりラギ」

    ( ><)「でも最後のスタンで大分被害が……」

    トラギコの隣で同じく仮面を脱いだビロードが補足するようにつぶやく。

    (,,゚Д゚)「ヴェガの法律じゃ、違法と知って利用する連中も犯罪者ラギよ。
        多少痛い目を見ないと、あいつらまた繰り返すラギ」

    ( ><)「でもこれで違法カジノは潰したから、繰り返しようがないのでは?」

    (,,゚Д゚)「まぁ、それはこれから分かるラギ」

    ( ><)「市長が関わっているっていう、あれですか?」

    あの夜、トラギコは得た情報をビロードに話していた。
    眉唾物の話だが、確かに、潰しては湧き出てくる違法カジノの存在は不自然だった。
    まだ不確定な情報だけに、これは彼らの間だけに留め、他の二人には黙っていることにした。
    代わりに昨夜、予定通りの時間に集まった人間達の間で違法カジノの情報を共有し、現地警察と協力して一斉に摘発することとなった。

    作戦は極めて単純で、少人数で侵入後、一気に制圧するという流れだった。
    トラギコの提案によって結束バンドとスタングレネードを大量に用意し、死者を出さない方針で作戦が決行された。
    先ほど連絡で聞いたが、シラヒゲ達のチームでは抵抗する人間がいた為、数人を射殺することになったそうだ。

    (,,゚Д゚)「市長が関わってるんなら、今回の逮捕者に対して何か不自然な処遇が下されるはずラギ。
        だが昨日見た新聞には、処罰は五十年の無償労働が判決にあったラギ。
        その翌週には目撃されている事を考えると、裏で何が動いているとしか思えねぇラギ」

    ( ><)「刑務所に行って確認しますか?」

    (,,゚Д゚)「あぁ、それが確実だろうな。
        まずはあの馬鹿どもが収監されてから行くラギ。
        目立たないようにな」

    ( ><)「シラヒゲさん達には報告をしない方が?」

    (,,゚Д゚)「分かってきたじゃねぇか。
        でもその前に、ちょいと現場を調べようじゃねぇか。
        荒らされる前にな」

    武器を持ったまま、トラギコ達は再び地下のカジノへと向かった。
    立ち入り禁止を示す黄色と黒のテープをくぐり、ラシャン・ルーレットの会場に降りる。
    フェンスに囲まれたリングは下の観客席よりもやや高い位置にあり、銃弾が観客席に飛んでも大丈夫なように強化アクリルの壁が設けられていた。
    リングの上には黒く変色した血の跡が残り、中にはまだ赤さを失っていない、比較的新しい物もあった。

    (,,゚Д゚)「とりあえず、事務所を探すぞ」

    何かしらの情報が残っているとしたら、ここを運営していた人間がよく出入りしている場所に限られる。
    事前にビルの図面は確認しており、特別な抜け道はないことが分かっている。
    不安な点としては、このビルの所有者は市長であるという事だけだ。

    リングから離れた壁際にドアノブを見つけ、トラギコは駆け寄る。
    押しても引いてもびくともしない。
    施錠されているのだ。
    あの騒動の中、ここが施錠されるタイミングは限られている。

    つまり、スタングレネードを投げ入れる直前、トラギコが警告をした時だ。
    あの時に何者かがここの扉を閉ざし、何かを封じ込めたのだろう。
    勿論、事前に扉が閉ざされていた可能性もあるが、ここの状況確認は制圧直後に現れたヴェガ警察の応援部隊が――

    (;,,゚Д゚)「――やられた、くそっ!!」

    警察が現場を制圧した際、部屋の鍵がかかったまま放置するはずがない。

    (;><)「ど、どうしたんですか?」

    (#゚Д゚)「ヴェガ警察の中に裏切り者がいるって話ラギ!」

    扉からヴィキーを遠ざけ、蝶番の位置を狙ってUMP45を撃つ。
    弾倉の中身全てを撃ち尽くし、コンクリートの壁を砕く。
    扉が僅かに傾ぎ、その奥にある暗い空間が見えた。
    だが暗すぎて何も見えない。

    弾倉を取り換え、薬室に一発送り込む。
    待ち伏せされているかもしれない事を考え、スタングレネードを用意する。

    (,,゚Д゚)「ビロード、援護しろ」

    スタングレネードを隙間に投げ入れ、中にいるかもしれない人間の視覚と聴覚を奪う。
    扉を力ずくで開き、中を確認する。
    ビロードが背後からライトで中を照らした。

    (,,゚Д゚)「……マジか」

    そこには、もう一つの扉があるだけ。
    そう、もう一つの扉があったのだ。

    (;><)「そんな、ここに扉があるなんて設計図には載っていませんでした!」

    (,,゚Д゚)「こりゃいよいよ市長が怪しくなってきたラギ」

    市長であれば設計図に手を加えることも削除をすることも可能だ。
    彼がもつ建物で賭けを行えば場所代を回収することも、そこでの秘匿性を高い状態で維持することも出来る。
    二人は一度その部屋を出て、トラギコは影から新たな扉のノブに銃腔を向け、一発だけ発砲する。
    金属のノブに銃弾が当たり、直後、扉の向こうから大爆発が起きた。

    (;,,゚Д゚)「のわっ!?」

    熱風と瓦礫、そして衝撃によってトラギコとビロードの体はリングを囲うフェンスにまで吹き飛んだ。
    幸いなことに、安全に吹き飛ぶことが出来たおかげで外傷はないが、爆発の衝撃で耳鳴りが酷かった。
    ふらつきながら先ほどの部屋に目を凝らすと、瓦礫の山と化していた。
    あれでは扉の向こうにあるかもしれない通路は塞がれ、何より、設計図と作りが違う事を指摘できない。

    指摘しても、爆発のせいで塞いでいたはずの過去の通路が現れたと言い逃れをされ、はぐらかされる。
    隠し通路の存在と市長を結び付けようにも、このままではどうしようもない。
    トラギコの堪忍袋の緒が切れた。
    何が何でもこの事件の黒幕を表に引き摺り出し、然るべき裁きを受けさせてやらなければ気が済まない。

    例えそれが市長であろうが、誰であろうが関係ない。

    (,,゚Д゚)「おいビロード!生きてるラギか!」

    (;><)「いてて……」

    (,,゚Д゚)「ならいいラギ」

    服に付いた汚れを払い、次にやるべきことを整理した。
    とりあえず黒幕を殴る事は決めた。
    そこに至るまでの経緯を逆算し、今夜の内に決着をつけなければ逃げられると考え至った。
    扉に仕掛けられていた爆弾は、万が一に備えての証拠隠滅の罠。

    そしてそれを起爆させるのは、余計な好奇心を持った人間だけ。
    つまり、トラギコのようにこの扉の存在に気づき、行動する人間だ。
    すでに証拠隠滅を図っている可能性が極めて高かった。
    追うべきは護送車、そしてその行き着く先だ。

    (,,゚Д゚)「刑務所に行くラギ!」

    そのままビルを飛び出し、二人はタクシーを捕まえようと大通りに向かう。
    すると、二人の前に黒塗りのセダンがブレーキの音を響かせながら急停車した。
    助手席の窓が開き、車の搭乗者が顔を出す。
    それは、スーツ姿のシラヒゲとイシだった。

    ( ´W`)「急ぐんだろ?」

    運転席でハンドルを握るシラヒゲの言葉に頷き、トラギコとビロードはセダンに乗り込む。
    扉が閉まるとセダンは猛スピードで大通りを進み、ヴェガの北に向かっていた。
    刑務所とは真逆の方向だった。
    気付いた時には扉が強制的にロックされ、逃げ道を奪われていた。

    (,,゚Д゚)「……どういうことラギ」

    ( ´W`)「着いてから話す」

    助手席でイシが二人にさりげなく視線を向けている事に気づき、トラギコは黙ることにした。
    まさか、この二人が市長に買収されているというのか。
    だがそれにしては、トラギコ達から銃を奪おうともしない。
    懐に手を入れて相手の出方を見るが、特に何も言ってこない。

    目的がよく分からないまま、車はヴェガの市長宅兼役所に到着した。
    市長室に通され、高価そうな彫刻が施された木製の扉を開く。

    ( ・∀・)「やぁ、悪いね、シラヒゲ君」

    白髪の混じった黒い髪を後ろになでつけ、豊かな口髭を生やした初老の男はソファの上でグラスに入った透明の液体を飲んでいた。
    漂う香りとローテーブルに置かれたボトルから、その液体がブランデーであることが分かる。
    一目でそれと分かる上質な生地で作られたグレーのスーツを着込み、その指には金色の指輪が一つずつ嵌められていた。
    この男こそが、ヴェガの市長。

    賭博の街を統べるモララー・グッドマン、その人である。

    ( ・∀・)「まぁ座りたまえよ。
         その二人が君の言っていた?」

    ( ´W`)「はい、市長。
        トラギコとビロードです」

    名を呼んだ二人をモララーの向かい側に座らせ、シラヒゲはトラギコの両肩に手を置いた。
    動くな、という意味だった。
    UMPをさりげなくトラギコの肩から外し、シラヒゲはそれを自らの肩にかける。

    ( ・∀・)「何か飲むかね?」

    (,,゚Д゚)「いらねぇラギ。
        それより仕事に戻らせろラギ」

    ( ・∀・)「ははっ、まるで獣だな。
         だが、仕事はもう完了しているんだ。
         戻る必要はないよ」

    (,,゚Д゚)「……どういうことラギ」

    ( ・∀・)「これはエンタテインメントと治安維持の一環でね。
         もう何年もずっとやっているんだが、そろそろマンネリ化が酷くて困っていたんだ。
         だから、いっそ大げさにやってアピールしつつ、小さな芽を潰すことにしたのさ」

    (,,゚Д゚)「あの二軒のカジノをわざと潰して、示威行動に役立てたってことラギか」

    大手の店が取り締まられれば、小さな店は次は我が身と怯え、店を畳んで逃げることになる。
    ヴェガの警察は機能し、違法カジノは存在することが難しいと言わしめるための余興。
    その余興に付き合わされたと考えると、腸が煮えくり返るようだった。
    それならばトラギコが出張る必要はなく、むしろ、新入りの警官だけで十分な話だ。

    ( ・∀・)「その通りだよ。
         まぁそれに、何事も合法の物だけでは飽きるからね。
         息抜きをするような場所を作って、客を楽しませるのが市長の役目だ。
         こちらは金を得て、向こうは楽しみを得る。

         ウィンウィンの関係というやつさ」

    モララーがグラスを傾け、酒を口に含んだ。
    売春や薬物の販売について黙認していることは知っていたが、自ら違法カジノを産み出し、潰すというのは全く聞いたことが無い。
    むしろ、それならばそれで勝手にやっていてもらいたいことだ。
    こちらを巻き込むのは極めて迷惑と言うものだ。

    それに、看過できない事が一つあった。

    (,,゚Д゚)「変形ラシャン・ルーレットの黒幕は手前ラギか」

    ( ・∀・)「あれは勝手に運営者が暴走しただけだ。
         私だって人殺しをしているとは思わなかったものでね、流石に今回は厳罰を下すことにしたよ」

    (,,゚Д゚)「形はどうあれ、後ろで糸を引いてたのが手前なら、罪は償ってもらうラギ」

    薬物などの可愛らしいものならまだしも、殺しを黙殺するわけにはいかない。
    こればかりは、トラギコの中にある、越えてはならない一線だった。

    ( ・∀・)「おいおい、聞いていただろ?あれをやったのは、運営者。
         私はあくまでも無関係なんだ」

    殴りかかろうかと身を動かしかけたが、肩を掴むシラヒゲの腕に力が込められ、立ち上がることが出来なかった。
    無表情でトラギコを見下ろす彼を睨み上げ、一つ問う。

    (,,゚Д゚)「……うちの市長はこれを知ってるラギか?」

    答えは沈黙だった。
    無言を否定と取るのも肯定と取るのも自由だが、まるで意味のない、生産性のない答えだった。
    イシに視線を移すも、彼も同様にビロードを押さえつけて無表情のまま沈黙している。

    ( ・∀・)「話を戻そう。
         君達カジノ・ロワイヤルが活躍してくれたおかげで、違法カジノ二店は無事に摘発された。
         そして、彼らはマフィアと繋がっていたため、護送中に報復されて全員が爆死した。
         これが、シナリオだ」

    (,,゚Д゚)「口封じか」

    ( ・∀・)「裁判をしてもあまり盛り上がらないからね。
         そろそろ変化が必要だったのさ。
         それに、ジュスティア警察の優秀さも周知できるからね。
         ほら、明日の朝刊だ」

    ローテーブルの上に置かれていた新聞を指さし、モララーは再び酒を飲む。
    黒煙を吐き出す護送車の横に報道担当官による今回の一連の作戦とその成功秘話が語られており、そこにはビロードの名前でコメントが書かれていた。
    ビロードに関しては彼が如何に優秀で、金の羊事件を解決した背景についてありもしない話を担当官が述べており、今後の警察に必要な逸材だと褒め称えていた。
    民間人を乗せた護送車は狙われず、カジノに関わっていた人間達の護送車が銃撃された後爆破され、
    全員の死亡が確認されたと書かれているが、爆殺する必要がなかった従業員もいたかもしれない。

    デミタスの罪は別に死で償わなくてもよかったはずだ。

    ( ・∀・)「というわけで、君達の仕事は無事に終わったわけだ。
         君たちが全力で動いてくれたおかげで、街の人間も大喜びだよ」

    つまり、最初から最後までトラギコ達はピエロのように動き回っていただけなのだ。
    違法カジノ摘発チームの存在も、その仕事内容も。
    全てが偽り。
    恐らくは、現地警察もこの事を知っていて協力しているのだ。

    そして当然、ジュスティア警察の長官もそれを理解しているのだろう。
    警察はあくまでも契約関係にある街の法律を守らせるのが仕事であり、その街を統べる人間が意図的に行い、警察に伝えてある物事であれば取り締まることはできない。
    彼らの仕事は秩序を守ることであり、契約者の意図に反した正義を執行することではない。
    例え事件の終わりがこんな茶番に付き合わされて終わったとしても、文句を言う権利はないのだ。

    (,,゚Д゚)「……そうかよ」

    トラギコの体から力が抜ける。
    これ以上ここにいて憤っても仕方がない。
    長居すると肺が腐りそうだ。

    (,,゚Д゚)「俺は帰るラギ。
        後はあんたらで仲良く勝手にやってくれ」

    ゆっくりと席を立つ。
    シラヒゲの手が肩から離れ、トラギコは出入り口へと向かった。
    その後ろをビロードが心配そうについて行こうとする。

    ( ´W`)「ビロ、お前はここに残れ。
        話がある」

    (;><)「あ、あぅ」

    シラヒゲに呼び止められ、ビロードは逡巡した挙句、そこで立ち止まるという選択を取った。

    (,,゚Д゚)「そうだ、最後に」

    そう言って扉の前で立ち止まる。

    ( ・∀・)「何だね?」

    (,,゚Д゚)「痛い目にあったことはあるか?」

    振り向きざまにトラギコはテーザー銃を抜いて、モララーに向かって銃爪を引いた。
    二本の針がモララーの胸に突き刺さり、数十万ボルトの電流が彼の体を駆け巡った。
    モララーは悲鳴を上げてソファの上に倒れ、トラギコをシラヒゲが押し倒し、その背中に馬乗りになった。

    (;・∀・)「あびゃっ?!」

    奇妙な声と共にモララーの四肢が痙攣している。

    (;´W`)「何をしている、貴様!!」

    〈::゚-゚〉「狂ったか、トラギコ!!」

    イシがトラギコの両手を背中側で縛り上げる。
    ビロードは呆然とその様子を見ているだけだった。

    (,,゚Д゚)「仕事を果たしただけラギよ、先生。
        最初にもらった書類には、カジノの摘発とあったラギ。
        そしてその黒幕を見つけたから、逮捕しようとしているだけラギ」

    (#´W`)「話を聞いていただろう!!これは政策なんだ、干渉するな!!」

    (,,゚Д゚)「干渉なんてしてないラギ。
        何せ、それが事実かどうかなんて俺は訊いてないラギよ、先生と違って。
        なら局長に聞いてみますか?」

    例えヴェガ市長直々にこれが茶番であると言ったとしても、トラギコはその真偽を調べる術はない。
    万が一、市長が何者かに脅されてそう喋っているだけかもしれないし、正常な判断力を失っているだけかもしれない。
    ならば、最初に彼が引き受けた仕事を果たすのが職業的な正解だ。

    (,,゚Д゚)「話を降ろしてもらっていない以上、俺に非はないラギ。
        俺の上司はあんたじゃない。
        セントジョーンズ局長ラギ。
        局長から話がなければ、俺は最初の予定通り犯罪者を逮捕するラギ」

    (#´W`)「っ……!!」

    トラギコの性格をよく知るシラヒゲだからこそ、この話を黙っていたのだろう。
    もしこれを聞けば、トラギコは彼の予想外の行動をとって作戦の根幹を変えかねない。
    あえて黙っていたことが裏目に出たと分かった時には、もう遅いのだ。

    ( ´W`)「イシ、長官に連絡をしろ!!今すぐに!!」

    (,,゚Д゚)「……分かったら離して下さいよ、先生」

    ( ´W`)「ビロ、救急車を呼んで市長を病院に連れて行け!!」

    病院に逃がせば、トラギコが市長を逮捕するまでの間にセントジョーンズから連絡が来る。
    そうすれば、逮捕は出来なくなる。
    それが狙いなのだ。

    (,,゚Д゚)「ビロード、耳を貸すな」

    ( ´W`)「ビロ!!命令に従え!!」

    (;><)「あ、あ……」

    上司二人から同時に命令を下され、ビロードは右往左往する。
    その姿に業を煮やしたのか、シラヒゲが更に大声で怒鳴る。

    (#´W`)「お前の上司はこの俺だ!!」

    (,,゚Д゚)「ビロード、お前のやりたいようにやればいいラギ」

    (;><)「うわああああぁぁぁ!!」

    叫びながら、ビロードは受話器を持ちあげたイシにテーザー銃を向け、発砲した。

    〈::゚-゚〉「あぎっ?!」

    イシは受話器を持ったまま倒れ、ビロードはカートリッジを交換し、テーザー銃をシラヒゲに向けた。

    (;´W`)「自分が何をしているのか、理解しているんだろうな!!」

    (;><)「ぼ、僕は……僕は……!!」

    銃を構える手は震えていたが、その目はしっかりとシラヒゲを見据えている。

    (,,゚Д゚)「お前はどうしたいんだ、ビロード」

    銃爪は慟哭と共に引かれ、シラヒゲの体に二本の針が突き刺さる。
    筋肉が硬直し、シラヒゲはそのまま卒倒するように倒れた。

    (;´W`)「馬鹿……がっ……!!」

    * * *

    七月二十日。
    ヴェガから帰還したカジノ・ロワイヤル一行はその日、ラブラドール・セントジョーンズの前に集められていた。
    ジュスティア警察の会議室を一室貸切り、極秘裏にある会議を行うためだった。
    会議室には上質な木材で作られた円卓が三か所に置かれ、クッション性の高い椅子が並んでいる。

    一つの円卓にトラギコ・マウンテンライトとビロード・フラナガン、そして彼らの向かい側にシラヒゲ・チャーチルとイシ・シンクレアが座っている。
    そして、セントジョーンズは沈黙したままその円卓の傍に立っていた。
    セントジョーンズの沈黙は招集から十五分後に、彼の言葉で終わりを告げた。

    (’e’)「……結論から言おう。
        今後、ヴェガとジュスティアが契約することはなくなった」

    誰もその言葉に対して異議を唱えたり、質問をしたりすることはない。
    セントジョーンズは続ける。

    (’e’)「双方の方向書を読ませてもらった。
        この一件、事件としてジュスティア警察は処理することにした」

    トラギコはどこからか取り出した缶コーヒーを飲み、軽くげっぷをした。
    そしてその挑戦的な眼は眼前に座る二人に向けられている。

    (’e’)「ただし、シラヒゲ、イシ、お前達がジュスティア内で起こした事件としてな」

    (;´W`)「何?!」

    シラヒゲが思わず声を上げる。

    (#´W`)「どうして我々なんだ?!」

    (,,゚Д゚)「そりゃあ、違法行為に手を貸していたからラギ」

    (#´W`)「トラギコ、貴様、何をした!!」

    (,,゚Д゚)「……先生、俺は何もしてないラギよ。
        俺は、ね」

    懐に手を伸ばし、トラギコはヴェガで購入した携帯電話を取り出した。

    (,,゚Д゚)「カジノで大勝ちしたんでね、つい買ったラギ。
        で、あの時車の中でついボイスレコーダーを起動しちまってね。
        とりあえずあれ以降の会話を全て聞かせてみたわけラギ」

    (#´W`)「この作戦は長官も知っていることだ、何を馬鹿なことを!!」

    (,,゚Д゚)「だろうな。
        俺は市長に聞かせたラギ」

    (;´W`)「なっ……貴様っ……!!」

    カジノ摘発の前にトラギコが行ったのは、情報通りモララーがこの一件に関わっていたとしたらどのようにしてそれを公にし、責任問題につなげられるかという問題の解決だった。
    欲しかったのは確実な証拠、つまり、言質を取る事だった。
    そのために使う道具として、携帯電話を購入した。
    そして、最悪の事態を想定した。

    カジノ・ロワイヤルを編成するにあたり、長官の承認は絶対に必要不可欠な物だ。
    もしモララーが根回しをしていて、警察への強い影響力を持っていたとしたら、どれだけ逮捕したとしても犯罪者に逃げられてしまう。
    それを阻止するために、トラギコが考えたのは警察以上の影響力を持つ人間の協力を得る事だった。
    つまり、正義の都の支配者。

    正義の体現である、ジュスティアの市長からの協力だ。
    警察の最高権力者よりも遥かに影響力があり、発言力もある市長に何かしらの情報伝達が出来れば、万が一何かが起きても対抗することが出来る。
    いわば、ジュスティアにおける切り札なのだ。

    (,,゚Д゚)「長官は知っていても、流石に市長は知らなかったみたいラギね」

    警察の最高権力者は長官である。
    そのことに間違いはない。
    だが、作戦の責任者は局長だった。
    しかしながらあの時、シラヒゲは局長ではなく長官に電話をするようイシに告げていた。

    そこに彼のミスがあった。
    まず、局長に連絡すべきだったのだ。
    それをしなかったのは、局長に電話をしても無意味だったからであり、ということはつまり、作戦の詳細は完全に共有されているわけではない事が想定された。
    現場の判断と市長の意見が食い違う事はよくある話で、どちらかと言えば現場裁量によって決められることが多い。

    ヴェガに於いては、それが売春や薬物販売の黙認である。
    あえて逮捕しないことによって、街全体の利益や秩序の保護に役立っているということが分かっているため、現場ではそれを言及しないことになっていた。
    当然、長官はそれを知っている。
    むしろ知らないのは市長ぐらいだろう。

    ジュスティア内部でさえそうしているのだ。
    現場に出ない人間は違法に対して黙認する匙加減を知らず、違法行為を一概に逮捕するべしと口にする。
    それがジュスティアの市長だ。
    しかしながらトラギコの行為は、現場で働く人間達にとっては暗黙の了解をないがしろにするもので、非難されて当然の行動である。

    (,,゚Д゚)「人を騙すにしても、限度ってものがあるラギ。
        だから俺も限度を越えさせてもらったわけラギ」

    正直なところ、市長がヴェガの政策について理解を示しているかどうかは分からなかった。
    録音した音声を利かせたところで意味があるかは分からなかったが、結果として、トラギコはこの賭けに勝ち、シラヒゲ達は賭けに負けた。
    もしも録音が無ければ、悪名高いトラギコの言葉を市長が聞き入れることはなかっただろう。
    録音の有無が勝敗を分けたのである。

    あの時トラギコが懐に手を入れるのを防いでいれば、こうはならなかった。

    (’e’)「……シラヒゲ、イシ。
        お前達の処遇は追って連絡がいく。
        まずは自宅待機だ」

    二人は席を立ち、トラギコを睨みつけた。
    暗黙の掟を破った男に対して、非難の目を向けるのは仕方のない事だが、トラギコは睨み返した。

    (,,゚Д゚)「何か?」

    (#´W`)「お前が救いようのない馬鹿だったとは知らなかったよ」

    (,,゚Д゚)「あぁ、俺もびっくりラギ」

    賭けで命を奪うことを命じた人間。
    己の保身のため、操り人形を爆殺するよう命じた人間。
    それが同一人物なのであれば、例え街の利益に関することだとしても、法に照らし合わせて対処するべきなのだ。
    それをこの二人は怠り、あまつさえ、協力した。

    それがトラギコの中にある一線を越え、激怒させた。

    〈::゚-゚〉「これで満足か、トラギコ」

    イシが嫌味っぽく声をかけて来たので、トラギコは淡々とした口調で答える。

    (,,゚Д゚)「糞ほども愉快じゃないけどな」

    跫音荒く、二人が会議室を出て行く。
    残った三人の間に沈黙が流れた。
    ベテランで人望もある二人の降格は、間違いなく署内でも噂になる。
    そして最終的にはトラギコが原因であることに行き着き、何かしらの嫌がらせが行われるだろう。

    嫌がらせを受けるのには慣れており、また、その報復をするのにも慣れている。
    署に長くいる人間ほどそれをよく分かっているだろうから、嫌がらせをするのは決まって中堅どころの馬鹿に限られてくる。

    (,,゚Д゚)「責めるラギか?」

    トラギコの問いに、セントジョーンズは首を横に振った。

    (’e’)「まさか。
        だがお前にも処罰がある」

    (,,゚Д゚)「仕事熱心すぎましたからね、覚悟はしてたラギよ」

    (’e’)「一応聞くが、ヴェガで得た大金をどうした。
        こちらの調べでは、九千五百万ドルを手に入れたはずだが」

    やはり、そこが問われてしまった。
    理外の儲けである九千五百万ドルの行方は気になるだろう。
    元はと言えば、カジノで大勝するために使ったのは警察の経費。
    つまり、カジノでの儲けは警察に還元しなければならないのだ。

    だがセントジョーンズはそのことについて咎めるような口調ではなく、事務的に淡々と説いている。
    恐らくは、上からの指示で事務的に訊いているだけだろう。

    (,,゚Д゚)「全部飲み代に使ったラギ。
        いい酒を飲んで身分をアピールする必要があったので」

    事実、トラギコは得た金を全て使い果たしている。
    今さらそれを渡せと言われても、残念ながら逆立ちしてもその金は出せないのだ。

    (’e’)「ほぅ。
        そう言えば世間話なんだが、ジュスティアにある児童養護施設に〝ビロス刑事〟の名で多額の寄付金があったそうだ。
        全部の施設を合わせると、九千万ドルらしい」

    (,,゚Д゚)「へぇ、そりゃすごいラギ。
        物好きな奴が世の中にはいるもんラギね」

    (’e’)「そしてお前達がモララーに支払うことになった賠償金は五百万ドル。
        二つを結びつけると九千五百万ドルになる。
        奇妙だとは思わないか?」

    (,,゚Д゚)「いいえ、全然。
        俺がこの街に戻ってくる時、持ち物検査をしたでしょう?」

    (’e’)「そうだな、お前は確かに持っていなかった。
        ちなみに、ヴェガにいるエイミーとかいう女を知ってるか?」

    (,,゚Д゚)「ホテルにいた女ラギね」

    (’e’)「その女からお前宛に荷物が送られてきた日と、寄付のあった日が同じなんだが、これも偶然か?」

    (,,゚Д゚)「ただの偶然ラギよ、気にする程の事じゃありませんラギ」

    セントジョーンズは笑みを浮かべもせず、トラギコの言葉を聞いていた。
    そこまで調べがついているのならば、これはやはり形式的な質問で、トラギコが認めるかどうかを知りたかっただけなのだろう。

    (’e’)「そうか、それならいいんだ。
        その施設から手紙を預かっているんだが、後でお前に渡しておく。
        保管しておけよ」

    (,,゚Д゚)「資料の保管と言う事であれば」

    机の上で腕を組み、セントジョーンズは短い溜息を吐く。

    (’e’)「さて、単刀直入に処遇の話をしよう。
        トラギコ、お前にはジャーゲンに行ってもらう。
        先日、一つ大きな事件が解決したばかりなのは知っているか?」

    (,,゚Д゚)「……子供を犯して殺す変態ですか?」

    連日新聞に載っていた連続強姦殺人事件。
    被害者は皆子供で、犯された後に惨殺された事件である。
    ようやく解決出来たのであれば、それは何よりである。
    ただし、場所が場所だけに安心はできない。

    (’e’)「そうだ。
        それを担当していた警官達が揃って転属願いを出して来てな。
        理由は分かるだろ?」

    (,,゚Д゚)「若者が更生することを重要視する法律のせい、ラギね」

    (’e’)「……犯人は、未成年だったよ。
        しかも精神疾患者で尚且つ当時は酒を飲んでいたってことで、半年だ」

    (;,,゚Д゚)「半年?嘘だろ、いくら何でも」

    (’e’)「未成年で尚且つ判断能力がない人間に重い責任を負わせない、それがあの街の法律だよ」

    どんな犯罪者でも未成年であれば基本的には更生の余地を与え、社会に貢献させるという事を基本に考えた法律。
    若者の可能性を重んじるその法律は今の市長、ジョセフ・アルジェント・リンクスがその椅子に座った時から始まり、今日に至っている。
    法律が改正された当時、その政策は警察に大きな衝撃を与え、困惑させた。
    そして今、ジャーゲンが抱えている問題は、再犯率の高さだった。

    これは当時から言われている事だが、ジャーゲンでは世界基準の成人年齢である二十歳未満であれば殺人を犯したとしても、
    更生の余地があると見なされれば仮釈放され、早ければ一年もせずに監察官を付けるという条件で釈放されることもある。
    更生率の高さと再犯率の高さの天秤が均衡を保っている異常な状況から職務に疑問を抱くことが多く、警官の定着率は低迷傾向にある。
    逮捕した若者が一か月後にはまた別の犯罪に手を染め、同じ警官に逮捕されることは日常茶飯事と言ってもいい。

    警官はその場所の治安が少しでも良くなるよう努力をするものだが、それが一向に報われないとなれば、そうなってしまうのも仕方のない話だ。

    (’e’)「それと、ビロード。
        お前もジャーゲンに転属だ」

    (;><)「は、はい……」

    (’e’)「お前の場合は処罰じゃなく、市長の意向がある。
        ヴェガでの一件でお前は有名人になった。
        なら次は、ジャーゲンで勤務をして治安が良くなれば、更に名を馳せる事が出来る、とのことだ」

    いよいよ本格的にビロードを英雄に仕立て上げようというのだろうが、果たして、本人はそれを望むのだろうかとトラギコは思った。
    ミニマルでもヴェガでも、彼自身が何かを解決したことはない。
    まだまだ青く、現場で責任を持たせるには早すぎる。
    背負わされている期待の重さは、見ているこちらが不安になる程だ。

    (’e’)「トラギコ、面倒を見てやってくれ」

    (,,゚Д゚)「他に適任がいるでしょう」

    (’e’)「あの街で気兼ねなく動ける人間はお前ぐらいだ。
        お前を転属させるのは俺の独断だ、分かってくれ」

    (,,゚Д゚)「局長がそう言うなら、引き受けますが、本人の意志はどうラギ?
       俺に巻き込まれるのはそろそろきついと思うラギが」

    (;><)「いえ、僕は……トラギコさんさえよければ、一緒にいていただけると助かります。
         僕一人だと、何も出来ません……」

    あの日からずっとこの調子だが、そろそろ気持ちを切り替えてもらわなければならない。
    いつまでも引き摺っていては、今後に関わってくる。

    (,,゚Д゚)「お前は何も間違ったことをしてないんだから、いつまでもくよくよしてんじゃねぇよ」

    (;><)「ですが、僕がもっとしっかりしていたら……」

    (,,゚Д゚)「しっかりしていたところで、今回はどうしようもねぇラギ。
        その代わり、ジャーゲンではお前が今回の一件を踏まえてどう動くのか楽しみにさせてもらうからな。
        後始末は俺がするラギ、気負わず思いっきりやれ」

    (;><)「でも、もしまた失敗してしまったら……」

    この男のマイナス思考は一度どこかで断ち切らないといけないが、恐らくこれは、彼の育ちに関係があると思われた。
    失敗を許されない完璧主義の人間に育てられれば、必然、こうなる。
    そして失敗を恐れて何もしなくなるのだ。

    (,,゚Д゚)「失敗ってのはな、それを次に活かさない馬鹿の事ラギ。
        俺を見てみろ、九半十二丁を見事に勘違いしていてもこうしてぴんぴんしてるラギ。
        違うか?」

    (;><)「そ、それとこれとは」

    (,,゚Д゚)「同じだよ。
        おかげで俺は正しい意味を知れたし、丁半賭博で馬鹿をやらかすことはなくなったラギ。
        だったら、お前が何を反省しているのかは知らないが、次に活かせば意味のある事だろ?
        それを経験って言うラギよ」

    この若造がどこまでやれるのかは未知数だが、変な期待ばかり背負わされて潰れるのを見るのも寝覚めが悪い。
    まだ自分の未来も夢も具体的に思い描けていない子供じみたこの男は、警官を続けるとは限らないのだ。
    ジャーゲンで働いたことはないが、あの街については良く知っている。
    少なくとも、ビロードを一人で行かせるよりはトラギコが一緒にいた方がいいだろう。

    (’e’)「悪いな、トラギコ。
        とりあえず二人には一週間の休暇を出す。
        しっかりと休み、準備を整えてからジャーゲンに向かってくれ」

    (,,゚Д゚)「今度もバイクで行け、とは言いませんよね」

    (’e’)「流石にお前達のケツがもたないだろうから、今回はエライジャクレイグの高速鉄道を利用してくれ。
        乗車券は当日に渡たす。
        一応、向こうの所長にはお前らが行く事は伝えてある」

    (,,゚Д゚)「それを聞いて安心したラギ。
        じゃあ、俺は帰って寝るラギ」

    ゆっくりと席を立ち、出口へと進むトラギコの背中越しにセントジョーンズの声が投げかけられた。

    (’e’)「帰る前に一つ聞かせてくれ、トラギコ」

    (,,゚Д゚)「はい」

    トラギコは振り返らない。
    セントジョーンズがこういう時に投げかけてくる質問は、いつも意地が悪い物だと決まっているのだ。
    きっと今、彼は悲しそうな顔を浮かべている事だろう。
    彼はそういう男なのだ。

    (’e’)「後悔はしているか?」

    (,,゚Д゚)「知っているはずですよ、局長。
        俺は自分のやったことに後悔はしない性格なんですよ」

    (’e’)「それを聞いて安心したよ」

    会議室を出てすぐに、トラギコはシラヒゲに横面を殴られた。
    そこで待ち構えている可能性、そして何かをされる可能性は考えていたため、慌てることはなかった。

    (,,゚Д゚)「……何ラギか」

    口の中が切れ、血の味が広がる。
    久しぶりに喰らったシラヒゲの拳は、昔と同じ強さだった。
    石で殴られたかのような衝撃は健在。
    まだまだ現役で通用する力強さだ。

    (#´W`)「俺はてっきり、お前に恥があるもんだと思っていたんだがな」

    その言葉を聞いたトラギコは、シラヒゲの胸ぐらを掴んだ。
    体格差はそこまでない。
    違いは年季、そして、致命的なまでに異なる価値観だった。

    (,,゚Д゚)「警官に必要なのはそんなもんじゃねぇラギ」

    そして、トラギコの拳が彼の頬を直撃し、確かな手応えを感じた。

    (,,゚Д゚)「恥やプライドで何が救える?何が報われる?あんたも歳を取って保身に走るような人間に墜ちたんだな、残念ラギ。
        その気になりゃ、あの市長を刑務所にぶち込めたんだ。
        そうすればまた誰かの生死が賭けに扱われることはなかったはずなのによ」

    もはや、トラギコはこの男に対して尊敬の念を抱くことはないだろう。
    警官が本来救わなければならないのは誰なのか、何なのかを忘れてしまい、自分を守るために生きる人形と化した彼は軽蔑の対象だった。

    (,,゚Д゚)「俺達は確かに契約通りに仕事をするべきなんだろうさ。
        だがな、それが警官の仕事なのかよ。
        それなら喧嘩自慢のクソガキでも出来る仕事ラギ」

    (#´W`)「青臭い事を抜かすなよ、小僧が。
        ルールを守る人間がルールを破ったら、誰がルールを守らせるんだ」

    トラギコを振りほどき、シラヒゲは折れた奥歯を地面に吐き捨てた。
    その目はぎらつき、トラギコをまっすぐに睨みつけている。
    トラギコもまた、肉食獣のような鋭い視線をシラヒゲに向ける。
    双方の間に見えない圧が生じ、ぶつかり合った。

    声を荒げることはない。
    これ以上殴り合う事もない。
    拳を一度交わせば分かる。
    もう、昔のような関係に戻ることは出来ないという事が。

    決別でもなく決裂でもなく、ただ、交わることが無い存在なのだと認識しただけなのだ。

    (#´W`)「青臭さは昔から変わらないな」

    (,,゚Д゚)「変える必要がないんでな」

    二人は互いに背を向け、それぞれ別の場所へと歩き出す。
    彼らは過去に捉われるほど時間を持て余してはいない。
    彼らが働くということは、世界はまだ彼らを必要としているのだ。
    方法は異なるが、彼らの目指す物の根底は同じだった。

    そう、違うのは方法だけなのだ。
    だからこそ、彼らはこれ以上の議論をすることはなかった。
    世界から一人でも不幸な人間が減る事を願い、彼らは法の番人となって街を転々とし、仕事を果たすのだ。

    ヴェガはこれから先、砂金で作られた城のように危うくも輝かしい姿を人々に見せ続ける事だろう。
    強風によって城が崩れ、消え去る危うさがあっても、彼らはその生き方を変えないだろう。
    トラギコ達がそうであるように、彼らは己の正しさを信じて今日を生きているのだ。

    力によって全てが変えられる時代に生きているのだとしても、彼らは互いがそうであるように、歩みを止めることはない。

    例えこの先、世界がどう変化しようとも――

    第二章 了



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    ┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻
    前回の夢鳥花虎……
    ①(=゚д゚)が暴れ、ヴェガの契約打ち切り
    ②暴れん坊刑事(=゚д゚)と新人警官( ><)はジャーゲンへ転属
    ③そこで二人を待ち受ける事件とは――
    ┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳
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    第三章【CAL21号事件】

    正義とは何か。我々はこの事件を機に今一度考え直す必要があるのではないだろうか。
                              ―――ジュスティアで回収された新聞記事より
    ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

    ‥…━━ Part1 ━━…‥

    十二月のジャーゲンは街全体が白に染まり、誰もが分厚いダウンのコートやマフラーを使って防寒に必死だった。
    ジャーゲンで生活する人々はこの寒さに慣れているため、特別何か思う事はないが、他所の街から来た人間にとっては殺人的な寒さだった。
    十二月七日の朝も、毎年同様、ジャーゲンは白化粧を済ませ、人々の吐く息をも白く変えた。
    月が変わってから青空はまだ一度も見えておらず、灰色の空が街の頭上を覆い、灰のような雪を降り積もらせた。

    大都市とは行かないが、ジャーゲンの街は背の高いビルが立ち並び、多様な人種が日々訪れる交易の街だった。
    東に行けば海が広がるが、ジャーゲン自体は海を利用した商売よりも陸路を使った貿易を得意としている。
    北の大地は季節の変化によって大きくその表情を変えることで知られており、冬には雪道、夏には荒野、そして梅雨には泥と濁流によって交通は極めて不便な物になる。
    そのため、ジャーゲンよりも奥にある街に向かうために一度そこに立ち寄り、車輌を交換する必要がある。

    中継地点として最適な場所に位置しているが故に、盛んな商売や名物は何もない。
    そんな事をしなくても街に金は落ちるし、必要な物資は頼まずとも運ばれてくるのだ。
    港には多くの街から船が来ることもあり、外交的な理由から警察の立ち入りは指示されていなかった。
    フェンスで囲まれた港にはエライジャクレイグが管理する鉄道が通っており、それもまた交易に必要な要素の一つだった。

    そこは様々な街が絡み合う場所だけに、些細なトライブルが大きな火種となって顧客を減らすことを避けたいという、街の意向がそのまま表れていた。
    朝の陽ざしが街に降り積もった雪を照らし、輝かせる。
    煙のように街中から立ち上る湯気によって、朝日がまるでスポットライトのように空から差し込んでいる。
    灰色の空に開いた僅かな切れ間から青空が一瞬だけ顔を出したが、それに気付いた人間は、その街には一人しかいなかった。

    (,,゚皿゚)アグッ

    トラギコ・マウンテンライトは街にあるコーヒーショップのテラス席で、巨大なタンブラーにたっぷりと注がれた甘いコーヒーを啜りながら、バゲットのサンドイッチを齧り付いていた。
    チーズ、生ハム、レタスとトマトというシンプルな素材に酸味の強いドレッシングとマヨネーズだけの味付けだが、朝食としてはこれで十分だと考えていた。
    健康志向のサンドイッチが増える中、こういった昔ながらの味がありがたい。
    特に、さりげなくドレッシングに混ぜられたレモンの風味が朝の目覚め切っていない体に沁み渡る。

    疲れた体に沁みる味もいいが、食材もトラギコ好みの量が挟まれ、レタスは一度ドレッシングにくぐらせて嵩を減らした後に多めに盛られ、芸の細かさが輝いている。
    チーズも匂いのきついものではなく、プロセスチーズを薄くスライスした物であるため、全体的な味に邪魔をしないでいい引き立て役になっている。
    黒いダウンコートにニット帽、そしてマフラーを首に巻いて防寒対策をした姿で朝食を堪能する彼を見て、警官だと分かる人間はいないだろう。
    足元は冬用のシンサレートが入った完全防水のブーツで覆い、くるぶし以上の高さに雪が積もったとしても彼の足は濡れることはなかった。

    (,,゚~゚)モニュモニュ

    だが実際、彼の懐には警察の身分証と銃が隠れており、何かが起きてしまった際にはその身分を明かして犯人を現行犯逮捕することも可能な状態だった。
    この店の主はトラギコの事を覚えたようで、彼が朝食に来た際には無言で自家製のピクルスが小皿いっぱいにサービスされることになっていた。
    赴任してから半年近くが経過し、ジャーゲンの治安は目に見えて回復していた。
    特に、再犯率の劇的なまでの低下は見事の一言に尽きる。

    トラギコが到着してから取り組んだのは、徹底した再犯対策だった。
    署に到着した初日、トラギコとビロード・フラナガンは怪訝な目で迎え入れられた。
    前任の派遣警官達が逃げるように転属を希望し、その代わりにやってきた人間が今話題の新人警官と〝虎〟だったことで、警察本部がこの地域に期待をしていないのだと勘違いをされたのだ。
    ロッカーに下らない嫌がらせが行われるより先に、トラギコはビロードを引き連れて街に向かい、早速彼等を襲ってきた路上強盗犯を逮捕した。

    逮捕の際、犯人が抵抗しそうになったことを受け、やむなく犯人の両手を折ることになった。
    路上強盗犯を働いた未成年の少年達は両手首をトラギコに蹴り砕かれ、大切なことを幾つか学ぶことになる。
    容赦のない大人は恐ろしいものであり、ナイフ程度では脅せない相手がいるという事を。
    斯くして少年達は折れた両手を縛り上げられ、トラギコの恐ろしさを留置所仲間達に話すことになった。

    その数時間後、数日前に釈放された別の少年が顔を二倍に膨れ上がらせ、息も絶え絶えに同じ留置所に運ばれた時、若者たちはこの街に大きな変化が訪れたのだと察した。
    翌日、仲間の報復のために徒党を組んでトラギコを襲った少年少女たちは例外なく返り討ちに合い、僅か二日で留置所はその最大収容人数を越える異常事態となった。
    トラギコが派遣されてから三日目。
    遂に留置所にいる犯罪者の人数が最大収容人数の二倍になり、一時的に刑務所に移送することになった。

    そして、それが警官達の心を変えた。
    これまで事件が起きたら惰性的に捕まえるだけだった警官達は街のパトロールを徹底して行い、犯罪を未然に防ぐために奮闘した。
    トラギコが送り込んでくる未成年達は例外なく逮捕時に暴力を受け、良くて打撲、悪くて骨折という被害を受けていた。
    実はそれ自体はジャーゲンの法律に触れるものではないが、これ以上トラギコが動くと刑務所が病院と化しかねないと危惧したからだ。

    そして、本来の仕事が何なのかを思い出したことが一番の理由だった。
    ジャーゲン警察の所長であるサナエ・ストロガノフがトラギコを窘めることはなく、提出される報告書に黙って承認印を押すだけだった。
    彼女はトラギコに何か言ってもあまり意味がないことを知っており、尚且つ、ジュスティア警察局長の指示でしばらくは好きにさせることにしたのだ。
    彼女は仕事一徹の人間として知られており、十年ほど前に休んだのを最後に、今日まで一日も休んでいない。

    そして十二月になる頃には、ジャーゲンの街にいる犯罪経験のある者達はトラギコのことについて嫌でも認識することになり、捕まるのであれば彼以外の人間がいいと考えるようになっていた。
    トラギコに目を付けられれば何をされるか分からない。
    その認識が未成年の犯罪率を僅かずつだが低下させ、街の治安回復に貢献していた。
    しかしながら、トラギコの存在と活躍を善良な街の人間が知ることはなく、ようやく警察が仕事をするようになったのだと感じる程度だった。

    (,,゚Д゚)「……はぁ」

    ゆっくりと咀嚼していたサンドイッチをコーヒーで飲み下し、溜息を吐く。
    トラギコの勤務形態はかなり特殊で、警察の中では秘匿常時勤務型、と呼ばれている物だ。
    彼が署に顔を出すのは月に一回程度で、それ以外は常に街の中を巡回している。
    基本的に朝六時に街に繰り出し、夜十時に指定されたマンションに帰るが、場合によってはそれが変動することもある。

    自らが警官であるとは知られない為に制服に袖を通すことはなく、私服警官のように街中で発生する事件の対応を行うのだ。
    この勤務形態が許されるのはベテランの警官だけであり、新任や現場経験の浅い者は絶対に許可が下りない。
    今、トラギコが心がけているのは偽りの日常を作り出し、それに溶け込むことだった。
    この街の最大の癌である未成年に対する過保護な法律に対抗するには、警官という身分を可能な限り消し去り、民間人に成りすますことが最善の手段だ。

    ほぼ全ての犯罪者に言えることは、彼らが獲物にするのは民間人であり、訓練を受けていて尚且つ巨大な組織に属している人間は標的ではないのである。
    犯罪者は相手の仕草や言動からその人間を想像し、武器を用いれば勝てる、もしくは目的を達成できると判断した際に行動を起こすのが常だ。
    特に思慮の浅い子供であれば、それはほとんど間違いない。
    彼は朝、決まった喫茶店で朝食を済ませ、昼までの間は路地裏を中心に歩き回り、図書館に足を運んで知識を深め、陽が落ちる頃にはまた路地裏に向かい、街中にある酒場や風俗店で情報を仕入れた。

    そうしてトラギコに対して愚行を働いた人間は返り討ちに合い、無力化した後ビロードに連絡が行き、警察車両に乗せられるという流れになっている。
    当然、手柄と呼ばれるものは全てビロードの物になるのだが、トラギコは全く気にしていなかった。
    彼が欲しいのは手柄ではないのだ。
    欲しいのは、もっと別の物だった。

    喫茶店の前を行き交う人々はまだまばらだが、次第に多くなってくる。
    会社に向かう者、道路の雪をスコップでどけて屋台を始める者、道端に落ちている空き缶を拾って、その日限りの生計を立てる者。
    いたって普通の街であり、極めて他者に無関心な街でもあった。
    〝慈悲の街〟と呼ばれてはいるが、それは法律の話であって人間性の話ではない。

    故に、この街に生きる人々は他者に無関心な者が多く、自分に関心が強い人間が多かった。
    道端で転んで泣く子供がいても相手をするのは十人に一人。
    老人が無茶な注文を店にしていても、誰も非難しないどころか関わろうともしない。
    誰かの大きな声に流されることで事なきを得る、実に不愉快な街だった。

    イ´^っ^`カ「旦那、朝刊です」

    (,,゚Д゚)「悪いな」

    喫茶店の店主が、この時間帯で唯一の客であるトラギコと親しく言葉を交わすようになるのは必然だった。
    普段はサービスにない朝刊も、トラギコが足しげく通ったからこその成果だ。
    この店は街の目抜き通りの一角にあり、見晴らしの良さと安定した客層が気に入った事で目を付けていた。
    今朝の新聞の一面には、西の町で起きている大規模な紛争について書かれていた。

    地下資源が豊かだが、その他の資源が乏しく、水の奪い合いや作物の奪い合いでしばしば紛争が起こってしまう。
    時には大企業が後押しをして紛争を長期化させ、資源を吸い上げるという構図もよく見られる。
    しかし、世界に流通する硬貨は地下資源なしでは作り得ないものであるため、紛争はこれから先もなくならないだろう。
    そういった貧困の蔓延る地域ではジュスティア警察と契約する町はなく、ジュスティアも進んで契約をすることはない。

    いつ支払不能になるか分からない相手とは契約を結ばないのは当然だった。
    よく記事を読むと、内藤財団が紛争早期終結のためにかなりの金額を注いでいることが書かれており、農耕技術や水資源の入手方法などを広めるようだった。
    果たして何年かかるのか分からないが、あの世界最大の企業が力を注ぐとあって、競合する企業が続々と名乗り出そうとしているらしい。
    新聞を片手でめくりながらコーヒーを一口飲み、体の内側に熱い液体を取り込む。

    店の中には席があり、当然、暖房もよく効いているがトラギコは外で食事をすることにこだわっていた。
    ここにいればすぐに事件現場に向かえる上に、彼の顔を知る人間――トラギコに逮捕された人間――にとっていい抑止力になるのだ。

    (,,゚Д゚)スズッ

    香ばしい液体がトラギコを落ち着かせる。
    トラギコの好み通り、砂糖がたっぷりと入ったこのコーヒーは格別に美味かった。
    無論、トラギコはコーヒーの良し悪しが分かる舌を持っていない。
    好きか嫌いか、その二つだけを判別するだけである。

    もしくは、美味いか不味いか。
    その分類でいけば、このコーヒーは美味くて好きだった。
    何もコーヒーに気取った苦みを求める訳でも、眠気覚ましを期待しているわけではない。
    今は温かくて美味い物を飲みたいだけなのだ。

    トラギコの座る席の向かい側の椅子が引かれ、紺色の服を着た男が一人座った。

    ( ><)「おはようございます、トラギコさん」

    (,,゚Д゚)「よぅ、元気そうラギね」

    それは、警察の制服とコートに身を包んだビロードだった。
    以前よりも体重が増え、全身に筋肉が付いてきているのがよく分かる。
    栄養価の高い食事と訓練を欠かさずにストレスの少ない日々を過ごせば、必然、こうなるのだ。

    ( ><)「おかげさまで。
         先日の強盗犯も助かりました。
         余罪がかなりあるみたいで、流石に重い刑になるようです」

    トラギコが夜中のコンビニで夜食を見つくろっている時に訪れた強盗犯は、レジの金だけでなく彼の財布の中身まで要求してきた。
    余計な事をせず、一目散に逃げていれば強盗犯は頭に熱いコーヒーをポットごと浴びることもなく、鼻と前歯を折られて病院で一週間過ごすことも無く済んだのかもしれない。

    (,,゚Д゚)「そりゃよかったラギ。
        そろそろ慣れて来たラギか?」

    ( ><)「流石に慣れましたよ、トラギコさんのおかげです。
         相棒として働けそうですかね?」

    (,,゚Д゚)「ははっ、冗談も言えるようになったみたいラギね」

    ( ><)「おかげさまで」

    着任後、しばらくの間はトラギコが治安のあまりよくない地域での立ち振る舞いを教えてやったが、途中からビロードは自ら率先して動くようになった。
    特に彼が好んで用いるのが、テーザー銃を用いた逮捕だった。
    ジャーゲンの法律に於いて逮捕時の細かな規定はなく、必要に応じて適切な方法で犯人を逮捕すべし、と書いてあるだけだ。
    これはジャーゲンの市長が代々犯人を捕まえた後の処遇に気を遣い、それ以外についてはあまり意識を向けていない事を表している。

    それを逆手に取ったトラギコの行動は、結果として犯罪の抑止力となり、治安回復に役立ったわけである。
    ビロードは一人で仕事が出来る程度には成長しているが、未熟な点が多い。
    そして、当たり前のことだが彼の逮捕術や仕事の方法がトラギコのそれに似通ってきているのが心配だった。
    悪い手本を良い手本と捉えられては困るが、この街では多少力づくでやらなければ再犯する人間がいつまでもいなくならない。

    本部はあまり快く思わないだろうが、今回は珍しくトラギコもそれと同意見だった。
    この男はトラギコではなく、別の人間を模倣した方がいい。
    警官らしい警官になれば、それだけでも効果はある。

    ( ><)「未成年の再犯率もかなり減少して、所長が喜んでいました。
         トラギコさんへの愚痴は変わらずですが」

    (,,゚Д゚)「そいつはいい。
        で、何か用ラギか?」

    ( ><)「……実は、昨夜気になる事件があったんです」

    コートの下から、小さく折りたたんだ紙をトラギコに差し出す。
    口頭では説明し辛いことなのだろうか。
    紙を無言で広げ、そこに書かれている事件の概要を二度読んでから、トラギコはビロードの顔を見た。

    (,,゚Д゚)「……どこまで調べたラギ」

    ( ><)「類似の事件はこの街で一年以内に十件以上起きています。
         最低でも十年ぐらい前にまでさかのぼります。
         一年以内に起訴、逮捕されているのは三人。
         逮捕できていないまま逃げ延びているのは最低でも五人はいます。

         捕まえた人間は全員釈放され、今は当時とは違う名前で生活をしています。
         全員、事件当時は未成年です」

    (,,゚Д゚)「この街にいるのは?」

    ( ><)「不明です。
         というより、調べられないように釈放後、犯人に関係する資料は全て処分されていました」

    未成年を保護する法律においては、重い罪を犯した人間は釈放の際、全く違う身分を手に入れて更生を図ることになっている。
    違う名前、違う仕事、違う人生。
    殺人をなかったことにし、うしろめたさを感じることなく人生をやり直させるという目的だ。
    だが、それがジャーゲンにおける再犯率の高さに繋がっていた。

    この法律が本格的に動き出したのは今から十年ほど前からであり、未成年による犯罪率が上昇した時期と一致している。
    無能な人間が誰なのか、一目で分かる。
    そして、街が出来てから変わらない法律の中に、責任能力の有無がある。
    年齢を問わず、犯行当時の責任能力の有無によって刑罰がかなり変動する。

    薬物は勿論、飲酒によっても責任能力の低下が認められれば、例え加害者の過失が十割だとしても、無罪判決が下されることがあるのだ。
    穴だらけの法律を役人たちは慈悲と呼ぶが、トラギコにしてみれば、無能としか言えなかった。

    (,,゚Д゚)「証拠は?」

    ( ><)「それが、現場には指紋はおろか犯人に繋がりそうな物は何も見つかっていません」

    (,,゚Д゚)「何も? これだけの事件で何もないなんてありえねぇラギ。
        鑑識はちゃんと仕事してるのか」

    紙に書かれている事件が起きたのであれば、何かしらの証拠は現場に残されているはずだ。
    こういう事件は計画性に欠き、衝動的なものが多い。
    仮に計画的だったとしても、これだけの事をやって何もないはずがない。

    ( ><)「僕も調べましたが、本当に何もないんです。
          体液も、毛髪も。
          まるで掃除された後みたいだったんです」

    (,,゚Д゚)「遺体にも残ってないラギか?」

    ( ><)「遺体はすぐに回収されてしまったんです。
          この街で死体清掃を専門にしている、ローゼンという会社です。
          死体の損傷などがひどい場合には警察と清掃業者が連動して動くように法律で定められていて、
          保護者が同意した場合、こちらが死体に残った証拠を手に入れる前に完全に掃除が終わってしまうんです」

    そこでトラギコは、ジャーゲンの法律で保護されているのが生きている人間だけではない事を思い出した。
    家族の拒否がなければ、凄惨な現場に残された遺体を可能な限り生前の状態に戻した上で、警察に引き渡されることになっている。
    しかもそうした場合、多額の見舞い金が出されるとあって拒む人間はいなかった。
    それは全ての死体ではなく、子供の死体に限定されているという所が厄介な点だった。

    更に、同委ではなく拒否、と明記されている事がいやらしさを倍増させている。
    歴代の市長と業者との癒着の可能性は濃厚だったが、これは大した問題ではない。
    問題なのは、決定的な証拠を偽善で失ってしまう事だった。
    この制限については事件解決の糸口を失うという観点から、ジュスティア警察が改善を要求している項目の一つだったが、一向に動きは見られなかった。

    (,,゚Д゚)「……俺も調べてみるが、そっちでもそれとなく調べておいてくれラギ。
        この事件、絶対にこれで終わらねぇラギ」

    ( ><)「お願いします」

    そう言って、ビロードは足早に街に消えていった。
    残ったトラギコはコーヒーを飲み、改めて、紙上の事件を読み返した。

    児童強姦殺人事件。
    被害者は六歳の女児。
    事件現場は女児の自宅自室。
    徹底的に性的暴行を受け、全身には打撲や擦過傷、意図的に浅く刺したと見られる刺し傷。

    死因は窒息死だが、首を締められた痕は見られず、何かで喉を塞いだ結果であることが解剖の結果分かっている。
    トラギコの想像では、恐らく、加害者の性器によるものだ。
    同じ人間の仕業とは思えないほどの凌辱の末、少女は幼い命を奪われた。
    家族は仕事の関係で夜遅くまで家に帰ることが出来ず、変わり果てた我が子を見つけたのは、夜の十時。

    命が奪われてから、七時間後の事だ。
    このままこの犯人を野放しにすれば、間違いなく、再び事件が起きる。
    トラギコの勘が当たったのは、それからわずか三時間後の事だった。

    ‥…━━ 十二月七日 午前八時三十分 ━━…‥

    十二月七日、エミリー・ライアンの両親は朝食をリビングに用意してから仕事に出かけ、彼女は一人で冷めたトーストを食んでいた。
    一人の朝食には慣れていたが、彼女の誕生日を祝う言葉が無いのはいつも悲しかった。
    七歳と六歳の誕生日の時は誕生日のケーキが朝食で、冷蔵庫にあるスーパーの惣菜が夕飯だった。
    彼女が寝静まった時にプレゼントが枕元に置かれ、一日遅れて彼女はプレゼントを手にした。

    八歳の誕生日である今日の朝食は特別なものではなく、いつもと同じだった。
    冷めたトースト、サラダ、コーンフレークとビタミン剤。
    学校の給食とはまるで違う、冷めきった食べ物は彼女の心にある孤独感を凍らせていった。
    朝食を終え、エミリーは洗顔をして歯を磨き、地元でも有名な進学校の制服に袖を通した。

    学校に行くのが彼女にとって唯一心が安らぐ時だった。
    学校には友達がいる。
    友達と話している間、彼女は嫌なことを考えないで済むし、友達は彼女の誕生日を祝ってくれる。
    両親がくれたぬいぐるみよりも、友達に祝いの言葉と共にもらった文房具の方が彼女にとって何倍も嬉しい物だった。

    ランドセルを背負い、家を出る。


    ( '-')「……だあれ?」

    扉を開けたところに立っていた人間に、思わず声をかける。
    生まれてから今日までこのマンションで暮らしているが、このような事態は初めてであり、その人間と会うのも初めてだった。
    両親に用があるのだろうかと考えていると、その人間は検査に来たのだと言う。
    確かに手には何か道具を持ち、作業員風の服を着ている。


    ( '-')「でも、あたし学校にいかなくちゃ」

    すぐに終わるという言葉を聞き、エミリーは腕時計を見た。
    五分ほどであれば余裕がある。
    夜に来られても両親がいなければ、また来てもらうことになると考え、エミリーは首を縦に振った。


    ( '-')「じゃあ、どうぞ」

    そしてエミリーはその人物を家に入れた。
    鍵が音もなくしめられ、彼女の首筋にスタンガンが押し当てられた時、自分が誤った人間を家に招き入れてしまったことに気付いたが、全てが手遅れとなった。

    その日、エミリーは学校を無断で休んだ。
    風邪が学校で流行していたこともあり、担任は気にしなかった。

    ――その日はエミリーの誕生日と同時に命日となった。
    どれが破瓜の血なのか、現場に飛び散った血からは誰にも分からなかった。

    ‥…━━ 十二月七日 午後十一時 ━━…‥

    同日、午後十一時。
    ビロード・フラナガンが現場に到着した時、すでに死体は運び出された後だった。
    現場に残されたのは被害者の体液と鑑識官が三人、そして事件担当者のビロードを含めた五人の声にならない声だった。

    ('A`)「死体はどうしたんだ」

    担当責任者のドクオ・マーシィが苛立ちを声に含めて周囲に問う。
    捲り上げた上着の下に見える黒い肌は浮かんだ汗と血管によって、まるで鋼鉄の塊の様だった。
    答えたのは、鍛え上げられたドクオとは対照的にか細く小柄で、白いマスクをした鑑識官の男だった。

    ( ''づ)「死体処理専門のマジョリティ社が持って行きました、我々が到着する十分前です。
        所長の許可も得ていました」

    ('A`)「あのハイエナ共、どうにかできないのか」

    ( ''づ)「現場に最も近い会社が派遣されるから、通報と同時に動く我々より速いんです」

    (#'A`)「糞っ!」

    ドクオは毒づき、ビロードを見た。
    街との契約がある以上、それに従わなくてはならない。
    惨殺された死体が子供でなければこちらの方で証拠を探れるだけに、この犯人の狡猾さがよく分かる。
    犯人は人間の屑だが馬鹿ではなさそうだ。

    (#'A`)「マジョリティ社に行って、あいつらが余計なことをする前に証拠を取って来い」

    ( ''づ)「難しいと思います。
         マジョリティ社の売りは早さです。
         専用車があって、そこで既に清掃を始めているはずです」

    ('A`)「この街は糞しかいないのか。
       とにかく、証拠を集めるぞ。
       監視カメラや目撃証言、その他なんでもいい、とにかくこの事件を起こした糞野郎を掴める材料を手に入れるんだ」

    そして、ビロードを始めとする捜査官たちは情報収集を行い、鑑識官は現場から必死に証拠を探した。
    毛髪、体液、指紋、靴跡に至るまで徹底的な現場検証が行われる。
    それから分かったのは、犯人は無理やり押し入ったのではなく、招き入れられたという可能性だけだった。
    当然、聞き込みの結果も鑑識官からの報告もドクオを満足させることはなかった。

    署に帰ってから、ビロードはようやく遺体の検査結果を手に入れる事が出来た。
    外傷多数。
    暴行は性器を損傷させただけでなく、肛門に異物を挿入されたことによって直腸が破裂していた。
    死因はスタンガンによる心停止。

    火傷の痕から分かったのは、全身に何度もスタンガンを当てられ、最終的に直接的に命を奪うことになったのは心臓の真上に与えられた一撃だった。
    女児の顔にはあまり目立った傷が無いのも、前回の被害者と共通している。
    同一犯と考えてまず間違いないだろう。
    署で管理している幾つもの事件ファイルを自分の席に持って行き、過去の事件と照らし合わせる。

    類似の手口はいくつもあり、同一犯であることを結びつける要素はなかった。
    未成年が犯人だった事件についてはいくら調べても、そこから先に結び付けられないという問題もあった。
    そう。
    そこが問題だった。

    調べても結局、ほとんどの情報が袋小路の状態であるため、意味をなさないのだ。
    溜息を吐いて席を立つ。
    給湯室に向かい、インスタントコーヒーを作ることにした。
    署には徹夜で業務にあたる者や夜勤の者が疎らに残っていた。

    (,,゚Д゚)「二件目だってな」

    給湯室で湯を沸かしていると、背中からトラギコの声が聞こえた。

    ( ><)「……はい、また証拠は見つからずです」

    (,,゚Д゚)「そうラギか。
        こっちも情報を探ってはいるが、まるで駄目ラギ」

    ('A`)「よぅ、トラギコ。
       久しぶりだな」

    小さな給湯室に新たな来訪者があった。
    赤いセーターを着たドクオだった。

    (,,゚Д゚)「おう、ドクオ。
        この山、俺にも関わらせろラギ」

    ('A`)「お前に頼む手間が省けたよ。
       どうだ、お礼にコーヒーを飲ませてやるよ、ビロードのな。
       こいつの淹れるコーヒーは美味いんだ」

    そう言いながら、ドクオはビロードの肩を力強く何度も叩く。
    ビロードは迷惑そうに、だが、嬉しそうな笑顔を浮かべた。
    彼は言動が荒いものの、それが彼の面倒見の良さと相まって職場全体の兄のような存在だった。

    (;><)「インスタントですよ、いつも……」

    ('A`)「いいんだよ、インスタントでも。
       自分で淹れるよりよっぽど美味い」

    (,,゚Д゚)「違いないラギ。
        捜査の規模はどれぐらいで展開するラギ?」

    ('A`)「それが、所長から小規模でやれってお達しが出てるんだ。
       理由は不明だが、圧力があったのかもな」

    (,,゚Д゚)「人数はどれぐらいでやるつもりラギ?」

    ('A`)「正直なところ、こまごまと事件が毎日起きているせいで、せいぜい二人だ」

    それを聞いて、トラギコが少し考え込んだ。

    (,,゚Д゚)「なるほどな、なら、ビロードをそこに入れてやれラギ。
       俺の動きに他の連中を合わせるのは無理ってもんだからな」

    ('A`)「分かった。
       お前には借りがあるからな、これで少しは返せたか?」

    (,,゚Д゚)「どうだろうな。
       それと、無駄だとは思うがこっちが調べる前に死体を洗浄するのを止めさせるよう伝えてくれラギ。
       このままじゃ被害者がどんどん増えるだけラギ」

    ('A`)「俺からも言ったさ、だけど返事はノーだったよ。
       所長からここの市長に話そうとしたらしいが、面会拒絶の上に手紙で〝会って話をしたければアポを取り、市長同士で話をする〟とさ。
       馬鹿げた話だ」

    小さな町ならば己の力を知らず、ジュスティア市長に対して横柄な態度を取る者はいるが、この街は貧困にあえいでいるわけでもない、普通の街だ。
    遠まわしに話をする気はない、ということを意味しているのだろう。

    (,,゚Д゚)「どいつもこいつも使えねぇラギね。
       街のパトロールを増やすのがどっちの問題にも対処できるラギ」

    ('A`)「そのつもりで今ローテーションを組んでるんだが、人手が足りないんだ。
       分かるだろ、一つの事件に集中できるだけの余裕はないんだ」

    (,,゚Д゚)「まぁな。
       規模と人数が合ってねぇラギ。
       だがそれは俺達の言う事じゃねぇからな。
       ま、コーヒーを御馳走になってから俺は仕事に行くラギ」

    ビロードの知る限り、トラギコは休憩をほとんど取らずに街の治安維持のために活動している。
    果たして彼はいつ休むのだろうか。
    一体、いつ休むことが出来るのだろうか。

    ‥…━━ 十二月八日 午前八時 ━━…‥

    十二月八日。
    朝、いつも通りに目が覚める。
    目覚まし時計は不要だった。
    彼は正確無比な体内時計を持ち、決めた時間に起きる事が出来る能力があった。

    トラギコ・マウンテンライトがジャーゲンで目を覚ますのは、決まって朝の五時。
    眠りにつく時間は日によって異なり、昨日は日付が変わってからベッドの上で横になったところまでは覚えている。
    彼にとって睡眠時間の量はさほど問題ではなく、事件を解決できない事こそが問題であると考えていた。
    眠っている間に誰かが襲われ、誰かが嗤う。

    それを後で知って後悔するぐらいなら、トラギコは燃え尽きるまで働き続けたいと考えていた。
    シャワーを浴び、洗顔をして目を覚ます。
    日課と化した喫茶店での朝食を済ませ、街の様子を見て周る。
    重々しい灰色の空からは、今にも何かが降ってきそうな気配がする。

    道路に積もった雪は踏み潰され、車輪に圧され、土と混じって茶色に変色していた。
    両手を上着のポケットに入れ、トラギコは視線だけを周囲に向け、ゆっくりと歩いた。
    犯人の活動時間は幅広く、特定の時間帯にだけ活動するような種類の人間ではなかった。
    トラギコの予想した通り、犯人は頭が切れる人間で、法律の抜け道を熟知している。

    あれからトラギコも情報を探ってみたが、犯人の顔は勿論だが、性別すら分かっていない状況だった。
    監視カメラに残された唯一の映像には帽子を目深に被った作業員風の人間の背中だけが映っており、犯人特定につながる要素はなかった。
    現行犯で捕まえるのが最も確実だが、そのためには相手の思考を読まなければならない。
    狙っているのは女児で、保護者が不在の状況を把握した上での犯行に思える。

    事前に相手の事を調べておかなければ出来ない事であるため、出所してから数日で出来る芸当ではない。
    協力者がいると考えたとしても、なんら不自然ではない。
    複数の犯人がいて、順番を決めて犯行に及んでいることも考えられた。
    情報が致命的に欠けていることが何よりも捜査を難航させた。

    犯人が男の可能性もあるし、女の可能性も十分にあった。
    証拠がない今、犯人の性別すら判断できないのだ。
    性別が分からなければ捜査の範囲を絞ることも敵わない。
    今警察に出来ることは街を巡回し、怪しげな行動をしている人間がいないかを探すことぐらいだった。

    署内で唯一自由に捜査することを許されているトラギコは、マンションやアパートではなく、別の場所に意識を向けてみることにした。
    この手の下種は同じ手を何度も繰り返すうち、飽き、別の方法で己の欲を満たそうとする傾向にある。
    子供が一人でいる時間や状況を狙うのに飽きたら、次に狙うのは自ずと絞られる。
    ジャーゲンの街には、他の街とは違って児童養護施設が多く存在する。

    これもまた法律の関係で、未成年の出産に際し、養育が困難であることなどを理由に子供を施設に譲ることが可能になっている。
    その多くが望まない形での妊娠であり、母親には最初から子供への愛情など微塵もない。
    故に、育った子供は成人と同時に社会に出て、その多くが顔も知らない母親と同じことを繰り返すのだ。
    街の目抜き通りからしばらく歩いたところにある背の低い鉄の門を開き、街の中で最も小さな施設を訪れた。

    門に鍵はなく、入り口にいるはずの警備員もいなかった。
    あまりにも警戒心の無い施設だった為、トラギコは職員の一人を呼び止め、責任者を呼ぶように言った。
    数分後、小走りで建物から出てきたのは三十代後半と思わしき女性だった。
    化粧のない顔には疲労の色が僅かに見えるが、心が疲弊しているわけではなさそうだ。

    警察の身分証を見せ、連日発生した事件について話をした。

    「酷い話ですね……ご忠告通り、ウチも気を付けますね。
    何かアドバイスとかあれば教えてもらっても?」

    (,,゚Д゚)「とにかく出来るのは、施錠は確実にして子供たちを一人にさせないようにしてくれ。
       警備員にもそう言っておくラギ」

    「分かりました、寒い中ご苦労様でした」

    その日、トラギコは街中にある施設に足を運び、決して他人事だと思わないように念を押した。
    恐ろしいことにどこの施設もトラギコが身分証を出さなくても問題はなく、そのまま施設内に入る事が出来てしまった。
    これは犯人にとって好都合で、その気になれば児童を一人連れて行くことも簡単なことだっただろう。
    トラギコの言葉を素直に聞いてくれればいいのだが、果たして、そう上手くいくだろうか。

    日が暮れ、街全体が薄ぼんやりとした光に包まれる。
    街灯の明かりを雪が反射し、ビルの光が雪を照らす。
    微量な雪が風にあおられ、右へ左へと踊るように舞う。
    氷のように冷たい風が吹き、トラギコは身を震わせた。

    暖かい酒でも飲みたいところだったが、あれだけの事件が起きた後であれば、酒を飲むのは控えた方がいいだろう。
    いつ現場に遭遇するか、いつ殺し合いになるかも分からない状況なのだ。
    すっかり日も暮れ、夜の十時半になるまでトラギコは街を歩き続けた。
    深夜まで営業しているダイニングに入り、コーヒーとステーキの夕食を注文した。

    肉厚な赤身のレアステーキは食べ応えがあり、噛むたびに肉の甘みと塩が合わさって絶妙な味を作り出していた。
    五百グラムのステーキをわずか五分で平らげ、店内に流れるジャズの音楽に耳を傾ける。
    ふとある考えが思い浮かび、トラギコは代金を机の上に置いてから腕を組んで、ゆっくりと瞼を降ろした。
    音に意識を集中させ、静かに呼吸をする。

    体が弛緩し、余計な力が抜け落ちる。
    眠りに落ちる訳でもなく、瞑想するわけでもない。
    意識だけを覚醒させたまま、視覚などの余計な情報を遮断することで体を休めるための行動だった。
    その状態から丁度一時間後、トラギコはゆっくりと瞼を開いた。

    支払いはすでに処理され、領収書だけが机上にあった。
    それを掴んでコートのポケットに入れ、立ち上がる。
    店の外に出ると、肌を刺すような冷たい風が吹いていた。
    すでに時計は一時を指し示しており、日付はとうに変わり、十二月九日になっていた。

    ‥…━━ 十二月九日 深夜 市街 ━━…‥

    ここからが本番だった。
    人通りのほとんどない道を歩き、朝から歩き回って覚えた施設の見回りに向かう。
    もしも犯人が施設に手を出すとしたら、間違いなく夜を狙うはずだ。
    闇夜に乗じて行動すれば、少なくとも目撃される心配は格段に減る。

    子供を狙う犯罪者の心理にあるのは、抵抗できない者を蹂躙することに快感を覚えるという点に尽きる。
    日頃自分を抑圧し、その抑圧してきた欲望を一気に発散する相手として、間違っても自分に反抗するような大人では有り得ないのだ。
    最初の二件で大人が近くにいないタイミングを狙ったのがその証拠だ。
    思案しながら雪の積もった暗い道を選んで歩いていると、正面にフードを目深に被った少年がニヤニヤ笑いを顔に浮かべて近寄ってきた。

    从´_ゝ从「おっさん、女探してるのか?」

    (,,゚Д゚)「あぁ?」

    どうやら客引きのようだった。
    歩く速度を変えることなく、トラギコは歩き続けた。
    その横を犬のように少年がついてくる。

    从´_ゝ从「若い娘紹介してやろうか?」

    不意に、トラギコはこの女衒たちを利用できるのではないかと考え、話を合わせることにした。

    (,,゚Д゚)「若さによるラギ」

    从´_ゝ从「一番若いので十七だ」

    (,,゚Д゚)「もっと若いのがいるだろ」

    从´_ゝ从「おいおい、勘弁してくれよ」

    少年の眼はそう言っていない。
    金次第でこの男は別のネタを口にして、トラギコが欲している情報の糸口を提供してくれるかもしれなかった。

    (,,゚Д゚)「十出す、と言ったら?」

    从´_ゝ从「……十万、ってことか」

    (,,゚Д゚)「金で解決できるんならそれが一番だろ」

    从´_ゝ从「なら、十引ける」

    トラギコは足を止めた。
    獲物が食いついた。

    (,,゚Д゚)「年齢を、か」

    从´_ゝ从「あぁ。引けると言っても、最大でも十二までだ。
         それ以上出すのは勝手だが、引けるのはこれが限界だ。
         それ以下になると使い捨てになるからな。
         だが、二日ぐらい待ってくれればそれ以上も行けるぜ」

    十七歳から十二を引いた数、それが意味するのは下種たちの性欲の捌け口となる女児の年齢が五指に収まるという事だった。
    金で年齢の問題が解決できるのであれば、実際にそれを実行している人間がいるという事だ。
    ならば容赦はいらない。
    子供が食い物にされる犯罪を見逃すことはできない。

    (,,゚Д゚)「なるほどな。
       なら、十二出すラギ。
       連れて行ってくれラギ」

    从´_ゝ从「その前に金が先だ。
         本当に十二持ってるか、見せてもらうぞ」

    (,,゚Д゚)「勿論。
       ただ、お前が盗まないとも限らないから、こっちに来いラギ」

    そう言って、上着を僅かに開いて懐を見せる。

    从´_ゝ从「暗くて見えねぇよ」

    (,,゚Д゚)「だったらもっと寄ればいいだろ」

    舌打ちをして、少年が近付いてくる。
    トラギコの懐を覗き込み、そして、耳元で聞こえた撃鉄を起こす音で動きを止めた。

    (,,゚Д゚)「これが十二万ドルの音ラギ。
       勉強になったラギね」

    从´_ゝ从「……料金を踏み倒せると思ってんのかよ」

    (,,゚Д゚)「まさか。
       俺は情報に興味があるラギ。
       とりあえず連れて行くラギ」

    从´_ゝ从「へっ、冗談じゃねぇ。
         仲間を売るなんて出来るかよ」

    (,,゚Д゚)「見上げた根性だが、俺を知らねぇってのは不運だったラギね」

    銃床で少年の後頭部を強打し、雪の上に昏倒させる。
    両手を背中側で縛り、そのまま街灯の明かりさえ届かない路地へと連れて行く。
    トラギコの拳が少年の太腿に直撃し、悶絶させる。
    声が周囲に響かないよう、トラギコは少年の顔を汚れた雪に押し付けた。

    (,,゚Д゚)「どうだ、少しは頭が冷えたラギか?」

    从;´_ゝ从「へ、こ……」

    (,,゚Д゚)「そうか」

    少年の臀部をブーツの爪先が襲い、犬のような鳴き声が少年の口から漏れ出た。
    力加減を調整して、狙いを臀部から股間へとずらし、睾丸を蹴り飛ばした。

    (,,゚Д゚)「で、どうだ?」

    从;´_ゝ从「くそっ……!」

    (,,゚Д゚)「そうか」

    それから五分間。
    少年にとって、人生で最も屈辱的で耐え難い痛みの時間となった。
    トラギコの攻撃は的確で、痛みを多く感じる場所ばかりを執拗に狙っていた。
    主に下半身を徹底的に痛めつけ、仕上げはろっ骨への圧迫だった。

    骨が折れないギリギリの範囲でトラギコは暴行を加え続け、少年は遂に音を上げた。

    从;´_ゝ从「わ、分かった……!連れてく、連れて行くから!」

    (,,゚Д゚)「最初から素直になっておけばいいラギ」

    首根っこを掴んで少年を立たせ、二歩先を歩かせた。

    从;´_ゝ从「あんた、警察なのか」

    (,,゚Д゚)「無駄口叩くんなら、次は奥歯を折るぞ」

    雪を踏みしめる二人分の跫音だけが耳に届く。
    辺りはすでに寝静まり、車の音さえ聞こえない。
    五分後、少年の足は古びたマンションの前で止まった。
    三階建てのマンションに見える明かりは僅かだが、外にまで漂ってくる匂いは間違いなく、まともな人間が生活しているそれではなかった。

    怯えた目でトラギコを見つめ、ここが目的の場所であることを無言で告げた。

    (,,゚Д゚)「俺は餓鬼に興味はねぇラギ。
        お前の仲間のところに連れて行け。
        余計なことをしたらお前の今後の食事は液体になるラギ」

    少年は渋々先を歩き、三階の奥にある部屋に連れて行った。
    明かりの下で見ると、やはり、この少年は未成年にしか見えなかった。
    犯罪組織が小間使いに使うのはいつだって子供だ。
    法律で保護されているだけでなく、脅したり力を見せつけるだけで簡単に操る事が出来る彼らは、極めて便利な道具なのである。

    特にこの街では、子供は何度でも使える怖いもの知らずの兵隊にもなり得るため、犯罪組織は重宝している。
    扉が開かれ、厳めしい顔をした男が姿を現した。

    (-゚ぺ-)「ダニー、何だ。
         ……そいつは?」

    从;´_ゝ从「あ、こ、こいつは」

    (,,゚Д゚)「客だよ、招かれざる類のな」

    笑顔でそう告げながらトラギコはダニーと呼ばれた少年ごと男を蹴り飛ばし、部屋の中に入りこんだ。
    彼の右手にはベレッタが握られ、いつでも発砲できる準備が整えられている。
    床に倒れていた男の顔を容赦なく何度も踏みつけ、鼻の骨と前歯、そして心を折った。
    ダニーは足首を正確に狙って踏み、走れないようにしておく。

    抵抗力を奪った男の髪を掴んで立たせ、後ろから羽交い絞めにした。
    これで上等な楯が出来た。
    物音に気付いた人間達が部屋の奥から出てくるが、トラギコが人質を構えているのを見て、一歩下がった。

    (,,゚Д゚)「そうだ、全員いい子にしてろよ。
       部屋に隠れてるやつもまとめてリビングに行くラギ、今すぐに」

    (-゚ぺ-)「だ、誰も隠れてなんかいねぇよ!」

    (,,゚Д゚)「そうラギか? 膝に穴を開けられてから歩くのはしんどいラギよ」

    手近な部屋に向けて、トラギコは二発銃弾を撃ち込んだ。
    悲鳴が上がり、中から少年達が飛び出してくる。
    熱を持った銃腔を人質の頬に押し当てる。
    肉が焼ける音と男のうめき声が嫌に大きく響く。

    その音が極上の警告音として部屋にいる人間を炙り出した。
    リビングに集まったのは六人。
    トラギコは玄関に倒れているダニーに指示を出し、彼らの手足をダクトテープで縛るように言った。
    トラギコの暴力を身に染みて理解したダニーは言われるがままに大人たちの自由を奪った。

    最後に、トラギコが人質にしていた男の手足も縛らせ、部屋に入ってから五分で制圧が完了した。
    全員トラギコに背を向けた状態で膝を突き、首を垂れている。
    ダニーは青く腫れた足を庇いながら、ふらつく足で椅子に腰かける。

    (,,゚Д゚)「おい餓鬼。
        警察に電話するラギ。
        自白するから逮捕してくれってな」

    |゚レ_゚*州「やめろ、ダニー!手前電話してみろ、ただじゃ――」

    喚き声を上げた男に、トラギコはM8000の銃腔を向ける。
    彼と違ってM8000は無口で、何より雄弁だ。
    目的が明白で、その銃口が口を開く時、言葉の対象となる物はもれなく弾丸の接吻を受けることになる。

    (,,゚Д゚)「ただじゃ、何だって?」

    |゚レ_゚*州「手前が何者か知らねぇが、覚悟しておけよ!俺達は泣く子も黙る――」

    (,,゚Д゚)「面白れぇ。
       なら、黙らせてみろ」

    言い終わるのと同時。
    トラギコは銃爪を引いた。
    男の左耳が吹き飛んで壁の染みになった。
    撃たれた男はパニックに陥り、涙を流しながらヒステリックな声を上げる。

    |゚レ_゚;州「お、俺の……俺の耳がっ!う、撃ちや、撃ちやがったな!?」

    (,,゚Д゚)「おい、黙らねぇぞ。
        どうなってるラギ? 泣く子も黙るんじゃなかったのか?」

    ダニーは急いで電話をかけ、何度も噛みながら、必死に警察に状況を説明している。
    床を転がる薬莢の音がまだ聞こえている。

    |゚レ_゚;州「お前、賞金稼ぎの類か?」

    縛り上げられた男の言葉に対してトラギコが答えることはない。
    後は警官達が到着してから、ゆっくりと署で話をすればいい。
    この状況で言葉を発するだけの胆力があるということは、恐らくはこの男が主犯格。
    後で話を聞くならこの男だろう。

    |゚レ_゚;州「俺達が逃げるのに手を貸せば、もっと儲けさせてやれるぞ」

    (,,゚Д゚)「金に興味はねぇラギ。
       今興味があるのは、子供を食い物にした手前等がどんな声で泣くかだけラギ」

    通報から七分後、警官達が売春宿と化したマンション全体をくまなく調べ、二十人以上の未成年と十人以下の成人済み男性を逮捕した。
    客として訪れていた男達の中にまで未成年がいたことは意外だったが、合計で三十名近くの逮捕者が出る大取り物となった。
    売春をしていた女は二十代から五歳までと幅広く、全員が警察署に送られた。
    参考人と言う形でトラギコも警察に向かい、所長室で事の顛末をサナエに伝える。

    サナエは表情を変えなかったが、短く溜息を吐いて落胆の意志を示した。

    ▼ ,' 3 :「今回は何が目的だったんだ?」

    (,,゚Д゚)「連続して起きた強姦殺人の情報を仕入れようと思ったんですよ。
       小規模でやれとか仰った馬鹿がいたようなので、俺が担当することにしたんです」

    ▼ ,' 3 :「それは私が言ったんだが」

    (,,゚Д゚)「ああ、すみません。
       悪気はないラギ。
       事実を言っただけラギ」

    再びサナエが溜息を吐く。
    年老いた女性ながらも、その迫力は男に引けを取らない。

    ▼ ,' 3 :「言いたくはないが、例の強姦事件に割く時間も人員もないんだ。
         毎日未成年が犯罪に手を染め、再犯する。
         それを食い止めるだけでもかなりの労力なんだ」

    (,,゚Д゚)「言いたくはないですがね、所長。
       俺が来てからは再犯率も落ちているはずラギ。
       署の連中もようやくやる気になっただけで、これが普通ラギ。
       この署で逮捕数が一番多いのが誰か、知ってるラギね?」

    ▼ ,' 3 :「君が来てから市民からのクレームが増えたのも知っているか」

    (,,゚Д゚)「えぇ、馬鹿がさえずってる話なら知っていますラギ。
       そいつらの素性を調べてみてくださいよ、逮捕した糞餓鬼どもの親ラギよ」

    ▼ ,' 3 :「私が言っているのは、君のやりすぎた逮捕の仕方についてだ。
          彼らは犯罪者であるとしても、法律で保護されているんだ」

    (,,゚Д゚)「法律に従って行動しているだけラギよ、俺は。
        逮捕された餓鬼どもが甘やかされるのと同じラギ。
        それに、保護されているのは犯罪者ではなく市民全体の話ラギ。
        被害者も含めてね」

    ▼ ,' 3 :「この街にはこの街のルールがある。
         派遣されている以上、この街で働く私達に敬意を払うつもりはないのか」

    派遣されてから初めて、トラギコはサナエの高圧的な姿を見た。
    成程、長く生きているだけはあるが、生ぬるい場所で温い生き方をしてきた人間らしい言葉だ。
    退屈な言葉のあまり、涙が出そうだ。

    (,,゚Д゚)「敬意? 所長、俺がこの街に派遣された理由を知ってるラギか?
        治安の回復であって、あんたたちに敬意を払う事じゃないラギ」

    ▼ ,' 3 :「……とにかく、この事件に手を貸せるほど今暇な人間はいないんだ。
         君一人でやるんならいいだろう」

    (,,゚Д゚)「本気で言ってるラギか、あんた」

    ▼ ,' 3 :「君がチームワークというものができないのはよく分かった。
          だったら、一人で、仕事をするといい」

    (,,゚Д゚)「それはあんたの意見なのか、それとも、この街の意見なのか?」

    ▼ ,' 3 :「世間一般的な意見だ」

    これ以上の問答が無意味であると考え、トラギコは席を立った。
    部屋の扉に手をかけた時、サナエの静かな声が背中に投げかけられた。

    ▼ ,' 3 :「正義の味方になりたいんなら、周りと歩調を合わせるんだな」

    その言葉を鼻で笑い飛ばし、扉を閉める直前に答えを返した。

    (,,゚Д゚)「なら俺は、一人で歩くラギ」

    署内は深夜にもかかわらず、大勢の警官で活気づいていた。
    トラギコが署に持ち込んできた事件の事後処理には、多くのベテランと女性警官が必要だった。
    犯行グループの証言を取り、調書を作り、余罪や仲間の存在を聞き出すためにはやはり、経験の浅い人間には荷が重すぎる。
    自分の身を売った少女たちについては、婦人警官が経緯などの情報を聞き、やはり調書にまとめた。

    この街では売る方も買う方も等しく法律で禁止されており、彼女達は被害者としてだけではなく犯罪者として扱われる。
    署の最上階にある取調室に向かうと、三つしかない部屋の前に警官が一人ずつ立っていた。
    逮捕した人間の中でも容易に話が終わる人間を先にして、難しそうな人間は最後の方に回すのがここでのやり方として定着している。
    トラギコが来る前はその制度すらなかった。

    (,,゚Д゚)「取り調べはどんな調子ラギ?」

    扉の前に立つ警官の一人にそう声をかける。

    「まだ六人です。
    女たちは一度病院に連れて行ってからなので、半分ぐらいですね」

    警官がバインダーに挟んだ一覧表を見せてくれた。
    名前の横に年齢が書かれており、その若さに驚いた。
    売春を斡旋していた側で最も若いのは十四歳の少年だった。
    世も末と言いたくなるほどの現状だ。

    (,,゚Д゚)「なるほどな。
       残りは留置所ラギか?」

    「えぇ。
    場所は分かりますか?」

    (,,゚Д゚)「分かってるラギ。
        適当な部屋を一つ借りたいんだが、どこかないラギか」

    トラギコの言葉から意図をくみ取った警官は口角を少し上げた。

    「なら、留置所の隣にある簡易取調室はどうですか? あそこなら声は外に漏れませんよ」

    (,,゚Д゚)「助かるラギ。
        じゃあ、頑張れよ」

    まだ彼らの仕事は続きそうだったが、これだけの大規模な逮捕が公になれば、街の中で行われている違法性の高い売春は鳴りを潜めるだろう。
    だがトラギコの目的は売春の摘発や根絶ではなく、児童に対して性的な欲求をぶつける人間の情報にあった。
    途中、トラギコは缶コーヒーを販売機で購入し、すれ違った警官を呼び止めて一緒に留置所に向かった。
    留置所の中で最も横柄な態度を取っていた主犯格らしき男を選び、管理取調室に連れて行く。

    手錠と机を繋いでから、男をパイプ椅子に座らせる。
    簡易取調室はその名の通り簡易的な取調室で、机と椅子しか備品はなかった。
    マジックミラー越しに中の様子を見る部屋も空調設備も、窓さえなかった。
    唯一の出入り口を背にトラギコが立ち、外には警官が立っている。

    逃げるには警官二人を倒さなければ不可能だ。
    不自然に茶色い短髪にそり込みの入った三十代後半の男は、見るからに不機嫌そうに顔を顰め、挑発するような目線と口調でトラギコの神経を逆なでした。

    |゚レ_゚;州「へぇ、あんた警官だったのかよ」

    トラギコは男の後ろに行き、静かに言葉を発する。

    (,,゚Д゚)「俺が許可をした時以外は口を閉じてろラギ。
        これが最初で最後の警告ラギ」

    |゚レ_゚*州「はいはい、分かりましたよお回りさ――」

    口を開いている途中で、トラギコの拳が男の後頭部を直撃し、男の額が強かに机に叩き付けられた。

    |゚レ_゚;州「ぐっ……!!こ、この」

    再びトラギコの拳が男を襲う。
    額を再び強打し、男が悶絶する。
    トラギコは無言のまま男の首を掴み、何度も机に叩き付けた。
    額から血が流れ、男が涙を流して音をあげるのに要した時間は、トラギコとの会話から僅かに三分だった。

    |゚レ_゚;州「わ、分かった……!!あんたの言うとおりにするから!!」

    (,,゚Д゚)「まず質問ラギ。
       主犯はお前か?」

    |゚レ_゚;州「今取り調べを受けてるダニーってやつだよ。
         俺はそいつの」

    男の髪を掴んで再度机に叩き付け、缶コーヒーの角を使って肩の関節を執拗に攻める。
    スチール缶が骨に食い込む痛みで男は悲鳴を上げた。

    (,,゚Д゚)「そいつは十四の餓鬼だ。
       俺をからかったり、嘘を吐くたびに十倍にしてお前の体に返す。
       もう一度訊くぞ。
       主犯は誰ラギ」

    |゚レ_゚;州「だから、ダニーだって!あいつが俺達のリーダーなんだよ!
         他の連中に聞いても同じことを言うから、確かめてみろよ!」

    トラギコは椅子を蹴り飛ばし、男を跪かせた。
    そして男の脛を踵で踏みつけ、徐々に体重を加えていく。
    骨が折れるまでにそう時間はかからないだろう。

    (,,゚Д゚)「そいつは客引きだ。
        そして、お前はあいつに指示を出していたラギ。
        つまりあいつがリーダーってことはないわけラギ。
        俺は親切だからもう一度だけ聞いてやるラギ。

        尻尾きりのために用意しておいた肩書だけのリーダーじゃねぇ、顧客情報を扱って金の流れを理解している奴を話せって言ってるラギ。
        脛を折ったら次は股間を潰して玉無しにしてやる」

    未成年者が逮捕者の中にいた時点で、トラギコは彼らが少年を生贄にすることは明らかだった。
    未成年であればこの街の法律に守られ、尚且つ、他の人間への罪の言及が行われなくなる。
    逮捕された時は本人を除いた全員が同じ答えをするようにしておけば、必然的に名を挙げられた少年が主犯として裁かれ、他の人間は減刑となる。
    この街で警官をする人間であれば、容易に想像できる逃げ方だ。

    ここまで暴行を受けたことで、男はトラギコが本気で骨を折り、睾丸を潰しかねないと察したのだろう。
    喉から絞り出すような声で男は言った。

    |゚レ_゚;州「そ、そうだよ……俺が、その辺を取り仕切ってた……」

    (,,゚Д゚)「顧客データも扱ってたんだな?そのデータはどこにあるラギ」

    彼が欲しているのはデータだ。
    データさえあれば、途方もない捜索活動をせずに済む。

    |゚レ_゚;州「んなもん作らねぇよ。
         女のデータならあるけど、客のデータなんて取っておくだけ信頼を損なうからな」

    確かに、女衒は客の信頼が無ければ成り立たない商売だ。
    女を扱うには恐怖を、即ち、個人情報と暴力と薬があれば事足りる。
    客の場合は、秘匿性の保証がそれにあたる。
    普通の風俗店では買う事の出来ない、日常生活では交わる事のない女の体の味を知りたい人間と言うのは、まず間違いなくそれを隠し通したいものだ。

    この男の言っていることは至極真っ当だが、トラギコに対しての言葉としては極めて不適切だった。

    (,,゚Д゚)「なら、代わりにお前の脳味噌を使えラギ。
        十歳以下の女児を買う人間の中に、女はいたラギか?
        他のところでもいいが、そういう情報はあるか」

    |゚レ_゚;州「いや、女はいねぇよ。
         女は基本的に若い男を買うし、それにそれをやってる連中は一つだけでウチじゃねぇ」

    (,,゚Д゚)「つまり、女児の需要は男にあるってことラギね。
        この街でそういう男は何人ぐらいいるラギ?」

    |゚レ_゚;州「さっきも言ったけど、細かいデータなんてのは残してねぇよ。
         ただ、二十人ぐらいだったと思う」

    (,,゚Д゚)「その中で暴力行為を好んだ男は?」

    |゚レ_゚;州「ご、五人ぐらいだ……」

    (,,゚Д゚)「その五人の人相と特徴を言え。
        全員思い出すまで、五分ごとにお前の歯を一本折る。
        足りなくなったら爪と指を使うラギ」

    男は必死の形相で客の特徴を伝えた。
    人相の詳細とおおよその年齢、そして最後に利用したタイミング。
    欲していた情報を聞き出せる限り手に入れ、トラギコはそれらの情報を基に捜査を始める準備を整える必要があった。

    (,,゚Д゚)「――これ以上は何もないのか?」

    |゚レ_゚;州「思い出せる限りは全部話した!本当だ!」

    (,,゚Д゚)「次ラギ。
        他に人身売買をしている組織について話すラギ」

    |゚レ_゚;州「む、無理に決まってるだろ!話したら俺は殺される!」

    (,,゚Д゚)「そうか。
        ならお前に訊きたいことは全部ラギ。
        協力してくれた礼に、お前にプレゼントをやるラギ」

    |゚レ_゚;州「ひっ……!」

    (,,゚Д゚)「落ち着けよ。
        もうお前を殴っても何も出てこないんだ。
        だから俺は考えたんだが……」

    そしてトラギコは意地の悪い顔を浮かべ、小さく告げる。

    (,,゚Д゚)「ムショの連中にお前の事を紹介しておいてやるラギよ。
        ガキを売った奴だってな」

    刑務所には法を破った人間達が集められるが、その中には変わった掟がある。
    犯した罪の内容如何によって、社会的な制裁以上の制裁が待っているのだ。
    子殺し、強姦魔は特にその制裁の対象になりやすく、生きて刑期を満了できる人間は一握りしかいない。
    刑務所内で溜まった鬱憤やストレスのはけ口として使われているだけだが、彼らに言わせれば、法に裁けないものを代行しているだけだという。

    受刑者の中に残っている正義感というものが悪意を帯びた結果、毎年一定の数は刑務所内でのトラブルが原因で死ぬことになる。
    例えばそれは風呂場で偶然足を滑らせて頭を強打したり、階段から転げ落ちたり、己の罪の意識にさいなまれて自殺をしたりなど多様だ。
    刑務官もそれらについては基本的に見て見ぬふりをし、受刑者の正義ごっこは黙認されていた。
    児童買春の取引をしていたことが知られれば、刑務所にあるカーストの最底辺に位置することになる。

    命が助かったとしても、何かしらの障害を負う事は避けられない。

    (,,゚Д゚)「話したくなったら言ってくれラギ、生きてるうちにな」

    |゚レ_゚;州「か、勘弁してくれ!」

    男の悲痛な懇願を無視して取調室を出て、後の処理を扉の前で待機していた警官に託す。
    この後は男を留置所に戻し、別の人間に取り調べを受け、それから裁判を待つことになる。
    トラギコが刑務所の人間に男の罪状について話さなくても、刑務官たちの間から情報が流され、リンチに合う事に変わりはない。
    聞き出した五人の特徴を基に、性犯罪者のデータベースを調べる為、資料室に向かう。

    かび臭い資料室には紙の資料が並び、ジャーゲンに警察が設置されてから今に至るまでの犯罪の記録が残されている。
    殺人と性犯罪、そして窃盗はこの街では特にその割合が多く、そのせいで資料室は最早倉庫と形容してもいいほどの雑多な様子だった。
    高く積み上げられた金属ラックに並ぶファイルの列に気圧されることなく、トラギコは性犯罪の記録を調べ始めた。
    ここに残されている資料は皆、犯罪者が成人済みであることが条件になっている為、そこまで有益とは言い難い。

    だが、五人の顧客がこの中にいれば不要な物を削る事が出来る。
    最新の資料から順に調べて行くが、資料は犯人の情報は勿論だが、被害の手口や被害者の遺体などの写真も含まれていた。
    憤りと吐き気を押さえながら、トラギコは簡素な椅子と机の前で黙々と資料を読み漁った。
    すっかり冷めきったコーヒーを飲み、時計の針が朝七時を指し示す頃には、過去二十年分の資料が読み終わっていた。

    情報と該当する人間が三人いたが、正確さについては不明だった。
    資料室を出ると、久しぶりの朝日がトラギコの眼に入ってきた。
    雲がようやく薄れ始めたのだろう。

    ( ><)「トラギコさん、お疲れ様です」

    廊下を歩いてきたビロードが声をかけてくる。
    目の下に酷い隈が出来ていた。

    (,,゚Д゚)「ひでぇ顔してるな、ビロード」

    ( ><)「言われたくありませんよ、今のトラギコさんには。
         逮捕・補導した人間全員の証言と簡易裁判が終わったのでお伝えしておきますね。
         移送先の刑務所には全員の罪状を伝えてあります。
         護送車は先ほど出発し、補導した子供たちは施設に引き取ってもらうことになりました。

         取り調べの結果は後で印刷してお渡しします」

    正直、トラギコはビロードの適応能力の高さに驚いた。
    必要な情報と手続きを済ませた手腕は、本部で働いてもなんら遜色のないもので、下手なベテランぶっている人間よりもよほど使える。

    (,,゚Д゚)「分かった。
        少しは休んだ方がいいぞ、年末は特に休める時に休まないといつまでも休めないからな」

    ( ><)「その言葉、そっくりそのまま返しますよ。
         ……ところで、所長があの事件をトラギコさん一人でやるようにと命令したそうで」

    (,,゚Д゚)「あぁ、人手不足らしいからな。
        お前は命令に従っておけ、目を付けられたら出世なんて無理ラギ。
        俺が言うんだ、間違いねぇ。
        その代わり、情報の横流しと協力を頼むラギ」

    ( ><)「任せてください、トラギコさん。
         それと、一つ情報があります。
         犯人は男です」

    (,,゚Д゚)「……どうやって調べたんだ?」

    性別を絞る要素を探していたトラギコにとって、それは朗報だった。

    ( ><)「例の清掃業者にいる一人から情報を聞いたんです。
         遺体には男の体液が残っていたそうです」

    (,,゚Д゚)「なら犯人の特定ができるじゃねぇか」

    ( ><)「えぇ、色々と調べてみたんですが、やはり上からの圧力が凄まじいみたいです。
         法律を絶対に遵守させるべし、とのことで多額の補助金が出されているから企業は潤っているようです」

    (,,゚Д゚)「よく情報が聞き出せたラギね、あいつら金はあるんだろ?」

    ( ><)「良心に訴えかけてみたんですが、それが上手くいきました。
         ですが聞き出せたのはここまでで、これ以上は駄目でした。
         証拠品を持ち出すことも提案したのですが、清掃後はボディチェックがあるそうです」

    不自然なほどに徹底しすぎているが、企業としては余計な材料を外に持ち出させない事で会社の立場を守っているのだろう。
    万一にでもそれが持ち出されでもしたら、会社は秘密を守る事も出来ないだけではなく、仕事を満足に行えない事を示してしまう。
    街が定めた法律は死体を可能な限り生前の状態に戻すことであり、決して死体から何かを持ち去る事ではないのだ。
    何故事件解決の鍵をここまで消し去ろうとするのかは理解に苦しむが、それでも、残された証拠品からやれるだけのことをやるしかない。

    手がない訳ではないのだ。

    (,,゚Д゚)「さて、今から街の見回りに行ってくる。
        ビロード、この街にある児童施設に片っ端から連絡してくれラギ。
        不審な男に気を付けろってな。
        それと、保育園や幼稚園にも連絡を回す様に伝えろ」

    ( ><)「分かりました。
         トラギコさん、寝てないんじゃないですか?」

    (,,゚Д゚)「まぁな。
        とりあえずは散歩でもして眠気を覚ますさ」

    ( ><)「犯人が早く捕まるよう、助力します」

    (,,゚Д゚)「助かるラギ。
        分からず屋の所長にばれないように気を付けろよ」

    ( ><)「そうします。
         それじゃあ、また今度」

    (,,゚Д゚)「あぁ、またな」

    ‥…━━ 十二月九日 午前 市街 ━━…‥

    男はジャーゲンの街をゆっくりと歩きながら眺め、すれ違う人をさりげなく観察していた。
    歩く速度は決して速くはないが、彼の心は逸っていた。
    彼の眼に写るのは歪んだ情報群。
    成長した女。

    年老いた女。
    醜い女。
    成長した男。
    小さな男。
    年老いた男。

    そして、最高の性処理道具が歩いている。
    まるで誰かに壊してもらう事を待ち望んでいるかのようなその造形、存在に男の心と下半身は高ぶっていた。
    だが男は冷静だった。
    突発的な犯行に及ぶことはあるが、決して無計画なわけではない。

    余計な邪魔が入らないように心掛け、次の道具を楽しめるように安全に現場から立ち去るための算段を建ててから犯行に及んでいた。
    彼の眼が探しているのは一人で歩いている女児だった。
    女児は良い。
    柔らかく、良い声で泣く。

    命の灯火が消える寸前まで助けを求め、希望と奇跡を信じている姿はこの世の宝だ。
    それを手折り、蹂躙し、凌辱するのがたまらなく好きな瞬間だった。
    生き甲斐と言ってもいい。
    こんなに気持ちのいいことを止められるはずがない。

    自慰行為を手で行うように、彼は女児を使って性的な快感を得て安寧を感じるのだ。
    しばらく物色をしていると、男は街の空気が変わっていることに気付いた。
    その正体は、彼の興味の対象である女児たちが一人で行動していない事だった。
    数人で歩いているか、保護者が傍にいた。

    これではお預けを喰らっている状態だ。
    明らかに何か、彼の望まない事が起こった証だった。
    警察が動いたと考えるべきだが、それは彼の中では起こり得る可能性の最も低い事態だった。
    現実をこうして目の当たりにすると、警察が動いたとしか考えようがない。

    苛立ちを押さえるためにも、この股間の高ぶりを押さえなければならない。
    娼婦は論外だ。
    そんな穴を使う気にはなれない。
    穢れの無い、まだ瑞々しい穴がいいのだ。

    それなのに。
    忌々しい大人共が彼の道具の周りにいるせいで手出しをすることが出来ない。
    何とも酷い話だ。
    彼はただ穴を楽しみたいだけであって、何か悪事を働くわけではない。

    果実をどのタイミングで食すかは人次第だ。
    彼はたまたまそれが早いというだけで、他の人間と何も変わりはない。
    健全で、実に人間らしい思考をしているのだ。
    これが同じ人間の行いかと、苛立ちが募る。

    人間が食事をするのと同じだ。
    睡眠をとるのと同じだ。
    全ては動物的な本能に従っているだけで、それを満たそうとするのは人間として当然だ。
    だから彼は悪くない。

    それが、連続強姦殺人事件の犯人であるこの男の主張であった。
    尾行すれば聡い何者かに見咎められ、今後の活動に支障が出かねない。
    それは困るのだ。
    彼はまだ捕まるわけにはいかず、捕まればしばらくの間穴を楽しめない。

    夕飯の献立を考えるように、この後の性処理について考える。
    いささか不服ではあるが、この街にある幼女専門の売春宿に行くしかないのだろうか。
    法外な値段で子供を売り払う下種たちの世話になるのはあまり気乗りがしないが、この疼きを鎮めるためには仕方がない。
    しかし商品を彼の好きにできるわけではないため、不完全燃焼もはなはだしい。

    欲望の小出しは精神衛生上大変よろしくない。
    どうにかして欲望の発散をしなければならない。
    人間が排泄を我慢できないのと同じように、彼は性欲を我慢できないのだ。
    むしろ、我慢するべきものではないとさえ思っている。

    そこでふと、ある考えが思い浮かんだ。
    売春はあくまでも穴をレンタルするだけで、肉そのものを我が物にするわけではない。
    ならば、肉を買えばいいのだ。
    彼には肉を売っている場所に心当たりがあった。

    それに何より、売り物であれば細かなことを気にしなくて済む。
    後始末も簡単で、時間を気にすることなく好きにできる。
    思い立ったらすぐに行動する彼は、まだ陽の高い時間にも関わらず、極めて非合法的な人間への連絡を考え付いた。
    公衆電話を使い、その人間へと連絡を行う。

    『誰だ、こんな時間に』

    (:::::::::::)「七歳ぐらいはいるか?」

    『……十二万ドルだ』

    時折彼は、この人間から女児を買う事があり、声だけで誰なのか伝わるようになっていた。
    これが人間同士の繋がりと言うやつだが、大人の男と話すのは苦痛だった。

    (:::::::::::)「大丈夫だ。
        じゃあ、いつもの場所に届けてくれ」

    『待て、最近はサツが動いて物騒になってるんだ。
    場所を変える』

    (:::::::::::)「詰めて宅配してくれればいい」

    『分かった。
    いつものところに届ける。
    三十分後だ。
    オプションは?』

    (:::::::::::)「必要ない。 金はいつもの通りに」

    電話を切って、男は一先ず安堵の溜息を吐いた。
    これでいい。
    不服ではあるが、どうにか欲望の発散は出来そうだった。
    天然の魚と養殖の魚のそれぐらい差が現れる問題だったが、渇きを満たすためにはあまり贅沢は言っていられない。

    はやる気持ちをどうにか押さえながら会員制の無人ホテルへと向かい、彼専用の部屋へと向かう。
    エレベーターで最上階の七階に到着する頃には、彼の股間は痛いほどに膨らんでいた。
    部屋にあるのは簡素なキングサイズのベッドとシャワールームだけ。
    それ以外の調度品は何もなく、それ以上の調度品は求めていなかった。

    この部屋で彼が気に入っているのはその簡素な作りと徹底した防音設備だった。
    この部屋で銃声が鳴ったとしても、隣の部屋はおろか廊下さえ音が漏れることはない。
    部屋の鍵とチェーンをかけ、一息つく。
    ベッドの傍に大きなピンク色のスーツケースが置かれているのを確認して、口角が挙がる。

    股間が痛いほどに膨れ上がっている。
    もう我慢は出来そうにもない。
    フローリングの床を革靴の踵が叩く音が、まるでドラムロールだ。
    プレゼントの包装紙を破るように、男はスーツケースを開いた。

    「……っ!!」

    そこには両手足を縛り、目隠しと猿轡を噛まされた私服姿の女児がいた。
    ブロンドのショートヘアが可愛らしい。
    何が起きているのかまるで分かっていない様子で、自分が詰められていたスーツケースが開かれたことにただただ驚いているようだった。
    怯えている姿がたまらない。

    だがこれではよくない。
    恐怖を堪能するためには、まずは素材を徐々に吟味しなければならない。
    何事にも作法というものがあり、それを守ることで秩序が得られ、何も考えない獣では味わう事の出来ない格別な味を感じる事が出来るのだ。
    ホットパンツとシャツの組み合わせは実に子供らしく無邪気で、そこから惜し気もなく見える四肢がまるで果実の様だ。

    我慢の限界だった。
    男は女児の太腿に手を伸ばし、その肌をまずは指先で楽しんだ。
    猿轡の奥から聞こえる悲鳴がいいアクセントになり、指先に感じる体温と柔らかくすべすべとした肌の感触だけで射精しそうだった。
    太腿を擦りつつ、頬に手を添える。

    汗ばんだ肌に、確かな恐怖の色を感じる。
    太腿に這わせていた手を足の付け根へと移行し、もう一つの手で首を締めた。
    徐々に力を込めこれから命を奪わんとする男の意志を伝えた。
    肌に汗が浮かび、付け根の部分が震えはじめる。

    いい兆候だ。
    実にいい兆候だ。
    これは逸材だ!まだ命に縋ろうとする姿勢がある。
    そう簡単に壊れず、男を満足させてくれる逸材に違いない。

    女児の顔が赤くなり、縛られた手足を動かして必死の抵抗を見せる。
    小さく細い手足をいくら動かしても、大人の力に勝てるはずがない。
    この優越感。
    前菜としては上出来だ。

    足を縛るテープに切れ目を入れて、拘束を解いてやる。
    ジタバタと足が動いていた。
    最高の眺めだ。
    決して届かない抵抗と悲鳴を生み出しているのは男の手。

    男の意志によって、女児の必死の抵抗を全て封じる事が出来る。
    これ以上ない快感。
    生物である以上、最も大切にしている命を奪われまいと見せる抵抗はその命最大のものになる。
    全力の抵抗を容易くねじ伏せることの愉しみは、選ばれた者にしか味わう事を許されない果実そのものだ。

    これは他の何かで代用できるものではない。
    足の付け根に汗とは違う体液が滲み出て来たのを感じて、男は首から手を離した。
    目隠しの下から涙が流れ、女児が声を殺して泣き始めた。
    涙を舐めとり、その淡い塩気に舌鼓を打った。

    次に男は猿轡を取り、声を出させることにした。
    いつまでも言葉にならない声では飽きてしまう。
    味に変化をつけ、料理を楽しむのもまた人間としての嗜みであり、マナーでもある。
    男はこれから暫くの間警察のせいでこの感覚が味わえない事を考えて、今回は特に念入りに堪能することに決めたのであった。

    命を蹂躙され、凌辱の限りを尽くされた女児の死体が路地裏でゴミ箱に詰められているが発見されたのは十二月十二日の早朝だった。

    ‥…━━ 十二月十二日 午前 路地裏 ━━…‥

    身元不明の女児の死体が発見されたとの通報を受け、鑑識班を伴った警官達が現場に到着した時、数人が死体から目を逸らした。
    成程確かに、身元不明であるということも頷ける凄惨さだった。
    野犬に食い千切られたせいで顔のパーツは判別不可能なほどに変わり果て、女児であると一目で判別するのは難しい所だった。
    ビロードは口をハンカチで覆いながら、周囲の状況を確認した。

    この路地裏はホームレスたちでさえあまり使わない、ビルの合間にある吹き溜まりのような場所であり、目撃証言は期待できない。
    犬によってゴミ箱が倒されていなければ清掃車が来るまで誰も気づかなかっただろう。
    それ故に、何かしらの証拠が残されている可能性が高くもあった。
    人が来ないという事は、真新しい証拠品は犯人につながる手がかりとなり得る。

    身元不明の死体である以上、それを預かるのは警察の仕事になる。
    この街の法律に従って言えば、身元不明の遺体に対する処遇は特に定められていない。
    この女児の親族がいつ現れるのか分からなければ、警察としては先に解剖と分析を行う事が出来る。
    極めて遺憾な話だが、この女児のおかがで犯人特定に向けて大きく前進することになる。

    彼女の死を決して無駄にしないためにも、ビロードたちは全力で事件を解決しなければならないのだ。
    一度事件が発生すれば、流石に署長もトラギコ一人に一任するわけにもいかず、こうして警官を派遣せざるを得なくなる。
    そして分析などがひと段落したらトラギコに任せることになるため、事件の初動である今この段階でどれだけの情報を手に入れてトラギコに引き渡せるかが重要だ。

    ( ><)「遺体をすぐに検死に回してください。
         今ならまだ証拠が採取できるはずです」

    ( ''づ)「分かってる、落ち着け」

    青い死体袋に赤黒い塊となった女児が詰められ、運ばれていく。
    現場に残されたゴミ箱も袋に念入りに包んで、警察へと向かうワゴン車に乗せられる。
    ワゴン車と入れ替わりに、トラギコがやってきた。

    (,,゚Д゚)「どうだ」

    ( ><)「最悪です。
         以前の二件とは違って、かなり酷い状態でした。
         ですが、今検死課に遺体を運んだので何かしらの証拠が得られるはずです」

    (,,゚Д゚)「そいつは重畳ラギ。
        これで一気に――」

    その時、鑑識官の一人が携帯電話を手に二人の元に駆け寄ってきた。

    「今連絡があって、遺体が清掃業者に渡されることになりました!」

    (,,゚Д゚)「何?! 身元不明じゃねぇのか!!」

    トラギコの怒声に気圧されながらも、鑑識官の男は報告をした。

    「ついさっき、親が出てきて自分の娘だと証言を!運送中の車内で遺体の特徴と証言を照らしあわせた結果、一致したそうです!」

    (,,゚Д゚)「……おい、車を停めさせておけラギ。
       理由は何でもいい、業者よりも先に遺体から証拠を手に入れさせるラギ!」

    「そ、それがたまたま業者の車が近くにいて、すでに引き渡しが行われたと!」

    いくら何でも出来すぎている。
    何者かの作為があるのは間違いなかった。
    だが何故、そのような事をするのかビロードには考え付かなかった。
    彼はトラギコの眼に本物の殺意が浮かぶのを見たが、それは一瞬で消え去った。

    鑑識官は持ち場に戻り、仕事を再開した。

    (,,゚Д゚)「おい、ビロード」

    拳を握り固め、トラギコはゾッとする程冷静な声色で声をかけてきた。

    (;><)「は、はい」

    (,,゚Д゚)「名乗り出てきた母親を拘束して、身元を徹底的に調べておけラギ。
        後で俺が尋問するラギ」

    (;><)「分かりました。
         ですが、尋問って……」

    取り調べではなく、尋問という言葉をトラギコが選んだのには理由があるはずだった。
    彼はおそらく、件の母親を使って事件の裏に潜む人間を引きずり出そうとしているのだろう。
    だが、警官による尋問を実施する際には上長の許可もしくは命令が必要になる。
    果たして、その点をトラギコは考えているのだろうか。

    (,,゚Д゚)「タイミングが不自然すぎるラギ。
        警察内部に犯人隠匿に協力してる奴がいると見て間違いねぇラギ。
        だがその前に俺はあの子供の出所をちょっと聞いてくるラギ」

    ( ><)「まさか、刑務所に?」

    (,,゚Д゚)「あぁ。
        この街にある人身売買組織について訊いてくるラギ」

    彼の行動力には目を見張るばかりだが、暴走しないかだけがビロードにとって不安の種だった。
    彼は孤独に生き、単独で動き、独力で解決しようとしているように見える。
    まるでそうしなければならないのだと自分に言い聞かせているように、そうでなければならないのだと考えているかのように。

    ‥…━━ 十二月十二日 午前 刑務所 ━━…‥

    刑務所に入れられてから面会人が来るのは、その男にとって初めての事だった。
    しかもアクリル板越しの会話ではなく、模範囚でしか許されないグラウンドでの面会だった。
    果たしてどこの誰だろうかと心躍らせながら待ち、面会人が姿を現した時、男は数歩後退った。
    刑務所にいる人間全員がその名を刻む、恐怖の対象。

    虎と呼ばれる刑事だった。

    (,,゚Д゚)「よぅ、来てやったぞ」

    |゚レ_゚;州「な、何で……!!」

    (,,゚Д゚)「話しにきたラギ。
        お前がすぐに話せば俺は余計な運動をしなくて済むラギ」

    トラギコの姿を見て、男の全身が総毛立っていた。
    話をするのも恐ろしいが、獣のように鋭い目で睨みつけられている時が最も恐ろしい。
    この男なら何をしてきても不思議ではない。
    身をもって体験したからこそ分かる。

    今、トラギコは一切の容赦をしないつもりだ。

    (,,゚Д゚)「前にお前に話した、人身売買組織について教えろラギ。
        今すぐに」

    |゚レ_゚;州「ひっ!」

    普通はいるはずの看守たちはどこにもいない。
    これから先何かが起こったとしても、誰も何も目撃していないため、彼がトラギコに暴行を受けたとしても妄言として処理されるのだ。
    最悪、命を奪われるような暴行も覚悟しなければならない事は、同じ刑務所の人間から聞かされていた。

    (,,゚Д゚)「挨拶の前にまずは目玉を抉るラギ。
        右か左か、好きな方を選ばせてやるラギよ。
        その後、片方の耳を引き千切ってから挨拶をするラギ。
        俺は礼儀正しいラギ」

    |゚レ_゚;州「わ、分かった!!話す、話すから勘弁してくれ!!」

    (,,゚Д゚)「俺が勘弁するかどうかはお前の情報次第ラギ」

    ‥…━━ 十二月十二日 午後 ジャーゲン警察取調室 ━━…‥

    結論から言えば、トラギコが得た情報は有益だったが、手遅れだった。
    母親の証言が虚言であり、女児が人身売買されたのだと分かった時には、すでに死体の清掃は完了した後だった。
    取調室で母親を語った女は金で雇われただけだと言い、相手の正体は何も知らないという。
    生活に困窮しての犯行との事だったが、トラギコの拳はその理由で止めることは誰にも出来なかった。

    頬骨と前歯を折られた女は刑務所に運ばれてすぐに医務室へと向かい、顔をギブスと包帯で覆うことになった。
    苛立ちを押さえきれず、トラギコは無人となった取調室の椅子を蹴り壊した。

    (#゚Д゚)「糞っ!!」

    女を雇った人間を追ったところで袋小路になるのは目に見えていた。
    人身売買組織を摘発し、壊滅させたが少しすればまた同じ仕事が始まるだろう。
    この街で人身売買を行う事は極めて容易く、トラギコはその点を極めて危惧していた。
    人命が金で売り買いされるという現実は易々と受け入れられない問題だ。

    殺された女児を売った人間は明らかに尻尾切りの人間達で、本命は安全な場所に隠れているはずだ。
    その人間を探すのが先か、それとも犯人を捜すのが先か。
    どちらも優先順位は高く、天秤にかけるにはいささか厳しいところがあった。
    特に一人だけとなると、二つ同時に解決するのは不可能だ。

    所長は相変わらずトラギコ一人で連続強姦事件の捜査と対処を命じ、他の警官達は他の事件に回されている。
    成程確かに、日々事件が多発しているために人手を割くことが出来ないのは理解できるが、事の重大性をまだ理解し切れていない節がある。
    すでに三人の犠牲者が出ているのに、これを路地裏の恐喝事件と同様に捉えているのだ。
    女でありながらその辺りへの理解はまるで薄いようで、説得による協力は難しそうだった。

    他の二件と異なり、今回は金で買った女児を殺していることから、よほどの状況にあったのだと推測された。
    強姦魔は娼婦と性交渉するよりもその辺りを歩いている人間を犯すことに興奮を覚え、それを喜びとしている事がほとんどだ。
    無理やり犯すことが彼等の目的であるにも関わらず、今回は金を払っての犯行。
    つまり、何かしらの理由で妥協をしたのだ。

    その理由とは、まず間違いなく警察官の数が街中に増えたことであろう。
    人目を気にしなければならない状況に陥り、人身売買組織に一報を入れ、犯行に及んだ。
    ならば、この犯人はどこで女児を犯したのだろうかと考えれば、自ずと安全な建物を選ぶことが浮かび上がる。
    その後に女児の死体を捨てたのであれば、まだ証拠が犯行現場に残されている可能性があった。

    死後三日ほどが経過しているとの報告から逆算すれば、その可能性は低い。
    極めて低いが、今はその可能性を信じたかった。
    トラギコが刑務所で手に入れた証言によれば、売買は無人のノウマンズホテルで行われているという。
    会員制であり、外見は古びたビルだが、そのセキュリティは最新式の物で固めてあるとのことだ。

    場所は分かっているが、やはり所長の意向により、鑑識官はまだ派遣されていない。
    それどころか、この事件の担当者であるトラギコ以外は一切かかわらないように命令が下されていた。
    年末強盗の数が増え始める時期でもある為、街中のパトロールに人員が割かれているのだ。
    トラギコは武器庫へと急ぎ足で向かった。

    口を真一文に結び、余計なことは一切考えず、喋らない。
    上の意向がどうあれ、彼は彼の仕事として手に入れるべき証拠品を手に入れなければならない。
    証拠品が無ければ目撃証言でもいい。
    どんなにか細い物であっても、犯人を突き止める手がかりになりさえすればいいのだ。

    気持ちを落ち着かせるために、一旦シャワー室に向かい、汗を流す。
    その後、新たなスーツに着替えて気分を整えた。
    証拠探しをしている間に余計な人間が出てこないとも限らない為、武器庫からH&K社のMP5K短機関銃とマガジンを拝借し、アタッシェケースに入れて持ち出した。
    署にあるオフロードバイクを使って街に向かう。

    地面に積もっていた雪は昼の日差しでぐずぐずに溶け、道路はにわかに渋滞を起こしていた。
    バイクの利点を使い、車の間をすり抜けて目的地へと急ぐ。
    証言から発覚した建物の前には清掃業者の車が一台停まっていた。
    それを見た瞬間、トラギコは最悪の展開を予想した。

    もしもこの清掃業者が犯行現場の清掃作業を行っていたとしたら、そこに残されている証拠品の一切合切が消滅してしまう。
    どこの馬鹿が依頼したのかは知らないが、今すぐに確認をする必要があった。
    アタッシェケースから短機関銃を取り出して、ビルへと足を踏み入れる。
    無人のフロントを通過するためには会員証が必要だったが、トラギコはそれを銃で撃ち壊して強引に通過した。

    音を頼りに建物を捜索し、掃除機の音が聞こえる一室を見つけ、扉を開いた。

    (,,゚Д゚)「警察だ、動くな!!」

    銃を構え、部屋にいる人間達の動きを制する。
    清掃業者の制服である青いつなぎを着た男が三人、それぞれ掃除道具を手に立っていた。
    彼らの足元には血痕が残されており、まだ清掃が始まったばかりであることが分かった。
    証拠はまだ残されている。

    (,,゚Д゚)「どこの誰に頼まれたのかは知らねぇが、今日は仕事は休んでもらうラギ」

    「おいおい、警察の旦那。
    そいつはちょっと乱暴ってもんだ」

    帽子を取って、一番体躯の大きな男がトラギコに歩み寄ってくる。
    ゴム手袋を外し、拳と首を鳴らして威嚇をしてきた。
    妙に強気な男だった。

    (,,゚Д゚)「乱暴でも何でもいいが、ここは事件現場ラギ。
        掃除は後ラギ」

    「こっちは仕事でやってるんだ、邪魔しないでくれ」

    (,,゚Д゚)「こっちも仕事なんだ。
       邪魔するな」

    一気に漂う、険悪な雰囲気。
    銃を持っているトラギコと、拳だけの男。
    喧嘩にすらならない。

    「市長からの仕事なんだ、邪魔するんならあんたの事を報告するぞ」

    その言葉に、トラギコは僅かに眉を潜めた。
    何故市長がここの清掃を命じる必要があるのか、まるで理解が追いつかない。
    そもそも理解できない法律を展開している以上、理解など無理なのかもしれないが、今回の件についてはまるで理に適っていない。
    否、男の証言が嘘である可能性もある。

    (,,゚Д゚)「市長の命令だろうが、こっちは警察としての仕事なんだ。
       俺の邪魔をするんなら、脚に穴を空けられても文句は言えねぇラギ」

    「撃てるわけがねぇ。
    警官はいつもそうだ。
    ハッタリなら、ヴェガで勉強してくるんだな」

    (,,゚Д゚)「そうかい」

    MP5Kが火を噴いた。
    男は悲鳴を上げてその場に倒れた。

    「ここに来る前にヴェガで予習してきたんだ。
    どうだ、勉強になったか?」

    「この、馬鹿がっ!本当に撃つ奴が……!」

    (,,゚Д゚)「いるんだよ、ここに。
       捜査の妨害及び事件現場への介入による証拠隠滅幇助でムショにぶち込んでやるラギ」

    「糞っ、こいつを黙らせろ!!」

    残った二人にそう命令するが、トラギコの容赦のなさを見て動く様子はない。
    流石に銃を平気で撃つ警官が相手となれば、喧嘩早い人間でも躊躇うだろう。

    (,,゚Д゚)「お前らはさっさと部屋から失せろ。
        そうすりゃ、いいことがあるかもだ」

    「お、俺を置いていくな!!」

    その言葉は二人の背中に届きはしたが、彼らは躊躇うことなく部屋から走り去ったのであった。
    残ったトラギコは携帯電話を使い、警察署に連絡を入れる。
    だが誰も電話に出ない。
    文字通り署にいる人間を全員パトロールに出しているのだとしたら、所長は歴史に名を残す馬鹿と言うことになる。

    これではいくら通報が入ったところで、誰も動くことはできない。
    しぶしぶ電話を切り、それをポケットに入れようとした時、着信があった。

    (,,゚Д゚)「おう」

    ( ><)『トラギコさん、ビロードです。
         署に電話をしましたよね?』

    (,,゚Д゚)「あぁ。
        誰も出なかったけどな」

    ( ><)『……所長がトラギコさんからの着信は無視しろ、と全体に通達したんです。
         例の女を殴った事で、どうにもキレちゃったみたいで』

    (,,゚Д゚)「あの女は事件を終わらせたくないのか、それとも俺の邪魔をしたいのかどっちからしいラギね。
        お前は今どこから電話してるラギ?」

    ( ><)『近所のパトロールをしています。
         署にいるドクオさんが僕に電話をして、トラギコさんに伝えるように教えてくれたんです。
         署の人間が皆所長の意見に賛同しているわけじゃないんです』

    (,,゚Д゚)「ともあれ、俺は協力を得られないってことだな。
        丁度いい、鑑識をこっちに寄越してもらいたいんだが、どうにか都合を付けられるラギか?」

    ( ><)『最善を尽くします。
         最悪、僕が行きます』

    (,,゚Д゚)「あぁ、助かるラギ。
        じゃあな」

    今度こそ電話をしまい、部屋の捜査を始めることにした。
    銃創を押さえて泣きじゃくる男の髪を掴んで廊下に放り出し、余計な体液や毛髪、血痕がこれ以上現場に残らないようにする。
    手袋を付け、鍵とチェーンをかける。
    跫音が遠ざかって行くのが聞こえ、男が逃げて行ったのが分かった。

    大げさな男だった。
    改めて現場を見ると、フローリングには血痕らしきものが僅かに残されていた。
    キングサイズのベッドの傍にはスーツケースが開いた状態で置かれ、中には何もなさそうだった。
    しかし証言を思い出すと、売買された子供はこうしてスーツケースに入れて送り届けられることがあるようだ。

    つまりここで犯人が女児を手に入れ、犯行に及んだと考えられる。
    部屋にある窓には分厚いカーテンが三重に引かれ、決して外から中が覗けないようになっていた。
    あまり動き回らずに部屋の中を観察する以外、専門家的な知識を持たない彼に出来ることはない。
    しかし現場確保をするという事は極めて重要なことであり、様々な証拠品が残るこの部屋がもたらす事件解決への功績は計り知れない。

    (,,゚Д゚)「……ん?」

    足の裏に熱を感じ、トラギコは思わず声を出した。
    分厚い靴底越しにも分かる熱というのは、普通では有り得ない。
    大きな熱を生み出す原因が無ければ――

    (,,゚Д゚)「マジかよ……!」

    最悪の予感とも確信とも言える想定を胸に抱いて、トラギコは部屋の扉を僅かに開いた。
    猛烈な熱風がトラギコの顔を直撃した。
    思わず扉を閉め、部屋の中に戻る。
    これは、紛れもなく火事だった。

    だが火災報知機がまるで機能していない。
    警報の音もスプリンクラーも作動した様子が無く、何者かの作為を感じた。
    火の回りの早さも不自然であり、タイミングから考えて、証拠隠滅を図る人間の策謀に違いない。
    更に、この部屋には緊急用の梯子など、火災に対しての備えがまるでなされていなかった。

    そこまでして、この事件を解決されては困る人間がこの街にいると思うと、トラギコは気分が悪くなった。
    強姦殺人犯をどうして庇いだてなければならないのかを考えると、犯人の素性は自ずと絞られてくる。
    本人、もしくは本人に深く関係している人間が社会的に高い地位にいる可能性だ。
    捜査の領域をこれで狭められるが、まずは生きて脱出することと、証拠品を幾つか持ち帰る必要があった。

    果たしてどれが証拠品として有益な物なのか、今の段階で見つけ出すのは難しい。
    持って行ける大きさで、となるとキャスター付きのスーツケースが妥当だろうか。
    選んでいる時間もあまりなさそうであることから、スーツケースを手に取って部屋を出ることにした。
    熱風と黒煙が廊下に充満していた。

    七階にまで炎が到達しているのか、それとも火元が六階なのか。
    まるで分からない。
    他の部屋に人がいるかどうかについて、彼には考えるだけの優しさと余裕はなかった。
    ケースを引いて急いで移動をする。

    エレベーターはいつ停止するか分からない為、非常階段を探す。
    だがしかし、非常階段は廊下のどこにも設置されていなかった。
    胸騒ぎがした。
    トラギコのいる場所から地上に降りるには、階段を使う他ない。

    そして階段は一か所だけ。
    もしも証拠を消し去りたいのであれば、トラギコがこのホテルから出て行くのを見逃すだろうか。
    否、あり得ない。
    証拠共々トラギコを殺し、不運な火災事故として処理するはずだ。

    ならば、一方通行である階段を使えばトラギコの不利は揺るがない。
    外から消防車のサイレンが聞こえてきたが、トラギコはその音を信用しないことにした。
    避難する人間達がいる中、逆走しても怪しまれない人間は限られている。
    しかも顔を隠すためのマスクや重装備に身を包んでいてもなんら不自然さのない存在。

    消火器ではなく火炎放射器を背負っていたとしても分からないだろうし、それがあれば証拠を完全に焼き払う事が出来る。
    短機関銃の安全装置を解除したまま、トラギコは廊下の突き当りにあるエレベーターへと向かった。
    階段とは真逆の位置にあり、階段から来る人間との距離を開けていられるのが幸いだった。
    エレベーターのボタンを押しても反応は何もなく、昇降機が動く様子はない。

    空気の熱で汗が吹き出し、服を濡らす。
    携帯電話を使い、警察へ連絡を試みるも、やはり電話には誰も出ない。

    (,,゚Д゚)「帰ったら絶対に殴ってやる、あの糞尼」

    スーツケースと銃から一旦手を離し、扉をこじ開けようとする。
    僅かだが扉が開いたと思った時、階段のある方向に人影が現れたのを見咎めた。
    短機関銃を手に取り、屈んで様子を窺う。

    「消防署です!逃げ遅れた方がいたら声を上げてください!」

    そう言いながらも、彼らは先ほどまでトラギコのいた部屋に迷わず進み、扉を蹴破って中に入って行った。
    確認できただけでも人数は五人。
    一人は扉の前に残り、警戒に当たっている。
    廊下に立ち込める煙は徐々にその濃さを増し、いよいよ命の危険がより具体的に感じられて来た。

    エレベーターの扉を開こうものなら、その音を聞きつけて駆けつけてくるに違いない。
    少しして、部屋の中から消防士たちが駆け足で出て来たかと思うと、オレンジ色の炎が部屋から噴き出してきた。
    間違いなく人為的な炎であり、証拠の隠滅が彼等の目的である何よりの証拠だった。
    そのまま男達が階段を下りて消えようとした、正にその瞬間。

    トラギコの懐にしまってあった携帯電話が振動音を発した。

    「ん?! 誰かそこにいるのか!」

    見ると、警察署からの電話だった。
    最悪のタイミングだ。
    かけ直すにしてもタイミングというものがあるだろうに。
    舌打ちをして着信を拒否し、トラギコは腹をくくった。

    「消防署の者です、避難を!」

    声を出さずに、トラギコはMP5Kを三点射撃に切り替え、銃爪を引いた。
    三発の銃弾は声の方向に向けて正確に飛び、声の主に直撃した。

    「あぐっ!?」

    「あいつだ、あいつを殺せ!!」

    物騒な言葉と共に銃声が響き、耳のすぐそばを銃弾が掠め飛んで行った。
    セレクターをフルオートへと切り替え、片手で牽制射撃を加える。
    瞬く間に弾倉一つを使い切ったが、男達を階段の方へと追いやることに成功した。
    弾倉を交換して射撃を継続し、片手と足を使ってエレベーターの扉を無理やりに開く。

    人一人分が通れるだけの幅が出来たと思った時、銃声と共に傍に置いてあったスーツケースが砕け散った。
    煙が濃くなり始め、数メートル先に落ちているはずのスーツケースの破片がまるで見えない。

    (;,,゚Д゚)「ちっ!」

    三点射撃に切り替え、弾幕を張る。
    這うように姿勢を低くし、スーツケースの破片を一つ手に取った。
    今は生きて逃げることが先決だったが、せめて何かしらの手がかりになればと思い、その破片を密閉袋に入れた後、ポケットにしまった。
    携帯電話を開いて、警察署にリダイヤルする。

    応対したのは熟年の女オペレーターだった。
    電話に出たのは偶然か、それとも諦めたのか。
    今は分からないが、それこそどうでもいい問題だった。

    『はい、こちら警察署』

    (,,゚Д゚)「俺だ、トラギコだ! さっき俺に電話してきた糞馬鹿は誰ラギ!」

    『少々お待ちください……いえ、誰も電話していないようですよ』

    妙だった。
    着信と応対が連動していながら、電話をした人間が名乗り出ない。
    話がかみ合わないという事は、かみ合わなければならない所に作為があるという事。

    (,,゚Д゚)「なら今すぐノウマンズホテルに人を寄越せ!!
        消防士に偽装した連中が証拠隠滅してやがるラギ!!
        それと、消防への連絡は調べられるか?」

    『了解しました、ノウマンズホテルですね。
    消防への連絡は来ていないようですが、何かあったのですか?』

    (,,゚Д゚)「放火だ、警報装置もスプリンクラーも切られてる!!
        このままだと周囲に被害が広がるラギ!」

    『ただちに消防に連絡します。
    他に情報は』

    (,,゚Д゚)「俺が警察保険に入ってるか分かるラギか?」

    『先日申告用の書類を送ったので、入っているはずですが。
    何故ですか?』

    上着を脱いで、それを左手に巻き付ける。

    (,,゚Д゚)「病院代がかさみそうだからだ!」

    電話を切り、エレベーターシャフトを覗き込む。
    オレンジ色の炎が下に見えているが、予想では炎は六階から五階のどちらからか出ているはずだ。
    証拠を早急に焼き払うのならば、不自然さのないように真下にある部屋を燃やすのが一番だ。
    となると、それ以下の階はまだ燃えていない可能性が高い。

    煙のせいで昇降機はまるで見えなかった。
    どこで停止しているかは分からないが、降りられるところまで行くべきだ。
    ワイヤーが動いていないことを確認し、一息に飛び降りた。
    ワイヤーを左手で掴み、摩擦と熱で手が焼けないようにする。

    トラギコは速度を上げて落下して行き、ついに、脚の裏に固い鉄の感触を味わうことになった。
    昇降機の天井に到着したが、ここが何階なのかは分からない。
    足元の昇降機にある通気口を蹴り破って、中に入った。
    電気の消えた昇降機の中には誰もおらず、薄ぼんやりとした空間があるだけだ。

    扉をこじ開けると、外の光が目に差し込んできた。
    床に書かれた数字が階数を教えてくれる。

    (,,゚Д゚)「ちっ、三階かよ」

    それでも、三階分のショートカットができたことは重畳と言えよう。
    炎はこの階にはまだ届いておらず、やはり、予想した通り彼らが放火したのは六階だったようだ。
    証拠を確実に焼き払うための行動力と情報力は、少なくともその辺りで捕まえられる三下では有り得ない。
    組織的な存在が背後に必ずあるはずだ。

    少なくとも、警察内部から情報を聞き出し、市長への圧力も可能な程の大きさがあるのは間違いない。
    長い間仕事をしていてそんな存在に気付けなかったことが業腹だが、それを所長が知っている可能性がある事も許し難かった。
    この事件から早々に手を引くように圧力をかけているのもそうだが、恐らく、電話をかけてトラギコの居場所を彼らに知られるようにしたのは所長だ。
    となれば、犯人を庇う組織に所長が通じていると考えるしかない。

    また警察官の不祥事かと思うと、情けなくて言葉もない。
    法律を守らせる存在が法律を破る手伝いをするのはあってはならない事だ。
    トラギコはその一線を越えはしない。
    法律を守らせるために、法律を破る事は多々あった。

    特に暴力沙汰に関しては否定するつもりもなかった。
    そうしなければ守れない物もあったのだ。
    私利私欲のために法律を破るなど、言語道断である。

    三階の廊下で、トラギコは逡巡した。
    ここで地上に降りればそれで終わるが、ホテル内にいるあの人間達が誰に雇われたのかは分からないまま終わってしまう。
    貴重な証拠品の大部分を失ったのだから、せめて別の物で今回の損失分を補てんするしかない。
    MP5Kの弾倉は今装填されている一つ限り。

    三十一発の銃弾で五人を殺せるか。
    階段で待ち伏せたとしても、相手の装備も技量の詳細も分からない。
    素人ならばいいが、プロなら殺されるのがオチだ。
    M8000もあるが、どこまで対抗できるのかははなはだ疑問だ。

    トラギコは決断した。
    情報を一つでも手に入れ、一日も早い事件解決を目指す。
    その足は階段へと迷いなく進み、MP5Kを油断なく両手で構えながら上を目指した。
    出口で待ちかまえるという選択肢もあるが、それをすると民間人への被害もそうだが、トラギコが悪者と勘違いされ、民間人に射殺される可能性も考えられる。

    屋内で決着を付けられるのであれば目撃者はおらず、邪魔をする存在もいない。
    一人だけ半殺しにして情報を引き出せば、こちらの物だ。
    ビロードたちが到着してから戦闘になればいいのだが、そう都合よく物事が運ばない事をトラギコはよく知っている。
    もしも所長が犯人の肩を持つ人間の一人であれば、ビロードたちがトラギコのところに向かうのを容認するとは思えない。

    今の状況では、最初から援軍は期待してはいけない。
    せいぜい期待してもいいのは、本物の消防士たちが到着して証拠品がこれ以上焼失するのを防いでくれることぐらいだ。
    いつ目の前に何が現れてもいいように銃を構えながら、一段ずつ慎重に階段を上ってゆく。
    銃爪には指をそっと添えるだけにし、間違っても民間人を撃たないように注意をする。

    しかし、彼の配慮をあざ笑うかのように上から銃声が聞こえてきた。

    (#゚Д゚)「マジかよ、あいつら!」

    目撃者を殺しているのだとしたら、一刻の猶予もない。
    一段飛ばしで階段を駆け上がり、銃声の聞こえる六階へと到着する。
    熱風と炎、そして黒煙がトラギコを出迎えた。
    視界はゼロ。

    黒煙の中で唯一、禍々しいほど煌々と明かりを放つ炎だけがこの空間が異様な場所なのだと教えてくれる。
    視界がまるでない中で、どうして発砲するのか。
    それは彼らに人が見えているからに他ならない。
    人が見えるという事は、特殊な装備を使用しているという事。

    煙の中で彼らの姿を見ただけであるため、その詳細は分からないが、少なくとも〝兵器〟を持ち出している事は考えにくい。
    ならば、人間の眼ではなく機械の眼を使っている事が容易に想像できた。

    (,,゚Д゚)「俺はこっちラギ!!」

    煙を吸い込まないよう、スーツの袖で口を押えながら大声で叫ぶ。
    銃声が一瞬だけ止むと、黒煙の中に発砲炎の煌きが生まれ、銃声が響いた。
    銃弾が空気を切り裂く音が目の前を通過していく。
    やはり、相手は人間の姿をこの煙の中でも視認できている。

    銃腔を黒煙の向こうに向けつつ、階段を下りて踊り場の影で相手の出方を窺うことにした。
    相手が救い難い馬鹿でなければ、無策で飛び出してくることはない。
    黒煙で姿が見えていない分、トラギコの方が不利だ。

    (,,゚Д゚)「なぁ、取引しないか!」

    黒煙の向こうに、トラギコは声をかけた。
    反応はない。

    (,,゚Д゚)「五十ドルやるから、投降してくれ!」

    銃弾が返答の代わりとして撃ち込まれたが、そこにトラギコはすでにおらず、下の階に移動した後だった。
    恐らく、相手は熱を可視化することのできるサーマルゴーグルを使用しているのだろう。
    いくら煙が充満していても、人間の発する体温がある限りトラギコを見つけることは容易なはずだ。
    最初の段階でトラギコが見つからなかったのは、単純に煙の量が少なく、彼らがゴーグルを使用する必要が無かったためだろう。

    運が良かったとしか言えないが、この悪運の良さを生かさなければそれすらも意味を持たない。
    しかし、サーマルゴーグルは極めて高価な品だ。
    この街で仕事をする掃除屋が持つにしては、高級すぎるぐらいである。
    煙の中でも問題なく使用できる耐久性と信頼性のある物は警察でも採用されており、その強力さと貴重さをトラギコは良く知っていた。

    資金や装備面でのバックアップも受けていると考えるしかない。
    苛立ちを胸に抱きながらも、トラギコは四階まで派手に音を立てて下り、上から跫音が近付いてくるのを廊下の死角に隠れて待った。

    「……油断するなよ、跫音が途絶えた。
    待ち伏せしているかもしれない」

    抑え込まれた声が聞こえる。
    しかし彼らはまだトラギコには気付いていない。
    二人分の跫音が近付いてくる。
    成程、階段を下るチームと廊下を探索するチームに分けたのだろう。

    理に適った行動だが、分散したのは悪手だった。
    悪知恵の働く獣を相手にするならば、力は集中させておくべきなのだ。
    二人が互いの死角を補いながら来ることは容易に予想できる。
    ならばこちらに出来ることは一つしかない。

    (,,゚Д゚)「あばよ」

    見つかる前に、こちらから出迎えることだ。
    虚をつくことで相手が動くよりも先に動き、刹那の時間を征することが出来るのだ。
    トラギコは男の頭に銃腔を向け、フルオートで銃弾を放った。
    トラギコを探しに来た二人の男は頭を肉塊へと変え、その場に崩れ落ちた。

    互いに死角を補うという事は、極めて近い距離に互いの急所があるという事にもなる。
    よほどの身長差が無い限りは、こうして相方の頭を吹き飛ばせば流れ弾でもう一人も殺せる。
    これで、残り三人。
    すかさず下の階に向かっていた人間が銃弾を放ち、トラギコをその場にくぎ付けにした。

    銃だけを出して撃ち返し、反動の感触で弾切れを感じ取る。
    不要になったMP5Kをその場に捨てるが、まだ手は残っている。
    M8000をホルスターから取り出し、その存在を確かめるようにして両手で銃把を握る。
    制圧射撃があるという事は、それは味方がトラギコに接近する合図でもある。

    発砲音の中に隠された跫音を聞き取り、覚悟を決めて物陰から飛び出して男を正面から一発で射殺し、その死体を掴んで楯にしながら続けて連射する。
    最後の二人も銃弾を浴びてその場に倒れ、銃声が止んだ。
    硝煙の香りが煙の匂いに紛れて漂い、トラギコの鼻に届いた。
    僅かな静寂の後、呻き声が二つ。

    二人の男は階段を転げ落ちて踊り場で悶絶していた。
    男を楯にしつつ、トラギコは二人に声をかけた。

    (,,゚Д゚)「素直な方を助けてやるラギ。
        もう一人は殺す」

    「お、俺が話す……」

    (,,゚Д゚)「雇い主と依頼内容を言えラギ」

    「依頼内容は、指定された部屋の完全な焼却と……警官一人を殺すことだ」

    (,,゚Д゚)「で、誰が依頼したんだ」

    息をのむ音が聞こえた。

    「し、知らないんだ……!」

    M8000の銃腔を男に向ける。
    それまで饒舌に話そうとしていた男が、途端に口を噤む。
    明らかに嘘を吐いている様子だった。

    (,,゚Д゚)「言っただろ、俺は素直な奴を助けるって。
        お前は素直じゃなさそうラギ」

    「ま、待て!!」

    銃声。
    そして悲鳴。

    (,,゚Д゚)「話せよ、素直に」

    耳を撃ち抜かれた男は激痛に悶え、話をするどころではない。

    (,,゚Д゚)「この街の法律にのっとって言えば、警官に発砲してきた奴は殺しても問題ないんだ」

    口を開いたのは、もう一人の男だった。

    「バーバラだ!バーバラ・ホプキンス!そいつからの依頼だよ!!」

    (,,゚Д゚)「そいつはどんな女ラギ?」

    「この街のパイプ役の男だよ!仲介業者だから、誰が頼んできたのかはそいつに訊けば分かる!!」

    後の手続きについては街のゴロツキや情報屋を使って調べればいいだろう。
    この二人はもう用済みだ。
    逮捕したとしても、街の法律が彼等をどう裁くのかは目に見えている。
    余罪についての追及はせず、よくて数年。

    悪くて数カ月で彼らは再び野に放たれるだろう。
    こうしてトラギコを殺しに来るだけではなく、ホテルの客達を躊躇せず殺している姿を見れば、同じことを繰り返すのは明白だ。

    「早く病院に連れて行ってくれ!血が、血がやばいことになってるんだ!!」

    (,,゚Д゚)「あぁ、そうだろうな。
        ところで、お前らホテルの客を何で殺したラギ?」

    「あぁ?!」

    (,,゚Д゚)「殺すんなら俺だけのはずだろ」

    「それは……」

    言葉を最後まで聞くことなく、トラギコは銃爪を引いて二人を射殺した。
    ようやくこれで終わりだ。
    楯にしていた死体を手放し、一息吐く。
    ジャケットの中に証拠品がしっかりと残されていることを確認してから、トラギコは階段を急いで駆け下りた。

    ――消防車はそれから間もなく到着し、消火活動が行われた。
    通報によって数台のパトカーが来たが、その内の一台乗ってトラギコは警察署に戻ることになった。
    運転していた警官が言うには、所長がトラギコをすぐに呼び戻すように命令したとの事だった。
    ビロードは所長命令で別の場所で起きた強盗事件の対応をしているようで、ここには来れないらしかった。

    警察署に着いてからすぐに、トラギコは所長室に連れて行かれた。
    すでに昼の二時だった。
    そして、無言のまま三十分以上固い椅子の背もたれに背中を預け、トラギコは欠伸を噛み殺そうともしなかった。
    軋みを上げる彼の椅子とは対照的に、サナエの椅子は肉厚なクッション素材で快適そうだった。

    金の使い所で人となりが分かるとはよく言ったものだが、サナエの金の使い方は、彼女の人間性を的確に示しているようには見えなかった。
    机の上で腕を組んでひたすらに睨みつけてくる彼女の思考は、果たして、何に対して重きを置いているのだろうか。
    そして今、何を言いたいのか、まるで分からなかった。
    サナエがようやく口を開いたのは、トラギコが部屋に備え付けられているコーヒーメーカーで淹れた三杯目のコーヒーを口にした時だった。

    ▼ ,' 3 :「お前は何がしたいんだ、トラギコ」

    (,,゚Д゚)「あんたが望んでいる通りさ、所長。
        一人で事件を解決しようと躍起になってたら、思わぬアクシデントが起きてね。
        ホテルが全焼する前に消防が来たおかげで、火事による死者はゼロ。
        犯人に射殺されたのは八人。

        死者を最小限に抑えられなかったと言えば、その通りですけどね」

    炎は六階と七階を燃やしたが、それ以下の階には煙による被害だけで済んでいた。
    後で分かった事だが、消火設備も警報装置も破壊されており、火事が発生している事を通報したのはトラギコが最初だった。

    (,,゚Д゚)「俺がしたいのは、あの事件を起こした糞野郎を捕まえる事ラギ」

    ▼ ,' 3 :「だからと言って、何も殺す必要はなかったんじゃないのか」

    (,,゚Д゚)「なら殺されろと?証拠を隠滅するよう指示を受けてきた連中が話し合いに応じると本気で思ってるラギか?
        しかも、あのホテルにいた無関係な人間を殺した以上、説得は無理ラギ」

    ▼ ,' 3 :「可能性はゼロじゃない。
         我々は最善を尽くすべきだ」

    (,,゚Д゚)「手前が俺一人でやるように仕向けておいて、よく言うラギね。
        可能性がゼロじゃないなら、どうして俺一人で捜査させてるのか、納得のいく理由を話してもらうラギよ」

    だがサナエの眼は揺るがない。
    態度も、姿勢も、何一つ揺るがなかった。

    ▼ ,' 3 :「ジュスティアの時はどうだったか知らないが、ここはジャーゲンだ。
          この街にいる警官の人数と発生する事件の頻度、そしてその対応に必要な人員を考えてもらおうか。
          贅沢出来るような場所じゃないんだよ、ここは」

    (,,゚Д゚)「手前等が怠慢だったからだろ、それは。
        数字を語りたいんなら、俺が来てから逮捕・補導した糞共の数がどれだけ増えたか見てからにしてもらうラギ。
        現段階で、すでにこの署で最高の検挙数ラギ」

    ▼ ,' 3 :「……それだよ、トラギコ。
         お前が来てから事件に警官が駆り出されることが増えた。
         つまり、お前のせいでもあるんだ。
         分かるか、お前がお前の首を締めてるんだ」

    人は怒りを通り越すと憐れみや呆れの感情を抱く。
    トラギコは今、サナエの発言に対してその両方の感情を抱いていた。
    こんな女が何故ここで所長を務められているのか、理解に苦しむ。

    (,,゚Д゚)「警官が治安維持のために駆けずり回るのは当然ラギ。
        それを怠ってきて、ようやく普通になった途端に俺のせいで仕事が増えただ?
        真面目に生きている連中が馬鹿を見るような街に加担してる奴が、偉そうな口を利くなよ」

    ▼ ,' 3 :「お前こそ、誰に口を利いているのか分かっているのか?」

    サナエが目を細めて、トラギコを睨めつける。
    だがトラギコにとって、その視線は別段何かを感じるような物ではなかった。
    経験から来る鋭い眼光ではなく、立場と年齢から生み出す眼光は恐れる対象ではない。

    (,,゚Д゚)「当たり前だろ。
        初心を忘れた馬鹿に口利いてんだよ、俺は」

    ▼ ,' 3 :「ヴェガの時もそうだったらしいが、お前はルールを破るのが趣味のようだな。
         少し休暇でも取らせてやろうか」

    (,,゚Д゚)「人手不足の時に休むわけにはいかねぇし、あの糞野郎がまた何かをする前に捕まえたいんだよ、俺は。
        何かが起きてから動くのは誰にだってできるラギ。
        それこそ、警察じゃなくてもいいラギ」

    ▼ ,' 3 :「吼えるのも結構だが、仕事であることを忘れるなよ。
          次にお前が何かやらかしたら、私は本部にお前を懲戒免職にするよう連絡をする」

    (,,゚Д゚)「やりたきゃやれよ、今すぐにでもな」

    最終的にサナエが使ったそのカードは、トラギコが彼女に対して完全に見切りをつけるのには十分すぎるものだった。
    権力を武器に使った時点で、この女は根本的な解決を求めているのではなくトラギコに対する沈黙と服従を要求したことになる。
    つまり、見ているのは自分の保身であり、事件の解決ではないのだ。

    ▼ ,' 3 :「正直、お前にこの仕事は向いていない。
          いいか、警官は法律を守らせる存在なんだ。
          警官が法律を破ってまで法律を守らせるなど、矛盾も甚だしい。
          我々は雇われている存在だという事を忘れるなよ」

    トラギコは今、目の前に座る権力に酔った豚と話す気持ちはなかった。
    話しても不毛であり、時間の無駄にしかならない。
    こちらが正論を言ったとしても、懲戒免職のカードを出して会話を打ち切られることだろう。
    ならば懲戒免職される前に、この事件を解決したかった。

    そのためには証拠品を鑑識課へと渡し、街に行って犯人の手掛かりを掴みたかった。
    バーバラ・ホプキンスという人間を探し、誰からの依頼なのかを突き止めれば証拠品以外からのアプローチで犯人に近づける。
    無言のまま立ち上がり、出口へと向かう。

    ▼ ,' 3 :「返事ぐらいしたらどうだ」

    (,,゚Д゚)凸

    トラギコは振り返らず、中指を立てて返事をした。
    扉を閉め、前を見るとドクオ・マーシィが白い歯を見せて笑っていた。

    ('A`)「ようトラギコ。
       クビにでもなったか?」

    ドクオは皮肉気にそう言ってトラギコの肩を叩いた。
    恐らく盗み聞きをしていたのだろう。

    (,,゚Д゚)「その日も近いかもな。
        だがその前に、やることはやるラギ」

    ('A`)「お前ならそう言ってくれると思ったよ。
       ……鑑識からの回答が来た」

    声を潜め、ドクオはトラギコを連れて部屋の隅へと向かう。

    (,,゚Д゚)「そいつは嬉しいラギね。
        で、何だって」

    ('A`)「指紋が一つだけ見つかった。
       だが、この街にある犯罪者名簿にない指紋だった」

    (,,゚Д゚)「登録が無い?つまり、余所者ってことラギか?」

    ('A`)「俺もそう思ったんだが、これだけの影響力を持つ人間が、街に無関係な人間とは思えない。
       少なくとも犯罪者のデータベースには登録がなかった」

    少なくとも掃除屋や運び屋の物ではないはずだ。
    彼らはいつ犯罪の一端を担わされるか分からない仕事であるため、指紋は間違っても現場や品物に残すことはない。
    犯人に極めて近い人間のそれであることは間違いなさそうだ。

    (,,゚Д゚)「まだ登録されていないだけで、初犯の可能性もあるのか」

    しかし、初犯にしては手口が手馴れているようにも思えた。

    ('A`)「もう一つある。
       未成年で一度ムショにぶちこまれた奴だ。
       未成年なら指紋情報はなかったことにされる」

    (,,゚Д゚)「また未成年問題ラギか。
        釈放されても履歴が残らないってのが問題ラギね」

    ('A`)「全くだ。
       それと、お前が調べていた三人の男。
       あいつらは白だ」

    徹夜で探し出した資料の三人の素性について、トラギコはドクオに調査の協力を依頼していた。
    一人でやりきることは極めて非効率的であり、同僚の協力を得るのは警官として当たり前の話だった。
    そしてドクオは、そんな当たり前を行ってくれる人間だった。

    ('A`)「全員、再犯でムショにいたよ。
       しかも、その内の二人は獄中でナニを潰されて切除されてる。
       指紋も一致しなかった」

    (,,゚Д゚)「となると、やっぱり未成年の可能性が高いな」

    ('A`)「俺に出来るのはここまでだ。
       お前が呼び出される前に、所長に釘を刺されちまってな」

    やはり、あの所長のすることはどうにも気に入らない事が多い。
    頑なにトラギコの仕事の邪魔をするのは、最早意地のようなものが彼女を動かしているとしか思えない。
    確かに、どれだけ彼女が努力をしても達成し得なかった検挙率の向上と犯罪率の低下をトラギコが変えてしまったのだから、面目は丸つぶれだろう。
    だがそれは彼女が自ら招いた行為であり、いわば自業自得なのだ。

    (,,゚Д゚)「いいんだ、気にするな。
       貸し一つラギね」

    ('A`)「いや、俺はお前に借りが山ほどあるからそこから削っておくさ。
       俺が言えたことじゃないが、この事件は根が深いぞ」

    ドクオが手を貸せるのも限界がある。
    これ以上は彼の首に関わってくる。
    あの所長ならば、そうしかねない。
    権力を武器として一度振るえば、それ以降は良心の呵責も躊躇もなくなる。

    人間とはそういう生き物なのだ。

    (,,゚Д゚)「知ってるさ。
        今からちょっと出かけて、施設の連中に注意を促してくる。
        もし時間があれば、バーバラってやつの居場所を調べておいてくれ」

    ('A`)「分かった。
       俺達もパトロールがてら、施設に声がけするよう連絡しておく」

    (,,゚Д゚)「助かる。
       じゃあ、またな」

    ‥…━━ 十二月十二日 午後四時 ブルーハーツ児童養護施設 ━━…‥

    ジャーゲンの郊外に、ブルーハーツ児童養護施設はあった。
    古びた建物は何度も修繕と改築が行われ、廊下や壁は絶えず傷がついていた。
    三階建ての鉄筋コンクリート製ではあるが、外壁には血管のように蔦が絡みつき、小奇麗には見えない。
    建物の周囲を囲む金網のフェンスも心もとなく、ペンチが一つあれば簡単に穴を空けられる貧相な作りだった。

    それでも、雑草などは定期的に処理されているため、陰鬱な施設というよりも使い込まれた施設という印象を見る者に与えた。
    施設責任者は建物に残された傷は子供たちの成長の証であると断言し、叱るべきものではないと職員に口癖のように話していた。
    そのせいも有ってか施設の中は大分朽ち果てた様な、古い屋敷を思わせる雰囲気が漂っていたが、決して暗いものではなかった。
    安心感とも言えるそれは、古民家が持つ空気に酷似している。

    施設の割には広い庭には、巣立った子供たちが大人になり、感謝の証として寄付した遊具や果樹がある。
    果樹は子供たちの食事を支えるだけでなく、遊び場としての役割も持っていた。
    何度枝が折れても、果樹は子供たちを優しく見守り、太い幹で彼らに遊び場を提供した。
    施設の運営に必要な金は街の補助金と、寄付金で賄われていた。

    ジャーゲンにある多くの児童養護施設がそうであるように、ブルーハーツもあまり贅沢な暮らしは出来ていない。
    街中にある施設の数は上昇傾向にあり、受け入れている児童の数で補助金が大きく変わってくる。
    互いに潰し合わないよう、各施設は役割を分担することで組織化し、補助金を奪い合うという事のないよう工夫をした。
    この施設が担当するのは六歳から十二歳までで、それ以下や以上の年齢になると、別の施設に移動することになる。

    そして最終的に十八歳になった時点で働き始め、施設を巣立つことになるのだ。
    施設長は子供たちの事を溺愛しており、赴任してから毎日欠かさず日誌を付けている。
    その日誌は膨大な数に膨れ上がり、三十年以上の日誌が倉庫に保管されていた。
    事細かに書かれた日誌からは施設長が子供たち一人一人に目を向け、見守っているのかが読み解く事が出来る。

    更に、子供たちの抜け落ちた歯もしっかりとケースに入れて保管してあり、その愛情深さは確かな物だった。
    イトーイはブルーハーツにいる子供たちの中で、一番活発な十二歳の男児だった。
    木登りをすれば梢まで行き、喧嘩をすれば必ず相手に怪我を負わせた。
    だが決して、弱い者には手を出さない男児でもあった。

    しかし彼は自分のことについて話すことはなく、周囲の子供たちが将来の夢を語る中で頑なに口を閉ざし、職員たちを困らせていた。
    来年の春にはここを巣立ち、別の施設に行くことについては不満を漏らしていないが、何が原因なのかは誰にも分からないでいた。

    十二月十二日、午後四時。
    イトーイにとって、その日は一生の思い出になる日だった。
    いつものように施設の中で遊んでいると、見知らぬ男が玄関に現れた。
    その男は黒いダウンのコートを着ており、目つきは極めて悪かった。

    (,,゚Д゚)

    逆立ったブロンドの髪も厳めしいが、彼の放つただならぬ雰囲気にイトーイは気圧された。
    施設長と会話をしている様子を見る限りでは、悪人には見えない。
    男が途中で懐から警察官だけが持つ身分証を取り出したのを見た時、イトーイは一気に興奮した。
    施設長と男が話しているのを知りながらも、男の傍に駆け寄った。

    以`゚益゚以「おじさん、警官なの!?」

    「こら、イトーイ。
    向こうに行ってなさい、今お話をしているでしょう」

    窘められ、イトーイは大人しく下がった。
    だが男から目を離すことなく、二人の話が終わるのを待った。
    五分ほど経った頃、男はイトーイの眼を見た。

    (,,゚Д゚)「坊主、話でもするラギか?」

    以`゚益゚以「うん!」

    「あら、刑事さんいいんですか?」

    (,,゚Д゚)「気にしないでくれ。
       今の内に戸締りとセキュリティの確認を」

    「イトーイ、迷惑をかけてはいけませんよ」

    以`゚益゚以「分かってるよ!」

    施設長は軽く会釈をして、その場を去った。
    男はその場に屈んで、イトーイに目線を合わせた。

    (,,゚Д゚)「で、俺に何か訊きたいことでもあるのか?」

    以`゚益゚以「おじさん、警官なんでしょ!俺も将来警官になりたいんだ!」

    イトーイは男の手を握った。
    ゴツゴツとした手で、肌は乾燥していた。
    だが優しさが伝わる不思議な手だった。

    (,,゚Д゚)「ほぅ。
        なんで警官なんかになりたいラギ?
        正直、給料は良くねぇラギ」

    イトーイは首を横に振る。

    以`゚益゚以「俺、悪い奴らが嫌いなんだ」

    (,,゚Д゚)「悪い奴ら、か。
        中々頼もしいことを言うじゃないか、イトーイ。
        なら、働く先はジュスティアだな」

    以`゚益゚以「うん。でも俺、この街で働きたいんだ。
          ほら、この街って嫌な奴が多いだろ?だから俺が片っ端から捕まえてやるんだ!」

    (,,゚Д゚)「ははっ、いいな。
        なら今の内に鍛えておかないとな。
        どれ、ちょっとパンチをしてみろ」

    男は手を広げ、そこに拳を打ち込むように指示をしてきた。
    イトーイは遠慮なく、本気でパンチを放った。
    男の手にイトーイの拳が当たる小さな音がした。

    (,,゚Д゚)「いいパンチだ。
        だけど、惜しいラギ。
        パンチは腰を入れて、脚の力を利用して打つラギ」

    そして男はイトーイにいくつかのコツを教え、再度パンチを打ち込ませた。
    先ほどとは比べ物にならない程の大きな音が聞こえた。
    自分自身、これほど大きな音が鳴るとは思っていなかったイトーイは驚き、己の拳を見た。

    (,,゚Д゚)「良い筋をしてるな、イトーイ。
        もし困っている人がいたら、そのパンチをお見舞いしてやれ。
        パンチだけじゃなくて、足の速さも必要ラギ。
        いいか、体力と知識がなけりゃいい警官にはなれねぇぞ。

        勿論、飯で好き嫌いは無しラギ」

    以`゚益゚以「分かったよ、おじさん!」

    (,,゚Д゚)「いい返事だ、イトーイ。
        だが、俺はおじさんじゃねぇ。
        俺はトラギコって言うラギ、よろしくな」

    トラギコと名乗った男が握手を求めて来たので、イトーイは喜んでその手を握った。
    力強く握り返され、少し驚いた。

    (,,゚Д゚)「いつかお前と同じ職場で働くことになる男の名前だ、覚えておいてくれよ」

    以`゚益゚以「うん!」

    (,,゚Д゚)「それと、もう一つだけいいか」

    以`゚益゚以「何?」

    (,,゚Д゚)「警官に必要なのは体力だけじゃねぇんだ。
        ガッツが無いと、何も出来ねぇラギ。
        いいか、ここぞという時に動ける勇気とガッツを忘れるな。
        それがあれば、大抵の事はどうにかいくラギ」

    以`゚益゚以「勿論、忘れないよ!」

    (,,゚Д゚)「よし、それじゃあ飯を食ってよく眠るんだ。
        またな、イトーイ」

    最後にトラギコはイトーイの頭を撫でて、施設を後にした。
    その背中を見送ってから、イトーイは夕食を食べるために食堂へと駆け足で移動した。
    まずは体力を身につける。
    そのためには食事をする事が大切であり、好き嫌いはしないのが基本だ。

    夕食を見ると、彼の苦手なピーマンの料理だったが、それを全て平らげ、お代わりもした。
    施設長は驚き、何があったのかと訊いてきたが、イトーイは何も言わなかった。
    彼の夢が実現した時に初めて、施設長に伝えるのだ。
    それまではトラギコ以外に、彼の夢を語るつもりはなかった。

    「皆さん、今日は特別なデザートがありますよ。
    男の子と女の子でケーキが違うから、喧嘩をしないで食べるんですよ」

    施設長が皆にケーキを振る舞い、誰かの誕生日でもないのにそれが食べられることが嬉しかった。
    だがイトーイは、ケーキを年下の子供たちに譲った。
    まずは一歩。
    誰かのために何かをしてあげられる人間になる、その練習だ。

    夕食後、イトーイは初めて自主的に勉強部屋へと行き、教科書とノートを広げた。
    警察の試験がどのような物かは分からないが、とにかく、勉強をしなければならないと考えたのである。
    苦手な算数を学び、少しでも知識を増やそうと努力をした。
    勉強がこんなにも楽しく、そしてやりがいのあるものだとは知らなかった彼は、知識を吸収することの楽しさを感じていた。

    風呂に入る前に、イトーイは部屋でトレーニングをすることにした。
    八人部屋の中でイトーイだけが黙々とトレーニングを行い、他の子供たちはトランプに興じていた。
    いつもは八人でトランプに興じるのに、と不思議そうにイトーイを眺めては、子供たちは首を傾げた。
    風呂に入ってからも、イトーイの興奮は冷めなかった。

    トラギコとの出会いは人生の中で最も刺激的で、最も感動的な物だった。
    正直なところ、イトーイはこれまで警察官は勿論だが、大人という生き物が好きではなかった。
    だが、ある日を境に警察官に対して、そして大人に対しての見方が変わったのだ。
    街に蔓延っていた悪党たちを痛めつける、虎と呼ばれる警官。

    その警官の話を聞いた時、イトーイは胸がときめくのを押さえられなかった。
    本の中だけにいると思っていた正義の味方は、実在していたのだ。
    そしてトラギコを見た瞬間、イトーイは彼が虎と呼ばれる警官であることを確信したのであった。
    消灯の時間となり、各々は部屋へと戻っていく。

    建物の一階に六歳から八歳。
    二階に九歳から十一歳。
    そして三階に十二歳の部屋がある。
    男女は別々の部屋に分かれてはいるが、その行き来は自由だった。

    施設関係の人間は各階の一室におり、何かあった際にはすぐに駆けつけられるようになっていた。
    瞼を降ろしても一向に眠気が訪れない。
    そのまま時間だけが過ぎていく。

    物音に気付いたのは、果たして何時の事だったのだろうか。
    音は一階から聞こえているようだったが、誰も止めない事から、施設の人間が何かをしているのだろうと思った。
    だが音が二階へと移り、音の正体は幽霊ではないだろうか、と思い、布団を頭から被った。
    早く音が聞こえなくなることを願いながら、瞼を強く閉じる。

    そして音が三階へと移ってきた時に、背筋に寒い物を感じた。
    極めて気持ちの悪い何かを察知し、体が反応したのだ。
    音は隣の部屋から聞こえていた。

    軋むような音。
    バタバタとした音。
    せき込むような音。
    すすり泣くような声。

    隣にいるのは女子たちだ。
    何をしているのか。
    何が起きているのか、耳を塞いでも音が聞こえてくる。
    純粋に怖かった。

    体が竦み、布団から出ようとさえ思えない。
    このまま眠りに落ちて、気が付けば朝になればいいのにと願うが、音は止まない。

    「……けて」

    それは、人の声だった。
    聞き覚えのある声だった。

    「え……」

    助けを求める声。
    それが隣の部屋から聞こえている。
    何を怯えているのだ、自分は。
    トラギコに言われたことをまるで無視し、あまつさえ、自分が目指すべきものにあるまじき行為をしている。

    恐怖から目を逸らし、逃げている。
    それでは警官になれない。
    正義の味方になることなど、出来ない。
    誰かが助けを求めているのならば駆けつけ、手を貸してやらなければならないのだ。

    布団から顔を出し、しっかりと目を開く。
    息が荒い。
    心臓が早鐘を打つ。
    落ち着けと言い聞かせ、その時、不自然なことに気付いた。

    この部屋から寝息が聞こえない。
    いつもイビキをかいているトッドでさえ、まるで息をしていないようだ。
    今、隣の部屋の異常事態に気付いているのはイトーイだけ。
    やるしかない。

    今が、覚悟を決める時なのだ。
    ベッドから降りて、野球バットを持って部屋を出る。
    木製のバットならば、立派な武器になる。
    野球で何度も振るってきたこともあり、イトーイにとっては使い慣れた武器だった。

    女子の部屋の前に立つと分かるが、やはり気のせいでなく、隣の部屋からは僅かに声が漏れ出ている。
    肉と肉がぶつかり合うような、水を握り潰すような音もする。

    以`゚益゚以「あ……っ……」

    声をかけようにも、何故か声が出ない。
    掠れて声にならない。
    力が入らない。
    こんなにも恐ろしいのに、足は前にも後ろにも動かなかった。

    見えない物を恐れていては、何にも立ち向かうことなどできない。
    勇気を振り絞らなければならないのは、今。
    息を吸って、どうにか吐き出す。
    この所作を数度繰り返し、気持ちを整える。

    勇気が欲しい。
    ほんのわずかの勇気で良い。
    湧き出てきた勇気は、彼の足を前に動かした。
    扉に手をかけ、静かに開く。

    異様な匂いがした。
    そして、異様な光景が目に飛び込んできた。

    男が女子を抱きしめ、腰を動かしている。
    女子の小さな手足が力なく揺れ、男が腰を動かすたび、呻き声が聞こえた。
    今にも消え入りそうな呻き声は、何かに口を塞がれているせいでそう聞こえるだけで、実際は叫び声だった。
    男は扉に背中を向けているため、顔を見ることが出来ない。

    そのおかげで、イトーイもその存在を悟られていない。

    (:::::::::::)「ふぅ……ふぅ……!」

    男の声が聞こえる。
    気持ちの悪い男の声が。
    周囲を見ると、床の上に女子たちが倒れていた。
    寝巻がはだけている者や、裸の者もいた。

    全員、息をしていなかった。
    恐怖が再びイトーイの体を支配した。
    何が起きているのか、まるで思考できない。
    女子たちは何をされたのか、それすらも分からない。

    だが分かることが一つだけあった。
    この男は、悪であると。

    以`゚益゚以「あっ……!!あああああ!!」

    声が出た。
    そして、イトーイはバットを振りかぶり、男の背中に振り下ろした。

    (:::::::::::)「ってぇな!!」

    次の瞬間、イトーイは文字通り吹き飛んだ。
    顔を殴られ、イトーイは意識を失いかけながら廊下に転がり出た。
    鼻血が顔中に付着し、眼からは涙が溢れ出た。
    痛かった。

    だが、それ以上に怖かった。
    バットで殴りかかったのに、男はまるでびくともしていない。

    (:::::::::::)「うっ!!くぅ……あぁぁ……」

    男は気持ちよさげに声を上げ、体を震わせた。
    女子の手足はいつの間にか動かなくなっていた。

    (:::::::::::)「ったくよ、何でお前、生きてんだよ」

    男が立ちあがる。
    男は下半身に何も履いていなかった。
    股間だけが異様に盛り上がり、それが濡れているのが見えた。
    闇夜の中で、男の顔は良く見えない。

    男が近付いてくる。
    このままでは殺されると判断したイトーイの体は、自然と動いていた。

    以`゚益゚以「こ、こ、こいよ!!」

    バットを杖に立ち、それを構えた。

    (:::::::::::)「男をどうにかする趣味はないんだよ、雄ガキが。
        俺の愉しみを邪魔しやがって」

    あっけなくバットは蹴り飛ばされ、イトーイも同様に再び床に転がることになった。
    しかし不思議と、先ほどまでの恐怖はなかった。
    今は、戦わなければならない時だというのが分かっていた。
    彼の小さな体は命の全てを燃やし尽くす覚悟が決まっていた。

    (:::::::::::)「ぶっ殺してやるよ」

    蹴られたのは左肩だった。
    利き手ではない。
    ならば、バットが無くても武器はある。
    トラギコが褒めてくれた拳がある。

    正義の味方が認めてくれた、イトーイの誇り。
    これから先、大勢の人間を救うことになる拳だ。
    今なら分かる。
    怖いのは死ぬことではない。

    何もせず、何も出来ずに死んでいくことが怖いのだ。
    拳を握り固める力が強くなる。

    以`;益;以「うわぁぁぁぁぁ!!」

    叫び声を上げながら飛び起き、助走をつけて男に殴りかかった。
    狙うは顔面。
    一矢報いるための一撃。
    拳は確かに男の顔を捉えた。

    (:::::::::::)「……なんだ、そりゃ」

    しかし、イトーイの渾身の一撃はまるで効果がなかった。
    代わりに、男の拳がイトーイの腹を襲った。

    以`;益;以「げふっ!?」

    (:::::::::::)「ガキのパンチが効くかよ」

    そんなはずはない、とイトーイは混濁した意識の中で否定した。
    この拳はトラギコが認めてくれたのだ。
    絶対に効くのだ!

    激痛で涙が流れ、呼吸が落ち着かない。
    それでも彼は立ち上がろうとした。
    小さな体を健気に震わせ、満身創痍のボクサーのようにふらつく足と手で、どうにか上半身を起こす。
    男の足がイトーイの背中を思い切り踏みつけた。

    何かが折れた。
    何かが爆ぜた。
    体の中で何かが溢れて、そして、それは己の命に係わる事だと理解出来た。
    口から血を吐き出し、咳き込んではまた血を吐く。

    それでもまだ、彼の心までは折れなかった。
    拳にはまだ力が入る。

    (:::::::::::)「死ねよ、ガキが!!」

    以`;益;以「あああああああああ!!」

    雄叫びにも似た声を上げ、イトーイは男に飛び掛かった。
    そして男の髪を掴み、思いきり引っ張った。

    (:::::::::::)「……っの野郎!!」

    男がイトーイを引き剥がそうとするが、イトーイは声を上げながら抵抗を続けた。

    以`゚益゚以「ああああ!!」

    (:::::::::::)「うるせぇんだよ!!」

    男の手がイトーイの首を掴んだ。
    一気に力が込められ、イトーイは呼吸が出来ない状態に陥った。
    顔に血が溜まるのが分かった。
    意識が遠のく。

    全身から力が抜けていく。
    イトーイの手が男の髪から離れた。
    その隙に床に叩き付けられ、イトーイの意識がより一層遠ざかる。

    (:::::::::::)「この!!」

    腕が踏みつけられ、イトーイの細い腕は呆気なく折れた。
    もう、パンチを繰り出すことは出来ない。
    それでもまだ拳は残されている。
    夢はまだ追える。

    諦めてはいけない。
    せめてもの抵抗として、イトーイは男を睨みつけた。

    (:::::::::::)「糞!!」

    拳が潰された。
    イトーイが抱いた淡い夢の懸け橋となるはずだった、小さな拳。
    トラギコが認めてくれた拳。
    これから大勢の人間を救うことになるはずだった拳。

    男に一矢報いた拳。
    今は、握り固めた状態で指の骨が砕け、再び自らの意志で開閉することは出来ない。
    この手で夢は追えるのだろうか。
    誰かを救うはずの手は、何かを掴めるのだろうか。

    ここで夢も命も終わるのだろうか。
    朦朧とする意識の中、イトーイは自分が叫んでいることにさえ気付けていなかった。

    (:::::::::::)「ガキが!!」

    嗚呼。
    誰か。

    以` 益 以

    誰か。
    助けて。

    (:::::::::::)「俺の!!」

    正 義 の 味 方 ――

    (:::::::::::)「愉しみの!!」

    ―― ト ラ ギ コ

    (:::::::::::)「邪魔しやがって!!」

    そして。
    イトーイが最後に見たのは顔に迫る靴の裏。
    イトーイが最後に感じたのは痛み。
    イトーイが最後に願ったのは、救済だった。

    正義の味方に救いを求める声は誰にも届くことなく、無慈悲に踏み潰された。
    十二月十三日。
    雪がちらつくその日、イトーイはあまりにも短い生涯を終えた。

    ――後にCAL21号事件と呼ばれるこの事件を解決へと導いたのは、一人の少年の命がけの抵抗だった。

    ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
    ┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻
    前回の夢鳥花虎……
    ①ジャーゲンで連続女児強姦殺人事件発生
    ②被害者が増える中、トラギコ単独での捜査が命じられる
    ③そしてついに、トラギコが恐れていた事態が起きてしまう――
    ┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳
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    ‥…━━ Part2 ━━…‥

    ‥…━━ 十二月十三日 早朝 ブルーハーツ児童養護施設 ━━…‥

    通報を聞き、警察車両とトラギコ・マウンテンライトが現場に到着したのは明け方四時の事だった。
    救急車に続々と人が乗せられ、運ばれていく。
    昨日トラギコが不審者や不審物に気を付けるように言ったばかりの場所だっただけに、彼は行き場のない憤りを胸に抱いた。
    建物に入ると、まだ一階から子供たちの死体を運び出している状況だった。

    生存者はすでに病院に運ばれ、この建物に残っているのはすでに事切れている子供だけだった。
    生存者は僅か三名。
    全員が性器に重度の傷を負わされ、瀕死の状態だった。
    残った死体も一目でそれと分かる性的な暴行を受け、殺されていた。

    ただし、性的暴行を受けたのは全て女児で、男児が性的暴行を受けた痕はなかった。
    男児は皆ベッドの上で絶命しており、詳細はまだ分からないが、毒が使用されたようだった。
    三階に上がると、廊下に見知った顔の子供が倒れていた。
    イトーイだった。

    一目で首が折られて絶命しているのが分かった。
    彼だけが唯一の例外であり、間違いなく犯人と対峙したことが分かる。
    見開かれた虚ろな瞳がトラギコを見つめていた。

    (,,゚Д゚)「……イトーイ」

    死体のそばに屈んで、小さく名前を呟いた。
    返事など、当然ない。
    子供が大人に勝てるはずがないのに、イトーイは立ち向かったのだ。
    恐ろしかっただろう。

    痛かっただろう。
    悔しかっただろう。
    抵抗しなければ、彼は生きていられたはずだ。
    しかし、現場に落ちているバットや状況を見れば分かる通り、彼は隣の部屋にいた女児たちを救おうとしたのだ。

    ジュスティアにもこれほど勇敢な警官はそういない。
    生きていれば優秀な警官として、大勢の人間を救ったことだろう。
    ふと、イトーイの潰された手に目が行き、そこで止まった。

    (,,゚Д゚)「これは……!!」

    彼の手には人の毛髪が何本も絡みついていた。
    この状況で言えることは、この毛が犯人の物である可能性が極めて高く、今ここで採取するのが正解だと判断した。

    (,,゚Д゚)「鑑識!!すぐに来てくれ!!」

    切羽詰った様子のトラギコの叫びに、鑑識官が階段を駆け上ってきた。
    以前から何度も顔を合わせているため、すっかり馴染となった男だ。
    現場を調べることに関しての腕は確かで、彼ならば安心して証拠品を任せられる。

    ( ''づ)「どうしたんですか?」

    (,,゚Д゚)「この小僧の手にある毛髪を採取しろ、今すぐに」

    言われた通り、鑑識官はピンセットで毛髪を採取し、一本残らず袋に詰める。
    しっかりと袋の封を締め、採取日時と場所を書いた。

    (,,゚Д゚)「俺の予想だと、もうそろそろ連絡が来るはずラギ」

    今回は掃除屋よりも早く現場の確保に成功したから良い物の、前回のように途中で奪われでもしたらイトーイの努力が無駄になる。
    彼が得た証拠品以外にも現場には山のように痕跡が残されていた。
    本来であればこれほど杜撰な犯行に及ぶ人間でありながら、これまでに証拠が出てこなかったのはあまりにも速すぎる掃除屋の対応が問題だったと言えよう。

    ( ''づ)「掃除屋ですか?ですが、ここの施設の人間が同意をしなければ……」

    これまでは被害者が単独で、保護者からの依頼によって遺体の清掃が行われた。
    だが、このような施設の場合はその決定権を握るのは施設長だ。
    施設関係者は今、警察車両に乗せてゆっくりとした速度で移動している最中だ。
    そう簡単に連絡を取って買収することは出来ない。

    これまでとは違い、いち早く現場に到着できたのはトラギコ達だったために、相手の動きを封じる事が出来た。
    保護された女児と遺体からも男の体液を採取できていたが、毛髪と合わせることで犯人を確実に特定することが出来る。

    (,,゚Д゚)「これまでの経緯を見てれば分かるが、相手はかなり強引な手段で証拠を消しに来るラギ。
        だからこの証拠品は俺が預かるラギ」

    鑑識官の男は少し考え、袋をトラギコに手渡した。

    ( ''づ)「この事件、必ず終わらせましょう」

    (,,゚Д゚)「あぁ、勿論だ。
        絶対に犯人をムショにぶち込んで死ぬほど後悔させてやるラギ」

    ジャケットの懐に袋を入れ、現場をこれ以上汚さないために階段を下りて行った。
    一階に到着した時、警官達と揉める一団があった。

    「だから、俺達は仕事を依頼されたんだよ!」

    「そんな話は聞いていない、今すぐ引き返せ!!」

    青いつなぎを着た清掃業者と思わしき男達が道具を手に、入り口を塞ぐ警官達に詰め寄っている。
    近くにいた警官にトラギコは声をかけた。

    (,,゚Д゚)「どうしたラギ」

    「清掃業者が現場の清掃を依頼されたと言っているんです。
    我々にそんな情報は来ていないので、通すわけにはいかないんです」

    (,,゚Д゚)「俺が話をしてやるラギ。
        少し離れてろ」

    そう言いながら、トラギコの手はホルスターに伸び、M8000を掴んでいた。
    安全装置を解除し、遊底をこれ見よがしに引いて初弾を薬室に送り込んだ。
    撃鉄はすでに起き、銃爪に僅かな力を加えるだけで鉛弾が飛び出す。
    その銃腔は、清掃業者たちに向けられた。

    (,,゚Д゚)「失せろラギ。
        現場を荒らされてたまるか」

    「なっ!?俺達一般市民に銃を向けるのかよ!」

    一番声と体の大きなその男以外、業者たちは大きく退いた。
    警官達も一歩後退し、トラギコと大柄の男が対峙する。
    銃腔は男の胸に向けられ、トラギコの指は銃爪に軽く添えられていた。

    (,,゚Д゚)「一般市民だろうが何だろうが、捜査の邪魔をするんじゃねぇラギ」

    「俺達は仕事を頼まれてるんだ、そっちが邪魔するな!」

    どうにも威勢がいい男だ。
    何かそれなりの後ろ盾があるのだろうか。

    (,,゚Д゚)「俺は優しいからもう一度だけ言ってやるラギ。
        邪魔をするな」

    「ははっ、俺にはジャーナリストのダチがいるんだ。
    手を出してみろ、すぐにお前の記事を書かせてクビにさせてやるよ。
    あぁそれと、俺は寛容だからもう一度だけ言ってやるよ、おまわりさん。
    邪魔するな」

    威勢の良さの理由が分かったところで、トラギコは安心して銃爪を引いた。
    男の膝に穴が開いた。
    そして跪き、足を押さえてうずくまる。
    凍り付く様な早朝の街に、男の悲鳴と銃声が木霊した。

    「あはぁっ!?」

    (,,゚Д゚)「ジャーナリストのダチはどこに行ったラギ?あぁ?ほら、遠慮しなくていいから呼べよ」

    ジュスティアが契約際に提示している法律の基本セットにおいて、警察官の捜査妨害をした際、警告に従わなかった場合は武力による鎮圧が許可されている。
    これはよほどのことが無い限り法改正がされない部分であり、トラギコが多用する法律の抜け道の一つだった。
    ジャーゲンでは勿論、この部分は手を加えられていない。

    (,,゚Д゚)「今の内に証拠品を集められるだけ集めておけラギ」

    「は、はいっ!」

    警官達は施設へと戻り、死体の搬出と現場検証を再開した。
    残ったトラギコと清掃業者たちは対峙し、一言も発さない状態が続いた。
    彼らが待っているのは別の存在がこの状況を変化させることだった。
    その存在とは、警察上層部からの撤退指示だ。

    所長の命令が現場に届けば、その時になって初めてトラギコ達は引き上げることになる。
    しかし、その命令が届いていない以上、規定通りに捜査を続行することが出来る。
    トラギコの携帯電話が振動したのは、それから数分後の出来事だった。

    (,,゚Д゚)「はい」

    ▼ ,' 3 :『掃除屋がそっちに行っているだろう』

    相手の名前を聞くまでもない。
    サナエだ。

    (,,゚Д゚)「えぇ、来てますよ」

    ▼ ,' 3 :『掃除をさせろ。
          これは施設からの依頼だ』

    (,,゚Д゚)「分かりました。
        では我々が現場から引き上げてから、彼らに施設を任せることにしますラギ」

    ▼ ,' 3 :『今すぐに、明け渡せ。
          いいか、私の命令を無視すればどうなるか想像できないわけでもあるまい』

    (,,゚Д゚)「あぁ、簡単に想像できるラギ。
        あんたが顔を真っ赤にして本部に電話する姿ぐらいな」

    一方的に電話を切って、トラギコは施設の中に向けて大声で叫んだ。

    (,,゚Д゚)「所長からの伝言だ!!証拠品を集めたら引き上げろとさ!!」

    最後の死体が運び出され、トラギコ達が業者に現場を譲ったのはトラギコの言葉から三十分が経過した時だった。
    トラギコは鑑識官の男達と同じバンに乗り込み、警察署へと向かう。
    車内には運転手を含めて五人の男達が乗り合わせていた。

    (,,゚Д゚)「証拠はどれだけ見つけられたラギ?」

    質問に答えたのは、トラギコに毛髪を渡してくれた男だった。

    ( ''づ)「相当な数です。
        指紋、唾液、精液、そして毛髪。
        食堂にあったケーキの箱からも指紋が採取されていますが、現場で採取されたものとは後で照らしあわせることになります。
        ここまで集まれば特定は時間の問題です」

    (,,゚Д゚)「よし、上出来だ」

    ( ''づ)「で、実際のところ所長は何て言ってきたんですか?」

    (,,゚Д゚)「さっさと掃除屋に引き渡せってさ。
        三十分で引き渡せたんだ、十分ラギ」

    すると、助手席から顔を覗かせて別の男が声をかけてきた。

    「何で所長はこの事件に触れたがらないんでしょうね」

    (,,゚Д゚)「俺もそれが気になってるんだが、まだ確信に至る材料が無いラギ。
        犯人を捕まえればそれも分かるだろうよ」

    今度は運転席の男が口を開いた。

    「噂になってますよ、トラギコさん。
    次何かしたらクビになるって」

    (,,゚Д゚)「その時はその時ラギ。
        だがその前にこの事件はきっちりとカタを付けてやるラギ」

    「我々も協力しますよ」

    (,,゚Д゚)「助かるラギ。
        俺には証拠品の分析や採取なんてのは出来ねぇラギ。
        お前達がいないと何も出来ねぇからな」

    「はははっ、〝虎〟にそう言われると照れますね」

    「トラギコさんがこの街に来るまで、俺達の仕事って言ったらあってないような物でしたから。
    こうしてちゃんと事件解決につながる手伝いが出来るのは嬉しいことですよ」

    と、別の席の男が同調する。
    ジャーゲンの再犯率の高さと法律の無能さを目の前にしてしまえば、気持ちが萎えるのも分かる。
    分かるが、それでは何も変わらないのだ。
    無気力を環境のせいにするのはあまりにも容易であり、無責任だ。

    少なくとも、警察官である以上は嘆いて足を止めてはならない。

    (,,゚Д゚)「誰かがやらないんなら、自分がやればいいだけラギ。
        俺がここを離れても、そういう気持ちでやってれば犯罪に手を染める馬鹿は減っていくラギ。
        一朝一夕にはいかないものなんだよ」

    最悪の場合、トラギコは懲戒免職を突きつけられても仕方がないと思っていた。
    これまでの積み重ねを考えれば、十分に考えられる話だ。
    しかし、サナエの発言力は極めて低いことをトラギコは知っていた。
    治安維持に失敗し、改善がみられないままの状態で長い時間を過ごしてきた功績は、彼女の無能さと無責任さを如実に物語っている。

    対して、少なからず治安回復に貢献してきたトラギコの存在は暴力的と言う面に目を瞑れば、極めてジュスティア的な働きをする警官だった。

    (,,゚Д゚)「署に着いたら早速調べを進めてくれラギ。
        俺は別の方面から追い詰めるラギ」

    ( ''づ)「分かりました。
         気を付けてくださいよ」

    一行を乗せた車はほどなくして警察署に到着し、鑑識官達は回収した証拠品を手に急いで署内に向かった。
    トラギコはバンに戻り、病院へと車を走らせた。
    先ほど鑑識官の人間は指紋や体液が、と言っていたが何よりも大きな証拠となるのは生き証人がいる事だった。
    生存者が三人いるという事は、少なからず犯人を目撃している可能性がある。

    問題は被害者がまだ幼い子供であり、犯人についての証言を拒むという事が考えられた。
    しかし、それ以上にトラギコが危惧しているのは彼女達が口封じのために殺されないだろうか、と言う事だった。
    前回の様に証拠品を燃やし、トラギコを殺すために一般人を撃ち殺す人間を雇うような人間が背後にいる。
    ならば、証人が生きているという事を見過ごすとは思えない。

    これまではほぼ完全に証拠を隠ぺいしてきていたが、今度ばかりはそうはいかない。
    証拠はこちらで押さえ、確実に犯人を逮捕する。
    これだけ大規模に被害者が出た以上、流石のサナエでも本腰を入れざるを得ないだろう。
    病院に到着し、先に来ていた婦人警官達と集中治療室前で合流した。

    婦人警官は四人おり、全員私服ではあったが、懐から僅かに銃床が覗き見えていた。

    (,,゚Д゚)「容体は?」

    「全員集中治療室に入っています。
    命は助かりそうですが、心の方が……」

    やはり、精神的な面でのダメージは大きいだろう。
    彼女達がまだその意味を理解していない中で受けた性的暴行は、体だけでなく、心に大きな傷を残す。
    男と話すことに対して恐怖を抱くようになれば、彼女達の今後の人生が大きく狂ってしまう。
    故に、こうした事件が起きた際には同性の婦人警官が付き添う事になっている。

    (,,゚Д゚)「何人ぐらい病院にいられそうラギ?」

    「正直、所長次第ですね。
    今は四人で待機していますが、いつ戻されるか分かりませんから」

    サナエの言い分に、全く理がない訳ではない。
    彼女は街全体の治安維持を考えており、一つの事件に集中すべきではないと考えている。
    しかし問題は、起きた事件の悪質さと早期対応の必要性を考慮していない点にあった。
    街で起きている事件の大半は窃盗や傷害事件であり、強姦殺人事件と並べて考えるような物ではない。

    サナエはそこを理解していない節があり、トラギコが関わっていることもあってかまるで理解しようとしていなかった。

    (,,゚Д゚)「前の一件を考えると、口封じに来る人間がいるかもしれないラギ。
        用心しておけ」

    「えぇ、分かっています」

    病室に移されるまでは出来ることはあまりないが、こうして病院で待っていれば、口封じに来た人間を捕えることが出来るかもしれない。
    携帯電話に着信があり、トラギコは一度裏口から外に出て、電話に応じた。

    (,,゚Д゚)「はい」

    ▼ ,' 3 :『今どこにいる』

    電話の主はやはり名乗らなかったが、その声がサナエであることは明らかだった。
    苛立ち、今にも爆発しそうな声色だったが、トラギコは無視をすることにした。

    (,,゚Д゚)「病院ラギ」

    ▼ ,' 3 :『掃除屋を撃ったのは事実か?』

    (,,゚Д゚)「えぇ、捜査の邪魔をしてきたんでね。
        最初に言っておきますが、法律上、何も問題はありませんラギ」

    ▼ ,' 3 :『……そのことについて、お前に取材をしたいと言ってきている人間がいるんだが。
         それについて、何かあるか?』

    (,,゚Д゚)「別に、何も」

    ▼ ,' 3 :『いいか、法律上問題が無くても世間がどう見るかは別だ。
          取材に応じ、イメージダウンが無いように答えろ』

    本来であれば断りたいところであろうが、そうしないということは何か理由があるに違いない。
    トラギコが取材に応じて何が起きるのか、それを想像できない程まだサナエは耄碌していないはずだ。
    それでも応じるという事は、取材を申し出た人間が何かしらの力を持っていると考えるべきだろう。

    (,,゚Д゚)「ただ、俺は病院からしばらく動くつもりはありませんラギ。
        取材をしたいと言っている奴をこっちに寄越してください」

    ▼ ,' 3 :『いいだろう。
          くれぐれも余計なことをするなよ』

    (,,゚Д゚)「善処しますラギ。
        で、相手の名前は?」

    ▼ ,' 3 :『……アサピー・ホステイジだ』

    その名前を聞いて、トラギコはサナエが何故取材に応じるように言ってきたのか理解出来た。
    アサピー・ホステイジはフリーのジャーナリストで、世界各地に飛び回ってはスクープを探し出す、いわばイナゴのような男だ。
    この男とトラギコは一度だけ面識があるが、それは警察がマークしていた容疑者を聞きつけたアサピーが余計な行動を起こして容疑者を逃し、激怒したトラギコが彼を拘束した時だった。
    曰く、容疑者であってもアサピーには取材をする権利がある、との事だったがその言葉はトラギコの拳で最後まで紡がれることはなかった。

    取り逃がした容疑者は捕まえたが、その間に起きた事件の被害者については、アサピーが何か言及することはなかった。
    後日、彼は警官に不当監禁されたと新聞に記事を載せ、更には損害賠償を請求した挙句自伝まで発刊したことがある。
    彼はマスコミ業界全体に大きなコネを持ち、電話一つでラジオに出演することも出来る程の男だ。
    結果、アサピーはジュスティアに立ち入ることを永久に禁止され、警察全体からも敵視されていた。

    以降、アサピーは警察に対して否定的な記事を取り上げるようになり、警察のイメージダウンに注力するようになった。
    今回彼の取材を受け入れたのは、ジャーゲン警察について根も葉もない記事を書かれるぐらいならせめてトラギコ一人の責任問題にしてしまえばいいという、リスク管理の問題だった。

    (,,゚Д゚)「分かりました。
        では場所を伝えておいてくださいラギ」

    電話を切って、空を見上げた。
    空を覆う灰色の雲の向こうにうっすらと青空が見える。
    小さな雪が静かに降り、雲がゆっくりと流れていく。
    当然のことだが、大勢の子供が凌辱されて殺されても、空は何も変わらない。

    しかし、感傷的になっても今は仕方がないとトラギコは思った。

    ( ><)「トラギコさん、大丈夫ですか?」

    振り返るとそこには茶封筒を手に佇むビロードがいた。

    (,,゚Д゚)「おう、どうした?」

    ( ><)「鑑識からトラギコさんに検査結果が出たから持って行くように、と言われて」

    茶封筒を受け取り、中の書類に目を通した。
    それは死体の残留物から確認された薬物についての調査書だった。
    そこには、男児と女児で使用された薬物が異なることが記されていた。
    男児には遅行性の猛毒が使用され、女児には強力な睡眠薬の一種が使われたことが書かれていた。

    いずれも胃の中にあったケーキから毒が確認され、事件のあった夜に出されたデザートが原因であることが分かった。
    施設関係者によると、子供たちへの寄付として送られてきたケーキに、男女で別の物を提供するようにとの添え書きがあったという。
    そしてイトーイだけが、己のケーキを食べずに別の子供に渡したという供述が添付されていた。
    別の書類には、現場で見つかった指紋と以前に手に入れた指紋が一致したとの旨も書かれていた。

    早速鑑識課の人間達が調べてくれたのだと思うと、彼らに頭が上がらない思いだ。
    すると疑問になるのが、職員たちは何故あれだけの事が起きていたのに誰も起き上がって対処しなかったのか、ということになる。
    その疑問に答えたのは、ビロードだった。

    ( ><)「事件当日、施設関係者は皆ケーキと共に送られてきた酒を飲んだとの事です。
         どうやら女児に使われた毒と同じものが盛られていたようです」

    (,,゚Д゚)「今回は計画的、ってことラギ。
        毒の出所は?」

    ( ><)「今調査中です。
         配達業者と依頼人についても調査して、箱に残っていた指紋を調べるそうです」

    ここまで証拠が出そろえば後は時間次第だが、相手が未成年だった場合にどうするかが問題だった。
    未成年の犯罪者は記録が残されず、指紋などの情報は全て処分されている。
    その点について、トラギコは別の側面から考えることにしていた。
    未成年者の情報はなくとも、犯罪の情報は残っている。

    丁度アサピーという打ってつけの情報収集専門家がトラギコの前に来ることも有り、それを利用しない手はなかった。
    一件だけ、トラギコは犯人に繋がりそうな事件に心当たりがあったのだ。

    (,,゚Д゚)「署の方で何か変わった動きはあるラギか?」

    ( ><)「今のところありませんが、逆に、まだ対策チームを編成する様子もありません」

    (,,゚Д゚)「サナエのババア、何考えてんだ。
        それはそうと、お前の方の仕事はどうラギ」

    ( ><)「僕の方は小さな事件ばかりで、未成年よりも年寄りの万引きの方が増えています。
         正直、誰にでも出来る事件ばかりですよ。
         どうにもサナエ所長は僕らを引き離しておきたいみたいですね」

    (,,゚Д゚)「らしいな。まぁいい。
        ビロード、お前はお前で仕事に専念しろラギ。
        俺は俺でやっておくラギ」

    ( ><)「分かりました。
         そうだ、僕も携帯電話を買ったので何かあったら連絡をください」

    手帖に番号を走り書きし、そのページを千切ってトラギコに手渡す。

    (,,゚Д゚)「悪いが、何かあった時には手を貸してもらうラギ」

    ( ><)「喜んで」

    トラギコは意識せずに右手を差し出していた。

    ( ><)「え?」

    (,,゚Д゚)「頼りにしてるぞ、ビロード」

    ( ><)「は、はい!」

    二人は握手を交わしてその場で分かれ、トラギコは病院内へと戻ることにした。
    まだ集中治療室から幼児たちは出てきていないようで、警官達は無言で首を横に振った。
    併設されているカフェテリアに向かおうとしたところで、男が一人近づいてくるのが見えた。
    長い灰色の髭を生やし、髪を頭頂部で結んだアサピー・ホステイジだ。

    見るかに上質そうな灰色のスーツで身を固め、足元にはコードバンの靴が輝きを放っている。
    人を嘲るような上目遣いで、アサピーはねっとりとした声を発した。

    (-@∀@)「へへっ、久しぶりですね、トラギコの旦那」

    (,,゚Д゚)「手前にそう呼ばれるほど仲が良かった記憶がねぇんだけどな」

    (-@∀@)「そういいなさんな。
         立ち話もなんですから、コーヒーでも飲みながらどうですか?」

    (,,゚Д゚)「いいや、遠慮するラギ。
        ここで話せラギ」

    この場を離れている時に襲撃されれば、生き残った子供たちを失いかねない。

    (-@∀@)「ご婦人方に聞かれちゃ困ることだってあるでしょう?」

    (,,゚Д゚)「ねぇよ。
        それとも俺をここから離すよう、誰かに言われてるのか?」

    (-@∀@)「相変わらずの強情さだ。
         まぁいい、単刀直入に言いますわ。
         掃除屋の件はただの大義名分で、この事件、あたしにも一枚噛ませてもらいたいってのが本音でさぁ」

    (,,゚Д゚)「理由は?」

    (-@∀@)「あたしはスクープが欲しい。
         あんたさんは犯人に関する情報が欲しい。
         協力すれば、あっという間に真実に近づけまさぁ」

    アサピーの発言を最後まで聞いてから少しの間を置いて、トラギコは鼻で笑った。
    この男、自分の使い方をよく分かっているようだ。

    (,,゚Д゚)「俺に旨みがねぇラギな」

    そしてアサピーはニヤリと笑みを浮かべ、トラギコにだけ聞こえる声量で話を続けた。

    (-@∀@)「犯人に心当たりがある、と言ったらどうでしょう」

    (,,゚Д゚)「言うだけなら誰にでも出来るラギ。
        根拠と証拠がなきゃな」

    (-@∀@)「相手は未成年で、似たような前科がある、と言ったら?」

    (,,゚Д゚)「そこまでは俺も考えたラギ。
        問題は、そいつの名前も顔も分からない事ラギ」

    (-@∀@)「あたしは別でさぁ。
         何せ、そいつの裁判を傍聴してたんだ。
         そしてそいつは、すでに釈放されているんでさ」

    (,,゚Д゚)「そいつの判決が出たのは七月二十日で、まだ刑務所の中のはずラギ。
        どういうことラギ」

    (-@∀@)「えぇ、半年間の判決が出ましたが、実際にもう娑婆に出てるんでさぁ。
         これまでに何度か取材をしようと刑務所に行きましたが、そいつはいなかった。
         看守はシラを切っていましたが、他の受刑者から聞きました。
         刑事さん、間違いありません」

    子供を相手にした強姦殺人事件は、この街に来る前から知っていた。
    そしてその犯人が捕まり、半年間刑務所に送られていることも聞かされていた。
    二つの事件には共通点が多々あり、真っ先に疑ってかかっていたが、資料を確認したら今も刑務所の中にいる事になっており、事件を起こすのは不可能であると判断して除外していた存在だ。
    この事件こそが、トラギコの中にある心当たりだった。

    しかし、アサピーもトラギコもその犯人に注目をしていた。
    外に出ているはずのない犯罪者に。

    (-@∀@)「あたしが追えるのは途中までなんでさ。
         だから、あんたさんと手を組めばこいつを追いかけられる。
         どうです?悪い話じゃないでしょう」

    (,,゚Д゚)「何でこの事件に関わろうと思ったラギ?」

    (-@∀@)「あたしはジャーナリストですよ?真実を大衆に伝える義務ってのがあるんでさぁ」

    (,,゚Д゚)「初めて聞いたな、そんな話」

    (-@∀@)「まぁそこはいいじゃありませんか。
         で、どうしやす?」

    (,,゚Д゚)「いいだろう。
        ただし条件があるラギ」

    (-@∀@)「なんですかい」

    (,,゚Д゚)「俺の邪魔をするなよ」

    (-@∀@)「へへっ、分かってますよ。
         殴られるのも撃たれるのも御免なんで」

    アサピーが左手を差し出してきた。
    それを一瞥して、トラギコも左手で握手に応じた。

    (-@∀@)「じゃあ、また」

    左手を素早く上着のポケットに入れ、アサピーから密かに渡された紙をそこにしまった。
    他の警官達に聞かれなくない情報がそこにあると考え、少し離れた場所で見ることにした。

    紙には電話番号と共に、一枚のスケッチが描かれていた。
    それは法廷に立つ一人の男を描いたものだった。

    (,,゚Д゚)「……こいつか」

    この街では未成年が加害者の場合、法廷にカメラを持ち込むことが禁止されている。
    そこで記者たちは犯人の姿をスケッチで残すのだが、犯人が素顔の状態で法廷に立つことは極めて珍しい。
    これはおそらく、一瞬だけ見えた犯人の姿を描いたものなのだろう。
    使えるかどうかは別として、これを手がかりに進めていくしかない。

    気になるのは、犯人がすでに出所しているという事だった。
    模範囚であっても、あれだけの事件を起こしたのだから刑期が短縮されることはあり得ない。
    治療室から三つの担架が運び出される音が聞こえ、トラギコは婦警たちと共に病室に付いていくことにした。
    三人の女児は特別病室へと運ばれ、大きなベッドの上に寝かされた。

    顔に痛々しい傷を負った女児もいれば、両腕をギブスで固められた女児もいた。
    彼女達がこのような仕打ちを受けていい理由など、この世のどこにもない。
    改めて犯人を捕まえ、然るべき罰を受けさせることを誓ったトラギコは婦警たちに伝言を残して外に出ることにした。

    (,,゚Д゚)「誰が何を持って来ても、絶対に食わせるな。
        いいな、面会も全て拒否ラギ。
        犯人が見つかって捕まるまでは、この子たちを他の連中に会わせるなよ」

    「分かりました、出来る限りの手を尽くします」

    (,,゚Д゚)「俺を殺そうとした奴らは銃を持って、しかもホテルに放火をしたラギ。
        そしてこの子たちを襲った屑は毒を盛ってきたラギ。
        相手を気が狂った変態だと思うな。
        相手は正真正銘、行動力のある屑ラギ」

    病院から出てトラギコが向かったのは、いつも朝食を食べていたコーヒーショップだった。

    イ´^っ^`カ「おや、今日は遅いですね」

    (,,゚Д゚)「まぁな。
        いつものセットと、昼飯用にでかいサンドイッチを頼むラギ」

    何はともあれ、まずは食事を済ませるところからトラギコは始めることにした。
    空腹の状態では万全ではない。
    急いで朝食を済ませ、昼食を手に入れると、街の散策を始めた。
    昼を過ぎると青空は消え、分厚い雲が空を覆っていた。

    雪の粒も大きさを増し、溶けて汚れていた雪の上に新たに降り積もり、白い絨毯を作り出しつつあった。
    午後三時を過ぎると、街は雪に覆われ、交通の麻痺が始まった。
    道を歩く人影も減り、次第に車の数も減った。
    だがトラギコは歩き続け、すれ違う人の顔を観察していた。

    ――そして陽が完全に落ち、世界が白と黒に包まれた頃、トラギコの姿は街の中でもゴロツキが集まることで有名な酒場にあった。
    酒場は連日狂気じみた若者たちの叫び声や怒鳴り声で賑やかになるのだが、その日は、誰一人として大きな声を発することはなかった。
    店に入るまでは笑顔を浮かべていた人間も、店内の異様な空気を感じるとすぐに真顔になり、席についても無言のまま時間を過ごしていた。
    店の外に出たり席を立ったりすることなど、まるで出来なかった。

    ジャーゲンの若者たちが最も恐れている男がそこにいるのだから、無理もない。

    (,,゚Д゚)「お前らに話があるラギ」

    誰も返事をしなかった。
    ラジオから流れてくる音が不気味に店内に響く。
    それ以上に、トラギコの声は人々の耳に届き、支配していた。

    (,,゚Д゚)「今朝、ブルーハーツ児童養護施設が襲われ、子供たちが強姦され、殺されたラギ」

    店内の客は一人として、身じろぎひとつしない。

    (,,゚Д゚)「俺はその犯人を捜しているラギ」

    「……おい、今、何て言ったんだ?」

    それは、店の隅に座っていた男の口から発せられた一言だった。
    客達が一斉に男に目を向ける。
    無精ひげを生やした長髪の偉丈夫は、信じられない物を見るかのような目で、トラギコを見ていた。

    (,,゚Д゚)「ブルーハーツ児童養護施設で起きた強姦殺人事件の犯人を捜している、と言ったんだ」

    「嘘だろ……おい!!」

    どうやらトラギコの行動よりも、施設の名前に驚いているようだった。

    「俺の……俺の腹違いの弟がそこにいるんだ、ああ……じ、ジョシュアって名前の……!!
    ジョシュアは無事なのか?!」

    (,,゚Д゚)「……残念だが、男児は全員殺されたラギ。
        女児も全員凌辱され、生き残ったのは三人だけラギ」

    男は口を押えながら、声を上げて泣き出した。
    その姿を見て、数人の客の間にも動揺が走った。
    恐らく、児童養護施設の出身者か関係者なのであろう。

    (,,゚Д゚)「俺はお前らに喧嘩を売りに来たんじゃないラギ。
        この事件を起こした異常者についての情報を聞きに来たんだ」

    「あんた、やっぱり警官だったのか」

    非難するような口調で投げかけられたのは、派手な化粧をした女の言葉だった。
    女の態度から察するに、前にトラギコが逮捕した人間なのだろう。

    (,,゚Д゚)「だったらどうした。
        警察に協力するのはお前らの流儀に反するってか?」

    「ならここじゃなくて、どこかの興信所にでも行きなよ。
    ここはね、あんたみたいな人間が来るところじゃないんだよ」

    (,,゚Д゚)「あぁ、出来れば俺だってこんなところに来たくはねぇラギ。
        だけどな、この糞野郎を捕まえる為なら俺はどんなところにでも喜んで行くラギ」

    「はっ!あたし達を捕まえておいて、あんたが困った時に手を貸せってのかよ!」

    (,,゚Д゚)「威勢がいいな、女。
        その通りだよ。だからどうした。
        俺が警官でお前らがならず者だろうが、何の罪もない子供を凌辱して殺した奴を見逃していい理由になるのかよ。
        冗談じゃねぇラギ!!」

    トラギコの怒鳴り声に、誰もが再び沈黙した。
    先ほどまでトラギコに食って掛かろうとしていた女も口を噤み、恐怖に目を見開いていた。

    (,,゚Д゚)「別に正義の味方になろう、って言ってるわけじゃねぇラギ。
        お前らの中に俺が捕まえた奴がいるんなら、それはそいつが罪を犯したから俺がそうしただけラギ。
        だから今度も同じラギ。
        罪を犯した奴がいるから、俺が捕まえるラギ。

        お前らは平気なのかよ、年端もいかない子供がこんな目に遭って、またそれが繰り返されるかもしれないって言うのを黙っていられるのかよ。
        お前らの嫌いだった大人ってやつは、そういう連中だったんじゃねぇのかよ」

    誰も何も言えなかった。
    トラギコの言葉に感動したからでもなく、何を言えばいいのか分からないのだ。
    そして、何をすればいいのかも。

    (,,゚Д゚)「お前らの知っている限りで良いラギ。
        七月に同じことをして捕まった男の行方を知りたいラギ」

    少しの間があった。
    誰かが唾を呑む音さえ聞こえてくる、痛いほどの沈黙。

    「し、知ってる」

    沈黙を破ったのは、先ほどトラギコに食って掛かってきた女だった。

    「名前は知らないけど、よくいる場所なら知ってる」

    (,,゚Д゚)「どこだ、そいつはどこにいるラギ」

    「埠頭のコンテナ林だよ、俺も昨日見た」

    コンテナ林とは、ジャーゲンの東にある港の一角の事だ。
    高く積まれたコンテナが林のようにいくつも聳え立ち、毎日その形を変えることからそのように呼ばれている場所。
    だがそこは輸出入に関係する人間だけが出入りをする場所で、街との境目は高さ五メートルのフェンスで区切られている。
    船舶と貨物列車だけが利用するその場所には当然ながら、大勢の人間と貴重な品々が出入りをする。

    万が一に備えて、無関係な人間が出入りをしないように設置されたフェンスには高圧電流が流れており、毎年数人の死者が出るという。
    運輸に関わらない人間はまず立ち入ることのないジャーゲン経済の心臓部に、どうしてこの若者たちがいたのだろうか。

    「あそこにゃ、結構ヤバい薬とか売ってる人間が来るからね。
    言っとくけど、あたしは薬のために行ったんじゃないからね。
    彼氏があそこで働いてるんだ」

    「お、俺もクスリにゃ手を出しちゃいねぇよ」

    密輸手段はさておいて、確かに、人の入れ替わりが激しい場所であればそういった取引がされていることは不自然ではない。
    交易の拠点となる場所では後腐れなく仕事が出来る為、売春や売買が横行する。
    トラギコ達はその場所に近づかないよう市長から命令が出されており、基本的には運送関係の人間達で自治をするように特別な扱いがされていた。
    つまるところ、市長はその犯罪行為を認知しているのだ。

    (,,゚Д゚)「分かったラギ。
        コンテナ林だな」

    「あそこはサツを歓迎していないことぐらい知ってるだろ、本気で行くのかよ」

    (,,゚Д゚)「歓迎されていようがいまいが、俺のやることは変わらねぇラギ。
        他に何か情報を持ってる奴はいるか?」

    「役に立つかは知らねぇが」

    そう言ったのは、先ほどトラギコの言葉に動揺して泣いていた男だった。
    目を赤く腫らし、鼻水をすすりながら言葉を続ける。

    「そいつはトリックスター運輸って会社の制服を着てた」

    (,,゚Д゚)「今も働いてるのか、そいつは」

    「一か月ぐらい前の話だから、今はどうか知らねぇ。
    後、多分だけどそいつ、ブルーハーツにいたことがある奴だと思う。
    俺もそこにいたから、なんとなくだが……」

    (,,゚Д゚)「そうか……何にしても助かるラギ。
        さて、俺はもうこの店を出るラギ。
        戻ってくることはねぇだろうから、後は好きに楽しんでてくれラギ」

    カウンターの上に百ドル金貨を二十枚ほど無造作に置いて、先ほどから固まっていた店主に声をかける。

    (,,゚Д゚)「これで店の連中に奢れるだけ奢ってくれラギ」

    コートを肩にかけて店の外に出ると、すっかり景色は白一色に染まっていた。
    真っ白い息を吐き、気分を落ち着かせる。
    後一歩のところまで迫ってきている。
    そう考えると、否応なしにトラギコの全身の筋肉が緊張した。

    容疑者を逮捕する時、多少手荒な真似をしても問題はない。
    肋骨を数本と腕、後は足を折った状態で取調室に送り込むことを考えた。
    ダウンコートを着て、ファスナーを一番上まで上げる。
    携帯電話を使って、まずはビロードに連絡を入れた。

    (,,゚Д゚)「俺だ。容疑者の位置が分かったラギ。
        コンテナ林で合流するぞ」

    ( ><)『分かりました。
         丁度この天候のおかげか、特に事件もないので向かいます』

    腕時計に目をやる。
    蓄光塗料が指し示すのは、夜の八時十五分。

    (,,゚Д゚)「九時半に合流できるラギか」

    ( ><)『行けます。
         では、その時間にコンテナ林の入り口で』

    一度電話を切り、歩きながら次の人間に電話をかけた。

    (,,゚Д゚)「アサピーか?」

    (-@∀@)『おや、お早いことで。
         ってことは、何か情報が手に入ったんですね?』

    (,,゚Д゚)「お前の言う通り、奴の目撃情報があったラギ。
        俺はこれから奴を捕まえに行くが、どうするラギ」

    (-@∀@)『そりゃあ勿論、あたしも同行させてもらいまさぁ。
         スクープの瞬間は逃さないのが鉄則なんでね。
         それで、時間と場所は?』

    (,,゚Д゚)「手前が邪魔をしないって約束するんなら教えてやるラギ。
        いいか、間違ってもインタビューをしようなんて考えるなよ」

    (-@∀@)『……分かってますよ』

    (,,゚Д゚)「九時半にコンテナ林ラギ。
        お前も一緒に探して、見つけ次第連絡をよこしてくれラギ」

    (-@∀@)『へへっ、捕まえるところだけ撮れればそれでいいんで』

    通話を終え、トラギコは両手を上着のポケットに入れて歩き出す。
    雪はすでに踝の上まで積もっているが、空からは何も降ってきていなかった。
    明日になればまたこの雪は溶け、何事もなかったかのように一日が過ぎるだろう。

    轍を辿るようにして歩くことで、余計に濡れる面倒を省く。
    まだ九時前なのに車の往来はまるでなく、街全体が静まり返っていた。
    極めて静かな夜に聞こえるのは風の音と、雪を踏み潰す音。
    凍るように冷たく澄んだ空気が肺を満たす。

    一刻も早く容疑者を捕まえ、事件を終わらせたいという気持ちだけが大きな音を立て、熱を帯びてトラギコの体を血と共に駆け巡る。
    寒さは大して感じなかった。
    感じるのは、焦りに似た感情だった。
    コンテナ林を囲むフェンスの前には、小さなプレハブ小屋が建っていた。

    それが出入りを管理するための建物だと分かるのには、時間はあまり必要なかった。
    プレハブの窓からは明かりが漏れ、ラジオの音に混じって時折笑い声が聞こえてくる。
    等間隔に設置された街灯のオレンジ色の明かりが周囲一帯を染め上げ、不気味な雰囲気を漂わせている。
    潮騒と潮の香り。

    仄かに鉄の匂いもする。
    ここに硝煙の匂いが混じらないことを願うばかりだ。
    九時二十三分。
    トラギコはフェンスにもたれ掛かり、後の二人が到着するのを待った。

    五分後、ビロードが現れた。
    流石に警察の制服ではなく、ダウンコートを着て厚手のジーンズをはいていた。

    ( ><)「お待たせしました」

    (,,゚Д゚)「あと一人来るラギ。
        ちょっと待ってろ」

    ( ><)「あと一人?誰なんですか?」

    (,,゚Д゚)「アサピー・ホステイジってジャーナリストだ」

    (;><)「アサピー?!
         僕でも彼の悪評は知っていますよ」

    (-@∀@)「ははっ、酷い言いぐさですな。
         若きエース、ビロード・フラナガン」

    暗闇から溶け出すようにして現れたのは、全身黒い服に身を包んだアサピーだった。
    その手にはしっかりとカメラが握られており、背中には三脚を背負っていた。

    (,,゚Д゚)「ここにいるって話だが、今いるかは分からねぇラギ。
       ビロード、アサピーと一緒に探してくれ。
       そいつが容疑者の顔を知ってるラギ」

    ( ><)「……分かりました」

    (-@∀@)「よござんす」

    (,,゚Д゚)「ビロード、見つけ次第テーザーを撃っていいラギ。
       話は奴を捕まえてからだ」

    それを聞いたアサピーが少し驚いた表情を浮かべる。

    (-@∀@)「いいんですかい?あたしの前でそんな事言っちまって」

    (,,゚Д゚)「俺がどういう男か知ってるだろ」

    (-@∀@)「へへっ、分かってますよ。
         それに今回は警察のスキャンダルなんかよりも、事件の犯人を捕まえる方がよっぽどネタとしていいんでね」

    この男の報道に対する執着心は信用ならない部分があるものの、逆に、その執着心を理解して使えば優秀な駒となる。
    民間人の情報提供者よりもゴシップに貪欲で、一枚の写真を撮るためだけに何日も平気で張り込み、道徳観を無視した行動を行える。
    警察としては厄介な存在だが、使い方次第では警官以上の情報収集・追跡能力を有した逸材になり得るのだ。
    ビロードと組ませたのは確かに、彼が犯人の顔を知っているからというのもあるが、アサピーが犯人に余計なことをしないようにビロードに監視させる意味もあった。

    それに、二人でいれば多少は命を狙われるリスクが減る。
    出来るのであれば、犯人はトラギコが確保したいところであった。

    (,,゚Д゚)「じゃあ、行くぞ。
        何かあれば電話をするラギ」

    そしてトラギコはプレハブ小屋に入り、警察の身分証明を見せ、フェンスの内側に入れるように命令をした。
    警察が普段は近寄らない場所ではあるが、契約ではこの場所も警察が治安維持をすることになっている。
    プレハブ小屋の中で酒盛りをしていた男達は一瞬だけ面食らった様子だったが、トラギコの眼に気圧されて、大人しく扉を開いた。
    三人は堂々と正面から入り、コンテナが高く積み上げられた埠頭へと足を踏み入れた。

    鋼鉄の塊がまるで大樹のように聳え立ち、ひっきりなしに金属同士がぶつかる重々しい音が響いてくる。
    大型の輸送船が接岸し、大型クレーンが巨大なコンテナを持ち上げて新たなコンテナの木を作っていた。
    まず、トラギコは二人に話していない事があった。
    犯人が目撃された時、トリックスター運輸の制服を着ていたという点だ。

    これは先入観を持たずに捜査をさせる為であり、余計な情報で犯人を見逃してもらいたくないという考えからだった。
    しかし、トラギコは先にトリックスター運輸に向かう事にしていた。
    このコンテナ林を使う会社は無数にあり、作業員のために作られた簡易的な支所がいくつもある。
    情報を集めるのであれば、まずは所属をしていた会社に足を運ぶのが定石だ。

    足元から、まだ新しい雪を踏む音が小さく鳴る。
    その音に金属の重低音と波の音が重なる。

    「兄さん、どうだい?」

    横から声をかけられ、足を止めずに目を向ける。
    街灯の下に白い息を吐く男が立っていた。
    薬物の売人か売春斡旋人である可能性しか考えられず、無視をしようかと思ったが、トリックスター運輸の場所を聞き出すのに都合がいいことに気付いた。

    (,,゚Д゚)「あぁ、ちょっと頼みたいことがあるラギ」

    「へへっ、そうこなくっちゃ」

    (,,゚Д゚)「こっちに来てくれラギ」

    懐に手を入れ、密かに財布を出すような仕草をする。

    「大丈夫だって、ここにサツはこねぇからよ」

    男は堂々と白い粉の入った袋を上着から取り出し、トラギコにそれを見せた。
    無知は人を恐ろしいほどの馬鹿に仕立て上げる時があるが、この男のタイミングの悪さは抜群だった。

    (,,゚Д゚)「あんたの後ろに誰か人がいたら怖いからな。
        こっちに来てくれよ」

    実際、薬物の取引を装った路上強盗事件はよく起こる。
    路地裏や人目に付かない場所に誘導し、そこで金品を奪い取るという手法だ。
    売春でも同じような手口を使い、下心を出した男から金を巻き上げるという事件は後を絶たない。

    「ちぇっ、分かったよ。
    用心深い兄さんだ」

    男はニヤニヤ笑いを浮かべながらも周囲を見回し、それからトラギコのように歩み寄ってきた。

    「百五十ドルだ。
    まじりっけなしの極上の品だぜ」

    (,,゚Д゚)「確かに、純度が高そうラギ。
        輸入したばっかりのやつか?」

    「よく知ってるね。
    そうさ、だからどこかのケチな奴らと違って、変な粉を入れて量を誤魔化すこともしちゃいねぇ。
    百パーセントピュアな粉だ」

    (,,゚Д゚)「なるほどな。なら――」

    懐から拳銃を取り出し、銃腔を男に向ける。

    (,,゚Д゚)「――この場で現行犯逮捕すれば、色々と面白くなりそうラギ」

    「なっ、ちょっ!?」

    (,,゚Д゚)「黙れ。 まず、お前が持っている粉を全てこの場に捨てろラギ」

    「ど、どういう……」

    (,,゚Д゚)「袋を開けて、中の粉を全部雪の上に捨てろってことラギ。
        これ以上の説明はしないラギ。
        お前が質問を一つするごとに、俺はお前の指を折るラギ。
        俺に同じことを言わせたら、鉛弾を一発くれてやるラギ」

    男は怯えながら、トラギコの指示通りに袋を破いて粉を捨てた。
    二十袋以上破いて捨てても、トラギコは銃腔を男から逸らさなかった。
    男は靴の中から更に六袋取り出して、中身を捨てた。

    (,,゚Д゚)「次だ。
        トリックスター運輸の建物まで案内しろラギ」

    「なっ、なな、何で」

    トラギコの手の中で、撃鉄を起こす音が不気味に鳴った。

    「もも、勿論!」

    男を先に歩かせ、その後ろを付いていく。
    何度かコンテナの間を通りながら進み、三階建ての建物の前で男が止まった。
    コンクリートで作られた飾り気のない四角い建物にはカーテンも付いていない四角い窓があり、人が動いている様子がよく見えた。

    「こ、ここです」

    (,,゚Д゚)「ご苦労。
        二度と薬を売るな、いいな。
        次に見つけた時は生きたまま海に沈めるラギ」

    「はひぃっ!」

    小さく悲鳴を上げ、逃げるようにして男はコンテナ林の中に消えて行った。
    残されたトラギコは建物を見上げ、まだ中に人がいることを確認してから中に入った。
    一階には受付すらなく、まるで倉庫のように多くの荷物が雑然と積み重ねられ、散らばっていた。
    その中で、緑色の制服を着た男達が荷物を右から左へ動かしている。

    天井にぶら下がっているスピーカーからはラジオが流れていた。

    (,,゚Д゚)「責任者はいるか?」

    トラギコの突然の問いかけに、制服を着た男の一人が動きを止める。
    運送業をしているだけあり、その体躯はしっかりとしている。
    腕はまるで丸太のように太かった。

    「何の用だい?」

    (,,゚Д゚)「人を探してるラギ」

    身分証を見せ、警官であることを伝える。
    すると、最初に対応した男が少しだけ眉を潜めた。

    「俺が責任者のアンドレだ。
    ウチのもんが警察の厄介にでも?」

    (,,゚Д゚)「そんなところだ。
        あんたのところに、こんな男はいるか? 未成年の男だ」

    アサピーから受け取ったスケッチを見せると、アンドレは首を傾げ、口を開いた。

    「さぁ、これだけじゃ分からねぇな。
    他に何か特徴はあるか?」

    (,,゚Д゚)「子供好きだ、悪い意味でな。
        昨夜仕事に来ていない奴ラギ」

    「俺は確かに従業員の顔は把握してるが、性癖までは。
    それに、昨日仕事に来てない奴はわんさといる」

    「それ、ビンズじゃないですか?」

    それは、アンドレの後ろから聞こえてきた声だった。
    男は木箱を移動させながら、世間話をするかのように話を続けた。

    「歓迎会の後、俺達が風俗に連れて行ってやるって言ったのに、あいつ、成熟した女に興味ないって言ってましたからね。
    ありゃあマジもんですよ」

    「あぁ、ビンズか。
    刑事さん、ビンズ・アノールってやつです」

    (,,゚Д゚)「そいつに関する書類はあるラギか?」

    「ちょっと待ってくださいよ」

    アンドレは一度奥に向かい、すぐに紙を持って戻ってきた。

    「これしかありませんが」

    (,,゚Д゚)「早いな」

    「何せ四か月前に来たばっかりですからね」

    書類に目を通しながら、もしもこのビンズという男が七月に逮捕された男と同一人物であれば、一カ月ほどで刑務所から出てきたことになる。
    つまり、ほとんど刑罰を受けずに出たという事だ。
    履歴書を見る限りでは、年齢は十八歳。
    未成年であり、添付されている顔写真とスケッチは特徴が似ている。

    (,,゚Д゚)「こいつは今どこにいる?」

    書類を折り畳んで懐にしまいながら、トラギコは最も重要な話を切り出した。

    「あー、実は……」

    アンドレが言いよどむ。

    「さっき、解雇しまして」

    (,,゚Д゚)「何?」

    「あいつ、クスリをキメて仕事をしようとしてたんですよ。
    だから俺が、クスリをキメるなら辞めろ、って言ったんです。
    そしたらあいつ、俺の目の前でキメてからここを出て行ったんですよ。
    そのくせ、髪は丸坊主にしてきて、順序が逆だってんですよ」

    (,,゚Д゚)「どれぐらい前の話だ」

    「つい十分前です。
    今頃宿舎に荷物を取りに行ってると思いますが」

    この瞬間、トラギコはビンズが犯人であると確信した。
    万が一警察に捕まった場合でも、薬物を日常的に摂取していた事が証言されれば、刑罰はかなり軽くなる。
    それがこの街の法律だ。
    あえて従業員の前で薬物を使用することで、その証言の強さを確かなものにするという、極めて悪質な方法。

    未成年でなおかつ判断能力が欠如した状態での犯行となれば、間違いなく、この男は死刑にはならない。

    (,,゚Д゚)「宿舎はどこだ」

    焦りを抑え込みながら、トラギコは質問をした。

    「この先を線路沿いにまっすぐ北に行ったところに、各社共同の宿舎があります。
    そこの703です」

    (,,゚Д゚)「もし奴を見かけたら捕まえておくよう、従業員に指示を出しておけ。
        いいな、絶対に逃がすな!!なんなら他の会社にも伝えておけ!!」

    建物を出て、トラギコは全力で走り出した。
    携帯電話を取り出して、ビロードに急いで電話をかける。

    ( ><)『どうしました?』

    (,,゚Д゚)「容疑者はビンズ・アノールって男ラギ!!十分前にヤクをキメてる!!
        俺は宿舎に向かうから、お前は応援を呼んで出入り口を塞げ!!」

    ( ><)『わ、分かりました!!』

    顔に吹き付ける風が刺すように冷たい。
    冷え切った空気を取り込んだ肺が痛む。
    まるで氷柱を喉と肺に突き刺されているようだ。
    線路の上にはエライジャクレイグの貨物列車が停車しており、男達が荷物の積み込みを行っていた。

    男達はトラギコを怪訝な目で見つめたが、すぐに仕事に戻った。
    雪のせいで思ったよりも早く走れず、宿舎に到着するのに五分の時間がかかってしまった。
    宿舎は背の高い建物が連なる古いもので、セキュリティとは無縁の構造をしていた。
    この埠頭を仕事場にする人間の数にしては、部屋数が多すぎるようにも思える。

    一部を貸し部屋として機能させ、遠方から来た人間を一時的に泊めるようにしているのかもしれない。
    部屋番号から察するに七階にあると予想し、階段を駆け上った。
    七階に到着した時、ある部屋から男が一人出てきた。
    マスクをつけ、白いロングコートで全身を覆い、更にはフードを目深に被っているため顔を確認することはできない。

    だが、男が出てきた部屋の番号は703。
    トラギコと目が合った瞬間、男は走り出した。
    トラギコは冷静に、かつ素早くM8000を懐から抜き、男の足を撃った。
    正確に膝関節を後ろから撃ち抜かれた男は、顔からその場に転倒する。

    (,,'゚ω'゚)「あひっ?!」

    もう一発、男のアキレス腱に撃ち込んだ。
    これで歩いて逃げ出すことは出来ない。
    扉が開け放たれたままの部屋の前を通ると、冷たい風が部屋から吹き抜けてきた。
    その瞬間、トラギコは悟った。

    一杯喰わされた、と。

    部屋の中に土足のまま上がると、ベランダに通じる窓が開いていた。
    カーテンが風に揺れ、ビンズがベランダを使って逃げ出したことを物語っている。
    どのタイミングでトラギコの動きに気付いたのかは分からないが、少なくとも、十分前、つまりトリックスター運輸で解雇になるまでは知らなかったはずだ。
    何者かがトラギコの動きを伝えていたとしか思えない。

    先ほど逃げ出した男は囮。
    時間稼ぎをするためのただの捨て駒だったのだ。
    ベランダに出て、足跡を確認する。
    手すりを越えて動いた痕跡があった。

    周囲を見渡し、人影を探す。
    街灯が照らすモノクロの不気味な世界の中、動く物を見つけた。
    それは、建物の壁沿いに設けられた僅か突起物を足場に動く人間だった。

    (,,゚Д゚)「ビンズ!!動くな!!」

    名前を呼ばれた男――ビンズ――はニヤリと笑い、そのまま壁沿いに逃亡を続けた。

    (::゚∀゚::)

    仕方なく撃とうとしたが、ビンズは突如壁から飛び立ち、街灯にしがみついて一気に下に消えて行った。

    (,,゚Д゚)「野郎!!」

    七階から一階まで降りるにはあの方法しかない。
    トラギコも壁沿いに移動し、街灯にしがみついて降りた。
    足跡はコンテナ林の方に向かっていた。
    足跡と跫音を頼りに駆け、その背中を追いかける。

    流石に若いだけあり、足が速い。
    だが負けてはいられない。
    ここで捕まえなければ、再び忌まわしい事件が起きかねないのだ。
    ビンズは方向を変え、線路の方へと向かった。

    トラギコはビンズの狡猾さに舌を巻いた。
    世界に多々ある線路は、そのほぼ全てが鉄道都市エライジャクレイグの所有するものであり、同時に、エライジャクレイグの土地でもあるのだ。
    その土地で起きたことはその土地の法律を用いて裁くことになる。
    当然、警官が逮捕する権利を有しているか土地に委ねられる。

    エライジャクレイグは警察との契約を線路ではなく、列車内でのみ交わしており、線路上は警察の管轄外だった。
    つまり、手出しが出来ない領域になる。
    パトカーのサイレンが静かだった埠頭に鳴り響き、状況が更に変化したことを告げる。
    応援が来たのである。

    後は、ビンズが線路に入る前に捕まえられるかが問題だった。
    銃を構え、銃爪を引く。
    銃弾はコンテナに当たって跳弾し、明後日の方向に飛んで行った。
    ここで発砲すれば、民間人を巻き添えにしかねなかった。

    二人の距離は徐々に縮まっていくが、まだ百メートル近くの差があった。
    このままでは追いつけないと判断し、コンテナ林を抜け、線路の手前に来たところで撃つことにした。
    この際、撃ち殺してしまっても仕方がない。
    トラギコの思惑通り、二人はコンテナ林を抜けて線路に入るための簡易プラットホームを正面に捉える場所に出た。

    ビンズはプラットホームに向かってラストスパートをかける。
    トラギコは走りながらも、両手でM8000を構える。
    銃爪に指をかけ、弾倉の中身を撃ち尽くしてでも止める覚悟を決めた。

    ――太陽が落ちて来たかのような眩い閃光が、二人の男を正面から容赦なく照らし出した。

    (,,>Д<)「なっ?!」

    思わず手で目を庇うほどの眩さ。
    闇に慣れた目にはあまりにも強すぎる光と共に、大勢の警官が現れ、ビンズを羽交い絞めにして押し倒した。
    そして、トラギコも数人の警官に囲まれ、疾走を妨害された。

    (#゚Д゚)「どけよ、お前ら!!」

    「容疑者は確保しました、落ち着いてください!!」

    ビンズはそのまま隠れていたパトカーに乗せられ、連行されていった。
    残されたトラギコを囲む警官達が離れ、トラギコの怒りの矛先が自分に向けられないよう、両手を小さく挙げてこれ以上は何もしない事をアピールする。

    (#゚Д゚)「正直に教えてくれラギ。
        これは所長の差し金ラギか?」

    妙なのはビロードたちよりも先に警官がこの場所に到着できた理由だ。
    何者かの手引きが無い限り、不可能なはずだった。

    「……はい、サナエ所長からの指示です」

    (,,゚Д゚)「ビロードはどこラギ?」

    警官は気まずそうに息を飲んで、そして、答えた。

    「先に、署に戻っていただいています。
    も、勿論これも所長の指示です」

    と言う事は、アサピーは逃げおおせたのだろう。
    今もどこかの物陰で写真を撮っているかもしれない。

    (,,゚Д゚)「宿舎の七階に容疑者の共犯者がいるラギ。
        はやく病院に連れて行くなり、どうにかしておいてくれ。
        どうせ俺も連れ戻るように命令されてるんだろ」

    トラギコの腹の虫が収まらなくとも、容疑者が確保された。
    ならば、それでいい。
    事件を防げるのであればそれに越したことはない。
    事件解決を前に、個人の矜持は無視して然るべきだ。

    今の状況が到底受け入れられないような物であっても、ここで怒り狂うのは無意味なのである。

    「済みません、トラギコさん。
    我々もやりたくはないのですが、分かってください」

    (,,゚Д゚)「……さっさとしてくれ、少し疲れたラギ」

    警官達に誘導され、パトカーに乗せられる。
    窓の外に目をやると、コンテナの上に人影が見えた。
    恐らくアサピーだろうが、もう、どうでもよかった。
    後は容疑者であるビンズが犯人となれば、トラギコが走った意味もある。

    車内は暖房がよく効いていて、すぐに眠気に襲われた。
    長らく張りつめていた緊張の糸が一気に緩み、これまで蓄積されてきた疲労もあっての事だろう。
    パトカーがゆっくりと走り出す。

    ('A`)「ご苦労だったな、トラギコ」

    運転席からの声で、トラギコは眠りに落ちそうな瞼をどうにか開いた。

    (,,゚Д゚)「ドクオか」

    ('A`)「あぁ、お前らを連れ戻せってあのババアに言われてな。
       随分と無茶をしたな」

    (,,゚Д゚)「こんなの無茶に入らねぇラギよ。
        これであいつの遺伝子情報と、こっちが手に入れたのが合ってれば――」

    ('A`)「――それなんだがな、お前がこっちで動いている間に署で火事が起きた。
       小規模な火事だったが、火元が悪かった。
       保管庫の一角が燃えた」

    一気に眠気が醒めた。
    それどころか、吐き気さえ覚えた。

    (,,゚Д゚)「ちょっと待てよ、その一角って」

    ('A`)「今回の事件で集めた証拠品の棚だ。
       真下の棚に保管されていた可燃性の液体が発火して、上の棚を燃やしたらしい。
       指紋や体液は灰になって、何も残ってない」

    (,,゚Д゚)「なぁ、俺は手違いであのサナエを殺すかもしれないが、止めてくれるなよ」

    ('A`)「落ち着けよ。
       俺達だって馬鹿じゃない。
       所長がこの事件を葬りたいのは誰だって分かる。
       だから、一部だけ証拠品を動かしておいたんだ。

       犯人の体液、それだけだがな」

    体液があれば、確かに犯人と同一人物であるかを判断することが出来る。
    しかし、失われた物はあまりにも多すぎる。
    可燃性の液体云々の話も、明らかに警察内部の人間が手引きして用意したとしか考えられない。
    警察内部にいる裏切り者は、最低でも二人はいるだろう。

    トラギコの動向を伝えた人間と、署内で工作をした人間だ。
    どうしてこの事件の犯人を庇い立てするのか、全く理解できない。
    生かしておく必要もない。

    (,,゚Д゚)「まだゆっくり出来そうにねぇラギ」

    犯人と共にトラギコが探さなければならないのは、署内にいる裏切り者だった。
    サナエが関与している証拠も合わせて探し出し、まとめて引き摺り下ろさなければこの街が腐ったままになる。
    それでは再び同じ事件が起きた時、何一つ反省が活かせないことになる。
    そうはさせない。

    そんな事、させていいはずがない。

    ('A`)「それで、どうするんだ?」

    (,,゚Д゚)「どうする?決まってんだろ、あの糞野郎の裁判が始まる前に、署内の裏切り者を見つけて黒幕を聞き出すラギ」

    ('A`)「分かった。
       何か手伝えることはあるか?」

    (,,゚Д゚)「何もねぇよ。
        クビになるんなら、俺一人でいい」

    ('A`)「ははっ、相変わらずで安心した。
       そうだ、前に言ってたバーバラ・ホプキンスって男だが」

    ノウマンズホテルでトラギコを襲った人間が口にした、仲介役の男の名前だ。

    (,,゚Д゚)「居場所が分かったのか?」

    ('A`)「あぁ、遺体安置所だ。
       昨日、ビルから飛び降りたらしい」

    こうしてまた一つ、真実に到達するための要素が消されていく。
    そして、署内にいる裏切り者についての情報が一つ増えるのであった。

    ‥…━━ 十二月十五日 午前十時十五分 裁判所 ━━…‥

    十二月十五日。
    警察は現場で採取した体液とビンズの体液を照合し、それが同一人物の物であることを確定させた。
    裁判はその日の内に行われることとなり、警察側は最優秀と言われる検事をジュスティアから呼び寄せることになった。
    ライダル・メイ検事はこれまでに関わってきた事件で常に優秀な成果を挙げ、被害者側の意見をほぼ確実に叶えてきた実績を持つ。

    四十代のベテラン検事である彼女は、ジュスティア内外で起きた凶悪事件を担当させられることが多く、ほぼ全ての事件で被害者側の要望を叶えてきた。
    対する弁護側は、フェニックス・ライトという伝説的な経歴を持つ弁護士を雇い、この日に備えた。
    ライトは若くして難事件を担当し、被告人の無罪を勝ち取ってきた。
    当然、依頼料は極めて高く、ジャーゲンに呼び寄せるだけでも相当な金が必要になる。

    だが弁護士を雇うのに必要な経費は全て彼が支払い、ビンズは取り調べに対して全て沈黙を貫いてきた。
    警察にとっても、今日が初めて犯人の意見を聞く場になる。
    アサピーの証言によれば、このビンズと言う男は間違いなく半年前に有罪判決を受けた犯人と同一人物だという。
    その時の名前は有罪判決と同時に変更され、今のものになったという。

    ジュスティアとの契約関係にある街で行われる裁判は、基本的に被害者側の要求が受け入れられ、裁判長としての判断というのはあまりない。
    弁護側と検察側に分かれ、互いの言い分を述べはするが、結局のところ被害者がどのような刑を望んでいるのかを法律と照らし合わせ、その落としどころを裁判長が判断し、判決を下す。
    重要になるのは被害者側の意志と、犯人側の主張だ。
    単純な殺人事件が起きたとしても、その背景にある物によっては被害者側の意見を棄却することも有り得る。

    性的な虐待を受け続けてきた娘が父親を殺害した事件では、加害者側は罪に問われなかった実例がある。
    その為、双方ともに証拠と意見を用意することが最も重要になる。
    被害者側の代表として、ブルーハーツ児童養護施設の施設長が法廷に立ち、犯人に死刑を求刑することになっている。
    トラギコを始めとする事件に携わった警官達は傍聴席に案内され、後は、メイに託すことになる。

    傍聴席にはビロードやドクオ、サナエの姿があった。
    この事件はジャーゲンの抱える問題を凝縮したようなもので、世間からの注目度も高い。
    その一端を担っているのはアサピーの力だった。
    彼が撮影した写真と記事は瞬く間に世界中に広まり、今や、裁判所の前に大勢の人だかりが出来ているほどだ。

    世界中から集ったやじ馬たちの声が法廷にまで届いている。
    裁判は二日に分けて行われ、初日である今日は事件全体の概要の確認となる。
    裁判官は厳めしい顔つきをした禿頭の男で、白い髭を胸まで垂らしているのが特徴的だった。
    五十代以上であることは見た目からも分かるが、その真っ直ぐな眼はこの仕事に誇りをもっていることを語っている。

    午前十時十五分。
    開廷。

    検事と弁護士がそれぞれの位置に着き、続いて、オレンジ色の囚人服を着た犯人が登場した。
    一見すれば普通の青年にも見えるが、これだけの状況にありながら笑顔を浮かべている姿は不気味と言わざるを得ない。
    一ミリほどしかない黒髪はまるで似合っていない。
    筋肉ではなく贅肉がついた体は、運動とはあまり縁のない事を示唆している。

    食べ物に困っている様子はない。
    苦労して育ったわけでもなさそうだ。
    これが連続女児強姦殺人事件の犯人。
    裁判長が軽く咳払いをして、会場に静寂を求めた。

    沈黙したのを確認し、裁判長がゆっくりと話を始める。

    「それではこれより、検察側より被告人ビンズ・アノールが起こした事件についての説明を始めます。
    被告人は事実と違う事があれば、その場で述べるように」

    黒いスーツに身を固めたメイが滑らかな口調で説明を始めた。

    「こちらで確認している限り、被告人は十二月六日にナミ・ブラヴァーノ、同月七日にエミリー・ライアンを。
    同月十一日、人身売買組織から買った身元不明の少女を。
    同月十二日深夜から翌未明にかけて、ブルーハーツ児童養護施設にいる少女十八名に対して性的な暴行及び殺害・未遂を起こしました。
    また、同養護施設にいた男児十九名は毒殺、一名は殴る・蹴るなどの暴行により殺害しました」

    「弁護側、何かありますか」

    ビンズが弁護士に耳打ちし、ライトは深く頷いて挙手をした。

    (`・_ゝ・´)「男児一名の殺害については意図的ではなく、偶発的な事故であったと」

    「事故?」

    メイが訝しげに聞き返す。
    再びビンズがライトに耳打ちし、彼が口を開く。

    (`・_ゝ・´)「毒による人道的な殺害を予定していたが、彼が毒を口にせず、彼が邪魔をしてきたので殺したと」

    「検察側は事件の詳細について、被告人の自白を得られていません。
    この場で事件についての説明を求めます」

    「検察側の意見を受理します。
    被告人、詳細を」

    (`・_ゝ・´)「異議あり。
         被告人からの供述書を受け取っています。
         弁護側がそれを代読します」

    「異議あり。
    弁護側が代読する必要性がありません。
    そして、供述書について我々は知らされていません」

    「弁護側の異議を却下します。
    弁護側は供述書を検察側に提出しなさい」

    ライトは肩を竦め、茶封筒に入った供述書を持ち上げてみせた。
    そしてそれをメイに手渡し、己の席に戻った。
    ビンズはゆっくりと立ちあがり、気だるそうに体を傾けながら証言台の前に歩いて行った。

    「ビンズ・アノール、説明を」

    (::゚∀゚::)「はい。
         どこから説明をすればいいですか?」

    「最初からです」

    (::゚∀゚::)「あー、最初っからですか。
        えーっと、確か……小さくていい締め具合でした。
        殴るたびに締めてくるので、ナニがもがれるかと」

    裁判長が木槌を思い切り叩き付け、ビンズの言葉を遮った。

    「事件の概要を話しなさい!!」

    (::゚∀゚::)「あぁ、はい。
        六日のはよく覚えていないですけど、七日は業者の服を着て行ったらコロッと信じて家の中に入れたので、そのまま。
        馬鹿みたいですよね、知らない人間を家に入れるって。
        だからそれは覚えてます。

    次の穴は普通に買ったんです。
    だから僕の所有物を壊しただけで、それは特に問題はないんじゃないですか?」

    傍聴席からどよめきが起きる。
    この男は正常ではない。
    異常な人間だ。

    (::゚∀゚::)「でー、あぁ、あの施設にケーキを送ったんですよ。
        施設の人間も阿呆ですよね、送られたケーキを食べさせるなんて。
        まぁおかげで僕も美味しい思いが出来たからいいんですけどね。
        男はどうでもいいから死んでもらって、女の子と一緒に遊んだんです。

        楽しかったなぁ、皆動けないけど涙を流したり、抵抗したりするんです。
        で、楽しんでたら雄ガキが起きて殴って来たから、やり返した。
        そっか、これは正当防衛ってやつですよ」

    ライトは目頭を押さえ、ビンズの証言に頭を悩ませていた。
    打ち合わせにない展開、そして弁護士が危惧していた事態が起きたと考えるべきだろう。

    (::゚∀゚::)「以上です」

    「……弁護側、何かありますか」

    (`・_ゝ・´)「今は何もありません」

    「検察側、何か」

    「こちらも、今は何もありません」

    尋問については明日行われることになる。
    今日は双方ともに情報を確認する場であり、本格的な弁護等は行われない。
    ここで裁判長を始めとする多くの人間に伝えられたのは、犯人の異常性だった。
    予想に反して一日目の裁判が終わり、傍聴人たちがぞろぞろと裁判所を出て行く。

    ( ><)「トラギコさん、大丈夫ですか?」

    (,,゚Д゚)「ん?ああ、俺は大丈夫ラギ」

    隣に座っていたビロードが心配そうに覗き込んでいるのに気付き、トラギコも席を立った。
    あの男、自分が逮捕されたというのに極めて冷静だった。
    嘲るでもなく、慌てるでもなく、ただ逮捕されたという現実をそのまま以下の意味で受け取っているようにしか見えない。
    精神的な余裕があるようにしか見えない。

    何か、切り札でも持っているのだろうか。
    裁判所の廊下を並んで歩きながら、トラギコはこれから先のことについて話を始めた。

    (,,゚Д゚)「ビロード、明日の公判までまだ時間がある。
        出来る限り証拠を集めるぞ」

    ( ><)「今から、ですか?」

    (,,゚Д゚)「今だから出来る事があるラギ。
        署で起きた火災、どう考えても人為的な放火だ。
        そして俺を殺すよう依頼してきた仲介人が自殺したラギ。
        その犯人を突き止める。

        今日、俺は午後からブルーハーツに行く」

    裁判が始まったところで、諦めていい理由にはならない。
    犯人が捕まっただけで、事件の真相を解き明かしてはいない。
    再びこの事件が起きないようにするためにも、警察内にいる細胞を潰す必要がある。

    ( ><)「分かりました。
         僕に出来ることがあれば言ってください」

    幸いにも、トラギコはこの事件の担当者として一任されており、裁判中は他の事件に駆り出されることもなく時間がある。
    そして、トラギコは裏切り者の一人に心当たりがあった。

    (,,゚Д゚)「そう言ってくれると思ってた。
        実は頼みが一つだけあるんだ」

    署に戻り、トラギコは証拠品が保管されていた場所に向かった。
    保管庫の扉は開かれ、まだ何かが焦げた匂いが漂っている。
    電気をつけ、被害状況を確認することにした。
    火災が起きてから早い段階で消火作業を行ったようで、被害は一部だけに留まっている。

    発火場所は例の事件に関する証拠品が収められた棚の下。
    不自然な焦げ目が可燃性の液体の使用を物語っている。
    鉄製の棚にも関わらず上の棚にある物が燃えたのは、そこに可燃性の液体をかけたからだろう。
    棚には確かに黒い煤が付着しているが、上の棚に燃え広がるには燃え方が甘い。

    ('A`)「どうしたんだ、こんなところに呼んで?」

    ドクオの声を聞いても、トラギコは顔を上げなかった。
    ビロードに頼んだのは、ドクオにこの場所に一人で来るように伝えてもらう事だった。

    (,,゚Д゚)「なぁ、ドクオ。
        どうしてここが燃えることになったんだ」

    ('A`)「言いたくはねぇが、誰かが燃やしたからだろ」

    (,,゚Д゚)「だろうな。
        自然発火なんてのはあり得ないラギ。
        それこそ、鑑識の人間が自然発火するようなヤバい物をここに持ってくるはずがない。
        意図的に燃やすしか方法はない。

        だけど、どうしてここだけ燃やす必要があったラギ」

    ('A`)「証拠が残ってると困る連中がいるんだろ」

    (,,゚Д゚)「それならいっそ、この場所全て燃やせばよかった話ラギ。
        どう見ても不自然な燃え方で、証拠を消すために燃やしたとしか思えない。
        そんな事をする意味は何だ」

    わざと注目させるために燃やしたのだとしたら、本命は別にある。
    例えば、発火地点にあった事件の証拠品を燃やし、それを悟られないためにより注目度の高い事件の証拠品を燃やしたのではないだろうか。

    (,,゚Д゚)「下の棚にあった証拠品。
        何の事件の物だ?」

    ('A`)「……さぁ」

    (,,゚Д゚)「そう、分からねぇんだよ。
        何せ全部燃えちまったからな。
        鑑識が機転を利かせて上の物は守れたが、問題はその下にあった物が何だったのかってことラギ。
        燃やした張本人なら分かるだろ、ドクオ」

    深い溜息がドクオの口から洩れた。

    ('A`)「どうして俺だと?」

    (,,゚Д゚)「俺がバーバラ・ホプキンスの名前を教えたのは、お前だけなんだよ。
        あのホテルに来た連中は全員死んだから、俺がバーバラの名前を知った事を知る人間はそういないラギ。
        なのに、そいつは翌日には自殺したことになってるラギ。
        なら、署内にいる裏切り者はお前しか考えられないんだよ。

        そいつが火を放ったなら、この上なく理屈に適ってるからな」

    ('A`)「俺とお前のよしみだからその推理は聞き流してやるよ。
       お前、少し疲れてるんだよ」

    本当であればそうしたかった。
    勘違いであると信じたかったが、状況が全てを物語っている。

    (,,゚Д゚)「あぁ、疲れてるさ。
        だから教えてくれないか?どうして、バーバラが男だって分かったんだ?」

    ('A`)「それはお前が」

    (,,゚Д゚)「俺はバーバラ、としか言ってない。
        それなのにお前はバーバラ・ホプキンスのフルネームを知っていて、尚かつ男だってことまで断定してたラギ。
        これはつまり、確信があったんだろ。
        普通、バーバラって言えば女の名前だ」

    ('A`)「表現の違いだよ、悪かった」

    (,,゚Д゚)「それに、俺はバーバラが何者かも言っていなかったラギ。
        ならまず、バーバラという女全般を調べるべきなのに、ピンポイントで、おまけに性別まで言い当ててきたラギ。
        理由を言えよ、ドクオ」

    ('A`)「タイミング的にそいつだと思ったんだ、それ以外には何もないよ。
       現に、死体として運ばれたのはその一人だけだ」

    (,,゚Д゚)「何で俺の言ったバーバラがもう死んだと言いきれるんだ?他の人間の可能性もあり得るだろ」

    ('A`)「……ははっ」

    彼の口から乾いた笑い声が聞こえた。
    彼の性格はよく分かっているつもりだ。
    あと一押しで、彼の口を割れるとトラギコは確信した。

    (,,゚Д゚)「やっぱり何度考えてもお前しかいないんだ。
        本当に燃やしたかった証拠品は別にある。
        そして、お前が燃やしたのは、あの日の火災現場で焼け残った何かだ。
        思いがけない何かが見つかって、それを処分するためにお前は動いた。

        違うか」

    ドクオの顔から目から笑みが消えた。
    開いていた扉を閉め、後ろ手で鍵をかけた。

    ('A`)「……お前の言う通りだよ、トラギコ。
       バーバラについてはすでに知っていたし、俺が火を点けた。
       燃やしたのは、お前が殺した連中の装備だ」

    (,,゚Д゚)「理由を教えてくれないか」

    深い溜息を吐いて、ドクオはトラギコの眼を見た。
    その目には暗い影が落ちていたが、死んではいなかった。
    腐ってもドクオは警察官であることを、トラギコは良く知っている。
    彼が扉を閉めたのは余計な人間が入ってこないようにするためで、他の人間には聞かれたくない話をするからだ。

    ('A`)「所長からの命令だよ、それ以外に何がある? 俺には家族がいて、金が必要だった。
       この歳で転職をするのはきついからな、仕方なかったんだよ。
       安心しろ、命令は全部録音してあるし、十分な証拠になる装備の一部も保管してある」

    (,,゚Д゚)「だと思ったよ。
        本当だったら体液も全部燃やすはずだったんだろ?」

    決定的な証拠品が別の場所に移動させられている可能性を考えれば、全て燃やすのが正解だ。
    しかし放火犯はそうしなかった。
    その可能性を考えながらも、燃やさなかったのだ。
    全てにおいて、ドクオはわざと足跡を残し、誰かに気付かせようとしていた。

    特に、トラギコに気付かせようとしていたのは間違いないだろう。

    ('A`)「まぁな。
       だから所長はカンカンだったよ。
       悪いがお前の仕業にさせてもらった」

    (,,゚Д゚)「それでいいラギ。
        だけど、どうしてそれを言おうとしなかったんだ」

    わざわざ出し惜しまずに、トラギコに直接言えばもっと話は簡単に済んだはずだ。
    その理由だけが分からなかった。

    ('A`)「……この街について、お前はどこまで知ってる?」

    (,,゚Д゚)「どういう意味だ?」

    ('A`)「この街は貿易の中継地点。
       そう思っているんなら、それはまだ正解じゃない。
       俺もここで長く働いていて、ようやくその断片を掴むことが出来た。
       この街には特産品がある。

       ……子供だよ」

    (,,゚Д゚)「……人身売買ってことか」

    ('A`)「そうだ。
       どうして警察がコンテナ林に行かないのか、理由がそこにある。
       お前もあそこに行って分かったと思うが、あそこは法律の外にある。
       薬物ならいいが、児童養護施設から引き取られた子供たちを海外に売ってるんだよ。

       見て分かったと思うが、この街にはそんなに仕事は多くない。
       だから売春が横行するし、子供は犯罪に手を出し、無責任に子供を作る。
       この街はそんな子供たちを食い物にしてるのさ」

    街の財政が明るくないのは、様々なことからも分かりきっていた。
    街で働いている人間に若者が少ないのに、児童養護施設には子供たちが大勢いる。
    出て行く人数と入ってくる人数の計算が合わない。
    別の街に行くのであれば、そのために必要な金が必要になるはずだ。

    だがどうやってその金を工面するのだろうか。
    体を売り、心を売り、薬を買って街の外に出る夢を諦めた娼婦がどれだけいるだろうか。
    それなのに、街は児童養護施設に補助金を出している。
    どこかでより大きな利益を出さなければ、それは赤字にしかならない。

    街の財政の帳尻を合わせるには、やはり、大きな収入が必要不可欠なのだ。

    ('A`)「だけど、この街はそれで完結してるんだ。
       誰かが壊す必要なんてないぐらいにな。
       だが、お前は違う。
       例え同僚だろうが上司だろうが、街相手だろうが容赦をしない。

       お前に言わなかったのは、俺に勇気がなかったからだ。
       自分で言いだす勇気が、俺にはなかったんだよ」

    自嘲するように笑い、ドクオはそう言った。
    その顔にはまだ暗い影が落ちている。
    まだ話し終っていない事があるようだ。

    (,,゚Д゚)「何であいつらの装備を燃やしたんだ?」

    ('A`)「警察の関与がばれるからだ。
       よくよく調べてみれば、型落ちした警察の装備だってことが分かる。
       だからそれを燃やしてなかったことにしようとしたんだ、馬鹿な話だろ」

    (,,゚Д゚)「それも所長の指示ラギか」

    ('A`)「あぁ、警察は一切関わっていないことにしたがってたからな」

    (,,゚Д゚)「それで、どうしてお前は所長と俺の両方に手を貸すんだ?その理由を聞いてねぇラギ」

    ('A`)「俺が手を貸してきたのは、さっきも言ったが家族の為だ。
       だけど、いつ俺を切り捨てるとも分からないから用意だけはしておいた。
       後は、それをちゃんと使ってくれる奴が現れるのを待ってただけさ。
       俺は家族を守るために所長の不正に手を貸し、その証拠を保持していただけだよ」

    (,,゚Д゚)「それでも立派な犯罪だけどな」

    ('A`)「知ってるさ。
       だからお前が俺を捕まえてくれ。
       そして、この街を変えてくれ、お前の力で」

    (,,゚Д゚)「捕まえはするが、それは後ラギ。
        それと、俺は政治家じゃねぇよ、ドクオ」

    時々いるのだ。
    トラギコを正義の化身か何かだと勘違いし、信仰に近い感情を抱く人間が。
    彼はあくまでも仕事に徹しているだけであり、別の人間から見れば和を乱す存在でしかない。
    事実、ヴェガでは契約打ち切りにまで発展した。

    ジュスティアにとって安定した契約金を獲得できる街が失われ、警察内の給与にも影響が遠からず出るだろう。
    すでにトラギコの給与には深刻なまでの影響が出ている。

    ('A`)「この街の癌は二つある。
       一つは所長、そして、市長だ」

    (,,゚Д゚)「俺にどうしろって言うんだ」

    ('A`)「あの屑野郎は当然最高刑を食らわせてやってもらいたい。
       そのついでに、この二人も裁いてもらいたいんだ。
       いや、分かってる。
       お前がそういうのに興味が無いってことは重々分かっている。

       ……あんなキチガイ野郎を野放しになんてしたくもないし、それを後押しする奴らも気に入らない。
       親として、俺はあいつらを裁いてほしいんだ」

    (,,゚Д゚)「所長は分かるが、市長の関与が分からねぇラギ。
       何かネタでもあるのかよ」

    実際、市長は法の整備をしただけで今回の事件には関与していない。

    ('A`)「未成年者が犯罪を起こした際、その犯罪歴諸々が消される法律が本格始動したのはいつか分かるか?」

    (,,゚Д゚)「……十年前だったな」

    ('A`)「お前は知らないだろうが、十年前、ある事件が起きた。
       一人の少年が公園で女児を強姦したんだ。
       犯人が捕まるまでの間は、約三か月。
       その間に例の法律が動き出し、犯人の少年は刑務所に行き、最終的には自由を手にした」

    (,,゚Д゚)「その少年ってのは、市長の子供か。
        自分の子供可愛さに法律を、って言いたいのか」

    ('A`)「噂の域は出ないけどな。
       そして、俺の見立てだとその時の子供ってのが」

    (,,゚Д゚)「今回の犯人、ってことラギか」

    ('A`)「全ては俺の推測だ。
       後は裏付けの証拠が必要になる。
       今、犯人のDNAと市長のDNAを使って親子関係を調べてもらってる。
       これで関係が分かれば、明日の裁判で面白いことになるぞ」

    (,,゚Д゚)「……なぁドクオ。
       お前、家族が、って言ってたけどそこまでしていいのかよ。
       殺し屋まで差し向けてくる奴が後ろにいるんだぞ?」

    どうにも彼の動きが切羽詰っているように見えて仕方がない。
    まるで、やり残したことが無いように清算をしているようだ。
    唐突な罪の告白から、トラギコへの依頼。
    一体何が彼をここまで動かしたのだろうか。

    ('A`)「家族は今朝、ジュスティアに逃がした。
       俺のやったことが見つかる前に、奴を捕まえてもらいたいんだ」

    (,,゚Д゚)「……お前がDNA鑑定を依頼しているのはどこラギ?」

    今の時代が作り出したものではないが、気が遠くなるほど昔の人類が開発したDAT――高性能な情報処理端末――を使えば誰でも遺伝子情報を調べる事が出来る。
    唯一の問題は、DATは極めて希少であり、操作できる人間は限られているという点だ。
    小さな企業は操作することはおろか、購入することすら出来ない。
    この街でDATを用いてそのような検査を請け負う場所は、一か所しかない。

    ('A`)「ここだ。
       今、ビロードを貼りつかせてる」

    背中に冷たいものが走った。
    ドクオは最後の詰めで失敗を犯した。
    警察署内は相手の本拠地であり、何一つ用心していないまま伝達した情報は相手に筒抜けになっていると考えなければならない。

    (,,゚Д゚)「何時からその検査をさせてるんだ?」

    ('A`)「裁判が終わってからだから、十一時ぐらいからだ。
       正午までには結果が出る」

    トラギコはドクオを押しのけ、扉に手をかけた。

    (;'A`)「どうしたんだ?」

    (,,゚Д゚)「お前のやってきたことについては、ある程度は目を瞑ってやるラギ。
       だけどな、ビロードを巻き込んだことについては褒められねぇな。
       あいつはお前が何をしてきたのか知らないんだろ」

    (;'A`)「……あぁ」

    (,,゚Д゚)「二度とこんなことをさせるな。
       あいつは真っ当な道を歩かせろ。
       俺達とは違う、後ろ指さされない道を」

    ドクオを残し、トラギコは保管庫を出て急いで鑑識課の元へと向かった。

    ‥…━━ 十二月十五日 午前 ジャーゲン警察 鑑識課 ━━…‥

    ハシュマル・ディートリッヒはジャーゲンで勤務する鑑識官の中で、最も勤続年数が多く、そして経験の多いベテランだった。
    夏に三十歳の誕生日を一人で迎えるまでは、何事もなく警察の仕事を全うし、次の転属の知らせを待つ日々を過ごしていた。
    全てを変えたのはトラギコ・マウンテンライトの転属だった。
    彼が来てから警察が変わり、街が変わった。

    彼によって街中に蔓延っていた小悪党たちは悉く逮捕され、未成年による犯罪件数は劇的に減少した。
    誕生日を迎えた日、ハシュマルの気持ちは清々しいものになっていた。
    事件が起きてからしか動く事の出来ないハシュマルにとって、トラギコの登場も嬉しい知らせだったが、ビロード・フラナガンの転属も喜ばしいものだった。
    最近連続で難事件を担当し、解決している若い警官というのは、この世界にまだ正義があることを再認識させてくれる存在であり、ベテラン勢が引退してからも安心出来る材料だった。

    鑑識課に割り当てられている部屋には検査用の道具も然ることながら、極めて高価なDATが置かれており、遺伝子検査や細かな毒素の検査などに用いられている。
    一時期はトラギコが逮捕した犯罪者たちの検査で連日フル稼働だったが、今では大分落ち着き、二件の検査結果を待つだけになっている。
    その内の一つはすでに結果が出ており、別件で結果を取りに来たビロードに手渡した。
    折りたたまれた紙を制服の懐に入れて、ビロードは確かめるようにして懐を叩いた。

    ( ''づ)「じゃあ、そいつを頼むぞ」

    ( ><)「分かりました。
          ドクオさんのはどれくらいで出来ますか?」

    ( ''づ)「もうすぐ出来る。
         コーヒーでも飲んで待ってな」

    DATに取り込まれた遺伝子情報の分析結果が出るまで、彼にできることは何もない。
    椅子に背中を預け、大きく蹴伸びをした。
    事件の数が減った事で、彼が着ている白衣は二ヵ月ぶりにクリーニングに出すことができ、先日戻って来たばかりだった。
    白衣から漂う洗剤の淡い香りが眠気を誘った。

    ( ><)「分かりました。
         ハシュマルさん、聞いてもいいですか?」

    ( ''づ)「俺に答えられる範囲でならな」

    ( ><)「どうして警官になろうと?」

    ( ''づ)「真面目に答えたほうがいいのか、それとも少しふざけてもいいのかによるな」

    ( ><)「真面目にお答えいただけると嬉しいです」

    ビロードの眼はまっすぐにハシュマルを見ていた。

    ( ''づ)「昔、鑑識官が主役のラジオドラマがあってな。
        それの影響だよ」

    ( ><)「後悔とか、していないんですか?」

    ( ''づ)「後悔していることがあるとしたら、もっと早くに気持ちの切り替えをしておけばよかった、ってことだよ」

    誰かが状況を変えるのを待つのではなく、自ら変えていく事をしていれば街は変わっていたのかもしれない。
    少なくともトラギコにはそれができた。
    歳は一歳しか違わないのに、彼はまるで十年以上も先に生きているような働きぶりをしている。
    嫌でも憧れてしまう。

    同じ警察官として、あそこまでまっすぐに走り続けられるのは。

    ( ''づ)「ま、それでもこの仕事を続けていてよかったと思う事はあるさ」

    DATによる遺伝子解析状況が残り二割となった。

    ( ''づ)「犯人が捕まった時もそうだが、誰かの無実が明らかになった時も嬉しいものさ。
        ビロード、お前はまだ若いんだ、色々試してみればいいさ」

    ( ><)「はい……それで僕、考えていることがあって」

    ( ''づ)「ほぅ、何だよ?」

    ( ><)「トラギコさんって、いつも一人ですよね」

    ( ''づ)「俺が聞いている限り、相棒はいないらしい。
        と言うより、長持ちしないから結果的に一人でいるって聞いたな。
        何だ、あの人の相棒でも目指すのか?」

    ( ><)「はい、調べたらそういう制度があるみたいなので……」

    ジュスティアの派遣警官には数種類の形態があり、ジャーゲンやヴェガで適応されているのは常駐型の警官。
    他には、解決困難な事件が発生した際に単独、もしくはチームで派遣される形態がある。
    一か所に停滞することが難しいトラギコであれば、後者の形態で派遣された方が確かに力を発揮できそうだ。

    ( ''づ)「あいつがそれをするかどうかは別物だし、何より上が許可するかが問題だな」

    着眼点は極めていい。
    しかし、彼を取り巻く環境が問題なのだ。
    本部には、トラギコのような人間は確かに必要であるという考えを持つ人間もいるが、それを快く思わない人間の方が多い。

    ( ''づ)「そう言えば、各地方に本部を設置するって話が本格化するらしい」

    昨今の地方犯罪への対処が遅れるとの事から、以前から実験的に進めていた地方本部という概念があった。
    特に、金の羊事件によって警官隊の到着時間短縮が再度見直されることとなり、
    契約関係にある全ての場所に三十分以内の到着が重要であると強く印象付け、世界中に拠点を配置することが決定された。
    その拠点への配属を希望する人間は能力検査を経て、上司の推薦状と共に転属が決定する。

    ( ''づ)「今回の事件が落ち着けば、二人ともどこかの地方本部に行けるかもな。
        勿論、お前の言ってる形態もありだけどよ」

    ( ><)「そうですね、トラギコさんに今度話してみます」

    心なしか、ビロードの表情に余裕が生まれたように見えた。
    これで彼が少しでも仕事をしやすくなれば、将来が明るくなるだろう。
    少なくとも、彼のようにいつまでも燻ぶった心のまま同じ場所で腐ることはない。

    ( ><)「ハシュマルさんもどこかに転属願を出すんですか?」

    ( ''づ)「俺はいいよ。
        ここでやり残したことがあるからな」

    この街で彼がやるべきなのは、これまで目を瞑ってきたことに対して向き合うことだ。
    治安を回復するという、本来の仕事に力を注ぎ、街の人間たちが少しでもまともな思考を取り戻す手助けをする。
    それが完了して初めて、ハシュマルは己の仕事を果たしたと言えるのだ。
    DATが分析を終了したことを告げる音を短く鳴らし、分析結果が紙で出力される。

    ( ''づ)「ほれ、さっさと持っていきな」

    その時、扉がノックされ、思いがけない人物が姿を現した。

    ‥…━━ 十二月十五日 午前 ジャーゲン警察 鑑識課 ━━…‥

    警察署内で放火をさせられるのであれば、人一人を殺すことなどそう難しい話ではない。
    そして、トラギコが激怒しているのは何もビロードをその場に配置したからではない。
    彼が明日に備えて秘密裏に検査を依頼していた検査結果まで危険にさらす行為が、許せなかったのだ。
    裁判では証拠品が全てとなる。

    証拠が無ければ犯人の罪を重くすることもできず、余罪を追及することも出来ない。
    仮定として、ドクオの話が真実なのであれば、今回のビンズの裁判は二日で終わらず、三日目まで伸びることが考えられた。
    市長と局長がビンズに何故肩入れするのか、トラギコはある推測をしていた。
    その推測はドクオの推測よりも一歩踏み入ったもので、この街の暗部を解き明かす物だった。

    その点で言えば、ドクオの行動は遅すぎた。
    トラギコはビンズを逮捕し、DNA情報を入手した時に二つ鑑定の依頼をしていた。
    結果は今日出ることになっており、恐らく、もう準備は出来ているはずだった。
    後は、ビンズを庇い立てする人間の魔手がまだそこに到達していない事を願うばかりだった。

    鑑識官の検査室前に到着した時、彼の鼻が嗅ぎ慣れた匂いを感知した。
    血の匂いだった。

    (,,゚Д゚)「ビロード!!」

    扉を押し開けると、より一層濃厚な血の匂いが漂ってきた。
    それに混じって、硝煙の匂いも感じ取れた。
    床に広がる赤黒い液体の上には、白衣を着た鑑識官の男がうつ伏せで倒れていた。
    背中から撃たれたのだろう。

    その顔に血の気はなく、胸と喉に穴が開いていた。
    その男の顔には見覚えがあった。
    イトーイが掴んでいた毛髪をトラギコに渡した男だ。
    すでに事切れており、虚ろな目は床に広がった血溜まりを見ていた。

    胸についた名札には、ハシュマル・ディートリッヒとあった。
    この時初めて、トラギコは男の名前を知った。
    離れた場所にはビロードが血溜まりの上に力なく座っていた。

    (;,,゚Д゚)「おい、ビロード!!」

    ビロードは胸に数発の銃弾を受けており、呼吸はほとんどなかった。
    僅かに上下する肩が辛うじて彼の呼吸を伝える。
    そして、その命が尽きかけていることも。
    壁に備え付けられている非常ボタンを押し、署内に異常事態を知らせる警報音が鳴り響いた。

    (;,,゚Д゚)「こんなところで死ぬんじゃねぇぞ!!」

    その場に屈んで上着を脱ぎ、傷口に押し当てる。
    すでに失われた血液の量が、彼の命がそう長くない事を物語っている。
    それでも最後まで彼の命を諦める事はしたくない。
    ビロードはここで死んで良い人間ではない。

    このような些事に巻き込まれ、殺されて生涯を終えるなど、あってはならない。

    (;><)「……トラ……ギ……コ……さん」

    薄らと開かれた眼は、トラギコの姿を捉えていた。

    (;,,゚Д゚)「喋るな馬鹿!!」

    血で真っ赤に染まったビロードの手が弱々しく持ち上げられ、トラギコはすかさずその手を握った。
    握り返された力は、まるで彼の残された命そのもののようだった。
    死に瀕するビロードの声を聞き逃すまいと、トラギコは彼を抱きしめた。
    どうせ止血しても意味がないのならば、それならばせめて、ビロードの命が尽きる時に一人にさせてはならない。

    (;><)「僕……あなたと一緒に……仕事が出来て……幸せで……した……」

    声が小さくなる。
    握った手に込められる力が弱くなる。
    口から溢れた血が、トラギコの首筋を濡らした。

    (;,,゚Д゚)「今にも死にそうなこと言うんじゃねぇよ。
        いいか、この事件が終わったら有給取って、二人で高い酒を朝まで飲むぞ。
        それまでは死ぬんじゃねぇよ」

    返事の代わりに、ビロードが頷く。

    (;,,゚Д゚)「それからお前の夢について考えればいい。
        時間はまだたっぷりあるんだ、焦る必要はねぇよ」

    小さな頷き。
    呼吸が浅くなっている。

    (;><)「トラギコさんの依頼……していた……結果は……僕の懐にあります……」

    (,,゚Д゚)「そうか。
        よく守ったじゃねぇか。
        これであの野郎どもを地獄に落としてやれるラギ」

    背中を優しく叩いてやる。
    まるで子供のような扱いだったが、彼には今、安らぎが必要だ。
    ごぼごぼとした音が、彼の笑い声だと気付くのに少しだけ時間がかかった。

    (;><)「僕……貴方の相棒に……なれますか……?」

    (,,゚Д゚)「……あぁ、勿論なれるさ」

    だが、ビロードがその返事を最後まで聞くことはなかった。
    最後に彼は安心したように小さく息を吐き出して、そのまま力なく項垂れ、トラギコの手を握っていた指からは力が失われた。
    僅かに胸に感じていた彼の鼓動はもうない。
    ビロード・フラナガンはその短い生涯を、トラギコ・マウンテンライトの腕の中で終えた。

    そして、彼が命を賭して守り抜いたものこそが、事件の真相を暴くための鍵となるのであった。

    ‥…━━ 十二月十六日 午前九時 裁判所 ━━…‥

    十二月十六日。
    午前九時。
    ジャーゲン唯一の裁判所前には大勢の人だかりが出来ていた。
    カメラを構えた人間や、プラカードを掲げた者。

    共通しているのは、裁判所内に彼らを入れるよう要求していることだけ。
    それを抑えているのはジュスティアから派遣された警官隊だった。
    重装備の警官隊は全員鉄の仮面を被り、M4カービンライフルを構えている。
    彼らは命令があればそのライフルの銃爪を躊躇なく引き、暴徒を鎮圧することも厭わない。

    事件は世界的に注目を浴びていた。
    すでに昨日起きた警察署内での襲撃事件は世界中に知れ渡り、ビロード・フラナガンの死も報じられた。
    彼の両親は同日未明にジャーゲンに到着し、息子の遺体を前に泣き崩れた。
    彼の最期を看取ったトラギコは記者や警察関係者に対して沈黙を貫き通し、ビロードの両親には一言挨拶をしただけだった。

    トラギコの姿は法廷にあった。
    ライダル・メイの隣に立つトラギコは上下を黒のスーツにし、開廷の時を待っていた。
    彼は昨日手に入れた証拠品と証言をする人間であり、尚且つ、警官の中で誰よりも深くこの事件に関わっている。
    そのことから、警察長官から指示を受け、メイと共に裁判に参加することになったのである。

    「任せていいんでしょうね」

    (,,゚Д゚)「あぁ、材料は揃えたラギ。
        後は、叩き潰すだけだ」

    傍聴席にはアサピー・ホステイジ、サナエ・ストロガノフ、警察局長ラブラドール・セントジョーンズ、そしてジャーゲン市長ジョセフ・アルジェント・リンクスらの姿があった。
    法廷の二階席にはマジックミラーで仕切られた特別席が設けられ、その奥には被害者の女児たちが施設長と共に裁判の開始を待っている。
    ビンズ・アノールは相変わらずの囚人服で、ふてぶてしい態度で椅子に座り、傍聴席の人間を見つめていた。
    黒衣に身を包んだ裁判長が入廷する。

    緊張の糸が張り詰める。

    「双方準備のほどは?」

    (`・_ゝ・´)「弁護側、準備完了しております」

    「検察側、もとより」

    「それでは双方着席を。
    これより事件についての尋問・検察側の証拠提示を行います。
    弁護側、昨日の情報に補足があればどうぞ」

    検察側の人間が着席する。
    気のせいかやつれた様子のフェニックス・ライトは首を縦に振り、追加証言をするよう、ビンズに促した。
    ビンズは気だるげに立ち上がると、ゆっくりと話を始めた。

    (::゚∀゚::)「自分、クスリをやってて、事件当日の事よく覚えていませーん」

    やはり、この手を使ってきた。
    薬か酒か、判断が難しい所ではあったが、ビンズを逮捕した夜に彼が薬物を摂取していたという証言が、トラギコにこの展開を確信させた。
    未成年で尚且つ事件の際に判断能力が欠如した状態であれば、罪が軽くなるからだ。

    (`・_ゝ・´)「弁護側、以上です」

    ライトの言葉で弁護側の証言が終わり、ビンズが腰を下ろした。

    「検察側、尋問を」

    「裁判長、尋問する人間を交代します」

    「許可します。
    代理人は氏名と所属を」

    トラギコは立ち上がり、淡々と名乗った。

    (,,゚Д゚)「トラギコ・マウンテンライト。
        刑事だ」

    「では、尋問を」

    (,,゚Д゚)「クスリを使用し始めた時期はいつからだ」

    (::゚∀゚::)「今年からでーす」

    座ったままのビンズがあくび交じりにそう答えた。

    (,,゚Д゚)「最近使ったのは?」

    (::゚∀゚::)「あんたが俺を捕まえた日だよ」

    (,,゚Д゚)「正確な時間を言えラギ」

    (::゚∀゚::)「あの会社の連中に聞けば分かるだろ、馬鹿かお前は」

    (,,゚Д゚)「こちらが得ている情報では、夜九時半前後だ。
        間違いないな?」

    (::゚∀゚::)「はーい、そうでーす」

    その言葉を待っていた。
    この男は自分で事態を考え、判断する力が無い。
    だがそれは薬の影響ではなく、個人の持ち合わせている資質的な問題で、自分で何かを解決することが出来ない。
    その原因は、周囲の人間が彼の尻拭いをしてきたためである。

    (`・_ゝ・´)「裁判長、これ以上の尋問は無意味です。
         被告はこのように、事件当時、判断能力が欠如した状態でした。
         弁護側は懲役六か月を提案し――」

    (,,゚Д゚)「――異議あり、だ。
        そいつは事件当時、薬をキメてなかったラギ。
        むしろ、今回が初めてラギ」

    トラギコの発言に、傍聴席がざわめきだす。
    すかさずライトが席を立ち、異議を申し立てる。
    それもトラギコの計算の内だとは知らずに。

    (`・_ゝ・´)「異議あり。
          根拠のない言いがかりです。
          逮捕時の検査結果で薬物反応が出ています」

    「検察側、証拠はあるのですか?」

    (,,゚Д゚)「あぁ、あるさ」

    法廷が静まり返る。

    (,,゚Д゚)「逮捕時、薬物反応が出ているのは当然ラギ。
        さっきも言ったように、こいつは九時半前後に薬を摂取している。
        目撃情報もあるラギ。
        だけどな、犯行時に薬の影響はなかったんだよ」

    トラギコはクリップで止められた書類と、密閉袋を取り出した。
    この二つの証拠品が、ビンズたちを重罪人として処理するための、ビロードとイトーイが残した切り札。

    (,,゚Д゚)「ブルーハーツ児童養護施設で犯行が行われた際、抵抗した少年がいたんだ。
        その時、少年は犯人の毛髪を掴んでいたラギ。
        毛髪には薬物反応はなかったラギ。
        体液については全部燃やされた上に盗まれちまったから何とも言えねぇが、髪の毛は正直に語ってくれたぞ」

    イトーイが手に入れた毛髪。
    トラギコはそこに薬物の痕跡がないかを確認する為、鑑識課に依頼をしていた。
    犯人に入れ知恵をする者が背後にいると分かった段階で、これほど大量の証拠が残され、逮捕される事を考えたら責任能力の有無を狙ってくると考えた。
    トラギコが密かに依頼していた検査結果をビロードは守り抜き、こうしてこの場に繋いだのである。

    ビロードが殺された時、彼を殺した人間は検査結果を奪い、処分することを依頼されていたのだろう。
    だが、トラギコも検査を依頼していたとは知らなかったのだろう。
    検査結果は二つ存在し、ビロードが先に受け取っていた結果が最も重要なものだと知っていたのは殺されたハシュマルとトラギコだけだ。
    何も知らない犯人はドクオが依頼した体液に関する情報を盗み、処分した。

    もしもドクオとトラギコがほぼ同時に遺伝子検査の依頼をしていなければ、この結果は得られなかった。

    (,,゚Д゚)「最低でも三年は薬物の反応がない。
        ってことは、こいつには責任能力があったわけラギ」

    (;`・_ゝ・´)「そ、そんな……!!」

    ライトが大きく動揺する。
    彼にとっての切り札は、トラギコが用意した切り札に負けたのだ。
    トラギコが欲しかったのは、相手がここぞとばかりに薬物による責任能力の低さを口にする瞬間だった。
    その瞬間を正面から退ければ、相手の悪質さがより印象付けられる。

    ビンズの顔から笑みが消え、明らかに動揺していた。
    これまでの人生、彼は常に誰かに守られ、保護され続けてきた。
    その保護が遂に無効となる日が来たのだ。
    親の権力、そして異常者という保護。

    守りを失った愚者は、何もすることはできない。
    抗う事も知らずに生きてきた男は、ここで、己の罪の重さを知ることになるのだ。

    (;`・_ゝ・´)「い、異議あり!」

    「弁護側の異議を却下します。
    検察側、続けてください」

    トラギコは裁判長の方を見て、核心部分について一気に話を進めることにした。
    この場で話に決着をつける。
    明日まで裁判を伸ばせば、また新たな人間と証拠が消されてしまう。

    (,,゚Д゚)「この証拠品は事件当日、勇敢な少年が果敢に抵抗して手に入れたものラギ。
        そして昨日、ある警官が証拠隠滅を図る暴漢から検査結果を死守したラギ。
        だが代わりに、別の検査結果が失われたラギ。
        ドクオ・マーシィが依頼をしていた、DNAによる親子関係の検査結果ラギ」

    自分の言葉が十分に相手の耳に届き、浸透した頃合いを見計らって、トラギコは続けた。

    (,,゚Д゚)「しかし、俺が依頼していた検査は二種類あったラギ。
        一種類は薬物の残留。
        そしてもう一つは、親子関係の検査ラギ。
        その結果、面白いことがここに書いてあるラギ」

    手にした紙の束をライトに見せつけ、そして、自らの目線は傍聴席に向けられた。
    虎の一睨。
    誰もがトラギコの次の一言に耳を傾け、固唾を飲んだ。

    (,,゚Д゚)「DNA検査の結果、ビンズ・アノールはサナエ・ストロガノフとジョセフ・アルジェント・リンクスの実子である、ってな」

    悲鳴にも似たどよめきが起きた。
    傍聴席にいた二人の顔は蒼白となり、震え、歯を食いしばっている。
    その様子をすかさずアサピーが絵に収めた。
    最早、二人に逃げ場はない。

    決して逃げようのない場所に二人が現れ、大勢の人間に真実を聞かせることによって、逃げ道を失くしたのだ。

    (,,゚Д゚)「ビンズ・アノールは前回、同様の事件を起こした際にその名前を変えたラギ。
        だが、その時の名前もすでに変わった後の名前だった。
        こいつは最低でも二回は同じように女児を凌辱して殺している」

    (`・_ゝ・´)「どうして最低でも二回と言いきれるのですか?」

    ライトの言葉はまるで、トラギコにさらなる情報を開示するように促しているように聞こえた。

    (,,゚Д゚)「この街の法律が変わり、未成年が起こした事件に関してのデータを処分されるようになったのは十年前。
        そこに座っている男が最初に起こした事件が、ちょうどその時期に被るんだよ」

    遂にビンズは耳を塞ぎ、目を瞑って俯いた。

    (;`・_ゝ・´)「異議あり!全て憶測で、出鱈目だ!」

    「弁護側の異議を認めます。
    検察側、その証拠を提示してください」

    (,,゚Д゚)「話を戻すが、そこの屑は言うまでもなく市長と所長の子供ラギ。
        だが、二人にとってそいつは余計な存在だった。
        だから捨てた。
        児童養護施設に引き取られ、ある時そいつはそこで問題を起こしたラギ。

        同じ施設の女児に手を出した。
        そのことは当時の日誌に書かれているラギ」

    掲げて見せたそれは、昨日訪れたブルーハーツ児童養護施設でトラギコが見つけた日誌のコピーだった。
    色褪せた日誌には、クリントという名の男児が女児の下半身を舐め、触り、暴力を振るったことが克明に書かれていた。

    (;`・_ゝ・´)「異議あり!その男児と被告人が同一人物であるという証拠は――」

    (,,゚Д゚)「黙れよ弁護士、まだ俺が話してるんだ。
        ここに、ブルーハーツで保管されていた男児の歯があるラギ。
        その男児のDNA情報とビンズの物を比較し、同一人物だって検査結果が出たラギ。
        今朝の事だ。

        つまり、この時点で恐れたのさ、市長たちは。
        自分達が捨て、自分達の遺伝子情報を持つ子供が罪を犯すことを。
        もし何かの拍子でDNA鑑定でもされたら、自分達のスキャンダルが公になるだけじゃなく、手前等の餓鬼が正真正銘の屑だって知れ渡るからな。
        だから法律を変え、強姦現場にDNA情報が残らないように手を尽くしてきたんだ。

        ちなみに、クリントって名前は赤ん坊にそう書かれた紙が貼り付けられていたからだそうだ。
        後で筆跡鑑定をしてみれば何か面白いことが分かるんじゃないか?
        クリント・アルジェント・リンクスって名前の、糞市長の糞息子だって事がなぁ」

    事件の背後に見えてきたのは、スキャンダルと腐ったプライドだった。
    傍聴席の二人を見て、トラギコは最後の言葉を締めくくった。

    (,,゚Д゚)「そうだろ、二人とも?」

    「弁護側の異議を却下します。
    ですが、検察側は本件に関係のない事件について話を広げないように」

    (,,゚Д゚)「そいつは初犯じゃない。
        それに更生もしない。
        そして、自分の立場を利用して子供たちに対して下種な行為をしたラギ。
        精神異常でも薬物中毒でもない。

        ただの屑野郎なんだよ、こいつの正体は」

    (;`・_ゝ・´)「異議あり!精神鑑定の結果、彼は精神に異常をきたしており、判断能力と倫理観に関して問題があります」

    (,,゚Д゚)「その精神鑑定をした医者のスーツ、最近高級なやつに変わったんじゃないのか?」

    (;`・_ゝ・´)「異議あり!検察側はいい加減な憶測で物を言わないでいただきたい」

    (,,゚Д゚)「異議あり、でいいんだよな?現にこっちは、所長が証拠隠滅を指示する旨の発言と、それを裏付ける証拠を持ってるラギ。
        昨日、署内で起きた火災で焼け残った証拠品の一つがあるラギ。
        こいつは、警察で使われていた装備で、シリアルナンバーも残ってるラギ。
        照合すればどこに本来あるはずの物なのか、一発で分かるラギ。

        例えばこれが、本来であればジャーゲン警察で採用されているはずの装備一式で、まだそれが署内の誰にも伝達されていないものであることが分かるはずだ。
        これだけ好き放題する奴が、まさか精神科の医者一人を買収できないはずがない!!」

    「静粛に!双方、静粛に!」

    だが静粛にならなければならないのは、その場にいる全員だった。
    傍聴席にいる人間達はジョセフとサナエから距離を置き、セントジョーンズはサナエの後ろに立った。

    ▼ ,' 3 :「セントジョーンズ、私を疑うのか?」

    (’e’)「いいえ、私はトラギコを信じているだけです」

    法廷中が十分に加熱し切っている事を確信し、トラギコはその炎が沈静化するのを笑顔で待った。
    そして静けさが戻り、裁判長が口を開きかけたところで、満を持してドクオから受け取ったボイスレコーダーを起動した。

    ▼ ,' 3 :『いいか、証拠品を全て消すんだ』

    ('A`)『流石にそんなことをしたら疑われますよ』

    ▼ ,' 3 :『事件を担当しているのはあの馬鹿一人だ。
          あいつに何が出来る』

    ('A`)『あいつは、トラギコはちょっとやそっとじゃ諦めない』

    ▼ ,' 3 :『別に諦めさせる必要はない。
          あいつがこの世から消えれば全て解決だ』

    ドクオとサナエの会話が流れ終った時、一瞬の静寂が生まれた。
    メイが目を大きく見開き、トラギコを見る。
    その目が語る事は明らかだった。
    だからトラギコは笑顔一つ浮かべずに言いきった。

    (,,゚Д゚)「言っただろ、叩き潰すって」

    爆発音と聞き間違うほどの怒号。
    それは、法廷とその外から聞こえてきた。
    窓ガラスが振動で震え、裁判長の木槌の音さえも掻き消した。
    裁判長が流石に冷静さを欠いて取り乱す。

    法廷内だけならばまだしも、このタイミングで外からの怒号が聞こえるとは思いもしなかっただろう。
    アサピーがトラギコと目を合わせ、頷いた。
    彼は携帯電話を使い、法廷内の全ての会話を外に向けて流していたのである。
    そして、その会話を流した先はラジオ局。

    ジャーゲンでニュースを取り扱う局にアサピーが独占放送と言う形で裁判内容を垂れ流しにし、そのラジオの音声は外で待機している人間の耳に届いた。
    これで事件をもみ消すことは一切不可能となり、後は裁判の行方次第となる。
    だが、そのことに気付いている人間はほんのわずかしかいない。
    この法廷で気付いているのはトラギコ、アサピー、そしてセントジョーンズだけだった。

    「これより三十分の休憩とし、その後、判決を言い渡します!!」

    裁判長の大声によって、喧々囂々した法廷が一時的に落ち着きを取り戻す。

    「トラギコ、話をしますよ」

    鬼の形相を浮かべたメイがトラギコの肩を強く掴み、有無を言わさぬまま控室へと連れて行った。
    法廷のすぐそばに作られた狭い控室に入ると、メイは鬼気迫る表情で問いただした。

    「貴方は何がしたいんですか」

    (,,゚Д゚)「この街の癌を一掃するんだよ。
        証拠は揃ったラギ。
        あの屑とその両親に然るべき罰を与えて、ムショにぶち込む」

    「街の政治には干渉しない、これは警察官の基本のはずです」

    (,,゚Д゚)「政治じゃねぇよ。
        あいつらが作った法律に反している罪人がいるんなら、それを捕まえるのが俺の仕事ラギ」

    「……これ以上、事態をややこしくしないでください」

    (,,゚Д゚)「俺がややこしくしてるんじゃねぇ。
        元が糞みたいな事件なんだ」

    「他に何か公開しようとしていることは?」

    (,,゚Д゚)「何もねぇよ。
        俺はやることをやっただけだ」

    「後でどのような処罰が下るかは分かりませんが、私は起きたことをそのまま市長と長官に報告します」

    (,,゚Д゚)「あぁ、好きにしな」

    そして、判決の時が訪れた。
    関係者が全員再び法廷へと戻り、裁判長がゆっくりと席に着く。
    彼の顔にはすでに疲労感が浮かんでいたが、一瞬だけトラギコに向けた視線に物ありげな色が宿っていた。
    まるで、同情するような視線だった。

    「それではこれより、被告人、ビンズ・アノールに判決を言い渡します」

    誰もが口を噤んだ。
    裁判で最も優先されるのは訴えた側の人間、つまり、ブルーハーツ児童養護施設の施設長及び職員の意志だ。
    裁判で明らかにされた事件の全貌、犯人の認識などを踏まえ、彼らの要求する刑罰を法律の範囲内で尊重することになる。
    未成年で強姦殺人をこれだけ行っていれば、法律の保護の範囲を越え、死刑もしくは執行猶予なしの終身刑となるはずだ。

    前例はないが、ここまで事件が大きくなった以上、容易に甘い判決は下せないだろう。
    それらの事も考えた上で、トラギコは裁判の一部始終を外部に向けて発信させていたのである。

    「……被告人の行った犯罪行為は許されざるものがあり、また、同情の余地は一切ありません。
    従って、原告の要望を全面的に受け入れ、言い渡します」

    その時。
    トラギコの背中に電流が走るような感覚が訪れた。
    何かを見落としている。
    何かを失念している。

    死角にある何か、極めて重要な要素を。
    有り得るはずがないと断じ、切り捨て、思考から無意識の内に弾いていた何か。
    その感覚の答えは、裁判長の口から語られた言葉によって明らかにされた。

    ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

               「――被告人に、懲役三年の刑を言い渡します」

    ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

    判決を告げた裁判長の眼は静かだった。
    判決を受けたビンズの眼は狂気の色に満ちていた。
    判決を聞いたライトの眼は驚きに見開かれ、メイは呆然とした。
    トラギコの眼は傍聴席に向けられ、そこに座る二人の権力者の表情を読み取った。

    勝ち誇り、見下し、安堵していた。
    あまりの衝撃に、傍聴席に座る人間も、裁判所の外にいる人間からも声は出なかった。
    まるで時間が停止した様に、世界が静寂に包まれた。
    最初に声を発したのは、トラギコだった。

    (#゚Д゚)「ふざけんじゃねぇ!!」

    その声は誰に向けたものなのか、トラギコ自身にも分からなかった。
    立ち上がり、誰に向かって殴りかかるべきなのか、殴りかかろうとしたのかも分からない。
    彼の思考は一瞬の内に激情で染め上げられ、理性的な言動は勿論だが感情を抑えることも出来なかった。
    横にいたメイがトラギコの両肩を押さえなければ、裁判長に掴みかかって殴り倒していたかもしれない。

    まるで自分の体が自分の物ではないかのように、トラギコの思考と体、そして感情が分離していた。
    獣のような慟哭が響く。
    いつの間にか、トラギコを押さえる人間は五人にまで膨れ上がっていた。

    「原告からの要望なのです、刑事。
    未来ある若者のために、更生をする機会を与えたい、と」

    (#゚Д゚)「その糞野郎がどうして更生できるって信じられるんだよ!!
        何度も同じことを繰り返す屑で、あんたの育ててきた子供たちをあんな目に遭わせたんだぞ!!」

    「刑事、どうか静粛に願います。
    判決はもう下り、覆ることはありません」

    (;`・_ゝ・´)「裁判長、後学のためにもう少し詳しくお話を聞かせていただきたいのですが」

    助け舟を出したのは、意外にもライトだった。
    トラギコに向けた目は、優越感に浸るそれではなく、思いがけない事態に発展したことに対しての動揺の色が浮かんでいた。

    「刑事が指摘した通り、被告はブルーハーツ児童養護の出身でした。
    そして、職員一同と施設長の意向が一致し、懲役三年となったのです」

    視線が自然と市長に向けられる。
    すでに青ざめていた表情は消え、憐れみを感じさせる目でトラギコを見ていた。
    あの男が動いたのだ。
    トラギコにとって唯一の誤算は、原告の買収だった。

    恐らく、その買収方法は金額ではないはずだ。
    例えば、街にある施設全ての補助金を打ち切る、などの条件を出したに違いない。
    そうでなければ、人格者の買収は成功しない。
    現に施設長は裁判が始まる直前まで、犯人に対して重い罰を望んでいた。

    それを覆すためには、天秤の前提を破壊し得るだけの権力が必要になる。
    トラギコが力で形勢を逆転させたのと同じように、市長もまた、力によって状況を変えたのである。

    (#゚Д゚)「こんな茶番があるかよ、おい!!そいつのせいで何人死んだと思ってる!!」

    「静粛にしなさい、刑事!!」

    木槌が何度も振り下ろされるが、止まらない。

    (#゚Д゚)「どれだけの未来が奪われたと思ってんだよ、この糞野郎一人のために!!」

    「これ以上続けるのなら、退場していただきます!!」

    (#゚Д゚)「俺が退場しようが免職になろうがいいけどな、その糞野郎は生きている限り子供に手を出す!!
        奪った未来に見合った働きなんて出来るような人間じゃねぇんだよ!!
        施設長たちが買収されてるのは明らかなんだ、こいつを三年で野に放つなんて判決、誰が納得できるんだよ!!
        死んでいった子供たちはどうなる!?犯されて殺されかけた子供は!!一生の傷を抱えたまま生きることになるのに、どうしてそいつは!!」

    「退場です!!刑事、貴方はいくらなんでも暴言が過ぎます!!退場しなさい、今すぐに!!」

    (#゚Д゚)「……そうかよ、喜んでこんなところ出て行ってやるラギ」

    そう言って、トラギコは力を抜き、一歩下がった。
    彼を取り押させていた五人が諦めたのかと思い、手を緩める。
    その一瞬の隙を突いてトラギコは彼らを振りほどき、柵を飛び越え、ビンズに襲い掛かった。
    だが、振りかざした拳が彼の怯えきった顔を捉える前に、背中に撃ち込まれたテーザー銃によってトラギコはその場に倒れた。

    朦朧とする意識と霞んだ視界の中で分かったのは、トラギコを撃ったのはセントジョーンズだということだった。

    (;,,゚Д゚)「糞っ……!糞……がっ……!」

    木槌が降ろされ、裁判長の言葉が遠く聞こえる。

    「これにて閉廷!!」

    ビンズの狂ったような嘲笑が響き渡る。

    (::゚∀゚::)「あはははは!!残念だったなぁ、刑事さんよぉ!!
         俺、真人間になるからさぁ、応援してくれよなぁ!!」

    一度出された判決は覆らない。
    この男は再び名を変え、世間に戻ってくる。
    戻り、そしてまた子供を凌辱して殺すのだ。
    何人もの子供の命を侮辱した手で、いつか我が子を抱くのかもしれない。

    何食わぬ顔で愛をささやくのかもしれない。
    殺された子供たちにはそんな未来は得られないというのに、この男はその未来を手にし、再び未来を汚すのだ。
    憤りがトラギコの体を動かした。
    突き刺さった電極を掴み、無理やり取り去った。

    痛みはなく、全身の血の気が引くほどの怒りだけがトラギコの体にあった。
    ゆっくりと立ちあがり、笑い声をあげるビンズを睨みつける。

    (;,,゚Д゚)「手前らは……絶対に……許さねぇラギ……!!」

    「被告人を早く連行しなさい!!その刑事も早く!!」

    そして二度目の電流がトラギコの意識を奪い去り、裁判に幕を下ろした。

    ‥…━━ 十二月十六日 午後十時 某マンション ━━…‥

    その日の夜、サナエ・ストロガノフとジョセフ・アルジェント・リンクスは裁判所からすぐに彼女のマンションに帰宅し、家中の鍵とカーテンを閉め、耳栓をして翌朝を待つことを選んだ。
    電気は決してつけず、物音も極力立てないように務めた。
    全てが最悪の展開だった。
    トラギコによって彼女のささやかな抵抗の何もかもが無に帰し、これから先の人生が暗雲に満ち溢れた。

    たった一度の過ちが、全てを狂わせた。
    市長の甘言に乗り、体を預け、そして身籠った命。
    その命を育てることが出来ないと判断したサナエは、ためらうことなく施設に捨てることにした。
    せめてもの情けとして、クリント、という名前を残してやった。

    そして身の回りが固まり、将来が盤石なものになって来た時、問題が起きた。
    女児に手を出したことが分かったのだ。
    このままではいつか大事になる。
    そう判断した市長とサナエは、法改正によってリスクを回避することにした。

    捨てたとはいえ、自分達の子供を殺すことは出来なかったのだ。
    そして危惧した通り、彼は何度も事件を起こした。
    先日の養護施設襲撃を含めて、二十一回の犯行だった。
    その全てにサナエたちは対処することとなり、いつしか彼は、自分は何かに守られているのだと理解するようになってしまった。

    事件が起きれば警察よりも先に清掃業者を向かわせ、証拠を隠滅し、保護者は大金で買収した。
    この街の人間は金が無い。
    街がどうにか維持できているのも、人身売買と薬物売買の拠点と言う非合法的な商売が成り立っているからであり、一般家庭には無縁の話なのだ。
    金で動かない人間はまずいない。

    この街で子供の命は極めて安く、極めて容易に取引される材料となっている。
    実際、親が子供に売春を強要する例は連日報告されている。
    売春で出来た子供を売春によって育て、その子供も売春によって生きていく。
    皮肉な連鎖の続く街に生きる人間達は、金で簡単に動いてくれる。

    それが、サナエがこの街で学んだことの一つだった。
    やがて、トラギコの介入によって事件の真相が解き明かされる日が遅かれ早かれ来ると判断し、これまでの余罪が明らかになる前に彼を消すことにした。
    だが、その全ては失敗した。
    警察の装備を横流しした殺し屋たちもトラギコに返り討ちに合い、あまつさえ、現場に証拠を残して死ぬ無能ぶりを晒してくれた。

    ドクオはまるめ込んで証拠隠滅の手助けをしてくれたのだと思っていたが、この土壇場で裏切り、証拠を全て処分せず、遺伝子情報の分析までも依頼していた。
    幸いなことにその情報を偶然手に入れたサナエは、遺伝子情報もろとも屠ろうと決め、鑑識課の元を訪れた。
    部屋にはビロードとハシュマルがおり、二人は突然の来訪に驚いた様子だった。
    だが労いの言葉とコーヒーを持参したのが功を奏し、二人は怪訝な顔をしていたが、警戒はしなかった。

    無防備な状態の二人に愚痴を幾つかこぼし、その場を立ち去る振りをしてPSS自動拳銃を取り出し、まず初めにビロードを撃った。
    PSSは静音性を高めるために小口径であり、装弾数も少ない。
    銃弾はビロードの胸に着弾し、彼は何が起きたのか分からない表情のままその場に座り込んだ。
    異音に振り返りそうになったハシュマルは喉を撃ち抜き、更に、その背中にも銃弾を浴びせた。

    ハシュマルは自ら作り出した血溜まりの上に倒れ、動かなくなった。
    ビロードは胸に手を当て、付着した赤黒い血を見て呆然としている。
    その間に、彼の下には血が広がっている。

    (;><)『所長……な、なんで……』

    ビロードが手に持っていた検査結果を奪い、そして、ハシュマルが机の上に置いていた遺伝子のサンプルも回収した。
    そして、ビロードの胸に更に銃弾を撃ち込んだ。
    最後の一発を頭に撃ち込もうとしたが、すでに弾倉の中は空になっていた。
    警察は未だに犯人を特定できていない事から、彼がサナエの事を話すことなく死んだのだと分かった。

    目的を達し、今日の裁判で全てが終わるかに思われたが、トラギコがそれを崩した。
    彼女が二十年近くも秘密にしてきた全てが公になり、マスコミの人間がそれを街中にラジオで流したことで、今やサナエとジョセフは姿を表に出せなくなっていた。
    こうなると分かっていれば、わざわざ施設の人間を買収せずにおけばよかったと後悔ばかりが生まれてくる。
    あれがなければ、もう少し世間の風当たりが弱くなったかもしれない。

    全てはもう手遅れ。
    彼女達が思い描いたシナリオは全て白紙となり、待っているのは失脚だ。
    ジョセフは一気に老け込み、言葉を発するだけの力も残されていなさそうだった。
    すでに家の周りにはパパラッチやデモ隊の人間が押し寄せてきており、気が休まることはない。

    だがこのマンションは極めて堅牢に出来ており、彼女の部屋は最上階である十三階にあった。
    所長の椅子は勿論だが、明日には正式な処分がジュスティアから通達される。
    懲戒免職にでもなれば、彼女は何の保護も受けられない。
    今夜中にどこかに逃げ出さなければ、暴徒に殺されるかもしれない。

    市長の交代がいつどのように、誰の裁量で行われるのかについては彼女の関与すべきところではない。
    逃げる際に役に立つかと思ったが、ジョセフにはそんな余力はなさそうだった。
    風がサナエの髪を揺らした時、どこかで窓か扉が開かれたのだと察知した。
    耳栓をしているために音に気付かなかったことが原因だった。

    ▼ ,' 3 :「誰だ?!」

    耳栓を外し、サナエは大声で侵入者に声をかけた。
    だが返答はない。
    武器になりそうな物は何もなく、相手の目的によっては全て従うしかない。
    金銭目的であればいいのだが、命が狙いとなると、対抗できる手段がない。

    彼女の前に現れたのは複数の少年達だった。
    彼らの手にはナイフやバットが握られており、サインをねだりに来たわけではなさそうだった。
    むしろどのようにしてこの家に入って来たのか、それが疑問だった。

    ▼ ,' 3 :「な、何だね、君達は」

    「おばさん、お金ちょうだいよ」

    ガムを噛みながら少年の一人がそう告げる。
    暗闇の中で表情は見えないが、従った方がよさそうだった。

    ▼ ,' 3 :「そこの棚にある。 全部持って行け」

    「……で、聞きたいんだけどさ。
    あんた、警察の人間なんだろ?なら分かるよな、正義ってやつ」

    少年達が銀色に輝くダクトテープを取り出し、その目的を暗に示唆した。
    逃げようにも、ここは十三階。
    飛び降りれば間違いなく死が待っている。
    こんな形で死を迎えるのは受け入れがたい。

    こんな、あまりにも間抜けな死に方など受け入れられるはずがない。

    ▼ ,' 3 :「こ、殺すつもりなの!?」

    「ははっ、何言ってんのさ」

    ジョセフは抵抗する間もなくダクトテープで口を塞がれ、手足を縛られた。

    「害虫駆除だよ」

    手近にあった物を投げようとしたが、その前にバットがサナエの横面を襲った。
    殴打され、転倒したサナエに少年達は容赦なく襲い掛かり、ダクトテープで自由を奪った。
    翌朝、彼女の部屋の扉が開いていることに気付いた複数人のパパラッチによって、サナエの変わり果てた遺体が発見された。
    市長は全身に酷い暴行を受けていたが、命に別条はなかった。

    片目を失い、両足と右腕の健が切断され、歯が全て折られているだけで、一命はとりとめた。
    犯人である少年達はすぐに自首し、市長が作った法律に従って裁判を受け、自首による量刑の軽減恩赦を受け、懲役一年を言い渡された。
    少年達がジャーゲン警察所長を殺す姿は、偶然開かれたカーテンの向こうにある建物の屋上に偶然居合わせたジャーナリスト、アサピー・ホステイジによって撮影された。
    彼の写真は高額で取引され、世界中に広まった。

    彼がサナエの部屋鍵のスペアを持っていた事は、誰にも知られず、闇に葬られることになった。
    そして、彼がジャーゲンの児童養護施設の出身者であることに行き着いたのは“虎”と呼ばれた刑事だけだった。

    ――トラギコ・マウンテンライトはその日から半年の有給を申請した。
    これは、彼が仕事をしてきた中で最も長い休暇であった。

    第三章 了

    終章『鳥には夢を、虎には白い花束を』

    二月二十日、朝のジュスティアは大粒の雨に見舞われていた。
    氷のように冷たい雨が街に降り注ぎ、人々の足を重くし、黒い空が陰鬱な雰囲気を街にもたらしている。
    傘をさして歩く人々を見下ろしながら、ラブラドール・セントジョーンズは想いを別の場所に馳せていた。
    局長として彼が抱えている業務のほとんどはすでに手配を終え、彼が主導で行う事はあまり残されていない。

    机の上に置かれたカップには冷めきった紅茶が手つかずのままで、すでに一時間が経過していた。

    (’e’)「……ふむぅ」

    彼が考えているのは、半年の有給を申請したトラギコ・マウンテンライトの動向だった。
    トラギコは確かに感情的になりやすく、行動でそれを表す人間だ。
    十二月に起きたジャーゲンの事件をきっかけに、彼とは連絡が取れなくなっている。
    所属は今でもジャーゲン警察ということになっているが、彼が職場に戻ったという報告も、その後の動向についての報告もない。

    最後に見たのは裁判所で激昂した姿だった。
    あの後セントジョーンズは翌日に控えていたサナエ・ストロガノフの処分についての報告書をまとめる為、宿泊先のホテルに戻っていた。
    ホテルで報告書を書き進め、サナエの行いは警察官として、そして仮にもジュスティアの代表としてジャーゲンの治安を維持する人間のするそれではない、と締めくくった。
    そして翌朝、サナエは死体で発見され、その写真が新聞の一面を飾った。

    それだけでなく、かなり挑発的な一文が新聞に記載されていた為、一部の新聞はジュスティアで回収されることになった。
    流石に警察官の汚職と事件の隠ぺい工作、更には脅迫などが一度の裁判で公表されたことで、一気にジュスティア警察への信用が揺るぐことが危惧されたからである。
    焼け石に水と言うものであったが、ジュスティア市長と警察の高官たちは皆その新聞を街から全て一掃した。
    だが翌日には新たな展開があり、再びジュスティアは火消に注力することになる。

    ビンズの判決が懲役三年から事実上、無罪に減刑されたのである。
    懲役三年が言い渡されたビンズではあるが、彼が未成年であること、そして仮に彼が己の罪を償いたいという態度を示した場合、ほぼ無罪として処理できるのだ。
    事実、判決が下された翌日、ビンズは生きて子供たちへの償いをしたいと宣言し、尚且つ精神判定の結果を突きつけることでその権利を勝ち取った。
    こうしてビンズは“更生の余地あり”と見なされ、懲役三年は要観察、というものへと変わった。

    検察側はこれ以上この事件に触れる必要がなくなったため、その結果は受け入れられた。
    従来の法律通り、ビンズは書類や登録情報の変更などの諸手続きの関係で約二ヵ月の時間を経て、真新しい人間として世に出ることが決まった。
    この問題点を非難する人間も多く、記事にそれを書く者もいた。
    しかし、ジュスティア警察の意見はその真逆であり、法律にのっとって裁かれたのであれば、それは契約の中に納まっている話でしかない。

    法律的に何も問題が無ければジュスティア警察は介入することなく、それに目を瞑るしかないのだ。
    どれだけ悲惨な事件が起きたとしても、犯人の人間性が異常だとしても、判決を覆すよう提言したり、それに不満をぶつけたりすることはない。
    双方の関係は治安維持の面における契約関係であり、それ以上ではないのだ。
    企業としての考え方はそれが正しいが、確かに人道的ではない事が世論には受け入れられなかったが、一週間も経つとすぐに忘れられた。

    この一連の流れは全て、サナエが生前に仕組んでいたレールに沿って動いていた。
    精神科医の診断や買収、仮に有罪判決が下ったとしてもすぐに覆せるよう、関係者を動かすところまで全て彼女の手筈通りだった。
    トラギコの奮闘で多くの真実が明るみになっても、彼女が生前に敷いたレールは完璧にその役割を果たした。
    彼女が殺されるという点を除けば、ビンズへの対応は全て思い描いていた通りだったのだろう。

    判決が下った当日の夜、サナエの死体と共に瀕死の市長も発見されたが、彼は政務を行えるような状態ではなく、五日後に別の人間が代行することとなった。
    絶望的な状況下の街の再建を名乗り出たのは、内藤財団だった。
    彼等の業務内容は手広く、街の政策が上手くいかなくなったりした際に代行することもあり、事態の収束にも手馴れている。
    市長がその椅子から降りる前に彼らは街に現れ、契約を取り交わした後、間を開けることなく街の政策代行を引き受けることになった。

    代行者がすぐに行ったのは、法律の見直しと改善だった。
    未成年を保護する法律の大幅な改善を最初に宣言し、それと同時に街の治安回復に力を注いだ。
    これまで暗部としていた埠頭に警察の介入を許可し、人身売買組織や違法薬物の売買組織の摘発を行った。
    指揮を執ったのはドクオ・マーシィ率いる現職の警官と、ジュスティアから派遣されていた警官隊だった。

    失った信頼を取り戻すため、街は大きく変わり始めたのだ。
    その変化に流され、ビンズの起こした事件は〝街が変わるきっかけになった教訓〟のようなものに変わり、終わった物として認識が切り替わった。
    警察とジャーゲンとの契約は継続することとなったが、これまで以上の待遇の改善が約束され、警官達のモチベーションが向上して自らジャーゲンに行きたいと名乗り出る警官も出た。
    それらが導いた何よりも大きな変化は、子供たちに対する街の変化だった。

    街から出される補助金だけでなく、多くの寄付金と共に、就職先の斡旋などが充実することになった。
    それらを取り仕切る非営利団体が内藤財団を中心に組織され、その名前は街の変化に大きな貢献をした人間名にちなみ、“イトーイ・ビロード支援会”とされた。
    ヴェガの時とは違い、ジャーゲンは警察との関係を良好なままにし、治安の回復にも力を入れ始めている。
    だがそれでも、トラギコの姿は消えたままだった。

    何かが不満なのか、燃え尽きてしまったのか、それとも警官に対して嫌気がさしたのか。
    彼は確かに多くの事件を解決してきたが、まだ年齢的にも若い。
    多くの挫折と不条理を経験し、成長していく段階だ。
    少し話をして彼を落ち着かせるべきだったのだろうかと思うが、後悔してももう遅い。

    街の様子から目を上げ、セントジョーンズは空を見た。
    今頃、ジャーゲンは雪が降っている事だろう――

    ‥…━━ 二月二十日 午前 ジャーゲン 刑務所 ━━…‥

    ビンズ・アノール=クリント・アルジェント・リンクスは、独房の中で一人鼻歌を歌っていた。
    未成年を保護する法律が改定される前に刑務所に入った彼は、幸いなことに、法改正前の待遇を受けられる数少ない存在だった。
    食事は健康にいいものを、運動は好きな時に、そして外部との接触も割と自由なままだ。
    刑務所内でのリンチが必至とされていたが、裏で彼のために動いている人間の働きによって独房が割り当てられていた。

    幼少の頃から彼は何かに守られている事を知っていたが、あの裁判で、その正体が分かった。
    まさか、街の最高権力者たちに守られていたとは思いもしなかったが、彼にとってはどうでもいいことだった。
    大切なのは彼が自由気ままに子供たちを犯し、殺せたことだった。
    やはり、犯すなら子供が一番だった。

    無力で、健気で、そして脆い。
    それを自らの手で滅茶苦茶にすることが、何よりも気持ちがよかった。
    人形遊びの延長線上であることを言ったとしても、誰も理解を示さないだろう。
    一つ彼が気にしていることがあるとすれば、再び彼が子供たちを犯せば、重い罪に問われてしまうという事だ。

    これは非常に都合が悪く、大人たちの身勝手な判断によって彼の自由が侵害されるという事だった。
    人の気持ちが分からない大人は、いつだって彼の周囲に溢れていた。
    児童養護施設の大人たちもそうだが、警察もそうだった。
    理解を示してくれる人間と数人知り合う事が出来たが、彼等とはあまり親密な関係にあるわけではない。

    あの裁判の後、彼に面会を希望する人間が大勢いたが、不思議なことに誰も金を積もうとはしなかった。
    金でなくても、彼が要求した物――児童ポルノ雑誌――を持ってくる人間もいなかった。
    人に話を聞くならばそれなりの誠意というものを見せてもらわなければならない。
    その点、大人たちは人に誠意というものを要求しておきながら、自分達では一切誠意を見せない。

    金が無いと、出所後に女児を買う事が出来ない。
    買えないのであれば、どうにかして手に入れる他ない。
    全ての原因は大人たちにあると言ってもいい。
    大人たちが制限をしなければ、彼は自由に女児を犯して殺すことが出来るというのに。

    (::゚∀゚::)「はー、犯してぇなぁ」

    いくら無罪を獲得し、安全な刑務所で護られているとは言っても、好きな時に犯せないのは人権侵害も甚だしい。
    出所までに二ヵ月の時間を要しているのは、彼自身の身の安全を確保するため手続等が大半の理由で、我慢するしかなかった。
    心からの欲求を口にした彼の元に、跫音が近付いてきた。

    「ビンズ、お前に面会者が来てる」

    (::゚∀゚::)「えー? 金は?」

    「……お前の要求した額を持って来てる。
    さっさと出てこい」

    (::゚∀゚::)「へぇ、話の分かる人が来たってことか。
         どれ、いっちょ話しますかねぇ」

    しばらくは取材などを受けて金を稼ぎ、適当な子供を孕ませ、その子供を犯す資金を蓄えておくべきだ。
    何をするにも金は必要だ。
    これまで得ていた資金援助は打ち切られた為、これからは自分で稼がなければならない。
    自伝を執筆すると知れ渡れば、話聞きたさに金を積んで権利を手に入れようとする出版社が必ずある。

    何にしても、この場所ではやる気が起きない。

    (::゚∀゚::)「そっか、養子にすりゃいいのか」

    歩きながら、ビンズは名案を思い付いた。
    養護施設から子供を引き取れば、ただで犯せる。
    しばらくしたらまた新たな子供を引き取り、犯して殺せばいい。
    金を要求されても払えばいい。

    自分の所有物に何をしても問題はないだろうと、ビンズは己の考えの正しさを強く認識した。

    ‥…━━ 二月二十日 午前九時 ジャーゲン 某コーヒーショップ ━━…‥

    強い風と共に大量の雪が降り続く、極めて寒い日だった。
    これまでにない寒波に襲われたジャーゲンでは、大勢の人間が屋内へと逃げ、暖を求めた。
    屋外席を売りにしているカフェなどは軒並み閑古鳥が鳴いていたが、中には好んで窓際の席に座り、硝子の向こうで白く染まる街を眺める客もいた。
    あるコーヒーショップでは、開店から客が一人だけしか来ていなかったが、その唯一の客は窓際の冷え込む席に座り、コーヒーを飲んで静かに外を眺めていた。

    トラギコ・マウンテンライトは裁判が終わったあの日から有給を申請し、ジャーゲンで静かに時を過ごしていた。
    だがそれは、無意味な時間ではなかった。
    彼には時間が必要だった。
    考え続け、そして、実行するためのあらゆることに時間が必要だったのだ。

    イ´^っ^`カ「旦那、これサービスです」

    店主がコーヒーを保温ポットで運び、ビスケットの箱がいくつもテーブルに置かれた。

    イ´^っ^`カ「たぶん、今日はもうお客さん来ないと思うんでね」

    そう言って、店主はカウンターの奥へと行き、椅子に座ってペーパーバックの本を読み始めた。
    ラジオが小さな音量で流され、トラギコは店主の心遣いに感謝しながらも、一言告げることにした。

    (,,゚Д゚)「そろそろ一人来るが、構わなくていいラギよ」

    イ´^っ^`カ「あいよ。……奥に行ってますので、何かあれば遠慮なく。
          看板は後で戻しておいてもらえればいいんで」

    店主はカウンターからカップを一つ取り出して、それをトラギコの向かい側の席に置いた。

    (,,゚Д゚)「すまねぇな」

    トラギコの素性を知る者はこの街でも限られた人間だが、あの裁判の様子を聴いていた店主は彼の正体を知る人間になった。
    当然、裁判の結末も知る店主はトラギコがどのような人間かも知っていた。
    が、対応は前とあまり変わらず、仕事の話もしない。
    ただの客と、理解ある店主という理想的な環境は続いていた。

    少しして、店の扉が開き、冷気と共に男が一人現れた。
    ニット帽とマスク、そして分厚いコートで身を包むだけでなく、サングラスまでかけている。

    (,,゚Д゚)「看板を返しておけ」

    男は言われた通り、看板を裏返して閉店中の札を外に向けた。
    それからトラギコの前に座り、ポットのコーヒーをカップに注ぎ、マスクをずらして一口飲んだ。

    (-◆∀◆)「へぇ、美味いですねぇ」

    (,,゚Д゚)「それで、どうだ」

    アサピー・ホステイジは曇ったサングラスを取り、眼鏡をかけて店内を見渡した。

    (-@∀@)「あっしらだけで?」

    (,,゚Д゚)「そんなところラギ」

    (-@∀@)「……法整備が完了するのは、読み通り来月からでさぁ。
          流石に全部を改正するのは無理だったようで」

    (,,゚Д゚)「そっちの問題は解決ってことラギね。
       それで、他のは?」

    (-@∀@)「三人中二人の消息は追えたんですが、後の一人はもう引き取られた後でした。
          面目ありやせん」

    (,,゚Д゚)「いや、上出来ラギ。
        ……そうか、引き取られたのか」

    (-@∀@)「どこの誰、ってのまでは調べちゃいませんが、確かな情報でさぁ。
         それと、奴はやはり近いうちに娑婆に出る予定になってましたぜ。
         手続きを早めるために裏で金を動かしている人間がいるってのが分かりました」

    トラギコはコーヒーを一口飲み、頷いた。
    三年の判決が条件を満たせば無罪となる事を、トラギコは理解していた。
    となれば、出所するタイミングがいつになるのかが最重要になってくる。

    (,,゚Д゚)「あいつに色々と喋られちゃ困る人間がいるってことラギ。
        釈放を早めさせて口封じをするってことは分かってたことラギよ」

    独自の調査により、ビンズ・アノール=クリント・アルジェント・リンクスは市長と所長の隠し子であるという特権を生かし、多くの人身売買組織にコネクションを持っていることが分かった。
    街に蔓延っていたほとんどの人身売買組織はトラギコの力で潰せたが、それでも、全ての組織を潰したわけではない。
    子供が子供を産む限り、人身売買は決してなくならない。
    十二月に有給を取ってからトラギコが独自に動いたのは、警察が介入したがらない小さな芽を摘むことも目的の一つだった。

    代理市長による街の再生が行われる中、トラギコは人身売買に関わる人間を見つけ出し、程よく暴行した後で警察に突き出していた。
    ジャーゲン警察はトラギコの行動を上司に報告することはなく、善良な市民による協力、とだけ日誌に書くようにしていた。
    彼は有給を申請していたが、休むことではなく、ジュスティアに己の行動を知られないようにする必要があると判断しての申請だった。

    (-@∀@)「その辺りを追ったんですが、世界的な人身売買組織が絡んでいるみたいで」

    (,,゚Д゚)「構わねぇよ。奴らにやられる前にこっちがやるだけラギ」

    カップのコーヒーを一気に飲み干し、トラギコは新たなコーヒーを注ぐ。
    角砂糖を五つ入れ、話を続ける。

    (,,゚Д゚)「……それで、お前が俺に何を要求するのか、聞かせてもらうラギよ」

    (-@∀@)「へへっ、言ったでしょう? あっしはジャーナリスト。
         スクープが欲しいんでさぁ」

    (,,゚Д゚)「ジャーゲン出身者として、何をしたいラギ?」

    これまでにひたすらゴシップを貪欲に追い続けてきたアサピーの行動が妙であることに気付いたトラギコは、彼の素性について調べていた。
    その結果、彼がジャーゲンの孤児院の出であることを突き止めた。
    トラギコに自分の出自を言い当てられても、アサピーは動揺しなかった。

    (-@∀@)「街が変わるのは歓迎しやすよ、あっしは。
         でもねぇ、それじゃあジャーナリストは食っていけないんですよ。
         あっしの書いた記事、ジュスティアで回収されちまったようでしてね。
         しばらくあの新聞社とは仕事が出来ませんよ。

         だったらいっそ、ジュスティアの人が関わったでかい事件に絡めば、嫌でも名前が知れ渡るってもんで」

    ジャーナリストとして名を馳せるためには、大きな事件に関わることが近道だ。
    事件の規模が大きければ大きいほど、そして、それに関する情報をいち早く世界に発信する者こそが名声を握る。
    すでに彼はジュスティアで名を広めることは不可能となっており、それを脱却するためには、ジュスティアが決して無視できない程の事件に関わるしかない。
    そこで彼は目ざとくも、トラギコに関わることにしたのである。

    これからトラギコが予定していることは、間違いなく、大きなスクープになると勘付いたのだろう。
    故に、アサピーはトラギコが何をするにしても決して思いとどまらないよう、様々な情報を提供しているのだ。
    その瞬間が来るまでの関係であり、その瞬間が終われば別の方向を向いて歩き出す程度の関係である。
    ではあるが、忘れてはならないのは、彼が自らの手でスクープを作り出す程の執着心とネジの外れた頭を持っている点だ。

    サナエの家を少年達に襲わせ、その殺害シーンを写真に収めて世界に公表するという独占スクープを作り出した事を忘れてはならない。
    私利私欲のためだけに、とは言えない背景がありはするが、この男が行ったことは間違いなく犯罪である。
    しかし警察はその確たる証拠を得られておらず、尚且つ、少年達の自首によって事件は解決したことになっているのだ。
    トラギコがその気になれば逮捕できる男だが、今の彼は休暇中の身であり、その仕事はジャーゲン警察の物だ。

    彼にとって、ジャーゲンの病巣の一つを殺させ、その姿を世間に公表しただけでは足りないのだろう。
    彼が目指すジャーナリズムというものは、更なる他人の不幸を糧とする職業であり、真っ当な倫理観があれば仕事にならないのだ。

    (,,゚Д゚)「好きにしろ。だけど、分かってるとは思うが邪魔をするなよ」

    (-@∀@)「分かってまさぁ。で、いつ何を実行するんですかい?」

    (,,゚Д゚)「近日中に色々と、ラギ」

    これ以上の情報をアサピーに提供するつもりはなかった。
    必要な情報は基本的に自分一人で収拾が完了しており、彼はあくまでもそれを確信させるための存在でしかない。
    決定的に価値観の合わない人間と仕事をするつもりはない。

    (-@∀@)「旦那ぁ、そいつぁずるくないですかい」

    (,,゚Д゚)「これは俺のやる事ラギ。お前にゃ関係ねぇ」

    (-@∀@)「それを言っちゃぁお終いですよ」

    (,,゚Д゚)「いいんだよお終いで」

    再びコーヒーを飲み、トラギコは溜息を吐く。
    外の雪景色を眺め、それから、アサピーを見てもう一度言った。

    (,,゚Д゚)「これは、俺のやる事ラギ」

    (-@∀@)「……まぁ、あっしは好きにさせてもらいますがね」

    (,,゚Д゚)「それでいい。ともあれ、情報ご苦労だったな」

    (-@∀@)「へへっ、じゃあまたいつの日か」

    (,,゚Д゚)「あぁ、達者でな」

    アサピーは席を立ち、店を出た。
    そして、その場に現れた私服警官に取り押さえられ、覆面パトカーに乗せて連れ去られた。
    間を置かず、新たな客が雪と共に店に入ってきた。
    その客は入り口で立ったまま、それ以上中には入らなかった。

    ('A`)「……約束通り、あのジャーナリストは捕まえておいたぞ」

    トラギコが捕まえる事は出来ないが、仕事中の警官であれば逮捕は出来る。
    一時的だとしても、あの男をトラギコの目的から引き離せればいいのだ。

    (,,゚Д゚)「悪いな、ドクオ」

    ('A`)「少しお灸をすえてやらなきゃならなくなったからな、丁度よかった。
       それと、ビンズは今日の深夜保釈される。
       人権擁護団体を名乗る連中が金を積んで、監視付きの保釈が決定した。
       法整備が届いていない範囲でのやり口だから、誰も止められん」

    (,,゚Д゚)「そいつらの正体は?」

    ('A`)「恐らくだが、人身売買組織だ。
       あいつは顧客だったから、話されちゃ困ることが山のようにある。
       口封じをするか、それとも、仲間に引き入れるか。
       そこまでは分からねぇ」

    (,,゚Д゚)「アサピーから聞いた情報と同じラギ。
        ってことは、間違いなさそうラギね」

    仲間に引き入れたところで、あの男に人身売買が出来るとは思えない。
    売り物に手を出し、組織から処分されるのが目に見えている。
    だがその人間性の欠如を活かせる部署に配属されれば、生存の道はある。
    拷問、もしくはその手の作品を作る上で欠かせない俳優として選ばれれば、その才能を如何なく発揮することだろう。

    ('A`)「勿論、口封じはさせないさ。
       さっきも言ったが、監視付きだ。
       お前が思っている以上に、ジュスティアはこの事件を重要視してる。
       強がっちゃいるが、傷がまだ完全に塞がり切ってないってことだろうな。

       現に、ジュスティアからすでに応援の警官が派遣されてる」

    (,,゚Д゚)「それは都合が悪いラギな」

    ('A`)「シフト表と配置表をいじる機会があってな。
       監視関係の人間を全員俺達にした。
       今夜、ジャーゲン警察で担当する奴らは、全員お前の味方だ」

    (,,゚Д゚)「ばれたらやべぇだろ、全員」

    ('A`)「責任は全部俺が取るさ。
       お前、有給を出すタイミングで俺の罪を告発しなかっただろ?
       流石にこれ以上お前に借りを作るわけにはいかねぇよ。
       この一件が片付いたら、俺は自首する」

    ドクオはこれまで、サナエ・ストロガノフが関わってきた証拠隠滅に手を貸してきた背景がある。
    その理由が何であれ、法律上は違法行為であり、罰せられる必要がある。
    だが彼は犯罪行為をもみ消す手助けをすると思わせ、その証拠を集めていた。
    彼が集めた証拠があったからこそ、トラギコは裁判の場でサナエの罪を周知させることが出来た。

    ドクオの罪については一切触れなかったのは、彼の行いの全てが間違っていたわけではないからだ。
    それぞれの思惑がどうあれ、ドクオがあの時鑑識課のハシュマルに依頼をしていなければ、トラギコの証拠が消されていたかもしれない。

    (,,゚Д゚)「奥さんと子供は?」

    ('A`)「向こうのおふくろさんと一緒にいる。
       なぁに、単身赴任だってことにしておくさ」

    本人がそれを望むのであれば、トラギコはこれ以上何かを言う事はない。
    彼は彼の道を歩くと決めたのだ。
    それを止める権利は、トラギコにはなかった。

    (,,゚Д゚)「そうか、俺が逮捕してやれなくてすまねぇラギ」

    ('A`)「いいさ、自分の事だ、自分でケリをつけなきゃな」

    (,,゚Д゚)「建物に変更はなしラギか?」

    ('A`)「あぁ、予定通りそこに奴を送る。
       そこは任せてくれ。
       詳しいことは聞かないでおくが、まぁ、上手くやれよ」

    (,,゚Д゚)「助かるラギ。
        じゃあ、風邪ひくなよ」

    ('A`)「お互い、元気でいたいものだな」

    そしてドクオは看板を元に戻し、店を出て行った。
    彼が出て行ったあとに残されたのは、冷たい空気と少量の雪だけだった。
    トラギコはコーヒーを飲み、ラジオの音に耳を傾けた。

    『今朝からジャーゲンは、記録的な雪に見舞われており――』

    世界が白く染まっていく。
    彼の心の中にある何かもまた、白く燃え尽きて行く事だろう。
    トラギコの心の中には、あの日から決して衰えることのない炎がくすぶっていた。

    『――不要な外出は極力お控えください。では、天気情報に続いて音楽のお時間です』

    ‥…━━ 二月二十日 午後一時 ジャーゲン 市街 ━━…‥

    雪が高く積もり、交通の麻痺が本格化していた。
    それだけでなく、街にある多くの店が雪の影響を考え、早々にシャッターを降ろし始めていた。
    豪雪の中、トラギコは白い息を吐きながら、ゆっくりと歩いて街の姿を眺めていた。
    景色のほぼ全てが白で塗りつぶされ、歩く人間の姿もまるで見えない。

    理想的な天候だった。
    少なくとも、トラギコがこれからする事にとってこの上なく理想的だった。
    予め定めていた店に入り、すぐに酒を注文した。

    (,,゚Д゚)「スコッチ、ダブルで。後は適当なつまみを」

    ( ´∀`)「かしこまりましたモナ」

    そして、トラギコは酒を飲んだ。
    体の中にある水分全てが酒になるほど、スコッチを喉の奥に流し込む。
    味はよく分からない。
    そもそも、味があるのかも分からなかった。

    一時間かけて一杯飲み終わると、すぐに次を注がせた。
    とにかく、酒を飲み続けた。
    自棄になっている訳ではなく、酒を飲まなければならないのだ。
    これからトラギコがすることに酒は絶対的に必要なのだ。

    店主が何かを話しかけてきても、トラギコは無視を決め込んだ。
    無駄に言葉を交わすことで、トラギコが正気であることを知られたくなかった。
    そして、彼の声を悪戯に発することで正体が露呈するのを避けたかった。
    トラギコは誰にも知られない存在であり、そしてい、誰もが酒を大量に飲んでいたと証言できるように振る舞った。

    酒を飲み続け、やがて、店主はボトルとチェイサー、そしてつまみを置いて話しかけるのもやめた。
    それでよかった。
    話をするためにここにいるのではない。
    酔うために酒を飲んでいるのでもない。

    ――トラギコは、酒を飲んでいる姿を見せるためにこの場にいるのだから。

    警察官として、トラギコは十年以上働き続けてきた。
    多くの犯罪者を見て、多くの被害者を見てきた。
    多くの事件に関わり、多くの被害者と話した。
    犯人を逮捕し、法律による裁きを受けさせたが、どうしてもトラギコが許せない事があった。

    子供が巻き込まれ、命を奪われる事件だけは、どうしても我慢できなかったのだ。
    トラギコにとって、子供とは未来そのものだった。
    彼にはできない可能性の塊である子供が犯罪に手を染めれば胸を痛め、二度と繰り返させないために強烈な痛みを与えた。
    子供たちは何かに縛られたり利用されたりすることなく、鳥のように自由を求めて無垢に懸命に生きてほしかった。

    今回、ビンズが犯した罪と与えられる罰はまるで釣り合っていない。
    あの男が生きていてこの世の中に利益は何一つとしてない。
    今すぐにでも、そう、今晩にでも生きていることを後悔させなければ死んでいった子供たちが浮かばれない。
    世の中には復讐や殺しで何も解決しないという人間もいるだろう。

    事実、警察でも復讐については憎しみの連鎖を生むだけであるという考えが大半だ。
    トラギコの意見は違う。
    少なくとも、死んだ方がこの世の中のためになる人間は存在するし、憎しみの連鎖を生むことなく死ぬべき人間もいるのだ。
    真面目に生きていた子供たちを犯し、殺し、それでも生き続けるべき人間などいないのだ。

    今夜、トラギコはビンズを殺そうと決めていた。
    殺した後に司法で裁かれ、私刑であると糾弾されたとしても、二度と同じ被害者が生まれないためにも、そして、未来を奪った男の未来を終わらせるためにも、誰かがやらなければならないのだ。
    その為の下地は全て整っている。
    整えるために時間を用意したのだ。

    アサピーには法整備が進んでいない点、即ち、犯行時の責任能力を加味して判決を下す個所が着手されていないことを確認した。
    酒や薬の影響があれば例え殺人を犯したとしても、自首と合わせることで刑罰は格段に軽くなる。
    それを証明したのは他ならぬビンズそのものだった。
    この街の法律で生かされた男は、この街の法律の抜け道で殺されるのがお似合いだ。

    ビンズがどのマンションに連れて行かれ、そこのセキュリティを突破する方法もドクオを通じて調べ済みだ。
    ドクオの協力によって、それを邪魔する人間はいない。
    判決が下されてから一切変わる事のない殺意が、トラギコの胸の中で燃え続け、どす黒い感情が心を支配している。
    どのように殺すかは、最初から決めていた。

    イトーイの司法解剖の結果、彼の拳に何かを殴った痕が残されていたのが分かった。
    それを聞いて、ビンズは必ず殴り殺そうと心に決めた。
    砕かれたイトーイの拳の代わりに、トラギコが拳を振るおうと決めた。
    誰かに頼まれたからでも、誰かに理解してほしいからでもなく、奪われた者達の無念をトラギコが晴らしたいだけのために。

    断じてこれは正義ではない。
    そんなものは、この世の中のどこにもない。
    司法は正義なのではなく、ただの秤でしかない。
    トラギコはそれをはっきりと認識し、受け入れることにした。

    正義など。
    正義など、糞にまみれた綺麗ごとでしかないのだ。
    世界の正義を名乗るジュスティア警察も、ビンズをそのままにし、法律を理由に相応の罰を受けさせようとしない。
    それが正義なのであれば、正義などいらない。

    一瞬でもそんなものを信じていた自分が恥ずかしいと同時に、己の無力さが憎らしかった。
    犯人を逮捕し、その後に相応の罰が下るかどうかが街の裁量次第なのであれば、それは警官やトラギコでなくても出来る話だ。
    民間人が捕まえて、勝手に裁かれればいい。
    警察官である必要はどこにもないのだ。

    彼はただ、真面目に生きている人間が馬鹿を見る世界が許せないだけであり、それを黙っていられないだけなのだ。
    力が全てを変える時代だとしても、他者の人生を踏み躙って生きる人間が世界に必要なはずがない。
    彼等が力で人の人生を踏み躙るのであれば、トラギコもまた、力をもって彼らを踏み躙ろう。
    故に、これは純粋な復讐であり、報復であり、一点の曇りもない殺人衝動なのだ。

    大義も何もなく、獣の感情の赴くまま、トラギコは人を殺すことを決めたのだ。

    (,,゚Д゚)「……」

    腕時計を見て、時間を確認する。
    酒を飲み続けても彼の思考ははっきりとしていた。

    ‥…━━ 二月二十一日 午前一時 ジャーゲン 市街 ━━…‥

    ビンズが護送されたマンションは、今は精神病院で廃人と化している市長の住んでいたものだった。
    雪が落ち着き、黒と白の静かな夜。
    トラギコは予定通りに正面入り口から堂々と侵入し、目的の部屋へと進んだ。
    周囲が寝静まった夜、マンションに響くのはトラギコのブーツが固い床を踏みしめる音だけだった。

    迷わず到着し、トラギコはスペアキーを用いて部屋の扉を開いた。
    土足のまま部屋の奥へと進み、リビングルームで酒を飲んでくつろぎ、ポルノ雑誌を読んでいるビンズを見た瞬間、トラギコの全身を冷たく燃える感覚が広がった。
    あまりにも突然の来訪者に、暖炉の前のソファに座るビンズは面食らった様子で固まっていた。

    (::゚∀゚::)「へっ?」

    (,,゚Д゚)「……」

    最初にトラギコが放ったのは、一切の手加減の無い後ろ回し蹴りだった。
    ブーツの固い踵が正確にビンズの頬を捉え、ソファの上から彼を吹き飛ばした。
    悲鳴すら上げられないまま、ビンズは食器棚に激突し、砕けたガラスと食器の破片を頭から被った。

    (::゚∀゚::)「な、なん」

    血塗れになった顔を踏みつけ、言葉を最後まで語らせなかった。
    この男が話すことはない。
    ただ、死ぬのだ。
    ただただ理不尽に、トラギコに殺されるのだ。

    ビンズの胸ぐらを掴み、強引に立たせる。
    ふらつくビンズをそのまま反対方向に投げ飛ばし、木製のローテーブルの上に落下させた。
    机にあった酒瓶とグラスが衝撃で落ち、砕け散る。
    ゆっくりと歩き、トラギコはビンズに近づく。

    恐怖の中で死なせ、絶望の中で殺す。
    この男にはあらん限りの苦痛こそが手向けられるべきだ。
    それこそが、ビンズに与えられるべき本来の罰なのだ。

    (::~∀゚::)「く、来るんじゃねぇ!!」

    床に落ちていた酒瓶が投げられる。
    トラギコはそれを避けもしなかった。
    酒瓶はトラギコの胸に当たり、虚しく床に転がった。

    (::~∀゚::)「あんた、け、刑事だろ……!!
        俺にこんなことして、ただで済むと思うなよ!!」

    トラギコは無言のまま、足元の瓶を蹴った。
    それは凄まじい勢いでビンズの頭に直進し、彼は思わず両手で顔を覆った。
    そうして出来た隙を見て、トラギコは一気に距離を詰めてビンズの股間を蹴り砕いた。
    ブーツの爪先が確かに肉を砕く感覚があった。

    (::~д゚::)「―――っ!?!?」

    その時にビンズの喉を震わせて飛び出してきた声は、屠殺場から聞こえてくる豚の悲鳴によく似ていた。
    両手で股間を押さえ、ビンズがその場に崩れ落ちかけたところに、両手の上から再び股間に蹴りを入れる。
    砕かれた股間を更に蹴られたビンズは泡を吹いて身を震わせた。

    (,,゚Д゚)「どうだ、気持ちいいだろ?」

    この男に気絶などという甘えは許さない。
    顔を潰す勢いで踏み、鼻の骨と前歯を砕いた。

    (::~д゚::)「っ……なん……なんで」

    (,,゚Д゚)「思い当たる節がないんなら、考えながら死ね」

    再び胸倉を掴んで持ち上げ、壁に向けて投げつける。
    派手な音を立ててビンズは床に落ち、壁に飾られていた絵画が衝撃で落下した。
    更に、棚に置かれていた高級そうな酒瓶も落下する。
    ビンズは砕けた酒瓶を掴み、立ち上がりざまに素早く突き出した。

    (::~д゚::)「死ねぇぇっ!!」

    (,,゚Д゚)「あっ?」

    抵抗の意識が失われたと思っていたビンズの行動を見て、トラギコに出来たのは僅かに顔を傾ける事だった。
    それが幸か不幸か、トラギコの命を救い、彼に傷を負わせた。
    傷を負うのとほぼ同時にビンズの手首を右手で掴む。
    諦めたように笑い、ビンズは手にしていた酒瓶を手放した。

    酒瓶はトラギコの右頬を深々と抉り、多量の血をフローリングの床に滴らせる。
    しかし、頬を切られたというのに、トラギコはまるで意に介する様子を見せなかった。
    トラギコの眼はまっすぐにビンズを睨みつけている。
    殺意と敵意、そして憎悪と悪意が混然一体となった眼は煉獄の炎を彷彿とさせた。

    (=゚д゚)「……」

    (::~д゚::)「へっ、へへっ」

    体内で分泌されたアドレナリンが痛みを彼方に押しやり、意識を殺戮の一点に集中させているのだと、他人事のように理解をする。
    掴んだ手首に込めた力を更に強くし、にやけながら離れようとするビンズをその場に留めさせる。
    にやついた顔が、徐々に強張っていく。

    (::~д゚::)「へへっ……へ」

    ゆっくりと左手を広げ、人差し指から順に折り込み、最後に親指で封をする。
    作り上げたのは拳。
    傷の上に傷を重ね、長い月日を経て育て上げられた鉄拳。
    これからビンズ・アノールを殺すための凶器。

    次の瞬間、トラギコの拳はビンズの折れた鼻を更に細かく砕いた。
    それを三度繰り返し、四度目のパンチの際に右手を離した。

    (::~д゚::)「へぶっ!!」

    後頭部を床に叩き付けられ、ビンズの頭から鈍い音が鳴る。
    首を掴んで無理やりに立たせ、自立の出来ないビンズの腹に左の拳が深々と打ち込まれる。
    その拳はビンズの内臓を損傷させ、彼の口から血が吐き出された。
    続けて右の拳が肋骨を砕く。

    常に片方の手がビンズを支え、倒れ込むことを許さない。
    内臓を徹底的に痛めつけ、合間に膝蹴りを股間に放った。
    体を隅々まで破壊するというよりも、壊した部分を更に壊す。
    何一つ、この男には残さない。

    与えられるだけの苦痛を与え、生きていることを後悔させ、殺す。

    (::~д゚::)「ゆ、ゆ」

    声が聞こえる。
    何を言っているのかは分からない。
    だからトラギコは、彼の顔を殴って奥歯を砕いた。

    (::~д#::)「ゆるっ!!」

    それでもまだ何かを話そうとした為、突き上げる形で放った掌底で顎を砕いた。
    数本、歯が折れた手応えがあった。

    (::~д#::)「るん……っ」

    まだ声が出てくるが、言葉ではなく声であればいい。
    しかし、目が気に入らなかった。
    トラギコに向けられる目には、慈悲をこう何かがあった。
    そんなものはない。

    人差し指と中指を僅かに飛び出させた拳を作り、眼球の破壊を開始した。

    (::~д#::)「あがががががががが!?!?」

    勿論、一撃で砕くなどと言う慈悲は見せない。
    目の前で光を一つ失う貴重な体験をさせてやらなければならない。
    人生でも最大で二回しか味わえない感覚だ。
    狙うは左目。

    瞼の上に拳を乗せ、徐々に圧を加えていく。
    必至に両手で抵抗をしてくるが、トラギコの腕はびくともしない。
    子供相手に猛威を振るっていた男など、この程度だ。
    枯れ木のような細腕でトラギコに対抗できるはずがない。

    (::~д#::)「やべ、やべでっ!!」

    少しずつビンズの眼球が変形し、そして、爆ぜた。

    (::~д#::)「あっ、いあっめ……!!
         めえぇぇぇ!!」

    耳障りな声だったが、悪い気分はしなかった。
    特別良い気分になるわけでもなく、この男にも人並みの感覚と言うのが備わっていることに驚いた。
    首を強く掴んだまま、彼を部屋の中央のカーペットに連れて行く。
    そして床に顔から叩き付け、潰した股間を掴み、力任せに引っ張った。

    (::~д#::)「あ゛あ゛ああっ、いや……!!
         いやめでぐってあ゛あ゛がガガガがあ!!
         いだいのいや、いやああああああぁぁぁぁぁ!!」

    肉が千切れる音が手の中からした。
    必死に抵抗するビンズの背中を踏みつけ、黙らせながらトラギコは更に力を入れて陰部の破壊を行った。
    両手が気絶したビンズの血で赤く染まり、それを彼の服で拭った。

    (=゚д゚)「……汚ねぇ」

    ようやく掴める長さに伸びていたビンズの短髪を掴み、力任せに引っ張る。
    痛みで再び目覚めさせられたビンズの絶叫が響くが、叫び過ぎて喉が枯れているようだった。
    頭皮ごと髪を剥ぎ取り、それを暖炉に放り投げた。

    (::~д#::)「ひゅ……ひゅー」

    (=゚д゚)「……」

    まだ壊し足りない。
    まだ殴り足りない。
    まだ。
    まだ!

    ビンズを仰向けに蹴り転がし、馬乗りになる。
    両手で拳を作り、当初の予定通りの行動を始めた。
    即ち、拳による徹底的な破壊と暴力である。

    (::~д#::)「シプッ!!」

    肉を叩く音と骨が折れる音。
    血が飛び散り、床に落ちる音。
    殴った衝撃で潰れた眼球が飛び出し、床に落ちる。
    死なないように加減をしながらも、殴打の嵐は続いた。

    命乞いの声はいらない。
    謝罪の言葉はいらない。
    改心と服従を誓う言葉もいらない。
    欲しいのは、この男の惨たらしい死だけだ。

    この男に語るべき言葉はない。
    手向けの言葉などいらない。
    いるのは苦痛。
    死を望むほどの苦痛を味あわせ、苦痛の中で死を迎えさせる。

    ――そのはずだった。

    背中に突き刺さった電極が、トラギコの計画を全て破産させた。
    体に流された電流がトラギコの四肢から力を奪い、ビンズの上から転げ落ちた。

    (;=゚д゚)「どがっ!?」

    ('A`)「ふぅ、間に合ったな。
       背中ががら空きだ、誰かに不意を突かれないように気を付けろよ」

    その声は、ドクオ・マーシィの物だった。
    どうして外にいるはずの彼がここに来ているのか。
    ビンズを殺すのを、どうして今になって邪魔してくるのか。
    トラギコの頭の中に浮かぶ疑問を察したのか、ドクオがニコリともせずに答えた。

    ('A`)「なぁ、忘れてないか?
       俺は悪徳警官なんだぜ。
       今さらお前を撃つのを躊躇うかよ」

    (;=゚д゚)「て……めぇ……!!」

    ('A`)「おいおい、そんなこと言うなよ。
       寂しさで切なくなっちまうだろ」

    トラギコの服を掴み、ドクオは部屋の隅まで引き摺って行く。
    ジュスティアで採用されているテーザー銃よりも強力に改造した物を使っているのか、電流が一定間隔で流され続けている。
    撃ち込まれてから最低でも五分はこの状態が続くだろう。
    文句を言う事もまともにできない事よりも、ドクオの行動を理解できない事が頭を支配していた。

    ('A`)「しっかしまた、随分とボコボコにしたな。
       あと少しで死ぬところだったぞ」

    床に着いた顔が持ち上げられない。
    あと一歩のところまで追いつめていたのに、ドクオの手によってそれが中断された。
    再び誰かに買収されたのか、それとも別の思惑があるのか。
    拳を握り固めることも出来ないまま、トラギコはドクオが何をするのか見届けるしかなかった。

    ('A`)「なぁ、トラギコ。
       俺はお前に一つ嘘を言ってた。
       俺な、離婚したんだよ。
       だから今は、独身男ってわけだ」

    それがどうした、とトラギコは目で問う。
    独身だから人の覚悟をあざ笑っていい理由にはならない。
    トラギコの行いを邪魔する理由にはならない。

    ('A`)「犯罪者の嫁と子供なんて、あまりにも可哀想だからな。
       ジュスティアに行かせて、それから離婚したんだ。
       どうして俺が離婚しなきゃならないのか、お前なら分かるだろ」

    ドクオが拳を握り固める。
    その目は紛れもなく――

    ('A`)「糞ったれな俺のせいだよ」

    ――正気のままの、ドクオのそれだった。

    ('A`)「言っただろ。
       ケリをつけるってな。
       悪いな、トラギコ。
       お前をここで止まらせるわけにはいかねぇんだ」

    そしてドクオの眼が、瀕死のビンズに向けられる。

    ('A`)「お前は進め。
       ビロードの分も。
       ハシュマルの分も。
       イトーイの分も、前に進んで来い」

    ビンズに跨り、ドクオはその拳を振り下ろした。
    トラギコとは違い、痛みを与え続けるための殴打ではなく、殺すための殴打だった。

    ('A`)「俺はここまでだ。
       この糞をここまで野放しにする片棒を担いだ後始末は俺がする。
       何もかも、俺が背負ってやる。
       こいつは俺が殺す。俺が殺して、俺が責任を取る」

    何と自分勝手な意見だろうか。
    何と自分本位な言葉だろうか。
    それを誰かに担わせるのが嫌だから、自分がこうして殺しに来たのに。
    これは義務でも正義感でもなく、トラギコが気に入らないからというだけの物なのだ。

    ('A`)「このマンションに入る姿を見られたのは俺だけだ。
       つまり、この男を殺したとしたら、状況的に犯人は一人に絞られる。
       自首をしても誰も何も疑わないさ」

    有給を出したのは、警官としてこの件を終わらせない為。
    その為に、今日まで準備をしてきたのだ。
    それを、ドクオの身勝手な自己満足のために台無しにされては意味がない。

    ('A`)「……お前が酒を飲んで責任能力の抜け道を使おうとしてるのは分かってた」

    僅かに聞こえていたビンズの呻き声が完全に聞こえなくなった。
    ドクオは依然として殴り続けているが、ビンズの反応は手足が微かに動くぐらいだ。

    ('A`)「だけどな」

    ドクオはゆっくりと立ちあがり、呼吸の止まったビンズの顔を何度も踏みつけた。
    骨が砕け、肉が潰れ、血が飛び散る。
    最後に一際強く踏みつけ、ビンズの首が音を立てて折れた。

    ('A`)「それじゃあ、お前が救われねぇ。
       この街を変えたお前が救われないなんてのは、俺が許さない。
       こんな屑とお前とじゃあ、天秤が合わねぇ」

    (;=゚д゚)「この……馬鹿っ……」

    ('A`)「ああ、馬鹿さ。大馬鹿者さ。
       この歳にもなってまだ、俺は信じたいのさ。
       正義の味方ってやつを」

    正義。
    そんなもの、この世界のどこにもない。
    取り繕われただけのそんなものは、ただの綺麗事でしかない。

    ('A`)「俺が信じるのは、お前の正義だ。
       他の誰かが決めた正義じゃなくて、獣じみたお前の正義を俺は信じたいのさ。
       お前がそんなものを知った事かと言おうが、それでもかまわない。
       ここでお前が警官をクビになれば、救えるはずもの物が救えなくなる。

       いいか、お前にしか救えない人間がこの世界には沢山いるんだ」

    ドクオの信用は最早信仰に近いものがあった。
    どうしてここまで盲目的にまで信仰できるのか、まるで分からない。
    以前から確かにドクオがトラギコに対してそういった感情を持っているのは分かっていた。
    誰かに尊敬されるような人間でないというのに、どうしてこういう輩は後を絶たないのだろうか。

    ('A`)「ビロードがな、調べてたんだよ。
       難事件専門の派遣型警官について。
       お前と一緒に出来ないかどうかの問い合わせをして、解答待ちだった一件だ。
       解答内容については局長に訊くんだな。

       常駐型はその街の法律に従うが、派遣型は特別な権限を持ってる。
       こういう屑を殺しても責任を問われないって権限もあるんだ。
       悪くない話だろ」

    死体となったビンズの顔を、ドクオは強く踏みながらそう言った。
    口だった穴からドロドロとした赤黒い液体に混ざり、白い歯の欠片が流れ出てきた。

    (;=゚д゚)「……」

    ('A`)「分かるか? お前はお前の正義を、誰にかに邪魔されずに貫けるんだよ。
       その為にはここでお前が処分を受ける訳にはいかないんだ」

    (;=゚д゚)「どうして……」

    ('A`)「さっきも言っただろ? お前にしか救えない人間がいるんだ。
       お前と仕事をした人間はそれをよく分かってる。
       ジョルジュ・マグナーニだって、そういう役割を担っているからクビにならないんだ」

    それは、“汚れ人”の渾名を持ち、ジュスティア警察の異端児として知られる警官の名前だ。
    そう何度も仕事を共にしたことはないが、彼の在り方は、今のトラギコに酷似していた。

    (;=゚д゚)「ふざけんなよ、手前」

    ようやくテーザーの電流から解放されたトラギコは、ドクオの気遣いの全てを拒否した。
    彼が何を言おうと、彼がトラギコを何と重ねて見ているのかなど関係ない。
    このままではトラギコはただの道化と化す。
    これはトラギコが始めたことだ。

    トラギコが始めて、トラギコが終わらせるべき案件なのだ。
    これは彼の事件であり、彼が幕を引かなければならない。
    硬直が解けた筋肉を動かし、どうにか立ち上がる。

    (;=゚д゚)「俺は正義の味方なんかになるつもりはねぇラギ。
        勝手にお前の正義を押し付けるんじゃねぇよ」

    それを聞いたドクオは悲しそうな顔を浮かべ、微笑んだ。

    ('A`)「……お前ともっと話をしたいが、そろそろ時間だ」

    部屋の扉が開き、冷たい風と共に警官が入ってきた。
    まだ若い顔立ちをしており、派遣されて間もない新人であることが分かる。

    「通報を受けてきたのですが、これは一体……」

    ('A`)「ビンズ・アノールを俺が殺した。
       こっちのトラギコが邪魔をしようとして来たからテーザーで黙らせた。
       こんな風にな」

    そして二度目のテーザーによる電撃で、トラギコは意識を失った。

    ‥…━━ 二月二十五日 午前十一時 ジュスティア ━━…‥

    ジャーゲンで起きたビンズ・アノール=クリント・アルジェント・リンクスを巡る事件の結末は、警察内で大きな波紋を生んだ。
    彼を殺害したのはドクオだが、それに至るまでに暴行を加えたのはトラギコという構図が問題だった。
    上層部は二人の警官が一人の男を死に至らしめた事は間違っても世間に公表できるものではないと判断し、警察は全ての責任をトラギコに押し付ける形にした。
    世間に向けて公表されたのは、ビンズを殺害したのはトラギコであり、ビンズが再び女児に危害を加える可能性が高かったためということにした。

    クリント・アルジェント・リンクスの名を取り、ジャーゲンで起きた彼に関する一連の事件はCAL21号事件と名付けられることになった。
    マスコミも含め、世論はトラギコの行動を非難しなかった。
    所謂ダークヒーローとして彼の行動に賛同し、処分をしないよう求める声が多数挙がった。
    目論見通りの展開となり、ジュスティアはトラギコをクビにしないで引き続き警官として働かせることを公表した。

    こうしてトラギコの悪名はより一層広まり、犯罪者たちは彼の名前に畏敬の念を抱くようになった。
    だがそれは対外的な物であり、実際には事件に関わった人間を処罰しなければならないのが組織というものだ。
    更に言うならば、警察内でのトラギコに対する評価は世論とは真逆だった。
    内々で事件の責任を取ることになったのは、直接的にビンズを殺害したドクオだった。

    経緯と理由はどうあれ、ドクオが最終的に殺害したということで無期懲役の判決――本人の希望――を受け、ジュスティアにある刑務所に収監された。
    そしてCAL21号事件を巡るトラギコの処遇について弁護をしたのは、意外にもフェニックス・ライトだった。
    彼はラブラドール・セントジョーンズの依頼を受けて法廷に立ち、警察を相手に弁舌をふるい、その結果が今日言い渡されることになっていた。
    局長室に呼び出されたトラギコの前に座るセントジョーンズは落ち着き払い、コーヒーを口に含んだ。

    部屋にあった彼の私物が全て一つのダンボールに収められている事を除けば、全てが普段と同じ光景だった。
    ゆっくりとコーヒーを味わい、嚥下してからセントジョーンズは天気の話でもするような軽い口調で会話を始めた。

    (’e’)「頬の傷は大丈夫なのか?」

    ビンズに投げつけられた瓶による切創は思いのほか深く、トラギコの右頬にははっきりとその痕が残っている。
    医者によれば整形手術をすれば残るとの事だったが、トラギコは隠す必要性を感じられなかったため、それを拒絶した。

    (=゚д゚)「えぇ、まぁ」

    (’e’)「そうか。それでお前の処遇だが、結論から言おう。
       転属だ」

    己の処遇については、ある程度予想はしていた。
    ドクオが責任を負った為、トラギコは懲戒免職以外の処分が下ることになる。
    今でも彼の行動に納得はしていないが、結果としてこのような形となっている以上は受け入れる他ない。
    ここで文句を言っても結論はすでに出ており、何かが変わることはない。

    自ら退職をするという選択肢は最初から無く、ドクオの言っていた通り、トラギコはこのまま進み続けるしか道はなかった。
    進む道がどうなるのか、それだけが気がかりだった。
    地方か、あるいは用務か。
    備品庫でマックス・ベンダーと仕事をすることになるかもしれない。

    (’e’)「地方本部がいよいよ本格始動する。
       西側沿岸を管轄にする本部に転属し、難事件解決担当部署――モスカウ――に配属される。
       モスカウは知ってるだろ?
       よかったな、お前にぴったりの部署だぞ」

    前から話に聞いていた地方本部構想が遂に動くということは、今朝、ジュスティアにいる警官全員に周知されていた。
    世界中にある署とは別に、それぞれの街と街を繋ぐ地点に地方本部を設置し、ジュスティアから専門部隊が派遣されずとも迅速な対応が出来るようになる。
    従来とは異なり、辺境の地にある町でも他と同じように部隊が短時間で送られてくることになり、治安維持が格段に容易になるのだ。
    そして派遣型の勤務体系を取ることになるトラギコは街に所属するのではなく、ジュスティアの法律が適応される地方本部に所属することになる。

    つまり、これまでと違って街の法律に縛られることはなくなり、今回のような事件が起きたとしても法律の壁に悩まされることはなくなる。
    ビロードが調べていた一件の許可が下りたという事だろう。

    (=゚д゚)「……あんたはどうなるラギ?」

    (’e’)「俺か? 俺は転属なんかしないさ」

    (=゚д゚)「違う、その荷物のことラギ」

    (’e’)「書類整理さ」

    明らかな嘘に、トラギコは声を低くして言った。

    (=゚д゚)「殴る前提で話をさせてもらうラギ。
        辞職するつもりラギか?」

    (’e’)「安心しろ、定年だ」

    (=゚д゚)「あんたまだ定年って歳じゃねぇラギ。
        正直に言ってくれよ」

    (’e’)「いいか、覚えておけ。
       部下の失敗は上司の物で、上司の成功は部下の物だ。
       上司って言うのはな、そういう生き物なんだよ」

    (=゚д゚)「つまり、どういうことラギ?」

    セントジョーンズは小さな溜息を吐いた。
    物分りの悪い生徒に呆れる教師のような仕草だったが、嫌味は感じなかった。

    (’e’)「俺は時々、お前が羨ましくて仕方なかったんだ。
       誰よりも警官らしいくせに、警官らしくない事をするお前が。
       だからその未来に賭けさせてもらうことにしただけさ。
       俺の首を一つ追加して事が収まるんなら、安い物さ」

    それはつまり、トラギコの起こした問題の責任をセントジョーンズも取ったという事だ。
    二人の警官を犠牲にしてまで、トラギコに何をさせようというのだろうか。
    嫌な予感がトラギコの脳裏をよぎる。

    (=゚д゚)「……」

    (’e’)「ドクオと話をしてな、意見が一致したのさ。
       お前は、絶対に警官を続けるべきだ。
       そして一か所に留まらず、自由に捜査をするべきだってな」

    どうして、ドクオもセントジョーンズも、トラギコをそんな目で見るのだろう。
    規則を破り、暴れまわる人間に期待をするなど、正気ではない。
    少なくとも真っ当な警官であれば、そんな事は決してしない。
    信仰は自由だが、人間相手の信仰は盲信と同義であり、歓迎するのはかなり無理がある。

    (=゚д゚)「俺は、あんたらが思ってるような人間じゃねぇラギ。
        勝手に変な期待をされても迷惑なだけラギ」

    だがセントジョーンズは静かに、そして、ゆっくりと首を横に振りながら言った。

    (’e’)「お前は、正義の味方でも英雄でもない。
       弱者の希望なんだよ、お前は。
       弱者にとっての希望って言うのは、つまり、彼らにとっての正義なのさ。
       荒々しかろうが暴力的だろうが、その時に縋りたい存在がお前なんだ」

    そんなもの、目指した覚えはない。
    なった覚えもなければ、聞いた覚えもない。
    考えが顔に出ていたのか、それとも察されたのか、セントジョーンズは続けた。

    (’e’)「望もうが望むまいが、お前はそういう人間なんだよ。
       現にお前は、警官を辞められない。
       どれだけ自分が酷い目に遭っても、それ以上に他の人間がそうなることが許せないからだ。
       辞められない以上、そう在り続けるしかないんだ」

    (=゚д゚)「……人の人生、勝手に決めるんじゃねぇラギ」

    (’e’)「そうだな、お前の人生だ。
       お前が好きに歩めばいい。
       だから俺もドクオも、好きに歩かせてもらっただけだ」

    (=゚д゚)「そうかよ」

    (’e’)「あぁ、そうだよ。
       っと、そうだ。お前がモスカウに所属することになったは、俺の力じゃないからな。
       ビロードの依頼があったから上が動いたんだ。
       あいつが殺される前に本部に問い合わせがあって、上層部があいつの意志を汲んでやろうってな」

    (=゚д゚)「……あいつのおかげ、か」

    彼に慕われるような事をした記憶がない。
    それでも、ビロードがそれを最後に望んでいたのであれば、無碍にすることは出来ない。
    最後の贈り物として受け取るしかないだろう。

    (’e’)「そんなところだ。さて、有給が残ってるところ悪いが、早速明日から仕事に戻ってもらうことになる。
        まずはマックスのところに行って、受け取る物を受け取って、それからエライジャクレイグで出発しろ。
        モスカウから迎えが来る予定になってるから、明日の九時に駅に荷物をまとめておけよ。
        有給は自主研修ってことで消費するそうだ」

    トラギコは瞼を降ろした。
    気持ちの整理はもう出来ていた。
    ビロード、ドクオ、そしてセントジョーンズ。
    彼等の期待は無視し、ただ、自分の為だけにこの転属を受け入れる。

    この世に正義が無いのであれば、せめて、獣であり続けよう。
    力が全てを変える時代だからこそ、力を振りかざす獣として、犯罪者を襲おう。
    そしてビンズを殺さなかったことで、トラギコの手で救う人間が一人でも増えるのであれば、この結末を受け入れる価値がある。
    いつの日か、命が燃え尽きるその瞬間にその答えが分かるはずだ。

    それまでは獣のように生き、貪欲に事件を追い求めよう。
    事件を貪り、犯罪者たちにとっての恐怖で在り続けよう。
    瞼を降ろしている間の二秒で覚悟を決め、瞼を開いた。

    (=゚д゚)「分かったラギ」

    これが、CAL21号事件と呼ばれる事件の終幕。
    そして、トラギコ・マウンテンライトの新たな一歩となる瞬間だった――

    ‥…━━ 二月二十六日 午前九時 ジュスティア駅前 ━━…‥

    ジュスティア上空を薄く覆う灰色の雲が風に流され、時折青空の欠片が見える。
    マックスから受け取った餞別代りの銀色のアタッシェケースを手に、トラギコは駅前に立ち、静かに待っていた。
    迎えに来る人間の特徴は聞いていないが、向こうがトラギコの事を認識すれば問題はない。
    駅を利用する人間は少なく、人の数はこの時間でもまばらだ。

    白い息を吐き、腕時計に目をやろうとした時だった。

    (´・ω・`)「やぁ、トラギコ・マウンテンライトだね?」

    ニット帽とマフラーを巻き、コートを着た男がトラギコの前に現れた。
    服の上からでも分かる大きな体つきは、彼が並の人間ではない事を物語っている。

    (=゚д゚)「そういうあんたは?」

    (´・ω・`)「ショボン・パドローネ、ショボンでいいよ。
         君の事はトラギコ君、と呼ばせてもらうよ。
         話には聞いていたが、なるほど、元気がよさそうだね」

    手袋を外し、ショボンが右手を差し出してきた。
    上着のポケットから手を出し、軽く握手を交わす。
    瞬間的に強く握られた為、トラギコは力を入れて握り返した。

    (=゚д゚)「……よろしくお願いしますラギ」

    (´・ω・`)「へぇ、いい体をしているね。
         これは期待できそうだ」

    ショボンはトラギコの肩周りや腰に手を当て、その硬さを確かめた。

    (=゚д゚)「俺にその毛は無いラギよ」

    (´・ω・`)「はははっ、冗談だよ。
         僕らの仕事は体力がいるからね、安心した。
         ……あの二人は知り合いかな?」

    ショボンの指さす方向には、二人の少女が立っていた。
    まだ幼い顔つきの二人の少女は女性警官に付き添われ、トラギコの方に歩み寄ってくる。

    ( '-')「おじさん、トラギコさん?」

    (=゚д゚)「あ、あぁ、そうだが?」

    ( '-')「あのね、これ、どうぞ」


    ( '-')「どうぞ、なの」

    二人の少女に渡されたのは、白い花束だった。
    思わず屈んでそれを受け取る。
    花の良し悪しは勿論、種類もまるで分からない。
    果たしてこの花束は何のための花束なのだろうか。

    ( '-')「プリンセチアって、お花なの」

    (=゚д゚)「そうか、ありがとうよ」

    その花が何を意味するのかはよく分からないが、知らなくても問題はないだろう。
    問題があるとしたら、この花が何を目的として渡されたのか、である。


    ( '-')「ううん、私達がありがとう」

    (=゚д゚)「え?」

    未だに事態を理解できていない事を察し、傍にいた婦警がトラギコに耳打ちした。

    「ブルーハーツ出身の二人です。
    あれからジュスティアの施設で保護されることになったんです」

    (=゚д゚)「……そうか」

    ブルーハーツ児童養護施設で生き残った三人の内の二人。
    アサピーが追う事の出来た二人だ。
    あのままジャーゲンにいたら事態は悪化したかもしれないが、こうしてジュスティアに来たのであれば、少なくとも環境が悪くなることはないだろう。
    彼女達の名前は知らないが、何はともあれ、元気そうで何よりだった。

    ( '-')「イトーイね、私達を助けてくれたの」


    ( '-')「悪い人をやっつけてくれて、きっとイトーイ、喜んでるから」

    ( '-')「だから、おじさん、ありがとう」

    (=゚д゚)「……そ、そうラギか」

    胸が痛い。
    この痛みは、苦痛ではなく、心地よささえ感じる痛みだ。
    これが何の痛みなのか、トラギコは知らなかった。


    ( '-')「私達、将来お花屋さんになりたいの。
       だからこれ、私達が作ったの」

    ( '-')「すごいでしょ」

    (=゚д゚)「ああ、すごいな。
        凄く、良い花束ラギね」

    嗚呼、とトラギコは気付いた。
    これは、この痛みは、喜びだ。
    イトーイの努力が、ビロードの努力が、トラギコの努力が無駄ではなかったことをこの子供たちが示している。
    それだけでトラギコは報われたのだ。

    助けた人間の名前など重要ではない。
    重要なのは、助けた後にその人間がどうなるか、だ。
    この子供たちはあれだけの目に遭いながらも、夢を見つけたのだ。
    それが何よりも嬉しく、何よりもトラギコの心に響いた。

    ( '-')「おじさん、これからも元気で頑張ってね」

    もしも。
    もしもこの時、空の雲が晴れ、青空が頭上に広がらず。
    もしもこの時、青空を背に輝く太陽の光が差し込まなければ。
    思わず誰もが見上げるような見事な空が現れなければ。

    (= д )

    虎の流した一筋の涙に、きっと、誰かが気付いたことだろう。
    立ち上がりながらさりげなく目元をぬぐい、トラギコは二人の頭を撫でた。

    (=うд゚)「お前達も元気でな」

    子供たちは夢を追い、今日を生きていく。
    彼女達が安心して夢を追える世界であるよう、トラギコは前へと進む。
    この手が汚れても構わない。
    それで誰かを救えるのならば、何度でも汚れて見せよう。

    受け取った白い花束を胸に、虎は新たな地へと向かうのであった――

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    (=゚д゚)夢鳥花虎のようです
    ED テーマ
    https://www.youtube.com/watch?v=RFNbKy-w-ug
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    ‥…━━ 十五年後 某日 某所 ━━…‥

    西側沿岸部を対象とする警察本部は湾岸都市オセアンから北西に30キロほどの位置にあった。
    本部には長期にわたる仕事と夜勤を考慮し、仮眠所を兼ねた休憩部屋がいくつもあった。
    小さな休憩部屋に置かれたベッドの上で仮眠を取り、昔の夢を見ていたトラギコ・マウンテンライトは起き上がり、大きな欠伸をした。

    (=゚д゚)「ふぁぁっ……」

    CAL21号事件はトラギコにとって、一つの教訓であり、忌々しい思い出だった。
    以降、トラギコは難事件の解決に躍起になり、多くの犯罪者を逮捕・殺害してきた。
    何度も注意を受けるも、トラギコは在り方を変えるつもりはなかった。
    その結果が年間休日10日というもので、有給はモスカウに配属されてから一度も使っていない。

    昨夜も一つの事件を解決し、ようやく仮眠をすることが出来た。
    どれだけトラギコが犯罪者たちを懲らしめようとも、凶悪な犯罪が無くなることはなかった。
    だが犯罪が無くなりはしなかったが、トラギコが救う人間も無くなることはなかった。
    あれから毎年、ビロードの命日にはジュスティアの花屋に電話をし、墓に供える花を用意するように頼んでいる。

    あの二人は無事にジュスティアで花屋を営み、夢を叶えていた。
    トラギコが墓参りに行けない時は、花屋の二人がビロードの墓に花を供えた。

    (=゚д゚)「ねみぃ……」

    寝覚めのコーヒーを備え付けのポットから紙コップに注ぎ、喉に流し込む。
    十五年の歳月は多くの事を変えた。
    ショボンもジョルジュも退職し、ドクオは獄中で心臓発作を起こしてあっけなく死んだ。
    アサピーはCAL21号事件が起きた翌年に新たなスクープを追い求め、とある人身売買組織への潜入取材を最後に行方不明となっている。

    セントジョーンズは銀行強盗に遭遇し、人質を逃がすために犠牲となって殺された。
    CAL21号事件に関係していた人間で現役なのは、もう、トラギコ一人になっていた。
    重い足取りで休憩部屋を出て、モスカウ部署に向かった。
    部屋に入るとすぐに、ヘッドセットを付け、電話の応対をしていた上司がトラギコを呼び止める。

    从´_ゝ从「おうトラギコ、起きたか」

    (=゚д゚)「あぁ、何かあったのか?」

    从´_ゝ从「オセアンで事件だ。どうだ、行けるか?」

    オセアンと言えばかなりの都市だ。
    交易で栄え、インフラはかなり先進的な物が揃っている。
    配属されている警官達はそれなりにベテランが多いと思うのだが、と言おうとしたがそれを察知した上司が先に口を挟んだ。

    从´_ゝ从「ログーラン・ビルで銃撃戦やら爆発やら、とにかく滅茶苦茶らしい。
         一筋縄じゃ行かなそうな事件で、長期化が予想される。
         前の日には結構な銃撃戦もあったみたいだし、こいつは離れしてないと無理だ」

    (=゚д゚)「……ちょっと興味が湧いたラギ」

    从´_ゝ从「オーケー、そうこなくちゃ」

    警官として生きていく以上、いつ命がなくなっても不思議ではない。
    セントジョーンズがそうであったように、この世界にはまだ多くの危険が潜んでいる。
    特に、自ら進んで犯罪に関わろうとする人間は恨みを買う事が多い。
    モスカウ所属の人間は特に恨みを買うため、布団の上で死ぬことが出来れば御の字とさえ言われている。

    オセアンで起きたという事件、果たして、どのような組織が関わっているのか。
    大規模な組織であれば潰し甲斐がある。
    そこから芋ずる式に組織の細胞を摘発し、壊滅させれば犯罪者の数がかなり減らせるはずだ。

    从´_ゝ从「ところで、一つ質問してもいいか?」

    (=゚д゚)「何ラギ?」

    从´_ゝ从「俺が言うのもなんだが、この仕事、よく続けられるな」

    これまでに何度も聞いてきた言葉だった。
    これだけ危険な仕事でありながら給料は安く、組織内でトラギコに対する風当たりは強い。
    未だにCAL21号事件でのトラギコの行いは蛮行だと言い伝えられ、新人の警官でさえトラギコは暴力警官であるという認識を抱いている。
    それ自体はまるで構わないが、何も知らない人間にあの事件を語られることだけは許せなかった。

    あの事件を語っていいのはトラギコと、そしてビロードだけなのだ。
    他の誰にもあの事件は理解されないし、理解してもらいたいとも思わない。
    裁判で声を上げ、法律に対して唾を吐き捨てた人間にしか分からないのだ。
    気持ちのいい環境ではないが、仕事はこれからも続けていくだろう。

    今まで多くの事件を担当し、そして、トラギコはその答えを早い段階から見つけていた。
    これは、とても簡単な話なのだ。
    どれだけ理不尽な目に遭っても。
    どれだけ納得のいかない事があったとしても、この仕事から手を引くことは考えられない。

    何故ならこれは――

    (=゚д゚)「――これが俺の天職なんだよ」

    そして、虎と呼ばれた男は再び歩き出す。
    新たな事件を求め、歩き続けるのであった――

    (=゚д゚)夢鳥花虎のようです The End
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