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第二章【teacher~せんせい~】

  1. 名前: 歯車の都香 2017/04/15(土) 19:32:59
    第二章【teacher~せんせい~】

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    Iltrian philosophy about war is simple and clear.
    イルトリア人の戦いに対する哲学は単純明快だ。

    That is to say, esthetics and philosophy are unnecessary in the war.
    即ち、戦いに美学と哲学は不要だ、ということである。

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              | li| ......................................................  | .......................................................   |
             | ll| ......................................................  | .......................................................   |

                                ―――イーディン・S・ジョーンズ著/【戦争史】


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    Mariana Tunnel ⇒ August 2nd
    【08:00】
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                                        マリアナ・トンネル ▼八月二日
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    暗く、じめじめとした、長く続く圧迫感のある空間だった。
    二〇ヤード毎に壁に設置された海藻色の非常灯は、三つに一つは明滅を繰り返すか切れて押し黙っているかしていた。
    その下についている温度・湿度計は故障しているために正確な数字は分からないが、人が不快に感じる環境なのは間違いない。
    定期整備に費やされていた金と時間を別のところに動かしたのだから、こうなることは誰にでも予想できたことだ。

    海底深くに設置された旧時代のトンネル、“マリアナ・トンネル”が使用できる状態になったのは、僅か二世紀ほど前のことである。
    発掘されたトンネルの復旧が不完全であるために、定期的に状態を確認し、補修を行うのはどうしても必要なことだった。
    毎月十回の整備と補修はこの二世紀の間休むことなく行われ、布で巨岩を研磨するような気の遠くなる復旧作業が根気強く続けられていた。
    少なくとも、今日に控えたイベントのために変更される二ヶ月前までは。

    マリアナ・トンネルは高さ六十五フィート、幅五十四ヤード、全長約三マイルの蒲鉾状の巨大トンネルで、復旧に使われた重機がところどころに停められていた。
    トンネルには五つの検問所が設けられ、合計で八〇名の警備員によって厳重な警備態勢が敷かれてる。
    そして、その全員が戦闘経験を積んだ棺桶持ち――第七世代軍用強化外骨格“カスケット”の使用者――であった。
    “名持ち”の棺桶ではないが、適切な整備と調整を受けた“ジョン・ドゥ”と“ジェーン・ドゥ”の二種類が警備員、指揮官仕様の“ソルダット”が各要所の責任者に与えられている。

    棺桶を使った実戦経験が二桁以上。
    それが、彼らに共通している能力であった。

    「……どういうことだ?」

    最初にその異変に気付いたのは、上司の指示に逆らって密かに定期連絡を検問所間で行っていた最古参の警備員だった。
    スキンヘッドに白い髭の男は、日に焼けた太い腕を組み、通信機を耳から外す。

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                    r'__: :ィ云≧、:.:.:.:.:.::.:.:.:.:.::.:.:.:.:.::.: :.i
                   {//ソ¨//////≧==‐‐-斗=ミ:.:.::.:.:l
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    「どうしたんです、ボス?」

    彼の次に経験豊富な男が問いかける。
    有能な副官として五年間付き従ってきた男の言葉に、禿頭の男が声色を変えずに答えた。

    「“ヘアー”からの連絡が途絶えている」

    男が持つ通信機からは、ノイズが聞こえるだけ。
    声らしきものが何も聞こえてこないだけでなく、応答する際に生じる短い電子音もない。
    この場合、通信機の向こう側に誰もいないか、誰も出られないかの二つが考えられる。

    「取り込み中の可能性は?」

    臨機応変な対応が常に求められる職場であるため、予定にない作業のために席を外すことはよくあること。
    だが、それでもおかしいのだ。
    日常茶飯事の中にも、彼らが決して忘れないことがある。

    「全員が席を外すなんて事態なら、俺達にも連絡が来るはずだ。
    それも、十五分以上も繋がらないなんて、異常事態でしかないぞ」

    必ず最低でも三人は持ち場に残り、予定が変更された場合は必ず連絡を寄越すのが、彼らのルールだ。
    そのルールだけは、流石に破ることを強要されたとしても誰も破ることはない。
    連携力こそがこの職場の強みだと云うことは、誰もが理解している。
    一つの解れが全ての崩壊に繋がることがあることを、彼らは知っていた。

    彼らは素人ではなかった。
    全員が胸を張ってプロフェッショナルであると断言できるほどの、実力のある集団だった。
    自信があるとないとでは、仕事に対する誇りの度合いと取り組みも変わってくる。
    勿論、それが十分な実力と豊富な経験に基づく自信であれば、の話だが。

    「“ブレイン”に連絡――」

    状況を決して楽観視をしなかった男の判断は、間違ってはいなかった。
    指示を出しつつもソルダットの収まったコンテナに足を向けた動きに、一部の無駄も見受けられない。
    しかし、それでも遅すぎた。
    それは、事が起こる前に行動していたとしても間に合わないほど、静かに、素早く、そして用意周到に行われていたのだから。

    この日、この時、この瞬間。
    何をどうしていたとしても、男達が助かる道は一つもなかった。

    「しっ……――」

    言葉の途中で、男はこれまでに経験したことのない、強烈な眠気に襲われた。
    まるで頭を見えない獣に鷲掴みにされ、強引に眠りの世界に引きずり込まれるかのような凶暴な眠気だ。
    瞼が接着されたように持ち上がらず、体に全く力が入らない。
    足からも一切の力が抜け、崩れるように膝を地面に突き、受け身も庇い手も出来ずに顔から倒れる。

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        ∨|!l|!:||!i       ' ,// /ヾ    {    |       { /
      ......\|!l|!:||!i||!|l!|li|i|l//   ...,,二=Ⅵ!|!|!l|!i       / /  /   ___/__.  
    ''"""'''"^ \|」!|! _ノ{/じ'__,,斗‐''¨´.^''^"...\|!、|!||li|!|/l!|/  .,_ー=彡'´ ̄ ̄.'''^"'. ̄  
    .─=≡.    .`<彡'=‐''¨     .─=≡.  . .゙~ゝ_/_ー'彡=‐''´            
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    痛みは、あった。
    麻酔で感覚が消え失せる直前のそれと同じ程度の、甘い痛みなら。
    何か言葉を口にしようとするも、浅い息が漏れるだけ。
    意志に反して眠りに落ちているのは、彼だけではなかった。

    つい数秒前まで話していた男も、その部下も。
    百戦錬磨の猛者が、友が、誰もが等しく倒れている。
    完璧なまでの異常事態。
    警報を発令しなければ、大事に触る。

    頭上には、多くの命があるのだから。
    彼らの故郷。
    彼らの帰るべき家、守ることを誓った場所が、そこにあるのだ。
    その強い想いは、男の口から辛うじて二つの言葉を絞り出させることに成功した。

    「は……が……」

    義務を果たさなければ。
    職務を全うしなければ。
    責任感の強い男の意志は、だがしかし、眠気の前には無力だった。
    吐き気を促す甘い誘惑に引き摺られ、やがて、男は眠りに落ちる。

    そうして、黒に染まった男の意識は二度と戻ることはなかった。

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    Mariana Tunnel
    【08:37】
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                                                マリアナ・トンネル
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    「ん~ふ~ふ~、ふふん」

    音程を外した鼻歌が響いている。
    それは、神を称え、神に感謝をする歌。
    辛うじて讃美歌の一節だと分かるほどの音痴であったが、歌い手はそれを気にした様子もない。

    「ん~ふ~ふ~ん~、ふんふふん」

    固い踵が鉄の床を叩く音が響いている。
    それは、人ならざる者の跫音だった。
    重々しく禍々しい跫音を生のままの状態で生み出すのは、今の人類にはまだ難しい。
    悪鬼か、それとも暴力の化身でなければ、この跫音は生まれない。

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        /    //        /  \  、 ./     /           \リ \.:.:.∨   /
       厶    //  ∴           \_/     ///             \_∨/
       \\_// '     、                / /イ/
         ̄ ̄                  从,イ'//  //ィ', //
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    しかし、人類はその跫音を人工的に作り出すことに成功していた。
    現代の人類ではなく、過去の人類が、それに成功したのである。

    「ふ~んん~」

    そして、暗く、じめじめとしたマリアナ・トンネルは甘い死臭に満ちていた。
    漂う死臭は、柑橘系の香りに蜂蜜を混ぜた香水のそれに酷似している。
    普段トンネルに漂っている磯と錆の匂いとは、似ても似つかない芳香だった。

    「ふんふふん~」

    鼻歌を歌うその異形は、訪問者ではなかった。
    侵入者であり、殺戮者であった。
    今はマリアナ・トンネル唯一の生存者としての肩書を手に入れ、厳重な警備を破った突破者でもある。
    招かれざる来訪者の正体は、たった一機の棺桶。

    八〇名の屈強な警備員達は、その棺桶持ちの侵入と侵攻を阻止することができなかった。
    足元に転がる物言わぬ警備員の光を失った半開きの目からは、皆一様に血の涙が流れていた。
    顔からは血の気が完全に失せ、死を物語る灰色の顔になっていた。
    死体となってしまえば経験など、なんの意味もないということを如実に表した構図だ。

    ――全てが、情報通り、そして予想通りの展開だった。

    「ん~んふ~」

    警備員の細かな配置と巡回時間、人数と経路。
    装置の詳細と欠点。
    そこまで分かれば、八〇人を一人で殺害するのは訳のない話だ。
    無用な戦闘と無益な殺生をせず、全てが無駄なく予定通りに進行していた。

    Bクラスの棺桶、“プレイグロード”はこうした空間でこそ、その真価を発揮する。
    此度の作戦にこの棺桶持ちが選ばれたことは、若い棺桶持ちにとって僥倖と言えた。
    プレイグロードの棺桶持ちが己の優秀さを知らしめるいい機会となり、プレイグロードのいい実戦演習の――あまりにも脆すぎて、とても演習とは呼べない結果ではあったが――披露の場となったからである。
    これで、文句を言う輩が限りなく減ることだろう。

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    .            ////////////∧
               イ//////////// ∧
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    /、゚買゚〉「ふん~っふ~」

    頭巾のような三角の頭部と、不気味に輝く黄昏色の両眼。
    膝の高さまで垂れ下がった左腕には長く鋭利な五本の鉤爪がついており、歩みに合わせて前後に揺れ動いている。
    右手は巨大な三角錐の鉄塊を持ち、その先端部は深紅に染まっていた。
    その棺桶は、全体を黒の特殊繊維で覆った強力な装甲で守られた、太古の書物に載っている処刑執行人のような姿をしていた。

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    .          {:{三三三三三三三{ .l :! l:T三「」 三三三三三三三三三三三三三三三三三三
              ‘ー ’ l: : : : : : : : : : ーーー|」 三三三三三三三三三三三三三三三三三三三三
                    |: : :\: : : : : : : : : :!ー―───────────────────
    .              } : : : : \:.: : : : : : :|_____________________
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    ゴム質の繊維で覆った装甲は、肉で作られたローブを纏っているよう。
    それは、夜間で目視されにくい色と形状で作られた、死を振り撒く棺桶だった。
    丸みを持ったその肩には、金色の木が描かれており、プレイグロードには本来存在しない装飾だった。

    /、゚買゚〉「んんん~、ふんん~」

    マリアナ・トンネルを我が物顔で歩く棺桶。
    死体の傍を上機嫌で歩く棺桶持ち。
    その棺桶持ちは、トンネルの先に何があるのかを熟知していた。
    そして、何が待っているのかを。

    鉄のゲートを右手の鉄塊で軽々と叩き壊し、八〇の命が守っていた道を進む。
    “ハート”と呼ばれている検問所を前にして、プレイグロードは歩みを止めた。
    そこには、巨大で重厚な鋼鉄の扉があった。
    黄色と黒のストライプで警告を発する扉には、若干の錆はあったが傷は一つもない。

    /、゚買゚〉「……みぃつけた」

    海上都市ニクラメン。
    ――人工の島たるこの街の海底から、それは始まろうとしていた。

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    Clothing ⇒ August 2nd
    【08:40】
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           |          `‐-‐´  .|       ...
            |   _____      |       ...
            |  .〔;;;;;;;;;;;;;;;〕      |       ...
          .|   ||__||       |        
         / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ \|       ...
                                             クロジング ▼八月二日
    ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

    一時間前まで蒸し暑かった取調室は、今は肌寒いぐらいに冷房が効いていた。
    一対一対応が常の取調室には五人の人間が入っていたので、少し息苦しくもあった。
    金色の保安官バッジを机に放り投げた男が一人。
    対面するのは、四人の重要参考人。

    保安官バッジを机上に投げた男、トラギコ・マウンテンライトは同じ質問をするのが嫌いな性分だったが、もう一度、同じ質問をした。

    (=゚д゚)「……もう一度訊くラギ。
        オセアンの事件に関する情報を、本当に持ってねぇラギか?」

    五人は友好的な関係ではなかったが、敵対関係にあるわけでもなかった。
    トラギコはこの四人の内誰か一人くらいは、オセアンで起こった事件に関する情報を持っていると考えていた。
    スーパーマーケットの事件とオセアンには、棺桶持ちが大量に殺害されたという非常識な共通点がある。
    それ以外にももう一つ重要な共通点が見つかったことは、まだトラギコの胸の内に秘められている。

    共通点が幾つあろうとも、それが確信にならない限り、トラギコは彼らを敵視しない。
    真実とは単純ではない場合がほとんどなのだ。
    そこで、安物ではあるが氷の浮かんだアイスコーヒーを四つ用意しているのは、彼らに対して敵意を持っていないというせめてもの意思表示のつもりだった。
    が、それでも彼を満足させる返答は得られていない。

    (,,゚Д゚)「俺は知らん」

    ギコ・ブローガン。
    三十六歳のイルトリア出身の元・イルトリア軍人。
    先日まで民間人質救出専門会社ホステージ・リベレイターに所属。
    警察本部に電話をして得られた情報は、これだけだ。

    結局、警察と名乗っていても懇意の情報屋から情報を買い入れるのが精いっぱい。
    見つかっただけでも良しとしよう。
    不満そうな面持ちをしているが、抵抗せずに連行されたその対応を見るに、慎重派であることが窺い知れる。
    軍人気質のイルトリア人によく見られる典型例だ。

    本部曰く、救出回数が実力数に結びつく人質救出業界では、名を知らぬ者はいないほどの有名人らしい。
    それがどうして、こんな辺鄙な街にいるのだろうかと、トラギコは素直に思った。
    イルトリア人から戦いを取り除くと後に残るのは屍だけとよく言われているが、彼は違うのだろうか。

    ノパ⊿゚)「右に同じ」

    名乗らない赤茶色の髪の女性。
    トラギコの分析では、この女性はかなりの曲者だ。
    嘘を吐く時に躊躇いがなく、こちらの質問に対して返答する時は声色を巧みに変えてくる。
    素人目には真実を語っているように見えるが、トラギコの目を誤魔化すことはできない。

    ぎこちない動きと顔に残る小さく新しい擦過傷から、彼女が負傷していることを察する。
    軽傷ではないだろう。
    身軽でよく鍛えられ、引き絞られたしなやかな筋肉を持つ彼女の運動能力が素晴らしいことは想像するに容易い。
    その動きに支障の出るほどの傷を負っているとなれば、必然的に重傷を負っていることが分かる。

    普通、そこまでの怪我を負ったら旅を一旦休止するだろうに。
    顔と足、つまり全身に怪我を負うほどの事故に巻き込まれたにしては、他の人間が無傷なのが怪しい。
    オセアンの騒動に巻き込まれた、という見方もできる。

    ζ(゚、゚*ζ「以下同文」

    波打った黄金色の髪を持つ美しい女性。
    長いこと人を見て分析する能力を身に付けてきたトラギコでさえ、この女性に関しては何も分からない。
    それは圧倒的な美貌に惑わされているのか、それとも、身に纏ったボロ布と見紛うローブに困惑しているのか。
    いや、どちらもありえない。

    トラギコは見た目で人を判断しない。
    見た目で判断すれば、必ず痛い目を見ることを知っているからだ。
    だから、トラギコはまずその人物の本質を見抜くように心がけ、仕事に従事していた。
    本質を見るには、眼を見ればいい。

    眼は嘘を吐かない。
    それが見てきたもの、体験してきたものの深さを反映する。
    微細なそれを見逃さなかったからこそ、トラギコは多くの犯人を捕らえ、処分してくることができたのだ。
    それは、経験に基づく彼の自信だった。

    それでも尚、トラギコは納得できなかった。
    どうしても分からない。
    どうして、別の世界を生きている存在のように感じてしまうのか、そう思ってしまうのかが分からなかった。
    女性のスカイブルーの瞳には、深淵を思わせる深い影があるように見える。

    瞳を見ても分かるのは、彼女が想像を絶する人生を生きてきた、ということぐらいだ。
    それも、トラギコの憶測に過ぎない。
    垣間見えるその憂いに似た影は、深海に眠る秘宝の様。
    油断をすればすぐにでも引き込まれそうになり、トラギコはさり気なく視線を隣に逃がした。

    (;∪´ω`)「お、ぉー……」

    そして、トラギコを困惑させる極めつけの材料は耳付きの少年だ。
    歳は六歳前後。
    他の一般的な耳付きと違わず虐げられていた痕跡が見られるが、それはこの二人の女性によるものではない。
    三人の間にある距離が、その証拠だ。

    どうやら、この耳付きの少年は金髪の女性の方に拾われたか救われたかしたらしい。
    トラギコが時折視線を向けると体を強張らせ、金髪の女性を最初に見るからだ。
    主従の関係なら、あのような目で見ない。
    希望も何もない、光を失った目を向けるのだ。

    トラギコは仕事上、数百の耳付きを見て、接してきた。
    性欲の捌け口にされる耳付きの少女。
    壊れにくい玩具として扱われる幼い耳付き。
    サーカスの見世物、射的の的として飼われていた耳付き。

    誰もが、同じ目をしていた。
    光を反射していない、濁りきった眼だ。
    絶望と諦め。
    そこに意志はなく、そこに自由はなかった。

    耳付きの平均寿命が十八歳と低い理由は、彼らを使い捨ての道具として考えている考えに帰着する。
    人よりも丈夫で、人よりも優れた感覚器官を持った耳付きが蔑まれるのは、この少年もそうであるように獣の器官を持っているからだ。
    平均年齢を底上げしている理由も、性欲処理のために生かされている少女達がいるからに過ぎない。
    少年だけの統計で見たら、平均寿命は二桁にも満たないだろう。

    彼らについての詳しい情報と云うのは、今でも残っていない。
    理由は二つ挙げられる。
    一つは、情報が揃う前に彼らは死んでいること。
    そしてもう一つは、道具として認識されている彼らの生態について調べようなどと云う酔狂な人間がこの世界にいないということだ。

    それが一般論だが、トラギコは一般論を支持するつもりはない。

    そのような曖昧なものを信じれば、真実を直視することはできない。
    だから、彼は今の状況を客観的に、彼の視点で見ていた。
    この三人に関して共通しているのは、名前・年齢・出身が一切不明と云う一点のみ。
    耳付きの少年と共に旅をしているようだが、その目的は皆目見当もつかない。

    その結果言えるのが、全くもって面白いと云うこと。
    それが彼をたまらなく興奮させた。
    目の前にあるのは、馳走の山々だ。
    気を緩ませればすぐにでも食いついてしまいそうになるのを、辛うじて理性が押さえ込んでいる。

    (=゚д゚)「……」

    彼は自分の直感を信頼していた。
    この四人はまともな人間ではない。
    何かしらの鍵を持っている。
    ただ、その匂いを巧妙に隠しているのだ。

    ――トラギコがスーパーマーケットに到着した時には、強盗団は全員死んでいた。
    十分な武装をしていたにも関わらず、ほとんどが一撃で殺されており、その重要参考人としてこの四人を連れてきた。
    誰が率先して殺したかは分からないが、硝煙の匂いがギコと金髪の女からしていたため、この四人を選んだのだ。
    しかし、トラギコは強盗団殺害について触れるつもりはなかった。

    現代の警察組織は、保険会社とよく似ている。
    被害を受ける前に警察組織に登録をし、毎月高い金を支払う。
    その見返りとして、事件を捜査して被害を受けた人間の報復を代行するのが、彼ら警察の仕事だ。
    トラギコが動いているのは、今は亡きロバート・サンジェルマンのオーシャン・トランスポート社との契約があるからであって、クロジングでの事件解決のためではない。

    こんな寂れた街の事件など、歯糞にしかならない。

    (=゚д゚)「喋りたくなければ喋らなければいいが、だがな、これだけは覚えておくラギ」

    トラギコはこれ以上彼らを束縛しても、意味がないことを理解した。
    新鮮な情報は対象が新鮮な時に得られるもの。
    ならば、泳がせるのも一つの技術と言える。
    ある意味で、トラギコは彼らを信頼していた。

    彼らなら、意味ある何かをトラギコにプレゼントしてくれるだろうと、トラギコは信じている。

    (=゚д゚)「俺は、相当しつこいラギよ」

    不敵な笑みと共にそう言って、トラギコは最後に付け加えた。

    (=゚д゚)「……アイスコーヒー、冷えてる内に飲むラギ。
        夏場に水分補給をしっかりとしないと、熱中症で倒れるラギよ」

    自分のアイスコーヒーを一口で飲み干し、毒が入っていないことを証明してから、トラギコは部屋を出た。
    彼の嗅覚は、有益な情報がすぐ近くにあることを嗅ぎ取っていた。
    スーパーマーケットに残されていた証拠品の中に、それはあったのだ。
    オセアンで起きた事件とこの事件を結びつける、最大の鍵。

    ――即ち、棺桶の固い装甲を貫き、棺桶持ちを殺した得物、五〇口径の凶悪な拳銃である。

    * * *
    ――――――――――――――――――――

    トラギコが去った取調室に残された四人は、一先ずアイスコーヒーを飲み、一息入れた。
    警察にしては珍しいタイプの人間だと、デレシアはトラギコに対して評価を下した。
    決して低い評価ではない。
    むしろ、近代で会った警察官の中でも二番目に彼のことを高く買っている。

    一つの事件に対してあそこまで執着できるのなら、さぞや優秀な警官なのだろう。
    保安官バッジを持ってはいたが、このクロジングの人間ではない。
    クロジングに警察の部署が出来たとしたら、それは異常事態に他ならない。
    ここは、外部との接触を極端に制限することで平穏を維持してきた街なのだから。

    彼は見え透いた手で己の素性を偽ってでも、オセアンでの情報を手に入れようとしていた。
    情報に対する執着心は、そのまま警官として、刑事としての有能さに直結する。
    膨大な量の情報だけが真実に近づき、真実だけが、真相を語るからだ。
    近年は足を使い、情報を自らの五感を使って収集する人間が最近は減ってきているのだが、彼は違う。

    こうしてデレシア達を自由にしたのも、泳がせて情報を引き出そうとするために違いない。
    勘の良さそうな勤勉なあの男なら、オセアンの事件と今回のスーパーマーケットでの一件に残された共通点を見つけ出す事だろう。
    同じ銃から発射された銃弾であるか否かを調べるには、ジャネーゼで作られた顕微鏡とダットの二つが必要になる。
    貴重なダットを証拠品の検査に使うには、複数の手続きと承認を得なければならない。

    その工程故に時間は稼げるだろうが、警察が本気で腰を上げた時のことを考えると、楽観視はできない。
    早急に彼の前から姿を晦ませないと、ゴキブリ並にしぶとい執行部が出てくるかもしれないのだ。
    トラギコの称賛すべきところは、事件発生から到着までの時間が驚くほど短い点である。
    その早さは、油断していたとはいえ、証拠品となる薬莢を回収しようとしていたデレシアを上回るほどだった。

    警官は足を使う職業であることを再認識させる、素晴らしい働きだ。
    デレシア達にとっては、素晴らしく迷惑な働きだが。

    (;∪;ω;)「……ぇぅ……にがい……です……」

    コーヒーを恐る恐る、舐めるように飲んでいたブーンが、涙を浮かべた眼でデレシアを見た。

    ζ(゚ー゚*ζ「あら、砂糖が入ってなかったのね。
          じゃあそれは、大人の味のコーヒーね」

    トラギコと警察に関する下らない考察を止め、デレシアはブーンに意識を向ける。
    あの男よりも、ブーンの将来の方が圧倒的に重要だ。
    子は、人類の宝なのだから。

    (;∪´ω`)「おとなの、あじ?」

    ζ(゚ー゚*ζ「そう、大人の味。
          甘いコーヒーもあるから、今度飲ませてあげるわ」

    (;∪´ω`)「ぉ……」

    しかし、ブーンはその言葉に好意的な反応を示さなかった。
    苦みはそこまで強くないコーヒーだったが、ブーンにとっては苦みの強い液体だったのだろう。
    一度苦手意識を持つと、子供と云うのはそれを克服するのがなかなか難しい。
    コーヒーが苦手でも生きる上では困らないが、飲食物に関して言えば、好き嫌いはするべきではない。

    何時何が起こるのか分からない世の中に生きる以上、食は重要な生命の要素だ。
    アレルギーや毒でもない限り、飲食物は全て摂取できる状態にあるのが最も好ましい。
    デレシアの教育方針としては、ブーンには可能な限り多くの食べ物と出会い、そして経験を積ませたい。
    それは必ず、ブーンのためになるのだから。

    ノパー゚)「ミルクと砂糖を一緒に入れると、すんげぇ美味いんだぞ。
        後は、甘い物と一緒にそれを飲んでも美味い。
        朝飯の後に、もう一度飲んでみような。
        今飲んだコーヒーよりも美味く感じるからさ」

    見事なタイミングで挟まれたヒートのフォローの言葉を聞いて、ブーンはようやく首を縦に振った。

    (∪´ω`)゛

    ノパー゚)「よし、いい子だ」

    ぐしゃぐしゃとブーンの頭を撫で、ヒートは気を取り直した様子でデレシアに向き直った。

    ノパ⊿゚)「そのためにもよ、さっさと朝飯食おうぜ」

    ζ(゚ー゚*ζ「そうね。
          それじゃあ、行きましょうか、ブーンちゃん」

    (*∪´ω`)「……はい」

    一日の始まりは朝食から始まる。
    それもまた、デレシアがブーンに教えたかったことの一つであった。

    (;∪´ω`)「……あの」

    (,,゚Д゚)「……」

    (;∪´ω`)「……ありがとう……ございました」

    (,,゚Д゚)「……気にするな、坊主。
        じゃあな」

    どうやら、礼儀に関しては細かく言わなくてもブーン自身で分かっている部分があるようだ。

    * * *
    ――――――――――――――――――――

    一人取調室に残ったギコは、二つのことについて考えを巡らせていた。
    一つ目は、つい先ほどまでこの部屋にいたデレシアを含めた奇妙な余所者達だ。
    デレシア、そして赤茶色の髪の二人の女性は人の生死に対して並外れた耐性がある。
    取り分け注目すべき存在は、やはりデレシアだ。

    生身で棺桶持ちを殺すほどの実力者は、イルトリアにも十指程度。
    得物が拳銃でとなると、イルトリアの市長“戦争王”フサ・エクスプローラーだけがデレシアと同じ場所に立つ事ができる。
    そこに加えて、デレシアには大きな謎がある。
    それが、二つ目だ。

    あの場で投げかけたギコの問いは、イルトリア図書館で厳重に保管されている古文書に記述されていた一文だった。

    『棺桶に片足を突っ込んでいるのか?』

    それは、棺桶持ち同士の間で使われていた一種のジョークと記述されている一文。
    その古文書には、当時の戦争の詳細――武器、兵器、戦術、兵士――が事細かに書かれ、それは現代の戦いにも十分すぎるほどに通用する内容だった。
    イルトリア軍の支柱とも言える本であり、軍の重要な構成物質でもある。
    その本を元に復元された武器、兵器が実際にイルトリア軍でも使われ、現在の地位を確固たるものとしているのだ。

    本の存在と内容を知っているのは、イルトリアの中でも地位のある人間だけ。
    新聞にも雑誌にも、ラジオにもその一節が登場したことはない。
    非常に重要な機密文章として保存され、秘匿されている。
    なのに、デレシアは書かれている通りの適切な返答をしていた。

    『それは蹴るものよ』

    半ば冗談のように訊いたつもりだった。
    好奇心のつもりだった。
    戯れのはずだった。
    だが、それが思いもよらぬ謎を引き当ててしまった。

    ギコは腕を組んで、繰り返し考える。
    偶然ではない。
    まぐれで、あれほど適切な対応ができるはずがない。
    デレシアは、受け答えの文句を全て知っているに違いなかった。

    何故だ。
    何故、デレシアはその答えを知っているのだ。
    可能性として有り得るのは、イルトリアの高官と知り合いか、イルトリアの出身者か。
    高官が口を滑らせたとは考えにくく、イルトリアの出身者という可能性がかなり濃厚であった。

    棺桶と対峙できる胆力、戦闘力。
    いずれも、イルトリアの人間が持っていて当たり前のものだ。
    だとすると、耳付きの少年――確か、ブーンと呼ばれていた――を引き従えていることにも得心がいく。
    イルトリアの深部に関わる重鎮だと考えれば、デレシアの存在は出鱈目ではなくなる。

    あの実力からすると、かなりの高位にいるだろう。
    実力主義のイルトリアなら、色仕掛けもコネも意味がない。
    逆を言えば、イルトリアに関わっていなければデレシアの存在は出鱈目ということになるのだが。
    フサと並び立つ存在は、ギコの知る限りイルトリアにはいなかった。

    と、すると。 デレシアの正体は、フサの切り札か表に出ていない関係者か?
    では、旅の目的は彼から受けた指令か何かが関係しているに違いない。
    まぁ、あの少年のことは気になるが、自分がこれ以上彼らに関わる必要はないだろう。
    単なる偶然だ。

    そう。 ただの偶然。
    だから、深く考える必要はない。
    思考の袋小路に入り込む前に、ギコは思考を止めた。
    不意に、ギコの脳裏に耳付きの子供の横顔が浮かんだ。

    ――最悪の気分だった。
    ゆっくりと考え事すら出来ない。
    今すぐに帰り、やるべきことをやり、そして、死んだように眠ろうと固く決意し、アイスコーヒーを一口飲んだ。

    今日は新しい人生の始まりにしては、ずいぶんと慌ただしい日になった。
    だから、思い出したくないことを思い出す。
    疲労は負の連鎖への銃爪になる。
    大切なことは、己が疲弊していることを自覚することだ。

    次からは獣でも狩って保存食を作り、菜園でも始めようかと、本気で考え始めた。
    何はともあれ、考えるのは家に帰ってからの方が何かといいだろう。
    アイスコーヒーを一気に飲み干し、それを机に置く。
    バイクのエンジン音が遠ざかるのを確認してから、ギコは重い腰を上げた。

    デレシア達が部屋を出て行ってから五分後、ギコも保安官詰所を後にした。

    * * *
    ――――――――――――――――――――

    夏の日差しがその強さを増していく中、肌に感じる風は徐々に冷気を孕んでいた。
    辛うじて舗装されていた道路も、途中から小石と土の道に代わり、人家は木立へと変わっていった。
    蝉が張り合うように鳴き、風が木々を揺らす音が辺りには満ちていた。
    クロジングと隣接する森、ドルイド山の麓にあるフォレスタはクロジングの一部として認識されているが、その実は異なる。

    地元の人間が“魔女の住む森”と呼ぶこのフォレスタは、歴史的にも事実的にもクロジングとは分離した土地である。
    ただ、クロジングにはフォレスタが自分たちの土地であると主張する者がおり、昔はよく小競り合いが起こっていた。
    ある時期を境にそれもなくなったが、最近はどうだか分からない。
    世界は海のように流動しており、全てを把握することはできないのだ。

    だからこそ、この世界は面白い。
    旅の日々で悟ったのは、不変ほどつまらないものはないということ。
    不変の存在をありがたがるのは、脳髄が芯まで腐った夢想者か理想主義者の特徴だ。
    クロジングとフォレスタの境目も、いつ変わるのかなんて、誰にも分からない。

    現に、遥か上空から見下ろせば、土地の境界線など誰にも分からないのだから。
    それは、海と川の境目を断言するようなもの。
    ありのまま、あるがままでいいのだ。
    それが、この世界を生きるということ。

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    サイドミラーに映る眼下に広がる田圃には、清らかな水が張られ、規則正しく植えられた青々とした稲が風に揺れている。
    水面は太陽の光を反射して煌めき、小さな湖か川を想起させた。
    その景色もやがて木々の間に隠れ、見えなくなった。
    果たして道と呼べるかどうか怪しい道になってきたが、デレシアの運転するバイクは悪路をもろともせずに走っていた。

    オセアンで見繕った単車はよく整備が行き届いており、前の乗り手――ヒートの幼馴染であるフランク――が大切にしていたことが分かる。
    ただ、オドメーターが72キロで止まっており、走らせる機会はあまりなかったようだ。
    木々が作った木陰のトンネルに入ると、ブーンが驚きの声を上げて天を仰いだ。
    つられてデレシアとヒートも顔を上げ、空を見る。

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    それは、意識しなければ見逃してしまうほど何気のない物だったが、美しかった。
    木の葉に隠れた陽光が、木の葉をエメラルドグリーンに輝かせている。
    そして、そこから差し込む光が淡い柱となって道を照らしていた。
    青空がまるで砕けたガラスの様で、白い雲は波飛沫を思わせた。

    視線を戻せば切り立った崖の先、山の谷間、そこに僅かに見える空に溶け込んだ群青色の揺らめき。
    それは大海の断片。
    風には仄かな潮の香りが混ざり、その香りは砂浜に打ち寄せる波を、岩場で砕け散る波を想像させる。
    潮騒が今にも聞こえてきそうだ。

    さわさわと聞こえる草木の音。
    木漏れ日の眩さ。
    漂う夏の空気。
    そして、木々の間を通り抜ける風。

    (*∪´ω`)「お……」

    心地よい涼風が、ブーンの黒髪をさらさらと撫でている。
    この子供は、ありのままを受け入れる広い心を持っている。
    それは一つの才能だ。
    成長すると失われてしまう貴重な才能を、デレシアは失わせたくなかった。

    デレシアは視線を前に戻し、少しだけバイクの速度を落とした。
    もっと、ブーンには感性を磨いてもらいたい。
    街で磨けないことは、自然で磨ける。
    同じく、自然で磨けないことは街で磨ける。

    総じて、子供は自然の中で育むのが一番だ。

    ノパー゚)「……」

    ζ(゚ー゚*ζ「……」

    ヒートもデレシアも、ブーンの姿を見て共に笑顔を浮かべていた。
    本当に。
    本当に、ブーンは可愛らしい。
    将来性に溢れ、邪気がなく、彼女達によく懐いている。

    きっと、ブーンは将来素晴らしい人間に育つ事だろう。
    綺麗事に目を濁らせず、痛みを理解し、自分の意志で歩む強さを持った、立派な人間に。
    そのためにも、毎日の教育が大切だ。
    美しい物を美しいと思える心を育むのも、また、教育なのである。

    樹木のトンネルを抜けると、新しい音が加わった。
    水が流れる、涼しげな音。
    ドルイド山の頂から滾々を湧き上がる、清らかな地下水と雪解け水が作った小川の音だ。
    音の方に向かい、デレシアはバイクを走らせた。

    ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
    ;;;;;;;;;;    ;;;;;; ;;;;;; ;;;;;;;;;  ,,'゙"゙'' ゙゙;;''
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    ;;;;;; ;;;;;;;;;    .,'゙"゙''; ""
    ;;;;;;;;;;; ;  ,:゙"゙''; ,' ;゙"
    ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

    川辺の道に出ると、左手に透き通った水が流れる川があった。
    その透明度は、スカイブルーの水底を歩く沢蟹や、沈んだ朽木が鮮明に見えるほど。
    清涼感溢れる川の深さは、ブーンの背丈とほぼ同じ。
    少し上ると、同じ透明度の湖がある。

    遊び場にするにはちょうどいい場所だ。

    ζ(゚ー゚*ζ「あとで、ここに遊びに来ましょう」

    (*∪´ω`)「ぉ……」

    次第に、陽の光が遠くなり、木々の背が高くなっていった。
    森全体が日陰のようにも見えるが、ところどころに光の筋が差し込んでいる。
    幻想的な森を進み、三十分が経った頃、ようやく目的の建物が見えてきた。

    ノパ⊿゚)「……? あれか、あのツリーハウスか?」

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      `;;.:.: .:,,:''ヽ.:.::、`=-::ニ:::ゞ::(_::゙:、:`¨¨¨);r=、ヾ::::::{':::/ア´ヾ゙:;ヾヾ:、::゙.:.ヽ::.;;.ヽ:.ヽ::´`゙ ゙ `ヽ
      ;''=''"::,, .:.:、、::ゞ,,.:.::=;;..''´..'';;_ヾ::''=、゙..::` }::}:.:.::!:/:;ノ:;':ソ:;'.:.;.';;_';:゙;;`丶;;:`ヾ;.:.、:.`::、._
      _;,:.''"´:.:.:.::_;;.. ::'';; .:.'': ...:.:`:、:;;''´ ''";;::_;;'.::|::|::.i.::{゙;;_;.''_::..:゙;;/´.:.:'';; .: .:..::´ヾ._ヾ:i゙:;, .:',.._
        ゙丶;;.:''´,:´:.:.;;゙、:.:.';;'' "⌒''      ,:゙::|::i:.:i.::|  '´ `''´   ,:'' ヽ:;:'⌒丶; `゙  `ヾ
             ;: ''´   '´             '゙´ |::i : .:.|            _,.:'
                            li :!.:.:l
    ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

    一際太い、いや、一際などというレベルではない。
    人が十人手を繋げるほどの大樹が、そこにあった。
    巨大な杉の樹は神々しく、堂々とした佇まいで、そして静かだった。
    初めは小さな苗木だったこの杉――母聖樹――も、今では樹齢二七〇〇歳を迎えている。

    その樹に寄り添うようにして、七〇フィートほどの高さの位置にツリーハウスがそっと建っていた。
    作られてから長い時間が経過しているのが、建物の表面を見て分かる。
    鮮やかな緑の蔦が焦げ茶色の柱に絡み、そのまま、奇妙な柄となっている。
    それは、杉の木と同化した建造物だった。

    ここまでいくと、家というよりかは自然の産物と言った方が適格な表現だろう。
    作られてからざっと一世紀は経過しているのだから、もう、そう言っても過言ではないのだ。

    ζ(゚ー゚*ζ「えぇ、魔女の家とでも言いましょうかね」

    (∪´ω`)「まじょの……いえ?」

    魔女という単語の意味が分からないようだ。
    少しだけ考え、デレシアは説明した。

    ζ(゚ー゚*ζ「ちょっと不思議な女の人ってことよ」

    デレシアは大樹の根元にバイクを停め、エンジンを切った。

    ノパ⊿゚)「……すんげぇ」

    ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
         ソ:リハw;::;;;j;;;;wi゙i;iiii;:ソ,゙゙゙:;i;:゙゙゙゙::iiii::゙゙゙゙:;i;:゙゙゙,ソ:;iiii;/iw;;;;j;;;::;wハリ:ソ
           ``Wj゙ハ'w,゙i:i;;i ;;゙゙゙:;;;;::.;;::;;;::;;;::;;.::;;;;:゙゙゙;; i;;i:/,w'バjW´`
                  ゙i;ii:ii:;i::.゙;;゙゙..;i;::::;i;..゙゙;;゙.::i;:ii:ii;/
                  ''r゙゙゙''';:,;;.:;:.:;ii;;ii;:.:;:.;;,:;'''゙゙゙r''
                   |;;;;..:;;;::゙゙゙... :: ...゙゙゙::;;;:..ヾ|
                    |. :;ii;::.゙゙,゙゙::;ii;;ii;::゙゙,゙゙.::;ii;:.|
    ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

    ブーンを抱えて降りたヒートは、ツリーハウスを根元から見上げ、感心したようにそう呟いた。
    風が木々の枝葉を揺らす騒めき。
    その中でも一際大きな音を発しているのが、この母聖樹だ。
    改めて間近で見ると、巨大な母聖樹の迫力に圧倒される。

    ζ(゚ー゚*ζ「さ、行きましょう」

    ヒートと共にブーンの手を引いて、デレシアは木製の螺旋階段を上り始めた。
    古びた木が軋みを上げ、螺旋階段全体が彼らの動きに合わせて軽く動く。
    手摺は付いておらず、焦って階段を上れば苔に足を取られて落下し、致命傷は免れられない。
    自然が作り出した天然の罠だ。

    苔に足を取られないように、デレシアとヒートは一段ずつ慎重に進む。

    ノパ⊿゚)「で、住んでるのはどんな人間なんだ?」

    ζ(゚ー゚*ζ「昔からの知り合いよ。
           服作りが好きなお婆さんで、昔はハイスクールで被服と言語、あとは一時的だけど美術の先生をやっていたのよ」

    ノパ⊿゚)「へぇ……
        それが魔女ねぇ……」

    最後の一段を上り終え、玄関の前に出る。
    木枠の窓に、木で作られたプランターが掛けられ、そこに植わった小さな黄色い花が三人を出迎えた。
    家の中から人の気配が近づき、そして、扉が開いた。

    ζ(゚ー゚*ζ「お久しぶり、ペニ。 元気そうね」

    扉から現れたのは、ストールを羽織った老女だった。

    ('、`*川「……あら、まあ。
         デレシアさん、お久しぶりですねぇ。
         お変わりないようで何より。
         それと、可愛らしいお客様が二人も」

    皺だらけの顔が、嬉しそうにくしゃりと歪んで満面の笑みを浮かべる。

    ζ(゚ー゚*ζ「えぇ。 ごめんなさいね、急に来ちゃって」

    ('、`*川「いいんですよ、デレシアさん。
         こうして貴女にまた会えたのですからね。
         さぁ、皆さん。
         大したお持て成しはできませんが、どうぞ上がってくださいな」

    後頭部に纏めて縛った髪は、かつては艶やかな黒髪だったが、今では見る影もない白髪になっている。
    だが、温和な笑顔だけは、昔と変わらない。
    “フォレスタの魔女”、ペニサス・ノースフェイスは文句ひとつ言わず、来訪者を迎え入れた。

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    Ammo→Re!! のようです
            \ゞゝ  ^` ̄   ヽ、/
              ヾ,ゝ    / ヾ、/_''|
               ,,|\、 ヾ---‐';"ソ\      Ammo for Relieve!! 編
             _/''" | | ;;;`ゝ,,,__  ̄ノ  .\__
           __/ |   | ; ;  / /      ヽ,
          / | .|.| 乂弋\/ /    /     \【第二章】
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    ┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻

    その部屋は広くはなかったが、高い吹き抜けの天井と大きな暖炉、そして木の温もりが溢れる場所だった。
    杉の木に隣接している部分は壁の一部が取り払われ、ごつごつとした樹皮が露わになっている。
    壁には大きなコルクボードが掛けられ、そこには写真が隙間なく貼られていた。
    まだ若い家主と学生服姿の少年少女が肩を並べて笑っているのが、コルクボードのほとんどを占めていた。

    部屋の隅には階段があった。
    家具は必要最低限のものだけが揃えられており、無駄のない生活をしている、几帳面な性格の老女であると推測した。
    だが、先ほどの表情と立ち振る舞いを見るに、神経質というわけではなさそうだ。
    ましてや、正中線を保ったまま歩くその隙の無さは、デレシアに通じる危険な香りさえする。

    柔らかな物腰と敵意の無さが、それを一層際立たせていた。
    ゆったりとした服に身を包む約五フィートの老女からは、穏やかな雰囲気が漂う。
    筋肉は年相応に衰え、指は細長く、皺だらけだった。
    だが、手の皮膚の一部が硬化しており、服作りの経験が長いことを物語っている。

    鳶色の瞳は垂れた瞼の奥、白い睫の奥に隠れるようにして据えられ、剣呑さは窺えない。
    どうしてこの老女が魔女と呼ばれているのか、ヒート・オロラ・レッドウィングには皆目見当もつかなかった。
    往々にして、渾名と云うのはそれなりの由来があって生まれるものだ。
    隙の無い老人と云うだけで魔女呼ばわりされるには、理由がかなり希薄すぎる。

    渾名と云うのは、例えば凄腕の殺し屋であったり、歴史に名を残すような殺人鬼であったり、その人物の経歴や素行に基づくものがほとんどだ。
    局地的に広まっている渾名ならば、街の人間に危害を加えたりだとかしなければ“魔女”の渾名は相応しくない。
    この一見して人畜無害そうな老女が魔女と呼ばれるに至った経緯は、果たしで何なのであろうか。
    魔女の名に相応しい行動となると――

    ――半ば無意識の内に人間観察を行っていることに気付いたのか、老女は顔をヒートに向け、綺麗な発音でこう言った。

    ('、`*川「あまり面白い物もないけれど、お部屋でも見てちょっと座って待っていて下さいね。
         今、美味しいコーヒーを淹れますから」

    コーヒーカップを二つ、そしてマグカップを一つ用意し、老女はゆっくりとした動きでコーヒーを注いだ。
    部屋に漂う香ばしいコーヒーの香りに、ヒートは感動さえ覚えた。

    ノパ⊿゚)「あ、あの……」

    ブーンのコーヒーには砂糖を、と言おうとしたが、老女がマグカップに角砂糖を三つと牛乳を注いだのを見て、それを取り止めた。
    老女は薄らとヒートに笑みを向け、理解を示した。
    細かな気配りはお手の物、ということらしい。
    全く隙が無い。

    ('、`*川「朝ご飯ができるまで、コーヒーをどうぞ」

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    .         !     r'´   r‐'
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        トヽ.-''´:.:.:::::::.:.:.:.::::::::::::::.ソノl
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    客人の前にコーヒーを並べ、老女はデレシアから受け取った食材を使って調理にかかった。
    視線を横に座るブーンに向けると、置かれたマグカップを満たす液体に興味津々といった様子だった。
    黒に近い茶色をした他のコーヒーと比べると、ブーンの前にあるそれはクリーム色に近い。
    漂う香りには甘味が含まれており、温度はミルクで冷まされ、湯気はそれほど立っていない。

    (;∪´ω`)「ぉ」

    ζ(゚ー゚*ζ「ブーンちゃん、ペニおばあちゃんの淹れるコーヒーは、とっても美味しいのよ」

    その言葉に促され、ブーンは両手で持ったマグカップの中をゆっくりと啜った。
    最初は一口。
    そして、二口、三口と飲んで行く。

    (*∪´ω`)「……おいしいです」

    嬉しそうにそう言って、ブーンはまたコーヒーを飲んだ。
    やはり、砂糖とミルクを入れたコーヒーを気に入ったようであった。

    ノパー゚)「よかったな、ブーン」

    (*∪´ω`)「……はい」

    頷いて、ブーンは喉を鳴らしてコーヒーを飲む。
    ブーンの向かいに座っていたデレシアが、指を二本立ててブーンに注意をする。

    ζ(゚ー゚*ζ「でも、飲みすぎると眠れなくなっちゃうから、一日二杯だけよ」

    (*∪´ω`)「……ぉ」

    少しだけ残念そうにそう返事をしたブーンは、気恥ずかしげに頬を緩ませ、朝食を作る老女の背に声をかけた。

    (*∪´ω`)「ありがとう……ございます」

    ('、`*川「はい、どういたしまして」

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              ,  ´               `ヽ、     ヽ\,彡'ミ三ニ彡'//
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        /     i!: : : : ,' ; ; ;   : : : :   vヘ       ',
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    トーストし終わったばかりの食パンの上にベーコンエッグを乗せ、老女はそれを全員の席の前に置いた。
    その後、たっぷりのレタスとトマトが盛り付けられたボウルが出され、朝食の準備が完了した。
    どうやら、朝食にハバネロを使うことはなさそうだった。
    朝から瑞々しい野菜が並ぶ食卓は、視覚的にもいいものだ。

    ノパー゚)「美味しそうですね」

    世辞ではなく、それは本心からの言葉だった。
    一流の料理人が作る朝食よりも、こうした素朴な料理の方がブーンの教育にも、ヒートの好みにも合っている。

    ('、`*川「お口に合えばいいのですけど、さぁ、召し上がってください」

    ζ(゚ー゚*ζ「いただきます」

    (∪´ω`)「い、いただ、きま、す?」

    デレシアが食事前に必ず口にする言葉の意味は分からないが、ヒートもその言葉を復唱した。

    ノパー゚)「いただきます」

    早速、ベーコンエッグが乗ったトーストに齧り付くと、ヒートはすぐに驚きに目を見開いた。
    舌に感じる仄かな辛み。
    このベーコンエッグを炒める際に、ハバネロを一緒に炒めたのだ。
    それも、風味と辛みがベーコンに移る必要最低限の量を。

    カリカリに焼かれたベーコンとハバネロの組み合わせは、想像以上に合う。
    肉の香ばしさとパンの甘味、そしてハバネロの辛みが絶妙な味を作り出している。
    作り立てだからこそ実現できる味。
    これが作られてから五分でも経過しようものなら、その味は全く異なるものに変わっているだろう。

    (∪´ω`)「お?」

    小さな口がベーコンに到達した時、ブーンの尻尾がわさわさと揺れた。

    ('、`*川「美味しい?」

    (*∪´ω`)「おいしい……です……ぉ」

    そう答えたブーンは、気恥ずかしさを紛らわすかのように、食事を続行した。

    ('、`*川「それはなにより」

    二口目を頬張ったヒートは、自己紹介をしていないことを思い出し、口の中にある物を飲み込んでから、名を名乗ることにした。

    ノパ⊿゚)「自己紹介が遅れました。
        あたしはヒート・オロラ・レッドウィング、デレシアとは……まぁ、道中で知り合って」

    ヒートとペニサス。
    赤の他人である両者に共通する点は、旅人のデレシアだけだ。
    しかし、デレシアと出会ったその過程を説明するのは時間がかかるため、ヒートはそれを簡略化した。
    自ら元殺し屋と名乗ることも、オセアンで一悶着あった際に手を貸してくれたのがデレシアだとも、それらをペニサスに語る必要性はない。

    ('、`*川「これはご丁寧にどうも。
         私はペニサス・ノースフェイス。見ての通り、ただの老人です。
         デレシアさんは、そうねぇ……私の恩人なの」

    どうやら、ペニサスとデレシアの間にも複雑な事情があるらしい。
    互いに深い部分に触れることなく、自己紹介は穏便に済んだ。

    (*∪´ω`)゛

    パンを食べるのに夢中になっているブーンに、ペニサスは柔らかな笑みを向けた。

    ('、`*川「僕、お名前はなんていうのかな?」

    口の中身を飲んで、ブーンはその質問に答えた。

    (∪´ω`)「ぶーん、です……」

    ('、`*川「そう、ブーンちゃんっていうのね。
         いい名前。
         私のことは、ペニおばあちゃんって呼んでくれるかしら?」

    (∪´ω`)「ぺに……おばーちゃ?」

    ('、`*川「そう。ペニおばーちゃん」

    (∪´ω`)「……ぺにおばーちゃん?」

    一拍置いて、ブーンはもう一度同じ言葉を口にした。

    (*∪´ω`)「ぺにおばーちゃん」

    ('、`*川「はい、そうですよ、ブーンちゃん」

    心なしか、ペニサスの立ち振る舞いと言動はデレシアと似た部分がある。
    特に似ているのが、ブーンを見る目つきだ。
    慈しみ愛でるようなその眼差しは、下心や別の思惑の入り込む余地がない。
    他者から見ても分かるほどの力を持つ眼差しと云うのは、経験と時間だけが作り上げることの出来る宝石のようなものだ。

    きっと、ペニサスは大勢の生徒に好かれ、慕われた教師だったのだろう。

    (*∪´ω`)「ぉ……」

    ζ(゚ー゚*ζ「ブーンちゃん、サラダもちゃんと食べないとだめよ」

    デレシアは木の器にサラダを取り分け、それをブーンの前に置く。
    ブーンはフォークをレタスと胡瓜に突き刺し、小さな口を大きく開いて食べた。
    シャキシャキと小気味のいい音を鳴らしながら咀嚼し、ブーンは飲み込んだ。

    (*∪´ω`)「おいしいです……」

    ヒートも一口食べ、その美味さに唸った。
    野菜が瑞々しく、穢れのない、綺麗な水の味がした。
    ビネガー・ドレッシングの程よい酸味が野菜の味を引き立て、食欲を掻き立てる。

    ('、`*川「このミニトマト、ペニおばあちゃんが作ったのよ」

    指さされた赤いミニトマトをフォークで掬い取ろうとするが、上手くいかない。
    まだ上手くフォークを操ることの出来ないブーンは、どうにかそれを取ろうとするも、丸くすべすべとしたトマトはフォークから逃げた。
    少しもどかしく感じたヒートが手を貸そうとするのを、デレシアとペニサスの両者が目線で制した。
    今はブーンにやらせた方がいい、ということらしい。

    (;∪´ω`)「……ぉ」

    フォークを握り直し、ブーンはもう一度挑戦する。

    (;∪´ω`)「んぅ……」

    そして、三度目の挑戦でようやくブーンはフォークにトマトを突き刺すことに成功した。
    その時のブーンの表情はとても晴れやかで、達成感に満ちていた。

    (*∪´ω`)「……ぉ」

    嬉しそうにトマトを口にして、ブーンは頬を綻ばせた。

    (*∪´ω`)「お」

    ('、`*川「どう? 美味しいかしら?」

    (*∪´ω`)「おいしいです……」

    はにかんでそう言ったブーンを見ているだけで、自然と、ヒートも幸せな気分になるのであった。

    * * *
    ――――――――――――――――――――

    海の記憶。
    大海原を突き進む巨大な船。
    砲火が夜の太陽と化して闇夜を照らし、曳光弾が流れ星となって降り注ぐ。
    潮の香りと火薬の香りが、思い起こされる。

    砂の記憶。
    足元と眼前に広がる砂の一粒一粒が、まるでそこで散った命の様。
    流れ出した血が砂に染み込み、そして熱風がそれをどこかへと運び去る。
    渇きと暑さに満ちた風景が、思い起こされる。

    空の記憶。
    眩い蒼穹に目を細め、風の音に耳を塞ぐ。
    足の下を流れる雲、その更に上に存在する雲。
    果てしのない蒼の景色が、思い起こされる。

    そして、森の記憶。
    鬱蒼と生い茂る木々と、踏みしめられた葉の香り。
    地面に這いつくばり、森に住まう獣と化した。
    木々の間から見上げた星空の美しさが、思い起こされる。

    ギコ・ブローガンには、かつて己が生死の淵に立ち、そして命の奪い合いをした記憶が約二十五年分蓄積されている。
    記憶は体に痛みと傷となって刻み込まれ、細胞の一つ一つが経験豊かな兵士となり、群体となってギコと云う人物を形成している。
    本人の意識とは関係なしにその群体は異変を、そして危険を察し、記憶に裏付けされた行動を起こすように学習していた。
    フォレスタの土地に一歩踏み入っただけで立ち止まったのは、彼の優秀な細胞が両足に働きかけた結果であった。

    二歩目を踏み出す時に、ギコの視線は地面に向けられた。
    これも、無意識の内。
    そして、乾いた地面に残るまだ新しい三本の轍を見咎め、その先に続く道に目を向けた。
    三十分から四十五分ほど前にサイドカーを付けたバイクがこの道を通り、フォレスタの奥に向かったことを示している。

    クロジングの街でツーリング目的の旅行者が乗るバイクを見かけることはよくあるが、フォレスタに向かうという物好きはいない。
    森を走るのが好きと云う人間もいるが、轍の太さから、オフロードタイプではない。
    仮に森を走破するのを目的としているのなら、サイドカーは邪魔にしかならない。
    サイドカーの付いたバイクを、ギコはつい一時間前に目撃していた。

    デレシアが搭乗していたものだ。
    可能性として、デレシア一行がフォレスタを訪れている可能性が浮上した。
    フォレスタを越えた先にあるのはドルイド山、そしてクラフト山脈。
    オフロードタイプのバイクでも、奥に分け入るほどに険しくなるフォレスタの森を越えるのは難しい。

    訪問者がデレシアであろうとなかろうと、フォレスタを越えることが目的ではないのは明白だ。
    フォレスタに野宿をするか、それとも森林浴に来ただけか。
    誰であれ、森の中で鉢合わせることだけはご免こうむりたかった。
    人から遠ざかるための家で人と関わるなんて、皮肉以外の何物でもない。

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    森へ近づくにつれ、木の数は数を増し、土の色が濃く変わってゆく。
    濃い色をした土は、フォレスタの土地に足を踏み入れた証拠。
    積み重なった落ち葉が作り出す豊かな土壌は、長い年月を経て朽ちた葉が数万層にも重なり作り出した天然の絨毯だ。
    足の裏でフォレスタを感じながら、ギコは我が家に向かって歩み始めた。

    木の枝を踏み折る音が心地いい。
    額に浮かぶ汗を、ひやりとした風が撫でる。
    耳障りな音は何もない。
    聞こえるのは森の声と自分の鼻息、そして、森を歩く自分の跫音。

    時折、小鳥の鳴き声や鹿の鳴き声が聞こえる。
    だが、人の声が聞こえない。
    それが何より素晴らしいことだ。
    余計な干渉をされずに済む。

    ガス、水道、電話線、電気も通っていない辺境の地。
    不便極まりないが、慣れれば快適だ。
    ガスは運んできたプロパンガスを使い、水道は地下水を組み上げている。
    ほとんど家に寄りつかないので、電気も電話線も不要だ。

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    ; :. , : ; .."':,,;,,..;; ''' .;,三|田田| l三三三三;|; l l;|、 , . ;;、 :..::: .. ..:;, .;':: . .;,
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    ;; :. .. .". ..  ゙ ,, " ;.;ェェェェェェェェェェェ,,,;;::::'''::;;'''::ll|;,;;;::.';.:: .  ''
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    自然を満喫しながら三十分ほど歩くと、ギコの家が見えてきた。
    周囲に人の気配はなく、虫の跫音だとか、草木の揺れる音ぐらいしか聞こえてこない。
    買い物袋を枝に引っ掛けないように持ち上げて、天然の門を潜る。
    ギコを見下ろすドルイド山の頂は霞がかっていてあまりよく見えないが、人を心から圧倒する美は失われていない。

    ここに戻ってくると落ち着く。
    不純なものが見当たらない。
    思う存分、ありのままの自然が味わえる。
    これだけ完璧な環境がギコを待っているというのに――

    ――ギコは、どうしても安堵することができなかった。

    * * *
    ――――――――――――――――――――

    朝食後、ブーンは人生で初めての体験をすることになっていた。
    木で作られた傷だらけの机と椅子に座ったブーンの前には、三つの道具が置かれていた。
    一つは、ペンケースに入った筆記用具。
    そして残るは、言語の教科書と白いノートだ。

    言語の教科書は対象年齢が三歳児程度のもので、子供向けのイラストが色彩豊かにプリントされている。
    ノートのページには四本の線が引かれ、三本目の線だけが赤い。
    全ての道具に共通しているのは、長い間使い込まれ、大切に使われていたということだ。
    鉛筆は短く、消しゴムは薄汚れ、ノートには補修の跡がいくつも残っている。

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    まず始めなければならないのは、鉛筆の持ち方、使い方からだった。
    鉛筆を握るのではなく摘まむようにして持つのだと理解させるのに、そう時間は要さなかった。
    その為の練習として、元教師のペニサス・ノースフェイスはブーンに教科書のイラストを真似して描かせた。
    描かれた絵の線は歪み、震えていたが、どうにかそれが四足歩行の動物であることが分かる。

    上出来だ。
    隣でブーンの目線に合わせてしゃがんでいたペニサスは、彼の目を見てこれからすることを告げた。

    ('、`*川「じゃあ、ブーンちゃん、これから言葉の勉強をしましょう。
         その後で、絵の勉強もしましょうね」

    (∪´ω`)「べんきょう?」

    ('、`*川「そう、勉強。
         知らないことを知るのが、勉強なの」

    (∪´ω`)゛

    ('、`*川「いつも私たちが使っている言葉についての勉強を、今からします」

    ブーンは浅く頷く。
    言葉について知る、と云う意味がよく分からないのだろう。

    ('、`*川「まずは、この世界には三種類の言葉があるのを知っている?」

    (∪´ω`)「さん、しゅるい?」

    ('、`*川「一つは、今こうして喋っている言葉。
         この言葉をたくさん覚えると、自分の思っていること、感じていること、考えていることを伝えられるようになるの。
         二つ目は、これよ」

    ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
         l/´ / ヽ、 ヽ /_  ,ィ     ',
         ヽl    `ヽ/   〃      ',
            ヽ、    ``ミ=-、__,    .',
            ヽ、               ',
    ────―-,-/`r、
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    ペニサスは教科書の隣に並べておいたノートを手に取り、最後のページを広げ、手を止めた。
    そこには、すでに水彩の先客がいた。
    教師時代、ペニサスが美術の授業を前に練習した人物画だ。
    今見直すと拙い部分が散見されるが、特徴を捉えた絵に仕上がっていた。

    しかし、完成しているとは言い難かった。
    人物画としては完成しているが、絵としては未完成に思える。
    何かが欠落している。

    (∪´ω`)「お?」

    ブーンが不思議そうにその絵を見つめる。
    そこで、ペニサスは何が足りないのかに気づいた。
    それは名前だ。
    この絵が絵として意味を持つには、題名が必要だったのだ。

    少しだけ考えたペニサスは、未完成の人物画を完成させるために、文字を書いた――

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                      ~Ammo for Relieve!! 編~            {ー'   {    /
                     第二章【teacher~せんせい~】
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    並んだ文字列に、ブーンは小首を傾げる。

    (∪´ω`)「……?」

    ('、`*川「これが第二の言葉、文字よ」

    (∪´ω`)「もじ?」

    ブーンは文字が読めない。
    それは、彼の生い立ちを鑑みれば当然のことだ。
    耳付きに知識や知恵は不要。
    ましてや、学など無用の長物。

    強いて言うならば、彼らに必要と考えられているのは性奴隷としての知識と、奴隷としての心得ぐらいだろう。
    奴隷としての心得の中には、言語を理解する、と云うものが含まれる。
    拙いながらも言葉を話せるならば、後は経験を積むだけで言語理解の問題はある程度解決できる。
    口と耳を使う言葉は、誰かに教わらずとも生活の中で自然と学べるのだ。

    だからこそ、ペニサスはまず初めに文字を教えることにした。
    文字だけは、誰かが教えなければ知ることが出来ない。

    ('、`*川「文字は、声に出さなくても自分の考えが伝えることの出来る言葉なの。
         遠く離れた人の言葉を聞くことが出来るのも、前に喋った言葉を目で見ることが出来るのも、この文字の力なのよ」

    少しだけ、ブーンの理解力がどの程度なのかを探るため、ペニサスは敢えて難しく文字について語り聞かせた。

    (∪´ω`)「お?」

    案の定、ブーンは理解できていなかった。
    語彙力は乏しくないのだろうが、理解力があまり発達していない。
    となれば、応用力の方も未開拓であると考えた方がいい。
    頭の中で授業案を組み立て、ペニサスは言葉を噛み砕いて、もう一度文字について説明を始めた。

    ('、`*川「レストランに、メニューってあるわよね?」

    (∪´ω`)゛

    ('、`*川「メニューを読めば、そのお店に何があって、どんなご飯なのかが一目ですぐに分かるの。
         口に出さなくても複雑なことが伝わるって、とてもすごいと思わない?」

    (*∪´ω`)「お」

    具体的な文字の使用例を提示して、ペニサスは文字の有用性をブーンに感じさせた。
    文字は人類発達の象徴でもある。
    猿と人間との最大の違いは、言語を解し、それを形にすることが出来るか否か。
    道具など、少し知能の高い猿でも使うことが出来るのだから。

    言葉は武器となる。
    そして、武器は力なき者の力になる。
    生まれた時から不遇の環境下にいるブーンには、力が必要だ。
    時として、その力は他者を傷つける鉾にも、己を守る楯にもなり得る。

    ('、`*川「ブーンちゃん、文字のすごいところは、全部で二十六しか文字がないってことなの」

    (∪´ω`)「にじゅう、ろく? で、でも……」

    ('、`*川「そう、私達がこうして喋っている言葉は、二十六種類以上あるわよね?」

    (∪´ω`)゛

    ブーンの目に好奇の光が宿る。
    未知を知る。
    それは、人間にだけ与えられた知識欲。

    ('、`*川「二十六の文字を組み合わせてあげると、言葉を作ることが出来るの。
         そして、その文字には順番がある。
         まずは、この文字から」

    そう言って、ペニサスは何も書かれていないページに、最初の一文字を書いた。

    ('、`*川「これが、最初の一歩よ」

    * * *
    ――――――――――――――――――――

    今にも爆発しそうな緊張感の漂うその部屋には、二十四人の姿があった。
    冷房の効いた部屋の扉は内側から鍵が掛けられ、扉の前にはショットガンを持った二人の男がいる。
    レミントンM870。
    頑丈な作りと取り回しの容易さから、猟師に人気のある木製のストックとフォアエンドが特徴的なモデルだ。

    銃を持つ男達の顔は険しく、眉間に深い皺が刻まれている。
    両者とも、齢は五十代後半。
    デニム地のベストのポケットを内側から押し上げるのは、散弾が詰まった箱。
    奇妙なことに、それらの装備が整っているにもかかわらず、彼らの人差し指の皮は柔らかかった。

    彼らは狩人の格好をしているが、実際は違う。
    銃は仲間が中古で買い揃えた物で、実際にその銃爪を引いたのは精々十回程度。
    それも、動かない的に向かって撃ったのが七回。
    罠にかかったウサギに三回――その内一発は外している――だ。

    射撃経験が少なくても威力と射程範囲を確保出来るショットガンが得物なのは、そう云う訳だった。
    素人でも銃爪は引ける。
    銃爪が引ければ、弾が出る。
    その弾が散弾ならば銃口の先はズタズタに引き裂かれ、その先にいるのが敵であれば僥倖だ。

    それに、レミントンはいざとなれば打撃武器としても使える。
    銃を使えなくても棍棒なら、大人が振り回せば威嚇ぐらいにはなるのである。

    ( -,ナ-)「フィリップ、銃爪に指をかけるなって何度言えば分かるんだ?」

    部屋の窓辺に寄りかかっていた目つきの鋭い男が、レミントンを持つ男に注意をする。
    フィリップと呼ばれた無精髭の濃い男は、バツが悪そうに銃爪から指を離して、トリガーガードに指を乗せた。

    ( -,ナ-)「ガジーナ、ベレッタの安全装置を確認したのか?」

    「あっ」

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        ,、-ーi____________________,、---------------/~ヽ-,、,
        ,、--/ ̄´`ゝ、_____________       i!         ゚  .' .,--
        .i!  .| ̄ ̄`'ヽ,                   ``'ー──'´,_______,,⊂ニ
        . ゝ,__,i       `| ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄''´i i i i i i i i i i i i i i丶
          '、,,,,,,,,,,,,,_|_________________i_i_i_i_i_i_i_i_i_i_i_i_i_i  ヽ,o
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    腰のホルスターに目線を向けたガジーナは、慌てて安全装置を掛け直す。
    ベレッタM92。
    装弾数、信頼性共に高く、初心者でも扱いやすいシンプルな構造と容易に入手できる手軽さから、携帯用の拳銃で一、二の人気を持つ。
    9mmパラベラム弾のために威力は低いが、それでも、15発の装弾数は魅力的だ。

    素人は不用意に銃爪を引きたがる。
    UZI・サブマシンガンを渡すよりも経済的で、安全である。
    仲間に背中を撃たれる間抜けな死に方は、ご免であった。

    ( -,ナ-)「落ち着け、ガジーナ。
         一番若いお前は、俺達の背中を追えばいい。
         そうして、後世に伝えるのがお前の役割だ」

    「はい」

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                rーーー---串--.「l---ー'''''" ̄|
                └ーー'./../~~~~~l ヽ~``'ー─ー' ____________,ィ__
       _,,.---------、_,.--rl~l^^l二二l^^ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄日─────────'
    .rn'"              ィ-、┬ィ-------ーー''''''""""""
    .|.l l      ,..-ーヽ /  ~~
    ..|.| |_,.-ー''"´    ヽ
    ...`'~
    ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
    レミントンM700ライフルを肩にかけていた男――ナッツァ・ライア――がガジーナの肩に手を乗せると、彼は十代後半らしい、幼げのある笑顔を浮かべた。
    笑顔のやり取りに和やかな雰囲気が一瞬だけ漂ったように思ったのならば、それは大きな間違いだ。
    緊張感が緩和することはなく、一秒毎に緊張感が高まっているのがその証拠。
    彼らの瞳には狂気が垣間見えるぎらついた光が宿り、興奮を隠しきれていない。

    彼らは待っていた。
    彼らは待ち望んでいた。
    二十五人目の存在を。
    正常な世界を取り戻すための使者を。

    力で奪われた正しいクロジングの姿を、力によって完全なものとする。
    それが、この場にいる人間全員の悲願であり、目的であり、大義であった。
    嘗てクロジングは今よりも広い領土を持ち、周囲の街からは羨望の眼差しで見られ、その孤高さゆえに尊敬されていた。
    いつの時代かは定かではないが、クロジングは豊かな土地と広い領土を持つ大きな街だったと、祖父の持っていた文献にも載っている。

    今のように、何もない辺鄙な田舎町と馬鹿にされているのは、二つの悪がそうしたからであると、彼らの祖父母達は口を揃えて証言していた。
    祖父母達のその前の世代、更に前から言い伝えられてきたその話は、決して時間が解決するような簡単な問題ではない。
    ところが、それは心無い人間の悪意ある行動によって大きく変わってしまった。
    ――それは、欲望と邪悪に彩られた、悲劇の物語だ。

    クロジングの栄光と誇りの象徴である土地は、理不尽な力によって奪われたのである。
    奪われた土地は二つあり、一つは海上都市ニクラメン。
    クロジングの領土であったニクラメンは、クロジングに流れ着いた十人の漂流者に奪われた。
    嵐に巻き込まれて漂流したその男たちを、クロジングの人間は手厚く介抱し、体調が整うまで街で面倒を見ることにした。

    ところが、ある日の晩。
    彼らを手厚く介抱した宿舎の夫婦は殺され、若く美しい娘は犯され、生きながらに家と共に焼き殺された。
    クロジングの人間が混乱に陥っている中、余所者の人間たちはまんまとニクラメンを奪取し、我が物とした。
    今ではこの歴史を知る人間がほとんどいないということが、ナッツァには腹立たしかった。

    二つ目の土地は、フォレスタだ。
    またしても外地の人間に奪われた豊かな森。
    ナッツァの祖父母達は、勇敢にもその奪還を試みた。
    そして、奪還を試みた全員が生きて帰ることはなかった。

    生前の面影などほとんど残っていない死体を、ナッツァは今でも夢に見る。
    木製の棺桶の中、花の敷き詰められた中に横たわるのは欠損箇所の多い祖父の亡骸。
    大口径の銃創は腕をもぎ取り、致命傷となった深い切創は顔の肉をそぎ落とし、鎖骨を叩き切り、肋骨に守られた心臓を切り裂き、腸をぶちまけさせた。
    形容しがたい怒りが、ナッツァの身を焦がした。

    無垢を汚し、虐げ、凌辱する悪。
    それが身近にいると考えるだけで、彼の頭髪は二日で灰と同じ色に染まった。
    愛する故郷の正しい姿。
    彼の祖父は、それを夢見ていた。

    勿論、ナッツァ自身もそれを悲願とし、同じ思想を持つ人間をクロジング中から集めた。
    それが、この場にいる人間、“クロジング解放戦士団”。
    彼らはずっと燻っていた。
    力がなければ、この世界で何かを成すことはできない。

    ところが、事態は急変することとなる。
    半年前、一人の偉丈夫が彼らを訪れ、力を貸してくれたのだ。
    力の象徴である銃。
    知恵の象徴である戦術。

    ありとあらゆる戦いに必要なものを提供してくれた男は、名をクックル・タンカーブーツと云った。
    半年の準備期間で、彼らは力と知恵を手に入れた。
    後必要なのは、機会だけだった。
    そして、時は満ち、機は熟した。

    ようやく。
    ようやく、悲願が成就される。
    ようやく、歴史が正しい物となる。
    ようやく、世界が変わるのである。

    その為の一歩が今日、始まる予定となっていた。
    予定にないハプニングによって少しだけ歩調が崩れたが、計画に支障はない。
    全ては予定通りに行う。
    そう。

    今夜、ここから始まるのだ。
    月光の下、満天の星の下、フォレスタは彼らのものとなる。
    木の階段が軋む音が、部屋に届いた時、ナッツァは口を開いた。

    ( -,ナ-)「……来たか」

    長い沈黙。
    長い忍耐。
    そして、期待が溢れかえろうとしていた。

    ( -,ナ-)「さぁ、迎えよう」

    跫音が扉の前で止まり、扉が軽く、規則正しく叩かれる。
    返事も待たずに扉が開く。

    ( -,ナ-)「……ようこそ、同士。
          あなたの到着を、皆がお待ちしていました」

    訪問者とナッツァは握手を交わし、互いの絆を確認する。
    解放の時は、近い。

    * * *
    ――――――――――――――――――――

    結論から言えば、ブーンの学習能力は非常に優秀な物であった。
    吸収速度は同年齢の子供以上。
    わずか一時間の学習で、基礎的な言語を完璧に吸収、理解した。
    難しいとされる敬語の語法も覚え、応用も出来るようになった。

    これまでの人生経験から、多くの言葉を聞いていたことが下地となり、ここに活きてきたのだ。
    子供向けの言語の勉強は既に終えた段階にあり、ブーンは早くも次の段階へ進みたがっている。
    学習意欲、そして知識欲は人間にだけ与えられた特権的な欲望だ。
    ブーンはその欲望を初めて知り、その虜になっている。

    情報を知識へと変換し、知識を知恵へと昇華させ、知恵を我が物とさせるには今が好機。
    ペニサス・ノースフェイスはパスタとサラダの昼食を済ませたブーンに、算術を教え始めていた。
    算術と云うものの概念を説明するために、ペニサスはブーンの目の前にプチトマトの乗った皿を置いた。

    (∪´ω`)「お……?」

    ('、`*川「ブーンちゃん、このお皿の上にはトマトが幾つ乗っているかしら?」

    ブーンはトマトを指さし、更に空いた手の指折り数を数えた。

    (∪´ω`)「いち、にぃ、さん……よっつ、です」

    皿の上に、新たなプチトマトを二つ乗せ、ペニサスは改めて尋ねた。

    ('、`*川「そう、四つ。
         じゃあ、こうしたらどうなるかしら?」

    (∪´ω`)「いち、にぃ、さん、よん、ご、ろ、ろく、です」

    片手に収まりきらなくなり、ブーンは左手の小指を折り曲げ、どうにか数えた。
    十指に収まる計算なら、ブーンの歳では出来て当然。
    指を使わずに計算を行わせるために、ペニサスは更に大量のトマトを皿の上に乗せた。

    ('、`*川「これはどうかしら?」

    (;∪´ω`)「お……ぅ……ぉ……」

    目算で十八個のトマトを前に、ブーンは固まってしまう。
    少々意地悪が過ぎたようだ。
    しかし、分からないという体験は重要なのである。
    分からないからこそ人は学習し、習得しようとするのだから。

    ('、`*川「そう、ちょっと分かり辛いわよね」

    そこで、ペニサスはブーンと食事の合間に作った紙製の箱――紙を折るだけで作った簡単な物――に、トマトを六つずつ入れて分けた。

    ('、`*川「これならどうかしら?」

    六つのトマトが三つの箱に収まっているこの図。
    算術の誕生は、ちょっとしたひらめきにこそある。
    その第一歩が、整理するということ。
    複雑な状態を分かりやすく並べ直せば、柔軟な発想がしやすくなる。

    (;∪´ω`)「お……お?」

    ブーンの目の輝きが、徐々に光を増しているのが分かる。
    答えが今にも出そうな、その兆候。
    それは人だけに許された快楽であり、衝動だ。

    (*∪´ω`)「じ、じゅうはち、こ、ですか?」

    その答えは、ペニサスの予想を上回って早くブーンの口から出た。
    指を折らずに少し考え込んで、暗算で答えを出したのは、正直予想外だった。

    ('、`*川「えぇ、その通り。
         こうして区切ってあげると、数が数えやすいでしょう?」

    これは加法と乗法に繋がる考え方だ。

    (∪´ω`)゛

    ('、`*川「こうやって区切ってあげてから、もっと早く数を数えることが出来るの。
         もちろん、指を使わずにね。
         ブーンちゃん、その方法、知りたいかしら?」

    (*∪´ω`)

    答えは聞かずとも、その場にいる全員が分かった。
    ブーンの尻尾は、嬉しそうに左右に揺れていたのだから。

    * * *
    ――――――――――――――――――――

    ブーンは、未知が既知に変わる快感に心を躍らせていた。
    単語が複数の意味を持っていることは知っていたが、それをどのようにして文字に直すのか、ブーンは今日まで全く知らなかった。
    言語学を学んでから、ブーンの世界は大きく変化していた。
    目に見える物の名前が浮かび、次に文字が浮かぶようになっていた。

    話を聞くと、その意味に続いて文章が頭の中に出来上がるようになった。
    昨日までとは明らかに異なる世界。
    知るということがこれ程までに気持ちのいいものであることを、ブーンは今日初めて知った。
    デレシアと出会って以来、ブーンの世界は更新を続け、常に新しい物へ移り変わり続けていた。

    それは不思議な感覚だった。
    徐々に広がり、それが当たり前になるという感覚。
    樹海の中で暗闇に目が慣れて次第に周囲の風景が見えるような、そんな感覚だ。
    星明りの下、木の一本一本と濃い影が見えるのだ。

    密になった木々の先に何かがあることまでもが分かるが、それが何か分からない。
    言語学は果てしのないものだと、ブーンは即座に理解していた。
    知るにつれて広がる世界。
    それは、ブーンにとって初めて味わう快楽だった。

    知りたいという欲求は、昔からあった。
    目の前に広がる街並みの名前。
    その街に並ぶ、意味の分からない文字列。
    空には何故雲が浮かび、そしてそれを何故空と雲と呼ぶのか。

    ブーンは、愛情に飢えているのと同じように、知識に飢えていた。
    だが、知ることが出来ないと分かるにつれ、諦めるようになり、そして忘れた。
    諦め、そして忘れかけていた欲望が今、ペニサスの手によって解消されている。
    文字と云う概念は、ブーンにとって革新的だった。

    何せ、これまで見ても意味の分からなかったことが唐突に理解できるようになるのだ。
    本に書かれた文字列と、それが持つ深い意味。
    勉強の成果を確認するために読んだ本の、その面白さと新鮮さ。
    文字だけで情景を脳裏に思い描き、登場人物の感情を子細に渡るまで理解できるというのは衝撃的だった。

    膨大な量の文字は、ブーンを興奮させ、知識欲を一段と強くした。
    言語学に続いて学び始めている算術が、再びブーンの世界を更新しようとしている。
    果たして、算術とは何なのだろうか。
    数を数える際に指を使わずに素早く答えを出す方法があるのなら、それは間違いなくブーンの知識となる。

    砂漠の砂に水を注ぐように、ブーンは多くの知識を吸収しつつあった。

    * * *
    ――――――――――――――――――――

    算術の勉強後に振舞われた昼食は、新鮮なバジルが添えられたスパゲティだった。
    パスタは真ん中に程よい硬さの芯が残されたアルデンテ。
    具材はベーコンだけというシンプルさながら、非常に力強い味わいの一品だ。
    ヒートはまたしてもハバネロが使われていることに気付いたが、今度は家中に漂う香りだけで食べる前に気付いていた。

    この香りが苦手なブーンは、スパゲティの盛られた皿を前に不安そうな表情でデレシアとヒートを交互に見て、ペニサスを見た。

    ('、`*川「大丈夫よ、ブーンちゃん」

    (;∪´ω`)「ぉ」

    ζ(゚ー゚*ζ「いただきます」

    ノパー゚)「いただきます」

    デレシアに続いて、ヒートはスパゲティを食べ始めた。
    料理に関して、ヒートは小難しい御託を並べることを嫌う。
    故に、この料理を一言で言い表すと――

    ノハ*゚ー゚)「美味い!」

    ――この一言に尽きた。

    ζ(゚ー゚*ζ「ほんと、美味しいわ。
           ペニ、また腕を上げたわね」

    ('、`*川「デレシアさん達にそう言っていただけるなら、頑張った甲斐があります。
         ブーンちゃん、ペニおばあちゃんの料理、嫌い?」

    (;∪´ω`)「い、いえ……」

    敏感すぎる嗅覚に、ハバネロの匂いは毒だ。
    ここまで薄れた匂いならば、と考えるのはヒート達がブーンとは異なった嗅覚をもっているからに他ならない。
    ブーンの立場に立って物事を考えることは出来るが、物事を感じることはヒートには出来ない。
    ここで無理に食べさせて、ブーンが倒れようものならばペニサスにいらぬ罪悪感を植え付けてしまう。

    何とも出来ず、ヒートが歯痒い思いをしていると。

    ζ(゚ー゚*ζ「大丈夫、ブーンちゃん。
          この量なら、ブーンちゃんでも安心して食べられるわよ」

    デレシアは、迷わずに言い切った。
    根拠があるのかは分からないが、有無を言わせぬ力強さがあった。
    デレシアが言うのならば、と、出会って日の浅いヒートがそう思ってしまうほど。
    そして、ヒートはその言葉を心から信じてしまっていた。

    ブーンの勉強中、ヒートは時折窓の外を眺めていた。
    その目的は、物珍しさからと云うのと、朝方に起こった事件に対する用心と云う二点だ
    クロジングで白昼堂々と強盗が発生するという事態は、あまりにも異常だ。
    それは、ある意味でクロジングが持つ閉鎖的な風習を信頼しているからこそ言える。

    余所者に関する情報は素早く伝達し、街の人間全員がそれを把握するのには一時間も掛からない。
    それだと言うのに、バックパッカーを装った強盗団が街に現れたと云うのは、かなり不自然なことなのだ。
    街の人間は余所者の空気に敏感だ。
    他所の土地から来た人間の体から発するある種の臭いを嗅ぎ取り、その人間が街に害なす人間かを判断する。

    デレシア達が街に到着して瞬時にショットガンで歓迎されたのは、その能力が街の人間全員に備わっているからだ。
    強盗団の人間となれば、問答無用でハチの巣にされているに違いない。
    その警戒網を突破し、まんまと強盗を行った男達。
    死体から証言を得られないとしても、得られた情報は大きい。

    街に、何かを企んでいる人間が複数人潜んでいる。
    強盗団を招き入れ、匿い、そして機を見て動かした人間が。
    ここ数十年の間、いや、数百年の間で起こらなかった現象だ。
    故に異常。

    クロジングに住む人間の特徴を加味して、強盗団を匿ったのはあのスーパーマーケットの排除が目的だったのではないかと、デレシアは考えた。
    出店してからどれだけ年数が警戒しようとも、余所者の集団であることに変わりはない。
    地元の商店街が寂れる原因でもあり、余所者が長居する原因でもある。
    カビが生えた保守的思想を持つ人間にとっては、病巣でしかない。

    これを第一歩として、次なる計画を遂行しようとしているのだとしたら、なんと大げさな計画だろう。
    わざわざ外部――それも、強盗団――に連絡を取って、クロジングに招き入れての開幕式を試みたのだ。
    ここの住民だけでは決して達成し得ない計画だ。
    外部の人間の助力があったと見て、まず間違いない。

    内部だけならまだしも、外部の力が加わった計画と云うのは厄介だ。
    予定外の行動によって、予定外の人間がそれに巻き込まれる可能性がある。
    彼女達の手で何者かの思惑が妨害されたと分かれば、報復にくる可能性さえもあるのだ。
    以上の予想と見解はデレシアとヒートの間で一致し、下らない騒動に巻き込まれないように、警戒の糸を張り巡らせていた。

    (*∪´ω`)「お!」

    ――この笑顔を守ると云う意見の一致が、赤の他人同士であったデレシアとヒートを強く結びつけていた。

    (*∪´ω`)「お、おいしいです……」

    ヒートの心配を払拭するように、ブーンはスパゲティを食べ始めた。
    見ていて気持ちのいい食べっぷりに、ヒートの頬が緩む。
    見れば、ペニサスとデレシアも、ブーンの様子を愛しそうに見ていた。
    全員に注目されているのが分かったのか、ブーンは少し頬を朱に染めながらも、食事を続行する。

    ('、`*川「……」

    ペニサスが袖を押さえながら、水差しから水をブーンの前に置かれたグラスに注ぐ。

    (*∪´ω`)「ありがとう、ございます、ぉ」

    水を飲んで一息入れ、ブーンは食事を再開した。
    それから三十分後。
    結局、ブーンはスパゲティを三皿分平らげ、ようやくフォークを置いた。
    苦しそうに息をしながらも、その表情は満足そうだった。

    ζ(゚ー゚*ζ「ごちそうさまでした」

    ノパー゚)「ごちそうさま」

    (*∪´ω`)「ごちそう、さま、でした」

    ('、`*川「おそまつさまでした」

    全員で食器を流し台へと運び、ヒートはペニサスの横に並んで皿洗いを手伝うことにした。
    狭い流し台で作業ができるのは二人が精いっぱい。
    そこで、ソファに腰掛けたデレシアはブーンの頭を膝に乗せ、食休みを取らせることにした。
    小さく可愛らしい曖気をする度、ブーンは膝の上で小さな体を震わせる。

    ブーンに向けていた視線を手元に戻し、ヒートは泡立てたスポンジで皿洗いを続ける。
    心休まる時間を過ごしているはずなのに、どうしても、ヒートは気を休めることが出来ないでいた。
    それは、朝に起こった強盗事件が気になるからだけではなく、殺し屋としての直感が告げていた。
    前兆、とでも言うのだろう。

    うなじの辺りの毛が逆立ち、無意識下で視線は窓の外に見える森林の影に敵意が潜んでいないか否かを探してしまう。
    正に、獣と同じ動きであったが、それが何度もヒートの命を救い、そして復讐を完遂させたのである。

    * * *
    ――――――――――――――――――――

    満足のいく会議を終えたガジーナ・ヤングマンは、生まれも育ちもクロジングと云う、生粋のクロジングの人間だった。
    クロジングの風習を善とし、クロジングの生活を最良と考えている。
    欲に流されることなく、街の外に出ることもなく十八年、この街に生きてきた。
    彼は、愛する女性が住むこの街を愛していた。

    ガジーナはハイスクールではラグビー部に所属し、誰よりも早く、そして強靭な選手として名を馳せた。
    対外試合では好成績を収め、クロジングの外にあるラグビーの強豪大学から勧誘を受けたが、全て断った。
    どうして、クロジングを離れたくはなかったのだ。
    栄えている街と比べれば、見劣りする部分の方が多いに違いない。

    だが、栄えている街に住むことが幸せだとは思わない。
    この街にいれば、必要な物が必要最低限揃い、将来までは安定した流れが続く。
    外部の風習に毒されることも、社会の歯車として使い捨てられることもない。
    多少の困難があろうが、落ち着いてこの地に骨を埋めることが出来る。

    それこそが真の幸せだと、ガジーナは信じている。
    ガジーナは振舞われた高級なバーボンの酒精に気を良くして、軽い足取りで自宅に戻っていた。
    彼はハイスクールを残り三カ月で終える身分で、自らの卒業前に夢の一つが成就できることに高揚していた。
    ハイスクール卒業後は地元の工場に就職し、生計を立てていくと云う人生設計も出来上がっている。

    そして、卒業式で彼の愛するリリーナ・デジャビュに想いを告げる覚悟も決めてある。
    自宅の扉に手をかけた時、その声が後ろからかけられた。

    「あれ? ガジーナ、お昼時に外出なんて珍しいね」

    スカートにパーカーと云う洒落っ気のない格好の少女こそ、ガジーナが愛するリリーナだ。
    この声を聴くだけで、ガジーナの体は力が漲り、精神は興奮に狂いそうになる。
    短く切った茶色の髪の毛に、小動物を思わせる仕草。
    おっとりとしたリリーナの声は、ガジーナにとっては麻薬の類と同義だ。

    「あぁ、ようやく夢が叶いそうなんだ」

    「ガジーナの夢? ねぇねぇ、それってどんな夢なの?」

    幼馴染のリリーナに、ガジーナは自分の夢を語ったことがない。
    それを伝えるのはまだ早いと考えている。

    「それはまだ教えられないな、リリーナ」

    兄妹のように育ってきたリリーナにも、教えてやれないものはある。

    「えー、教えてよ~。
    幼馴染のよしみでさぁ」

    十八年。
    十八年も、ガジーナは想ってきた。
    夢の達成を。
    悲願の成就を。

    隣の家に住むこの愛おしい少女と二人で幸せに暮らすと云う、ささやかな夢。
    クロジングをあるべき姿に戻し、そこを終の巣とすると云う悲願。

    「今は教えられないな。
    だけど、今夜それが叶うんだ」

    「ちぇっ、ガジーナのけち。
    ……あれ? ガジーナ、キャンプにでも行くつもりなの?」

    どうやら、気づいたようだ。
    背負っていた紺色のキャンプ用バックパックを担ぎ直し、ガジーナは微笑を浮かべる。

    「あぁ、今夜星を見に行くんだ。
    綺麗な夜空が見れる場所を、やっと見つけたんだ」

    リリーナを守り、夢を叶える万能の道具。
    それは道具であり、武器であり、そして兵器でもある。
    バックパックに偽装したAクラス第三世代軍用強化外骨格、“キー・ボーイ”。

    「いいなぁ……
    ねぇねぇ、私も見に行ってもいい?」

    「わりぃ、リリーナ。
    今回は俺の知り合いの大人達と一緒に行く予定なんだよ」

    「むー、なんだか隠し事してるっぽいなぁ」

    昔から、リリーナは鋭いところがある。

    「俺の夢が叶ったら、今度一緒に行こうな」

    どうにかそう言って誤魔化し、ガジーナはドアノブを回す。

    「……そっか、うん、それならいいや。
    じゃあ、また明日学校でね」

    「あぁ、また明日」

    約束を交わし、ガジーナは家に入った。
    後ろ手で閉めた扉の向こうからリリーナの気配が遠退き、ようやく一息吐く。
    誤魔化し切れたようだ。
    心の中で幼馴染に謝罪するとともに、ガジーナは誓いを立てる。

    きっと。
    明日はきっと、今日よりも素晴らしい日になっている。
    その時は、必ず――

    * * *
    ――――――――――――――――――――

    雪解け水のように冷たく、そして清らかな水だった。
    どこまでも透明で、水面から水底が見通せた。
    木に囲まれた湖の水面は鏡の役割を果たし、周囲の風景と蒼穹をおぼろげに映し出している。
    水音が鬱蒼と茂る木々の間に吸い込まれる光景は、デレシアの胸を締め付けた。

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    このような光景を、デレシアは旅の途中で何度も見てきた。
    孤独の影が付き纏う光景だ。
    振り返り、思い返し、そして想いを馳せる光景。
    それを目の当たりにする度に、デレシアは胸を痛めた。

    何度見ても慣れない。
    何度見ても胸は痛み、涙が流れ落ちそうになる。
    黒い水着の上にはおったパーカーの袖で、デレシアは流れていない涙をさり気なく拭った。

    ノパー゚)「そうそう、全身の力を抜くんだ」

    気持ちよさそうに水に浮かぶブーンの傍に、赤い水着を着たヒートは人魚のように寄り添って浮かぶ。
    ペニサス・ノースフェイスが作った水着を着たデレシア達は、ペニサス家に向かう途中で目を付けていた湖に向かい、食後の運動を兼ねてブーンに泳ぎ方を教えていた。
    旅を続けていく中でもそうだが、今後この世界で生きていく中で水と接さないことはない。
    海であったり川であったり、飲料水であったり、とにかく水の性質を知っておけば生きていく上で必ず役に立つ。

    澄み切った湖に浮かぶブーンは、羊水の海を泳ぐ赤ん坊と同じだ。

    (*∪´ω`)

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    嘗て。
    世界は、水を奪い合って戦争を起こしたことがあった。
    枯渇した資源の重要さよりも、枯渇しかけている水の重要性に気付いたのは、第三次世界大戦が勃発してから一カ月も経たない頃だった。
    カリメア合衆国で始まった第三次世界大戦の火種が飛び火して、フィリカ方面で水と食料を求める戦争が起こり、それが世界中に波及した。

    今でこそ水はどこでも見られるものであるが、当時、一ガロンの水のために体を売る女性がいた。
    混沌とした世界の果てにある今日。
    幸せに飢え、愛情を知らない無垢なブーン。
    デレシアは、何があってもブーンには自分の力で幸せになってほしいと考えている。

    多くの人と出会い、多くの経験を積み、そして強く育ってくれれば、後はブーンの努力次第だ。

    (*∪´ω`)「おー」

    ノパー゚)「浮き方は覚えたか?」

    湖の傍らの倒木に腰掛けているデレシアは、二人の様子を慈母の眼差しで眺めていた。

    (*∪´ω`)「はい……おぼえました」

    ノパー゚)「じゃあ、次はこれだ」

    ヒートは音もなく水の中に潜り、ブーンの背後から浮かび上がり、両手でブーンを抱きかかえた。
    港町で育ったヒートは、泳ぎが達者だった。
    全身に怪我を負っているとは思えないほど、軽快な動きだ。

    (;∪´ω`)「お?」

    ノパー゚)「これでブーンはあたしの物、ってね」

    抱えたブーンを胸に抱き寄せ、ヒートはゆっくりと水に背を浮かべた。
    ヒートに抱えられて浮かんだブーンは、一瞬だけ身を竦めたが、やがてその身をヒートに委ねた。

    ノパー゚)「さぁ、レッスン2、潜る練習だ。
        ブーン、あたしが合図するまで目を閉じて鼻を摘まんでるんだ」

    言われた通り、ブーンは鼻を摘まんで目を閉じた。
    ブーンの頭を胸に押さえつけ、ヒートは透き通った水に潜った。
    酸素の泡が水上に浮かんでは消え、二人が呼吸を続けていることを物語る。

    ζ(゚、゚*ζ「……」

    一瞬の静寂。
    森のざわめきと風の音、小鳥のさえずりが青空に吸い込まれる。
    喧噪や賑やかさとは無縁の世界が、デレシアの周囲に現れる。
    フォレスタの新鮮な空気が、デレシアの肺を満たす。

    誰も想像出来ないだろう。
    この森が銃声と爆音に満ち、悲鳴と絶叫と歓声が上がった、このフォレスタを。
    大義を胸に抱いた若者達の屍が森の養分となり、自然の再生に一役買った。
    今はもう、彼らの名残は何一つとして残っていない。

    ただ、その死に意味はあった。

    ノパ⊿゚)「ぷはっ」

    (*∪´ω`)「ぷぁっ」

    ノパー゚)「どうだった?」

    (*∪´ω`)「きれい、でした……
           でも……」

    ノパー゚)「でも?」

    (∪´ω`)「めが、すこしいたいです」

    ノハ^ー^)「ははは! それは慣れだ。
         海なら、もっと目が痛くなるぞ」

    足の爪先を水面に触れるか触れないかの位置で揺らしていたデレシアは、仲睦まじく水遊びをする二人の姿を、遠い目で見ていることに気付いた。
    ブーンに教えることが多いのと同じように、デレシアはブーンから気付かされることが多くある。
    教える立場と云うものは、同時に教えられる立場でもあるのだと、最近強く思う。

    (*∪´ω`)「でも、もういちど、やりたい……です」

    ノパー゚)「よぅし、それなら……」

    ζ(゚ー゚*ζ「今度は、私も一緒に泳がせてもらおうかしら」

    楽しむことを教えるのに、教える側が楽しまなければ何の意味もないこともまた、ブーンに気付かされたことの一つだ。

    * * *
    ――――――――――――――――――――
    ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
    Clothing “A bar”⇒ August 2nd
    【17:25】
      |l:T:T:T;:l|゙|| l.Y.l | l.Y.l ||  lニニコ | l [「L| |[ |{ l| } | | i ノ
    ___ 二二二_.|| l|l | l|l ||____________|~""''' ‐- .!.!,__| l |
     l | l l l || l ̄l | l ̄l || l | '''- .._"''' ‐- ..,__  ~""
     (ニ二 ̄ ̄ ̄ ̄二ニ)l  l || l |     "'''- ..______"''' ‐-
    -----  ̄|~}{~| ̄_____-------(二)        |::::::::::::::クロジング “とある酒場” ▼八月二日
    ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

    夕刻。
    トラギコ・マウンテンライトは、クロジングの古ぼけた――彼らの言い回しでいうところの、昔ながらの――酒場にいた。
    笑顔抜きで提供された泡のない常温のビールを三口だけ飲み、トラギコは皿に盛られた煎り豆を食べた。
    店の全体が見渡せる位置に席を取った彼は今、上機嫌だった。

    空気が違う。
    街の片隅に漂う空気が、トラギコの好みのそれだった。
    長い刑事生活の果てに会得した、鋭い嗅覚と優れた感覚。
    今夜のトラギコは、争いの匂いを嗅ぎ取り、波乱の風を感じ取っていた。

    昼過ぎから街中を歩きまわり、情報収集を行い続けた末に、トラギコは争いの匂いをこの酒場から嗅ぎ取っていた。
    後は空気が変わるのを待てばいい。
    きっと、その果てにトラギコが望むものが待っている。
    その為なら温いビールでも冷めたピザでも、喜んで口にする。

    例えバーテンに間接的に嫌味を言われても、店中の人間がトラギコに対して敵意を向けていたとしても、全く気にならない。

    「……よ……が……の……に加わって……」

    意識は、背後の席で交わされている会話に注がれている。
    三人組の男達。
    懐の膨らみと、金属同士が擦れ合う音のする鞄。
    夜闇に溶けそうな色をした長袖長ズボンは、夏にしては不自然。

    何かを起こそうとする者の格好だ。
    しかし、焦ってはいけない。
    獲物が目の前に来たからと云って、即座に飛びかかるようでは二流だ。
    トラギコは獲物が彼の好みであるか否かを判別してから襲い、そして喰らう。

    注意して会話の内容を聞き取り、断片的に手に入れたそれを手帳に素早く記入する。

    「でも、……ったんじゃないのか?」

    「それがな……が……を……してくれたんだ」

    「じゃあ……は……く……になるな」

    「“フィンガー・ファイブ”が……なら……は……さないでも……」

    “フィンガー・ファイブ”。
    トラギコはその単語を聞き取った瞬間、微笑を浮かべるのを止められなかった。
    格安傭兵派遣のセット販売によって、短期間の内に急成長を果たした大企業の名だ。
    その名の通り、彼らは五人一組の傭兵を世界中どこにでも派遣することで知られている。

    傭兵一人を週二千ドル――平均的な金額――で雇うこともできるが、五人セットの契約なら合計六千ドルで済む。
    魅力なのは値段だけでなく、派遣される傭兵は全員が棺桶持ちであるため、荒事の解決にも旅行先のボディガードにも使えると云う点だ。
    どれだけ優れたライフルを持つ傭兵であっても、棺桶持ちの一般人に勝つ術はほとんどない。
    質と価格、その両方を重視したからこそ、フィンガー・ファイブの成長はあったのだ。

    その会社の名前が出てくると云うことは、棺桶持ちがこの街に最低でも五人はやってくる。
    何故か。
    決まっている。
    何か大きなことを起こすためだ。

    (=゚д゚)「……たまんねぇラギ」

    煎り豆をまとめて掴み、一気に口に運ぶ。
    そうでもしなければ、トラギコは場所を弁えずに今にも笑い出してしまいそうになっていた。
    横に置いた黒いアタッシュケースの表面に指を乗せ、落ち着きなくその表面を滑らせた。

    「……そろそろ行こう」

    「あぁ」

    代金を机の上に置いたのを音で確認し、トラギコは三人が店を出るまでそのまま座っていた。

    「おやじ、今度大勢で来てもいいか?」

    「変な余所者が来るよりゃ、よっぽど歓迎だよ。
    なんだ、揃ってお出かけか?」

    「閑古鳥を取りに行くんだよ」

    「そうかい。取れたらまた来てくれよ」

    他愛のないやり取りを終えた三人が店を出て行ったのを、トラギコはグラスで確認していた。
    時間だ。
    とうとう、時間がやってきた。
    仕事の時間、狩りの時間、そして楽しみの時間。

    トラギコは席を立ち、カウンターにいる店主に声をかける。

    (=゚д゚)「勘定」

    「九ドル五セントです」

    十ドル硬貨を渡し、付け加えた。

    (=゚д゚)「領収書」

    領収書と釣銭を受け取り、それを内ポケットに仕舞い込む。
    アタッシュケースを持ち上げ、トラギコは店を出た。
    既に日は落ち、地平線が鮮やかなオレンジに染まり、空は鮮やかな群青色に染まっていた。
    街灯はほとんどなく、建物同士の間には濃い影が落ちている。

    (=゚д゚)「……さぁて、狩りの時間ラギ」

    ――逢魔が時。
    悪意を持った影達がフォレスタに向かって、静かな行進を開始した。

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    Clothing ⇒ August 2nd
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    ;:;;l;;/;';,.-''"ゞ;;ヾ;;ゞ:;ヽ:.,'  !             wfノillili:::::::{ゞ";;ヾ;;ヾ::ゞミ}ii::::::
    ;;(ニ二二二二ニ)、ヽ;ヾ  !              {ililiil:::::::::::} ゞ;;ヽ::{;;《::/ii:::::::
    ノli:::lli:il!::l::l!lli::}::il!{;;';ヾゝ {Wwrrfw         ノiliWfwjivfwWWfゞ:.:ヾ::{ilii::::::::
    il i!li!::l!|lil!l:::li!::ヾ::li}    wWfjwy         wWvyrjfwWwwyWjrf/iili::::::::
    WfjwvrwfywWwwfij )^wVwfjwyw            To be continued...
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                       第二章【teacher~せんせい~】 了
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