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第一章【encounter-出逢い-】

  1. 名前: 歯車の都香 2017/04/14(金) 20:58:53
    第一章【encounter-出逢い-】


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    人の持つ知識が高まり、新たな発明が文明を驚異的に飛躍させ、不老不死を目前に控えた時代があった。
    夢が新たな夢を産む、希望に満ち溢れた絢爛な時代。
    誰もが、この時代が永遠に続く事を願った。
    しかし、それは泡沫の夢。

    人間の手で大切に育まれた夢は、他ならぬ人間の手によって無残にも潰えた。

    人口の爆発的な増加と文明の発展に伴って大草原は不毛の地と化し、密林は草原となり、巨大な氷山が溶けたことによる海面上昇に伴って、
    小さな島国は沈んで地図から消えた。
    難民は新たな国を求め、世界各地に散らばった。
    それに加えて、発展を支えていた化石燃料の枯渇が中東に破滅的な打撃を与え、世界経済は混乱を極めた。

    世界中が連鎖的にこの影響を受け、世界は絶望の時代を迎える事となる。
    先行きの見えない不安と憤りで煮詰まった世界は、火事に見舞われた火薬庫の様に危険な状態だった。
    高度に発達した機械と文明をもってしても、人間の不安を拭い去ることは出来なかったのである。
    一向に回復の兆しを見せない経済状況に業を煮やした軍事大国シャルラ連邦が布告と同時に引き起こした第三次世界大戦によって、
    世界は高みまで上り詰めた文明と発明を一度に失うことになってしまう。

    戦争は熾烈を極め、地球の歴史上類を見ない大災害となった。
    戦火は世界全土に飛び火し、永世中立国はその軍事力を発揮する事も出来ずに、核ミサイルと科学兵器の洗礼によって一夜にして滅んだ。
    シャルラとカリメアは指導者を失っても、ミサイルの発射ボタンを押す事を止めなかった。
    世界では誰もが――大人も子供も老人も――正気を失っていた。

    世界の人口が十指に収まる数になった時、ようやく、人類は自らの過ちを理解した。
    あまりにも遅い、終戦だった。
    その時には、人類が生み出した何もかもが土と灰と瓦礫に埋もれていた。
    一からのスタートではなく、〇からのリスタートだった。


    だが高度な文明と発明を失った代わりに、人は新たな道を歩む力を得た。
    不毛の地に花が生えるように、巨岩を布で削る様な速度で世界は再生を始めた。
    途方もない年月を経て、どうにか二十一世紀初頭の文明レベルにまで回復するに至ったが、様相は全く異質な物だった。
    こうして残ったのは、国家の枠組みを失った、力と金が物を言う単純な文明。











                   ――これは、力が世界を動かす時代の物語。







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    その日の夜は、雲一つなく、何処までも澄み渡った空に浮かぶ月が綺麗な新円を描き、
    夜空の遥か彼方、手を伸ばせば届くのではと錯覚してしまいそうな程に巨大で、圧倒的な美しさのアンドロメダ星雲が鮮明に浮かんでいる。
    幻想的な星明かりを邪魔する物、月明かりを隔てる物もなく、世界は優しい明かりに照らされ、風はとろみを帯びた液体の様に柔らかく、
    平穏そのものの空気が満ちていた。

    少なくとも、沿岸の街、キャクストン近郊に店を構えるランバーハットにその風変わりな客が現れるまでは。
    ランバーハットの店主は、その夜に起きた出来事を最も近くで、最も長い間見ていた唯一の人間として、後に数百回も同じ話を客に語る事となる。



    (≠゚ぺ)「その客が現れた瞬間、俺は銃を手にしようかどうか真剣に迷った」



    築三十年木造一階建てのランバーハットに使われている木は焦げ茶色に変色し、一見して寂れた様な、どこか古めかしさを漂わせているが、
    静かに酒を飲む人間にとってその寂れた空気は心地の良い物で、気疲れすることなく、酒と談笑とに浸る事を約束した。
    五十人の収容が可能な店内にはその晩、十人程度の常連客だけが居合わせていた。
    その客がランバーハットのドアを押し開いたのは、夜中の十二時を回ってからの事であった。

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     \==ーヒl-===   l   /  / / |, '", イ |:::::_;..-'''"
       \ ヽ `"  l  l  / ./ ./ , '゙|, イ : ::|,へ :  ハハ ノ 、
    =============================i,へ |  | ̄ ,-「|] |} |コ |
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      |l::::::::::::::l|゙|| i⌒i | i⌒i || {lilililili} | i'""~,-ハ ハ ノヽ. ハ  「
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    ___ 二二二_.|| l|l | l|l ||____________|~""''' ‐- .!.!,__| l |
     l | l l l || l ̄l | l ̄l || l | '''- .._"''' ‐- ..,__  ~""
     (ニ二 ̄ ̄ ̄ ̄二ニ)l  l || l |     "'''- ..______"''' ‐-
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    (<::、:::::>三)

    踝まであるカーキ色のローブは客の体型を秘匿し、見るからに履き馴らされた八インチのデザートブーツは床板を僅かに軋ませるだけで体重を悟らせず、
    漂わせる雰囲気は何者であるかを想像させなかったと云う。
    偶然その場に居合わせた客達は、その風変わりな客に大なり小なりの興味を抱いた。
    十字砲火の様に浴びせかけられる視線を微風程度にも感じた様子を見せず、来店者は真っ直ぐに、迷うことなくカウンター席まで歩いて来た。

    堂々たる足取りは、過剰な自信の表れから来る傲慢さとは違い、自由奔放に野を駆けまわる小鹿のそれと同様であった。
    備えつけの椅子に腰を下ろす時も、目に掛かった髪を漉き上げる仕草も、呼吸の様に気取る事のない自然な動作だった。

    (<::ー゚::::>三)「オレンジジュースとオムライス」


    その声は静謐な聖堂に響き渡る鈴の音の様に凛としていて、聞く者全ての鼓膜を優しく震わせた。
    驚くべきことに、店内の隅から隅まで響き渡ったその声は、若い女性のそれに相違なかった。
    その時になって初めて、店主はその風変わりな客の顔をローブの奥に見た。
    そして、店主は息を飲んだ。

    僅かに見える前髪はその先が軽く波打っており、その色は収穫前の麦を彷彿とさせる黄金色であった。
    ローブのせいで影ってはいるが、それでも尚輝きを損なうことなく見開かれた双眸は目尻が緩やかに垂れ下り、
    憂いの色を帯びた空色の瞳は一点の濁りも無く、煽情的とさえ言える女性の目は髪と同じ色をした長い睫毛を宝冠の様に頂いていた。
    薄い桜色の唇は朝露に濡れる花弁の様に瑞々しく、円熟した魅力を漂わせる彫りの深い顔立ちは世界中の彫刻家がその命を賭して完成させたかのように整っており、
    嘗て絶世の美女と持て囃された女達が墓の底から嫉妬の声を上げんばかりの美を湛えていた。

    未亡人の得も言われぬ雰囲気を漂わせる、純真無垢な美しい少女。
    店主は酒場に相応しくない女性の注文を断る事も茶化す事も出来ず、冷蔵庫から大人しくオレンジジュースを出し、オムライスを作り始める事にした。
    それ以外の選択肢が頭に浮かばなかったのだと、店主は述懐している。
    店主が調理を開始してからずっと、女性はその工程を眺めていた。

    視線は店主の手元に向けられ、だがしかし、店主は一挙手一投足が観察されているような気分になるどころか、
    自分が見守られていると錯覚して、安心して調理をする事が出来ていたと云う。
    完成を間近に控えた、その時であった。
    新たな来店者達が、店に漂っていた貴重な雰囲気を霧散させてしまった。


    (((((( gAg)「よぅ」


    ぞろぞろと、女性が来店時に鳴らした跫音に比べると、聞くに堪えない騒音に匹敵する音を立てて現れたのは、地元マフィアの首領とその手下達であった。
    先頭に立ち、部下を引き従える長身の男、シルヴァー・ニアファは店内を見渡し、空いている席を探した。
    そして、視界の中に否が応でも入ってしまうローブの背を見て、そこで視線を止めた。
    怪訝な顔をするのは無理もない。

    その姿を正面から見なければ、頭陀袋の中に隠されていた宝石が見えないのと同じ。
    そこで首領が興味を持たなければ、その日は皆が静かな夜を過ごせただけでなく、店主は店の修理と死体処理に頭を悩ませることも無かっただろう。
    しかし、それらは全て仮定の話。
    有り得なかった展開なのだ。

    興味を持ってしまったシルヴァーは空いている席に部下を座らせて、自分だけカウンター席に向かった。
    ローブの女性の横に座り、首領は覗き込むようにしてローブの中を見た。
    後に店主はその事を、禁断の箱を開けて災厄を世に広めた神話に例えた。
    災厄は想像もしない形で始まるのだと。

    女性の顔を見た首領は瞠目した。
    美しい者に惹かれ、心を奪われた瞬間と云う物を店主は初めて目の当たりにした。
    それを手に入れる為なら、殺人だって厭わない。
    そう云う顔だった。

    ある種の狂気を目に宿らせて、シルヴァーは部下に安物のバーボンを、自分にはワイルド・ターキーを注文した。
    その間、視線は女性から片時も離す事はなかった。
    女性のオムライスが出来上がり、店主は一先ずそれを女性の前に置いた。

    (<::ー゚::::>三)「いただきます」

    先程の第一声と同じように澄んだ声が、店中に反響した。
    女性が口にしたその言葉の意味を、店にいた全員が理解できなかった。
    食事をする前に口にする言葉として彼等が知っているのは、神に対する祈りの言葉だけだ。
    何はともあれ、女性は周囲を一切気にすることなく食事を開始した。

    店主は思わず頬を緩めた。
    彼が作った食事をここまで美味しそうに食べてくれる客は、店を開いて以来、一人として現れていなかったからだ。
    ただ黙々と食べるか、口に合わないと文句を溢して立ち去るか、横にいる人間との会話に終始するか。
    いずれにしても、彼の料理を楽しむ客と云うのは、初めての事だった。

    スプーンを使って上品に卵とライスを掬い上げ、ケチャップを口の端に付けないように口に運ぶ仕草に、店主は目を奪われた。
    今日日、富豪の娘でもここまで上手に食べるのは難しいだろう。
    完全に心が離れていた事に気付いた店主は、慌てて注文された酒を棚から出した。
    マフィアの手下達の分は、グラスと酒をトレイに乗せて自分で取りに来させた。

    流石に首領相手にそれをやる訳にはいかず、目の前でワンショットグラスに琥珀色の液体を注ぎ、無言で差し出した。
    シルヴァーは心ここにあらずと云った風に固まっており、先程店主がそうだったのと同じ様に、女性がオムライスを食べる仕草を食い入る様に見ていた。
    女性がオムライスを平らげると、その皿には米粒どころか、汚れさえ殆どない有様だった。
    ここまで綺麗に食べられると、かえって恐縮してしまうのが料理人と云う物。


    (<::ー゚::::>三)「御馳走様でした」


    再び女性が発した言葉が自分に対して向けられているのだと気付き、店主は目礼だけしてそれを受け取った。
    内心ではかなり動揺しており、この後サービスでデザートを出そうかとさえ考えていたと振り返る。

    ( gAg)「なぁ」

    シルヴァーが、女性に声を掛けた。

    ( gAg)「名前を教えてくれないか?」

    (<::、゚::::>三)「お断りするわ」

    にべもなく断った女性は、それっきり、口を開こうとはしなかった。
    眼の前にあるオレンジジュースを飲み干して、懐から硬貨を出そうとしたところ、シルヴァーがそれを遮った。
    女性の目の前に、一〇〇ドル硬貨を五枚置いたのである。
    純金で作られた硬貨の輝きは、それが確かに本物であることを雄弁に物語っていた。

    財力の誇示。それは、異性の関心と興味を引き寄せる最も簡単な手段。
    財力はその人物の力に直結する。
    大金を惜しげもなく出してみせると云う事は、それだけその人物が優れている事を示している。
    まして、五〇〇ドルを躊躇うことなく出せる人間は、そう滅多にいない。

    その価値は、一般人の月給に匹敵するのだ。

    ( gAg)「頼むよ」

    言葉こそ柔らかかったが、シルヴァーの目はギラつき、極上の肉を前にした獣の様に女性を睨めつけていた。
    いつの間にか、店で声を発しているのはシルヴァーと女性だけとなっていた。
    シルヴァーの部下達は事の成り行きを見守り、一般客は冷や汗を流しながら見ていた。
    目の前で美しいものが奪われ、汚されるのを見ること程心が痛むことはない。

    (<::、゚::::>三)「目障りだって言わなければ伝わらないのかしら?」

    虚勢を張る時、人の声色と云う物には心情が現れる。
    しかし、女性の声に無理をした風な虚勢の色はなく、目障りな虫を相手にしている様な煩累の色が色濃く出ていた。
    シルヴァーの顔色が変わった。
    確かに目の前にあるのは御馳走に違いない。

    紛れもなく、至極の一品だ。
    だが、それが歯向かうのを許容する事は出来ない。
    兎が獅子に噛みつく事は許されない。
    彼はマフィアの首領であり、マフィアには矜持がある。

    矜持は彼等の顔であると同時に、彼等の命に値する物でもあった。
    即ち、女性は遠回しではあるが首領の顔に泥を塗り、踏みにじった挙句、唾を吐きかけたのである。
    情欲は憤怒に上書きされた。
    当然、マフィアが矜持を重んじる事を知らない女性ではないだろう。

    今や子供でさえ、社会の常識として教えられる。
    ここまでマフィアを虚仮にすれば、目を覆いたくなるような陰惨な展開は、避けては通れない。

    ( gAg)「……何だって?」

    シルヴァーは一度だけ、慈悲深くもチャンスを与えたが、女性はそのチャンスを利用してもう一度、今度は毒をたっぷりと含ませた言葉を浴びせかけた。


    (<::、゚::::>三)「下品な人間の臭い言葉をこれ以上私に聞かせないでほしいって言ったの。ミスタ・汚物」


    察しの良い客は、我先にと店を飛び出した。
    その直後、シルヴァーの部下が脅しの言葉を口々に、一斉に立ち上がった。
    首領の矜持は彼等の矜持。慈悲も情けも、目の前の女性には必要ない。
    与えるのは苦痛。得るのは快楽。奪うのはその全て。

    ( gAg)「痛い目を見ないと現実が分からないタチらしいな」

    (<::、゚::::>三)「その言葉、そっくりそのまま返すわ」

    女性もまた、ゆっくりと席を立った。
    その際、机の上に料金をさり気無く置いた。
    店主はこの時、女性がどこか裕福な家庭で育ち、現実を知らないまま育った哀れな人種だと考えていた。
    そうでなければ、薬物中毒者並みに精神に大きな問題のある人間だ。

    マフィアの人間を相手に一歩も引くことなく対峙する人間が正常であれば、世の中は更に混沌を極めていただろう。
    示威の意味を込め、シルヴァーが最初に動いた。
    横腹に向けて放った左のレバーブロー。
    喧嘩の定石にして、最も効率の良い先制攻撃。

    腹部への攻撃によって抵抗を封じ、後はこちらの自由と云う訳だ。
    相手が女子供、油断していれば男相手にも有効だ。
    しかし、女性は予期していたかのように自然な仕草で手首を掴み、捻り上げた。
    シルヴァーが次の行動を考えるより先に、シルヴァーの左腕は有り得ない方向に向けて捻じり折られ、
    悲鳴を上げるシルヴァーの顔に破城槌の様な右ストレートが叩き込まれた。

    (;gAg)「おヴぉ?!」

    蹈鞴を踏んで体勢を崩した所に放たれた左回し蹴りは、肋骨を三本粉砕骨折させ、砕けた骨片が肺に突き刺さり、それが致命傷となった。
    首領の窮地を目撃した部下達は懐から拳銃を取り出し、女性に向けた。
    首領と女性の距離が近すぎる為、彼等は発砲を躊躇してしまった。
    女性は面倒くさげな溜息と共にそれら有象無象の輩を一瞥した後、ローブの下から艶を消した黒い大型自動拳銃、デザートイーグルを一瞬で抜き、構えた。

    その銃口を見た瞬間、いち早く正しい判断を下したのは店主の頭でも体でもなく、経験を積んだ細胞その物だった。
    直後、戦端が開かれ、殺し合いが始まった。
    確かに、五〇口径のデザートイーグルは比類なき破壊力と威圧感を兼ね備えた拳銃ではあるが、多人数を相手取って戦いをする際、物を云うのは連射力と装弾数だ。
    七、八発しか装填出来ない事に加えて、威力の為に犠牲にした連射力と命中精度は現状では命取りと言える。

    得物と相手が悪すぎた。
    そう長くは続かないだろうと、店主はカウンターに空いたばかりの小さな穴から成り行きを見守る事にした。
    だが、店主の予想に反して、銃撃戦は直ぐに終わる気配がない。
    頭上で酒瓶が割れ、破片と中身がシャワーの様に降り注ぐ。

    その喧騒の中で、店主は一部始終を見ていた。
    デザートイーグルの銃声と同時に命が散り、血が舞い、肉が爆ぜるのを。
    そして、女性は銃弾の群れと戯れる様にして華麗なステップを踏みつつ、カウンターを飛び越えて店主の横に着地した。
    間近で見た女性の美貌に、店主は一瞬、恐怖を忘れた。

    (<::ー゚::::>三)「ごめんなさいね。
            それにしても、あの手馬鹿は何世紀経っても変わらないのね」

    それだけ言って、女性は銃をローブの下に戻した。
    そして、女性は別の得物を両手に持つと、再びカウンターの向こうに戻ってしまった。
    その手が持っていたのは、銃身を切り詰めた水平二連式ショットガン。
    木と鉄で作られた、正真正銘、実用性重視の凶悪な散弾銃。


    狭い空間でそれが持つ優位性は、最早、語る必要さえない。
    それから二発の大きな銃声が響き、銃声は止んだ。
    店主が恐る恐る顔を出して店内を見ると、そこには穴だらけになった店と、内容物の減った死体の山、そして空薬莢だけが残されていた。
    女性の姿は、何処にもなかった。




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    その少年は昔から、産まれながらに持っている垂れ下った犬の耳と丸まった尻尾のせいで〝耳付き〟と呼ばれ、物心つく前から人間扱いされた事はなく、名も無かった。
    並外れた身体能力と体力のおかげで、せいぜい、便利な家畜程度の扱われ方だった。
    少年はこれまで自分が飼われていた見世物小屋から、別の場所に奴隷として売られた事を、酷く揺れる船の中で告げられ、奴隷が何であるかを教えられた。
    それから臭くて汚い船室に見知らぬ子供達と一緒に押し込められ、臭いと揺れのせいで何度も嘔吐を繰り返した。

    船室は悪臭で満ち、体と服にその臭いが染みついた。
    与えられた食事は残さず食べたが、結局、残さず吐き出す事になった。
    一週間も続いた過酷な船旅を終えると、暗くて狭い、海の匂いがする場所に連れて行かれた。
    そこは、洞窟の様に狭かった。

    濡れたコンクリートの床を裸足で歩かされ、檻に入れられた。
    食事の後、手足に錆びた鉄の枷を嵌められた。
    外そうと試みても、鎖がガチャガチャと音を立てるだけで、ビクともしなかった。
    食事係の人間がカートを押してくる音が聞こえると、皆が鉄柵を掴んでここから出す様に懸命に懇願した。

    だが、返事はいつも決まっていた。

    (:::::::::::)「悔しかったら、自分達でどうにかしてみなさい」

    狭い空間に反響した声は、吐き気を催す程に甘い響きだった。
    少年は、その食事係が嫌いだった。
    逆光に加え、その顔は布で覆い隠されていた為、人相は分からない。
    出されたパンとスープの味は覚えていなかった。

    それほどに味が薄かったのか、それとも単に覚えていないのか、今は分からない。
    言えるのは、不味くも美味くもなかったと云う事だけだ。
    売られてから二週間が経過する頃には、食事係の人間が来ても誰も何も反応しなかった。
    ただ出された食事を黙々と口に運び、それ以外の時は眠っていた。

    磯の匂いで鼻が麻痺し、気にならなくなった。
    ただ、その少年だけは他とは違った。
    食事係がいなくなると、部屋の隅でコンクリートの床を使って足枷の鎖を壊そうと試みていたのだ。
    諦めることなく、誰にも気付かれることなく、鎖を削り続けた。

    錆びが削れ、やがて、銀色の金属を削るところまで来た。
    床には、努力の証である白い筋が幾重にも重なっていた。
    だが、三週間が経過した昨夜遅く、少年は濡れたコンクリートの上を再び歩かされ、船に乗せられた。
    目的地も告げられぬまま、少年達を乗せた船は沖に出た。

    少年は船の床で作業を再開しようとしたが、木の床では全く削れない事が分かり、失望していた。
    そうこうしている内に時間が経ち、船がゆっくりと停まった。
    船の外から、賑わう声が聞こえる。

    ( ゚つ゚)「ほら、出ろ!!」

    少年達はボロ布を被って船の外に出る様に命令されてから、ゆっくりと移動を開始した。
    順番に甲板に出て、そこから港に降りるらしい。
    三週間ぶりに見上げた空は綺麗で、太陽は眩しかった。
    少年は新鮮ないその香りと空気を肺一杯に吸い込んだ。


    目の前に広がる光景に圧倒され、少年は甲板の上で立ち止って、その光景を食い入るように眺めた。
    背の低い白い建物の奥に見える、背の高い灰色のビル群。
    そして、更にそれよりも遥かに高い薄らと上品な雪化粧を施した山々がビルの背後に聳え立っていた。
    後ろから急かされ、少年は皆の後に続いて船を下りた。



    (<::::::>三)三)`:::>三)三)三)三)三)




    * * *




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    一人の耳付きの少年が船で運ばれてから、三日が経っていた。
    カーキ色のローブを風に靡かせ、フードを目深に被った女性は、湾岸都市オセアン東部に広がる白い建物の群れの中にいた。
    大理石から削り出した様な美しい建物で有名を馳せているその裏には、密貿易の拠点としての歴史もあった。
    白い建物の群れを囲むように、西側には背の高いビルが建ち並び、黒と白のコントラストを作り出していた。

    ビルの林の向こうに霞がかかって見える山は、かの有名なクラトフ山脈の一部だ。
    湾岸都市最大の利点は、何と言っても海路が使える事にある。
    燃料が宝石並みに高価な物となった現在、海を越えて世界中の物資を大量に安く運ぶ事の出来る海路は世界経済を語る上では無くてはならない存在となっていた。
    故に、オセアンは世界の台所や世界の倉庫と言った名で知られ、大きく発展していた。

    白亜の建物は風化の跡が見受けられたが、気品は損なわれておらず、堂々たる姿で太陽の光を反射している。
    だが、誰もその美しさに興味を持つ者はいない。
    彼等は、建物の元で売られている海外からの輸入品にしか興味が無かった。
    夏の暑さを跳ね返す程の活気に溢れた市場には、食料品や衣料品が並べて売られていた。

    遥か遠方、南の地から仕入れたと見られる伝統工芸品や装飾品が屋台の前に並んでいた。
    それらに混じって、銃器を売る店もあった。
    女性の関心は銃でも装飾品でもなく、食べ物に対して注がれていた。
    色鮮やかで新鮮な果物に眼を止める。

    産地はフィリカと記載されていたが、値段は何処にも書いていない。
    この様な場合、値段は店側と客側の間で決定される。

    (<::、゚::::>三)「……これは幾ら?」

    オレンジ色の果物を手に取り、店主に渡す。
      _
    (~つ~)「十セント」

    (<::、゚::::>三)「高いわね」
      _
    (~つ~)「三セントだ。
          これ以上は下がらねぇ」

    (<::ー::::>三)「そう」

    懐から銅貨を渡し、果物と釣り銭を受け取った。
    ずしりと手に感じる重量感。
    そして、皮の滑々とした手触り。
    微かに漂ってくる甘酸っぱい柑橘系の芳香。

    如何にも美味そうな果物はその場では食べずにローブの下にある鞄にしまってから、女性は市場を歩き始める。
    少しでも客を寄せる為に、売り子が声を張り上げる。
    それが混ざり合う物だから、出来の悪い合唱の様に聞こえた。
    蝉だって、もう少し聞くに堪える合唱をすると云うのに。

    ふと、聞き慣れない客寄せ文句が女性の耳に届いた。

    ( `^う^)「さぁ、どうだい!! どいつもこいつも、よく働くよ!!」

    奴隷商人の言葉だと分かると忌々しげに眼を細めたが、見知らぬ子供を救ってやるような偽善心を持ち合わせていない女性は、
    小さく溜息を吐いて、そこから離れた場所にあるレストランに向かう事にした。
    スリー・スター・トラットリオと云う店の、古びた木彫りの看板が目に留まり、女性はその店で昼食を取る事に決めた。
    看板に歴史あり、と云うのが女性の持論だった。

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    店内は大勢の客で溢れていたが、来店した女性を見るや、会話が途絶えた。
    その反応は女性にとって慣れた物で、一々対応する事もせず、空いている席に向かって勝手に歩いて行く。
    店の一番奥詰まった場所にある、二人掛けの小さな席。
    壁に背を向け入口に顔を向ける形で席に座り、黙って二インチほどの厚みのある卓上のメニューを開いた。

    煙草の匂いがそこら中――ラミネート加工されたメニューにも――に染み付いており、女性は眉を顰め、不快感を露わにした。
    とはいえ、一度入って座った以上、何も食さずに出て行くのも面倒だった。

    ( ^ー^)「ご注文は?」

    コーヒー色の肌をしたウェイターが、客向けの上辺だけの笑顔で注文を取りに来た。

    (<::ー゚::::>三)「ステーキセット、焼き加減はレア」

    ( ^ー^)「はい、ただいま」

    一礼して、ウェイターは水の注がれたグラスを置いて、厨房に向かった。
    改めて店内を見渡してみると、客層が裕福な人間ばかりである事に、直ぐに気が付く事が出来た。
    上等な生地で織られた服、磨き上げられた靴、そして食している物はどれも結構な値のする物で、普通の職種の人間ではないのは明らかだった。
    底意地の悪い眼をギラつかせながら肉を食う様は、女性の目に吐き気を催す程醜悪な光景に映った。

    ターバンを頭に巻いた中東系の男が、その浅黒く堀の深い顔に微笑を浮かべ、女性に視線を送っているのに気付いた。

    ( i )
    ( ゚八^)


    (<::、゚:::>三)


     ( i )
    ;;(;゚八゚);;

    軽い殺意が込められた碧眼が見返すと、男は直ぐに目を逸らし、キャビアの乗ったカナッペを口に運び、透明の液体――恐らく、ウオッカ――で嚥下した。
    昼間から酒を飲める身分にある人間となると、濃厚なのが武器商人、次いで奴隷商人だった。
    それらは全て、女性が嫌悪して止まない職業の人間で、同じ店で食事をするのが苦痛に感じる程。
    しかし、そんな女性の考えに反して、注文したステーキセットは直ぐに運ばれてきてしまい、食べないわけにもいかなかった。

    女性は出来るだけ同じ空気を吸わない様、目を合わせない様、関わり合いにならない様に務め、ナイフとフォークを手に食事を始めた。

    分厚い牛肉にナイフを入れると、ルビー色の肉が現れた。
    一口大に切り分けて口に運び、租借する。
    塩コショウのみの味付けは肉本来の味を引き立て上品な美味さを演出しており、それだけに、客層の相性が悪い事が残念で仕方がなかった。
    噛締める毎に溢れる肉汁は仄かな塩味で、肉は柔らかく、だが噛み応えのある上質な物だ。

    断面は滑らかな舌触りで、火の加減が丁度いい事を物語っている。
    この含みのある塩気は、岩塩だろうか。
    黒胡椒もピリッと香ばしく、辛味のある新鮮なクレソンと共に食べると、これがまた美味い。
    単調な味を複雑に、だが、難しくせず。

    そう、肉の味を瑞々しく透明度の高い物にすると云うのだろうか。
    味が引き締まり、シャキリとした歯応えが嬉しい。
    共に出されたコンソメスープも食すのを忘れない。
    小さなカップに入った琥珀色の液体は、食欲を誘う香りを漂わせ、クルトンとスライスオニオンがその香りに僅かな彩りを添える。

    甘みとやや強めの塩味の絶妙な共演。
    温すぎず、熱過ぎない温度は暑さで失われた塩分の補給を手伝う。
    これだけ味わい豊かなスープではあるが、飲み下せば口内は洗い流された様になり、食欲が胃の底から湧きあがる心地だった。
    今は食事に専念する事に決め、雑音、視線の一切を遮断し、女性はライスと肉とを交互に食べ、時折水を飲んで喉を潤した。

    十分ほどで食事を終えた女性は甘い物が欲しくなり、ウェイターを呼びつけ、ストロベリー・アイスクリームとエスプレッソを注文した。
    ウェイターは頷き、空になった皿と共にその場を去った。
    デザートが来るまでの間、女性は食事中に感じていた視線の元に目を向け、そこにいた若い男の姿を見て、機嫌を大いに損ねた。
    金の指輪、金のネックレス、金の時計。

    趣味の悪い赤いアロハシャツに、細い顔に全く似合っていないティアドロップのサングラス。


    (■,_ゝ■)


    懐のホルスターに収まった銀色の銃把はクロームメッキの輝きを放ち、煙草で茶色く染まった歯を剥き出しにして、女性に笑いかけていた。
    足元に置かれた黒い棺を見て、〝棺桶持ち〟だと分かった。
    嫌いな種類の人間が机一つ分の距離しか離れていない場所にいる事は、女性にとって不運以外の何物でもなく、頭痛さえしてくる始末だった。
    両手をローブの下に入れ、万が一の幸運に備え、銃の安全装置を解除した。

    経験則上、ああいう手合いと同じ空間にいると、何故か知らないが争いに発展してしまうのだった。
    皿を持って厨房から出て来た少年を見て、女性は、それまでの不快な気持が洗い流されるかのように薄れて行くのを体全体で感じ取った。


    (∪´ω`)


    目元を覆い隠す黒い髪の下にある、人とは明らかに違う、垂れた形の犬の耳。
    腰の辺りに付いた丸まった尻尾。
    眉も目尻も垂れ下り、一切の感情を顔に出さない深海を彷彿とさせる群青色の瞳。
    ヴィンテージと言い換えても差し支えのない古着に身を包み、一歩、歩く度に足元から足枷の鎖が重々しい音を立てる。

    世にも珍しい、耳付きの少年だった。
    歳は十にも至っていない。
    やせ細った体と身長、血色の悪い幼い顔から推測するに、六歳前後が妥当だろうか。

    (<::、゚:::>三)「…………」

    耳付きの少年の登場に、店内がざわつく。
    店の至る所から、少年を罵倒する言葉が聞こえてくる。
    耳付きを人間扱いする人間が少ない時世である為、仕方がないと言えばそれまでだ。
    人ならざる容姿は、彼等が世界に現れてから今でも差別の恰好の対象となっていた。

    (∪´ω`)「……ぅ」

    一見して、少年はそう言った言葉に対してかなりの耐性がある様に思われたが、女性は少年の口から洩れた声を聞き逃さなかった。
    とぼとぼ、ジャラジャラと音を立てながら皿を運ぶその姿は今にも崩れ落ちそうな危うさがあった。
    服装と枷に反して、異様なほど真新しい首輪は、ここに来て間もない事を示している。

    (■,_ゝ■)「……へっ」

    サングラスの男が、革靴を履いた脚を少年の歩みに合わせて伸ばし、不意を突かれた少年はその足に蹴躓き、持っていた皿ごと転んでしまった。
    絶妙なバランスの持ち主である耳付きでも、流石に不意を突かれればどうしようもない。
    店中から笑い声が上がり、物が少年に目掛けて投げつけられる。
    少年は背中を丸めて、飛んでくる物から体を守ろうとしていたが、サングラスの男は笑いながら少年の背中を蹴りつけ始めた。

    少年は涙を流して、それに耐えていた。

    (∪;ω;)「……ぇぅ」

    面白がった他の客達がそれに加わろうとしたが、店の奥から飛んで来たグラスが、サングラスの男の鼻面にぶつかったのを見て、熱狂が一気に引いた。
    男は大きな切創の出来た鼻に手をやり、べっとりと付着した血を見て、懐から銃を抜き放ち、店の奥にいた女性にその銃口を向けた。

    (#■,_メ■)「……おい、女ぁ」

    (<::、゚:::>三)「……はぁ」

    深い溜息、剣呑な視線に続いて、気だるげな声が女性の口から流れた。

    (<::、゚:::>三)「食事時ぐらいはせめて人を不愉快にさせないでくれるかしら?」

    (■,_メ■)「悪い事は止めましょうってかぁ? はっはっは!! こいつはお笑いだぜ。おい女ぁ。
          俺はなぁ、ゴルドン・ファミリーの人間なんだよ。
          言ってる意味、分かるだろ?」

    買ったばかりの柑橘物が唸りを上げて飛来し、男の鼻を直撃した。
    鼻は折れ曲がっていた。

    (<::、゚:::>三)「あぁ、つまりは害虫の類ね。
           それあげるから、さっさと消え失せなさい」

    (■,_メ■)「死ねよ」

    乾いた銃声が、全ての合図。
    女性は積もり積もった鬱憤を、派手に晴らす事に決めた。
    猛烈な勢いで机を蹴り上げ、一瞬で楯にすると、銃弾がテーブルの一部を砕いて火花の様に木片を散らした。
    男は二発、三発と机に向かって撃つが、厚みのある机を9ミリ口径の銃弾は貫通出来ない。

    客の一部が店から避難し始めた時、楯となっていた机が女性の後ろ回し蹴りによって滑空する武器に転じ、男の胸を襲った。
    肋骨を数本砕き、血の混じった吐瀉物を撒き散らし、男は呆気なく店の床に倒れた。

    (<::、゚:::>三)「ったく、これだから嫌なのよ」

    (;■,_メ■)「て……手前……!!」

    胸の上に乗ったテーブルを退かし、男が手負いの獣の如く怒鳴る。
    その口が〝余計な事を謳う〟前に、終わりにする事にした。

    (<::、゚:::>三)「あら、意外とタフなのね」

    (;■,_メ■)「ちょま……ぶっ!!」

    怒りに歪んだ顔は、次に続いた銃声によって肉の塊と化し、永遠に沈黙する事となった。
    硝煙の立ち上る銃を懐に収め、女性はレジの前にテーブル代を含めた金を置いて、店を出て行こうとした。
    これで、この街に長居出来なくなってしまったと、女性は内心で一人嘆き、溜息と共に店の扉を開いた。
    背後から鎖の擦れる音が聞こえてこなければ、女性はそのままオセアンを後にしていた事だろう。

    (<::、゚:::>三)「……?」

    (∪´ω`)「あ、あの……」

    例の少年が、女性の背中に声をかける。
    小さな声は、精一杯の勇気の証。
    それを無下に出来る筈もなく、ゆっくりと振り返り、少年に視線を合わせる為に少し屈んだ。

    (<::、゚:::>三)「何?」

    (∪´ω`)「ありがとう……ございました……」

    消え入りそうな声で、だが、ハッキリと感謝の意を伝えると、少年は店の奥に戻ろうとした。
    女性は久しぶりに驚かざるを得なかった。
    この時勢、その境遇に在りながらも、見上げた心掛け。
    極めて珍しい存在として、女性は少年に大いに興味を持った。

    (<::ー゚::::>三)「……ねぇ、君」

    (∪´ω`)「……はい?」

    恐る恐る振り返った少年の眼には、怯えの色が浮かんでいた。

    (<::ー゚::::>三)「名前、何て云うの?」

    (∪´ω`)「……ぁぅ」

    チラチラと、少年は厨房の方に視線を向け、そちらの方をしきりに気に掛けている様だった。
    成程、と女性は納得した。
    この少年は、この店に買われたのだろう。
    飼い主の命令が無ければ余計な事をしない様に言い付けられているのだと考え、女性は厨房の方に鋭い視線をくれてやった。

    成り行きを見守っていた店主らしき男は好きにしてくれとジェスチャーをして、そこでようやく、女性は少年の名前を聞く事が出来た。






    (∪´ω`)「……なまえは……ないです」






    (<::ー゚::::>三)「……そう。私はデレシア。
            その内、またちゃんとした形で会いましょう」






    そう言って、デレシアは今度こそ店を後にした。



    * * *



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    変わっていて、だが、黄金色の髪が似合う美しい女性だった。
    それに、優しげな匂いと雰囲気を漂わせていて、一瞬だけ、少年の心を安らげてくれた。
    店の裏口で膝を抱えながら、少年はもう一度、女性の顔を思い出し、辛い時に心の拠り所とする為に、暫くの間覚えておく事にした。
    店は今、血と吐瀉物と残飯の匂いで満ち、警察が現場検証をしていた。


    鼻の効く少年としては、出来るだけ戻りたくなかったが、その内、店主が掃除を命じに来るだろう。
    今は、呼ばれるまではここでこうしていたかった。
    初めて出会った種類の人間の事を考え、少年は、外の世界に決して叶わない希望を抱いた。
    所詮、自分は耳付き。

    人間にも、犬にもなれない、半端者。
    受け入れられず、認められず。
    一生、こうして誰かに殴られながら、蹴られながら、残飯を与えられて生きるしかない。
    自分はそう云う生き物なのだと割り切ったのは、思い出せないほど昔の話。


    夢を見るのを意図的に止めたのも、遠い昔の話。
    少年には夢も希望もなかった。
    代わりに、現実だけが横たわっていた。
    だから、希望を抱かない様に、夢を見ない様に生きる事にしていた。


    それが当たり前だった。
    デレシアと云う女性の出現は、それを少しだけ変えさせた。
    一握りの幸せを手にした少年は、それを大切にして生きようと決めたのであった。




    (∪´ω`)「……ぉ-」




    * * *


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    行く当ても目的もなく街を歩き、デレシアは背後から自分の背中に向けられる数人の視線を感じ、
    つけられているのだと確信していたが、間違ってもこちらから手を出す事はしなかった。
    長年の生活で培った危険察知能力は高性能なレーダーであり、彼女の武器にもなっていた。
    それは究極的に合理的なレーダーだった。

    空気に混じった変質を感じ取り、それが自らに有害か否かを瞬時に判断し、危険であれば直ぐに体が気付く様になっている。
    首筋の毛が少し立っていることから、〝棺桶持ち〟が最低でも一人はいる事まで、そのレーダーは把握していた。
    今は警察が近くに集まっている為、目立つ場所で暴れるのは好ましくない。
    デレシアは人気の少ない場所まで、バラックや家屋の間を素早く移動した。

    徐々にすれ違う人が減って来ると、つけて来ている人数が五人だと云う事まで分かった。
    相手が取るに足らない雑兵である事も分かり、随分と甘く見られたものだと失笑するのと同時に、
    この対応の素早さから、相手がこの一帯をほとんど掌握している事が推察された。
    撃滅するのは欠伸をするように簡単だが、後が面倒になる。

    しかし、害虫はしっかりと駆除しなければ直ぐにまた湧いて出てくる。
    掃除はこまめに、がデレシアの信条だった。
    次第に市場から離れ、人気のない、かまぼこ型倉庫の裏に来た所で、歩みを止めて振り返った。


    ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
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               .ヘ  /       ヘ /   \
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    やはり相手は男が五人。
    棺桶持ちもやはり、一人だった。
    男が背負った棺桶は身の丈よりも僅かに大きい、〝Bクラス〟。


    【+  】'゚l'゚)「理由は分かってんだろ?」


    棺桶持ちの男が野太い声でそう尋ねるが、デレシアは無視して、その他四人の武装を分析した。
    サブマシンガンか、せめてショットガンぐらいは用意しているだろう。
    接近戦はあまり賢い選択ではない。
    この程度の戦力なら、あまり危険視しないでいいだろうと、デレシアは方針を定めた。

    速攻滅殺。棺桶を開かれる前に、その口を永久に閉ざさせれば、面倒事は微量だが軽減される。

    【+  】'゚l'゚)「おい、話を――」


    方針通り、厄介な棺桶持ちの男が最初の犠牲になった。
    ソウドオフショットガンから放たれた二発のスラッグ弾の直撃した男の頭は爆ぜ、棺桶に眼球や黄ばんだ歯、赤黒い肉をブチまけた。
    即死した仲間の後を追って、唖然とした様子で口を開いたままの四人はデザートイーグルに数秒足らずで捕食される。
    四発の銃声で四つの命が散り、後には風が吹くだけ――

    (<::、゚::::>三)「あら?」

    ――の筈だったのだが、変な所で相手は用意周到だった。
    デレシアの瞳は、こちらに向かってくる一人の棺桶持ちの気配を捉えていた。
    一日に三人も棺桶持ちと出くわすとは、ますますこの街は怪しげだと、デレシアは訝しげに眉を寄せ、溜息を吐く。
    何はともあれ、視線の先――約九十ヤード――の物陰に現れた棺桶持ちは準備を整えている。

    こうなってしまえば、手は出さない方がいい。
    精々、口の動きから正体を予想するぐらいで済ませておこうと決めた。
    無粋な行いは、興を削ぐ。
    〝棺桶〟は大きく分けてAからCまでの三つのクラスに分類される。

    最も小型のAクラス、中型のBクラス、大型のCクラス。
    この街でデレシアが出逢った棺桶持ちの全員が、最も多く現存しているBクラスの棺桶を使用していた。
    男もまたその例外ではなく、口の動きが告げるのは、傑作Bクラス強化外骨格〝ジョン・ドゥ〟の機動解除音声コード。

    【+  】'゚J'゚)『そして願わくは、朽ち果て潰えたこの名も無き躰が、国家の礎とならん事を』

    最終コードを認識した棺桶が、男をその中に招き入れる。
    太陽光も差し込まない棺の暗闇の中で、筋力補助、防護、攻撃を目的とした軍用強化外骨格ジョン・ドゥが持ち主の男の体に装着され、吐き出される。
    この間、僅か十秒の出来事である。
    現れたシルエットは森林用迷彩の塗装が施され、所々が傷ついて剥げてはいたが、その異様な佇まいは生身の人間にとって脅威である事に変わりはない。

    デレシアは目を細めてその巨躯――目測で約七フィート――を見据えた。
    〝棺桶〟が放つ威圧感は相変わらず、その自信に満ちた立ち姿も、相変わらずだ。



    〔Ⅲ゚[::|::]゚〕


    〝棺桶〟。
    正式名称、軍用第七世代強化外骨格『カスケット』。
    小型大容量バッテリーを電源に駆動する、機械仕掛けの鎧である。
    人が動かす事を前提に戦闘補助を目的として設計され、その力は戦車と戦闘機を単身で迎撃できる程。

    第三次世界大戦の前年に完成し、世界の終焉を補佐した、人類が生み出した最後の兵器。
    それが、カスケットだ。
    棺桶に酷似した型の運搬用コンテナに収容されていることから開発者によってこの名がつけられた。
    そして、戦地跡に死体と共に残されていた事と合わせて、俗称としての〝棺桶〟が定着したのである。

    現存する全ての棺桶は例外なく、大戦時に使用された物を発掘して復元したもので、その数が減る事はあっても増える事はない。
    正確な数は未だに不明だが、少なくとも、人類の発展をリセットさせるに足る数が製造された事だけは確かだ。
    軽量化と小型化の名残である、大量生産と強度を両立させたモノボーン・フレームは人体の骨と同じ形状をしており、
    その上に被さった防爆、防弾、防刃に優れた合成繊維の鎧は使いこまれているのが一目で分かる。

    頭全体を保護するのは、軽量にして強度の高いフルフェイス・ヘルメット。
    鉛弾を至近距離で浴びても、数発なら耐える優れ物だ。
    丸みを帯びた体は鎧を身に纏う石像の如く、剛健さの化身。
    躊躇わずに棺桶を使用したところを見ると、デレシアが行った一連の寸劇を目撃していたのだろう。

    機械仕掛けの三眼の双眸がデレシアに向けられ、無機質な眼の奥底から、未熟と分かる敵意が滲んでいる。

    (<::、゚:::>三)「……ちっ」

    デレシアの舌打ちが合図となった。

    ジョン・ドゥがその場から、時速一〇〇マイルに迫る速度で駆け出し、デレシアに襲いかかった。
    問答無用な対応から、既に飼い主――もしくは上司――に連絡済み。
    暫く見ない間に、オセアンも相当物騒になった物だと、デレシアは内心で嘆く。
    銃声がしても警察が動かず、代わりにマフィアが動いている。

    義勇軍でも気取っているのだろうか?
    そんな事を呑気に考えている間に接近したジョン・ドゥが、砲弾の勢いを秘めた飛び蹴りを見舞うが、デレシアは溜息交じりにそれを避けた。
    当たれば即死、運が良くて瀕死の攻撃を前にしてもデレシアは臆することなく、
    冷静にして非情な彼女の思考回路は必要最低限の行動と対応を割り出し、この程度の棺桶使いなら一分もかからない事を導き出した。

    使用する得物は二種類。
    脇の下に提げた二挺のデザートイーグル、腰に提げた二挺の水平二連式ショットガン。眼の前の三流が相手なら、これで十分だ。
    しかしながら、いずれの銃火器を使用しても棺桶の装甲を相手にするには威力が決定的に不足しており、このまま人間を相手取る様に使っても意味はない。
    その様な事は誰よりも熟知しているデレシアは、着地したばかりのジョン・ドゥの顔に向けて五〇口径の鉛弾を撃ち込んだ。

    棺桶による迫力満点の攻撃を受けてすぐさま反撃。
    更に振り返りもせずに撃った弾丸は正確に顔に命中し、ヘルメットの下で、棺桶持ちの男は狼狽を露わにした。
    しかし、堅牢なヘルメットは弾丸が彼の顔を肉塊にするのを防ぎ、永劫の安堵を約束した。
    少なくとも、男はそう思っていた。

    衝撃で軽く仰け反った頭を前に戻した時、視界から、デレシアは消えていた。
    男はそれからデレシアを見る事はなかった。
    それもその筈。
    姿勢を極めて低く沈め、地を滑る様に移動したデレシアは、男の背後にいたのだから。

    ジョン・ドゥにも――と云うより全ての棺桶には――弱点がある。
    ジョン・ドゥが孕んでいるのは、有効な視界が極端に限られると云う弱点だ。
    それは、その堅牢な鎧が持つ生来の物だった。
    強固な鎧があるからこそジョン・ドゥの棺桶持ちは安心して戦えるのであり、鎧を捨てる事は、強みを捨てることだ。

    鎧を捨てる英断を下せる潔さが無ければ、今のデレシアを視界に捉える事は出来ない。
    背後から首筋に一発、至近距離からデザートイーグルが獰猛な声と鉛弾を喰らわせる。
    守られているとは云っても、心的ストレスは確実に男の頭から思考力と冷静さを奪う。
    その太い腕が、自らの腰を弄る。

    しかし、そこに在るべき物がないと直ぐに気が付いた。
    デレシアは親切にも、その疑問に対する答えを与えてやることにした。

    (<::ー゚::::>三)「これを探しているのかしら?」

    再び、首筋に衝撃が訪れる。
    しかしそれは、デザートイーグルのそれでもショットガンのそれでもなく、男が持っていた強装弾が放てるイングラム短機関銃の物だった。
    瞬く間に一〇〇連装の弾倉を一つ使い切り、それが首の関節部に押し込まれた。
    男は首を動かそうとするが、関節に食い込んだイングラムがそれを妨害した。

    取り除こうと腕を挙げた瞬間。男の肩が爆ぜた。

    〔Ⅲ゚[::|::]゚〕「ぐああっぁぁああ?!」

    露出した脇の関節部を下から撃ち抜くのなら、デザートイーグルで十分事足りる。
    逞しい右腕はだらしなく垂れ下がり、血が滴り落ちた。

    〔Ⅲ゚[::|::]゚〕「……いっさまぁああああ!!」

    怒りに満ち溢れた男の咆哮。
    武器を奪われたジョン・ドゥには、武装と呼べるものは拳足しか存在しない。
    その内の一つが潰され――

    〔Ⅲ゚[::|::]゚〕「ぁひぎっああっ?!」

    ――銃声の後に、左脚も潰された。
    バランスを崩したジョン・ドゥが左膝を突く前に、右脚の関節が十二番口径のスラッグ弾に撃ち抜かれ、結局、両膝を突いて前のめりに倒れる事となった。
    左手はまだ動くが、しかし、三か所から流れ出す血は彼の命そのものであり、残り数分足らずで死に至る事を如実に物語っていた。

    〔Ⅲ゚[::|::]゚〕「ひっ……ひぃっ……」

    棺桶持ちはその殆どが、絶対的な自信を持っている。
    生身の人間相手に自分は負けない、殺されないと云う過大な自信だ。
    それを撃ち砕かれた時、今まで自分を支えて来た矜持が折れ、二度と立ち上がる事は出来なくなる。
    大きな鎧は小さな心を隠す為の殻でもある。

    現れた素の心は、惨めで哀れだった。
    ヘルメットの隙間に散弾を装填したショットガンの銃口を潜り込ませ、銃爪を引いたデレシアは、ある意味では、非常に慈悲深く、聡明だった。
    これ以上悪戯に恐怖する時間を与えず、目撃される時間を引き伸ばす事をしなかったのだ。
    銃声はくぐもり、そう遠くまでは響かなかっただろう。

    海洋都市オセアン。
    人身売買を平然と白昼堂々と行い、棺桶持ちが闊歩する現状。
    だからと言って治安が悪いとは言い難く、安定した治安の中、経済も右肩上がりに発展している現実が在る。
    デレシアが思っているよりも、オセアンには〝面白い事〟がありそうだった。

    その時、ふと、頭を過ったのは耳付きの少年の姿だった。

    (<::ー゚::::>三)「…………んふ」

    自分らしくはないと思いながらも、銃口を男の頭から外したデレシアは口元を綻ばせ、妖艶な笑みをフードの下に浮かべた。
    ここはひとつ、この街に根付いている黒幕気取りの誰かの思惑に便乗し、彼女も独自に楽しませてもらう事に決めたのであった。

    * * *

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    オセアンの平穏が大きく揺らいだのは、地平線の向こうに夕日が沈み始めての事、午後五時を過ぎたあたりであった。





    いつも通り、少年は店の裏で夕食――残飯を一皿に寄せ集めた物――を一人でゆっくりと食べていた。
    だが、少年の耳が変わった音を捉えた時、それは起こった。
    市場に面する通りにその看板を掲げるスリー・スター・トラットリオの隣には、二階建てのマフィアの事務所――元は白亜の遺産――が一つある。
    その事務所が、耳をつんざく爆音と共に激しい爆炎に包まれ、建物の窓ガラスが全て砕け散り、そこから火の手が上がったのである。

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    思わず耳を押さえ、少年は身を丸めた。
    通りが騒然とする。
    少年のいる裏通りも、突然の爆発に慌てふためく人の声で溢れだす。
    問題だったのは爆発もそうだが、マフィアの事務所が吹っ飛んだ事だった。

    それは不穏極まりない狼煙に他ならず、事件解決までの間オセアンは騒がしくなる。
    残っていた夕食を全て平らげ、ガタの来ている水道で顔を洗い、口を濯いだ。
    それから少年は、店主が呼ぶまで耳を押さえて蹲っていた。
    爆発の瞬間に聞こえた人の悲鳴が、耳から離れなかった。

    (∪;´ω`)

    * * *

    想像よりもやや迫力に欠ける爆発に、デレシアは不満そうに眉を顰めた。
    爆薬の量が足りなかったのだろうか? しかし、あれ以上爆薬を増やせば建物が崩れてしまう恐れがあった。
    隣のスリー・スター・トラットリオに被害が及ばない――もらい火があれば行幸――程度を予定していたが、
    もう少し、個人的には派手な方が狼煙としては完璧だったのだがと、内心で嘯き、デレシアはフードの端を掴んで目深に被り直した。

    野次馬に混じって燃え盛る建物の様子を見届けたデレシアは、その場から静かに立ち去った。

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    爆破したのはこの界隈――主に東部――を牛耳るゴルドン・ファミリーの持つ事務所で、侵入して爆弾を設置するのはあまりにも容易だった。
    狼煙の効果が実証されるまでには時間がかかる場合がある。
    それを省略する為にもっと派手にしたかったのだが、いずれにしても、賽は投げられた。
    後は、なる様になる。デレシアの予測が正しければ、直ぐにでも相手は食いついて来る筈だった。



    餌は昼の段階で撒いてあり、それが実れば行幸だ。
    黄昏時、血を思わせる夕焼けよりも尚赤々とした炎は、原初の恐怖心を煽り立て、この炎の意味を知る者は狩りたてられた獣の様に怯え竦むだろう。
    訳知らぬ者には牽制を。
    心当たりのある者には、この上ない宣戦布告となる。


    効果が出るまでの間、現場付近から遠ざかるのが常だ。
    群衆の間を抜け、デレシアは市場から市街地に向かった。
    東のコルト海に面した市場から西に向かうと、世界有数の近代都市が姿を表す。
    市場付近は太古からある白亜の建物が多く連なっているが、市街地は現代的な高層ビルが犇めきあっており、


    経済の拠点としてその名に恥じない賑やかさと淑やかさを兼ねていた。
    消防隊の車が続々と現場に向かうのを横目で見て、薄らと笑む。
    次第に風景が近代的に変わり、道行く人々からデレシアに向けられる好奇の視線も、市場とは数が違ってくる。
    だが同時に、異なる種類の視線も感じる。


    観察する様な、一挙手一投足を見逃すまいとする、ねっとりとした視線だ。
    昼の間にデレシアに関する情報が流れてきたに違いないと、感心した。
    これはいよいよもって、興味が湧いて来た。
    こう云う時、デレシアが取る行動は大体決まっていた。

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    ビルの間。
    出来るだけ、喧騒と人眼から遠ざかった場所に足を運び、適当な店で食事をする。
    ところが今回は、食事の過程が抜け落ちる結果となった。

    「……そこの女、待て」

    あと二〇メートルで酒場だったと云うのに、その無粋な人物は剣呑な雰囲気を声に含ませて、デレシアを引き留めた。

    (<::、゚:::>三)「何か用?」

    振り返った先にいたのは、ダークスーツの男が一人。
    Bクラスの棺桶持ちの男が、一人。


    【+  】ゞ゚)「あれはお前の仕業だな?」



    黒い広鍔の帽子を被った男の顔は陰っていてよく見えないが、声から想像するに、歳は二十代後半。
    スーツを下から押し上げる筋肉質の体と、背負った棺桶、そして一部の隙もなく身構えた佇まいは、只者ではない事を雄弁に物語っている。
    現にデレシアがローブの下で手を動かした時には既に、棺桶を開く準備を整えていた。
    銃弾よりも疾く背を向け、何事も無かったかのように悠然とその身を棺桶が包む事だろう。

    贅肉の様な矜持を感じさせないことから、マフィアの人間ではなく、雇われた用心棒的な人間である事は明白だ。

    (<::、゚:::>三)「だとしたら?」

    【+  】ゞ゚)「ねじ伏せる」

    風が帽子の淵を揺らし、濁った血の色をした瞳が窺えた。
    風に乗せて、男が謳う。
    それはジョン・ドゥとは異なる、強化外骨格の機動解除コード。


    【+  】ゞ゚)『正義による正義の為の正義の行い』


    その極めて短いコードは量産型では有り得ない。
    〝名持ち〟の棺桶に相違なかった。
    嘗て、一つの強大な軍事国家が在った。その名はカリメア合衆国。
    二十二世紀末、世界を統一する一歩手前まで昇りつめた、最初で最後の国家。

    世界最強の国家が強力な強化外骨格を初めて世に送り出し、二十三世紀初頭に現在の形に落ち着いた。
    その歴史の中でも、〝名〟は取り分けて優れた物にだけ与えられる、一種の称号。
    即ち、性能の証明だ。
    デレシアは紡がれた一節が、カリメア初代大統領〝エイブラハム・カーネル〟の言葉である事を思い出し、その厄介さも同時に思い出した。

    相手は名持ちの中でも更に厄介な、ガバメント・シリーズの一号機、〝エイブラハム〟。
    場末の用心棒が持つには、全く似つかわしくない品だった。
    製造された数は僅かに二十体。
    〝エイブラハム〟の特筆すべき点は、その装着時間と解除コードの異様なまでの短さだ。

    つまり、素早く身に纏っていち早く前線に立つ事の出来る、実戦向きの強みがある。
    反面、ガバメント・シリーズで最も膂力、脚力が劣っているが、対人戦なら何ら問題はない。
    ジョン・ドゥに比べて、エイブラハムの鎧は角張っていたが、それは単純な装甲の厚さを意味している。
    正面からの攻撃を防ぐその設計と機能は、嘗て戦車の装甲にも用いられた物と同じであり、軽量化や機動性を無視した、最前線で戦うのに必要な重装甲。

    目的に特化した単純な姿はまるで、巨大な岩だ。
    約二二〇ポンドもあるそれを背負ってデレシアを追っていたとなると、相当な手練と認めて相手にする必要がある。


    (<::、゚:::>三)「……名前は?」


    ≪i-◎-≫「名乗る義理はない」


    エイブラハムの特徴とも言える単眼は八フィートの位置から静かにデレシアを睨めつけ、
    両腕が持つ専用の自動ショットガンの二つの銃口は、ただ斜め下の地面を見つめていた。

    (<::、゚:::>三)「そう」

    両者、動かず。
    ただ、時が過ぎ、陽が沈む。
    双方は心得ていた。
    力量の測り知れぬ相手との立ち廻り方を。

    迂闊に手を出さずに、最初の行動から全てを割り出し、対処し、撃滅する。
    夜の賑やかさが、足元から湧き出して太股を撫で擦っている様な気分だった。
    よもや、この様な街でこの様な体験が出来るとは。
    人間、長生きしてみる物だと、デレシアは密かに笑む。

    久方ぶりの緊張感を、じっくりと余すことなく味わう。
    風が夜の気配を連れて、デレシアの髪と戯れ、踊る。
    相手は通行人が二人に気付く前に、決着をつけに来る。
    それは少し考えれば分かる事。

    (<::、゚:::>三)「……」

    どう動くかとデレシアが期待を込めて目をすっと細めた時、相手が動いた。
    左手のショットガンが火を吹く。
    十二番ゲージの散弾が直前までデレシアがいた空間を食い破り、狙いの逸れた弾は奥にあった酒場の扉に穴を開けた。
    銃声が辺りに轟く。

    横飛びになって避けたデレシアを追って、今度は右手のショットガンが火を吹く。
    フルオート射撃による圧倒的な制圧力を見せつけ、背筋をナイフで撫でられるような緊張感にデレシアは笑みを抑えきれず、口元にそれが浮かんだ。
    散弾を避けようと思うのならば、恐怖心を押し殺す必要がある。
    散弾は距離が開くほどに威力減退と反比例して、殺傷の範囲が広がる。

    つまり、散弾が比較的纏まった状態にある近距離に身を置き、戦う事。
    それが最善ではあるが、しかし同時に、最も愚かしい行動でもある。
    纏まった散弾程恐ろしい物はない。
    無数の弾が肉を抉るだけでなく、凄まじい衝撃が体を襲うのだ。

    つまり、近距離は一撃必殺の射程距離。
    屋内であれば、デレシアは更なる苦戦と一層のスリルを強いられていただろう。
    しかし今、屋外に吹く風が散弾を散らし、命中精度を著しく低下させている事が、デレシアにとってはプラスに働いていた。
    着地と同時にエイブラハムに向かって、デレシアは姿勢を低くしたまま確実に距離を縮める。

    身長差もまた、散弾対策になる。
    下向きに撃つ事は散弾の弱点だ。
    それも計算に入れての接近に、エイブラハムの遣い手は驚いた風であった。
    それはそうだろう。

    棺桶と散弾の組み合わせを前にすれば、大概の人間が背を向けて逃げるか、隠れるか、慌てふためき命乞いをするかだ。
    接近する人間など、そういない。

    (<::ー゚::::>三)「……こう云うのは初めてかしら?」

    エイブラハムには致命的な欠点がある。
    欠陥と言い換えてもいい。
    一掴みの砂が単眼に投げつけられ、それだけで、エイブラハムの視界を奪った。

    ≪i-●-≫「っ!!」

    眼が一つ。
    それは、エイブラハムが僅か一年で製造を中止された理由でもあった。
    銃弾の飛び交う戦場での使用が前提とされていた中、開発者は装甲の補強にかまけて肝心な眼を重要視していなかった。
    結果、戦場で身動きのとれなくなったエイブラハムは対戦車ロケット弾の的となり、

    狙撃手はその腕前を披露するのに格好の獲物となったのは、その時代の戦場を生きた人間なら知っていて当然の知識だった。
    だが、エイブラハムには堅牢極まりない装甲がある。
    ここからが見物だった。

    ≪i-○-≫「……ふはっ」

    (<::、゚:::>三)「あら?」

    ≪i-○-≫「女、感謝するぞ」

    (<::、゚:::>三)「される義理はないわね」

    牢固な装甲の鎧を纏っていたとしても、それを人間が動かす以上、関節が存在する。
    それも一つの狙うべき弱点だが、この男はそれを易々と許す程甘くはない。


    (<::、゚:::>三)「二度目はないわよ」


    セルフクリーン機構を備えた単眼に輝きが戻る。
    男のショットガンは弾切れになっていた。
    足元に落ちる赤いプラスチックの薬莢が、撃った散弾の数を物語る。
    デレシアの足元に出来たクレーターや周囲の建物の割れたガラスを見れば、銃撃の激しさが分かるが、
    デレシアが一発も撃っていない点を留意すると、驚くべきはデレシアの回避能力である事が分かる。

    夜の帳が下り、周囲が黄昏から夜へと切り替わる。
    夜空に星が煌めき、月が世界を白く涼しげな光で照らしだす。

    ≪i-◎-≫「願ってもない」

    再び剣呑な空気が流れたと思った矢先、邪魔者が現れた。

    ポд゚リ「何をしている!!」

    青い制帽と制服は警察のそれ。
    珍しく――高確率で通報された為だろう――職務を真面目に全うしようとしている。
    楽しみを邪魔された事が、デレシアは酷く癇に障った。
    絶頂を迎え損なった事は、許し難い。

    だが警官は何と五人もいる上に、コルトM4カービン銃と対戦車砲RPG-7で武装している。
    それでも、エイブラハムを潰すには不足ではあるのだが。

    ≪i-◎-≫「……ちっ」

    それは男の舌打ちだった。

    ≪i-◎-≫「……女、次は殺す」

    (<::、゚:::>三)「飼い主によろしく、役立たずの置物さん」

    巨体が軽々と飛び上がり、背にしていた三階建てアパートの屋上に着地した。
    逃げ場をしっかりと確保している辺り、侮りがたい相手だとデレシアは感心した。
    ただ、怖れるに値しない相手であるとも評価を下す。
    エイブラハムの弱点を掌握していない、対策をしていない、となれば今は未熟。

    未熟な棺桶持ちは脅威ではない。
    銃をもった経験のあるチンピラと同じだ。
    しかし、今し方中断された殺し合いの中、敵は本気を出していなかった。
    まだ、切り札を隠し持っていると考えられる。

    機が熟すのはそう遠い事ではないという確信があった。
    だから、直ぐには殺さなかった。

    ポд゚リ「おい!! ここで何をしていた!!」

    警官がにじり寄り、銃爪に指をかけている。
    何一つ喋らず、デレシアは豪然たる様で胸を張り、被ったローブの下から警官達を一睨した。


    (<::、゚:::>三)「……」


    ホ;゚д゚リ「ひっ……!」

    警官達の指が震え始め、接近を止めた。
    嘲る様な笑みを残して、デレシアは警官達の横を通ってその場を去り、スリー・スター・トラットリオに戻る事にした。
    追手が早くも来たと云う事は、狼煙の効果は表れたと云う事だった。
    となれば、料理は熱い内に食すのが礼儀と云う物。

    内心で狼狐の様に残忍な舌舐めずりをして、デレシアは己の爪牙を研いでおく事にした。
    不完全燃焼のこの鬱憤を発散しない事には、どうにも、興奮のあまり眠れそうにない。
    体は芯から火照っていた。
    指先から爪先まで、貪欲な獣欲が流れているのが分かる。



    捕食者の余裕と、悪魔的な思惑を剣呑な雰囲気に変え、デレシアの姿は夜の街に消えた。



    * * *


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    その晩、スリー・スター・トラットリオの客層は穏やかな物ではなかった。
    皆腰の下に銃を提げ、足元には黒い棺桶が並んでいた。
    客の所属と目的は統一されていた。
    棺桶と机の間を行き来して、ようやく、少年は各テーブルに酒と料理を配する事が終わり、店主に尻を蹴り飛ばされて店の裏に一人膝を抱えて座っていた。
    耳に届く音と匂いから、店内の様子が手に取る様に分かる。

    こう云う時、自分の持つ能力がありがたかった。
    退屈と孤独は、何時でも負の思考にしか発展しない物なのだから。


    (∪´ω`)「……にゅう」


    (=Ф善Ф)「なーご」

    いつの間にか仲良くなった野良猫と戯れ、少年は気を紛らわせる事にした。

    * * *

    (#,゚Д゚)「それで、犯人は何が目的なんだ?」

    黒髪をソフトモヒカンにした長身痩躯のゲイリー・ハートマンは、テキーラの入ったグラスを傾けながら、店にいる全員をその細いオリーブ色の眼で見回しながら尋ねた。
    しかし彼の発言力を持ってしても、その質問に答える者はいない。
    代わりに、店の奥にいたチョコレート色の髪と瞳をもつロニー・ロバーツが挙手することなく、発言した。

    (-ロニロ)「先程、市街地で〝葬儀屋〟と交戦したとの報告があります」

    それはまだゲイリー達の知らない情報だった為、皆が身を乗り出して話の続きを待った。

    (#,゚Д゚)「それで、葬儀屋はどうした?」

    (-ロニロ)「一時撤退したと」

    ゲイリーがグラスを叩きつける様にしてテーブルの上に置いた。
    天井から吊り下がった電灯が揺れた。

    (#,゚Д゚)「女一人相手に何をやってるんだ!! 今すぐに追いかけさせろ!!
         あの馬鹿にやってるのは小遣いじゃないんだぞ、今すぐにあいつの尻を蹴飛ばして働かせるぐらい、手前の脳味噌は考えられないのか!!」

    ゲイリーの声に、その場の全員が身を振るわせる。
    この市場の四分の一を取り仕切るマフィア、ゴルドン・ファミリーの〝狂犬ゲイリー〟は綺麗に爆破された事務所を首領直々に任されており、それを誇りにしていた。
    事務所にいた部下十数人が巻き込まれ、重要な書類や貴重品が燃えカスとなった。
    首領の信頼と自らの職務を果たせなかった責任は非常に重い。

    何せ、権利書や証文が失われたのだ。
    加えて、昼間からこの店で一人、離れた空き地で六人が殺されている。
    殺された人間の内、棺桶持ちは合計で三人。
    問題と疑問は山積みだった。

    (#,゚Д゚)「ボスはスポンサーに馬鹿にされて、雄牛みたいに怒り狂ってる!!
         いいか!! ゴルドン・ファミリーのメンツに関わる問題なんだ!! 手前等、もっと力入れろ!!」

    半ば隠居状態のゴルドン・ファミリー首領、シュターリン・〝レッドブル〟・ゴルドンは普段は老犬の様に大人しいが、一度激昂すれば、誰にも手がつけられない猛牛となる。
    唯一シュターリンを御せるとすれば、それは、彼等のスポンサーだけだ。
    首領でさえ、その人物と対面した事が無いと云うが、スポンサーの持つ力は、老獪なシュターリンが反旗を翻そうとしないところを見れば、容易に想像がつく。
    棺桶や武器を格安で提供してもらう代わりに、ゴルドン・ファミリーが商売で得た利益の一部をスポンサーへと渡すのだが、

    爆破による損失によって金が圧倒的に不足していた。
    そんな中、期限は三日後に迫っていた。
    事務所を任されていた身として、ゲイリーは一刻も早くこの騒動を治め、威厳を回復させなければならなかった。
    スポンサーには、ゴルドン・ファミリー以外にも飼っている組織がある。

    どこの組織も利益と勢力の拡大を図って日々凌ぎを削っている中で、優位性を保つ為に必要不可欠なスポンサーに見捨てられれば、ゴルドン・ファミリーは破滅だ。
    破滅を防ぐ為には、殺しと爆破の実行犯を捕まえ、一切合財の責任を取らせるしかない。
    誰にも気づかれずに建物に爆弾を――極めて正確な量と場所に――設置し、その手際の良さと爆弾の知識がある事から、
    単独犯では有り得ないと云うのが、警察と彼等の導き出した結論だった。

    ローブに身を包んだ女はどこかの組織に雇われた殺し屋、と云うのが一番濃厚な説だったが、女の風体と腕前に当て嵌まる噂は、
    キャクストンにあるランバーハットで行われた激しい銃撃戦だけだった。
    支払期限は残り三日。泣いても笑っても、スポンサーは待ってくれない。
    文字通り、彼等は死に物狂いで女の行方を探していた。

    不幸中の幸いだったのが、昼間の殺しが市街地にまで知られていたおかげで、報奨金欲しさに女を探しているチンピラが多数いた事だった。
    そして、老婆心ながらに雇っていた殺し屋、〝葬儀屋〟の存在もあった。
    これらの幸運に恵まれた事で、女はまだオセアンに残っている事が分かっている。
    これらを扇動して期日までに街中を虱潰しに探し、生け捕りにした末に責任を取らせれば、最悪の事態は避けられる。

    方法は決まっていないが、兎に角、捕まえなければ未来はない事だけは断言出来た。

    (-ロニロ)「……市街地はチンピラどもに見張らせています。
          目撃情報があれば、直ぐにでもこちらに連絡が来るようにしてあります」

    ロニーがさり気無くフォローし、その場の空気を話し合いの出来る物へと変える。
    このままでは、ゲイリーの愚痴を聞かされるだけで夜が明けてしまう。

    (#,゚Д゚)「……あ、あぁ」

    一度我を忘れると、ゲイリーは冷静さを欠いた行動をしてしまう。
    周りが補佐すれば、その唯一の欠点を補える。
    狂犬の渾名は、この事に由来していた。

    (#,゚Д゚)「この街にいる事は分かってるんだ。
         いいか、この女は棺桶持ちを平気で殺せる奴だ。
         見つけ次第、余計な事を一切せずに棺桶を使え、いいな!!」

    店内にいた三十人近くの男達が、各々の得物の具合を確認して、席を立った。
    一秒でも早く女を見つけ出す。
    口々に呪詛を吐きながら、ゴルドン・ファミリーの生き残り達は陽の暮れた街に繰り出すべく、入口に眼を向けた。
    次の瞬間、全員がその顔を驚愕に瞠目したまま凍りつかせ、言葉を失う事となる。


    (<::、゚:::>三)「こんな所に虫螻が集まって、誰かを探しているのかしら?
           それとも、いっぺんに駆除されるのを待っていたのかしら? だとしたら気が利いているわね」


    殺気と熱気で火照っていた空気が、一瞬にして凍りついた。
    来訪者は、男達が捕えたいと切実に願っている女性、デレシアだったのだから。

    * * *


    (;∪´ω`)そ


    耳付きの少年は、その声を聞いた時、顔を上げて店に視線を投げかけた。
    木製の壁の向こうに、デレシアが来ている。
    扉の隙間から洩れて来る殺気に身を振るわせる。
    足元で少年にじゃれていた野良猫は、いつの間にか逃げていた。

    空気が冷たい。
    これから何が起こるのか、少年には分かり兼ねた。
    何故、この場所にやってきたのか。
    誰も彼もが彼女を捕えようと血眼になっているのに、わざわざ危険を冒してでもやってくる理由が、ここにはあるのだろうか?


    少年は頭が沸騰する様な思いで思案したが、無駄だった。
    少年は女性が心配だった。
    これから、よくない事が起こる。
    間違いなく怪我人、死人が出るような騒ぎが起こる。


    胸騒ぎではない。
    確信だった。
    無力な少年に出来るのは、デレシアが怪我をせず、死なない事を願うだけだった。


    * * *


    驚くべき事に、棺桶持ちは三十人中二十人もいた。
    恐らく、会話に出て来たスポンサーが提供しているのだろう。
    足元に並ぶ棺の中身は、大体がジョン・ドゥだと思われるが、一部は別格と思われる。
    一つだけ店の壁に立てかけられた、異様な雰囲気を放つ大型のCクラスの棺桶が気になるところだ。

    (<::、゚:::>三)「で、虫螻の返答は?」

    ΩΩΩ『そして願わくは、朽ち果て潰えたこの名も無き躰が、国家の礎とならん事を!!』

    一斉に、解除コードが口紡がれ、厳ついジョン・ドゥの巨体が犇めき合う。

    〔Ⅲ゚[::|::]゚〕゚〕゚〕゚〕゚〕゚〕゚〕゚〕゚〕゚〕゚〕゚〕゚〕゚〕゚〕゚〕゚〕゚〕

    (<::、゚:::>三)「うわむっさ」

    木の床板を破壊して、デレシア目掛けて一斉に踊りかかる。
    デレシアの顔を包み込めるほど大きな掌を屈んで避けるが、風圧がフードをデレシアの頭から外し、素顔が電灯の下に現れてしまった。


    ζ(゚、゚*ζ「……無粋ねぇ」

    デレシアの足運びは優雅を極め、一種の芸術性を秘めていた。
    襲いかかる強化外骨格の腕を掻い潜り、巨体の傍をすり抜け、舞踏じみた軽やかさで暴風の中心点に向かう。
    狭い空間で優軍との距離が密接な状況では、ジョン・ドゥはその性能を発揮できない。
    元は少数で戦えるように設計されているだけに、団体戦は性能を殺す様なもの。

    愚にも付かぬ軽率な行動。
    それが、彼等の命取りとなる。
    ローブの下から水平二連式ショットガンを二挺取り出し、軽々と跳躍。
    一機のジョン・ドゥの頭に着地した。

    そこから、死の演舞が始まる。
    徹甲弾が装填された銃口をヘルメットに押し当て、一度引く。
    顔を覆っていた仮面の隙間から、肉片と血が飛び出した。
    崩折れる前に、デレシアはその頭を踏み台に、新たなジョン・ドゥの頭上に舞い降りる。

    銃口を背後と足場にしている頭に向け、同時に発砲。
    後ろにいた男は機械仕掛けの眼を撃ち砕かれ、足元の男は一人目と同じ様にして即死した。
    死んだ男の頭を再び足場にして、デレシアは高く跳躍。
    天井から吊り下がっていた電灯を掴み、勢いをつけて新たな足場――ジョン・ドゥの頭部――に飛び乗る。

    電灯が引き千切れ、店内の明度が落ちる。
    着地したばかりのデレシアを狙って、殺到する無骨な腕の波、群れが不気味な影となって蠢く。
    しかし、自在に空を舞う小鳥を捕えようとする赤子の様に、その手は虚しく空を切る。
    小鳥の可愛らしい囀りの代わりに、肉食獣の咆哮を思わせる銃声が、男達の耳にこびりついて離れない。

    狭い店内が硝煙の匂いに満たされるまで、そう時間は要さなかった。
    ようやく床に着地したデレシアは、ジョン・ドゥの足元を素早く移動し、
    カウンターの奥で怯えて身動きが取れなくなっている店主の傍にその身を置き、その鼻面に硬い拳を当て、一撃で気絶させた。

    (;‘゚パ)「おぶふっ!?」

    まだ店主には死なれては困る。
    頭を低く生きてもらう必要があった。
    その貴重な隙に、一機のジョン・ドゥが猛烈な勢いでデレシアに接近。
    捕獲を断念したのか、殺意の籠った拳がデレシアの眼前を通過する。

    スウェーバックで拳を回避したデレシアは、無謀にも接近してきた褒美の代わりに、徹甲弾を顔に送り込んだ。
    愚かな棺桶持ちは木製のカウンターに到達する前に倒れ、それきり、動かなくなった。
    ようやく集団戦の不利が分かったのか、一機のジョン・ドゥが腰から鉈を取り出し、それを構えると、他のジョン・ドゥが動きを止める。

    〔Ⅲ゚[::|::]゚〕「手前、何者だ!!」

    デレシアは答えない。
    答える義理が無い。
    前戯にも満たない連中相手に名乗る必要も、素性を教える必要もない。
    前座はただ黙って、デレシアの思惑通りの役割を果たして この世から消え去るだけでいいのだ。

    背にした酒瓶の棚から、スピリタス・ウォッカを手に取り、男達の頭上に向けて投げた。
    すかさずそれをデザートイーグルで狙い撃ち、透明な液体が男達に降り注ぐ。

    〔Ⅲ゚[::|::]゚〕「なっ、何をしや――」

    やや遅れて飛んで来た銀色のジッポライターを見て、誰かが悲鳴を上げた。
    スピリタスに引火し、液体を浴びていたジョン・ドゥが業火に包まれる。
    炎は鎧を舐める様に、愛撫するようにその体を撫で、火を恐れる獣の絶叫が男達の喉を振るわせた。
    次々とアルコール度数の高い酒を男達に投げ、成長した炎が店の天井や床を焼く。

    〔Ⅲ゚[::|::]゚〕「あ、ひあぁぁつあ?!」

    無事だったジョン・ドゥ達が、怒号と共に襲いかかる。
    単純で軽率な行動。
    デレシアはそれらを見逃す筈もなく、次々と銃弾の餌食となる。
    視界不良の中、小さな双眸を正確に撃ち抜くデレシアの技量は神がかりと云う言葉でしか表現が出来ず、撃たれる側の男達からすれば、不運以外の何物でもなかった。

    いや、即死出来るだけでも、焼死した仲間よりは幸運だったと言えよう。
    その場が死者ないし瀕死の人間の溜まり場に変わるのは、直ぐの事だった。
    その頃には炎は店を赤く染め、人と鉄の焼ける匂いが充満し、黒煙が視界を埋め尽くした。
    そろそろ、店を出なければ二人だけとなった生存者も、ローストされるのは時間の問題となる。

    生かしておいた店主を蹴り起こし、その胸倉を掴んで、デレシアは詰問した。

    ζ(゚、゚*ζ「あの子、幾らで買ったの?」

    (;‘゚パ)「は? は、な、なんで燃えて……!! に、逃げな……!!」

    立ち上がりかけた店主の腹を殴り、デレシアは脱出を許さない。
    内臓が潰れたのが、拳の感触で分かった。

    (;‘゚パ)「はがっ?!」

    ζ(゚、゚*ζ「返答は?」

    (;‘゚パ)「ふ、ふざけろ!!」

    ζ(゚、゚*ζ「ふぅん」

    そう口漏らし、胸倉から手を離した代わりに棚から酒を一本手に取る。
    キャップを外し、改めて、質問した。

    (;‘゚パ)「なにをっ……!!」

    ζ(゚、゚*ζ「この炎の中、ウォッカ浴びて出る勇気がある?」

    (;‘゚パ)「や、止めろ!! 冗談じゃねぇ……!! 冗談じゃねぇ!!」

    ζ(゚、゚*ζ「えぇ、冗談じゃないもの。
           されで、返答は?」

    (;‘゚パ)「さ、三〇〇ドルだよ!! それより早く――」

    口に三五〇ドル分の硬貨を押し込み、デレシアは言い放つ。

    ζ(゚、゚*ζ「私が買わせてもらうわ。
            ノーと答えるなら、ウォッカもつけるわよ」

    店主は何度も首を縦に振り、デレシアの申し出を承諾した。
    耳付きよりも我が命。
    当然と言えば当然の反応だった。
    デレシアは約束通り、ウォッカの栓を締め直して、カウンターを飛び越えて店外に向かった。

    取り残された店主も脱出を図るが、それは僅かに遅く、崩れ落ちた天井が店主を押し潰した。
    スリー・スター・トラットリオはその長い歴史に幕を下ろした。
    店外は騒然としていた。
    銃声と悲鳴と、加えて炎が市場に住む住民達を不安のどん底に叩き落としていた。

    彼等が心配していたのは、暫くの間休止していたマフィア同士の抗争の再発だったが、それは杞憂に終わる。
    裏口から人知れず脱出したデレシアは、そこで頭を抱えて丸くなっている少年を見つけた。
    首輪には鎖が繋がっていて、店から逃げられない様になっていた。
    デレシアの姿を見ると、少年は驚いた風な、安堵した様な顔を浮かべた。

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    ζ(゚ー゚*ζ「こんばんわ。良い夜ね」

    (∪´ω`)「……あ、……はい」

    ζ(゚ー゚*ζ「ねぇ、君。生きて世界を見てみたい?」

    (∪´ω`)「……ぇ?」

    ζ(゚ー゚*ζ「このまま鎖に繋がれていたい? 誰かに蹴られて、そんな人生で満足?」

    (∪´ω`)「…………?」

    少年は無言だった。
    言葉の意味を深く考えられないのだろうとデレシアは推論し、それも仕方のないことだと、吐息を鼻から漏らす。
    生まれながらにこの生き方が定着している以上、それが、この少年にとっての常識なのだ。
    耳付きは差別の対象。差別されて当然だと、少年自身が思っている事が問題だった。

    そこでデレシアは、別の問いを投げかけようとして、止めた。
    少年の耳が動き、異音を察知したのだと分かる。
    デレシアの高性能のレーダーと同格の性能を、少年は生まれながらに持っていた。
    ただ、それは理屈――獣の感性――に基づいた物で、デレシアのそれとは性質が異なる。

    ζ(゚ー゚*ζ「……少しだけ待っていてね。君、耳を塞いで」

    そう言って、デレシアはデザートイーグルの銃口を鎖に向ける。
    少年は言われた通りに耳を塞ぎ、銃声が鳴り響いた次の瞬間、首輪に繋がっていた鎖は砕け散った。
    そして、デレシアは背後に気だるげな眼を向け、殺意を剥き出しにした。

    ζ(゚、゚*ζ「……そう、先に逃げてたの」

    闇に蠢く一つの影。

    【+  】,゚Д゚)「一目見て分かったよ。あんた、相当やるね」

    背負うのはCクラスの棺桶。
    そして、男が発する荒々しい怒気は背なより吹きつける熱風よりも、熱く猛々しいが、
    デレシアの嬌艶とした仕草と視線を前にしては子供の憤怒が如き大人しさ、幼稚と言い換えられる。
    とは言った物の、対峙する相手が悪かっただけで、デレシア以外の人物がその前に立てば、

    狂気じみた闘志を前に警戒心を露わにしただろうが、彼女は豪胆を超越した精神と経験に基づく自信を持ち合わせ、この程度では眉ひとつ動かさない。
    しかし、デレシアの欲求を満たす最低限の実力を持ち合わせている事は事実であり、棺桶を使用するのを、慈悲深くも待つ事にした。

    【+  】,゚Д゚)「後悔させてやる」

    そして、男は謳う。

    【+  】,゚Д゚)『願うは平安、祈るは平穏、望むは永久の平和也』

    それは、デレシアの予想を覆し、期待を裏切った。
    嬉しい限りだった。
    合衆国産ではなく、ジャネーゼ国のSDFが使用していた強化外骨格。
    自国の防衛と自衛を目的として設計された、戦闘と云うよりかは防護特化の機体。

    言い換えれば、陸海空、あらゆる場面での活動が可能な汎用型の棺桶だ。
    性能は世界屈指、惜しむらくはその使用用途だけだった。
    別の使い方がされていれば、ガバメント・シリーズの最高傑作と余裕で渡り合えると謳われたほど。

    そのCクラス強化外骨格の名は――

    ζ(゚ー゚*ζ「へぇ……〝ガーディナ〟とは、珍しいわね」

    /ⅰ《゚::|::゚》)

    身の丈、実に十五フィート。
    目の当たりにすれば、その迫力は恐るべきものがある。
    スカイブルーに塗装された、空気力学に基づいて設計された、洗練された曲線の鎧。
    正面からの銃弾を受け流す構造は自衛に特化し、正に、その体現とも言えるシルエットをしていた。

    肩に背負った身長と同じ長さの刀は、ガーディナの象徴だった。
    強化外骨格自体はほっそりとしていたが、長身のもたらす威圧感は健在で、刀はそれを引き立てる効果があった。
    顔全体を覆い隠すヘルメットの奥に隠れた機械仕掛けの双眸は、まるで洞窟の奥に埋まった宝石の様。
    巨人の剣士。

    その比喩がしっくりくる。
    正に、ジャネーゼを象徴する機体だった。
    柄に掛けた両手の指は生き物の様に蠢き、抜刀の瞬間を待ち望む。

    /ⅰ《゚::|::゚》)「達磨にしてやる……糞女ぁっ!!」

    直後、地面が爆ぜた。
    デレシアの眼は全てを見ていた。
    吐き出した溜息を刀が縦に切り裂き、遅れて、巨体がそれを霧散させるその一連の流れを。
    恐るべき加速力。

    全ての機能が最高値に等しいだけはあり、デレシアの前髪が数本犠牲になった。
    完全に回避する事は叶わなかった。
    刃を横に反し、胴体を両断しようと振り払う。
    デレシアは仰け反り、それを回避する。

    胸の僅か数ミリの所で刃は通り過ぎ、デレシアの血肉を味わい損ねた。

    /ⅰ《゚::|::゚》)「らぁっ!!」

    返す刃で殺そうとするも、デレシアはバク転でその場を離れ、斬撃をやり過ごす。
    風塵が彼女のローブを撫でる。
    反応速度は流石、ガーディナと言う他ない。
    仕手のセンスもさることながら、人間の動きを淀みなく反映するその処理速度。

    巨体に似つかわしくない素早い動き。
    どれをとって見ても一級だ。
    楽しみ甲斐のある相手だった。
    体重と勢いの乗った軍刀に触れれば、あらゆる物――例えそれが金属であっても――を両断し、斬り伏せる。

    全てが一撃必殺の領域。
    デレシアに戦慄を覚えさせるには程遠いが、それでも、ちょっとした遊戯程度の価値はある。
    連続して斬撃が繰り出されるが、デレシアはその全てを紙一重で回避し、敵の実力の奥底を覗こうとする。

    /ⅰ《゚::|::゚》)「っめるなぁっ!!」

    袈裟切りの一閃を余裕をもって回避した時、底が知れた。
    男の本質は狂気。
    理詰めの攻撃ではなく、本能の赴くまま、ただ相手に必殺の一撃を加えんとする犬。
    それは最も愚かしい行動であり、棺桶の性能に頼り切って、その真価を発揮できない典型例だった。

    大振りの一撃を回避し、デレシアは戯れを終わらせる事に決めた。
    これ以上遊んでいても、面白味に欠ける上に時間の無駄だった。
    所詮はマフィアの飼い犬。
    そこまで期待したのが失敗だったと嘆きながら、デレシアは幕を下ろしにかかる。

    興醒めにも程があった。
    あえて隙を見せると、案の定、男は嬉々として刀を頭上に振り下ろした。
    それを足捌きだけで回避。
    刃は地面に突き刺さり、それを抜こうと一瞬、攻撃の手が止まる。

    ζ(゚、゚*ζ「がっかり、えぇ、心底がっかり。それで終わりよ、犬」

    軍刀を横から蹴りつけ、一撃で破壊した。
    折れず、曲がらず、剃刀の切れ味と鉈の重みを兼ね備えた究極的な刃物を、文字通り、一蹴したのである。

    /ⅰ《゚::|::゚》)「ぬっ?!」

    バランスを崩したその顔に、デレシアは銃を向けた。
    製造コストが戦闘機一機に匹敵するだけあり、Cクラスの棺桶は弱点が非常に少ない。
    巨体と云う点から、関節部に対する攻撃はほぼ無意味と言っていい。
    しかし、デレシアはその数少ない弱点を知っていた。

    首から上にある節からなら、人体に銃弾が届くのだ。
    その最たる例が、双眸。
    五〇口径の巨大な銃口がそれを無表情に覗き込み、次の瞬間、破裂させた。

    /ⅰ《゚::|::^。゚ ・ ゚「ぴゃっ?!」

    両足が震え、そして崩れ、二度と起き上がる事はなかった。
    相手が手練だったらと思うと、非常に残念極まりなかった。
    最も、今の時代では棺桶本来の性能を引き出せる人間の方が少ないのだろう。
    しかし、それでも、世界は広い。

    これだけ棺桶持ちが闊歩する街なら、デレシアを満足させるだけの実力者がいてもおかしくはない。
    まだこれは前哨戦。
    本番はこの狼煙が街の奥深くに隠れ潜む人間がデレシアを狙い、最終的には、この街を牛耳る何者か――全く恨みはない――の思惑を、捻り潰す事。
    銃に弾を装填してから、背後で小さくなっていた少年に眼を向け、目線の高さを合わせる為に屈んだ。

    何事も無かったかのような口調で、デレシアは語りかける。

    ζ(゚ー゚*ζ「それで、話の続きなんだけどね」

    (∪´ω`)「……は、はい」

    ζ(゚ー゚*ζ「君はどうしたい? 今のまま、誰かに好きにされたい? それとも、自分の意志で生きて世界を見てみたい?」

    少年は答えない。
    デレシアの言葉の真意を理解しようと、必死に反芻している姿は小動物に似ていて、思わず、頬が緩む。

    (∪´ω`)「……わからない……です」

    ζ(゚ー゚*ζ「……なら、少し試してみる?」

    (∪´ω`)「ためす?」

    小首を傾げ、少年はデレシアを上目づかいで見る。
    胸が締め付けられるような、消え飛んだと思っていた母性本能が鎌首をもたげ、保護欲が湧いた。
    だが、デレシアは気持ちを抑え込み、しっかりと説明をした。

    ζ(゚ー゚*ζ「そう。この世界を知ってから、自分で生きるか、誰かに生かされるかを決めるってこと」

    (∪´ω`)「……でも、ぼくは……」

    怯えた眼が、燃え盛る店に向けられる。
    それだけで、デレシアは察した。

    ζ(゚ー゚*ζ「君はもう、あの店主の物じゃないわよ」

    (∪´ω`)「え?」

    ζ(゚ー゚*ζ「話をしたら〝快く〟承諾してくれてね。だから、君はもう自由なのよ」

    (∪´ω`)「あの、でも……その……」

    少年は俯き、次第に口ごもる。

    ζ(゚ー゚*ζ「まだ、よく分からない?」

    (∪´ω`)「……はい」

    ζ(゚ー゚*ζ「それなら大丈夫。答えが出るまでの間、私が一緒にいてあげるわ」

    デレシアは宝珠の様な乳白色の手を、そっと差し伸べる。
    少年はびくつき、窺うような眼でデレシアを見る。
    どうやら、握手の意味を知らないようだ。
    残念そうな溜息を吐き、その手を少年の頭に乗せた。

    少年は体を強張らせた。
    ゆっくりと、優しく、慈しみの想いを込めてその小さな頭を撫でると、次第に緊張が緩和して行き、強く瞑っていた瞼が薄らと開き、デレシアを見た。

    ζ(゚ー゚*ζ「私は君の敵じゃないわ。だから、恐がらないで。
           ね?」

    (∪´ω`)「ぁぅ……」

    とは言っても、信じられないだろう。
    と云うよりも、理解できないだろう。
    それまで、この少年の世界は敵しかおらず、味方と云う概念がそもそも存在しなかったのだ。
    流石のデレシアも、これには困った。

    これでは青空を知らない人間に蒼穹を語るが如く。
    本人が実際に触れ、感じて覚えない事にはどうしようもない。
    そしてデレシアは、味方と云う物を教える術を知らなかった。
    正確に言えば知ってはいたが、果たして、それがこの少年に有効か否か、分かり兼ねた。

    言葉で説明しようかと一瞬だけ考えたが、直ぐに、自らの愚案を罵った。
    行動で教える以外、味方の意味を伝える方法はないと云うのに。
    この時、デレシアは一つの重要な決断を下すと同時に、大切な事を思い出した。

    ζ(゚ー゚*ζ「……君、確か名前ないんだよね?」

    (∪´ω`)「……はい」

    ζ(゚ー゚*ζ「なら、私が君に名前をあげる」

    (∪´ω`)「え?」



    ζ(゚ー゚*ζ「君の名前は、今日からブーンよ。
           ……私の、大好きな名前なの」

    そう言って、デレシアはブーンと名付けた少年を溢れんばかりの愛しさで、抱擁した。
    小さな体は震えていて、心臓は動悸していた。
    後頭部と腰に回した手に力を入れ、力強く胸に引き寄せる。
    髪を撫で、頬ずりをして、だがしかし、言葉は使わなかった。



    巨大な氷を体温で溶かす様に根気強く、その想いを伝える。
    デレシアにとって、それは久しぶりに感じる人間の温もりだった。
    儚さと無垢の純粋な結晶とも言えるブーンの存在は、長年の旅で疲れ、やつれたデレシアの心を潤した。
    ブーンは何も言わなかったが、丸まった可愛らしい尻尾は嬉しそうにフリフリと動いていたのであった。





    〃(∪*´ω`)






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                                         To be continued.
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    第一章【encounter-出逢い-】 了

    NEXT→第二章【sisters-お姉さん-】
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